貧しさを乗り越えインライン・スケートに懸ける少年の夢〜映画『Hawaa Hawaai』

■Hawaa Hawaai (監督:アモール・グプテー 2014年インド映画)

■『スタンリーのお弁当』のアモール・グプテー作品

貧しい生まれの少年がインライン・スケートの世界に魅了され、友達やスケート・コーチらに後押しされながら全国大会にまで登り詰める、というハートウォーミングなスポーツ映画です。監督を『スタンリーのお弁当』で画期的な児童映画を作り上げたアモール・グプテー、そして主人公となるアルジュンを同じく『スタンリーのお弁当』で主人公スタンリー役だったパルトー・グプテーが演じ、その成長した姿を見せてくれます。

ムンバイに住む少年アルジュン(パルトー・グプテー)は農業を営む父の死により、自らも働いて家族を支えねばならなくなりました。地元のチャイ屋を手伝い始めたアルジュンですが、チャイ屋の置かれた駐車場で夜ともなると行われるインライン・スケートの練習風景に魅せられてしまいます。自分もスケートがしたい…でも高額なスケート靴を買うお金なんかない…。一方、スケート・コーチのアニケート(サーキブ・サリーム)は、事故により車椅子生活となり、スケート選手人生を諦めた青年でした。真摯に子供たちをコーチする彼でしたが、心にはどこか虚ろなものを抱えていました。そしてそんなアニケートとアルジュンが出会った時、大きなドラマが生まれるのです。

■貧しさを乗り越えて

掛け値なしに素晴らしい映画でした。監督アモール・グプテーは前作『スタンリーのお弁当』で子供たちを主人公にした非常に瑞々しい作品を作り上げましたが、この『Hawaa Hawaai』ではさらにその手法を深化させ、様々な要素を取りこみながら非常にドラマチックな作品として完成させることに成功しています。この作品は児童映画であり、スポーツ映画であり、友情や家族の愛、そして人と人との繋がりを描く映画であり、そして同時にインドの社会問題をも描く映画なのです。

この作品に底流するテーマは、経済成長著しい大国インドが孕む貧困と、そんな貧困家庭で暮らし、教育を受けられないまま働く児童たちの問題です。しかしそんな境遇にもかかわらず主人公アルジュンは決して項垂れることなく、家族のため懸命に仕事を続けます。そんなアルジュンと友情を育む少年たちもまた、彼と同じ貧しい境遇にある子供たちなんです。そんな彼らの逞しさ、けなげさにまず心を打たれるでしょう。さらに彼らを雇い入れる大人たちもまた、彼ら子供たちの境遇を知っているからこそ、実に大らかに接していてくれているところがいいんですね。

そしてこの友情は、高価なスケート靴を買えないアルジュンの為に、みんながゴミの山から拾ったパーツで作ったスケート靴、といった形で花開きます。買えないなら、作ればいいじゃないか!というDIYの精神、その精神で貧しさを吹き飛ばそうとする彼らの前向きさが物語を一層盛り上げます。DIYで作ったスケート靴の名前こそがこの映画のタイトル「ハワー・ハワイー」なんです。そんな「ハワー・ハワイー」号を履き軽やかに疾走するアルジュンを友人たちは眩しそうに見つめます。それは、その靴に、彼らの夢が詰まっていて、そしてそんな彼らの夢を代わりに実現するのがアルジュンだからなのです。例え貧しくとも、自分たちには大きな夢はある、それがこの物語をさらに熱くさせてゆくんです。

■みんなの夢を乗せて

そしてこの物語はアルジュンやインライン・スケート選手のコーチであるアニケートの物語でもあります。インライン・スケート選手としての華々しい功績を持ちながら、父母を交通事故で失い、自らもまた車椅子生活を余儀なくされる形で選手生命を絶たれたアニケートは、自らの夢を諦めねばならない瀬戸際に立たされていました。しかし、貧しさをものともせずインライン・スケートに熱中するアルジュンの姿に、彼は胸を打たれてしまうのです。そしてアニケートもまた、アルジュンの夢に自らの夢を重ね合わせる形で、もう一度インライン・スケートに賭けようと心を決めるのです。こうした重層的な構成が、この作品を単なる児童映画に止めない人間ドラマとして完成させているんですね。

そしてアルジュンは、友人たちの、コーチの、そして自分を心から愛する母の夢を「ハワー・ハワイー」号に乗せ、堂々全国大会へと挑みます。しかしたいていの映画なら、ここで何度かの挫折なり成功なりを交えて最後はみんな幸せで大団円、という形で終わるのですが、この作品は決してそんな予定調和で進むような映画では決してないんです。クライマックスに用意された思いもよらない展開は、どこまでも暗く切ない運命を孕みながら、だからこそ、自分はこうして走るんだ、という凄まじい決意の籠ったラストへとひた進みます。

これには本当に圧倒されました。このクライマックスでは、スポーツ映画の大傑作であり現在日本公開中の名作インド映画『ミルカ』を思わせる怒涛の展開を見せるのです。もう、観ていて全身が震えるような感動でした。こうして『Hawaa Hawaai』は、インド映画の大きな可能性を見出すことのできる作品であるのと同時に、その範疇からさらに大きく一歩踏み出した、多くの映画ファンの方に観て欲しい一作だと言うことができるでしょう。この作品はひとつの性善説に則った作品かもしれません。しかし、決してたゆまず前向きに生きようとする姿勢こそが、人をきっと幸せに導くのだ、とする考えは、自分も大いなる共感でもって迎え入れたいんです。

http://www.youtube.com/watch?v=L8WEqUvoJw4:movie:W620