Hatena::ブログ(Diary)

メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20150130(Fri)

[][]実在するアスリートの激動に満ちた半生とその栄光を描く感動の伝記ドラマ〜映画『ミルカ』 実在するアスリートの激動に満ちた半生とその栄光を描く感動の伝記ドラマ〜映画『ミルカ』を含むブックマーク 実在するアスリートの激動に満ちた半生とその栄光を描く感動の伝記ドラマ〜映画『ミルカ』のブックマークコメント

■ミルカ (監督:ラケーシュ・オームプラカーシュ・メーラ 2013年インド映画)

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■インドスポーツ史に残る金メダリスト、ミルカ・シンの半生

まさしく「完璧な映画」とはこの作品のことではないか。映画を観ている間中、主人公の夢と希望の在り様に胸が高まり続け、その挫折と悲しみに心打ちひしがされ、観終った後にどこまでも上り詰める様な高揚と力強い感銘が後を引く。そんな素晴らしい映画体験をさせてくれたのが、この『ミルカ』だ。

1960年ローマ・オリンピック、男子陸上400メートル決勝。この競技で金メダル最有力候補だったインド代表選手ミルカ・シン(ファルハーン・アクタル)は、先頭を切っていたにもかかわらず、コーチの「ミルカ、走れ!」という檄に思わず振り向いてしまい失速、競技を逃してしまう。ミルカはなぜ振り向いてしまったのか。そこには、幼い頃までに遡る、忌まわしい虐殺事件のトラウマが存在していたのだ。ミルカを苛む虐殺事件とは何だったのか、彼はそれを乗り越えてアスリートに復帰できるのか。インド・スポーツ史に燦然と名を輝かす実在の金メダリスト、ミルカ・シンの激動の半生とその栄光を描く伝記ドラマ、それがこの作品なのだ。

物語は3つの時間軸を平行させながら描かれてゆく。ローマ・オリンピックで惨敗したミルカ・シンが再び試合に挑むまでの葛藤を描く【現在】。その彼が入隊したての軍隊でメキメキと陸上競技の才能を表し、挫折を経ながらも華々しい業績を打ち立ててゆく【近過去】。そして、インド・パキスタン分離独立により、悲惨な体験と難民キャンプ生活を余儀なくされた【少年時代】。これらを平行して描きながら、ミルカ・シンが陸上競技において打ち立てた素晴らしい功績とその情熱、彼のトラウマの「核」となっている恐ろしい事件の真相が、徐々に明らかになってゆくのだ。

■少年時代 / 難民キャンプでの日々

ミルカ・シンがまだ幼い頃、イギリス領インド帝国が解体し、インド連邦/パキスタンの二国に分離独立した。この時、パキスタン領側に住むシク教徒だったミルカの一家は、イスラム教徒によるヒンドゥー教徒/シク教徒を狙った虐殺の犠牲者となってしまう。その虐殺を逃げ延びたミルカーと姉は難民キャンプに身を寄せ、いつしか青年となったミルカーは、移民の街で出会ったビーロー(ソーナム・カプール)と恋に落ちる。

ミルカの頭はお団子ヘアになっていて、これが時にはドアノブカバーみたいに巾着で包まれたりしている。これはなんなんだろう?と思っていたが、どうやらシク教徒独特のターバンの、その簡易版のようなのだ。そのシク教徒の集落を襲った虐殺事件は、インド・パキスタン分離独立時の混乱に、イスラム・ヒンドゥー双方の衝突による虐殺事件の一端だった。この虐殺は100万人にのぼる犠牲者を出したという。

ミルカが難民キャンプとして過ごす遺跡となった城壁跡のロケーションがまず目を奪う。そしてその地で、憤怒と遣り切れなさの中にありながら、苦難をものともせず逞しく生きる少年時代のミルカが眩しい。少年時代のミルカを演じる子役の力量は目を奪うものだった。また、薄幸な姉とミルカとの強い絆と情愛の描写に、家族を重んじるインドの暖かい心が伝わってくる。そして青年となったミルカとビーローとの淡い恋は、苦難の中で生きるミルカのその生活に、夢幻のような喜びと安らぎを与える。ここでビーローを演じるソーナム・カプールの美しさは、この物語の中でもひとつのハイライトとなるだろう。というかソーナム・カプール、美人過ぎてやばい。

■軍隊時代 / 鍛錬と成長の日々

陸軍に入隊したミルカはその健脚を認められ、鬼教官ヴィーラッパンディヤン(プラカーシュ・ラージ)にしごかれながらめきめきと頭角を現す。やがて国内チャンピオンとなり、さらに1956年のメルボルン・オリンピック参加を果たすことになる。しかし現地で知り合った女性と度を越してラブラブになってしまい、そのせいで予選落ちという惨めな結果となってしまう。ミルカは一念発起し、血反吐を吐くほどの過酷な訓練に挑む。生まれ変わったミルカーは1958年、日本で開催された第3回アジア競技大会で見事優勝、ここから金メダリストとしての快進撃が始まる!

この軍隊時代はまさにスポ根モノの王道をゆく展開だ。ミルカという名はミルク好きということに関係があるのか、「上位成績者はミルクがたらふく飲める」と聞いて鬼神の如く走りをかますミルカーの姿が愉快だ。ここではアスリート同士のイジメや嫉妬、トップアスリートからの見下し、インドと犬猿の仲であるパキスタンのスター選手との確執などを交えながら、それをはねのけて成長してゆくミルカのド根性振りが描かれるのだ。メルボルン・オリンピックでは最悪の結果になったとはいえ、ここでの現地女性との恋はミルカの人間的な一面を垣間見せる。そして地獄の特訓を開始するそのロケーションは、砂漠と山岳に囲まれたインドの秘境ラダックを舞台にしており、この荒涼とした光景を眺められるだけでも素晴らしいものとなっている。そして日本大会の描写では当然ながら日本が舞台!こういった部分がなんとなく嬉しかったりする。多くの艱難辛苦を経て金メダリストの階段を駆け上がってゆくミルカの高揚は、そのまま観る者の高揚となって胸を熱くさせることだろう。

■現在 / 様々な苦難の日々を乗り越えて

ローマ・オリンピックで不可解な敗退ぶりをみせたミルカーに、故国インドでは大きな非難が巻き起こる。傷心の中隠遁状態となったミルカ。そんな彼の元にコーチらが訪れ、インド・パキスタン親善試合に出場してくれないか、と打診する。だがミルカには幼い頃パキスタンの地で過ごした虐殺のトラウマが大きな障壁となっていた。

この【現在】でのシークエンスでは、ミルカーの精神的障壁の「核」と、その葛藤を乗り越えてゆくことができるのか、どうそれを乗り越えるのか描かれてゆく。ローマ・オリンピックで「ミルカ、走れ!」という声になぜミルカは振り向いてしまったのか。暗い記憶しか残されていないパキスタンに赴いたミルカーの心を洗い流したものは何だったのか。全てが明らかにされ、物語は怒涛のクライマックスへと上り詰めてゆく。いや、もう、これには泣かされた。こぶし握って声援を送ってしまった。

この作品は、様々な苦難を体験しながら、それを乗り越えて頂点へと立つミルカという一人の男の姿が描かれるが、その彼の持つパキスタンへの遺恨とその克服は、そのままインドとパキスタンとの遺恨を克服することへの願いに重なっていくのだろう。映画が表現しうるあらゆる要素を詰め込みながら、夢と希望とその大成を描くこの物語は、まさしく映画の中の映画と呼ぶに相応しい堂々たる完成度を持って観る者の胸に迫ってくるだろう。しかもこういったストーリーにもかかわらず、歌と踊りもきちんと盛り込まれ、楽しませることを忘れていない。スポーツにまるで興味のない自分ですら、この作品には十二分に感銘を受けた。見事と言っていい作品だろう。

(※このエントリーは2014年7月18日に書いた『Bhaag Milkha Bhaag』に関するエントリーを日本公開に合わせ若干内容を変更して更新しました)

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20150128(Wed)

[]北極海上の謎の研究施設を巡る冒険活劇〜『アイス・ハント』 北極海上の謎の研究施設を巡る冒険活劇〜『アイス・ハント』を含むブックマーク 北極海上の謎の研究施設を巡る冒険活劇〜『アイス・ハント』のブックマークコメント

■アイス・ハント(上)(下) / ジェームズ・ロリンズ

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北極海を潜行中の米海軍調査潜水艦が、最新鋭ソナーで浮標する氷島の内部に廃棄された基地らしきものを発見した。モニタには多くの人間の死体と、何物かの蠢く影が映り込んでいた―。2か月後のアラスカ。元グリーンベレーで野生動物監視員のマットが、攻撃を受け墜落したセスナから新聞記者のクレイグを救出。クレイグは北極の米軍基地オメガへ取材に行く途中だった。マットは別れた妻とともに、謎の追撃者を振り切り記者をオメガへ送り届けようとするが、そのとき北極では恐るべき事態が出来していた―。

“グレンデル”という伝説の巨人の名が付けられた基地の恐るべき正体と、そこに込められた暗い野望の姿が徐々に明らかになり、北極は風雲急を告げる。マットとその元妻ジェニファー、グレンデルに魅せられた科学者たち、新聞記者のクレイグ、ロシア海軍提督ペトコフ、デルタフォース、そして“生きているはずのない者たち”…。それぞれの人生と人類の未来を懸けた極寒の闘いは驚きのクライマックスを迎える―。冒険小説の新たな巨匠が企みの限りを尽くして描き出す怒涛のエンタテインメント!

