Hatena::ブログ(Diary)

メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20150227(Fri)

[]ヴィクトリア朝ロンドンを舞台にしたスチームパンクTPSゲーム『The Order: 1886』 (PS4) ヴィクトリア朝ロンドンを舞台にしたスチームパンクTPSゲーム『The Order: 1886』 (PS4)を含むブックマーク ヴィクトリア朝ロンドンを舞台にしたスチームパンクTPSゲーム『The Order: 1886』 (PS4)のブックマークコメント

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舞台はビクトリアン時代 産業革命後の栄華を誇るもう一つのロンドン

この世界では、はるか昔に進化の途上で人類から分かれた“半獣”と呼ばれるモノが存在する。“半獣”は、強靭な肉体と恐るべき回復力を持ち、人類の天敵として人々から恐れられてきた。だが、あるとき戦いに生涯を捧げることを誓った勇気ある人々が騎士団を結成する。騎士団は“オーダー”と呼ばれ、以来、数世紀にわたり“半獣”との戦いを続けてきた。時は流れ、19世紀末ロンドン。産業革命と科学の発展が戦いの流れを変えた。これまでにない威力の武器を手に入れた人類は歴史上初めて優位に立つ。だが、同じ頃、新たな脅威が騎士団を襲う。大英帝国への大規模な反乱である。産業革命の影響に苦しみ、階級間の格差に憤る市民が蜂起したのだ。新旧二つの敵により、騎士団はこれまでにない苦境に陥っていた。

公式HP

19世紀ロンドンを舞台にしたスチームパンク風味のTPSゲームです。まずこのゲームの特色となるのは非常に練りこまれた世界観でしょう。衣装や武器の非常に細かいデザインにそれが顕著で、製作者側にとって一番見せたいもの、こだわりたかったものがこれだったのでしょう。物語も重厚であり、ゲーム性のために物語的な整合感をおざなりにしている、という部分を感じさせません。そしてそれを可能にしているのが精緻に渡り作りこまれたグラフィックであり、このゲームの魅力のひとつとなっています。登場人物の顔や表情もとてもリアルに作られていたなあ。

ただし、PS4ゲームでも群を抜いたグラという評判ではありますが、レトロな雰囲気を出すためでしょうか若干スモーキーな画面となっており、その精緻さをあんまり堪能できないんですよね。だからオレはそんなに凄いグラフィックとは思えなかったなあ。どうもオレはパキパキの高解像度で色彩豊かなほうが好みなんだよなあ。それにそのグラフィックも細かいところは良く作られてはいるけれども、どうもハッとする部分が無い。なんだかハッタリが無くてチマチマしてるっていうのかな。そういう部分で個人的にはグラフィック的には平均点だと思えた。あと上下の黒帯も『サイコブレイク』以来好きじゃないんだよなあ。

じゃあゲーム性はどうかというと、これもTPSとしては標準的な仕上がりかな。カバーアクションをしながらの敵との銃撃戦はギアーズあたりを髣髴させ、これはこれで楽しめる及第点の出来。ただちょっと難だったのがQTEの多さ。そんなに卑怯なQTEはないのでストレスが溜まるということもありませんが、頻繁に挿入し過ぎ。これきっと、製作者の頭の中でこのゲームがどのように進行するべきかの演出がきっかりと決まっていて、その演出こそを見てもらいたい、という意図があるからなんでしょうねえ。

煎じ詰めるとこのゲーム、実はTPS風味のアドベンチャー・ゲームってことなんですよね。ゲームの進行が一本道でプレイ時間も短く、リプレイ性がまるで無い、というのはこのゲームが1本きりのシナリオで製作されたAVGだからってことなんじゃないのかな。プレイにしてもアイテム探しやMAPコンプなどの探索要素がまるで無く、いくら作りこまれたグラフィックでもその世界をあんまり歩き回りたくならないのは、AVGの本筋から逸脱する気が無かった、という理由があるのではないでしょうか。だからねー、割と賛否両論あるゲームのようですが、TPSとして見ると物足りなく、AVGだと考えるとそれほど謎やパズルが無い、といったゲームなんですよねこれ。

ただよく言われているプレイ時間の短さはオレは逆に全然OKでね。いや残業帰りだとそんなにゲームやってる時間が無くて(まあインド映画ばかり観ているからという理由もあるが)、早く終わるゲームって結構有難かったりするんですよ。そもそもリプレイとかオンとかしないしオレ。決して満点のゲームではないのですが、そういった部分で手軽に楽しめました。なんとなく続編のあるような終わり方でしたが、雰囲気は十分にあるゲームですので、続編出たらまたプレイしてもいいかな。

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20150226(Thu)

[]最近読んだコミックあれこれ 最近読んだコミックあれこれを含むブックマーク 最近読んだコミックあれこれのブックマークコメント

■ダンジョン飯(1) / 九井諒子

ファンタジー世界の勇者たちがダンジョンで倒したモンスターたちを料理し食べてしまう!という大変ユニークな話題作。これを読んで自分は擬似3DRPGゲーム『ダンジョン・マスター』を思い出した。このゲームではキャラクターの強さ・素早さ、持てる荷物の重さ・数量などRPGゲームでよくあるパラメーターの他に、空腹のパラメーターがあり、キャラクターは食事のみならず水も摂らないと体力を失う。ではこの食材をどう調達するかというと『ダンジョン飯』と同じくダンジョン内で倒したモンスターを食べることになるのだ。コミックのように調理することはないが、モンスターによって「美味さ」があり、美味いモンスターほど空腹値の回復に効果があるのである。一番美味いモンスターはドラゴンだったが、そのドラゴンが最強なのだ。また、不味いモンスターはミミズのでかいようなやつだったような気がする。手軽に倒せてよく食ったのはブロッコリーみたいな格好の化け物だった。だからいまだにブロッコリーを食うとゲーム『ダンジョン・マスター』を思い出してしまう。そんなことを連想したコミック作品だった。

■千年の翼、百年の夢 / 谷口ジロー

f:id:globalhead:20150222172408j:image asin:4091792049 ※デラックス版

f:id:globalhead:20150222172528j:image asin:4091868541 ※通常版

主人公である一人の日本人作家がルーブル美術館で見た幻想を描く連作短編集。作家が見る幻想というのはゴッホやコローといった画家であり、まあ着想としては平凡なのだが、これが後半第2時大戦下にナチの略奪を回避するため奔走するフランス国立美術館副局長の章に至ると俄然物語は凄みを増してくる。そして最終章の主人公とルーブル美術館との密やかな関係を描く章において物語は圧倒的な情緒のうねりを見せるのだ。主人公の見る幻想はまさにこの章へと辿り着くための予兆として用意されていたのである。それはまた、多くの芸術家たちがあたかもファウストのように今という時を永遠の中に閉じ込めようとその作品を描いていたように、主人公の魂のうちに封印された愛という名の記憶を、その永遠を、もう一度現出させる儀式でもあったのだ。芸術と、一人の男の個人的な愛の記憶をオーバーラップさせることにより、芸術とは何か、人はなぜ芸術へと向かうのかまでを考えさせる、非常に秀逸な作品であった。なおこのコミックは大判サイズオールカラーのデラックス版とモノクロ単行本サイズの通常版が発売されているので購入の際はお好みで。

■ゲゲゲの家計簿(上)(下) / 水木しげる

ゲゲゲの家計簿 上 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

ゲゲゲの家計簿 上 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

ゲゲゲの家計簿 下 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

ゲゲゲの家計簿 下 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

手塚治虫亡き今日本漫画界の至宝であり国宝であるのはまさに水木しげるを置いて他にいないだろう。この『ゲゲゲの家計簿』は水木氏が紙芝居作家から貸本屋作家へと転身する激動の時代に水木氏本人が付けていた家計簿を基に当時の水木氏の生活を振り返る自伝作品で、これまでにも描かれていた自伝作品とはちょっと違うユニークなものになっている。その家計簿から浮かび上がるのはなにしろ極貧の中に生きていたということ、その貧しさの中でどのように遣り繰りしていたのかという生活史であり、さらには当時の日本の庶民経済史のひとつとして読むこともできるのだ。若き日の水木氏が赤貧生活していたことは自伝で知ってはいたが、家計簿という形でそのシビアさを逐一描く、貧しさを常に意識しながら生きていた当時の水木氏の心境にまで迫ることができる作品になっていて面白い。

■みずほ草紙(2) / 花輪和一

みずほ草紙 2 (ビッグコミックススペシャル)

みずほ草紙 2 (ビッグコミックススペシャル)

日本の中世を舞台に人間の業と救済を超自然的な現象を通して描く花輪和一漫画第2巻。花輪は完膚無き絶望と究極の救済の間で振り子のように揺れ動く人間存在をテーマとして描くが、ここでもそのテーマはどこまでも追及される。花輪はここで善意と無垢の者に対して言及し、そして決して消えない愛情の記憶を描く。これはこれまでの花輪漫画がさらに深化してゆく過程に思える。作品によって微妙なテーマのブレを感じるが、それでも花輪の放つアレゴリーは漫画界唯一無二の透徹した切れ味を見せるのだ。そして下司な人間のとことん下司な有様を描くとこれがまた臓腑を抉るほどに上手い。いつものように花輪漫画は強力無比の暗黒光線を発するのだ。

■プリニウス(2) / ヤマザキマリ とり・みき

古代ローマの博物学者にして艦隊司令官プリニウスの足跡を辿る歴史コミック。この第2巻では繁栄と汚濁の中にあるローマの生活をクローズアップ、そしてプリニウスと時の皇帝ネロとの関係が語られる。暴君として知られるネロだがこのコミックでは自分の望まぬ人生を生きざるを得ないやさぐれたおっさんとして描かれるところが面白い。あと新キャラのハゲのおっさんが強い。ただどうもキャラの顔が区別がつかず時々混乱する。物語はプリニウスという中心から逸れてきているように思えるが、あくまで彼を狂言回しとして当時のローマを活写するというドラマに変化してゆくのかもしれない。

センセイの鞄(1)(2) / 川上弘美, 谷口ジロー

センセイの鞄 1 (アクションコミックス)

センセイの鞄 1 (アクションコミックス)

センセイの鞄 2 (アクションコミックス)

センセイの鞄 2 (アクションコミックス)

居酒屋で偶然出会った高校時代の恩師である教師とその教え子であった女性との、親子のような友人のような恋人のような淡い心情を描く文芸コミック。朴訥な教師と物静かな女性との淡々としたやりとりが独特の空気感を生む物語だが、その情緒は淡白過ぎてどこかリアリティが薄く、むしろその非現実的な距離感のあり方をひとつのフィクションとして読む物語なのだと思った。だがその距離感は終盤において突如縮まり、そして二人の関係も濃厚なものと化す。自分はこの転調のあり方にどうもとまどってしまい、一見淡白な人たちのその内実は容易に判らんもんだ、と人生の深遠のひとつを覗いたような気になったのであった。

■聖☆おにいさん(11) / 中村光

聖☆おにいさん(11) (モーニング KC)

聖☆おにいさん(11) (モーニング KC)

『聖☆おにいさん』もそろそろネタ切れしてきてるなあ、と随分前から思ってましたが、そのせいか分かり難いネタも多くなってきている気がするなあ。このネタ切れをサブキャラの補填でなんとか持たせてるよね。でもそれはそれで面白いから、一回主人公の二人を抜かした番外編みたいな話に行ってもいいかもなあ。

■いぬやしき(3) / 奥浩哉

いぬやしき(3) (イブニングKC)

いぬやしき(3) (イブニングKC)

奥浩哉のコミックもCGのおかげでなんだか絵的な凄さは感じさせるけれども、物語のパワーはもう全然ないなあ。この漫画も「いじめられっ子が窮鼠猫をかむ」という少年コミックでよくある展開の爺さん版でしかなくて、爺さんロボットでほぼ無敵だから一般人と戦っても勝つのが当たり前でさ。さっさとこの間のロボット兄ちゃんみたいな敵役を充実させてください。

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20150224(Tue)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージックその他 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックその他を含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックその他のブックマークコメント

■Computer Controlled Acoustic Instruments pt2 EP / Aphex Twin

アルバム『Syro』から間をおかずにリリースされたニューシングル。『Syro』のアウトテイクや延長線ではなく、シングル独自のコンセプトで制作されているところがまず面白い。そのコンセプトはタイトルが匂わせているように「コンピューターで制御された生楽器」。どの曲も生のピアノとドラムが中心的な構成になるが、微妙にエレクトリックなトリートメントが成される。それにより、エレクトロニカともアコースティックともつかない奇妙な音世界が構築されている。 《試聴》

