Hatena::ブログ(Diary)

メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20151130(Mon)

[]11月の反省 11月の反省を含むブックマーク 11月の反省のブックマークコメント

オレもInstagramなどをやっていてちまちまと写真を載せたりしているのだが、そこの写真その他を引っ張り出しつつ11月の反省などをしてみたい。ちなみにオレのInstagramここなので観たい人は観るといいしフォローしたい人はフォローすればいいのである。

11月某日

すっかり秋でありそして冬である。

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11月某日

冬の朝方はとても暗い。

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11月某日

毎年恒例の人間ドックに行ってきた。これは病院の上階から撮った横浜(関内)の写真。

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11月某日

知人と新宿で飲む。帰りに通りを歩いていたら怪しげな看板のカレー屋があった。

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11月某日

仲間と共に下北沢で開かれていた「羊フェスタ」というのに行ってきた。これは羊肉好きのボランティアの方々が開催した羊料理フェスティバルで、様々な羊肉を食そうというもの。この日は雨だったがなかなか面白かった。

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11月某日

冬らしい鉄塔であった。

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11月某日

冬だというのにTシャツ4枚も購入してそして着る機会がない。

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11月某日

相方さんとカピバラを観に横浜ズーラシアに。

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カピは暖房灯でぬくまったまま小屋の中で微動にしていなかったのであった。

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飼育員さんがおやつを持って来たらやっと表に出てきた。

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なぜかガネーシャ像とかハヌマーン像のあるインドな動物園であった。

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11月某日

そしてビールばかり飲んでいた11月であった。

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20151127(Fri)

[][]22年を掛け、たった一人で山を切り崩し道を作った男の実話映画『Manjhi - The Mountain Man』 22年を掛け、たった一人で山を切り崩し道を作った男の実話映画『Manjhi - The Mountain Man』を含むブックマーク 22年を掛け、たった一人で山を切り崩し道を作った男の実話映画『Manjhi - The Mountain Man』のブックマークコメント

■Manjhi - The Mountain Man (監督:ケータン・メヘター 2015年インド映画)

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ただ愛の為に、22年の歳月を掛け、たった一人で山を切り崩し道を作った男がいた。男の名はダシュラト・マーンジー、通称"マウンテン・マン=山の男"。「一念岩をも通す」という諺があるけれども、彼はその一念でもって本当に山を通してしまったのだ。そしてなんとこれは、実話なのである。映画『Manjhi - The Mountain Man』は、そんな男の半生を基に製作されたインド映画だ。主演を『めぐり逢わせのお弁当』『女神は二度微笑む』のナワーズッディーン・シッディーキー、ヒロインをラーディカー・アープテーが演じている。

舞台は60年代、インド東部にあるビハール州の小さな村ガヤ。ダシュラト・マーンジー(ナワーズッディーン)は駆け落ちまでして結婚したファグニヤー(ラーディカー・アープテー)と貧しいながら幸せに暮らしていた。だが彼の住む村は最寄りの町と大きな山で遮られており、それを迂回しようとすると80キロもの距離を歩くことになり、そうでなければ険しい山を越えなければならなかった。そしてある日ファグニヤーが足を滑らせて山から落ち、瀕死の重傷を負う。ダシュラトは必死の思いで山越えしファグニヤーを町医者へと運んだが、その甲斐もなく彼女は逝ってしまった。悲嘆と憤怒の中、ダシュラトは誓う。自らの手でこの山を切り崩し、町への道を作ってやるのだと。

ダシュラト・マーンジーが成し得た偉業は具体的にどういうものだったのか。彼は1960年から1982年の22年を掛け、ノミとハンマーだけを使い、岩石質の山に、長さ110メートル、幅9.1メートル、深さ7.6メートルの道を作った。これにより村から町への道のりは80キロから10キロへと短縮された(55キロから15キロというデータもあり)。村人たちは最初彼を頭のおかしい男として笑いものにしていたが、次第に食べ物や道具などの支援をするようになった。マーンジーは2007年に73歳で亡くなったが、その偉業を讃え国葬とされた。マーンジーの作った道は、彼の死後4年後の2011年に舗装道路となった。彼には息子と娘の二人の子供がいた。晩年のマーンジーはこんな男である。

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映画はそんなマーンジーの驚くべき半生を、ファグニヤーとの出会いの時まで遡って物語る。もちろんその中には、山に道を作ることになった悲しいあらましと、石に齧り付くように石を割ってゆく22年間が描かれてゆくのだけれども、2時間の作品の中にはその他にも様々なドラマが盛り込まれており決して飽きさせることがない。そこにはカーストの差別があり、憎むべき貧富の差があり、そして刻一刻と変わってゆくインドの歴史がある。しかし歳月が流れ、世の中が変わっていっても、マーンジーのファグニヤーへの愛は、ダイヤモンドのように固くそして美しく輝くものとして描かれる。それはファグニヤーの死後も決して変わることはない。辛く厳しいだけの現実を、乗り越えさせるもの、それがファグニヤーへの愛であり、だからこそマーンジーは、常識では考えられないことを成し遂げることができたのだ。

映画作品としてみると、若干さらっと流してしまった描写が幾つかあり、その為に観ていて伝わり難く感じることがあったのが惜しい。山がある為に村人たちが困窮しているという事実はもっと強く描かれたほうが説得力があったと思うし、そのせいかファグニヤーの死に際して山に道を作ることを決意するマーンジーが唐突に感じてしまう。また、22年間の作業の中で、それがどの程度進捗しているのか映像で観たかった、という気が強くした。予算の関係でそこまで盛り込むことができなかっただろうが、映像では22年を経てもいつも同じような所でマーンジーがハンマーを振るっているようにしか見えないのだ。ただ、それらを顧みてもドラマチックで、同時にユーモラスに仕上がっている物語であることは変わりない。主演のナワーズッディーンは悲しみと狂気の狭間にいる男を好演し、ヒロインであるラーディカー・アープテーは大衆的ながら明るく美しいキャラクターを演じ、これも印象深かった。また、音楽も強く記憶に残るものだった。

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20151126(Thu)

[][]凶悪なテロ組織を追い詰めろ〜映画『Phantom』 凶悪なテロ組織を追い詰めろ〜映画『Phantom』を含むブックマーク 凶悪なテロ組織を追い詰めろ〜映画『Phantom』のブックマークコメント

■Phantom (監督:カビール・カーン 2015年インド映画)

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凶悪なテロ計画の存在を察知したインド諜報局は、テロ組織撲滅のために一人の男に隠密作戦を託した。2015年にインドで公開された映画『Phantom』は国際諜報の世界を舞台に展開するアクション・スリラーです。主演は『エージェント・ヴィノッド』でも諜報員を演じたサイフ・アリ・カーン、ヒロインにカトリーナ・カイフ。監督は『タイガー 伝説のスパイ』、『Bajrangi Bhaijaan』のカビール・カーン。

《物語》2008年ムンバイにおいて同時多発テロが勃発、多数の死傷者が出す恐ろしい惨事となった。そして7年後、インド情報局R.A.W.は新たなテロ計画を察知しテロ犯排除に乗り出そうとするも、外交問題を気にする政府から作戦行動を押し止められてしまう。そこでR.A.W.は隠密作戦を計画し、その工作員として元軍人のダニヤル(サイフ・アリー・カーン)が選ばれる。彼への指令はテロ犯の逮捕、ないしは暗殺。ダニヤルは第一容疑者を追ってロンドンへと飛び、そこでセキュリティ・エージェントを勤める女ナワーズ(カトリーナ・カイフ)の協力を得ながら行動を開始する。そして二人はテロ犯を追いつつ次第にパキスタンへと導かれてゆく。

映画冒頭に描かれる「ムンバイ同時多発テロ」はインドで実際に起こったテロ事件です。これは2008年11月26日夜から11月29日朝にかけ、イスラム過激派と見られる犯人により、インド・ムンバイにあるホテルや鉄道駅など複数の場所が銃撃、爆破されたテロ事件で、これにより死者 174人、負傷者 239人にのぼる痛ましい被害を出しました。映画『Phantom』の冒頭でこの「ムンバイ同時多発テロ」が取り上げられたのは、この事件に重ね合わせてテロ組織粉砕の物語を描きたかったからなのでしょう。そしてインドは、実はこれ以前にも非常に多くのテロ事件が起こっている国なんですね。

こういった「テロ組織対インド諜報機関」を扱った最近のインド映画には『Holiday - A Soldier Is Never Off Duty』(2014)や『Baby』(2015)があり、どちらも記憶に残っています。特に『Baby』におけるバイオレンスの熾烈さなどを見ると、テロの多発するインドでは切実な物語なのだな、と思わせられます。それを踏まえつつ『Phantom』はどうだったかというと、現実の事件を冒頭に持ってきながら、展開自体は通俗的なスパイ・アクションを踏襲した娯楽作だと感じました。

物語の流れは敏腕工作員ダニヤルが周到な準備のもと、ターゲットのテロ犯を意外な方法でひとりまたひとりと葬ってゆく様が描かれてゆき、そのテクニックの面白さで引っ張ってゆく作品なんですね。そういった点で映画『Phantom』は、前述の『Baby』のような重さ、暗さ、過激さがあまり無く、どちらかというとハリウッド・スパイ作品を観ているような軽快なスピード感でもって物語を進めてゆくんですよ。

シナリオ的にはあれこれ疑問に感じる部分があり、物語を盛り上げるためだけに大仰な悲痛さを持ち込んだりといった臭みこそありますが、基本的にはアクションをふんだんに盛り込み気楽に観ることのできる作品だといえるでしょう。テロ撲滅の悲願といった味付けや過酷な運命こそ描かれるにせよ、そんなに深刻に受け取るような作品ではないと感じました。主人公を演じたサイフ・アリー・カーンはニヒルな役柄が板についていましたが、ヒロインであるカトリーナ・カイフの雰囲気は物語内容に対してちょっと甘いかな、と思えてしまいました。

それにしてもこの作品、たまたま例のパリでのテロが起こった日にDVDで観たものですから、ちょっと生々しく感じた部分はありましたね。

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20151125(Wed)

[]♪チャチャチャチャーンチャーンチャチャチャチャーン〜ゲーム『スター・ウォーズ バトルフロント♪チャチャチャチャーンチャーンチャチャチャチャーン〜ゲーム『スター・ウォーズ バトルフロント』を含むブックマーク ♪チャチャチャチャーンチャーンチャチャチャチャーン〜ゲーム『スター・ウォーズ バトルフロント』のブックマークコメント

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映画『スター・ウォーズ フォースの覚醒』の公開がいよいよ迫った来た今日この頃ですが、その!スター・ウォーズの!ゲームが!発売されております!タイトルは『スター・ウォーズ バトルフロント』、FPSゲームであります。実は2004年にも同じタイトルのゲームが出ていますがそれとは別物だということで認識されてください。

ところでSWとゲームって一見相性がよさそうで、実はこれといったのが無いような気もするんですな。一番初期のベクタースキャン使ったアーケードゲームは画期的でしたが、あとはゲーム好き、SW好きのオレですら、プレイしたことがあるのは2、3作だけです。『エピソード1 レーサー』はEP1のポッドレースが題材のレースゲームですが、まあ要するにレースなだけだし、『リパブリック・コマンド』ってタイトルのFPSゲームもやったけど、クローン兵が主人公で、いや別にオレ、クローン兵になって活躍したいとか全然思えなかったし、変り種としてSWのシミュレーション・ゲームとかもやったけど、資源集めて施設作ってって、なんかSWじゃなかったんだよなあ。2004年版の『バトルフロント』もやった筈だが記憶に薄い…。なんかこう、SWの世界観を借りた別の物語、というのがノレなかったのかもしれない。

そんな中でこの『スター・ウォーズ バトルフロント』、結構きちんとSWしています。ゲームの中に盛り込まれているのはEP4〜6の物語世界のものだけで、舞台も惑星タトゥイーン、エンドア、サラスト、ホスあたりに限定されちゃっており、さらにFPSというゲームの性質上映画の中の兵士同士、ビークル同士の戦いのみをクローズアップさせているのですが、しかしなんといってもルークやハン・ソロになったりダース・ベイダーになったりして戦えるのがいいですね。