ジェームスロリンズの『アイスハント』、1年前に買ったきり積ん読になっており、そもそもなんで買ったのかすら覚えておらず、どうしようこれ、と積ん読延長しかかっていたんですが、やっと重い腰を上げて読み始めると、あにはからんやこれがすこぶる面白い。うーむ読んでおいてよかった。

お話はザックリ言うと北極海上の氷島(氷山以上にデカイので氷島)で発見された謎の秘密研究施設を巡り、アメリカとロシアがドンパチを繰り広げるというもの。しかもこの研究施設、中は死体だらけ、さらに怪しげな実験を行っていた跡があるばかりか、あるトンデモナイものが"存在"していた!という訳なんですな。そしてこの紛争に、アラスカで自然監視員をやっていた主人公と、保安官である元妻、その他その他が巻き込まれてしまうんですよ。

もうなにが凄いってこのお話、冒頭からアクション・アクションとアクションの乱れ撃ち。アラスカでの銃撃戦から始まり小型飛行機による追跡・逃亡劇、秘密研究施設では恐ろしい謎の存在が調査員たちを屠り、ロシア原潜の艦長は密かに世界を滅亡させる破壊兵器を持ち込み、冷徹なロシア兵がアメリカ人調査員たちを蹂躙したかと思うと、お次はデルタフォースが乗り込んでド派手な戦闘を繰り広げちゃうといった感じで、それを全くだらけさすことなく次から次へと描写してゆくんですね。

それと併せ、この基地はいったいなんなのか?ロシアはなぜ躍起になってこの基地を隠蔽しようとしているのか?さらに、基地に蠢く謎の存在はいったい何なのか?という謎要素も散りばめられ、読者にグイグイ読ませてゆくんですよ。しかしこの物語を読ませるものにしているのは、主人公を始めとする登場人物の、人間関係、そして彼らの心の底にあるもの、それらが情感豊かに描かれている部分なんですね。この巧さには舌を巻きました。

ただマイナス要素もあって、まずこの現代に隠密裏とはいえアメリカとロシアが派手にドンパチやっちゃうのはリアリティがないし、世界滅亡兵器を持ち込むロシア原潜艦長の動機が意味不明だし、研究施設にいる"謎の存在"も、いってしまえば「トンデモ」の領域で、この辺、一旦シラケちゃうと物語をつまらなく感じる方も出て来るとは思います。オレも若干シラケました。だからもし読まれるのであれば、この作品は「細かいところは乱暴だがアクションは迫力たっぷりのB級作品」と納得づくで読まれると良いかと思います。

逆に、こういったリアリティの薄いB級要素が綿密に絡み合いながら物語を盛り上げているのも確かで、このお膳立てがあることによって様々な危機的なシチュエーションと血沸き肉躍るアクションが盛り込まれることになる、という訳なんですよ。スカッ!と楽しめる冒険活劇を読みたい方にはお勧めしたいですね。それにしてもジェームズ・ロリンズ 、全く知らない作家だったんですが、こうして読んでみると非常に技巧に優れた冒険小説作家なんですね。おみそれしました。

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20150127(Tue)

[]『トゥームレイダー』シリーズのスピンオフ作品『ララ・クロフト アンド テンプル オブ オシリス』 (PS4Xbox One、Windows) 『トゥームレイダー』シリーズのスピンオフ作品『ララ・クロフト アンド テンプル オブ オシリス』  (PS4、Xbox One、Windows)を含むブックマーク 『トゥームレイダー』シリーズのスピンオフ作品『ララ・クロフト アンド テンプル オブ オシリス』  (PS4、Xbox One、Windows)のブックマークコメント

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この『ララ・クロフト アンド テンプル オブ オシリス』、「ララ・クロフト」の名前が入っているので分かるようにゲーム『トゥームレイダー』シリーズのスピンオフ作品なんですね。『トゥームレイダー』シリーズと違うのは、クォータービュー形式のアクション・ゲームとなってる点です。もともとは2010年にダウンロード配信専用タイトルとしてリリースされた「ララ・クロフト アンド ガーディアン オブ ライト」の続編らしいのですが、そちらの存在は知らなかった。

そしてこのゲーム、ディスク版も出ているのですが、基本的にダウンロード配信用に製作されていたらしく、本編である『トゥームレイダー』シリーズの、ガッツリした難易度の高さと比べると、ゲームスタイルこそ違いますが非常に軽〜くライトにプレイできる難易度がいいんですね。あとなにしろ価格が安いのが魅力ですね。ディスク版だと3,800円+税で、今アマゾンだと2700円ぐらい。これがダウンロード版だとPS4Xbox One、Windows版ともに2,000円+税で手に入ります。お値段なりのボリュームと難易度ですが、だからこそチャチャッとできる気軽さがあるんですよ。

そして「トゥームレイダー・ライト」という作りではありますが、ゲームとしては全く遜色のない面白さがあります。ゲームの基本はダンジョン内の敵と戦いながらパズルを解き、アイテムを手に入れながらキャラクターをカスタマイズしつつミッションをクリアしてゆくというもの。舞台はエジプト砂漠に人知れず眠る「オシリスの神殿」、ここで“暗黒の王セト”の目覚めを阻止するのがプレイヤーの役目となります。『トゥームレイダー』らしい雰囲気はバッチリなんですね。

「ライト」とはいえ敵は結構ワラワラ湧いてくるし、ボスキャラ戦では歯応えある熾烈な戦いをプレイできます。ただし親切設計のオートセーブのおかげでゲームオーバーしてもそれほど前まで遡らずに再プレイできる部分が非常に楽ですね。PS4でプレイしていますが、グラフィックもHDで実に綺麗です。ただしキャラ表示が若干小さいので見え難いことがあるかも。協力プレイもあるようなのでお友達とやるのも楽しいのではないでしょうか。

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20150126(Mon)

[][]愛とテロリズム〜映画『Dil Se.. (ディル・セ 心から)』 愛とテロリズム〜映画『Dil Se.. (ディル・セ 心から)』を含むブックマーク 愛とテロリズム〜映画『Dil Se.. (ディル・セ 心から)』のブックマークコメント

■Dil Se.. (ディル・セ 心から) (監督:マニ・ラトナム 1998年インド映画)

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この『Dil Se..』、ポスターの雰囲気や『ディル・セ 心から』という日本タイトルからごく一般的なラブ・ストーリーを想像していたがそうではなかった。ラブ・ストーリーに間違いはないのだが、主人公であるラジオ局ディレクターが恋をした謎めいた女が実はテロリストの一員であり、そしてそのテロが間近に迫っていた…という相当にシリアスな作品だったのだ。主演はシャー・ルク・カーン、マニーシャー・コイララ。なおこの作品は2000年に日本公開されているようだが、日本語版ソフトはVHSのみの発売で視聴不能&入手困難であるためヒンディー語英語字幕での視聴となった。

ラジオ局ディレクターのアマル(シャー・ルク・カーン)は取材からの帰路で知り合った謎めいた女メグナ(マニーシャー・コイララ)に惹かれてしまう。その後偶然により再び出会う二人だったが、愛を打ち明けるアマルにときめきを感じつつも、メグナはあくまで彼を拒み続けた。心折れたアマルは地元で親の決めた女性との結婚を決める。だがそこにメグナが現れ、ラジオ局で雇ってもらえないかと尋ねる。そしてメグナへの愛が捨てきれていなかったアマルは彼女を再び受け入れてしまうのだった。しかしメグナが彼に近づいたのには訳があった。メグナはカシミール地方の分離独立を訴えるテロリストの一員であり、近く開催される独立50周年記念式典での爆弾テロを狙っていたのだ。

物語の重要な舞台となるインド、ジャム・カシミール州は、隣接するパキスタン支配地域と合わせてカシミール地方と呼ばれる。ここではインド・パキスタンがイギリスから分離独立した際に両国が領有権を主張し、軍隊同士が睨み合う一触即発の状況が続いている。印パ戦争の2度の舞台となり、さらに中国まで巻き込んだ度重なる紛争を巻き起こす「核武装国間の火薬庫」とまで呼ばれる土地なのだ。それだけではなく、紛争による荒廃から経済が悪化し、それに不満を覚える住民たちによりインド、パキスタンの双方からの独立を目指す武力闘争も起こっている。

こうして物語は、触れ合えそうで触れ合えない二人の男女のロマンスを描きながらも、その中心となるテーマはどこまでも重く暗いものを孕んでいる。映画では冒頭から紛争地帯を警備する武装した兵士がそこここに現れ、物々しい軍事パレードの映像が挿入され、テロリストの影が怪しく蠢き、主人公アマルは突然の暴力に遭遇することもある。そしてヒロインであるメグナがテロリストとして生きることになったそもそもの原因である、幼い頃彼女の村を襲った大量虐殺とレイプ事件の映像で物語の陰惨さと悲痛さはピークに達する。調べるとこの虐殺事件の元となる事件は実際にあったものなのらしい。

「クナン・ポシュポラ村集団強姦事件」

事件が起きたのは、91年2月23日、夜のことだった。北カシミールのクプワラ郡クナン・ポシュポラ村をインド軍第4ラージプート・ライフル銃隊が包囲、分離独立派ゲリラ捜索作戦を始めた。しかし部隊は男たちを家の外に出し一箇所に集めると、女性たちに襲いかかった。13歳から70歳の村の女性70人以上が強姦されたといわれる。

<インド>カシミールでの集団強姦事件の審理が再開か / アジアプレス・ネットワーク

しかし、こういったポリティカル・サスペンスとしての側面を持ちながら、それでもやはりこの作品は「愛についての物語」なのだと思う。乞い求めていた女性がテロリストであると知ってもそれでもなおアマルが諦めようとしないのは、それは愛ゆえであるし、悲痛な過去を持ち怒りと憎しみからテロへと走りながら、それでもなおアマルの呼びかけに心動いてしまうメグナも、それも愛ゆえなのだ。愛が世界を救うなどという夢物語は唱えないけれども、しかし政治や世界情勢といった巨大で冷徹なシステムに魂無き"モノ"として蹂躙され押し潰されてしまった者が、自らもまた一個の復讐機械という魂無き"モノ"として生きそして死にざるを得ない悲しみを、乗り越えさせ癒すことのできるもの、それが愛なのだ。