Moodymann / Kenny Dixon JR aka Moodymann

MOODYMANN

MOODYMANN

デトロイトを拠点に活動するアンダーグラウンド・ハウス・プロデューサー、MoodymannことKenny Dixon Jrによる2014年リリースのアルバム。ハウス・ミュージックの括りを超え、ファンク/ソウル/ヒップホップ/ジャズ/R&Bが絶妙なグルーヴでコラージュされた曲の数々が並ぶ。 《試聴》

■Defected Presents FCL In The House / VARIOUS

Defected Presents FCL In The House

Defected Presents FCL In The House

ロンドンを拠点とする世界で最も有名なハウス・レーベルDefectedからリリースされたベルギーの気鋭ハウス・デュオ、FCLのMIX。2枚組になっており、彼らがそれぞれ1枚づつをMIXしている。非常にそつなく無駄のないプレイを見せており、Defected系列のいわゆるメジャーなハウスは最近聴いていなかったが、久しぶりに聴いてみるとこれが結構はまった。 《試聴》

■Street Tracks Volume 1 / VARIOUS

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東ロンドンのハウス・デュオWaze & Odysseyが自身のレーベルW&O Street Tracksからリリースしたコンピレーション・アルバム。アンダーグラウンドなテイストに溢れたガラージ/ディープ・テック・ハウス。これもいいですね。 《試聴》

■Modern Streets / Beat Spacek

Modern Streets

Modern Streets

ゼロ年代UKネオ・ソウルを牽引するスティーヴ・スペイセックのユニットBeat Spacekのニュー・アルバム。自身のファルセット・ヴォーカルもフィーチャーし、インディR&Bからポスト・ベースまでを網羅したフューチャリスティック・ソウル/ヒップホップ。 《試聴》

■Signs Under Test / John Tejada

ドイツの人気レーベルKompaktからリリースされたUS西海岸のテックハウスDJ、John Tejadaの3年振りニュー・アルバム。ブレイク・ビーツを取り込んだピュアでドリーミーなエレクトロニック・サウンド。 《試聴》

■Fabric 79: Prosumer / Prosumer

Fabric 79

Fabric 79

Fabricの79番はベルリンの名門クラブPanorama Barの元レジデントProsumer。ハウス・クラシックから最新音源まで万遍なくチョイスしたベテランならではのミックス。 《試聴》

■Gravity EP、2x2、Morse EP / Yan Cook

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オランダの名門レーベルDelsinからリリースされたキエフ出身のプロデューサーYan Cookのシングル。緊張感あふれる新世代ミニマル・テクノ・トラック。 《試聴》 《試聴》 《試聴》

■Depth Over Distance / Conforce

Depth Over Distance

Depth Over Distance

同じくDelsinからリリースされたオランダの気鋭Conforceのニューシングル。アナログ・シンセサイザー・サウンドを駆使したディープなテクノ・サウンド。 《試聴》

■Different Every Time / Robert Wyatt

Different Every Time

Different Every Time

ロバート・ワイアットといえばシングル「Ship Building」が有名だと思うが、個人的には美しいピアノと切ないメロディで歌い上げる「At Last I Am Free」がなにしろ衝撃的だった。以来ロバート・ワイアットは自分の音楽史において別格ともいえる存在となっていた。このアルバム『Different Every Time』は彼の集大成的なベスト・アルバムであると同時に、キャリア停止宣言がされたアルバムでもある。選曲はかつて彼が在籍していたジャズ・ロック・バンド、ソフト・マシーンとマッチング・モールの曲を含め、ソロ時代から様々なミュージシャンとのコラヴォレーション楽曲も含まれる。2枚組全29曲、まさに珠玉と呼んでいい心に沁みる名曲の数々が並んでいる。《試聴》

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20150223(Mon)

[]二人の知の巨人を巡る物語〜『世界の測量 ガウスとフンボルトの物語』 二人の知の巨人を巡る物語〜『世界の測量 ガウスとフンボルトの物語』を含むブックマーク 二人の知の巨人を巡る物語〜『世界の測量 ガウスとフンボルトの物語』のブックマークコメント

■世界の測量 ガウスとフンボルトの物語 / ダニエル・ケールマン

世界の測量 ガウスとフンボルトの物語

『世界の測量 ガウスとフンボルトの物語』は世界各地に伝わるどうにも変わった珍測量・迷測量をガウスさんとフンボルトさんがリポートする面白本である。ガウスといえば磁力を発明しピップエレキバンで大儲けした男。一方フンボルトフンボルトペンギンを発見し動物ショーを繰り広げて大儲けした男である。その内容はというと、例えばアフリカのベロの長さを基準とした単位、南米での樹木にたかる芋虫の数から測定されるその年の収穫量、また中欧での屁の臭さが届く範囲を用いた面積の測り方、西欧での間男の夜這いの回数とその間隔から導き出される人口増加の方程式、北米での流れ星の数から導き出される宇宙の広さ大きさ、日本では江戸しぐさがもたらす侘び寂びの絶対的数値、などが挙げられている。…などとUncyclopedia風に書いたがもちろん全て冗談である。

実際の『世界の測量 ガウスとフンボルトの物語』は「博物学者・地理学者アレクサンダー・フォン・フンボルトと数学者・天文学者・物理学者カール・フリードリヒ・ガウスという、知の歴史に偉大な足跡を残したドイツ人ふたりの哲学的冒険小説」ということになっている。しかしガウスとフンボルト、名前こそ知ってはいるが彼らが科学の世界にどのような足跡を残した人物なのか、要するにどんだけスゲエ人たちだったのか、というと実はよく知らなかったりする。Wikipediaなんぞを調べると例えばフンボルトは、

フリードリヒ・ハインリヒ・アレクサンダー・フォン・フンボルト(1769年9月14日 - 1859年5月6日)はドイツの博物学者兼探検家、地理学者。兄がプロイセンの教育相、内相であり言語学者のヴィルヘルム・フォン・フンボルト。近代地理学の金字塔、大著『コスモス』を著したことは有名。カール・リッターとともに、近代地理学の祖とされている。また、ゲーテやシラーや、ヨーロッパ滞在中のシモン・ボリバルなどと、親交があった事でも知られる。

アレクサンダー・フォン・フンボルト / Wikipedia

そしてスペインで流星雨を観察してその周期性の研究が今日の天体観測の基礎になったり、南米に渡って調査をし、ペルー沿岸を流れる海流の調査をしたことにちなんで「フンボルト海流」なんて名前が後に付けられ、さらにベスビオ火山の調査研究を行ったりしてヨーロッパにその名をとどろかせ、当時はナポレオンに次いで有名な人物とすら言われていたらしい。

一方ガウスはというと、これもWikipediaからの安易な引用をするならば、

ヨハン・カール・フリードリヒ・ガウス(1777年4月30日 - 1855年2月23日)はドイツの数学者、天文学者、物理学者である。彼の研究は広範囲に及んでおり、特に近代数学のほとんどの分野に影響を与えたと考えられている。数学の各分野、さらには電磁気など物理学にも、彼の名が付いた法則、手法等が数多く存在する。19世紀最大の数学者の一人である。

カール・フリードリヒ・ガウス / Wikipedia

となっていて、なにしろ幼い頃からとんでもない数学の天才振りを発揮した神童であり、なんかもう山のように法則だの方程式を発見し、ガウスの名が付いた法則、記号、単位だけでも20以上存在するのだが、いかんせん数学がまるで苦手なオレにはなにがなんのことを言っているのかさっぱりわからないのだが、とにかく「凄いよ!凄いんだよ!」ということになっている。

ところで全然関係ないがネットでWikipediaを参考にしたり引用したりすると情弱呼ばわりされるが、全く間違いはないとはいえないにしても、Wikipediaというのはそれなりに検証・討論されて存続しているWebページだし、論文書くような人や専門家が使うのはナニであるのは判るが、オレの様なその辺の一般人がちょっとした調べものの参考にすることにいったいどんな問題があるのかさっぱり判らない。それとオレはある検索語に対して複数のWebページを見比べて一番簡単で判りやすい説明になっているのがWikipediaであった場合それを使うことにしているし、そもそもじゃあナニを参考にすればそれが最も正解だっていえるのか、わかるのか、という気がする。なんか「Wikipediaは嘘だらけ!」って言いたいだけなんじゃないのかな。

さて『世界の測量 ガウスとフンボルトの物語』だが、本国ドイツでは2005年に発表され35週にわたり売り上げベスト1だったというベストセラーで、2007年のある米国国際ランキングでも『ダ・ヴィンチ・コード』や『ハリー・ポッター』を押さえ「2006年世界のベストセラー第2位」にランクインされた本なのらしい。ガウスとフンボルト、というのが知の巨人であるとしても、少々渋すぎるメンツであることを考えると、いったいどうしてまたそんなに人を惹き付けたの?と思ってしまう。で、その内容はというと、もちろんガウスとフンボルトが登場し、彼らの人生とその功績を交差させながら、彼ら二人の人間的内面を追ってゆく、という形になっている。まあしかしそれはいってみりゃあひとつの偉人伝としては普通のことだ。少々幻想的な作者ならではのマジックリアリズム的手法が加味されるけれども、それは少々であって物語の主要な魅力というわけでもない。

そんなことより面白かったのはこの二人のドイツ人ならではといってもいい四角四面さと融通の利かなさ、そして他のことなど一切なりふり構わずひとつのことに徹底的に集中しまくるマニアックさだ。ドイツ人ならでは、なんて書いたけどオレにドイツ人の知り合いがいたりオレがドイツ研究をしていたわけではないから、単なるイメージで物事を言っているだけで、「そんなこたあないよ」と言われればそれまでなんだが。そういうオレにとって、ドイツといえばビールだったりソーセージだったりもするが、なによりやっぱりテクノだね!あいつらの電子的反復音に対する拘り方はやっぱり図抜けてるよ。優れたプロデューサー/DJはいっぱいいるし、伝説的なクラブもいっぱいあるしね。計算され均等でよく整理されていて延々ひとつのビートに集中しまくるジャーマン・テクノは、やっぱりどこかドイツ人らしい、と思うわけなんだよな。

だからこの物語には、天才であり知の巨人ではあるけれども四角四面で融通が利かなくて、一歩引いて見ちゃうとどこかイビツにすら感じさせる、まあ言うなれば「変わり者」の二人が描かれている、ということなんだよね。ドイツでこれがベストセラーになったのは、こうした二人のドイツ人気質を思い切りぐつぐつ煮詰めたような「ドイツの素」「ドイツ汁」を、ドイツ人の皆さんが我と我が身の移し絵を見せられているかのように見出し感じ入っちゃったからなんじゃないのかな。まあオレはドイツ人ではないからそういうのは「へえ」とか言って読み飛ばしたけど、それよりもこれほどまでの知性と才覚を持ちながらも晩年は短たる俗物になったフンボルトと皮肉屋になったガウス、そして自らの衰えてゆく知力体力にため息を漏らす二人の姿に、かつては神童であった筈だが今や老いさらばえ老害となってしまったオレ自身の姿が重なってしまったね!いや、オレだって子供の頃は神童だったんだから!町内ではね!