ゲームは基本的にマルチ専用で、それにトレーニング扱いのミッションがオマケでつけられているといった感じ。「ミッション」は3つ。なにしろトレーニングなので、キャンペーン・モードというわけではない。しかし「サバイバル」は意外と遊べるかな。

トレーニング / 反乱同盟軍:タトゥイーン峡谷でのXウィング操作、惑星ホスでのT-47エアスピーダー操作。帝国軍:惑星エンドアでのスピーダー・バイク操作、AT-STウォーカー操作、パルパティーン皇帝、ダース・ベイダーを選択しての反乱軍同盟基地制圧。

バトル / 惑星ホス、惑星タトゥイーンの二つの舞台で、兵士とヒーローのどちらかを選び、敵をより多く倒して先に100ポイント集める。ヒーローはルーク、ハン・ソロ、レイア、パルパティーン皇帝、ダース・ベイダー、ボバ・フェットを選択できる。

サバイバル / 惑星タトゥイーン、エンドア、サラスト、ホスを舞台にし、仲間と協力しながら敵を倒してゆく。

「マルチ」では、マップにより最大プレイヤー数40、ヒーロー招集可能、ビークルを利用可能となっている。

より多くの敵を倒す「ブラスト」、移動する3体のドロイドを確保して防衛する「ドロイド・ラン」、コントロールポイントの争奪戦「スプレマシー」、帝国軍ウォーカーを倒す「ウォーカー・アサルト」、スター・ファイターに乗り込み制空権を争う「ファイター・スコードロン」、自軍のカーゴを守りながら敵カーゴを奪う「カーゴ」。脱出ポッドを掛けた争奪戦「ドロップ・ゾーン」一人のヒーロー対歩兵部隊「ヒーロー・ハント」、ヒーロー/一般性混成部隊による「ヒーローvsヴィラン」

また、メニュー選択画面をしばらく放っておくとR2-D2C3POがなにやら寸劇をやってくれてて、これを延々流しているのも楽しい。

というわけでSWな雰囲気は確かに抜群なんですが、基本的にFPSはキャンペーン・オンリーでマルチは全然やらないオレとしては、思ったほど楽しめないのが正直なところで…。今回はマルチもやってみましたが、やっぱり、ただ撃ち合ってるだけなのって、なんだかつまんなくてさあ。やっぱり物語性があるものがやりたいんだよなあ。また、そのシューティング要素にしても、万人向けに作られている分少々大雑把な作りで、いつもやってるFPSと比べるとどうも甘く感じてしまう。この辺、SWのお祭ソフトと割り切ってざっくりやったほうが楽しめるんでしょう。ただやっぱり、何度も遊ぶことはなさそうだなあ。

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yoyoshi yoyoshi 2015/11/25 21:00 コメント連投すみません。SWが日本で初公開された頃、空前のSFブームで夢のようでした。生頼画伯のポスターも最高だったし。それから幾星霜、いい歳してロケットだのベムだの出てくる子供騙しなんかに嵌まってる痛い奴とディスられ続ける青春でした。SF祭よ今一度!自分、帝国派です。

globalheadglobalhead 2015/11/26 08:19 SW日本初公開時の盛り上がりはハンパなかったですね。ただ本国の公開から一年近く待たされて、その間メディアでストーリーから映像からなにもかも情報ダダ漏れされてしまい、いざ公開されて本編観たときには何一つ驚きが無かった、というのは人生最大の恨み事のひとつです。あの時の関係者全員サルラックの穴に落ちて100年かけて苦痛を味わいながら消化されてしまえばいいと思います。

yoyoshi yoyoshi 2015/11/26 14:27 来月、キャンベルの千の顔を持つ英雄が出版予定ですね。神話の力が面白かったので期待してしまいます。SWにも言及されていて嬉しい。SWは英雄の物語でもあります。ダースベイダーが大好きです。

globalheadglobalhead 2015/11/26 21:58 あ、『千の顔を持つ英雄』再出版されるんですか?以前出てたのは訳が酷いということで手を出していなかったんですが、きちんとしているようなら読んでみたいですね。『神話の力』もよかったですね。

20151124(Tue)

[]101匹わんちゃん大暴動〜映画『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)』 101匹わんちゃん大暴動〜映画『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)』を含むブックマーク 101匹わんちゃん大暴動〜映画『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)』のブックマークコメント

■ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ) (監督:コーネル・ムンドルッツォ 2014年ハンガリー/ドイツ/スウェーデン映画)

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ハンガリー/ドイツ/スウェーデン合作で2014年に製作公開された『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)』でございます。

ホワイトでゴッド!少女と犬!狂詩曲と書いてラプソディ!…というなにやら意味ありげな日本タイトルが付いてますが、お話は要するに「野犬が暴れて街中大騒ぎさ!」といったものになっております。

舞台はハンガリーの首都ブタペスト。主人公は13歳の少女リリ(ジョーフィア・プショッタ)。リリは母親から元の父であるダニエル(シャーンドル・ジョーテール)に預けられますが、このダニエルというのが気難しい男で、リリの連れてきた愛犬ハーゲンを追い出してしまいます。ハーゲンは野犬となり、保護施設でいたぶられたり、闘犬使いの男に酷い仕打ちを受けたりして遂に怒り心頭に達し、保護施設の野犬たちと逃げ出して人間たちを襲い始めるんですな。

ええと昔『ドッグ』というタイトルの犬パニック映画がありましてな…*1

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それに『ウイラード』『ベン』というタイトルのネズミパニック映画を足したような映画と言えばいいでしょうか…*2 *3

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そんな感じの犬パニック映画、犬ホラー映画ってことでいいような気がしますが、そこに少女リリの孤独とか彼女と愛犬ハーゲンとの友愛とかが絡められて、一言でホラー映画、サスペンス映画と断言できない部分もあるのも確かです。

そもそも原題にもある「ホワイト・ゴッド」ってなんじゃ?ということです。犬のハーゲンは白くないのでこれは犬のことじゃなさそうです。じゃあなにか?ということでネットに監督のインタビューがあったので読んでみました。(「犬たちの怒涛の反乱にぶちのめされる『ホワイト・ゴッド』」ニューズウィーク日本版

これによるとホワイトというのは白人のことであり、ゴッドというのはその白人が他者に・ないしは犬に、神の如く絶対の権力で振る舞うことを指しているのだそうです。そしてこの作品で描かれる「犬の蜂起」は、白人社会に対する不満分子の暴動を示唆したものなのだそうです。

へええ…。

でもオレは映画の描き方から別にそんなアレゴリカルなものは感じなかったなあ。むしろ「なんか中途半端なホラーサスペンス映画」としか思えなかったけど。

むしろ感じたのは「やっぱヨーロッパのあのあたりの人間関係って冷たいしみんな結局孤独だしなんかヤダなあ」ということのほうだったな。個人主義とかそーゆーののせいでしょうか、リリの父親の冷たさとか、リリの通う音楽学校の教師のつっけんどんさとか、リリの友人のいつもシラケた様子とか、リリ自身の犬以外に心を許さないかたくなさとか、なにもかも白々としてて冷たくて他人を信じないといった雰囲気、そういうのが観ていてなんだかイヤ〜な気分だった。

しかしそういった白人社会=ホワイト・ゴッドの厭らしさは理解できたわけですから、監督の意図する所は伝わったのかもしれません。まあ、どっちにしろしょっぱい映画でしたが。

それにしてもタイトルから少女と犬の心温まる話と勘違いして映画館に来たと思われる母子連れが、映画後半の血塗れ殺戮描写に怖気だったのか映画が終わると逃げるように帰っていったのが少々気の毒でありあした。

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20151120(Fri)

[]アメリカとソ連の腕利き諜報部員が手を組んだ!?〜映画『コードネーム U.N.C.L.E.アメリカとソ連の腕利き諜報部員が手を組んだ!?〜映画『コードネーム U.N.C.L.E.』を含むブックマーク アメリカとソ連の腕利き諜報部員が手を組んだ!?〜映画『コードネーム U.N.C.L.E.』のブックマークコメント

コードネーム U.N.C.L.E. (監督:ガイ・リッチー 2015年アメリカ映画)

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■TVシリーズ『0011 ナポレオン・ソロ』のリメイク作品

シャーロック・ホームズ』シリーズのガイ・リッチー監督の新作映画『コードネーム U.N.C.L.E. 』を観てきましたが、とても面白く楽しめる映画でした。『シャーロック・ホームズ』シリーズ好き、昨今流行りのスパイ・ムービー好き、その他アクション・エンターティンメントが好きな方には十分お勧めできる作品じゃないでしょうか。

f:id:globalhead:20151116092315j:image:leftこの『U.N.C.L.E. 』が1960年代に作られたイギリスのTVシリーズ『0011 ナポレオン・ソロ』のリメイクだということは映画好きな方なら既にご存知のことでしょうが、自分は結構な年寄りなので、このTVシリーズの日本放送版をリアルタイムで観てたんですよ(そういえば映画『ミッション・インポッシブル』のオリジナルである『スパイ大作戦』も観てたなあ。そんだけ年寄りなんですよ)。ただなにしろ小さな子供の頃だったので、意味も分からず観ていましたけどね。

それでも、『ナポレオン・ソロ』の主演の二人を演じたロバート・ヴォーンとデヴィッド・マッカラムが実にダンディでカッコ良かった、というのは印象に残ってるんですよ(←写真)。話が逸れますがオレ、やはりイギリス製作の『謎の円盤U.F.O.』ってTVドラマも好きだったんですが、これの主演となるエド・ビショップとマイケル・ビリントンが大好きで、今から考えると子供の頃からイギリスのTVドラマ俳優のカッコよさにしびれてたみたいなんですね(※ただしロバート・ヴォーンはアメリカ国籍)。…まあこれ読んでる皆さんにはどうでもいい話だとは思いますが!

■アメリカとソ連が手を組んだ?

さて今回の映画『コードネーム U.N.C.L.E.』です。物語の舞台は1960年代、東西冷戦の真っただ中にあるこの時代に、敵同士であるアメリカ諜報局CIAとソ連諜報局KGBが、とある陰謀を阻止するため手を組んじゃう!?というお話なんですな。その陰謀というのはナチス残党が興した国際犯罪組織による核兵器開発というもの。この組織を追求するためCIA工作員ナポレオン・ソロ(ヘンリー・カヴィル)とKGB工作員イリヤ・クリヤキン(アーミー・ハマー)が手を組んで、危険な任務に赴くというわけです。まあ当時のアメリカとソ連が手を組むなんてありえそうにもないことですが、この大法螺の在り方が特色的な物語となっているんですね。

まず主人公である二人がそれぞれに癖の強いキャラ分けがされていて面白いんです。二人ともスパイとしては一級の腕前を持っているんですが、ナポレオン・ソロは女好きで手癖の悪いインチキ野郎、一方イリヤ・クリヤキンはメンヘラでブチ切れ易い、といった具合なんです。この二人の持つキャラクターが物語を盛り上げる役割を果たしているんですね。まあ殆どコミカルな展開でですが!

