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メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20151230(Wed)

[]行きやがる年 来やがる年 行きやがる年 来やがる年を含むブックマーク 行きやがる年 来やがる年のブックマークコメント

さて本年もあと僅かということで今年一年を振り返りこのオレ様がどんだけ益体もない日々を過ごしていたのか無理矢理思い出したい。
なお、11月分にはちょっとコワイ話が書いてあるのでお楽しみにね!

1月

伊豆シャボテン公園カピバラを観に行ったら伊東まで電車で辿り着いたのに雪でバスが動いておらず泣く泣く帰ってきた。
年末年始の反省 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

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○母が亡くなった。
告別 / 母のこと - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

○前回雪で行けなかった伊豆シャボテン公園に再びチャレンジした。
伊豆シャボテン公園カピバラ・リベンジ!? - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

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2月

特にこともなく2月は穏やかに過ぎて行ったのであった。

3月

○埼玉県こども動物公園にカピバラを観に行った。
埼玉県こども動物自然公園にカピバラを見に行く - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

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4月

○上野にある伝説の珈琲店「北山珈琲店」で2500円する究極の珈琲を飲んできた。
伝説の珈琲店「北山珈琲店」で究極の珈琲を飲む - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

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5月

○1年弱通っていた歯医者の通院が終わるその日になぜだか歯医者で頭に怪我をした。
そういえば歯医者の通院が終わってた、そして歯医者で怪我をした。 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

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6月

○6月は動物園三昧であった。まずは那須サファリパーク。
那須塩原カピバラ三昧旅行 (その1 那須サファリパーク篇) - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

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○そして吊り橋。
那須塩原カピバラ三昧旅行 (その2 吊り橋と殺生石篇) - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

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○そして那須どうぶつ王国
那須塩原カピバラ三昧旅行 (その3 那須どうぶつ王国篇) - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

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○相方さんのお誕生日会ということで横浜元町のステーキハウスに行ってきた。
横浜元町のステーキレストランでお食事 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ 

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7月

○お誘いがあり怪獣酒場に行ってきた。
そこは怪獣酒場だったッ!? - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

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8月

伊豆シャボテン公園カピバラを観に行ってきた。カピはスイカを食べておった。
スイカ!とうもろこし!伊豆シャボテン公園カピバラ旅行・夏! - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

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9月

○オレの誕生日だったのでレッド・ロブスターでデカいエビを食ってきた。
お誕生日はレッドロブスター - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

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10月

○「IFFJ/インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン2015」でインド映画2本を連荘して観てきた。
IFFJ/インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン2015で『ラムリーラ』と『バン・バン!』を観た - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

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11月

Facebookのアカウントがハックされ多額の請求がきてエライ目に遭った

これ、特に日記に書いてなかったんでここでかいつまんで説明しますね。

11月初旬でしたか、登録はしてあるもののたいした使ってないFacebookから何やら通知が来たんですね。内容はと言うと「あんたがいつも使ってる端末以外からゲームに課金がされてあんた宛に請求が発生してるんだけど、これ確かにあんたなの?」といったもの。何事かと思って詳しく見ると、「Clash of Kings」というタイトルのモバイルゲームの課金で、計5回、総額411,684円の課金がされている。しかもこの課金以前に、日本の幾つかの都市と、さらに上海からオレのアカウントでログインしようとした形跡が幾つもある。うわーやっべー、これって誰かがオレのアカウント乗っ取ってゲームで金使いまくってるってことじゃん、しかも方々の都市からのログイン形跡があるってことはオレのアカウントが不特定多数にばらまかれてるんじゃねえのか。気づいた時にはさすがに血の気が引きましたね。

調べるとFacebook経由によるアカウント乗っ取り被害というのは割とあるのらしく、原因や対策が書かれたウェブ・サイトも見つけました。それによるとハッキングはフレンド登録だけで出来てしまうので、未知の相手は登録しないほうがいいこと、早急にFacebookなりカード会社に連絡し、パスワードも変更することなどが書かれていました。しかしそもそもなんでFacebook経由でカード番号分かってしまったんだろう、Facebookでお金使うことなんかないのに…と思ったんですが、よく考えたらFacebookで一度災害義捐金を送ったことがあり、その時に登録していたんですね。なんだよ、親切が仇かよ、二度とFacebookで募金なんかしねえ、とまで思っちゃいましたよ。