世界の測量 ガウスとフンボルトの物語

世界の測量 ガウスとフンボルトの物語

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20150221(Sat)

[][]失踪した夫を探しにインドに発った女を襲う戦慄のサスペンス・スリラー!〜映画『女神は二度微笑む』 失踪した夫を探しにインドに発った女を襲う戦慄のサスペンス・スリラー!〜映画『女神は二度微笑む』を含むブックマーク 失踪した夫を探しにインドに発った女を襲う戦慄のサスペンス・スリラー!〜映画『女神は二度微笑む』のブックマークコメント

■女神は二度微笑む (監督:スジョイ・ゴーシュ 2012年インド映画)

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行方不明になった夫を探しにイギリスからインドに渡った女性が、迷宮のように入り組んだ謎に取り込まれてしまう、というインド産のサスペンス・スリラーです。

舞台はインドのコルカタ。冒頭、100人に上る犠牲者を出したコルカタ地下鉄毒ガス事件が描かれるます。それから2年後、ロンドンから一人の妊婦がコルカタ空港に降り立ちます。彼女の名はヴィディヤー、仕事でコルカタに訪れたまま失踪した夫を探しにやってきたのです。地元警察のラナの協力のもと夫の足跡を辿るヴィディヤーでしたが、夫が宿泊したとされるホテルにも、勤めるはずだった会社にも、彼のことを知る者も、本人の記録すら存在しないんです。その代り現われるのが「ミラン・ダムジー」という名前です。この男が何かの手掛かりになるかと調べ始めたヴィディヤーとラナの元に、インド諜報部の男が現れ、「捜索は中止しろ」と言い放ちます。その頃同時に、ヴィディヤーの捜索に関わった者たちが次々と殺されてゆき、彼女にもその魔の手が迫りくるのです。

ガチです。歌も踊りもなく122分というインド映画にしてはタイトな上映時間の中にみっちりと緊張感を詰め込んだガチなサスペンス・スリラーです。インドのサスペンス・スリラーというのも初めて観ましたが、それがこれだけ完成度が高いというのにもうならされます。映画はヴィディヤーと警察官ラナが、少ない情報から一人の男を探し回るという、探偵推理物語として進行してゆきます。しかし探索を経れば経るほど謎は深まり、国家ぐるみの不可思議な陰謀・隠蔽工作がそこに関与していることがほのめかされ、遂には殺し屋までが登場して冷酷な殺戮が進行してゆきます。さらに冒頭で描かれる地下鉄毒ガス事件がヴィディヤーの夫探索とどう関係してゆくのか殆ど描かれず、観る者もまたヴィディヤーと一緒に事件を推理してゆくことになるんです。果たしてヴィディヤーの夫はどこにいるのか、ミラン・ダムジーとは誰か、国家諜報部はなぜ捜索を中止させようとしているのか、そしてヴィディヤーはなぜ命を狙われるのか。コルカタで今、何が起こっているのか。謎が謎を呼び、サスペンスはいやが上にも高まってゆきます。

そしてこの物語のもう一つの主役となるのがインド、コルカタの街です。インド3番目の人口を誇るコルカタは、インドの他の都市に負けず古いものと新しいものの混在する喧騒と雑踏に満ちた街です。ロンドンからやってきた主人公の目には、このコルカタの街が混沌の支配する禍々しい魔都のように思えたでしょう。折りしもドゥルガー・プージャーと呼ばれるコルカタ最大の祭が催されており、その異界感はなお一層高まります。こうして、それまで知る世界とかけ離れた様相を見せるインドの街に放り込まれた主人公の、異邦人としての不安が物語をさらにスリルに満ちたものにしてゆきます。主人公ヴィディヤーを演じるヴィディヤー・バーランは既婚女性という役柄から落ち着いた魅力を垣間見せ、彼女に協力する警官ラナ役のパランブラタ・チャットーパーディヤーイはひ弱で頼りなさそうなルックスながら非常に情に篤い男を好演します。そして最初はヴィディヤーをピリピリさせていたコルカタの人々が、実はとても人懐こく暖かい人々であることも作品では描かれてゆきます。郷に入ればコルカタは決して禍々しい魔都というわけではないんです。

さらにこの映画、クライマックスに全ての予想を裏切る驚愕の展開が待ち構えているんです!クライマックスシーンでのオレの反応→「え?え?え?…うあああああどういうことだこれええええ!!?」…いやあ、まさかこんなことだったとは…全く想像つきませんでした。しかし物語を遡ると全てに伏線が張ってあったのですよ!凄いです、凄まじいです、心底驚かされました。インド映画としてはもちろん、サスペンス・スリラー作品として第一級の作品としてきっとこの作品は語り継がれることでしょう。またしてもインド映画の恐るべきポテンシャルを見せつけられた思いです。

(※このレヴューは昨年7月16日に更新した『Kahaani』のエントリーを日本公開に合わせ若干内容を変更して更新しました)

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20150220(Fri)

[][]二人は泥棒カップル!?〜映画『Bunty Aur Babli』 二人は泥棒カップル!?〜映画『Bunty Aur Babli』を含むブックマーク 二人は泥棒カップル!?〜映画『Bunty Aur Babli』のブックマークコメント

■Bunty Aur Babli (監督:シャード・アリー・セヘガル 2005年インド映画)

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ひなびた田舎を飛び出して、都会で夢を掴みたい!と家を出てきた男女が、現実の厳しさに嫌気が差し、ついには大泥棒になっちゃう!?というコメディです。主演男女バンティーとバブリーを演じるのはアビシェーク・バッチャンとラーニー・ムカルジー。そして指名手配犯となったこの二人を追うオッカナイ警察官役をアミターブ・バッチャンが演じており、つまりアミターブ&アビシェークのバッチャン親子対決が観られる!というのも見所であります。それとアイシュワリヤー・ラーイがアイテム・ガールとして登場するのも嬉しいですね。

インドの地方都市に住むラーケーシュ(アビシェーク・バッチャン)は退屈な田舎を飛び出し都会で一攫千金を掴みたいと思っていました。彼は親にも告げず家を飛び出しますが、待っていたのは厳しい現実。一方、やはり地方都市出身のヴィンミー(ラーニー・ムカルジー)も都会でトップモデルになり注目を浴びたい、と考えていましたが、やはり現実の厳しさに項垂れていました。そんな二人が出会い意気投合し、とりあえず都会に行くため出来心で詐欺を働きますが、これがうまくいっちゃったものだから味を占め、二人は図に乗ってどんどんと荒っぽく詐欺泥棒を働くようになり、いつしか「バンティーとバブリー」という大泥棒として名を馳せてしまいます。しかしそんな二人を敏腕刑事ダシュラト(アミターブ・バッチャン)が執拗に追跡し始めたのです。

いわゆるピカレスク・ロマンと呼ばれるジャンルのお話になるでしょうが、シリアスな犯罪ものでは決して無く、むしろ主演の大泥棒、バンティーとバブリーのお気楽で罪悪感ゼロの泥棒ぶりを面白おかしく、時にはロマンチックに描くコメディになっています。二人が変装したり声色を使ったりして相手を出し抜き泥棒を働くさまがコミカルに描かれ、その手口の巧妙さ・馬鹿馬鹿しさを楽しむといった流れが前半のメインでしょう。そしていつしか心を通わせ合う二人の恋愛要素もなかなかに情感豊かで、2005年製作のインド映画にしては結構際どく描かれていたように思いました。ここでバブリーを演じるラーニー・ムカルジーさん、自分はSRKの傑作映画『Veer-Zaara』でしか知らなかったんですが、この『Bunty Aur Babli』ではちょっと口煩いけど活発で表情豊かな少女を演じ、なかなか可愛らしい女優さんでしたね。

しかし悪いことは出来ません。そんな二人をとってもコワ〜イ刑事のダシュラトが蛇のようにしつこく追跡し始めるんです。ダシュラト演じるアミターブ・バッチャンのドスの利いた凄みったらありません。ここは流石アミターブ・バッチャン、年季の入った黒光りする威圧感で周囲を常に震え上がらせます。アミターブ・バッチャンの出演映画って実は前述の『Veer-Zaara』でしか観たことが無かったんですが、やっぱり迫力あるよなあ。そしてインド映画といえば基本は勧善懲悪、泥棒二人がいくら悪意なく描かれたとしても、やっぱり悪事は悪事、最後に待つであろう運命を想像しちゃうとついつい固唾を飲んで映画を見守ってしまうんですね。後半では泥棒二人と刑事ダシュラトとの追跡劇が盛り込まれ、一気に緊張感を孕んだストーリーとして進んでゆくんです。さてさて泥棒カップルの運命やいかに!?というハラハラドキドキの娯楽作として盛り上がっておりましたね。

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七島七島 2015/02/21 01:41 映画としてはちょっとアレですがラーニー女史の雰囲気の明るさで『Dil Bole Hadippa』もオススメしますよ〜https://www.youtube.com/watch?v=g-qcCmxcGsk

globalheadglobalhead 2015/02/21 08:54 あ!これ観たかったんですよー。「観ておくインド映画」がどんどん溜まってくー!オレ的にはラーニー女史が去年ブレイクしたアーリヤー・バットになんとなく似て見えて、映画の間中「きっと姉に違いない」と勝手に決めつけておりました。

20150219(Thu)

[][]最近観たインド・コメディあれこれ〜『Singh is Kinng』『Tere Bin Laden』『Bheja Fry』 最近観たインド・コメディあれこれ〜『Singh is Kinng』『Tere Bin Laden』『Bheja Fry』を含むブックマーク 最近観たインド・コメディあれこれ〜『Singh is Kinng』『Tere Bin Laden』『Bheja Fry』のブックマークコメント

■Singh is Kinng (監督:アニーズ・バズミー 2008年インド映画)

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アクシャイ・クマールカトリーナ・カイフが主演、『Ready』のアニーズ・バズミーが監督した"ターバン・コメディ"『Singh is Kinng』でございます。物語はド田舎に住むターバン野郎、ハッピー・スィン(アクシャイ・クマール)がある事情から、同郷出身で現在オーストラリアでギャングのドンをやってるラッキーの元を訪れ、そしてひょんな事情から自分がギャングのドンになってしまう、というもの。それにしてもハッピーだのラッキーだの物凄い適当なネーミングが悲しいです。

なにしろ主人公演じるアクシャイ・クマール、お前は注意欠損多動性障害か!?っつうぐらい何かやるたびに物を倒したり壊したりしまくる、というしょーもない人物で、それがこの映画の笑いの基調となっております。実の所そんなに面白くないんですが、あまりにもしつこくやるので笑わなきゃいけないのか、という気にさせられます。

そもそもハッピー・スィンがラッキーに成り代わってギャングのドンになったのは、敵に襲われたラッキーを助けたのはいいんだけど、ハッピーの注意欠損多動性障害が災いしてラッキーをかえってボコボコにしてしまい、ラッキーが植物状態になったから!というのが涙を誘います。ラッキーは持てる力を振り絞り「こ、こいつを殺せ〜!」とハッピーを指差すのですが、部下たちは「おお!ハッピーさんを代わりのボスにしろってことですね旦那!」などと勘違いしまくり、ハッピーはハッピーで「お、俺でいいのかなあエヘヘ」とかやってるもんですからラッキーさんが浮かばれません。

さてギャングのドンになった主人公、現地で世話になった花売りのおばちゃんが、「娘にはお金持ちになったって嘘ついたんだけど、その子が帰ってきちゃうの、どうしよう…」という悩みを聞き、ギャングの豪邸を貸して配下に召使の振りをさせ、娘を向かい入れます。そしてその娘ソニアを演じているのがカトリーナ・カイフ。しかしソニアと一緒に来たボーイフレンドというのが横柄な野郎で、ギャングと知らずに召使に罵声を浴びせまくり、ギャングたちが「ヌヌヌ…」となる部分が実に可笑しかった。

そんな迷惑千万の勘違いターバン野郎のくせに、最後はなんだか丸く収まりみんなハッピーというのが許せない!いや楽しかったから許す!それにしてもアクシャイ・クマール、ターバン&ヒゲの格好なので最初アクシャイが演じていると気付かず、しばらく「ターバンとヒゲだからアジャイ・デーヴガンなんじゃねえの?」と思って観ていました。オレも相当適当な人間です。

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■Tere Bin Laden (監督:アビシェーク・シャルマー 2010年インド映画)

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今更ながらではありますがビン・ラーディンを題材にしたコメディであります。

アメリカにとっても行きたいけれど、ある勘違いから7年間もビザが下りない三流TVリポーターが、裏ルートの渡航費を稼ぐために思いついたのが偽ビン・ラーディンの声明ビデオ作成だった!?というお話。主演のアリー・ザファルはイムラーン・カーン、カトリーナ・カイフ主演のコメディ『Mere Brother Ki Dulhan』にも出演しております。

偽ビン・ラーディンを養鶏場で「俺の鶏サイコー!」とか言ってるとっぽいあんちゃんを騙してやらせるんですが、このあんちゃんが撮影終わるまで自分がテロの親玉やらせられているなんて全く気付かないというくだりからして不憫でおかしい。

しかもアメリカ諜報部がこのビデオをホンモノと認定、ビデオを作製した主人公と知り合いたちに迫ってくるんですな。で、このアメリカ情報部がまたアホアホで、そもそも偽物と本物の区別がつかないこと自体既にアホですが、あー多分これアメリカ人をすっかり虚仮にしているってことっすよねえとウヒヒと笑っちゃうという。

低予算で制作された作品のようですが、そこここで映画らしいお金は掛けてあって(ちゃんと歌と踊りがある!)、おまけにちょっとしたSFXまで使ってあるし、なかなかに気概に溢れた作品でしたよ。

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■Bheja Fry (監督:サーガル・バラリー 2007年インド映画)

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ぎっくり腰で動けなくなった男が部屋に訪れたおかしな客に振り回されて発狂寸前!?というコメディです。