そして主演を演じるヘンリー・カヴィルアーミー・ハマー、この二人が男のオレでも見惚れてしまうぐらいいい男に描かれていて、なかなか目の保養になります。ヘンリー・カヴィルは『マン・オブ・スティール』で愁いのこもったスーパーマンを演じていたし、アーミー・ハマーは『ローン・レンジャー』が有名かもしれませんが、むしろ『白雪姫と鏡の女王』のおバカな王子様役が印象に強くて、「お馬鹿な色男させたら抜群だなあ」と一緒に観ていた相方さんが申しておりました。一方ヒロインを演じ『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の応急』にも出演していたスェーデン女優、アリシア・ビカンダーは男優の魅力に隠れていまひとつ精彩に欠けていたような気がします。

■溢れんばかりの60年代テイスト

そしてこの作品のもうひとつの魅力が映画全体に漂う溢れんばかりの60年代レトロ・テイストです。当時を再現した建造物だけでなく、徹底して再現された60年代チックなファッション、車両などが眺めているだけで楽しいんですね。この辺は『シャーロック・ホームズ』シリーズにおいてビクトリア朝時代のロンドンを微に入り細にわたり再現して見せたガイ・リッチー監督の手腕に負うところが大きいでしょう。

さらに音楽も60年代っぽくてスバラシイ。まあそういう自分がこの時代の音楽に詳しいわけではないのですが、全編に流れるジャズ、ソウルなどの音楽が、とてもそれっぽく雰囲気を盛り上げていて、おまけにカッコいい曲ばかり、すっかり60年代気分にさせてくれるんですね。これ、久々にサントラを買いたくなってしまいましたね。

そういった60年代の懐古テイストに合わせたのか、物語の展開はほんの少しまったりとした部分があります。これ、『007』や『ミッション・インポッシブル』みたいな現代を舞台にし、スピーディーなテンポで進んでゆくスパイ・ストーリーと比べると、当然ながらテクノロジー的に遅れている時代であることも関係しているでしょう。なにしろ今みたいにコンピューターやスマートフォンがあるわけでもなく、スパイ小道具だって限界があります。逆になんだか知らないけど万能なコンピューターやIC機器など存在しない、ローテクなスパイ活動の中にこそ、この物語の真骨頂があるのではないでしょうか。それはテクノロジーに頼らない泥臭い人間的要素であり、そこから生まれるドラマやアクションということです。そういった部分で先行する他のスパイ・ムービーと差別化が成功しており、だからこそこういった面白い作品になったのだと思えるんです。続編もありそうですが期待大ですね。…と思ってたら、え、なに、続編製作予定はないんだってッ!?なにぃ〜〜ッ!?

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20151119(Thu)

[]最近聴いたエレクトリック・ミュージックその他 最近聴いたエレクトリック・ミュージックその他を含むブックマーク 最近聴いたエレクトリック・ミュージックその他のブックマークコメント

■Exhibitionist 2 (Japan Edition) [DVD] / Jeff Mills

Exhibitionist 2 (Japan Edition) [DVD]

Exhibitionist 2 (Japan Edition) [DVD]

ジェフ・ミルズが2004年にリリースした『Exhibitionist』の続編、CD1枚+DVD2枚セット。『Exhibitionist』はジェフ・ミルズの神業的なターンテーブルさばきをマルチアングルとクローズアップで克明に記録したDVD作品で、同内容のCDも発売されている。あれから11年を経て発表された今作は最新機材の導入が見られるが、基本的にはTR-909を弄っている姿が一番楽しめたりする。また、2枚のDVDでは生ドラムとのセッションも収められている。CDはジェフ・ミルズ久々のフロアーなミックスで、これも必聴なんじゃないかな。 《試聴》

■Woman in the Moon / Jeff Mills

Woman in the Moon

Woman in the Moon

そんなジェフ・ミルズが今年の2月にリリースしていた3枚組アルバムはフリッツ・ラングの無声SF映画『月世界の女』の架空のサウンドトラック・アルバム。ここしばらく宇宙の彼方へ行ったまま帰ってこないジェフ君の相変わらずの「ピローンポヨヨーン」な宇宙音が鳴り渡るが、これがこれまでリリースしていた宇宙音アルバムとどう違うか、と聞かれると答えに困る。しかし3枚組で聴かされるとこれが結構いいのだ。 《試聴》

■Garden of Delete / Oneohtrix Point Never

Garden Of Delete

Garden Of Delete

NYブルックリンを拠点とするプロデューサーOneohtrix Point Neverは今最も斬新なエレクトロニック・ミュージックを作る男だろう。今回の新作も耳が脱臼を起こしそうな痙攣的な変速ビートと一刻一刻驚かされるカラフルな音作りが成されている。エクスペリメンタルとはまさに彼のためにある言葉かもしれない。お勧め。 《試聴》

■Ostgut Ton | Zehn / Various Artists

Ostgut Ton | Zehn

Ostgut Ton | Zehn

ベルリンを代表するテクノ・レーベルOstgut Tonが設立10周年を記念してリリースした30曲入り(D/L版)コンピ。Ostgut Tonはオレもとても信頼しているレーベルで、これは買い。 《試聴》

London Elektricity / Are We There Yet? (Deluxe)

Are We There Yet? (Deluxe)

Are We There Yet? (Deluxe)

ドラムンベース・ユニットLondon Elektricityのニュー・アルバム。相変わらず煌びやかに盛り上げてゆくが、ちょっと音が薄くなったか? 《試聴》

■Tracks and Traces / Harmonia & Eno 76

Tracks and Traces

Tracks and Traces

ジャーマン・プログレ・バンドHarmoniaとあのイーノが1976年にコラボレーションして製作されたアンビエント・アルバム。素朴な音ながらその後のアンビエント・ミュージックにおけるイーノの活躍ぶりを予見させる。 《試聴》

■Collections 01 / Teebs

アメリカ・ロサンゼルスを拠点に活動するアーティストTeebsが2011年にリリースしたアルバム。「コレクション」と名付けられているようにひとつのサウンド・スケッチとして製作されている。 《試聴》

■Defected In The House Miami 2015 / Various

Defected In The House Miami 2015

Defected In The House Miami 2015

UKハウスの老舗レーベルDefectedがいつものように乱発するハウス・ミックス3枚組。オレは意外とこういうのが嫌いじゃなくて、お気楽になりたいときによく聴いている。 《試聴》

■Thank Your Lucky Stars / Beach House

Thank Your Lucky Stars

Thank Your Lucky Stars

米ボルチモア出身のポップデュオBeach Houseの新作だが、いつもはこういうの聴かないのに何曲かのシューゲイザー風味がよくってちょっと聴いてみた。 《試聴》

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20151118(Wed)

[]太陽系8つの世界に版図を広げた人類のエキセントリックな未来〜『汝、コンピューターの夢』 太陽系8つの世界に版図を広げた人類のエキセントリックな未来〜『汝、コンピューターの夢』を含むブックマーク 太陽系8つの世界に版図を広げた人類のエキセントリックな未来〜『汝、コンピューターの夢』のブックマークコメント

■汝、コンピューターの夢 (〈八世界〉全短編1) / ジョン・ヴァーリイ

汝、コンピューターの夢 (〈八世界〉全短編1) (創元SF文庫)

■ジョン・ヴァーリイちゃんと読んでなかった。

突如現われた超越知性により地球を追放された人類は、太陽系外縁で謎の通信ビームを発見。それを解読して得た、卓越した科学技術を用いて自らの肉体を改変し、水星から冥王星にいたる様々な環境に適応して、新たな文明を築く……性別変更や人格コピーさえ個人の自由になった未来を、鋭い予見性と鮮やかな叙情で描く。70~80年代を代表する天才の傑作〈八世界〉シリーズ既発表全短編を、新訳&改訳で贈る。第1巻は7編を収録。

そうだった。実はジョン・ヴァーリイも今まできちんと読んだことの無いSF作家だった。

長編『へびつかい座ホットライン』も『テイーターン』も短編集『残像』もみんな数十年積読したまま実家に置き去りである。今まで唯一読んだのは多分短編「PRESS ENTER■」ぐらいか(あれは傑作だった)。この間早川から出てた短編集『逆行の夏』もスルーである。ファンシーな表紙がげんなりしたし今更ジョン・ヴァーリイじゃないしな、と思ったからである。

そんなオレがなぜ今回この創元社から出た『汝、コンピューターの夢』を突然購入し読もうと思ったかというと「〈八世界〉全短編1」というのがググッと来たからである。「八世界」。おおなんだかゾクゾクしませんか。あ、しませんか。オレはしました。これはもうぬるい表紙で短編集を再編した早川よりも「〈八世界〉全短編」というくくりで攻めてきた創元社の勝ちである。

■太陽系8つの世界

「八世界」とは何か。それは「人類の居住地が、水星、金星、月、火星、タイタン、オベロン、トリトン、冥王星の八つの天体に築かれていることに由来する(解説より)」。あれ、地球は?というと、実はこの未来史において、地球は異星人の侵略を受け、住んでいた人類全てが滅亡していたのである。その時地球外に居住していた人類だけが生き残り、そして地球外世界(すなわち「八世界」)へと版図を広げていった、というわけなのである。この「八世界」での人類の繁栄には訳があった。へびつかい座70番星から謎のデータが送られてきており、人類はそれを解析することで超科学を手に入れ、そして宇宙での繁栄を可能にしたのだ。という訳で地球滅亡から数百年、太陽系八世界に広がった人類はどのような変貌を遂げたのか?というのがジョン・ヴァーリイの「八世界シリーズ」なのである。ね、面白そうでしょ?

ジョン・ヴァーリイの「八世界シリーズ」の特徴はクローン技術により「自由に改変可能な性別と肉体を持った人類」の登場であり、それによる「異星環境へ適応した肉体」であり、「脳内データを移行することにより肉体が滅んでも次々と次の肉体へ乗り換えることで可能になった不死」である。最新のSF作品ではごく当たり前の設定だが、これが当時には意外と衝撃的だった。今まで読んでなかったくせに知ったかぶりこくな、と言われそうだが、実は当時の自分には、この設定が「気持ち悪い」ものだったのでどうにも読み進められなかった、というのがあった。当時はそれだけ異様に感じたのだ。

肉体は精神の入れ物であり、その肉体さえ交換可能なのなら人間は不死、そして精神というのはデータでしかなく、いくらでもアップロード/ダウンロード可能、という設定というのは、人間は畢竟「モノ」である、「モノ」でしかない、ということだ。SFなんだからなんでもアリ、とはいえ、そんな設定が妙にニヒリスティックに感じた(当時は)。そして幾らでも改変可能な肉体、というのは、それは人間である必要すらない、ということだし、何度もとっかえひっかえできる性別、というのは、逆に言うともはやジェンダーに意味はない、ということでもある。つまりジョン・ヴァーリイは「(一般的な)人間という概念」を全部ぶっ壊した所から物語を始めているのである。これはある意味革命的なことだったのかもしれない。

■全てが変化しつつも変わらない"愛"

さて、これらのジョン・ヴァーリイ小説の特徴は、既に何十年も前から言われてきたことで、オレがなにか新しいことを言っているわけではまるでないのだが、それでも今回『汝、コンピューターの夢』を読み終えて気付いたことがある。それは、これだけ「人間という概念」を壊しまくり、ひたすらエキセントリックな新人類とその社会を描きながらも、ジョン・ヴァーリイはただ一点、「愛」だけはどの物語にも存在する、ということだ。これだけ奇異な物語を表出させながら、どの物語にもロマンス要素は必ずと言っていいほどあり、しかもそれが物語の展開に最も重要な役割を与えられているのだ。即ち、全てが変わってしまった人類が、「愛」だけは変わらず持ち続けている、といういうことなのだ。そして、その「人間的要素」ただ一つだけで、これら奇異な人々の登場する奇異な物語が共感可能となっているのである。

これは別に「愛の不滅」を訴えてるとかそういうことじゃなくて、作家ジョン・ヴァーリイの中にそういったロマンチズムがあったからなのだろうと思う。だから、肉体も精神も「モノ」として捉え未来世界を描写する最新SFのニヒリズムと、この一点においてジョン・ヴァーリイは線引きがされる。それによりジョン・ヴァーリイの小説には旧世代SF作家ならでは古臭さと温かみとがある。古臭い、というのは厳密なテクノロジー描写が成されない、という部分にもあるんだが、ジョン・ヴァーリイの興味はそこには無く、肉体や精神の持つ限定されたくびきを全部チャラにした「新しい人間の在り方」を描きたかった、ということなんじゃないかな。

作品それぞれについては特に触れないけど、収録作には特に未訳作品はなく、新訳している程度で、昔っからジョン・ヴァーリイを読んでいる人には用の無い短編集かもしれない。ただ、やはり「八世界」のくくりで日本独自編集されているので、こうしてまとめて読むのは面白いかもしれない。「〈八世界〉全短編」は全2巻の予定で、この2巻目は『さようなら、ロビンソン・クルーソー』というタイトルで来年の2月に出るらしい。この第1巻はオレはとても楽しく読んだので、この2巻目も購入する予定だ。

収録作

「ピクニック・オン・ニアサイド」

「逆行の夏」

「ブラックホール通過」

「鉢の底」

「カンザスの幽霊」

「汝、コンピューターの夢」

「歌えや踊れ」

20151117(Tue)

[]今度の『ブラックオプス』はさらにサイバーになった近未来戦だ!〜ゲーム『コールオブデューティ ブラックオプス III』 今度の『ブラックオプス』はさらにサイバーになった近未来戦だ!〜ゲーム『コールオブデューティ ブラックオプス III』を含むブックマーク 今度の『ブラックオプス』はさらにサイバーになった近未来戦だ!〜ゲーム『コールオブデューティ ブラックオプス III』のブックマークコメント

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FPSゲームコールオブデューティ(CoD) 』シリーズの新作であり『CoD ブラックオプスCoDBO)』シリーズの3作目である『CoDBO3』が発売されたのでいつものごとくいそいそとやっておるのである。え?「こないだ買ったとかいう某や某はクリアしたの?」だって?…いや、まあ、ええと、う〜ん…。

毎度毎度世界的に派手に売れている『CoD』シリーズだが、実は今まで1作目から殆どプレイしている(まあキャンペーンしかやらないんだけどね。マルチ興味無いんで)。少なくとも『CoDモダン・ウォーフェア』までは「おおスゲエ!」と感嘆しつつプレイしていたが、毎年乱発されると、最近のやつはどれがどれだか、頭の中でごっちゃになっている。この『CoDBO』シリーズにしても、「秘密作戦を行っていた特殊部隊が中心」ということはなんとなく分かってるんだが、「2作目ってどんなんだったっけ…」と記憶は遠い霧の中である。そもそも『CoD』シリーズ自体が、毎回楽しくプレイはしているものの、もはや惰性で買っているようなものなのである。

そんなわけでこの『CoDBO3』も「またいつもの近未来戦なのね…未来兵器とか出てきて兵隊さんも特殊能力使えんのね」と思いつつ惰性でプレイし始めたのだが…おおおお、これはこれまでの『CoD』シリーズの中でもかなり面白くできてるんではないか(キャンペーンが)?