血腥くきな臭い暗澹たる荒野の如き世界の中心で、それでもアマルとメグナのひと時の愛の情景はあたかも夢幻のように優しく美しく描かれる。特に愛の高揚を歌と踊りに託した冒頭のダンス・シーン「Chaiyya Chaiyya」の素晴らしさはインド映画ダンス・シーンのなかでも屈指の完成度ではないか。この映画でSRKの演技は演出のせいもあってか若干オーバーアクトに感じられるが、常に翻弄され苦痛のうめき声を上げ続けるSRKというのもどこかマゾヒスティックで悪くない。対するヒロイン演じるマニーシャー・コイララはその薄幸めいたルックスも相まって悲しき女テロリストの姿を圧倒的に演じている。テロの恐怖はこの映画が製作された1998年インドですら身近なものだったのだろうが、この今、その恐怖は日本を含め全世界を覆うものとなってしまっている。だからこそ、映画『Dil Se..』は未だ今日的な作品として色褪せない作品だということができるだろう。

ドイツ語版予告。

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「Chaiyya Chaiyya」のシーン。本当に素晴らしい。カメラワークもアングルもこれ以外にない、というほどに研ぎ澄まされた完璧さを見せている。

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20150123(Fri)

[]透徹した孤独〜映画『かぐや姫の物語』 透徹した孤独〜映画『かぐや姫の物語』を含むブックマーク 透徹した孤独〜映画『かぐや姫の物語』のブックマークコメント

■かぐや姫の物語 (監督:高畑勲 2013年日本映画)

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ぐああああナメてた、ジブリちょっとナメ過ぎてた。この『かぐや姫の物語』、とんでもない水準の作品だった。最近のジブリアニメじゃ相当高い完成度といえるんじゃないだろうか。少なくとも個人的には『風立ちぬ』よりも感銘を受けたし、度肝を抜かれた。

お話はもちろんあの「竹取物語」だ。オリジナル・キャラがいたり若干物語を端折ったりしている部分はあるようだが、基本的にオリジナル・ストーリーに忠実にはできているんじゃないだろうか。実の所オレはオリジナルきちんと読んでるわけじゃないから胸張って言えるわけじゃないが、「よく知っているあの竹取物語」から決して逸脱していたり新解釈や新テーマが盛り込まれていたりというわけではないことは分かる。だから逆に「今さらかぐや姫?」と観る前から思ってたし、妙な新要素を加えられた現代解釈版だとしても興味の湧くものではなかった。

じゃあこの『かぐや姫の物語』はなんだったのかというと、「オリジナルの物語はそのままに、それを鬼気迫るアニメ技術と圧倒的な情感で描き切ったアニメ作品」ということができるだろう。だから「よく知っている「竹取物語」の筈なのに、これまで感じたこともないような感銘を呼び起こす作品」として完成しているのだ。

物語が始まり、まずその”動き”の素晴らしさに驚かされる。赤ん坊であるかぐや姫のくにゃくにゃした動きの妙などは類稀なる観察眼と描写力の賜物だろう。ここにはモーション・キャプチャーですら及ばない「"動き"へのこだわり」を感じる。そして水彩画風に描かれた日本の四季折々の自然の風景がまるで1枚絵を見せられているかのように美しい。

さらに物語が進むと中世日本の貴族や平民たちの暮らしぶり、そしてそれにまつわるありとあらゆる道具、衣類などがリアルに再現される。「竹取物語」は正確な時代設定がないために「時代考証」という言い方はおかしくなってしまうが、それでもここでは最大限に正確な中世日本の情景を描こうと、あらん限りの資料を調査し駆使したであろう跡がいたる所に見ることができる。

そして豊かな情動でもって描かれたその物語は、単なる御伽噺の枠内を超え、ひとつの孤独な魂のさすらう様とその咆哮を、冷徹な視線で描き切るのだ。ここで監督・高畑勲の透徹した話法はどこまでも鋭利で情け容赦なく、なまぬるい救済すら許そうとしない。なぜならそれは、かぐや姫の持つ【孤独】が、いかに暗く深い奈落の中を彷徨うものであるかを鮮烈に表出するためであるからだ。その情け容赦の無さは高畑勲の問題作『火垂るの墓』をさえ想起させる。

しかしこの物語は決して救いの無い物語なのではない。むしろかぐや姫がさらけ出す身を切るような切なさを通して、この作品を観る我々個々人が、自らの裡にある【孤独】を追体験し、そしてそれとどう向き合うのかを考えさせるからだ。それにしてもこれはなんという恐るべき作品なのだろう。こうしてアニメ『かぐや姫の物語』は、エンターティメント性においても芸術性においても、そしてその文学性においても、決して他の追従を許さぬ唯一無二の傑作として輝き渡るのである。

20150122(Thu)

[]「ホビット」と「ロード・オブ・ザ・リング」を繋ぐ物語〜ゲーム『シャドウ・オブ・モルドール』 「ホビット」と「ロード・オブ・ザ・リング」を繋ぐ物語〜ゲーム『シャドウ・オブ・モルドール』を含むブックマーク 「ホビット」と「ロード・オブ・ザ・リング」を繋ぐ物語〜ゲーム『シャドウ・オブ・モルドール』のブックマークコメント

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いやあ、遂に映画『ホビット』3部作完結しちゃいましたねえ。『ロード・オブ・ザ・リング』からずっとトールキン世界を追い続けてきたファンとしては寂しい限りです。しかーし!映画のほうは終わっちゃったけれどもゲームのほうはこれからだ!というわけでゲーム『シャドウ・オブ・モルドール』です。これ、『ホビット』と『LOTR』の物語の中間の時間軸にあった出来事を描いたゲームなんですね。

中つ国という架空の世界を舞台に繰り広げられるオープンワールドのダークファンタジーアクションRPG

冥王サウロンにより主人公タリオンは最愛の家族と友人、そして自分自身も殺されてしまう。

復讐心と謎の幽鬼の力によって死の淵から蘇ったタリオンは怒りと悲しみを胸に、全てを奪った者への無慈悲な復讐を誓う。幽鬼とは何なのか。復讐すべき敵は誰なのか。

欧米では発売後、高評価レビュー続出の高評価、新機軸のタイトルが登場!

(公式HPより)

ゲームの舞台となるのは冥王サウロンの牙城であるモルドール。ここにモルドール兵であるオークがうじゃうじゃうじゃうじゃいまして、人間を奴隷として使ってたりするんですな。で、ここにゲーム主人公であるレンジャーのタリオンが登場し、オークどもの企みを粉砕する、というわけなんです。ゲームはオープンワールドになっていて、各地で拠点を確保しながらメイン・ミッションやサブ・ミッションをクリアしてゆく、というアクション・ゲームになってます。

主人公タリオンはレンジャーだけあって壁や崖などをホイホイと登ったり降りたりすることができます。ただし甲冑とか着ているわけではないので打たれ弱く、この辺はスキルアップによる戦闘テクニックで切り抜けることになります。同時に、レンジャーらしくステルス行動が基本となっており、物陰に隠れて回避したり背後に回って敵に襲い掛かったりする必要があります。要するに決して突撃タイプじゃないんですが、まあこれはスキルを上げればなんとかなる類のものでしょう。ちなみにオレはまだなんとかなってません…囲まれるとボコられ放題です…。

このゲームの一番特徴的な部分は「ネメシス・システム」でしょう。これは主人公がやられてゲームオーバーになると、主人公を倒した敵兵がランクアップして強くなっちゃう、というシステムです。これ、意外と屈辱技なんですよ。コンティニュー後にそいつが「復讐対象」として表示されるもんだから復讐したくなっちゃうんですよ。でも前より強くなってるんですよ。ムカつくんですよ。最初の段階なんか倒されてばかりだから強くなった復讐対象がマップにうろちょろしているのを見ているだけで屈辱なんですよ。精神衛生上良くないので最近はやられそうになるとリセットしているぐらいですよ…。まあゲームの腕とスキル上げて強くなれ!ってことなんですけどね!だから強くなりたくてガシガシプレイしちゃうんだよ!

さてこのゲーム、『LOTR』世界を舞台にしているだけあって、当然『LOTR』ファンには応えられない世界観を持ってます。殺伐としたモルドールを徘徊していると『LOTR』世界の住人になったような気分になってプレイできるんですね。しかもあのゴラムまで登場しちゃうんだぜ?ただし、なにしろモルドールが舞台なので、出会う相手はきったない顔したオークばっかりで、これがだんだん飽きてくるんですよ。まだゲームの序盤だからわかんないんですが、やっぱりエルフとかドワーフとか魔法使いとか登場してくれないと気分が盛り上がらない部分があるのは確かですね。この先出てくんのかなあ?