主人公ランジート(ラジャト・カプール)は売れっ子の音楽プロデューサーなんですが、パーティーの余興に歌の下手糞なヤツを集めて陰で笑おうと計画していました。白羽の矢が当たったバーラト(ヴィネイ・パータク)は自分がプロになれると思い込みご機嫌でランジートの元を訪れます。しかしこのバーラト、一言も二言も多くなんでも余計な事をしたがる困ったオッサンで、突然のぎっくり腰で動けないランジートの電話に勝手に出てはあることないことくっちゃべり、ランジートはどんどん追い込まれてゆくのです。

困ったオッサンことバーラトは『Mrビーン』のローワン・アトキンソンをふやけさせたようなルックスで、さらに頭の中もより一層ふやけさせたようなキャラなんですね。このバーラトが次から次に余計なことをしでかして笑いを生む、といった展開なんですが、実際の所、イラッとはさせられるもののそんなに極端におかしい人間じゃないし悪い人間でもない。とんちんかんではあるけどクレイジーじゃないんですね。そういった部分で、笑いの中心に持ってこようとするなら少々キャラが弱いし煮詰め方も甘いような気がしました。きっと監督は優しい人なんだろうなあ。

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20150218(Wed)

[][]捨て子の赤ちゃんに3人のプレイボーイが大弱り!?〜映画『Heyy Babyy』 捨て子の赤ちゃんに3人のプレイボーイが大弱り!?〜映画『Heyy Babyy』を含むブックマーク 捨て子の赤ちゃんに3人のプレイボーイが大弱り!?〜映画『Heyy Babyy』のブックマークコメント

■Heyy Babyy (監督:サジード・カーン 2007年インド映画)

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シドニーに暮らす3人のプレイボーイのアパートの前に、ある朝赤ちゃんが置き去りにされていた!?最初はやったこともない子育てに四苦八苦する3人でしたが、次第に子供に愛情が芽生え…という物語です。

出演の3人をアクシャイ・クマール、リティーシュ・デーシュムーク、ファルディーン・カーンが演じ、これに主演作『女神は二度微笑む』の日本公開が決まった(嬉しい!!)ヴィッディヤー・バーランがからむ、というわけです。監督は『Housefull』のサジード・カーンで、これが初監督作。そしてこの物語、フランス映画『赤ちゃんに乾杯!』をハリウッドリメイクした『スリーメン&ベビー』をリメイクした作品(ややこしい)なんですね。

非常に親しみ易い傑作でした。赤ちゃんを拾った3人がすぐに警察に届けないのは、プレイボーイなもんですから、身に覚えがないわけでもないからのようなんですね。捨てた女性を探すも見つからず、仕方なく子供を預かることを決心した3人が、慣れない子育てにドタバタを演じる様がもう相当に笑えます。最初は嫌々だった3人が次第に赤ん坊を溺愛するようになっていく過程も実に微笑ましい。

プレイボーイを演じるアクシャイ、リティーシュ、ファルディーンの3人は演技のコンビネーションが抜群で、特にこの作品でのアクシャイは非常に脂の乗っていた時期だったのではないでしょうか。さらに、出てくる赤ん坊が本当に可愛らしい!女の子なんですが、こりゃ将来美人ちゃんになるねーと思わせる、まさに天使のような可愛らしさなんですよ。

しかし3人の幸せは束の間でした。捨て子の母親が現れ、子供を取り返してしまうんです。彼女の名はイーシャー(ヴィッディヤー)。実は彼女、アクシャイ演じるアールーシュという男とかつて交際しており、その際に身籠った子供だったのですが、アールーシュが浮気したと誤解し、別れてしまうんです。そして赤ちゃんを捨てたのは、未婚の母となったイーシャーを不憫に思った彼女の父親の行動だったんですね。ここでイーシャーを演じるヴィッディヤー・バーラン、本当に大人の魅力に溢れた女性で、作品内では終始つんけんとしていましたが、それでもオレは「素敵な女優さんだなあ…」とうっとりして見入っておりました!

イーシャーは決してアールーシュを許しておらず、子供と一緒に過ごしたいアールーシュの願いを一切聞き入れません。そこで業を煮やしたアールーシュ含む3人のプレイボーイは、赤ちゃんを巡りイーシャーと賭けをします。それはイーシャーが7日以内に結婚したら親権は譲る、というものでした。

そしてここからは、アクシャイ、リティーシュ、ファルディーンの3人が七変化の変装を見せながら、あの手この手でイーシャーの結婚を阻む、という流れになるんですね。こうして前半ハートウォーミングだったお話が後半おかしな変装をした3人がドタバタを演じるナンセンスなコメディと様変わりします。ここで入れ代わり立ち代わり登場する3人の変装というのがもうホントに怪しくてバカバカしくて、サジード・カーン監督の本領発揮というところです。しかもリティーシュ君、この作品でも冴え渡るゲイ演技見せ、「なんでリティーシュ君は映画でいつもゲイ役になっちゃうのだろう…」としみじみと考えさせられます。

さらに!とあるパーティーでイーシャーの結婚相手候補として現れる男役として、とんでもないボリウッド・スターが登場します!オレ、全然知らなかったんでそれまで寝転がって映画観てましたが「うおおおお!?」と叫んで正座してしまいました!このシーンの盛り上がりの凄まじさはもとより、大いに笑わせながら最後は大いに泣かせるこの物語、実に良質のコメディとして完成しておりました。

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20150217(Tue)

[][]負け犬男の起死回生を賭けた七転八倒を描くドタバタコメディ〜映画『Housefull』 負け犬男の起死回生を賭けた七転八倒を描くドタバタコメディ〜映画『Housefull』を含むブックマーク 負け犬男の起死回生を賭けた七転八倒を描くドタバタコメディ〜映画『Housefull』のブックマークコメント

■Housefull (監督:サジード・カーン 2010年インド映画)

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とことん運の悪い男が美女と出会って運命の起死回生を願うものの、待っていたのは山あり谷ありの試練ばかり!?というコメディ映画です。主演はアクシャイ・クマール、リティーシュ・デーシュムーク、ディピカー・パドゥコーン、ラーラー・ダッタ。うおおこれは豪華メンバーですね。監督は『Heyy Babyy』のサジード・カーン。この作品は大ヒットを記録し、その後続編である『Housefull 2』が2013年製作されています。自分はこの続編のほうを先に観ていましたが、物凄く面白かったな。そしてこの第1作も輪を掛けて楽しい作品でした!

アールーシュ(アクシャイ・クマール)は何をやっても裏目裏目に出てしまう、悪運がべったり背中に張り付いたような負け犬男。遂に彼女からも振られ、傷心を癒すためにロンドンの友人ボブ(リテーシュ・デーシュムク)の元を訪ねます。そこでアールーシュはとある女性と見合い結婚に漕ぎ着け、意気揚々と新婚旅行に出掛けますが、なんと結婚相手に「これは偽装で本当は好きな人がいる」と別れを告げられる始末。アールーシュは絶望に打ちひしがれ入水自殺を図りますが、あわやという所で超絶美女サンディ(ディーピカ・パドゥコーン)に助けられます。恋に落ちる二人ですが、アールーシュの悪運は終わったわけではありません。諜報局に勤めるサンディの兄がアールーシュをサディスティックに追及し始めたのです!

先に観ていた2作目がひねりまくった脚本の妙で笑わせていたのに比べ、この1作目は徹底的にナンセンスさをごり押しして笑いにもっていきます。なにしろ主人公は悪運男、何をやってもとんでもない災難を呼び寄せちゃうものですから、映画ではのべつまくなしにドタバタが続いてゆくわけなんですよ。このドタバタが「掃除機が壊れて部屋がメチャクチャ!」とか「感電して電気ビリビリ!」とか、ドリフのコント並みにしょーもない&下らないものばかりで、馬鹿馬鹿し過ぎて呆れ返りながら笑い転げて観ていました。

後半ではサンディの兄に「自分はお金持ちです!だから妹さんを幸せにできます!」などと嘘をついたばかりに、どんどん窮地に立たされてゆくアールーシュの七転八倒ぶりがメインとなってゆきます。しかしサンディの兄は諜報部員、なんとアールーシュに嘘発見器をとりつけて尋問する始末!さすがにこれはキツイだろ!?こういった「嘘に嘘を塗り重ねた挙句に絶体絶命!」ってインド・コメディではお馴染ですが、この作品でも上手に料理されていました。そしてたいていは「やっぱり嘘はいけないよ」という結末になるのが定番なのですが、それが描かれるクライマックスは相当にド派手なシチュエーションとなっていましたね。いやーイギリス女王っすか!?

アールーシュ演じるアクシャイは馬鹿真面目そうな七三分けのヘアスタイルにおどおどした喋り方でダメダメ振りをたっぷりアピール、一方友人ボブを演じるリテーシュ君は迷惑千万なアールーシュを決して嫌がらずに世話を焼く友情の篤い男として描かれ頼もしいんですね。しかしこのリテーシュ君、今作でもまたもや!ゲイネタで攻めています!いやあリテーシュ君ゲイネタ好きだなあ…。そしてなんと言ってもアールーシュの恋人役ディーピカ・パドゥコーン様!だいたい悪運とか言っときながらディーピカ様と交際できるってどういうことだよ!プロット破綻してるよ!入水自殺しようとしてディーピカ様に助けられるんならオレだって入水しちゃうよ!(オイ)

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20150216(Mon)

[]今度のトニー・ジャーは強さ無限大だぜ!?〜映画『マッハ!無限大』 今度のトニー・ジャーは強さ無限大だぜ!?〜映画『マッハ!無限大』を含むブックマーク 今度のトニー・ジャーは強さ無限大だぜ!?〜映画『マッハ!無限大』のブックマークコメント

■マッハ!無限大 (監督:プラッチャヤー・ピンゲーオ 2013年映画)

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地上最強格闘技ムエタイの戦士が鬼神の如く戦いまくるあの『マッハ!』が帰ってきた!?トニー・ジャー主演の最新作『マッハ!無限大』であります。

ここで『マッハ!』シリーズを振り返ってみますと、まずトニー・ジャーがムエタイの凄まじさを世に知らしめた1作目『マッハ!!!!!!!!(英題: Ong Bak: Muay Thai Warrior)』(2003年)《レヴュー》

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そしてアユタヤ王朝時代のタイを舞台にした『マッハ!弐(英題: Ong Bak 2)』《レヴュー》

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さらに『弐』の物語の続きとなる『マッハ!参(英題:Ong Bak 3)』《レヴュー》というのがあったわけですな。

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しかしここで注意が必要なのは、この『マッハ!無限大』、英語タイトルが『Tom Yum Goong 2』となっておりまして、実はトニー・ジャーが2005年に主演した『トム・ヤン・クン!(英題:Tom-Yum-Goong)』《レヴュー》のほうの続編なわけなのですよ。

日本じゃどっちかっていうと『マッハ!』のほうが知られているからという理由の日本タイトルなんでしょうが、ちょっとややこしいですな。

では仕切り直して、本当の前作である『トム・ヤン・クン!』を振り返ってみましょう。

『トム・ヤン・クン!』ストーリー

象を愛するタイ人青年カームが、盗まれた象を奪い返す為、悪の秘密結社と熾烈な戦いを繰り広げる!!

ではこの『マッハ!無限大』はといいますと、

『マッハ!無限大』ストーリー

象を愛するタイ人青年カームが、盗まれた象を奪い返す為、悪の秘密結社と熾烈な戦いを繰り広げる!!

というものなんですな。

おいおい、話一緒じゃねーか。

…まあ要するに象大好き青年が象の命を救う為に悪者100人ぐらいムエタイの餌食にしちゃう、というたいへん動物愛護の精神に満ちた物語という訳なんですな。

もうWWF推奨映画と言うことで世界に認められてもいいんじゃないでしょうか。

まあこれだけでは不親切なので公式HPの粗筋を載っけときましょう。

タイの村で、象と共に生活を送る古式ムエタイ兵士の末裔カーム(トニー・ジャー)。ある日、突如現れた動物密輸組織のボス、スチャートにより象のコーンがさらわれてしまう。すぐさまコーンを取り戻す為にスチャートのもとへ向かうが、スチャートは何者かによって殺されていた。警察、スチャートの姪ピンピン(ジージャー・ヤーニン)は、現場に居合わせたカームを犯人と断定し追跡を開始する。複数の追っ手が迫る中コーンの居場所を見つけ出すが、そこは国際的な犯罪王LC(RZA)が運営する世界中の一流格闘家【ナンバーズ】を集めた地下格闘リングだった。果たして、カームは世界最強の格闘家軍団を倒しコーンを取り戻すことが出来るのか?そしてLCが構想する世界掌握ミッションとは?

http://mach-infinite.com/

今回もアクションのほうは抜群です。冒頭では【トニー・ジャーvsバイク300台(概算)】のとんでもない死闘を拝むことができます。これはバイクを駆るエクストリーム軍団と建物の屋上で超絶バトルを繰り広げ、その後も市街地で大クラッシュ大会のチェイスを見せるというもので、多分スタントマン10人ぐらい病院送りになってます。ただしこのバイク対決、バイクの音が相当喧しいです!