時代は例によって近未来である。2065年の世界である。2065年でも世界は相変わらずきな臭く、なにやら危機的なのである。舞台となるのはコミック『AKIRA』みたいな大破壊が起こって壊滅したシンガポールである。そして瓦礫となったシンガポールの街で、「54イモータルズ」というイモータン・ジョーみたいな名前の敵勢力と戦っちゃう、というわけである。なにしろ近未来なんで敵は人間だけではなく最近巷をお騒がせするドローンとか、あとSWのバトルドロイドみたいなロボットが襲い掛かってきたりする。人間の兵士でも強力に装甲のカタイ超兵士とか出てきて、これがまた難儀する。

プレイヤーの操作する兵士は改造手術を受けていて、「サイバーアビリティ」なるものを使うことができる。それにより身体能力は高いは恐ろしげな特殊能力まで発動するわでなんかもうとりあえず未来戦士なのである。身体能力でいうと壁をダダダッ!と走り抜けるウォークランとか高いジャンプが可能なスラストジャンプとかができるようになっている。この辺最近のFPSの流れですわな。「サイバーアビリティ」というのは超怪力になったり敵の兵士やロボットを超能力みたいに遠隔攻撃できたり操ったり、というのができるようになる。いやもう現代戦のFPSなんて昔日の感すらする。

こういった、未来兵器や特殊能力や敵の機械化なんかはこれまでの『CoD』シリーズでもお馴染みなものではあっても、それはあくまで「近未来」の味付け程度だったのが、この『CoDBO3』ではより徹底して「ニュータイプのFPS」として盛り込んであるのだ。今までは目先を変えるための「近未来」だったが、今作ではきちんと「近未来SF」チックなのだ。それはプレイ中に表示できるタクティカルモードの実にサイバーな見た目にもよるだろう。単純に言うと、カッコイイのである。

また、今作では経験値があり、武器や身体能力のレベルアップが可能で、同じマップを何度もプレイしたくなるのだ。物語も相変わらずではあるがドラマチックでいいよ。これまでのシリーズと違い吹き替えと字幕を自由に切り替えられるし、プレイヤーの性別を自由に変えることができるのもいい。なお、キャンペーンモードはXboxOneとPS4、PC版のみに収録で、Xbox360とPS3はマルチとゾンビモードだけになってるみたい。まあ、次世代機でやってなんぼの綺麗なグラフィックなので、この辺は選択肢に困らないだろう。そんなわけで、楽しくやってます『CoDBO3』。

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20151116(Mon)

[][]兄弟同士の因縁が炸裂する格闘競技ドラマ『Brothers』! 兄弟同士の因縁が炸裂する格闘競技ドラマ『Brothers』!を含むブックマーク 兄弟同士の因縁が炸裂する格闘競技ドラマ『Brothers』!のブックマークコメント

■Brothers (監督:カラン・マルホートラ 2015年インド映画)

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■『Agneepath』のカラン・マルホートラ監督作品

熱い。火傷しそうなほど熱い。格闘競技大会でぶつかり合う兄弟を描いた『Brothers』はとても熱い映画だ。主演のアクシャイ・クマールが熱い。シッダールト・マルホートラが熱い。ジャッキー・シュロフは渋い。ジャクリーン・フェルナンデスはボディがホット。アイテム・ガールのカリーナー・カプールは目張りの化粧が厚い。そして監督は灼熱のように熱い映画『Agneepath』(2012)のカラン・マルホートラ。そりゃあ熱いのも納得だ。そしてこの作品、トム・ハーディ主演による2011年公開のアメリカ映画『ウォリアー』のボリウッド・リメイク作で、そちらのファンも気になるんじゃないかな。

《物語》ガリー・フェルナンデス(ジャッキー・シュロフ)は酒にも女にもだらしないクズ男だった。彼には妻と一人息子ダヴィドがいたが、よその女と作った男の子モンティを預かり妻に育てさせた。ある日へべれけに酔った彼は妻と言い合いになり、勢い余って妻を殺してしまう。それから幾年月、刑務所を出所したガリーを迎えたのはモンティ(シッダールト・マルホートラ)だけだった。ダヴィド(アクシャイ・クマール)には母を死に至らしめた父も、腹違いの弟も、憤怒の対象でしかなかったのだ。そしてダヴィドとモンティは二人とも格闘家となっており、おりしも開催されることになった世界格闘競技大会で因縁の顔合わせをすることが決まっていたのだ。

いやーなにしろ熱い映画だった。親子兄弟の因縁と確執が溶岩のようにどろどろとくすぶりながら、それとは裏腹になけなしの愛と尽きせぬ悔恨とが哀切に満ちた描写で語られてゆくのだ。愛と憎しみは表裏一体とは言うが、まさしくそんな物語だ。様々な感情が混沌と混じり合い、むせかえるような情念の渦となって奔出する様は、同じカラン・マルホートラ監督による『Agneepath』を思いださせずにはいられない。愛と憎しみに彩られた大復讐譚『Agneepath』も、この『Brothers』のように悲しい運命に立ち向かおうとする男の物語だった。

■親子兄弟の確執

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父であるガリーは誤って妻を殺めたことに深い悔恨と自責の念を覚えている。しかもそれにより二人の息子は仲違いしている。こうしてガリーは過去と現在の二重の苦しみの中で文字通りボロボロになりながら悶え苦む。このガリーを演じるジャッキー・シュロフ、『Parinda』(1989)や『Khalnayak』(1993)といった古い映画での印象が強かったのだが、調べたら『チェイス!』(2013)や『Happy New Year』(2014)にも出ていた。若い頃と今のオジサマの顔が結びつかなくて気付いていなかった!

フェルナンデス家の長男ダヴィドはそれまで格闘家を引退し、学校教師となっていた。彼は母の命を奪った父を決して許さず、子供の頃仲が良かった腹違いの弟モンティとも父憎しの心が勢い余り絶縁するのだ。実はダヴィドは格闘家を引退していたのが、難病の娘の治療費のために再び闘いの世界に戻る。しかし長いインターバルからコンディションはベストとは言えず、それでもボロボロになりながらも戦いを続けてゆく。今年アクシャイが主演した『Baby』も『Gabbar Is Back』もあまり楽しめなかったが、この作品での満身創痍で戦う姿には流石に見惚れてしまい、今年一番好きなアクシャイ映画となった。

そんな彼を支えるのが妻のジェニー。個人的にはジェニー演じるジャクリーン・フェルナンデスは、モデル顔の美人であるという以外たいして面白味のない女優だと感じていたが、この作品での彼女は一味違う。マルホートラ監督の演出の良さだろう、非常に生活感があり表情が豊かで、実に地に足がついた演技を見せる。夫ダヴィドの暴力的な試合なんか見たくない!と最初TVさえつけなかった彼女が、2回目にはきゃあきゃあ言いながらTVに釘付けになって応援し、3回目では試合会場にまで赴いて観戦する、といった描写がとっても可愛らしい!

そして弟のモンティ。若々しく強力さを備えた彼はストリートファイターから格闘競技大会へと選抜される。不幸な事件があったとはいえ、彼は父も、兄のことも愛している。だからこそ彼は兄が父と自分を絶縁したことに心悩ませる。そして否応なしに兄との対決は迫ってくるのだ。モンティを演じるシッダールト・マルホトラは『スチューデント・オブ・ザ・イヤー 狙え!No.1!!』(2012)でイケメン俳優としてデビューしながら『Ek Villain』(2013)でどす黒い復讐鬼を演じ、そしてこの『Brothers』では混乱に満ちた生をやはりボロボロなって生きる男として登場する。

■戦いの向こうに

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このように、この作品に登場する男たちは皆が皆ボロボロなのだ。それは彼らの人生の中心にあるのが苦痛に満ちた思い出だからだ。その苦痛に父ガリーは成すすべもなく苛まれ、兄ダヴィドは苦痛そのものが存在しなかったと思いこもうとし、ただ弟モンティだけが苦痛と向かい合いそれを乗り越えようとしている。ただどちらにしろ、彼らは、一人ではその苦痛をどうしようもできないでいる。なぜなら、バラバラのままなら相手も自分も赦されず、そして赦さないからなのだ。こうして、どちらが勝とうが負けようが何も解決されない戦いだけが刻一刻と近付いてゆくのである。

映画は前半を家族の葛藤のあらましとその現在とをエモーショナルに物語り、そして後半で格闘競技大会での戦いを迫真の描写で見せてゆく。出場者は誰もが血に飢えたような猛者ばかりだ。この格闘競技の様子は各試合ごとに流れを変え見せ場を作り、十分格闘競技の興奮を伝えるものになっている。これが大いに盛り上がるものだから、逆にもっと見せて欲しい、これだと短い、とすら感じさせるぐらいだ。長いインド映画に慣れてしまい「もっと長くしてくれ」と感じるとは難儀なものである。さて宿命の対決の結果は、その勝利は兄弟どちらにもたらされるのか。果たして彼ら家族に和解と赦しの時はやってくるのか。終局に向けて怒涛の展開を迎える映画『Brothers』、これは魅了されること必至の作品だろう。

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20151113(Fri)

[][]善も無く悪も無く神すらもいない世界〜アジャイ・デーヴガン主演のサスペンス作品『Drishyam』 善も無く悪も無く神すらもいない世界〜アジャイ・デーヴガン主演のサスペンス作品『Drishyam』を含むブックマーク 善も無く悪も無く神すらもいない世界〜アジャイ・デーヴガン主演のサスペンス作品『Drishyam』のブックマークコメント

■Drishyam (監督:ニシカント・カマト 2015年インド映画)

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■少年失踪事件の真相とは?