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ホビット 思いがけない冒険 [Blu-ray] ホビット 竜に奪われた王国 [Blu-ray] ホビット 決戦のゆくえ DVD(1枚組)

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20150121(Wed)

[]2312 太陽系動乱 / キム・スタンリー・ロビンスン 2312 太陽系動乱 / キム・スタンリー・ロビンスンを含むブックマーク 2312 太陽系動乱 / キム・スタンリー・ロビンスンのブックマークコメント

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西暦2312年、人類は太陽系各地で繁栄しつつも、資源格差や環境問題をめぐり対立を深めていた。そんななか、諸勢力共存の要だった水星の大政治家アレックスが急死。彼女の孫スワンは、祖母の極秘の遺言を届けに木星の衛星イオに赴く。地球を訪れたのち水星に戻ったスワンは、移動都市を襲う隕石衝突に巻きこまれる!『レッド・マーズ』の著者による3度目のネビュラ賞受賞宇宙SF。(上巻)


水星の移動都市を壊滅させた隕石衝突は、偶然を装ったテロ攻撃だった!辛くも生還したスワンと土星連盟の外交官ワーラムらは、一部の量子AIが各地で見せている奇妙な動きと事件との関わりを疑う。スワンは都市再建のため訪れた地球で、悲惨な状況に衝撃を受け、地球の山積した問題を一気に解決すべく革命的な計画を立案する。一方、正体不明のテロ犯は次の一手を進めていた!(下巻)

キム・スタンリー・ロビンソンといえば個人的には火星開拓SF『レッド・マーズ』、そして『ブルー・マーズ』だろう。執筆当時最新と思われる火星の科学知識を駆使した火星地表風景を描写した筆致がなによりも美しく、それがテラフォーミングされてゆくさまを迫真の物語として描いてゆくのだ。完結編『グリーン・マーズ』が訳出されなかったのがなによりも残念だ(売れなかったんだろうナァ…)。

その作者による新作SF『2312 太陽系動乱』は300年後の未来、人類の版図が太陽系全域に拡大し、各惑星がテラフォーミングされた時代に起こった事件を描いたものだ。ここでも作者は宇宙科学、宇宙工学の知識を動員し、それぞれの惑星がどのようにしてテラフォーミングされ、またはされつつあるかを詳細に描写する。それは水星、金星のみならず、各惑星の衛星にまで及び、さらには数限りなくある小惑星内部を彫り抜き居住可能にしたテラリウムといった形のものまで登場する。そんな未来に巻き起こる政治的な衝突は、まさに『レッド・マーズ』の太陽系拡大版ともいえるだろう。

そういった部分で十分にSF的なるものの醍醐味を味わえる作品であるが、物語それ自体はどうかというと、これがどうも難がある。SF小説としてはよく出来ているが"小説"としては退屈なのだ。それはまずエキセントリックすぎて感情移入の困難な主人公や登場人物が原因だし、詳細な惑星描写や注釈は逆に物語のテンポを牛の歩みの如く遅くする。そもそも「太陽系動乱」という日本タイトルがつけられているが、具体性もないまま動乱の雰囲気だけで引っ張って、実際スペクタクルな事件が起こるのは上巻の半分まで差し掛かったところである。しかもこの動乱なるものの理由というか根拠がどうにも陳腐で、ドラマとして薄い。そして惑星間を数日で移動するスケール感にどうにも疑問に感じてしまう。そんなわけで良否半々の読後感だった。

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20150120(Tue)

[]因業!因業!また因業!〜『呪詛』 花輪和一 因業!因業!また因業!〜『呪詛』 花輪和一を含むブックマーク 因業!因業!また因業!〜『呪詛』 花輪和一のブックマークコメント

呪詛 (幽COMICS)

花輪和一の新作を正月から読めるとはなによりも目出度い。タイトルが『呪詛』なんていうのもお目出度さ満杯である。

この作品集は怪談専門誌「幽」連載の花輪氏の作品に書下ろし2作を加えて刊行されている。6ページほどの短編が23作、それぞれは短くとも花輪エキスがこれでもかとばかりにドロドロに詰まっており、逆に短いからこそその寓意があからさまに伝わってくる作品ばかりだ。しかもこの作品集、これまでの中世日本を舞台にしたものばかりではなく、現代を、さらにはSF的な展開を迎える作品までが収められているのだ。それは目新しさを狙ったのではなく、作品テーマの持つ寓意性を最も端的に表現できる舞台を選んだだけなのだろう。

花輪氏の作品はおどろおどろしくそして歪みきった人間の心情を描き、その想念が「異形のモノ」として形を成して人々を苛み、人間の持つ救いようの無い【業】を描くものであるけれども、その【業】から逃れるべく祈りと神にすがる人間性と、その救済をもまた同時に描くのだ。花輪漫画の恐ろしい部分はその揺り幅の大きさであり、絶対的な絶望と、法悦にも似た救いとを、作品毎にくるくると変えながら描いてしまうのである。花輪漫画の中心にあるものは狂気にも似た怨念と地獄のような苦悩だ。それを花輪氏は血膿のように滴らせながらページに叩き付けると同時に、そこからの救いをあらん限りの願いで描くのだ。

よく「パンツを脱いだ表現」という言い方があるが、花輪氏などはパンツを脱いでいるどころか己がイチモツをズルムケにして見せ、さらにケツの穴まで満天下にさらしながら漫画表現に挑んでいるのだ。ここまで自らの情念が作品に直結する作家はまさに稀有であろう。花輪和一は日本漫画界の至宝と呼ばれる者の一人であることは間違いない。

呪詛 (幽COMICS)

呪詛 (幽COMICS)

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アオイホノオ(13) / 島本和彦

新人コミック大賞に入選するか否かのホノオモユル君、今回も「うる星やつら」アニメ開始と「銀河鉄道999」原作連載終了にどこまでも濃ゆく濃ゆく盛り上がっていきます。しかしホノオ君は部屋に女子がいながら全く劣情をもよおさないのでしょうか。そもそも部屋に女子を招くことがあるというのは案外幸せ者なのではないでしょうか。そこん所気が付いているんでしょうか。それと並行してDAICON3成功に沸きながらも多額の借金を抱えた岡田さん一派の苦肉の策も描かれますが、えーっとこれ著作権的に大丈夫だったんでしょうか。なんにしろ今回もどこまでも無駄に力のこもった様の楽しいアオイホノオでありました。

アイアムアヒーロー(16) / 花沢 健吾

アイアムアヒーロー 16 (ビッグコミックス)

アイアムアヒーロー 16 (ビッグコミックス)

あ…いや…う〜ん…遂にといいますか…恐れていたことが起こってしまいましたねえ…これの為に今まで徹底的に引っ張ったんだろうなあ。しかもまるであざとくなくて、またしても作者のストーリーテリングの妙にしてやられた思いです。そして例の訳の分からない群体生命についてのひとつの仮定がなされます。あ…そういう方向…いや…何か理由付けるにはそれが順当だし説得力あるかもな。こうして巻を追うごとにゾンビ・ストーリーの新境地をどんどんと更新してゆく『アイアムアヒーロー』、今回も充実の展開でした。

■W7 新世紀ワイルド7 / 望月 三起也

W7 新世紀ワイルド7

W7 新世紀ワイルド7

忘れたころにやってくる「ワイルド7」の新作、今回はなななんと!オールカラー大判サイズ460ページ!そしてお値段が5400円もしやがります!お話はいつも通り無茶なプロットと似たような悪玉とド派手で大味なアクションがてんこ盛りとなっています。まあファンとしてはとりあえず買ってしまいましたが、オールカラーの有難味はまるで感じられず、これなら普通の単行本サイズで出して、マニア向けのオールカラーを別に出すぐらいでもよかったんじゃねーのか。とはいいつつ、二つ並べられたらオレ、やっぱりオールカラーのほうを買っちゃったんだろうナァ…。

■イノサン(7) / 坂本 眞一

イノサン 7 (ヤングジャンプコミックス)

イノサン 7 (ヤングジャンプコミックス)

ストーリー自体は十分シリアスであるものの、その展開の持って行き方が、もう真面目なのか笑いに持っていきたいのか訳の分からない奇奇怪怪なものとなっており、しかしこれがイノサンの味と言えば味なんですよねえ…なんなんっすかあのオペラシーンは!?雛壇に並ぶ貴婦人の山は!?そしてそこまでキラッキラのグラフィック描いた後に登場する血みどろの首チョンパやグヂャドロの天然痘患者!まあ…どっちにしろ楽しいからいいや!でもあの表紙は買うのにちょっと恥ずかしかったよ…。

HeadacheHeadache 2015/01/22 19:32 ミュージカル見れました?

globalheadglobalhead 2015/01/22 20:56 見た。最初何事が起こっているのかと思った…。

HeadacheHeadache 2015/01/23 20:59 なんのエクスキューズもなしに始めるからすごいですよ。アントワネットちゃんのぶっとい眉毛がとてもラブリーで気に入ってます。

globalheadglobalhead 2015/01/24 14:02 あの眉毛確かにぶっといですよね。あまりにぶっと過ぎて最初眉毛と認識することができず暫く絵と睨めっこして気を落ち着かせてましたよ。

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20150119(Mon)

[]悪徳と虚無の街再び〜映画『シン・シティ 復讐の女神』 悪徳と虚無の街再び〜映画『シン・シティ 復讐の女神』を含むブックマーク 悪徳と虚無の街再び〜映画『シン・シティ 復讐の女神』のブックマークコメント

シン・シティ 復讐の女神 (監督:ロバート・ロドリゲス/フランク・ミラ− 2014年アメリカ映画)

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馬が合う監督、というのがいて、それはどんな作品を観ても楽しめるし、そして何故だか気の置けない勝手な親近感を覚える監督ということなんだけど、オレにとってロバート・ロドリゲスはその最たる人だろう。もう、今迄観たロドリゲス作品のどれを思い出してもにんまりしてしまう。ロドリゲス監督作品はデビュー作『エル・マリアッチ』を始めとしてどの作品も大好きだ。ロドリゲス監督作品はバイオレンス描写のなかにどうにも馬鹿馬鹿しい雰囲気が溢れている部分が好きなのだと思う。しかし白状すると、『スパイキッズ』シリーズや『シャークボーイ&マグマガール』あたりのファミリーアドベンチャー映画は観ていない。うーむやはりこれを機に観る必要があるのかもしれない。