さらに【トニー・ジャーvs格闘姉妹】の戦いも描かれます。そしてこの格闘姉妹の一人が、プラッチャヤー・ピンゲーオ監督による少女格闘映画 『チョコレート・ファイター《レヴュー》の主演、ジージャー・ヤーニンなんですね!

チョコレート・ファイター [DVD]

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そう!なんとこの『マッハ!無限大』、トニー・ジャー&ジージャーのダブル・ジャーの競演によるアクション映画という所も見所なんですよ!一挙両得とはこのこと、もうこれだけで劇場に足を運ぶのは必須でしょう!今回のジージャーさん、ガタイのデカイ山のような敵を相手にするため、【針】の遣い手として登場し敵の経絡秘孔を突いたりします!でも『北斗の拳』みたいに「ひでぶ!」「あべし!」な人体破壊はありませんが!

そして最も燃えるのは地下秘密格闘結社【ナンバーズ】メンバーとの鬼気迫る対決でしょう。強敵"No.2"(マレセ・クランプ)の熾烈な技の応酬はトニー・ジャーのムエタイとほぼ互角、遂にはジャーが完膚無きまで叩きのめされるという場面も。そしてなにしろトニー・ジャー映画の基本は観ているだけで「痛い痛い痛い!これ絶対技はいってんだろ!?」とのけぞってしまうような本気としか思えない技のキマリ方です。もう格闘というより殺し合い、捨て身で戦っているとしか思えません。

ところでトニー・ジャー映画といえば「CG、ワイヤー、スタントマン、早回し無し!」をこれまで謳ってましたが、今回は堂々「全部使ってます」と宣言。しかし面白ければそんなもの全然構わない訳だし、やはり格闘シーンでは最高のスキルを持った者同士の戦いを見せるわけです。そんな訳で今回の『マッハ!無限大』も大変面白く観ることができました。

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20150213(Fri)

[]リドリー・スコットの送る十戒アトラクション・ムービー〜映画『エクソダス:神と王リドリー・スコットの送る十戒アトラクション・ムービー〜映画『エクソダス:神と王』を含むブックマーク リドリー・スコットの送る十戒アトラクション・ムービー〜映画『エクソダス:神と王』のブックマークコメント

エクソダス:神と王 (監督:リドリー・スコット 2014年アメリカ・イギリス映画)

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  • リドリー・スコット監督による旧約聖書出エジプト記」の映画化!というか半ばチャールトン・ヘストン主演の『十戒』のリメイク!であります。
  • 『十戒』のほうはまあ、割りと面白く観ました。実はその時同時に『ベン・ハー』も観たんですが(レンタルビデオでね)、同じキリスト教絡みの作品にもかかわらず『十戒』のほうが馬鹿馬鹿しくもまたスペクタクルしていて、一方『ベン・ハー』のほうは説教臭くて思ったほど楽しめなかったのを覚えていますね。
  • しかし232分ある『十戒』と212分ある『ベン・ハー』を一緒に借りて観ていた当時のオレは相当暇ぶっこいていたのであろうと今にして思いますなあ…。
  • で、その『十戒』(「出エジプト記」でもいいけど)を今更なんでまた映画化なの?と思う訳なんですよ。
  • 去年はダーレン・アロノフスキー監督で『ノア 約束の舟』なんてぇ映画が公開されていたじゃないですか。んでまた旧約聖書物語なわけでしょ。ハリウッドってホントもう題材ないのか、それとも保守主義や原理主義の皆さんがハリウッドで幅効かせはじめてんのか、な〜んてよく知らないくせに思ってみたりもするわけですよ。
  • だから「ノアの箱舟やって出エジプト記やって、次はバベルの塔?ソドムとゴモラ?それとも天地創造?」などと適当なことを思い浮かべてたりしておりました。
  • でまあ『エクソダス:神と王』なんですが、映画的に言うと『キングダム・オブ・ヘブン』で十字軍を好き勝手に描いたリドリー・スコットが引き続き「出エジプト記」で好き勝手やってみました、という映画みたいなんですね。
  • だって主人公モーゼの神託は岩で頭打ったせいでこさえた幻覚かも?な〜んて新展開を見せてるんですからね。
  • だからエジプトの皆さんが大変な目に遭っちゃう「10の災い」もクライマックスの「割れる紅海」も「いや〜皆さん散々だったとは思いますが、たまたま自然現象が重なっただけかもしんないし!」となってる上に、一緒に観ていた相方さんが言ってたけど「十戒の石版、神様から授かるんじゃなくてモーゼが自分で彫ってんじゃん!?」ということになってるわけなんですよ。
  • そういった意味では保守主義でも原理主義でもなく「なんかキリスト教チックな歴史スペクタクルやったらウケるだろうし儲かりそう!でも不可知論者のフリしてるほうがカッコイイから抹香臭いのはナシでね!」とかいうリドリー・スコットさんの商売上の鼻の利き方が優先した映画ではないのかな、という気がしましたね。
  • そんなですから評論家にはウケは悪いし熱心なキリスト者から批判だらけにもかかわらず結構なヒットを飛ばしてるみたいじゃないですか。
  • そもそもリドリー・スコットって『エイリアン』や『ブレードランナー』みたいな名作はありますけれども、その後の作品にはヒット作・凡作含めてそれほど強い作家性を感じないんですよね。だから好きか嫌いかと言われたら好きな監督ではありますが、観る必要ないな、と思えるような作品も結構あるんですよ。
  • ただ映像作家としてはやはり抜きんでたものがあって、どの作品でもそれは大きく表れますが、特にこういった歴史スペクタクルでは非常に分かり易くその才能が生かされていますよね。金の掛け方とかね。
  • だからこの『エクソダス:神と王』も「エジプトスゲエ!10の災いスゲエ!紅海割れるのスゲエ!」と大体の方は観られてるだろうし、オレもそんなふうに観たし、まあ、それでいんじゃね?という作品ではありましたね。
  • それにしても(神様がいたとして)、ユダヤの神様怖すぎ。それに対してエジプトの神様なにやってたの?という気がしないでもありませんでした。

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20150212(Thu)

[]ヒマラヤ山脈の麓を舞台に繰り広げられるオープンワールドFPSゲーム〜『ファークライ4』 ヒマラヤ山脈の麓を舞台に繰り広げられるオープンワールドFPSゲーム〜『ファークライ4』を含むブックマーク ヒマラヤ山脈の麓を舞台に繰り広げられるオープンワールドFPSゲーム〜『ファークライ4』のブックマークコメント

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オープンワールドと過激な映像表現が魅力のFPS ファークライ最新作が登場。 The Game Awards 2014 Best Shooterを受賞した「ファークライ4」の舞台は、ヒマラヤ山岳地帯。森林帯や雪に覆われた高山帯など、過激な環境でのサバイバル・アドベンチャーを体験できる。プレイヤーは小国「キラット」を支配する男の思惑により、戦いに身を投じることになる。広大な山岳地帯を舞台にしたオープンワールドで、さまざまなミッションに挑んだり、野生動物のハンティングや、乗り物で自由自在に移動したり、多彩なプレイを堪能できる。

豊富な武器&乗り物で狂者と戦え!武器や乗り物が豊富なものシリーズの魅力。プレイスタイルに合わせて装備を整えよう。今作は象にも乗れるゾウ。血と暴力で支配されたオープンワールドでの狂乱のサバイバル!キラットは、パガン・ミン率いる王立軍と反乱軍による内戦状態。獰猛な野生動物の乱入もある油断できない状況に直面し、君は生き延びることができるか?プレイヤーたちの狂宴 オンラインマルチプレイ協力プレイは、広大なオープンワールドマップ全部をCOOPでフレンドとプレイできる。対戦プレイは、最大10人の対戦プレイでは3つのルールでバトルが楽しめる。

FPSゲーム・シリーズ『ファークライ』は1作目をやったことがあるが、後から後から湧いてくる敵の数に辟易してその後『2』『3』はプレイしていない。この『4』も実はスルーするつもりだったが、その評判の高さと、「ヒマラヤ山岳地帯」という舞台の目新しさに惹かれていそいそとやってみることにした。するとこれがとんでもなく面白い。少なくとも1作目のイメージは全く無い良作だった。

まず「ヒマラヤ山岳地帯」というロケーションだが、険しい山々が見下ろす森と草原と湖、というその風景が実に素晴らしい。これがオープンワールドの広大なフィールドを形作る。『ファークライ4』の舞台となるのはここに存在する架空の軍事国家「キラット」ということになっているが、これがパキスタンやインド、ネパール、ブータンが混ぜこぜになったような文化を成しており、そこに住む人々もそれらに准ずる人種を思わせ、服装なども非常にエキゾチックだ。宗教も仏教とヒンドゥー教を思わせるものがあり、また、流れる音楽はバングラ・ビートだったりするのだ。最近インド映画に傾倒しているオレなどはゲームの端々から立ち上るインドなテイストを満喫していたりする。湖のほとりで仲間の亡骸を火葬にする反政府ゲリラ、とかグッときますよ。

このキラットの国では人民に暴虐を振るう政府軍と、それに対抗する反政府ゲリラが存在し、主人公であるプレイヤーは反政府ゲリラに身を投じ政府軍と戦うことになるのだ。ゲームの流れはあちこちにある政府軍の拠点を開放しながらゲリラたちの版図を広げてゆく、というものだが、そこはオープン・ワールド・ゲームらしく、常にマップを縦横無尽に移動しながら細かなミッションをこなしてゆく、というスタイルとなる。指定されたミッション以外にもマップのあちこちでは常に政府軍/反政府ゲリラの小競り合いが発生しており、拠点を開放して一安心というわけにはいかない。ただマップが広い分プレイスタイルは大らかで、どこに行こうと勝手だし、好きなミッションをプレイしていて構わないのだ。移動する際の車両にオートパイロットが仕込まれていて勝手に目的地に行ってくれるのがユーザーフレンドリーで嬉しい。また、拠点間を瞬間移動できるファスト・トラベルも存在するので、移動は苦にならない。

また、このゲームの大きな特色は、様々な種類の動物が存在し、生態系を形作っていることだろう。この動物たち、ただ存在しているのではなく、ボケッとしていると襲ってくるのだ。オオカミや豹などの肉食動物に襲われることもあるし、なんと空から鷲が強襲してきてダメージを与えられることすらある。この間などは崖の上から下界を見下ろしていたら後ろから猪が突進してきて崖から叩き落されたりもした(ううう、楽しい…)。しかしこの動物を利用して敵を襲わせたり、象に乗って敵を蹴散らせたりもできる。さらにアイテムはこれら動物の皮から作る必要があり、その為狩りが欠かせないのだ。そして、この狩りがまた楽しい!狩場のポイントを探し、動物を待ち伏せ、追いつめ、狩ってゆくのだが、これがミッションなどほっぽらかしで熱中してしまうのである。

ゲームはFPSのスタイルをとるが、経験値の概念があり、それによりスキルを割り振って能力を高めてゆく形になる。さらに金銭が存在して武器売買なども行うことができるなど、半ばRPG的な要素も存在している。とかくオープンワールド・ゲームはたいした面白くもないミニゲームの集積とか似たようなミッションの繰り返しになることが多く、実は個人的には食傷気味なのだが、しかしこの『ファークライ4』に限っては少しも飽きることなくやりこんでいる最中だ。今年度も始まって間もないのだが、ひょっとしたらこの『ファークライ4』は今年1、2を争う充実したゲームかもしれない、という予感がしている。広大なヒマラヤの麓で敵と銃撃戦を繰り広げたり動物を狩ったりとあれこれ楽しい『ファークライ4』、結構お勧めのゲームである。

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20150211(Wed)

[]『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』はオレには合わなかったが、それは映画のせいじゃない、オレのせいだ。 『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』はオレには合わなかったが、それは映画のせいじゃない、オレのせいだ。を含むブックマーク 『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』はオレには合わなかったが、それは映画のせいじゃない、オレのせいだ。のブックマークコメント

■ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー (監督:ジェームズ・ガン 2014年アメリカ映画)

