禁酒法時代のマンハッタンを駆け抜ける白人女と黒人男の殺し屋コンビ!〜『MISS』

■MISS / フィリップ・ティロー(作) マルク・リウー&マーク・ヴィグルー(画)

MISS
ヤヴァイ。これは今年読んだバンドデシネの中で最も面白い作品かもしれない。タイトルは『MISS』、禁酒法時代のニューヨークを舞台に、男女ペアの殺し屋コンビが拳銃片手に暗黒街を駆け抜けてゆく、というハードボイルド/ノワール作品なのだ。しかもこのコンビ、白人の女性と黒人の男性なのである。
おおよそのあらましはこんな感じ:

1920年代、禁酒法時代のニューヨーク。父に先立たれ、母に捨てられた白人の少女ノラ・ベイカーは、警官上がりの探偵フランク・クインに拾われ、彼の愛人兼秘書として働き始める。ある日、クインに命じられ、拳銃を手に入れるためにイースト・ハーレムを訪れたノラは、そこで、スリム・ウィルハイトという小粋な黒人と出会う。最悪な出会いから、予期せぬ再会を経て、やがて2人は、殺し屋コンビを結成し、暗黒街をのしあがっていく―。貧困と悪徳が蔓延し、裏切りが横行するハーレムを舞台に、“ミス”・ノラ・ベイカーとスリム・ウィルハイトの白黒コンビがお届けするシニカルな人間喜劇。

白人女の名はノラ・ベイカー。通称"ミス"。ヒモの父とパンスケの母の間で生まれ、ブルックリンの掃き溜めで育つ。しかし呑兵衛の父はさっさと野垂れ死に、母親は失踪し、ノラは孤児院に入れられるが、19の年でそこを追いだされる。掃き溜め育ちのせいか、性格はクール、ビッチ、そしてタフ。おまけに結構な美人。

そんなノラに関わってしまった一人の黒人男、名前はスリム。職業、ヒモ。最初は白人女ノラをナメてかかっていたが、厄介事に巻き込まれ、寸での所で命を救われたことにより、彼女を"レディ"として崇拝するようになり、共同で殺し屋稼業を始めることになる。性格はクール、タフ、そしてシニカル。おまけに割といい男。

こんな二人が欲望渦巻く禁酒法時代のハーレムを、そして大恐慌が襲うマンハッタンを、拳銃と、お互いのリスペクトだけを頼りにサバイバルしてゆく。二人の通る道にはどす黒い陰謀が満ち溢れ、二人が通った後には死体しか残らない。

…どうですか!?最高にカッコよくないっすか!?

バンドデシネ『MISS』は4つの章で構成されている。日本語版には章のタイトルは特に付されていないのだが、調べてみると本国版にはそれぞれタイトルがあるようだ。それぞれの本国版タイトルと大雑把な粗筋を紹介するとこんな感じ。なおタイトルの訳はネットの機械翻訳なので正確ではないかもしれないので悪しからず。

Miss, tome 1 : Bloody Manhattan (血塗れのマンハッタン)…ノラとスリムの出会い。そしてなぜ殺し屋家業を始めることになったか。
Miss, tome 2 : Une chanson douce (甘い歌)…保険金狙いの殺しを依頼されるノラとスリム。しかし話は二転三転し、死体ばかりが増えてゆく。スリムの本当の素性が明らかになる。
Miss, tome 3 : Blanc comme le lys (白いユリ)…今日も今日とて殺しに勤しむノラとスリム。インチキ宗教家もKKKも二人の敵ではない。だが引き受けたある仕事が意外な結末を迎えることになる。
Miss, tome 4 : Sale blague mon amour (愛は卑猥な冗談)…しだいに想いを寄せてゆくノラとスリム。しかし、ろくでもない依頼を受けたばかりにスリムの命に危険が迫ってくる。

4つの物語にはそれぞれ明確な起承転結があるわけではない。むしろ、とりとめなく行われる二人の殺しの狭間から、彼らの生きる非情な世界と、ノラとスリムのキャラクターとその生き方が、じわりじわりと滲み出してくる仕組みになっているのだ。そして読めば読むほどに、彼ら二人に魅了され、愛しきってしまう自分に気付くはずだ。

そしてこの時代は、黒人差別がまだ大っぴらに行われていた時代でもある。物語の中でも黒人スリムは事あるごとに差別を受ける。しかしそんな差別をスリムは持ち前のシニカルさで飄々として受け流し、時々徹底的な暴力でもって相手を叩きのめす。一方白人であるはずのノラには差別意識が全く無い。ハーレムであろうと黒人家庭であろうと意に介さず足を踏み入れ、当たり前のように振る舞っている。ノラにとって重要なのは誰が食い物にしようとしているのか、そして誰が自分の味方になるのかだけであり、人種差別などにかまけていると足元をすくわれることを感覚的に理解しているのだ。博愛でも民主主義でもなく、それは生き残る為の方法なのだ。

こうして、どん底に生まれた二つの魂が、信頼という最高の武器を手に、人種も性別も超え、魑魅魍魎のはびこる世界を、クール&タフに生きてゆく。これがこの作品の最高の魅力なのだ。会話はブラックなウィットに溢れ、読んでいて忍び笑いを何度も洩らしてしまう。表紙だけを見るとグラフィックは若干地味で粗く感じるが、実際読んでみるとこのささくれ立った描線とコントラストのきついグラフィックが物語に実にフィットしていることが理解できるだろう。しかもカラーリングも計算されていて美しいのだ。

そんなわけで「今までにない面白いバンドデシネを読みたい」「最高にクールなハードボイルド/ノワール・コミックが読みたい」と思われているアナタ、迷うことは無い、この『MISS』を入手すればいいだけのことだ。そしてきっとノラとスリムのコンビが気に行ってしまうだろう。

MISS

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  • 作者: フィリップ・ティロー,マルク・リウー&マーク・ヴィグルー
  • 出版社/メーカー: パイインターナショナル
  • 発売日: 2015/08/13
  • メディア: 単行本
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