ゴアの町で起こった少年の失踪事件。容疑者として挙げられたのはケーブルTV会社を営む男ヴィジャイ(アジャイ・デーヴガン)。警官であり、失踪した少年の母でもあるミーラー(タッブー)はヴィジャイとその家族を執拗に尋問する。だが、ヴィジャイには鉄壁のアリバイがあった。失踪事件の背後にはいったい何が隠されていたのか?ヴィジャイとミーラーの火花を散らす頭脳戦が今始まる。監督は『Mumbai Meri Jaan(2008)』、『Lai Bhaari(2014)』(レヴュー)のニシカント・カマト。この作品は2013年に公開された同一タイトルのマラヤーラム映画のリメイクとなる。

実は事件の真相は最初の段階で明らかにされている。主人公ヴィジャイには妻と二人の娘、という家族があった。娘のうちの一人、高校生のアンジュ(イシター・ダッタ)は野外キャンプでシャワーを浴びているところを同じ学校の少年サムに盗撮され、サムはそれをネタにアンジュを脅迫し、性行為を強要しようとする。しかし揉み合ううちに、アンジュはサムを殺してしまうのだ。真相を知った父ヴィジャイは、家族の名誉を守るため、事件を揉み消すことを決意する。ヴィジャイは、映画好きの知識を活かし、警察の捜査方法の裏の裏まで見透かし、家族全員に綿密な指示を与えた後、完全犯罪のアリバイ作りに奔走する。

対する警察官、ミーラーの追求の手はどこまでも執拗だった。ミーラーの勘は、ヴィジャイが"クロ"だと告げていた。ミーラーはたった一つの目撃情報を頼りに、事件前後のヴィジャイの行動を徹底的に洗い出し、ヴィジャイのアリバイのほころびを見つけるために膨大な面談を繰り返す。その尋問はヴィジャイだけではなく彼の家族にまで及び、遂に情け容赦ない暴力の手がヴィジャイの家族を襲うのだ。ミーラーの苛烈な捜査には訳があった。失踪した少年サムはミーラーのたった一人の愛する息子だったのだ。警察官である前に、ミーラーは一人の母として、事件を明らかにし、その犯人に正義の鉄槌を下す必要があったのだ。

■変わりゆくインド産スリラー映画

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2014年後半から2015年に掛けてのインド産スリラー映画が充実している(オレがそれ以前のインド産スリラーをよく知らないのもあるが)。インド産スリラーといえば2012年公開の『女神は二度微笑む』レヴュー)というあまりに秀逸な作品があったが、この作品が一つの転換期であったのかもしれない。しかしこの作品にはドゥルガー神というインドならではの宗教性が背後に隠されていた。一方、幼女誘拐事件を題材とした2014年公開作『Ugly』レヴュー) には、ただただ薄ら寒い人間内面の"醜さ"だけが描かれることになる。同じく2014年公開の『Ek Villain』レビュー)では、「凶悪犯罪への復讐劇」というクライム・ストーリーではありがちな展開に疑問を投げかけ、「そこに"赦し"はないのか?」と問い掛けていた。そして2015年公開の『NH10』(レビュー)では都市部と地方の乖離を描き、その分断の溝を埋めるものが暴力しかない、という凄惨な展開を見せつけていた。さらに2015年公開作『Badlapur』レビュー)だ。ここではその復讐の在り方があまりに苛烈に過ぎる為に、既にして「復讐」それ自体への疑問と無効を描き出しているのだ。

これらの作品に通底するのは、まず一つが「虐げられた者の胸のすく復讐劇」といったエンターティンメント作品にお馴染みのセオリーがもはや通用しないものであることだ。そしてもう一つが、「インド的な宗教性に裏打ちされた、悪に対する善の絶対的な優位」すらも通用しなくなってきている、ということだ。さらに、融和、対話、親愛、といった、かつてインド映画で描かれていた理想とポジティビティが、まるで枯渇し尽くしている、ということだ。ここには絶対的な悪も無く、絶対的な善もない。その善悪の規範となる、"神"の存在すらない。そして、よりよい世の中にしよう、という理想すらない。この徹底的な"虚無"の果てにあるのはなにか。そこには、個々の人々が、それぞれに断絶する、身を切るような【孤独】があるだけである。誰一人信用しない、できない、という【不信】があるだけである。その【孤独】と【不信】はいったいどこから湧き上がるのか。それは目覚ましい高度経済成長の未に豊かで欧米的な生活を手に入れたインド都市部の住民たちが、その欧米的な生活の代償として背負うことになってしまった【孤独】と【不信】なのではないのか。

■善も無く、悪も無く、神すらもいない世界

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主人公ヴィジャイの行動は言うまでもなく犯罪である。自らに非はないとはいえ、家族の起こした殺人事件を隠蔽し、偽のアリバイを作り、完全犯罪を目論むからだ。しかしその完全犯罪の目的は、たった一つ、愛する家族を守るための、止むに止まれぬ理由があったからだ。果たしてこの彼を、完全な悪と言い切ることができるだろうか。一方警察官ミーラーの行動は、司法当局として当然のことであり、そしてまた、失踪した息子を見つけたい、という母として当たり前の心情から起こされたものだ。だが、彼女の尋問の在り方は次第に一線を越え、女性や子供にすら容赦のない、陰湿な暴力へと発展してゆくのだ。果たして彼女を、完全な正義と言い切ることができるだろうか。

もはやここには、善も無く、悪も無い。自らの行為を正当化する神の存在すら描かれない。倫理にも、規範にも、宗教にも、何一つ頼ることなく、主人公ヴィジャイはただただ家族を守るために熾烈な戦いを続けることになる。ここには国家、宗教、近隣コミニュティから分断され、それを欺き、"家族"という最小ユニットのみしか信用しない男の姿がある。もはや自らの寄る辺となるものが、自分と家族のみ、という孤独な男の姿がある。しかもこの物語をたったひとつ正当化する"愛する家族の為"という理由すら、"ミーラーの家族を踏みにじる"という行為によって成立するがゆえに、結局は相対化され、無効になってしまうのだ。この冷え冷えとした虚無こそがこの物語であり、そしてそれは現在のインド都市部の住民が抱える心情のひとつの形であると見ることもできるのだ。

こうして様々な要素が複雑に絡み合いながら物語は展開し、『Drishyam』は深い余韻を残すクライマックスへと繋がってゆく。これはこれまで様々な作品の中で深化していったインド・サスペンスのひとつの結実点なのではないか。寡黙な主人公ヴィジャイを演じるアジャイ・デーブガンはまさにはまり役と思える素晴らしい演技を見せ、警察官ミーラーを演じるタッブーはひたすら冷徹な女を演じ切る。彼らの代表作のひとつとなることは確実だろう。本年度を代表する傑作インド映画として是非お勧めしたい。

なお、この作品には実は東野圭吾原作の小説/映画である『容疑者Xの献身』の盗作疑惑が挙げられている。自分はこの作品を知らないので判断はできないが、「カーヴェリ川長治の南インド映画日記」においてオリジナルのマラヤーラム映画を基に検証されているので、気になった方は御一読を。どちらにしろ映画としての完成度は恐ろしく高いものであることは断言できる。

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20151112(Thu)

[][]片思いの彼の匂いをクンカクンカしまくるの!〜ラーニー・ムカルジー主演映画『Aiyyaa』 片思いの彼の匂いをクンカクンカしまくるの!〜ラーニー・ムカルジー主演映画『Aiyyaa』を含むブックマーク 片思いの彼の匂いをクンカクンカしまくるの!〜ラーニー・ムカルジー主演映画『Aiyyaa』のブックマークコメント

■Aiyyaa (監督:サチン・クンダルカル 2012年インド映画)

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■クールなイケメンに恋しちゃった!?

クールでニヒルなイケメン男性に恋しちゃった女性が、なんとか彼に近づきたい!と思いつつも果たせず、妄想ばかり膨らませているうちに別の男性との結婚が決まってさあタイヘン!?というロマンチック・コメディです。しかし「ああ、インド映画によくあるアレね」と思ったら大間違い、おかしな人たちが次から次へと現れる、なーんだかミョーなテイストに溢れた作品なんですよこれ。主演はラーニー・ムカルジー、イケメン男性をプリトヴィーラージが演じております。

《物語》ヒンディー映画が大好きなミーナークシー(ラーニー・ムカルジー)は夢見がちな女性でした。彼女は大学図書館で司書の仕事を始めますが、その大学で無口でクールな学生スーリヤ(プリトヴィーラージ)に一目惚れしてしまいます。しかしスーリヤはひたすらつっけんどんな男で、取りつく島がありません。ああ…なんとか彼に近づきたい…彼といっしょにあんなことやこんなことをしてみたい…こうしてミーナークシーの想いも妄想も膨らむばかり。遂に彼女はこっそりスーリヤを追いかけまわすようになり、それは次第に度を越してゆくのですが、そんな彼女に家族が結婚話をもってきてしまいます。

■片思い女性の恋の行方

一人の女性の片思いの物語、と書くといじらしいのですが、物語の主人公ミーナークシーは片思いをこじらせた挙句殆どストーカーまがいの行動に打って出る、という部分から既にユニークな作品です。このストーカーぶりはどこかフランス映画『アメリ』を思い出させますが、片思い女性の恋の行方をキュートでポップな美術と物語運びで描いた『アメリ』と違い、この『Aiyyaa』はひたすら【変】な方向へと脱線しまくるところが独特なんですね。この【変】さがコメディとして大いに笑いへと持って行く、というならまだしも、むしろ「なんなのこれ?」と呆気にとられちゃうような訳の分からなさと必然性の無さに満ちているんです。

冒頭ではヒンディー映画好きなミーナークシーが、脳内妄想で女優となり歌って踊る姿が描かれますが、なんだか馬鹿でかいサングラスを掛けチープな電子音楽でヘコヘコ踊ってて、コミカルではありますが「なんか…変」なんですね。そしてスーリヤに恋したミーナークシーが常にとる行動が、スーリヤの残り香をクンカクンカ…クンカクンカ…と嗅ぎまわるというものなんですよ。この「スーリヤの独特の匂い」には最終的に理由が付けられますけれども、しかしヒロインが男性の残り香を嗅ぎまわるなんてロマンス映画はちょっと珍しいし、観ようによってはなんだかキモイかもしれませんよね。

■なんだかおかしな物語?

おかしなのはミーナークシーだけではありません。彼女の周囲の人物たちがそれ以上におかしいんです。まず彼女の家族、父母にしても弟にしても妙に素っ頓狂な人物たちです。さらに彼女の全盲のお婆ちゃんは意味もなくハイテンションでいつも訳の分からないことを喚きまわり、電動車椅子で暴走しまくっています。そんな彼女の家の前にはドでかいゴミ収集箱が置いてあり、近所の家のゴミで溢れかえっているばかりか強烈な臭いを放っています。しかしこのゴミ箱がなにか物語に関わるかというとそういうこともないんです(でも見落としてるかも)。そしてミーナークシーの同僚女性マイナー(アニター・ダーテー)はレディー・ガガに憧れているという設定で、いつも変なファッションと変な言動と変な顔、という強烈な個性を全開しまくっているんです。

この作品の【変】さはあの摩訶不思議なマサラ・ウェスタン映画『Quick Gun Murugun』(レビュー)に通じる部分がありますが、あそこまでシュールに徹しているというわけでもないんです。こんな余計な枝葉だらけの設定と、脇道ばかり逸れるプロット、笑いへと持ち込まず【変】なだけで終わってしまう描写、といった、なんだか収まりの悪いこの作品、通常なら駄作にしかならないのですが、観ていると「ま、いっか」と思えてしまい、なんだか受け入れてしまえるから不思議なんですよ。それはどうやら主演を演じるラーニー・ムカルジーのキュートな熱演に負うところが大きいような気がします。イケメン男プリトヴィーラージの渋い魅力も捨てがたい。こんな具合に『Aiyyaa』はなんだか奇妙ですが愛すべき作品として完成しているんですね。

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20151111(Wed)

[][]リテーシュ君主演、ボンクラコンビの下ネタ連発映画!〜『Kyaa Super Kool Hain Hum』 リテーシュ君主演、ボンクラコンビの下ネタ連発映画!〜『Kyaa Super Kool Hain Hum』を含むブックマーク リテーシュ君主演、ボンクラコンビの下ネタ連発映画!〜『Kyaa Super Kool Hain Hum』のブックマークコメント

■Kyaa Super Kool Hain Hum(監督:サチン・ヤールディー 2012年インド映画)

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ボンクラ野郎二人組がお下劣ネネを振り撒きながら大暴れしちゃう!というインドのお馬鹿コメディです。主演をお下劣コメディといえば彼しかいない!と誰もが納得するリテーシュ・デーシュムク君、その相棒をトゥシャール・カプールが演じております。上のポスター見てください。二人ともとってもマブイ馬鹿顔していますよね。またアヌパム・ケールが例によって味のある脇役として登場し、あれこれボケまくってくれております。

お話はと言いますと、実はこれがあってないようなもの。主人公となるスィド(リテーシュ)はDJを、友人のアーディ(トゥシャール)は売れないCMタレントをやっているんですが、その二人がなんとか仕事にありつこうとドタバタしたり、恋した女性を振り向かせようとジタバタする、といったものなんです。