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劇場公開時は忙しくて観に行けずソフトが出るのを楽しみに待っていたが、実際観てみると優劣半々でプラマイゼロの凡作かなあといった印象。とにかく冒頭から細かいところがいちいちひっかかる物語で、しかし最後まで観るとそういう部分もひっくるめて「こういう世界観なんですよ」というわけだから、これはもうノレるかノレないかでしかないものなのだろう。

例えばウォークマンとカセットテープに関わるあれこれだけでも相当いろんな疑問がある。あの通俗的すぎる選曲はなんなんだ?テープとっくに伸びてんだろ?電池はどうしてんだ?科学力あんならせめてmp3にしとけや?そもそも死んだ母ちゃんのテープをいい年こいた今も聴き続けるってどんなマザコンよ?等々。でもウォークマンとカセットテープがカッコいい!という人には別に問題ないのだろう。登場する異星人も色違いか顔や頭に何かくっつけているだけでクリーチャー性が希薄なのも想像力の無さを感じた。でもモブキャラに興味のない人にはどうでもいいことなのだろう。最大の疑問はなぜ冒頭、主人公少年は母の手を取るのを拒んだのか?だが、「はにかんだから」で済む人にはどうということのないことなのだろう。母の形見の贈り物を最後の最後で開く、というのも納得いかないが、そこが盛り上がるんじゃない!という人にはそれでOKなのだ。

結局、物語やビジュアルそのものよりも主観性に左右される物語なのだと思う。確かに、マクガフィンを巡る物語でしかないといった物語性における平凡さ、マーベルヒーロー映画標準形以上でも以下でもないビジュアル、そういった部分で突出した点は何もないにもかかわらず、個性的なキャラ(ただし木人間とアライグマのみ、あとはやはり月並みに思えた。そもそも緑色のヒロインには少しも萌えない)と、なによりお気楽な楽天性が全てを牽引してしまっている。要するに「ムード」ありきの映画であり、そのムードの好き嫌いがこの映画の評価を分けるのだろう。かといってこれを駄作凡作と言い切るつもりもなくて、じゃあなんなのかというと、もうこういったジャンルの作品はオレには合わなくなってしまったんだろうと思う。どの作品も興行収入が高く評価も高く人気も抜群なのは知っているが、そういった評判と自分の感覚がどうにも乖離しているのだ。

ぶっちゃけたハナシ、観ているオレが、年寄になってしまったからだと思う。オレももう初老と言っていい年齢なので、こういったヒーロー物語についていけなくなってしまったのだ。だからこの映画のファンの方はじめアメコミ映画ファンの方はこの文章を読んだとしても「老害だからしゃーねーよなウケケ」ぐらいに思ってもらっても全然構わないし、オレもやはり自分に合わない映画をわざわざ視聴しそれを口角泡飛ばして否定するのも大人げないから止めようと思う。そんなわけで『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』はオレには合わなかったが、それは映画のせいじゃない、オレのせいなんだ。

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20150210(Tue)

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ダーク・スター (監督:ジョー・カーペンター 1974年アメリカ映画)

ダーク・スター [DVD]

ダーク・スター [DVD]

ジョー・カーペンターの処女作でありカルトSFの誉れも高いSF作品、『ダーク・スター』を初めて観た。DVDなんか出てないんだろうなあ、と思ってたら普通に出ててレンタルで借りられた。ちなみに4月にはリマスターBlu-rayも発売されるらしい。内容はというと、人類の宇宙進出に向けて邪魔な惑星を破壊する任務のために航行する光速探査船ダーク・スター号を舞台に、その中の乗務員たちのダルい日常を描くというもの。この作品のいいところは低予算の中で精一杯工夫を凝らした手作り感覚の特撮が楽しいSF作品として仕上がっている部分だ。特にエレベーターシャフトでのシーンはこうやって撮ってるのか?というのが分かると俄然面白くなってしまったりする。前半はまるで緊張感の無いダラダラした雰囲気がSF作品とは思えないふざけた感じがしていい。そもそも、中盤でダラダラする、というのはこの頃からカーペンターのお家芸なんだな、と思わせる。しかし物語の真のテーマは後半に開花する。誤作動を起こした惑星破壊爆弾のAIを説得するために乗組員が決死の会話を繰り広げるのだ。ここでの「自意識とは何か?」を巡る怪しげなロジカル展開はSF好きならニマニマさせられることだろう。場面によっては実に『2001年宇宙の旅』を意識しているのを感じさせるし、ダン・オバノンが脚本・主演しているという部分から後の『エイリアン』を彷彿させるシーンまで登場して、SF映画ファンには見所満載の作品といえるかもしれない。そしてこの作品での手作り感覚は後のカーペンター作品でも受け継がれ、『遊星からの物体X』を始めとする数々の名作が生み出されてゆくのだ。話は逸れるが、カーペンターの『要塞警察』、はやくどこかでソフト化してくれよ…。

■ダウントン・アビー Season:1 (TVシリーズ)(製作:ジュリアン・フェロウズ 2010年イギリス)

20世紀初頭のイギリス貴族一家を描くTVドラマシリーズ、第1シーズン。この第1シーズンはタイタニック号沈没の報せから始まり、第1次世界大戦勃発の報せで終わる、という部分が実に心憎い。「いまどきイギリス貴族のオハナシなんざファックだぜ!」と言えないこともないのだが、実の所これはこれで面白く出来ている。物語はイングランド郊外にたたずむ大邸宅“ダウントン・アビー“で暮らす貴族グランサム伯爵一家を中心をしつつ、彼らにかしずく執事やメイドらの物語でもあり、これら「当時の貴族邸宅は誰によってどのようにしてきりまわされていたのか」という文化的側面を見る・知ることができる部分がたまらなく面白いのだ。合わせて当時の人たちの服装、そして貴族邸宅の調度・内装を眺められるのがまた楽しくあったりする。そして俳優たちがいい。主要人物の殆どがイギリス人俳優で占められ(伯爵夫人のみアメリカ人俳優)、そのイギリスらしい無骨な顔つきを眺められるのがまたよかったりする。特に執事カーソンの激シブなオッサンぶりは、その職務も合わせオヤジマニアの男性女性には堪えられないものがあるのではないだろうか。一方物語はというと、こういった群像劇ならではの策謀や対立、諍いは描かれるものの、アメリカの同様なTVドラマと比べると暴力性やエゲツなさが無く、貴族側にあっては実に紳士的かつ鷹揚尊大に対処するし、また使用人側にあってはドロドロした思惑があったとしても所詮「イジメ」の範囲内なのだ。即ちこういった部分での「キツさ」が皆無といった部分でも安心して観ることができ、逆に過激な描写を求める方には退屈かもしれない。また、全体を覆うテーマはやはり「変わりゆく時代」ということを描いており、時代の波の中で変化を余儀なくされる貴族社会、といったものがその根底になるのだろう。このドラマは現在シーズン4まで放映され、本年度はシーズン5が放送予定であるという。

■ママはレスリング・クイーン (監督:ジャン=マルク・ルドニツキ 2013年フランス映画)

スーパーマーケットでレジ係やってるおばちゃんたちが一念発起して女子プロレスラーを志しちゃう!?というコメディである。しかもアメリカでもイギリスでもなくフランス作品である、といった部分で独特の雰囲気を醸し出している。レジ係のおばちゃんたちが女子レスラーになった大きな理由は、主人公であるシングルマザーの新米女子店員がみんなに声をかけたからだ。彼女は実は貧困を理由に犯してしまった犯罪により服役し、出所したばかりであり、里親に出していたプロレスファンの息子の気を引きたいばかりに女子レスラーを目指すのだ。そんな彼女に同調した中年女性たちもどこかで自らの人生に閉塞感を感じていたからこそ女レスラーになろうとしたのだ。主人公の抱える問題も、仲間たちの閉塞感も、それらはフランスの長引く不況による生活不安が根底にあるのだろう。女子レスラーになったからといって不況は変わらないのだけれども、しかし自らの閉塞感を打破し、リフレッシュすることはできる。つまりこれは「負けていられない」ということを宣言する女たちの物語だ、そして女子レスラーとして贅肉や老体に鞭打ちながらファイトする中年女たちの姿が実に頼もしくそして眩しい、そんな物語なのだ。

■マクナイーマ (監督:ジョアキン・ペドロ・デ・アンドラーデ 1969年ブラジル映画)

映画『マクナイーマ』は1969年ブラジル製作のいわゆる"カルト映画"のひとつである。原作はサンパウロ出身の作家マリオヂ・アンドラーヂによる『マクナイーマ つかみどころのない英雄』。いわゆるラテン・アメリカ文学/マジック・リアリズムの文脈にある作品だがオレは読んでいない。原作小説の紹介文は「ジャングルに生まれた英雄マクナイーマの、自由奔放で予想のつかない物語。インディオに伝わるおとぎ話の数々を組み合わせ、インディオの言語から取り込んだ単語を各所に散りばめた、ブラジル文学の極点的小説」となっていて、映画作品のほうも主人公マクナイーマとその家族がジャングルと都会を行き来しながら出会う、どうにもつかみどころのない逸話の数々が中心として描かれてゆく。で、これが面白いのかというと「???」としか言いようがない。ホドロフスキーばりのシュールさはあるものの、寓意が明確でなく映像自体に深みや凄み、あるいは楽しさがあるという訳でもない。すっとぼけた雰囲気は伝わるが、それだけなのである。なにより全体的にばばっちいのが個人的にいただけない。まあ「なんか変な映画観た…」ということでここはお茶を濁しておくことにしよう。

tod765tod765 2015/02/12 08:51 要塞警察、結構前にDVD出てたような...。そして持ってるような...
 http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=11099 
ってことでプレミア付いちゃってますな。

globalheadglobalhead 2015/02/12 11:52 そうそう、プレミア価格なんですよー。

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20150209(Mon)

[]『カンパニー・マン』 (ロバート・ジャクソン・ベネット著)読んだ 『カンパニー・マン』 (ロバート・ジャクソン・ベネット著)読んだを含むブックマーク 『カンパニー・マン』 (ロバート・ジャクソン・ベネット著)読んだのブックマークコメント

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ときは1919年。驚異の技術力を誇るマクノートン社の介入で大戦が回避された世界。空には飛空艇が飛び交い、地下路面列車が縦横無尽に走る巨大都市イヴズデンを流れる灰色の運河に、男の死体が上がった。人の「心の声」を聞くことができる保安要員のヘイズはマクノートンの組合員と見られる男の死に興味を抱く。社からも組合内部の動向を探るようにとの指令が下り…。アメリカ探偵作家クラブ賞ペイパーバック賞受賞作。

組合員が奇怪な手口で次々と惨殺され、さらにはマクノートン社が政府にも黙って進めていた宇宙飛行実験の事実が明らかになると、市民の社への反感はかぎりなく高まった。ヘイズは組合運動の首謀者と目される男への接触を試みるが、地下通路での面会は巨大都市をさらなる混沌へと突き落とすことに…。ヘイズの調査は、マクノートン社の汚れた正体と超技術の源泉へと迫っていく。フィリップ・K・ディック賞特別賞受賞作。

SFや文学といったジャンルの垣根を取り払い、どちらの要素も持ちながらどちらにも属さず、そういった型にはまらない非リアリスティックな文学として「スリップストリーム文学」という呼び名のジャンルがある。これは「スプロール・フィクション」という呼び名もあるのだという。身近な例だとカート・ヴォネガットの諸作品がそれに当たるだろう。これはSF/文学の例となるが、SF/ミステリだと個人的にはユダヤ民族がイスラエル建国に失敗したもう一つの未来を描くマイケル・シェイボンの『ユダヤ警察同盟』が思い浮かぶ。これは設定こそパラレル・ワールドだが、物語はあくまでクライム・ノベルとして進行してゆくのだ。

ロバート・ジャクソン・ベネットの『カンパニー・マン』はその「スリップストリーム文学」のひとつということができるかもしれない。そこは第1次世界大戦の回避されたもうひとつの世界。舞台はアメリカの架空の巨大都市イヴズデン。見知らぬテクノロジーが発展し、見知らぬ社会形態で成り立つこの街に、ある日おぞましい連続殺人が巻き起こる。主人公である保安要員のヘイズは街を支配する企業からその殺人事件調査を任命されるが…というのがこの物語だ。パラレル・ワールドというSF的な舞台を持ちながら、物語はあくまで殺人事件捜査のクライム・ノベルとして進行する。しかし事件には超常現象的な側面があり、こうしてこの物語にはホラー小説的な味わいも加味されてゆくのだ。物語はこうしてラストにおいて驚愕の展開を迎えるが、その読後感はやはりSFともミステリともいえない独特のものであった。アメリカ探偵作家クラブ賞とフィリップ・K・ディック賞の両賞受賞というのもこの作品の性格を物語るものだろう。