そのロドリゲス監督による新作映画『シン・シティ 復讐の女神』は2005年公開作品『シン・シティ』の続編となる。『300/スリー・ハンドレッド』を著したグラフィック・ノベル界の鬼才、フランク・ミラ−原作であり、前作に続き今作でもフランク・ミラー自身が共同監督にあたる。『シン・シティ』は悪徳栄える架空の犯罪都市シン・シティを舞台とした群像劇であり、このどん底の街で欲望と暴力と死に取り付かれた登場人物たちが、あまりにも安い命をなげうちながらあがきまわり潰し合う、といったネオ・ノワールである。原作のグラフィックは黒と白のコントラストの激しいソリッドな画面が特徴的だったが、映画でもそのグラフィック・センスを全体に渡ってフィーチャーし、一種独特の「グラフィック・ノベル・ムービー」として完成している。

シン・シティ』は複数のエピソードが積み重ねられて一つの世界を形作る作品だが、映画も同様に複数のエピソードが平行して物語られることとなる。この『シン・シティ 復讐の女神』では4つのエピソードがその中心となっている。

EPOSODE 1: JUST ANOTHER SATURDAY NIGHT

ゴリラのような体躯を持つ命知らずのならず者マーヴ(ミッキー・ローク)が今夜もシン・シティで暴れまわる。

EPISODE 2: THE LONG,BAD NIGHT

一攫千金を夢見るギャンブラーのジョニー(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)が街の有力者ロアーク(パワーズ・ブース)にポーカー勝負を挑む。

EPISODE 3: A DAME TO KILL FOR

私立探偵ドワイト(ジョシュ・ブローリン)の前に元恋人のエヴァ(エヴァ・グリーン)が現れ、再び彼を翻弄し始める。

EPISODE 4: NANCY'S LAST DANCE

ストリッパーのナンシー(ジェシカ・アルバ)はかつて命を賭して彼女を守った刑事ハーディガン(ブルース・ウィルス)の復讐の為に街の有力者ロアークの命を狙う。

これら4つのエピソードの、それぞれの登場人物とそれぞれの因縁が交差しながら、物語はどこまでも暗く救いようの無い街シン・シティの姿を浮き彫りにしてゆくのだ。

さて続編ということもあり、映画作品としては前作とさほど変わらない世界観と物語展開ということになっている。ただしグラフィック自体は前作から年数を経た特撮テクノロジーの進歩から、注意深く見ると格段に洗練されそしてまた美しい映像が奔出しているのが分かるだろう。特に、月影のみの闇夜の中に浮かび上がる悪女エヴァの裸体のシーンにははっとさせられるものがあった。また、エピソードによっては前作エピソードの前日譚が描かれているものもあるので、多少時間軸が錯綜している。ただしこの作品は、物語それ自体よりも、その独特の雰囲気と、VFXを駆使した圧倒的に暗く輝くグラフィックを堪能するために作り上げられているので、前作との繋がりなど知らない・または覚えていなくとも、これはこれで楽しめる作りとなっている。

作品構成としてはモノローグがとにかく多い。前作もそうだったのだが、ソリッドな映像を登場人物のハードボイルドな心情吐露で繋いでゆく、というのがこの作品の構成となる。だからモノローグ説明による作品進行といった形が嫌いな方には鼻に付くかもしれない。これは原作構成を最大限生かした形から来るもので、映画というよりもあくまで「グラフィック・ノベル・ムービー」である、という部分を念頭に置く必要があるだろう。これらモノローグは一歩引いて見るなら自己陶酔的な臭いのするものばかりなのだが、そもそもこの物語が陶酔的な映像に陶酔的な台詞を載せたものとして形作られているので、ここはもう好みの分かれるところとしか言いようがない。いわばこの『シン・シティ』は、「明日無きバイオレンス・マッチョの虚無と死」を、その甘やかなる破滅願望をこそ楽しむ作品だからだ。

そうはいいつつ、前作と比べて幾分平坦に見えるのは、ひとえに前作においてスペシャル監督として参加したクエンティン・タランティーノの存在が今回はなかったからかもしれない。前作ではそれなりに映画的なダイナミックなアクションと、そのダイナミズムから生み出される鮮烈な情感がほとばしっていたが、今作では原作の持つ「ムード」のみを移し替えただけのように見えてしまう。個人的にはその「ムード」がお好みなのでたいして遜色は感じないのだが、ダメな人にはダメだろう。そういった部分で人を選ぶ映画ではあるが、しかし今作においてはエヴァ・グリーン演じる究極の悪女エヴァの恐るべき媚態や、オレが「ジェシカ・アルバたんハァハァ」として愛して止まないジェシカ・アルバ(たんハァハァ)の2児を生んでなお輝く美貌と復讐の狂気に駆られた壮絶な演技が見られるのでここは注視してもらいたいと思う。もちろんBlu-rayが出たら即購入の勢いであるオレである。

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シン・シティ1

シン・シティ1

シン・シティ2

シン・シティ2

シン・シティ3

シン・シティ3

シン・シティ4

シン・シティ4

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20150116(Fri)

[]ハリウッド大通りの亡霊〜映画『マップ・トゥ・ザ・スターズハリウッド大通りの亡霊〜映画『マップ・トゥ・ザ・スターズ』を含むブックマーク ハリウッド大通りの亡霊〜映画『マップ・トゥ・ザ・スターズ』のブックマークコメント

マップ・トゥ・ザ・スターズ (監督:デヴィッド・クローネンバーグ 2014年カナダ・アメリカ・ドイツ・フランス映画)

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ああ、邪悪だ、いやらしくて邪悪な映画だ。デヴィッド・クローネンバーグの新作『マップ・トゥ・ザ・スターズ』はかつてホラー・マエストロの名をほしいままにしていた往時の作品のいやらしさと邪悪さが再び降臨し、観る者を絶望の淵へと叩き込む。嬉しいよクローネンバーグ、最近の『危険なメソッド』も『コズモポリス』も悪い作品じゃ無かった、ホラー作品ではないけれど、今まで通り十分【変態】だった、これが円熟か、と思った。でもこの『マップ・トゥ・ザ・スターズ』、ハリウッド・セレブの話だって?興味無いな、なんでそんな題材を?と思っていた。だが物語が進んでゆくと、そこにはクローネンバーグ一流の完膚無きまでの【地獄】が待っていた。そうさ、こうでなきゃ、これがクローネンバーグさ。

舞台は、そう、ハリウッドだ。虚飾と幻影、悪徳と欲望の都、ハリウッドだ。物語はここに一人の少女がやってくるところから始まる。少女の名はアガサ(ミア・ワシコウスカ)、彼女は顔に火傷の跡がある、どうやら体中に火傷跡があるのらしい。アガサは落ち目の有名女優ハバナ(ジュリアン・ムーア)の個人秘書の仕事を得たのだという。で、このハバナがセラピーに通うのがワイス(ジョン・キューザック)という男の所だ。さてこのワイスにはベンジー(エヴァン・バード)という名の息子がいる。彼は売れっ子の子役だが、ドラッグ問題で役を下ろされそうになっている。それをステージママのクリスティーナ(オリヴィア・ウィリアムズ)がなんとかして取り繕うとしているって訳だ。アガサの話に戻ると、彼女はハリウッドに着いてそうそうリムジン運転手のジェローム(ロバート・パティンソン)と知り合う。ジェロームは、自分は俳優で脚本家だ、なんて言ってるけど、本当かどうかわからない。

という訳で役者が揃い、物語が始まる訳なんだけど、観ていていったい何の話なのか、何を主題に語ろうとしているのか、なかなか見えて来ない、ただアガサの不気味な火傷跡と暗い目と気持ちの悪い言動、死んだ母がかつて主演した映画のリメイク作の役を貰おうと必死になっている女優ハバナの焦燥と不安、セラピストであるワイスのハリウッドにはごまんといそうな胡散臭さ、ワイスの息子ベンジーのいけすかないクソガキぶり、これらが傷跡から染み出る体液のようにジグジグと語られてゆくだけなんだ。しかし観ていると、物語には幾つかのキーワードが提示される、ひとつはポール・エリュアールの「自由」というタイトルの詩だ、それはこの辺で読んでみるといい。そしてもうひとつは「火と水」だ、それはアガサの火傷、女優ハバナの焼死した母、その母の主演作タイトル『盗んだ水』、浴槽に現れる"アレ"、プールでの事故死事件などに代表されるだろう。最後のキーワードは興味を殺ぐかもしれないから書かないが、アガサが語った父と母のことに関わる。

そして一見「ハリウッド・セレブの虚飾に満ちた醜い人生」を描いているように思えるこの物語は、実はそのテーマが別の部分にあることが分かってくる。確かに彼らは虚飾に塗れ、見栄を張り、常に人間関係のマウントポジションを意識し、幻影に憧れると同時に幻影に怯え、その空虚な内実に飢餓感を覚え、神経症ギリギリの焦燥と不安で今にも破裂しそうになっている。しかしそれは特殊な人生を生きる特殊な人々だけの性向なのか。いや、実はこれらの精神的バイアスは、程度の違いこそあるにせよ、ごく平凡に生きているはずの人間たちの心の中でも当たり前のように巻き起こっていることなのではないのか。物語はこれを、「ハリウッド・セレブ」という極端な生を生きる人たちの中に誇張して描いているに過ぎないのだ。即ち、天上人のようなハリウッド・セレブを描きながらも、この物語のテーマは普遍的な部分にあるのだといえる。