なにしろ若い血潮の渦巻く二人、もちろん頭の中は軽薄な妄想で一杯、なんだか知らないがいろんなものがシモネタに結びつき、ムフフな笑いを展開しちゃうんですね。チープで薄っぺらいキャラを演じる二人を観ていると、なんだか合成着色料満載のお菓子をお腹いっぱい食べさせらてるみたいな気分にさせられて楽しいです。そして忘れてはいけないのがスィドが飼ってるサクルーという雄のパグ犬。これが精力絶倫で、所構わず交尾しまくり、周囲を大混乱に陥れる、というおまけつきです。

笑いの質としては基本的にダジャレの連発です。だいたいが下ネタに結びつきますが、そうじゃなくともなにしろダジャレなので相当しょもない脱力感覚をもたらします。そこ無理矢理シモ持ってこうとしてないか!?という場面だらけです。英語字幕で観ましたが、ダジャレのレベルが単純なせいか、英語の苦手なオレでも分かり易くて安心しました。逆に言うと、アクションやシチュエーションでの笑いはそれほどありません。

もうひとつはインド映画のパロディ。『The Dirty Picture』の「♪ウララウララ〜」なんかもうこのテのコメディではお馴染ですね。あと『Devdas』の「♪ドーラレドーラレ」もなんだか可笑しかった。特に笑ったのがインド映画監督ローヒト・シェッティーいじり!なんと本人が出てくるのですが、ローヒト監督のヒット作『Singham(スィンガム)』の続編『Chingham(チンガム)』製作発表!なんて訳の分からないシーンまで出てきて『Singham』好きのオレは結構盛り上がりました。ちなみにチンガムはチューインガムが好きなんだそうです。

そしてリテーシュ君でコメディといえば忘れてはいけないのはゲイネタですッ!(ピューピュー)今回のリテーシュ君、ゲイになったり女装したりはしませんが(一瞬だけ妄想で出てきますが)、その代りおホモ様に気に入られ、本人も誤解を与えてしまい、あわや二人は!?という危険な展開を迎えます。おホモ様とぴったりくっついてパラセーリングする破目になってしまったリテーシュ君、お尻のあたりになにやら熱くて固くて長いモノを押し付けられ「あの…ポケットのケータイ、なんかバイブ鳴ってますよ?」などと言っちゃうシーンでは大爆笑でした!

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20151110(Tue)

[][]精子ドナーになっちゃった!?〜映画『Vicky Donor』 精子ドナーになっちゃった!?〜映画『Vicky Donor』を含むブックマーク 精子ドナーになっちゃった!?〜映画『Vicky Donor』のブックマークコメント

■Vicky Donor(監督:シュージット・シルカル 2012年インド映画)

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この『Vicky Donor』はタイトル通りヴィッキーという青年がドナーになる、という作品です。何のドナー=提供者かって?それはアナタ、精子バンクに自分の精子を提供するドナーのことですよ!

物語の主人公ヴィッキー(アーユシュマーン・クラーナー)はニートのボンクラ青年でしたが、そんな彼にチャッダー(アヌ・カプール)と名乗る医師が接触、「君の精子を提供してくれ!」と頼み込みます。チャッダーは不妊クリニックを営んでいましたが、精子提供者に碌な人間がおらず、若くて元気でおまけにニートなヴィッキーに目を付けたのです。最初は嫌がっていたヴィッキーでしたが、いざ始めてみると結構なお金になりウハウハ状態に。そんなある日ヴィッキーは銀行員の女性アシマー(ヤーミー・ゴータム)に恋をし、二人は結婚に漕ぎ着けましたが、ヴィッキーは自分の仕事が精子ドナーだということをひた隠しにしていたんです。しかし…といったもの。

精子ドナーが主人公!ということでキワモノっぽいテーマではあるんですが、確かに前半こそキワモノ的な可笑しさを醸し出してはいるものの、その後の展開に非凡さが光る作品なんですね。まず主人公は自分が精子ドナーということを家族にも恋人にも隠しているんですよ。もちろんそれはいかがわしい行為だと思われてしまうからなんですが、それが発覚して、やっぱり家族からは大批判に遭い嫁さんも逃げてしまいます。しかしそれはそんなにいかがわしいことなのか?というのがこの作品の本当のテーマになるんですね。

インドは家族主義であり、結婚は尊ばれますが、それは子供を作り血縁を残すという大前提があるからでしょう。そんな社会の中で、「子供ができない」という夫婦の辛さは、どこの国でも一緒であろうとはいえ、ことインドでも並大抵のものではないだろうと想像できます。そんな夫婦に福音をもたらしたのがヴィッキーの精子だった訳なのに、そのドナーという行為が誰からも否定されるんです。さらに、そんなヴィッキーの妻が不妊という烙印を背負っているという皮肉さえこの物語にはあります。そんな中で、「本当の幸福とはなんだろう?」という問い掛けがこの物語にはあり、それがクライマックスで大きく花開くんです。

また、物語には直接関係ないとはいえ、ヴィッキーの家族の出身がパンジャブ、妻アシマーの家族の出身がベンガルで、そのお互いの家族が「あんな地方の人間とは家族になれん!」といがみ合う部分が傑作インド映画『2State』を髣髴させて非常に面白かった作品でもありました。こんな作品を撮った監督のシュージット・シルカル、その後シリアスな『Madras Cafe (2013)』やディピカー・パドゥコーン主演のコメディ『Piku (2015)』なんかも撮ってますから意外と才人かもしれませんね。

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20151109(Mon)

[]水利権を巡り暴力と死の横行する暗澹たる未来を描いたSFノワール『神の水』 水利権を巡り暴力と死の横行する暗澹たる未来を描いたSFノワール『神の水』を含むブックマーク 水利権を巡り暴力と死の横行する暗澹たる未来を描いたSFノワール『神の水』のブックマークコメント

■神の水 / パオロ・バチガルピ

神の水 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

■『ねじまき少女』パオロ・バチガルピの最新長編SF作品

近未来アメリカ、地球温暖化による慢性的な水不足が続くなか、巨大な環境完全都市に閉じこもる一部の富裕層が、命に直結する水供給をコントロールし、人々の生活をも支配していた。米西部では最後のライフラインとなったコロラド川の水利権をめぐって、ネバダ、アリゾナ、カリフォルニアといった諸州の対立が激化、一触即発の状態にあった。敏腕水工作員(ウォーターナイフ)のアンヘルは、ラスベガスの有力者であるケースの命を受け、水利権をめぐる闇へと足を踏み入れていく……。『ねじまき少女』で化石燃料の枯渇した世界を描いた作者が、水資源の未来を迫真の筆致で描く傑作。

化けた。傑作SF小説『ねじまき少女』を書いたパオロ・バチガルピがさらにとんでもない領域へと大化けした。

『ねじまき少女』(レビュー)は地球環境悪化とテクノロジーの暴走により異様な世界へと変貌を遂げた近未来を描いたが、同時に舞台であるバンコクの強烈なエキゾチズムが物語の展開をリードしてゆく物語でもあった。もちろん現代SFを代表する必読作ではあるが、環境問題+第3世界とは美味しい所狙ったな、という部分も若干感じなかったわけではない。続いて出版された短編集『第六ポンプ』(レビュー)ヤングアダルト向け作品『シップブレイカー』(レビュー)は「悪くないがこれが本領じゃないだろ?」という気もしていた。そんなバチガルピが満を持して発表した最新長編『神の水』、どうやら内容となるのは相変わらず「地球環境SF」なのらしい。しかも『第六ポンプ』収録の短編作品『タマリスク・ハンター』を発展させた作品、と聞いた時は「ああ、またね」とちょっと舐めた気持ちだった。ところが読み始めて、これがびっくり、想像を軽く飛び越えた凄まじい作品だったのだ。

■水の失われた世界

物語の舞台は近未来のアメリカ南西部。ここの各州が、今とんでもない渇水にさらされている。それもそのはず、もともとアメリカ南西部は砂漠地帯だったにもかかわらず、大規模灌漑と土木事業により無理矢理人の住める土地に変えていたからで、これが人口の爆発により遂に水源確保に破綻をきたしてしまったのだ。それによりアメリカ南西部の各都市はどうなったのか。なんと『神の水』の世界では 、枯渇した水資源の利権を巡り、アメリカの州と州が州境に攻撃ヘリを飛ばして睨み合い、州同士の越境は基本的に禁止となり、水源を失い難民となって住人たちは極貧のバラックに押し込められながらバタバタと死んでゆき、そしてその背後では水利権を我が物にしようと水道局同士がギャングを使って血が血を呼ぶ凄惨な抗争を繰り広げている、といった塩梅なのだ。物語では終始辺り構わず死体が転がっているという、もはや地獄絵図のような凄まじさだ。

SF小説はその「大法螺」を楽しむものだが、この『神の水』では「アメリカ南西部の渇水危機」という実際の社会問題を基にしながら、そこに「アメリカの州同士が対立し、越境は禁止、侵したものは死あるのみ」なんていう、有り得ないような「大法螺」を持ち込んだ部分にまず面白さがある。州と州が一触即発の臨戦状態にある、というのは、アメリカが国家としてもはや機能していない、という暗黒の未来図が物語の背景にあるからなのだろう。そしてこれは、現実問題として存在するラテンアメリカからアメリカ合衆国への不法入国禁止措置を、アメリカの州同士へと変えて見せたものなのだろう。そのせいか、物語全体にはラテンアメリカが現在抱える貧困と犯罪、そして命の安さを、そのままアメリカに移し替えたような暗澹たる光景が広がっている。

■荒涼たる終末の光景

物語の主要人物となるのは3人。「水工作員(ウォーターナイフ)」と呼ばれ、水源公社の命じるまま、水利権確保の為に汚れ仕事を請け負う殆どマフィアみたいな男、アンヘル。水問題を取材するためアメリカ南西部に移り住んだ女性ジャーナリストのルーシー・モンロー。難民となり貧民バラックで明日をも知れぬ生活にあえぐ孤独な少女マリア。この3人の物語が交互に語られ、それが次第に結びつき合って壮絶なクライマックスへと辿り着いてゆくのだ。

この物語の基本トーンとなるのはなによりもまず「水が失われたことにより崩壊した都市群」であり、「水利権の為には他人の命など顧みない有力者とその配下」であり、そして「アメリカ合衆国内で難民となりぼろ雑巾のように生きそして死んでゆく市民」だ。これはもう先ごろ公開され大ヒットした『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(レヴュー)そのままの終末の光景がある。しかし、『神の水』が多くの終末ストーリーと違うのは、世界が今まさに崩れ落ちてゆくその過程を描いていることだ。世界はまだ終わってはいない、そしてその終末を食い止めるために人々はひたすら奔走する。これは焼け石に水でしかないのか。最後の希望は残されているのか。この、絶望と終焉のぎりぎりの瀬戸際でもがきまわり、あがきまわる人間たちの姿がどこまでも生々しい物語なのだ。

■徹底して描かれる無慈悲な暴力描写

この世界で力のあるものはどこまでもその権勢を振るい、暴力も殺人も厭わず、力の無いものはただただ蹂躙され、死んでゆくのみだ。物語の主要人物3人はヒーローですらなく、それはたまたま物語の鍵を握ることとなるキャラクターであるだけで、それぞれは常に降りかかる運命に翻弄され続けてゆくことになるのだ。作品内で描かれる暴力の凄惨さは虐殺と私刑の横行するラテンアメリカの麻薬戦争そのままの地獄絵図であり、むしろこの物語の中心となるのはこの無慈悲極まりない暴力描写なのだ。いうなればこの物語は舞台設定こそSFだが、物語展開自体はダーク・ノワールのそれなのだ。

その為、お行儀の良いSF小説を期待して読むととんでもない虐殺描写にドン引きしまくるSFファンもいるかもしれないので注意が必要だ。だからむしろ最近流行りのスリップストリーム文学だと思って読むのが正しいかもしれない。自分などは麻薬抗争を描くドン・ウィンズロウの傑作小説『犬の力』(レビュー)を思い出した。どちらにしろ娯楽小説としてのポテンシャルは相当に高い。『ねじまき少女』においてバチガルピは崩壊する世界を夢幻の如き筆致で描いたが、この『神の水』においてはどこまで地を這いずり回るような荒涼たる現実を迫真の描写で描き出す。今年は『紙の動物園』(レビュー)も相当に深い感銘を与えるSFだったが、この『神の水』はそれと双璧をなすSF小説であることは間違いない。

ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)

ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)

ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF)

ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF)

yoyoshi yoyoshi 2015/11/23 22:13 初めまして。神の水を読了して胸の内を吐き出したくなり、こちらにたどり着きました。ねじまき少女はバンコクという街そのものが主人公ではないかと思う程、魅力的でしたが米西部はカラッカラ。煙と死臭と砂埃。どうしてもルーシーよりマリアに感情移入してしまいます。アンヘルは魅力的でした。ドラッグオンドラグーンを思い出します。抗え、最後まで。

globalheadglobalhead 2015/11/24 09:06 コメントありがとうございます。いやあ『神の水』凄かったですね!SFというよりバイオレンス・ドラマしていましたが、自分はバイオレンスものも嫌いじゃないので物語の魅力はひとしおでした。今度はどんなことをやってくれるのか、バチガルピの次作にも期待してしまいますね。

20151106(Fri)

[][]甲冑大戦!歴史ファンタジー大作『Baahubali: The Beginning』はインドの『ロード・オブ・ザ・リング』だ! 甲冑大戦!歴史ファンタジー大作『Baahubali: The Beginning』はインドの『ロード・オブ・ザ・リング』だ!を含むブックマーク 甲冑大戦!歴史ファンタジー大作『Baahubali: The Beginning』はインドの『ロード・オブ・ザ・リング』だ!のブックマークコメント

■Baahubali: The Beginning (監督:S・S・ラージャマウリ 2015年インド映画)

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母を救い、奪われた王権を取り戻すため、ひとりの男が立ち上がる!
迫りくる蛮族の群れに立ち向かい、王国の軍勢が鴇の声を上げる!
古代インドを舞台にし、ファンタジックな世界観の中、
秘められた出生、恐るべき陰謀、火花散る戦い、巨大な車輪のように変転する運命のえにしを描く、
2015年インド映画最高の歴史ファンタジー巨編、
『Baahubali: The Beginning』の始まり始まり!

■鬼才S・S・ラージャマウリ監督最新作!

『Yamadonga(2007)』、『あなたがいてこそ(2010)』、『マッキー(2012)』を監督したテルグ映画界の鬼才、S・S・ラージャマウリによる歴史ファンタジー大作『Baahubali: The Beginning』であります。S・S・ラージャマウリ監督がどれだけ鬼才なのかはこれらの映画のレビューを以前ブログに書きましたので是非参考にしてください。

◎全てが破格!抱腹絶倒の《ハエ》アクションムービー『マッキー』

◎家から出ちゃうと殺される!?〜映画『あなたがいてこそ』

◎冥界の神をやりこめろ!〜『マッキー』『あなたがいてこそ』のS・S・ラージャマウリ監督による大ヒットSFXファンタジー映画『Yamadonga』

S・S・ラージャマウリ監督の特徴はといいますと、話のテンポの良さ、そしてVFXの使い方が巧み、そしてなんといっても発想が奇想天外、といったことが挙げられるでしょうか。殺された青年がちっこいハエに生まれ変わって復讐を遂げちゃう!?という映画『マッキー』の、その有り得ない様な着想、そして腹を抱えて笑ってしまうコメディ・センスには脱帽させられました。いや、帽子は被ってないけど。

さらにこのラージャマウリ監督、インド映画に馴染みのない方に説明いたしますと、テルグ地方と呼ばれるインド南部を中心に活躍する監督なんですな。『ムトゥ』でお馴染みのラジニカーントもこの南インド界隈のスターなのですよ。よく一般に呼ばれるボリウッドというのはインド西端の大都市ムンバイを中心とした映画産業界で作られた映画なんですな。要するにボリウッド映画とは一味違う。どう違うのかといいますと、若干、というか、かな〜り、【濃いい】んですな!

■奪われた王権を取り戻せ!VFXに目を奪われる前半部

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まず前半部を紹介します。

巨大な瀑布の前で、赤ん坊を抱えたひとりの老女が謎の兵士に追われていた。老女は命を落とし、残された赤ん坊は村の女に拾われる。シバドゥ(プラバース)と名付けられたその子は、いつしか怪力無双の青年として成長する。彼は「あの滝の上には何があるのだろう…」という強迫観念めいた好奇心に取り付かれおり、遂に滝上の大地に辿り着く。そこで彼はアヴァンティカ(タマンナー)という名の女戦士と出会い、恋をする。彼女の一族はマヒーシュマティ王国という名の国とゲリラ戦を続けており、シバドゥは彼女に協力すべく、その王国に乗り込む。そこで彼は王国に囚われている一人の女が実は自分の母であり、しかも自分がその国の王位継承者であったことを知るのだ。

この前半部でなにしろ最初に目を奪われるのがラージャマウリ監督お得意のビジュアル・エフェクツ大盤振る舞いです。オープニングの舞台となる巨大な滝はあまりにも高く幅広く、その水は異世界から落ちてきているかのようでもあります。続くマヒーシュマティ王国の輝きわたる宮殿とその広大な敷地を俯瞰する映像もVFXで作られ、威容を誇るこの宮殿の映像は何度見せられても驚かされます。アヴァンティカを強引に口説くシバドゥの恋の駆け引きシーンもなかなかにロマンチックでファンタスティック。

ただねえ、この前半部、期待が大きすぎたせいもあったのか、なんだかイマイチ乗れないんですよ。とても丹精込めて作られているんですが、どうも全体的にお行儀が良過ぎるし、綺麗に撮り過ぎているんですよ。ハッチャケ方が足りない、というか、馬鹿な事してくれない、という物足りなさがあるんですね。まあ確かにシバドゥの怪力ぶりは漫画の領域だし、その口説き方も実に男目線でアホアホだし、戦闘シーンもVFXいっぱい使って盛り上げているんですが、「描写が過剰過ぎてついつい笑ってしまう」という楽しさに欠けるんですね。なんかこれあんまり向いてそうにない文芸路線をやろうとしてねえか?と勘繰っちゃうんですね。「ラージャマウリ監督の本領はこうじゃないだろ!?」とついつい思えてしまうんですよ。

それと併せ、主人公シバドゥのキャラクターがシンプル過ぎて共感し難い、という部分がありますね。彼の行動には動機が希薄なんですよ。「滝昇ったら別の世界があった」「いい女いたから口説いた」「女にそそのかされて王国にいったら母親がいた」と、行き当たりばったりで、強烈な行動原理をひとつも感じさせないんですね。止むに止まれぬ"理由"とか、心に囁きかける"得体の知れぬ何か"とか、そういうモヤモヤした感情や突き上げる衝動が存在しないし描かれないために、観ているほうは主人公の行動をただ眺めているだけで置いてけぼりにされちゃうんですよね。まあいってみれば主人公はほぼ"神格"に近い存在ですから、そう描いてしまったためのつまらなさ、面白味の無さなのかもしれませんね。

■蛮族から王国を守れ!凄まじい戦乱の嵐が吹き荒れる後半部

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そして後半部です。

物語後半は時代を遡り、マヒーシュマティ王国の王位継承権を巡る骨肉の争いと、王国に迫る蛮族との血で血を洗う大戦争の様が描かれてゆく。マヒーシュマティ王国の王が崩御し、その王位は王の息子アマレンドラ・バーフバリ(プラバース)か従兄弟のバッララデーヴァ(ラーナー・ダッグバーティ)のいずれかに授かることになるが、二人はまだ幼かったためにその成長を見届けることとなった。そんなある日、凶暴な蛮族カーラケーヤ一族がマヒーシュマティ王国に戦いを挑んでくる。圧倒的な数で挑んでくるカーラケーヤ一族に王国は存亡の危機に立たされるが、この時、アマレンドラ、バッララデーヴァの二人に、カーラケーヤ一族族長の首を取った者を王に任命する、と女王からお触れが出されるのだ。

さあさあこの後半部でやっと『Baahubali: The Beginning』の真骨頂を見せつけられます!前半部から時代を遡り「かつてマヒーシュマティ王国で何が起こったのか?」が描かれてゆくのです。幼い二人の子供の王位継承権を巡る王族同士の血腥い争いから始まり、二人の王子の成長とその性格の対比が描かれた後、物語は凶悪な蛮族カーラケーヤとの戦乱の空気が次第に高まってゆきます。そして遂に戦乱の火蓋が切って落とされるのです!

数々の近代兵器とローマ軍のように統率のとれた兵士を擁するマヒーシュマティ王国軍、それに対し装備こそ劣るものの圧倒的な数と残虐な性格、さらに見た目の気色悪さを兼ね備えたカーラケーヤ一族との戦いは、数え切れないほどの大軍勢と大軍勢がぶつかり合う大戦争として描かれるんです。無数の兵士がお互いの肉を切り骨を断ち、次々とぼろ雑巾のようになって死んでゆくその光景は『ロード・オブ・ザ・リング』のクライマックスを思わせる凄まじいものなんです!

なにより小汚くて見た目の気色悪いカーラケーヤ一族が、『LOTR』に出て来るサウロン勢のオーク兵にしか見えない!しかし『LOTR』が中世ヨーロッパを思わせるビジュアルだったのに対し、こちらは古代インドにインスパイアされたビジュアルですから、もっとこってりとしたエキゾチズムが横溢しているんですね。このシーンにおける『Baahubali: The Beginning』はインドの『ロード・オブ・ザ・リング』と言っても過言ではないでしょう!

そしてここで活躍するアマレンドラ、バッララデーヴァの王子二人の戦いは、もはや人間の能力を超えた鬼神の如き無敵の無双っぷりを見せつけるんです。そうそうこれだよ!この無敵無双こそがインド映画だよ!鬼神なのは当たり前、彼らには破壊の神シヴァがついているんだからね!重力も力学も関係ない!彼らは神の理によって戦っているんだもの!こうして物語はあたかもインド神話の一ページを見せられているかのような光景へとなだれ込み、大いに盛り上がってゆくのですよ!

そして!『LOTR』が3部作の映画だったように、この『Baahubali: The Beginning』も前後編2部作の前編だったのですね!シバドゥは見事王になることができるのか!?戦乱のマヒーシュマティ王国がどのようにして暗黒面に落ちたのか!?次回完結編である来年2016年公開予定の『Baahubali: The Conclusion』を待つのですよ!

(※輸入DVDソフト買われる方、本作のDVD製品は音質が歪んだりとあまりよくないのでBlu-rayでの購入をお勧めします)

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20151105(Thu)

[]今更ながらにブラッドベリの『火星年代記』を読んだらピューリタニズムの話だったというのが分かってびっくりした 今更ながらにブラッドベリの『火星年代記』を読んだらピューリタニズムの話だったというのが分かってびっくりしたを含むブックマーク 今更ながらにブラッドベリの『火星年代記』を読んだらピューリタニズムの話だったというのが分かってびっくりしたのブックマークコメント

■火星年代記 / レイ・ブラッドベリ

火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)

■ブラッドベリ『火星年代記』を長きに渡る積読からやっと解き放つ

レイ・ブラッドベリは、SF作家としても幻想文学作家としても相当に名の通った作家であり、オレも好きな作家ではある。しかし実際のところオレにとってブラッドベリは、初期の短編集『10月はたそがれの国』のみを熱狂的に支持しているという作家で、それ以外の有名作は殆ど読んでいなかったりするのだ。ブラッドベリの代名詞でもあるこの『火星年代記』も実は読んでいなくて、実は読み始めてもピンと来なかった為に今までずっと放置していたのだ。そんなブラッドベリの『火星年代記』を、今回やっと重い腰を上げ、10代の頃に積読して以来30年以上ぶりに手にしてみたのだ。するとこれが、最初に持っていた印象と違う作品だったのでびっくりした。

『火星年代記』は地球人が火星に探検に出掛け、そこで火星人との衝突がありながら、当の火星人はある理由から滅亡し、それにより地球人による火星植民が可能になるが、しかしかつての火星人の"スピリット"は依然として火星を彷徨っていた…という物語だ。一見火星を舞台にしたSF作品のように見えながらも実はSFではなくファンタジイであり、そして何故ファンタジイかというと現実的な世界(地球/火星)を舞台にしたものというよりはこれらの舞台を借りた「寓話」である、というのが本作なのだ。