『カンパニー・マン』のもうひつとの特色はそこで描かれる暗く行き詰った世界だろう。極端な格差社会があり、高層ビルの陰に薄汚いスラム街がひしめく。底辺の者たちは絶望に打ちひしがれ、自らを貧困に追いやった社会への怒りを胸に秘めている。そして主人公は酒と麻薬に溺れた半ば社会の落伍者のような男であり、その彼が追う殺人事件の陰惨さが『カンパニー・マン』の世界をなお一層救いの無いものとして印象付ける。こうして物語の多くの描写はこの社会の閉塞感を印象付ける為に書き連ねられるが、個人的にはこれら微に入り細を穿つ陰鬱な描写は邪魔なもののように感じた。これらがなくとも作品は十分にミステリアスであり、唐突に現れる不可思議としか思えない出来事や情景は、最後まで物語に惹き付ける牽引力となっていることは間違いないからだ。これは好みの問題なのかもしれないが、こういった部分をシェイプアップすればもっと軽快に読み進められる物語になったような気がする。

そういった陰鬱な世界の中で、自らの責務を全うするために傷だらけになりながらも最大限の努力を惜しまない主人公たちの姿が魅力的な作品でもある。彼らを突き動かすのは仕事への義務感であると同時に個々人の持つ倫理観ゆえであり、それらが衝突しあいながらも事件解決のために最終的に協力し合ってゆくのである。絶望の街で人間的であることの灯だけを頼りに尽力する彼らの姿は、奇怪な世界と奇妙なプロットを持つこの作品にリアルで生々しい息遣いを運んでいるのだ。

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20150206(Fri)

[][]貧しさを乗り越えインライン・スケートに懸ける少年の夢〜映画『Hawaa Hawaai』 貧しさを乗り越えインライン・スケートに懸ける少年の夢〜映画『Hawaa Hawaai』を含むブックマーク 貧しさを乗り越えインライン・スケートに懸ける少年の夢〜映画『Hawaa Hawaai』のブックマークコメント

■Hawaa Hawaai (監督:アモール・グプテー 2014年インド映画)

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■『スタンリーのお弁当』のアモール・グプテー作品

貧しい生まれの少年がインライン・スケートの世界に魅了され、友達やスケート・コーチらに後押しされながら全国大会にまで登り詰める、というハートウォーミングなスポーツ映画です。監督を『スタンリーのお弁当』で画期的な児童映画を作り上げたアモール・グプテー、そして主人公となるアルジュンを同じく『スタンリーのお弁当』で主人公スタンリー役だったパルトー・グプテーが演じ、その成長した姿を見せてくれます。

ムンバイに住む少年アルジュン(パルトー・グプテー)は農業を営む父の死により、自らも働いて家族を支えねばならなくなりました。地元のチャイ屋を手伝い始めたアルジュンですが、チャイ屋の置かれた駐車場で夜ともなると行われるインライン・スケートの練習風景に魅せられてしまいます。自分もスケートがしたい…でも高額なスケート靴を買うお金なんかない…。一方、スケート・コーチのアニケート(サーキブ・サリーム)は、事故により車椅子生活となり、スケート選手人生を諦めた青年でした。真摯に子供たちをコーチする彼でしたが、心にはどこか虚ろなものを抱えていました。そしてそんなアニケートとアルジュンが出会った時、大きなドラマが生まれるのです。

■貧しさを乗り越えて

掛け値なしに素晴らしい映画でした。監督アモール・グプテーは前作『スタンリーのお弁当』で子供たちを主人公にした非常に瑞々しい作品を作り上げましたが、この『Hawaa Hawaai』ではさらにその手法を深化させ、様々な要素を取りこみながら非常にドラマチックな作品として完成させることに成功しています。この作品は児童映画であり、スポーツ映画であり、友情や家族の愛、そして人と人との繋がりを描く映画であり、そして同時にインドの社会問題をも描く映画なのです。

この作品に底流するテーマは、経済成長著しい大国インドが孕む貧困と、そんな貧困家庭で暮らし、教育を受けられないまま働く児童たちの問題です。しかしそんな境遇にもかかわらず主人公アルジュンは決して項垂れることなく、家族のため懸命に仕事を続けます。そんなアルジュンと友情を育む少年たちもまた、彼と同じ貧しい境遇にある子供たちなんです。そんな彼らの逞しさ、けなげさにまず心を打たれるでしょう。さらに彼らを雇い入れる大人たちもまた、彼ら子供たちの境遇を知っているからこそ、実に大らかに接していてくれているところがいいんですね。

そしてこの友情は、高価なスケート靴を買えないアルジュンの為に、みんながゴミの山から拾ったパーツで作ったスケート靴、といった形で花開きます。買えないなら、作ればいいじゃないか!というDIYの精神、その精神で貧しさを吹き飛ばそうとする彼らの前向きさが物語を一層盛り上げます。DIYで作ったスケート靴の名前こそがこの映画のタイトル「ハワー・ハワイー」なんです。そんな「ハワー・ハワイー」号を履き軽やかに疾走するアルジュンを友人たちは眩しそうに見つめます。それは、その靴に、彼らの夢が詰まっていて、そしてそんな彼らの夢を代わりに実現するのがアルジュンだからなのです。例え貧しくとも、自分たちには大きな夢はある、それがこの物語をさらに熱くさせてゆくんです。

■みんなの夢を乗せて

そしてこの物語はアルジュンやインライン・スケート選手のコーチであるアニケートの物語でもあります。インライン・スケート選手としての華々しい功績を持ちながら、父母を交通事故で失い、自らもまた車椅子生活を余儀なくされる形で選手生命を絶たれたアニケートは、自らの夢を諦めねばならない瀬戸際に立たされていました。しかし、貧しさをものともせずインライン・スケートに熱中するアルジュンの姿に、彼は胸を打たれてしまうのです。そしてアニケートもまた、アルジュンの夢に自らの夢を重ね合わせる形で、もう一度インライン・スケートに賭けようと心を決めるのです。こうした重層的な構成が、この作品を単なる児童映画に止めない人間ドラマとして完成させているんですね。

そしてアルジュンは、友人たちの、コーチの、そして自分を心から愛する母の夢を「ハワー・ハワイー」号に乗せ、堂々全国大会へと挑みます。しかしたいていの映画なら、ここで何度かの挫折なり成功なりを交えて最後はみんな幸せで大団円、という形で終わるのですが、この作品は決してそんな予定調和で進むような映画では決してないんです。クライマックスに用意された思いもよらない展開は、どこまでも暗く切ない運命を孕みながら、だからこそ、自分はこうして走るんだ、という凄まじい決意の籠ったラストへとひた進みます。

これには本当に圧倒されました。このクライマックスでは、スポーツ映画の大傑作であり現在日本公開中の名作インド映画『ミルカ』を思わせる怒涛の展開を見せるのです。もう、観ていて全身が震えるような感動でした。こうして『Hawaa Hawaai』は、インド映画の大きな可能性を見出すことのできる作品であるのと同時に、その範疇からさらに大きく一歩踏み出した、多くの映画ファンの方に観て欲しい一作だと言うことができるでしょう。この作品はひとつの性善説に則った作品かもしれません。しかし、決してたゆまず前向きに生きようとする姿勢こそが、人をきっと幸せに導くのだ、とする考えは、自分も大いなる共感でもって迎え入れたいんです。

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20150205(Thu)

[][]クール&タフな女刑事が悪を撃つ!〜映画『Mardaani』 クール&タフな女刑事が悪を撃つ!〜映画『Mardaani』を含むブックマーク クール&タフな女刑事が悪を撃つ!〜映画『Mardaani』のブックマークコメント

■Mardaani (監督:プラディープ・サルカール 2014年インド映画)

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タフでクールな女刑事が悪党どもをぶちのめす!というインドのクライム・アクションです。

主人公の名はシヴァーニ(ラーニー・ムカルジー)、彼女はムンバイ警察の腕利き刑事です。そんな彼女も家庭では良き妻であり、実の娘の他に孤児の娘ピャーリを我が子のように世話していました。しかしある日そのピャーリが行方不明になります。なんと彼女は売春斡旋目的の人身売買組織に、多数の少女と共に誘拐されていたのです。事件性を嗅ぎつけたシヴァーニは捜査を開始し、事件の関係者と思しき男を拘束します。それを知った組織の首領カラン(ターヒル・ラージ・バシン)はシヴァーニへ電話し、捜査から手を引くよう脅しますが、そんなカランをシヴァーニは鼻で笑ってこう言い捨てます。「30日以内にあんたを捕まえる。待ってな、ガキ」

初っ端からもう、いい感じの映画です。主人公シヴァーニさんは刑事仲間と共に夜の街を車で流しながら、上司なんかを肴にしつつ緩〜くだべっています。ここで既にシワーニーさんが階級的に上であり、一目置かれている存在であることが伝わってきます。その後スラムのチンピラの部屋に押し入りますが、この時のシヴァーニさん、サリー姿で拳銃構えちゃってるんですよ!サリーに拳銃の女刑事(デカ)!もうこれだけでタランティーノあたりが鼻水垂らして喜びそうですね。これが「太陽にほえろ!」の七曲署捜査第一係だったらニックネームはすぐさま「サリー」に決まりそうです。(ただしサリー姿は冒頭だけです)

そしてサリー刑事(デカ)、もといシヴァーニさんはカスみたいなチンピラどもを、どこまでも余裕綽々であしらいます。犯罪組織の首領からの電話にすら「おい聞けやガキ」とひたすら見下した態度をとり、口の端には冷たい笑みを浮かべ、その態度はどこまでもクール、そしてハスキーな声からは年季と経験がうかがえます。シヴァーニさんは見たところ30代から40代、脂の乗った刑事であり女なのです。しかしいざ追跡となると、これが疾風のように駆け、豹のように相手に飛びかかり、そしてこれが格闘ともなると、ヒグマのように不撓不屈のタフな戦いを見せるのです。クールでタフ、これがシヴァーニさんなんですよ!きゃあカッコイイ!

かと言ってこの映画は『ダバング 大胆不敵』のチュルブル・バンディや『Singham』のインスペクター・スィンガムみたいな荒唐無稽なウルトラ・マッチョ・アクションを見せるものではありません。話の流れはダークでリアル、その語り口調は舞台がインドなのにも関わらずどこかアメリカの刑事ドラマのような殺伐とした世界を感じさせます。ここで登場する人身売買組織はどこまでも冷酷非道であり、すすり泣く少女たちを男どもの慰みものとして供出するさまの陰惨さは、インドにおいて成人指定になったほどなのです。

この人身売買組織とシヴァーニさんとの正面対決が物語の中心となりますが、そこには刑事の執念と同時に、我が子のように世話していた孤児の娘に対する、仮とはいえ一人の母としての執念もあったのではないでしょうか。すなわち、一見「女だてら」「男勝り」の刑事を描く物語のようでいて、その本質には、女の持つタフさ、母親の持つどこまでも粘り強い子供への執着、それを描いたのがこの物語ではないかと思うのです。女は、本気を出せば、男なんか敵わないほどに、強くなれる。それは愛する者を奪われたならなおさらのことだ。自分たちは虐げられてばかりじゃない、そんな女たちの声がこの映画にはあるように感じました。

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20150204(Wed)

[][]プリヤンカー・チョープラーが実在の女性ボクサーを演じる伝記映画『Mary Kom』 プリヤンカー・チョープラーが実在の女性ボクサーを演じる伝記映画『Mary Kom』を含むブックマーク プリヤンカー・チョープラーが実在の女性ボクサーを演じる伝記映画『Mary Kom』のブックマークコメント

■Mary Kom (監督:オムング・クマール 2014年インド映画)

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AIBA世界女子ボクシング選手権において5度の金メダルに輝き、2012年ロンドン・オリンピックでも銅メダルを受賞したアマチュア女性ボクサー、メアリー・コン。映画『Mary Kom』は「インドボクシング界で最も成功した選手のひとり」と呼ばれる彼女の半生を描くスポーツ伝記ドラマです。そして、こんなハードな格闘技選手役を、あのプリヤンカー・チョープラーが演じる!といった部分でも注目の作品なんですね。

メアリー・コン(プリヤンカー・チョープラー)は幼いころから負けん気の強い少女でした。学校でも男子相手に掴み合いの大喧嘩、町で悪さをするチンピラとやり合うことすらありました。そんな彼女は偶然拾ったボクシング・グローブからボクシングに目覚め、いつしかジムに通うようになります。メキメキと実力を伸ばしてゆくメアリーですが、彼女の父は「女がボクシングとは何事だ」と決して許しませんでした。しかし逆境にも負けずメアリーは数々のメダルをものにするようになり、さらに恋人オンレル(ダルシャン・クマール)との結婚を考えます。しかしここでまたメアリーは「結婚か、ボクシングか」の選択を迫られることになるのです。

この作品はなにしろ、女ボクサーを演じるプリヤンカーの、その鬼気迫る演技に感嘆させられますね。ストリート・ファイトで顔面傷だらけになるプリヤンカーなんて誰が想像するでしょうか!?試合では汗みどろになり、満身創痍で、苦痛に顔を歪ませ、眼光だけが鋭く光ります。ボクサー役を演じるため肉体改造に挑み、そしてボクシングという男臭く泥臭い競技の世界に足を踏み入れた女性の姿を果敢に演じます。しかしそんな過酷な世界の描写とは裏腹の、夫や子供に囲まれた幸せな家庭の主婦を演じるときは、やはり華やかな美しさを見せるんですね。『バルフィ!』の知的障碍者の演技も息を呑むものでしたが、この『Mary Kom』でもただの美人女優の枠に収まらない俳優としての底力を見せつけてくれました。なにより学校の制服で登場するプリヤンカーに萌えましたよ(そこかよ)!