ではクローネンバーグは映画を通して「現代人の持つ不安」を描こうとしたのか、というとそうではない。クローネンバーグがその程度の文学趣味で満足するわけがない。奴はインテリだが変態、【インテリ変態】なのだ。クローネンバーグはかつて多くの初期作品で「観念の肉体化」、平たく言えば「情念がグヂョグヂョのバケモノの形になって体中の腔という腔から滴り落ちてくる様」を描いた。「観念の肉体化」ならまだ思索的なのに、それが「グヂョグヂョのバケモノ」になってしまうところがクローネンバーグの変態の所以なのだ。この『マップ・トゥ・ザ・スターズ』ではラテックス製のバケモノは確かに登場しない、しかし、この映画に登場する者たち全てが、己の情念の果てに自らがバケモノと化しているではないか。そしてクローネンバーグ映画に登場するバケモノたちが皆おぞましい破滅を迎えるように、この作品の登場人物たちもまたおぞましい破滅へとひた走ってゆくのだ。

エリュアールの詩、水と火といった象徴は、意味ありげに配されるが、それらは深読みしようとするならいかほどでも意味付けはできるだろうけれども、直截的には深い意味は無い。これらは作品のシナリオライターであるブルース・ワグナーの趣味なのだろうが、所詮は書生の言葉遊びだ。そんなもの、実はクローネンバーグにとってはどうでもいいことだったに違いない。それよりもクローネンバーグが描きたかったのは、実態のないものと狂ったダンスを踊り、バケモノと化しながら破滅へ転がってゆく人々の姿だったのだろう。その悲惨さと絶望を、微に入り細に入り徹底的にえげつなく描きたかったのだろう。そしてそんな地獄のような情景を、クローネンバーグは嬉々として監督していたに違いない。まさに変態の名にし負うクローネンバーグの面目躍如たる邪悪な作品、それがこの『マップ・トゥ・ザ・スターズ』なのである。

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20150115(Thu)

[]年末年始にダラ観したDVDだのなんだの 年末年始にダラ観したDVDだのなんだのを含むブックマーク 年末年始にダラ観したDVDだのなんだののブックマークコメント

■トランスフォーマー/ロストエイジ (監督:マイケル・ベイ 2014年アメリカ映画)

「あーもう4作目かあ…キャスト変わってるらしいけど、どうせいつも通りなんだろうなあ…」と思い劇場はパスしたが、レンタルで観てみたら、これがなんと、滅法面白く出来てて逆にびっくりした。冒頭のアメリカ田園風景とか発明バカオヤジとか父娘の確執とか、その辺は果てしなくどうでもいいのだが、物語を単純化してる分、本来の主役であるオートボットたちに必然的に目が行くのだ。さらに今回、アメリカ海兵隊が出てきてドンパチ始める、という展開が全く無かったのがいい。あれはあれで楽しかったにせよ、やはりオートボットの影が薄れるのだ。なにしろ今回はオートボットそれぞれの個性が非常に豊かであり、それゆえにそれぞれの個性を活かした活躍を十分堪能できるところがいい。また途中から登場する恐竜タイプのロボットは、最初低年齢層向けの受けを狙ったもののように思えて鼻白んだが、実際動いてるのを見ると結構パワフルに活躍しているうえに強力で、これも観ていて楽しかった。また今回は、画面に目一杯あれやこれやをごちゃごちゃ写し込む物量作戦を止め、敵なり味方なり単体もしくは対峙する姿にフォーカスする写し方をしているせいで、1対1体のキャラの動きがすっきりと確認でき、その分魅力的に見ることができた。中国ロケも実に目新しく、これも好印象。ううむなんだかベタ褒めじゃないかオレ。Blu-rayまで欲しくなったぞ。あとは「強大なパワーを秘めたあるアイテムを巡る追っかけっこ」という1作目から全く様変わりしないストーリー展開をどうにかすればいいと思う。

■ザ・ヘラクレス (監督:レニー・ハーリン 2014年アメリカ映画)

今更レニー・ハーリン監督に期待するものなど何も無く、この映画も「古代ギリシャが舞台のコスチュームプレイが観られりゃそれでいいや」程度の気持ちで観始めたのだが、あにはからんや、これが思いの他面白い作品だった。これには個人的理由もあったので後で書く。まあなにしろギリシャ神話の英雄ヘラクレスの物語、しかも監督レニー・ハーリン、ということで大雑把な作品を予想していたが、大雑把なりに見せ場を設け、楽しませてくれた部分がいい。冒頭のヘラクレスとヒロインのキャッキャウフフシーンが相当観る気を殺いだがそこからがいい。奴隷となったヘラクレスの剣闘士エピソードが魅せるのだ。このシーンから『グラディエーター』『300/スリーハンドレッド』あたりが引き合いに出され、その二番煎じ的な見方をする評もあるだろうが、実はそうではないのだ。実はこのシーンはアメリカケーブルTVの歴史バイオレンスシリーズ、『スパルタカス』への強烈なオマージュとなっているのだ。なぜならその証拠に、この作品には『スパルタカス』に主演していたリアム・マッキンタイアがサブキャラクターとして出演してるではないか!最初知らずにこの映画を観ていたが、リアム・マッキンタイアの姿を発見した時は大いに驚いたし喜んだ。これはドラマ『スパルタカス』の熱心なファンだったオレぐらいにしか分からないものだとは思うが、だからこそリアム・マッキンタイアの姿を発見した瞬間からオレにとってこの映画はあっという間に格が上がったのである。それは別にしても剣闘シーンはこれまで観た同工の作品と比べても工夫が多く楽しむことができた。クライマックスでの「遂に神の力を得たヘラクレス」の大立ち回りは適度に馬鹿馬鹿しいがこれも許容範囲だ。

■ライズ・オブ・シードラゴン 謎の鉄の爪 (監督:ツイ・ハーク 2013年中国/香港映画)

ツイ・ハークの作品はこれまで何作かは観ていると思い調べてみたが、並んだタイトルだけ見てもどれがどれだか判別付かない。それにしても中国の方かと思っていたらベトナム生まれの方だったのらしい。さてこの『ライズ・オブ・シードラゴン』、「モンスターでカンフーでなにやら楽しそう」と思って観始めたのだが、観終ってみるとどうも最初の期待とは違う作品だった。モンスターでカンフーなのは間違いないのだが、登場人物たちのキャラクターが四角四面過ぎて面白味が無いのだ。もうちょっと馬鹿馬鹿しくはっちゃけて欲しかったのだ。アクションにしても、何やら伝統芸能を見せられてるいるようで、何かテンポが違う。モンスターの一人も、ワルモノのように見えて、実は…というのもなんだか煮え切らない。きっと期待の仕方が間違っていたのだろう。唐朝末期を舞台にした探偵物語という設定は面白かった。

■ポンペイ (監督:ポール・W・S・アンダーソン 2014年アメリカ/カナダ/ドイツ映画)

ポンペイ [Blu-ray]

ポンペイ [Blu-ray]

「あーポンペイが爆発する映画かー」などと思っていたが、ちょっと待て、爆発するのはヴェスヴィオ火山であってポンペイじゃねーだろオレ。アブナイアブナイ。まあしかしそのぐらいどうでもいい気持で観た映画ではある。剣闘士がなんちゃらで復讐がうんちゃらで禁断の恋がどうのこうのというストーリーはあったようだが、まあ、基本的に極めてどうでもいい物語であるのは間違いなく、とりあえずヴェスヴィオ火山が「どっかーん」と爆発する様を最新VFXで再現された映像を「凄いね凄いね」と堪能し、ポンペイの不幸な皆さんが逃げ場を失い阿鼻叫喚の地獄に落とされる様子を「怖いね怖いね」と菓子食いながら眺められればそれで十分、という映画である。こういったアトラクション・ムービーの類は、IMAX3Dあたりで特撮部分だけの30分1000円ぐらいの映像作品として公開したほうがよくないか?

■イントゥ・ザ・ストーム (監督:スティーヴン・クエイル 2014年アメリカ映画)

「すっげー大竜巻が来て、街も人もギッタギタにされる」という、ただそれだけのお話である。これもまたアトラクション・ムービーのひとつであり、登場人物もお話も何の魅力もないが、巨大竜巻さえ凄ければそれで問題ないとも言える。たまに「90分なり2時間映画に集中するのもかったりーし、酒飲んだりネットやりながらながらでも十分観られる映画とかないかなあ」などと思うことがあるが、この作品など最適だろう。なにしろ竜巻のシーンだけ観てれば事足りるのだ。お話は最高につまらないのだが、最新VFXで画面一杯に猛威を振るう巨大竜巻の映像はこれまでこんなの観たことない、と思わせるほどに凄まじいのだ。

■テルマエ・ロマエ II (監督:武内英樹 2014年日本映画)

テルマエ・ロマエII DVD通常盤

テルマエ・ロマエII DVD通常盤

実は1作目は結構好きな作品なのである。もともとオレは原作ファンだったが、原作部分と映画オリジナル部分がいい具合に折衷され、これはこれで面白い映画を作ろうという気概が感じられたのだ。しかしこの2作目は「続編は駄作」のセオリーを見事に踏襲してしまっている。同じキャストでそれなりに予算も掛けられているであろうに1作目の面白さにまるで届くことがなかったのはひとえにシナリオの杜撰さだろう。この2作目ではオリジナルな要素が多く、それが原作のスピリットを殺してしまっているうえ、余計なエピソードの連続は、シナリオの無能さを恥ずかしげもなくあからさまにしてしまっている。とはいえ、ルシウスの行く末までに触れたラストはそこそこに汚名挽回をしている感はあった。

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20150114(Wed)