■『火星年代記』の持つアレゴリー

火星人滅亡の原因が「水疱瘡」であるというのは他愛の無い細菌で死滅した『宇宙戦争』の火星人を真似たものではない。インカ帝国の滅亡はスペイン軍の武力のせいではなく彼らの持ち込んだ天然痘が主な原因であったらしいし、ヨーロッパ大陸からの移住者が持ち込んだ病原菌により南北アメリカの原住民はコロンブスの新大陸発見以前になんとその95%が葬り去られてしまったのだという(『銃・病原菌・鉄』ジャレド・ダイアモンド参照)。つまりこの作品はそういった寓意を背後に持つ作品だということだ。

その"寓意"の本質にあるのは「旧世界から新天地へ」というアメリカ成立の歴史であり、いってみればこれはピューリタニズムの話なのだな、と思えた。アメリカ成立の陰にはネイティブ・アメリカンの虐殺・放逐があったが、これら闇に葬られたネイティブ・アメリカンの"スピリット"を決して忘れ去ってはいけない、そしてその"スピリット"は今でもアメリカの大地に根を張っているのだ、こういった想いを「絶滅した火星人」に仮託したのがこの物語なのではないのか。これはある意味作者ブラッドベリの信仰者としての【良心】だったのではないか。

これが端的に表れた作品が「新世界での神の顕現の是非」を問う、いわばキリスト教論議ともとれる『火の玉』であり、ここでは、消え去った民族である火星人/旧民族に限りない敬愛を注ぐ様が描かれているではないか。そして火星に植民した地球人は次第に「火星人」となってゆくさまが描かれるが、それを「失われた民族がもう一度再生する」ととるならば、これこそはかつての旧世界人への【鎮魂】に他ならないのではないのか。

この『火星年代記』はただ宇宙ファンタジーとして読んでも全く構わないが、こういった寓意を読み解く時に、「アメリカ人の心の底に棲む何か」がゆらりと立ち現れてきて別の観点から興味深く読み進めることのできた物語だった。・・・とまあそんなことを読みながら思ったのだが、読み終えてからあれこれの書評に当たってみると、この作品の持つこういった解釈の仕方は随分前から一般的なものだったようだ。なーんだ…。

■《新版》の『火星年代記』

なお自分が読んだ『火星年代記』は2010年に早川書房から刊行された《新版》の『火星年代記』である。この《新版》は1950年出版されたオリジナル《旧版》を、1997年に改訂版として出版したものの翻訳なのだが、実はこの新・旧版で内容が違うのだ。まず作者による序文が付け加えられ、さらに作品の舞台となる年数を31年繰り下げているのだ。つまり、旧版では舞台が「1999年」であったものが、新版では「2030年」になっている、といった具合だ。そして幾つかの作品が差し替えられている。なんと、旧版をずっと積読していたおかげで、新版で初めて『火星年代記』に接した、という奇妙な体験をした、というわけなのである。

火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)

火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)

20151104(Wed)

[]悪い宇宙人はとりあえず皆殺しなんだッ!?〜ゲーム『Halo 5:Guardians』 悪い宇宙人はとりあえず皆殺しなんだッ!?〜ゲーム『Halo 5:Guardians』を含むブックマーク 悪い宇宙人はとりあえず皆殺しなんだッ!?〜ゲーム『Halo 5:Guardians』のブックマークコメント

■Halo 5:Guardians (Xbox One)

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『Halo』シリーズの新作『Halo 5:Guardians』が遂に次世代機で発売!ということらしいのでとりあえず買ってやっておるのだよ。『Halo』というのは宇宙を舞台にしたSFタイプのFPSでだな、マスターチーフっていうごっつい強化アーマー着た兵隊さんが主人公となり、人類の平和の為に不細工な宇宙人を皆殺しにする、というとても楽しい物語なわけなんだな。ちなみに『Halo』は「ヘイロー」と読むんだな。ゲームはマイクロソフトゲーム機独占だからプレイステーションじゃできないので興味を持った人はさっさとXbox Oneを買うこっちゃ!

一応今回のお話は4人1組の小隊である「ブルーチーム」と「ファイアチーム オシリス」というのが出てきて交互にお話を進めていくことになる。らしい。この「ブルーチーム」には例のマスターチーフがいるんだが、「コルタナ」というシリーズでもおなじみの女性型A.I.になんらかの理由でそそのかされ、自分の小隊と一緒にフラフラと宇宙の彼方にいっちゃったもんだから、「ファイアチーム オシリス」の面々が「マスターチーフはん何してますのん」と探しに行き、ついでに出会った宇宙人の皆さんを皆殺しにしてゆく、といったお話になっている。

とはいえ、実はオレ『Halo』シリーズのお話ってよく分かってないというか全然興味が無くてな。人類存亡の危機がどうたらいうお話ではあるらしいが、そもそも無意味にややこしいし、「なんか宇宙戦争している」「宇宙人と出会ったらとりあえず皆殺し」という認識しかしていないのだよ。だからシリーズ5作ともなんとなく全部やってるのだが(ただし2作目は途中でデータぶっ飛んだのでムカついて売り飛ばした)、「この人たちはいったいなぜこんなにワチャワチャしているのだろう…」とずっと謎に思いつつ「でも宇宙人皆殺しにしてればいいんだろ?」程度の気持ちで5作もやる続けているんだな!もちろん他の4作のストーリーは全然覚えて無い!

5作も続けて宇宙人皆殺しにしておきながらここまで雑な対応なのは、『Halo』シリーズってそんなに思い入れないしあまつさえたいして面白いシリーズだと思ってないからなんだよな…あ、言っちゃった。なんだろなー無意味にややこしいお話もかったるいし、なんかSFデザインがキラキラツヤツヤしている上に未来的目指しながら無駄に変なデザインになってるだけとかなー。あと皆殺しにする敵の宇宙人のデザインもつまんないんだよなー。これだったらやはり宇宙人を皆殺しにする『Gears Of War』のほうがまだSFデザインとして好きだわ。あと銃の挙動がいまひとつ好きじゃないのが最大の原因かな。

とは言いつつ新作出るとやっちゃうのは、それほど多くないSFタイプのFPSだからというのと、宇宙人を皆殺しにできることと、Xboxマシンが好きなので、そこ専用のFPSはやっぱりやっときたい、というのがあるんだよな。それと、今回もプレイしてて思ったけど、止め時の分からない面白さ、宇宙人皆殺し、そして出来の良さというのはあって、それでついついはまっちゃうんだよね。ただなにしろ銃の挙動が好きじゃないので、面倒臭くなってくると敵ぶん殴って皆殺しにしてばっかりだけどな!そんなわけで今回も宇宙人を皆殺しにしながら楽しくプレイしております。なにしろ宇宙人は皆殺しです。皆殺しです。皆殺しです。皆殺しです。

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Halo 5: Guardians - XboxOne

Halo 5: Guardians - XboxOne

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20151102(Mon)

[][]悪の組織と戦う正義のヒーロー・ムービー『Mr.India』! 悪の組織と戦う正義のヒーロー・ムービー『Mr.India』!を含むブックマーク 悪の組織と戦う正義のヒーロー・ムービー『Mr.India』!のブックマークコメント

■Mr.India (監督:シェカール・カプール 1987年インド映画)

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アベンジャーズ』や『バットマン』『スーパーマン』など、ハリウッド製のスーパーヒーロー・ムービーは製作される端から大ヒットを飛ばしていて日本でもファンの方が多いだろう。一方インド映画にも、これらに負けないスーパーヒーロー・ムービーが存在する。最近ではリティク・ローシャン主演の『クリッシュ』(レビュー)、シャールク・カーン主演の『ラ・ワン』(レビュー)、そしてラジニカーント主演の『ロボット』(レビュー)あたりが記憶に新しい。

さらに遡ると、1997年から2005年にかけてインドの全国ネットTVで放送されたスーパーヒーロー番組『シャクティマーン』なんていうのがあり、それと同じ製作者により2002年から50エピソード余りが放送された『アーリャマーン』というTVシリーズも存在するのだ。ちなみにこの『シャクティマーン』『アーリャマーン』に関してはこのオレが映画評同人誌『Bootleg CATALOG』にて入魂の力作記事を書いているので、皆さんにあられましてはこれを買って読むがいいのである。現在『Bootleg CATALOG』新宿ビデオマーケットさんにて絶賛発売中だ!定価1000円なのでそこんとこヨロシクなのである。

さて、それらスーパーヒーローよりもさらに古いインドのスーパーヒーロー・ムービー、それが今回紹介する『Mr.India』である。ミスター・インディア。それはムキムキ&ギンギラギンのこんな物凄いインド人である。

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あ、違った、ホントはこんな見た目のしょぼいおっさんである。

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「見た目のしょぼい」などと書いてしまったが、実はこの人、アニル・カプールである。大人気TVシリーズ『24 -TWENTY FOUR-』、ハリウッド映画『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』『スラムドッグ$ミリオネア』などにも出演している世界的インド映画スターなのである。でもまあ…『Mr. India』におけるアニル・カプールはやっぱり見た目のしょぼいおっさんなのである。そもそものっぽさんみたいな帽子に哀愁を感じさせる。こんな見た目のしょぼい、見るからにお金の持ってそうにないおっさんがどうしてスーパーヒーローなのかというと、なんと秘密兵器で体を消すことができるのだ!なんだか『指輪物語』みたいだね!いとしいしと!で、あとはどんな特殊能力を持っているかって?…ええとそのう…消えるだけだよ!消えるだけで十分じゃないか!

そのミスター・インディアが戦うのはインド征服を企む悪の帝王モガンボである。モガンボはこんな恐ろしい奴なのである。

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あ…間違えました、これはガガンボです、こっちのほうが本当のモガンボです。

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いやー悪の帝王の貫禄満々ですね。このモガンボを演じるアムリッシュ・プリーは『ガンジー』や『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』にも出演している俳優なんだね。この顔を見れば思い出す人もいるんじゃないかな!

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このモガンボがムンバイの沖合にある孤島にショッカーみたいな秘密基地を作って恐ろしい計略を企てているというわけなんだ。ちなみにこの写真は神奈川県の沖合にある猿島で結成式を行うゲルショッカーの皆さんだよ!

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さてミスター・インディアの本当の姿は孤児院、通称「ちびっこハウス」を営むアルンという男性なのだ。これがアルンさんと孤児たちの暮らす「ちびっこハウス」だ。アルンさんは孤児だった子供の頃ここを飛び出して虎の穴に拾われ悪役レスラーとして売り出したんだね。…あ、それはタイガーマスクだった。

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ちびっこハウス」で暮らす孤児たちは元気いっぱいのいたずらっ子ばかり。そんな子供たちにアルンさんは朝目を覚ますのが遅いからといって水をぶっかけたり、資金繰りが苦しいという理由で3日も食事を与えなかったりしてるんだね。…う〜ん、普通に虐待じゃねえか。

アルンさんは「ちびっこハウス」の運営資金を得る為に、ハウスの一部屋を新聞記者の女性シーマに貸すんだね。シーマは正義の味方ミスター・インディアに恋をするのだが、その正体は下宿先のしょぼいおっさんだった、という事に気付かないという部分がこの作品の見所となる。そしてこのシーマを演じるのが『マダム・イン・ニューヨーク』のシュリデヴィさんなんだね。とはいえ、『Mr.India』はシュリデヴィさんの若い頃の作品だから、別にマダムとミスター・インディアがラブラブになるという話じゃないからね!『マダム・イン・ニューヨーク』はいい映画だからみんなで観よう!

さてこのいろいろ大変な「ちびっこハウス」を狙って悪のモガンボ団がガガンボのように襲い掛かってくるというわけなんだ!インド征服を狙う悪の組織なのに孤児院襲うとかやることがちっちゃいね!世界征服を狙ってるくせに商店街とか養老院とかばかり襲っているショッカーそっくりだ!そしてアルンさんは「ちびっこハウス」を守る為、ミスター・インディアとなって悪のモガンボ団と対決するというわけだね!まあこういう映画なんで全体的に子供向けのテイストなんだけど、なにしろモガンボ団のビジュアルが相当に可笑しくてそこは結構楽しめたな!

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