ただしそういったプリヤンカーの努力もありながら、ボクシング試合描写は回数も思ったより少なく、しかも実のところそれほど興奮を呼びません。自分はボクシングについては暗いのですが、ボクシング好きの方が見たら拍子抜けするような試合描写かもしれません。プリヤンカーはトレーニングでそこそこに筋肉をつけたようですが、ボクシング選手の見せる瞬発力やパワフルさにはまだまだ至らないんです。とはいえこれはプリヤンカーの問題ではなく、演出や撮影・編集の問題、ひいては監督の力量不足のためなのではないかと思います。要するに「見せ方」の問題なんですね。そういった部分で、「ボクシング試合の昂奮を描く作品」を求めると少々肩透かしを食うかもしれません。

しかしこの映画の本質は、実は女性映画としての側面にあるのではないかと思います。主人公メアリーは「女のくせにボクシングなんて」と父親から否定されます。ボクシング協会役員との諍いは、「どうせ女だから」と軽く見られたからでしょう。結婚を望めば望むで、「ボクシングとの両立なんてできるわけがない」とコーチにすら否定されます。これらは全て、女性が社会に出ようとするときに出遭う障壁と何ら変わらないものなんです。しかしメアリーは決して負けません。「女には無理」という周囲の男たちの偏見をことごとく跳ね除け、立派に戦い抜き、栄冠と幸福な家庭の両方を手に入れます。これはひとつのサクセスストーリーを描く作品です。そしてそれは、「何かの制約の中で生きるのではなく、自分の望むままに生きたい」という、人として当たり前の希望を貫き通したひとりの女性の、栄光の物語なんです。

実際のメアリー・コンさん。目つきが鋭いです。

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メアリー・コム(Mary Kom)ことマングテ・チュングネイジャング・メアリー・コム(Mangte Chungneijang Merykom、女性:1983年3月1日 - )は、インドのアマチュアボクシング選手。マニプル州出身。インドボクシング界で最も成功した選手のひとりとされる。

2000年に17歳でボクシングを始め、いきなり州選手権で優勝を果たす。翌2001年、第1回女子世界選手権にライトフライ級で出場。競技1年程で銀メダルを獲得。2002年、モスキート級(後のピン級)に転級し、世界選手権で優勝。インドボクシング界で男女、オリンピック・世界選手権通じて初の金メダルという快挙を成し遂げる。世界選手権では2005年、自国開催の2006年、そして2008年も優勝し、4連覇を達成。2010年、アジア選手権4連覇達成。世界選手権も5連覇。ロンドンオリンピックはフライ級(51kg級)で出場して銅メダル獲得。

Wikipedia:メアリー・コム

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20150203(Tue)

[][]チョイ悪のイケてる俺が美人二人に板挟み!?〜映画『Main Tera Hero』 チョイ悪のイケてる俺が美人二人に板挟み!?〜映画『Main Tera Hero』を含むブックマーク チョイ悪のイケてる俺が美人二人に板挟み!?〜映画『Main Tera Hero』のブックマークコメント

■Main Tera Hero (監督:ダヴィド・ダワン 2014年インド映画)

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やんちゃで能天気な若者が、ラブラブの彼女がいるにも関わらずマフィアの娘に見初められてさあタイヘン!?というお話であります。

主人公のシーヌー(ヴァルン・ダーワン)はちょいとお馬鹿だけれど腕っ節は滅法強く、持ち前の調子の良さから機転の利く大学生。そんな彼は学校一の美女スナイナー(イリヤーナー・デクルーズ)に一目惚れしたが、同じくスナイナーを追い掛け回す悪徳警官ネギ(アルノーダイ・シン)と対立する。しかし同じお馬鹿だけれどシーヌーはネギより一枚上手、徹底的にやり込め見事スナイナーの心を掴む。だがそんな幸せも束の間、スナイナーは何者かに誘拐されてしまう!?誘拐したのはタイのマフィア・シンガル、そしてその目的はシーヌーに一目ぼれした娘のアーイシャー(ナルギス・ファクリー)と彼を結婚させることだった!果たしてシーヌーはスナイナーを救い出せるのか、はたまた超美人のアーイシャーと結婚してしまうのか!?

ムキムキの半裸をさらした主人公が、薄物着た美女を両手に抱えにんまり笑っているという、真っ赤な夕日の沈む地平線の彼方までアホ丸出しの映画ポスターを見た時に、「あー、これはナシだな」と思っていたんですよ。だがあまりにも臆面の無いその軽さに、「いや、実はやっぱり何かあるのではないか」といらない深読みしてしまったんですよねえ。そして実際に観たこの作品、…いやー、「第一印象を信じるべきだった…」とうちひしがれ頭を抱え後悔の念に嗚咽が止まらない、真っ赤な朝日の昇る地平線の彼方までしょーもない展開を見せてくれるのでございますよ皆々様よ…。

なんかもうねぇ、ひたすら軽い演技を見せる主演のヴァルン君のしたり顔にイラッ…とさせられるのですよ。そのヴァルン君がなんだか知らないけどやたらめったら喧嘩に強く、いつでもどこでもちょちょいのちょいと相手をのして得意顔を見せるのにまたもやイライラッ…とさせられるのですよ。そんなバカアホマヌケ原始人のくせして意中の美人はコロッとあっけなくモノにしちゃうその芸の無い簡単さに再びイライライラッ!とさせられるのですよ!ヴァルン君が相手をやり込めるたびに「アイムバァーッド(オレってワルだぜ?)!」といちいち曲が流れるんですが、これがまた鬱陶しくて…。オレ程度のインド映画「にわか」でもすぐわかるインド映画ネタがあちこちに散りばめられているのも単に安易にしか見えないし、こんな具合に映画前半はどうにもイージー過ぎる物語展開でかなーり退屈だったんですが。

ところが後半、マフィアに恋人を誘拐され、マフィアの娘と無理矢理結婚させられそうになる、という展開を迎えてから、物語は結構面白くなっていきます。あまりに馬鹿馬鹿し過ぎて「ああこりゃマンガなんだな」と納得しちゃうんですね。観ているこっちも開き直れちゃうんですよ。ここからは一転ヴァルン君、腕っ節の強さは隠し通し、口八丁手八丁の悪知恵で、様々な難局を乗り越えてゆくんですね。こういったトーンの転換が「えっこれどうなっちゃうの」という興味を掻き立てさせ、面白さに繋がったのでしょう。まあ実際の所、このシチュエーション自体なんだかどこかで観たことがあるような気がしたんですが、タイでマヌケなマフィア相手に口八丁手八丁ってこれ、サルマン・カーン主演の映画『Ready』(レヴュー)そのまんまじゃないかとは思うんですけどね。サルマン・カーンといえばこの映画、物語に時々で出てくる喋る神像の声、これってサルマン・カーンさんがやってるらしいですね。

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20150202(Mon)

[][]インド諜報部員vs爆弾テロ集団の熾烈なる戦い〜映画『Holiday - A Soldier Is Never Off Duty』 インド諜報部員vs爆弾テロ集団の熾烈なる戦い〜映画『Holiday - A Soldier Is Never Off Duty』を含むブックマーク インド諜報部員vs爆弾テロ集団の熾烈なる戦い〜映画『Holiday - A Soldier Is Never Off Duty』のブックマークコメント

■Holiday - A Soldier Is Never Off Duty (監督:A・R・ムルガードース 2014年インド映画)

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休暇中のインド軍兵士が、偶然捕えた爆弾テロ犯人から大規模テロの情報を探り出し、それを阻止するために命を懸けた戦いに赴くという物語です。主演は『Special 26』『Rowdy Rathore』のアクシャイ・クマール、ヒロインを『Dabangg』『R...Rajkumar』のソーナークシー・シンハーが演じています。

インド陸軍大尉のヴィラート(アクシャイ・クマール)は休暇を家族と過ごすためにムンバイに帰ってきていました。しかし到着早々家族にお見合いに連れて行かれ、そこで古風なインド女性サイバ(ソーナークシー・シンハー)と出会います。好みじゃない、と一度は断るヴィラートでしたが、サイバの見た目とは裏腹なスポーツ・ウーマンぶりに惚れ込み、結局結婚を決めることになります。そんなある日、ヴィラートはバスの爆弾テロ犯を捕えますが、何かあると睨んだヴィラートは犯人を監禁・尋問します。実はヴィラートは極秘の諜報部員でもあったのです。尋問からヴィラートは背後に巨大なテロ組織が存在していること、ムンバイ市内12箇所を狙った大規模テロが行われようとしていることを知るのです。そして仲間を招集したヴィラートは、テロ組織壊滅のために非情なる作戦を開始します。

この『Holiday』、最初見たポスターが軍服姿のアクシャイと白いワンピース姿の可憐なソーナークシーの姿が使われていて、「ちょっとアクション入ったラブコメ映画かな?」と思ってたんですが、DVD化されたそのジャケットが、グレイを基調とした幾分暗めのものになっていたため、「え?ラブコメなの?シリアスなの?」とちょっと戸惑っていました。そして実際観てみると、やっぱりどっちつかずの印象だったんですよ。物語に様々な要素を詰め込み、幕の内弁当状態のエンターテインメント作品として楽しませるというのはインド映画では常套手段なんですが、この作品に関してはそれが裏目に出たのか、アクシャイとソーナークシーのキャッキャウフフ場面と、熾烈なテロ阻止作戦、といった展開がどうもそりが合わず、片方が片方の足を引っ張る形で緊張感を削いでしまっているんですよ。

それと古典的なインド美人であるソーナークシーが、「実はマッチョなスポーツ・ウーマン」という設定のため、男性的な編み込みヘア姿でボクシングしてみたりラグビーしてみたりと頑張ってくれてはいるんですが、これが申し訳ないんだけど全然似合わなくて、逆に普段のお嬢様姿に戻ったときはほっとしたぐらいです。しかもこの設定、ちょっと目先の変わったことをやりたかっただけみたいで、「マッチョなスポーツ・ウーマン」であることが物語に生かされたりするわけではないんですね。オレは後半アクシャイと共闘して鬼神のごとく暴れまわるソーナークシーを期待してたんだけどなあ。一方アクシャイはいつも通りぬぼーっとしつつ、所々で派手なアクションをキメてくれていて、これはこれで悪くはないんですが、これがもっと精悍な男優だったら映画の印象も変わったんじゃないかなあ、と思ってしまいました。

とはいえ、「拷問も辞さない冷徹な諜報員vs無差別殺戮を繰り返す凶悪なテロ集団」という血なまぐさい図式は十分物語を盛り上げており、中盤からは壊滅作戦とそれに対する報復の応酬がこれでもかと繰り返され、いよいよ主人公を絶体絶命まで追い込んでゆくクライマックスまでそのバイオレンス描写はどんどんエスカレートしてゆきます。監督のA・R・ムルガードースは2008年にもアーミル・カーン主演の『Ghajini』で、やはり徹底的なバイオレンスを描きその凄みを見せつけましたが、この作品でもそういったアクションでは見どころがありました。また、軍人が主人公ということから、傷痍軍人や軍人の家族にもスポットを当て、彼らの功績やその内助を称賛するシーンが幾つか盛り込まれ、これまで自分があまり映画で観たことのないインドの別の側面を垣間みることができました。

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