[]ビッグ・ヒーロー・シックス〜映画『ベイマックス』 ビッグ・ヒーロー・シックス〜映画『ベイマックス』を含むブックマーク ビッグ・ヒーロー・シックス〜映画『ベイマックス』のブックマークコメント

■ベイマックス (監督:ドン・ホール、クリス・ウィリアムズ 2014年アメリカ映画)

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  • 『ベイマックス』の予告篇を観た時は、「日本ぽい街を舞台にした少年とロボットの心の交流の物語」みたいな紹介のされ方をしていて、「まあ、観なくてもいいか」と思っていた。それとここ最近のディズニーCGアニメにはまるでいい印象が無かったので、積極的に観る必要を感じなかった。
  • ところが、その後の口コミで、「実は後半戦隊ヒーローものに様変わりするらしい」と知り、少々興味が湧いた。
  • 観終った後で調べたところ、そもそもこの映画の原題は『Big Hero 6』となっており、最初っからヒーロー物であるのがあからさまになっているのだ。
  • しかも原案自体が「6人の日本人スーパーヒーローを主人公としたマーベルコミックのアメコミ作品『ビッグ・ヒーロー・シックス』」という作品なのだという*1。自分は知らなかったのだが、2009年にディズニーはマーベルを買収しており、その流れで製作された作品なのらしい。
  • とはいえ、実のところ個人的な感想としては、後半のヒーロー対悪の大戦闘よりも、前半における科学への夢に溢れた少年たちの描写に心惹かれた。
  • この前半での、発明を通した科学への憧れ、科学への夢について描かれるくだりは、非常に正しくSF的であった。それは、科学的に正しいとかそういう意味ではなく、科学に対する態度がそう思わせるのだ。
  • 例えば映画冒頭のロボット・バトルと同工のテーマを描いた映画『リアル・スティール』は、その世界観のお粗末さも含め少しもSFを感じなかったが、この『ベイマックス』には「この作品世界がどのようなテクノロジーを基に成り立っており、さらにどのようなテクノロジーの発展が見込まれているのか」がきちんと描かれているのである。
  • すなわち、「正しくSF的である」というのは、物語における世界観が、誤魔化しなくしっかりと確立されている、ということなのだ。
  • 物語の中心となるロボット、ベイマックスがそもそもは医療ロボットである、という設定も面白い。医療介護ロボットを描いた大友克洋原作の『老人Z』というアニメがあったが、このベイマックスはそれより格段に洗練されており、リアリティが増している。ただしあの不格好な体形には少々疑問が残るが、まあビジュアル的な愛嬌ということなのだろう。
  • だが後半において敵役の存在が確定し、兄の復讐とばかりに仲間を募ってのヒーロー戦隊になってしまう展開は、これがメインとはいえ通俗的過ぎ、既視感ばかりが気になって新鮮味を感じなかった。
  • ここで物語はそれまで丹念に培ってきたリアリティから乖離し、パワードスーツを着たヒーローのどこにでもありそうなアクションへと全てが収斂してしまう。これではここまで培ってきた世界観が台無しになってしまうではないか。
  • つまり原案作品『ビッグ・ヒーロー・シックス』が持っていたのであろうアメコミ的な単純明快さが、それを補う形で創作された前半の物語の奥深さを殺してしまっているのである。
  • であるならこの作品はやはり最初の「少年とロボットの心の交流の物語」を中心としながらそこにSF的な寓意を持ちこんだものとして展開するべきだったのではないか。
  • さらにクライマックスでの"救出"シーンの在り方はどうにも粗雑に感じてしまいこれには白けさせられた。
  • そういった部分では、後半の戦闘シーンを楽しみにしていたにもかかわらず、そこにがっかりさせられた作品ではあった。

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azecchiazecchi 2015/01/14 17:25 僕もアクション期待で観に行ったにもかかわらず、クライマックス近くは眠くて仕方なかったです。確かに前半は良かったですねえ。

globalheadglobalhead 2015/01/14 18:26 後半は完全なお子ちゃま向けアニメでしたね。お子ちゃま向けアニメでもいいけど新鮮さ皆無なんだもの。主人公の性格はどんどん単純化してゆくし仲間たちはどんどん薄っぺらくなってゆくし、悪役が悪を成した理由も介護ロボベイマックスが戦闘ロボになっちゃうのも、なんだかウニョウニョっと誤魔化して正当化しているのがあきれたなあ。

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20150113(Tue)

[]伊豆シャボテン公園カピバラ・リベンジ!? 伊豆シャボテン公園カピバラ・リベンジ!?を含むブックマーク 伊豆シャボテン公園カピバラ・リベンジ!?のブックマークコメント

連休の中日は相方さんと一緒に伊豆シャボテン公園カピバラを見に行っていました。実はお正月に1回行ったんですが、その時は最寄り駅に着いた時になってはじめて雪のため動物園が閉園になっていたことを知り、泣く泣くトンボ返りしたことのリベンジだったんですね!2週続けて伊東まで出掛けるオレと相方さんのカピバラに掛ける執念!カピに会わないと年明けた気がしませんからね!

というわけで伊豆シャボテン公園に到着。そして、いました。

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どうだドアップだ!?(寒くてちょっと鼻水出してます)

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差し出された餌にむしゃぶりつくカピ!

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「ねえねえご飯ないのお?」とカピにおねだりされるオレ。

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相方さんからも餌をねだります!

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物陰から様子をうかがう子カピ2匹。「変な大人の人間がいるよ…」「しッ!気付かれるとよってくるよ!」

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でもやっぱり寒そうでしたね。

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僕らも寒くてレストランに一時退避。伊豆シャボテン公園名物(?)、シャボテンバーガーを食べました。もちろんシャボテンが入ってます。お味は…シャボテンさえなければいける…かな?

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続いて伊豆シャボテン公園の名物中の名物、「カピバラ温泉」を見に行きます。カピが湯につかってますッ!

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こちらは入り口にあるカピバラモニュメント。

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寒空でしたが富士山が近くてとっても綺麗でした。

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もう一度「カピバラ虹の広場」に寄ると暖房用のライトが点けられていてカピもほっとした表情を浮かべていました。

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もうひとつ別の場所にもカピバラ舎がありました。伊豆シャボテン公園は3か所でカピバラが見られるんですね。

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時間がきたのでカピたちともお別れ。とっても寒い一日でしたがたっぷりカピを見て心をホクホクさせて帰りました。

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20150110(Sat)

[]告別 / 母のこと 告別 / 母のことを含むブックマーク 告別 / 母のことのブックマークコメント

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告別

5日の朝、通勤中に妹から「実家の母が亡くなった」と電話があった。母と同居している弟は病院や斎場の対応をしているため代わりに電話してくれと言われたという。職場に事情を告げ、急いでアパートに戻り実家へ行く準備をした。オレの実家へ行くには飛行機で一日一便、それも午前中しかない。これを逃すと翌日だ。電車だと24時間かかる。しかしなんとか準備を終え空港へ向かい、飛行機に搭乗できた。午後には実家のある町に到着、そのまま斎場へ向かう。

母の病気は去年の10月に知った。突然の激痛に倒れて救急車を呼び、緊急手術がなされた。実家に飛んだオレが聞かされたのは母が末期癌だということだった。応急的な手術はされたが、転移が激しく年齢的に摘出手術は不可能なのらしい。この時は病室に見舞いに訪れたが薬剤で眠ったままの状態で、何を話すということもなかった。意識が戻った11月にもう一度実家へ行った。母はもっても今年中であり、会話の可能な今のうちに会ったほうがいいという主治医からの勧めだった。この時が生きている母と会った最後だったが、意識は半ば混濁しているようだった。結局母が亡くなったのは年明けとなり、よく頑張ったものだと弟は言っていた。

斎場に安置された母と対面して手を合わせ、弟と打ち合わせをした。入院してから殆ど付きりで看病にあたっていた弟は、母の余命を知っていたこともあり、母がやっと楽になれた、と達観した表情で話していた。そのうち今回のことでいろいろ手伝ってくれた、弟の知己にする仕事関係者が三々五々集まり、お別れ会となった。妹は夜になってようやく到着した。母の兄弟である叔父と伯母の到着は明日になるという。

母が長く無い、と分かった段階で既に葬式絡みの相談を弟と済ませていた。我が家はもとから無宗教であり、むしろ葬式宗教へは否定的だった。父もおらず、親戚関係は少なく、弔問も弟の仕事関係と母の数少ない知り合い程度であろうことから、密葬で執り行うことにしていた。通夜もなく、坊主も経も無く、当然戒名も位牌もなく、墓も作らず、火葬後は海洋散骨することにしていた。しかし必要最低限ではあったが、斎場の準備は十分なものであった。

翌日は朝から納棺、出棺、火葬となった。葬式に慣れていないオレは、納棺の際の儀式性が奇妙に物珍しかった。全ては亡者の"死出の旅"への準備を家族が行う、という流れになっていた。そして火葬場に向かい火葬となった。記事の最初にある写真は火葬場の前景の写真である。この日は友引と呼ばれる日で火葬場を利用するのはうちの家族だけだったが、もとより宗教も縁起も無視していたので気にしなかった。火葬後遺骨を拾い、骨壺に入れて実家に戻る。骨壺はオレが抱えていたが、中の遺骨は火葬の熱でまだ暖かかった。この遺骨は弟の意向で暫く実家に置くことになっていた。

その後は献花を飾ったりそれほど多くはない弔問客を相手にしたり、母の部屋の片づけを眺めていたり(残すものと残さないものの違いが分からなかったので弟に任せた)、夕方に叔父と伯母がやってきたので話をしたりしていた。そうして1日2日経ち、爆弾低気圧の影響で天候が大いに乱れて帰路の心配をしていたが、帰宅予定の金曜日には飛行機も飛び、母の遺骨と弟に別れを告げて東京に帰ってきた。以上が今回の大まかかなあらましである。