とるものもとりあえずFacebookには「不正請求だから差し止めやがれ」とメールを入れ、カード会社にも同じく連絡し、ついでにカードも現在の物を廃棄し新規のものを作ってもらうことにしました。このテのカード請求は請求から引き落としまで10日以上間があるので実際の被害はまだ出ていない状態だったのですが、また別の手口で請求が来ることも考えられましたから。当然パスワードは変更しました。そして1週間後ぐらいにFacebookでは請求が差し止められ、カード会社は相殺の形で請求が消えていました。とまあ結果的に被害が無くて済んだのですが、なにしろ気持ちの悪い事件でしたね。

今回のことでまず、Facebookとのやりとりは海外にあるFacebook, Inc.を相手にすることになるのでレスポンスが悪いということ、さらにFacebook側の対応が歯切れがよくないこと、さらにSNSが本分の会社であるにもかかわらずフレンド登録程度でハッキングされてしまうような脆弱性が放っておかれていること、おまけにこちらの問い合わせに訳の分からない返信をよこした上、もう少し詳しく説明するように要求したら「こっちもやってんだからしつこく問い合わせすんな」といった内容の碌でもない返答が来たこと(問い合わせは一度しかしていないし、しかもすぐその後別の担当者らしき人間から丁寧なメールが来た)などから、相当Facebookには印象を悪くしました。

とまあそんなわけだったんですが、今回の事でネット上で使っているいろんなパスワードを全部変えてしまったために、今どれがどれやら分からなくなって結構難儀しています。いやー、これに限っては記憶力の悪いオレが全部悪いんですけどね!

12月

○ワッシュさんの「音楽映画ベストテン」に参加した。割と頑張って書いたんだがあんまり注目されなかったのでいい機会だから読んでおくれよ!
ワッシュさんの『音楽映画ベストテン』に参加するぜシャゲナベエベー!! - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ 

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◎今年のまとめ

いやー、こうして並べてみるとカピバラばっかり観に行ってた1年でしたね!他にもいろいろやってたんですけどね!部屋にこもってインド映画DVD観てたりとか部屋にこもってブログの原稿書いていたりとか部屋にこもってゲームやってたりとか、もう盛り沢山の充実した一年でしたよ!

それでは『メモリの藻屑、記憶領域のゴミ』は本年はこれで御仕舞ということにさせていただきます。皆様来年もよろしく!よいお年を!

「じゃあまたね」

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20151229(Tue)

[]12月の反省 12月の反省を含むブックマーク 12月の反省のブックマークコメント

例によってオレがInstagramでちまちまと載せている写真を並べながら12月の反省などをしてみたい。オレのInstagramここなので観たい人は観るといいしフォローしたい人はフォローすればいいのである。

12月某日

涙が出るほど久しぶりに寿司屋なんぞに入り、座敷にあがってオレの愛して止まない相方さんと一緒に寿司など摘みつつ熱燗なんぞを舐めていたのであった。

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そして寿司屋の畳の縁はやっぱり寿司屋なのであった。

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12月某日

そこにタンク3兄弟は鎮座していたのであった。

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12月某日

映画『マッドマックス 怒りのデスロード』が好き過ぎてあれこれ買ったのを並べつつにんまりしていたのであった。

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12月某日

近所の八百屋に並んでいたそれは一見唐辛子?と思わせといて実はトマトだったのである。「乙女の涙」なんぞというおセンチな名前で呼ばれちゃっているらしい。

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12月某日

台所の棚を整理していたらチリ・ペッパーの瓶が3つも出てきて、オレはいったいどんだけ辛いの好きなんだと呆れ返る。

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12月某日

またもビールの日々。

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12月某日

会社帰りのすっかりと暗くなった師走の町にぽっかりと浮かぶステンドグラスの模様はウサちゃんなのであった。

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12月某日

老眼が進んできているようなので眼鏡を新調したのだが、どうも合わなくて難儀している。

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12月某日

クリスマスが近づきバスの中まできんきんきらきらにデコられているのであった。

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12月某日

というわけでクリスマス。この日の為に特別に買った梅錦ビールという地ビールを並べてみた。特別な日にふさわしい美味いビールなのだ。

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そしてこの日はオレの愛して止まない相方さんが腕によりをかけてラム・チョップを焼いてくれたのであった。醤油味が2本、塩コショウ味が2本、計4本の満腹ラム・チョップ体験で至福の時であった。