母のこと

ここまで特に感情も交えず書いたが、これは別に感情を抑えていたのでも麻痺していたのでもなく、それほど大きく感情が動いていなかった、というのが正直なところだ。最初に母が治癒不能の重篤な病床にあるのを知ったときはさすがにこたえたが、その後余命を宣告された段階で、残される者としてそういった運命を受け入れてしまったということなのかもしれない。それと併せ、自分が実家と疎遠であったこともあり、大きな感慨を覚えるに至らなかったというのもある。母の闘病生活は2か月ほどであったが、それでも長引くのは辛いことだっただろう。そういった意味ではやっと楽になったか、とも思う。むしろオレは実家で仕事を半ば投げ出して看病にあたっていた弟に申し訳なく思っている。

もうひとつ、自分がどこか母に親身になれなかったのは自分の母への悪感情があった。もとから気性が激しく気分屋であり、生活にしても金銭面にしてもだらしない部分のあった母親だった。子供の頃はよく衝突していたし、成人後もうんざりさせられることが多かった。それはもちろん、オレの性格的な偏りもあった。母はオレが10歳の頃に父の浮気が原因で離婚し、それ以来女手一つで子供3人を育てた。それは並大抵のことではないし、とても立派なことであろうと思う。それについては感謝に絶えない。だから母の様々な瑕疵は受け入れるべきだったのだろうとも思う。しかし一緒に生活しているとそれらが耐え難かったのだ。

母は自己憐憫の感情が強い女性だった。自分の間違ってしまった人生を常に憐れみそして否定し、悲劇の主人公を演じていた。オレは母のそんな部分が最も嫌いだった。それはそういった感情がオレ自身にもあるから、ということもあった。母の強烈な浪費癖はそんな心の隙間を埋めるためのものだったのだろう。ただそれは埋めても埋めても埋められるものではなかった。大きな滞納金があり、それをオレの仕送りや弟の稼ぎ、親戚への無心で補っていたようだが、それでも莫大な額だった。妹の支払っていた奨学金返済を使いこんでいたりもした。そして母のそうした部分を責めても言い争いになるだけだった。

今回のことで叔父や叔母と会い、母の生い立ちを聞かされた。既に亡くなっているオレの祖父、即ち母の父親は、当時地元で最も裕福な漁師の網元だったのだという。地元には広々とした豪邸が建ち、漁業だけでなく小規模ながら牧畜や農業もやっていたのらしい。獲れた魚介類はそのまま本州まで漁船で行って衣類などと物々交換していたと聞く。そういう時代だったのだ。母はそこでいわゆるお嬢様暮らしをさせられていた。しかし母が物心つくころに祖父は時化の海で事故死し、稼ぎ頭を失った家は大きく傾くことになる。叔父伯母からは相当な赤貧状態だったと聞くが、それでも母は祖母から例外的に大切に扱われていたという。

それを聞かされて、貧乏暮らしであったはずの母がどこかふわふわとした女学生趣味を持っていたことがどことなく腑に落ちた。母は本を読んだりお絵描きをしたり(「絵画」ではなく「お絵描き」なのだ)手芸をしていたりが好きだったが、それはそれら自体よりも、それをする自分が好きだった、いわゆる自己愛の延長でしかなかった。そしてその自己愛は、子供の頃に失われてしまった何不自由無い暮らしをもう一度なぞってみたかったからなのではないのか、と今にしてみれば思う。負債を抱えながら華美な服を買い込み着飾っていたのにもその一端があったのかもしれない。

母はどこかで現実を放棄し、それを否定して、自分の殻の中だけで生きていた。晩年の母は、呆けこそ無かったにもかかわらず、いつも虚ろな表情を浮かべていた。随分前から、廃人のようですらあった。抑鬱状態であったのだろうと思う。オレも弟も贅沢な暮らしさえ望まなければそこそこに生活できる援助はしていたし、オレは実家から相当の遠方に住んでいるためそれ以上のことはできなかったが、共に暮らしていた弟は母に惜しみなく愛情を傾けていた。しかしそれでも足りないもの、に対しては何もできないではないか。いや、それはオレの愛情の足りなさだったのか。今更悔いても仕方ないことだし、また、なにを言っても遅いのだけれども、母には、もっと早く自分の人生を見つけて欲しかった。

亡くなった後に母の荷物を片付けている時、沢山の昔の写真が出てきた。苦労の多い人生だっただろうが、子供と過ごしている時の写真はさすがに幸せそうだった。この写真はまだオレが3つか4つの時、写真館で撮ったものだろう。亡くなった者に対してあれこれ言うのはこれで止める。オレはこの写真の、輝く様な母とその幸福の時だけを胸に留めて、これから生きることにしよう。母よ、今までありがとう。安らかに眠ってください。

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HeadacheHeadache 2015/01/11 22:51 北海道にいるってそういうことだったのか。単に帰省かと思ってた。そしてうちの母と共通点がありすぎてちょっと絶句。

globalheadglobalhead 2015/01/12 15:40 いろいろやり終えてきました。3ヶ月連続で往復したので飛行機代が大変なことになりました…。

20150105(Mon)

[]年末年始の反省 年末年始の反省を含むブックマーク 年末年始の反省のブックマークコメント

12月30日

会社はこの日まで出勤だったが、基本的には大掃除だけでたいした業務があるわけでもない。しかし職場の連中があれこれの理由でオレ以外全員休んでしまい、オレ一人で事務所の大掃除をする羽目になった。もう四角いものを丸く掃いて見えるとこだけ拭いて終わりだ!真面目にやってられっか!まあ昼で帰ったけどさ。

12月31日

大晦日はいつもだいたい相方さんと一緒に映画を観ている。この日は4DXの劇場に行ってみた。この4DX、席は動くわ水飛沫は出るわフラッシュは焚かれるわスモークは上がるわ、おまけに匂いまで出る、といういわゆる体感型アトラクション形式の映画館なんだが、最初こそわくわくしていたけど映画が始まってみるとどれもこれも邪魔臭いだけで映画に集中できない。座席の背中からドンドンと突き上げられた時は「席蹴ってるの誰やねん!?」と眉間に皺が寄ったぐらいだ。1度見た映画を2度3度と観に行くときには変わってていいんだろうが、そういう趣味の無いオレはとりあえずもう懲りた。

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夜はすき焼きと年越し蕎麦を食って年を越した。ハッピーニューイヤー!!

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1月1日

正月元旦はとりあえず部屋でグダグダすることに。でもオレ、どうも暮れから風邪もらってたみたいで、この日は夕方まで寝ていた…。この日の朝は正月らしく相方さんが作ってくれたお煮しめとオードブル的な何かを食した。

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夜はお歳暮で貰ったハム的なものとローストビーフ的なものとソーセージ的なものを食った。もちろんビールもたらふく飲んだ!風邪は治った。

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1月2日

この日は伊豆にある「伊豆シャボテン公園」へ恒例のカピバラ温泉詣でをすることになっていた。ところが今度は相方さんが風邪ひいたみたいで調子悪そう。とりあえず様子見ながら出掛けることにした。

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しかし伊東に着いたら【積雪のため「伊豆シャボテン公園」は休園】という情報が。ぬあにぃ〜〜!?なので電車でさらに小1時間の場所にある「伊豆アニマルキングダム」に行くことに変更。しかし列車に乗ってる途中で今度は【雪かきしたから「伊豆シャボテン公園」やっぱり開園】の情報が。

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「え?戻る?」「どうする?」そのうち駅から「伊豆アニマルキングダム」へ行く路線バスが積雪で動いていないこと、さらに「伊豆シャボテン公園」に向かうバスも動いていないことが発覚。情報に振り回されてんやわんやのオレと相方!「もうだめだァ〜〜」結局伊東くんだりまで来てトンボ返りすることになってしまった…残念無念!!写真は伊東で食った天丼。味は普通だった。

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1月3日

カピが観られなかった傷心を抱えこの日もグダグダすることに。相方さんの風邪は小康状態。とりあえずお昼に近所の神社へ初詣に出かける。

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「ギンナンを剥かないでください」と神社からの注意書き。ギンナン臭いからね。

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夜は手巻き寿司大会ということに相成り、海苔に飯を広げそこに海鮮を乗せ、これをくるっと巻いた後にワサビ醤油で食すという実に楽しい食事会を執り行ったのであった。オジサン日本酒飲んで酔っ払っちゃたよ!まあ酔っぱらってるのはいつものことだが…。

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1月4日

この日で冬休みも終わり。明日っから仕事だ仕事!その前にこの日はお昼から歯医者。なんかここの歯医者、半年ぐらい通ってる気がする…。帰ってから洗濯をし、日記の下書き仕上げて、その後ダラダラとゲーム。ゲーム楽しい。そして夜はピザだ!オレにピザを食わせろ!

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20150101(Thu)

[]新年あけましておめでとうございます 新年あけましておめでとうございますを含むブックマーク 新年あけましておめでとうございますのブックマークコメント

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今年もよろしくお願いします。

lazy-daisy5113lazy-daisy5113 2015/01/02 00:15 皇帝陛下におかれましては本年も益々ご清栄、飛躍の年になられますよう、下僕のゲの私が言うのもおこがましく存じますが、心より御祈り申しております。

globalheadglobalhead 2015/01/02 06:57 うむ、苦しゅうない。あけおめことよろそこんとこよろしくしぇげなべえべーである。本年もまた我が統一銀河の一層の繁栄と略奪と蹂躙を推し進めてゆく所存である。もちろん書初め文字は「侵略」、今年の抱負は「弾圧」である。というわけで今年も楽しい年にいたしましょうね。

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