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12月某日

あいほん6s買った。黒っぽいやつ。勢い余って本体は全額即金で払った。後悔はしてない。

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12月某日

そしてラーメン食いつつ師走は過ぎてゆくのであった。

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20151228(Mon)

[]2015年オレ的映画ベストテン!! 2015年オレ的映画ベストテン!!を含むブックマーク 2015年オレ的映画ベストテン!!のブックマークコメント

さて今年観たインド映画以外の映画ベストテンをお送りします。実のところ、例によって家でインド映画DVD観るのに忙しくて、今年もそんなに劇場で映画観てないんですよ。あと最近劇場に行くのが億劫になってきてねえ…。年取るとどんどん気力体力衰えてくるんですわ…。そんななので「ベスト10」なんていうのもおこがましくて、むしろ「つまんなかった映画を省いたら10本ぐらいになっちゃった」程度のものです。しかも並べてみたら殆ど大作ばかりでそれほど面白味のないベストテンなんですが、どうかご勘弁を!では行ってみよう!

第1位:マッドマックス 怒りのデス・ロード (監督:ジョージ・ミラー 2015年オーストラリア/アメリカ映画)

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もう今年はこれ1本だけで十分なぐらい超弩級の大傑作でしたね。今年No.1どころかオールタイムでベストテンに入れておきたい名作でしょう。この作品自体が今後現れる映画作品の試金石ですらあり、そしてマイルストーンであると言えるでしょう。こんな作品の誕生に出会えたことは本当に喜びです。非常に素晴らしい作品でした。

『怒りのデス・ロード』においてマックスたちは、人智を超えた恐るべき暴虐と不可能にすら思える試練を乗り越えギリギリの生死の境から生還を果たそうとする。そして神話は、その英雄譚は、困難の中に旅立ち、幾多の苦難に出遭いながら、それに勝利して生還する英雄の姿を描く物語である。その姿を通し、不条理な生と死の狭間に生きねばならない人の運命に、道筋を与え、その意味するものを掘り下げてゆくのがこの寓話の本質にあるものなのだ。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』はその神話に新たな章を刻み付けた作品であり、我々はそこで展開する原初の物語に、太古から無意識の血の中に存在している英雄たちの姿に、生の本質と、乗り越えるべき運命を見出す。だからこそ我々は魂をも揺さぶる大いなる感銘を受け、そして歓喜するのだ。

マッドマックス、スター・ウォーズ、そして新たなる神話の物語〜映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

第2位:スターウォーズ / フォースの覚醒 (監督:J・J・エイブラムス 2015年アメリカ映画)

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ルーカスの手を離れた新生SW第1作は、結局のところ従来的なSWという概念から一歩も出ることのない新鮮味に乏しい作品でしたが、にもかかわらずこういう形にしか作れなかっであろうことも容易に想像でき、一つの巨大な文化現象となったSW自体の抱える「業」のようなものすら感じてしまいました。そんな作品を第2位にしたのは、SWという作品大系が既にして映画の範疇を凌駕した「何か」と化していることをまざまざと見せつけられた、という部分があったからです。

さてそれではこの新たなる3部作の1作目である「フォースの覚醒」は何なのか、1〜6作に対して何であるのか、というと、これはもう「再会の物語」である、と言い切っていいでしょう。誰もが知るようにこの『フォースの覚醒』には「ルークの物語」で登場した主要人物たちが総出演しています。彼らが今どこでなにをしているのか?そしてそんな彼らが今回はどのように関わるのか?が今作の焦点です。当然新たなキャラも登場し、物語自体はそんな彼らが中心となって動きますが、彼らの今後の活躍はまだまだ未知数であり、とりあえずはお披露目の形となっています。これらの新キャラにどのように旧キャラがバトンタッチするのかも今後の展開でしょう。そしてこの作品は、多くのSWファンとの、10年ぶりともなる「再会の物語」としても構成されています。物語のそこここに、SWとはこういう物語だったよね?というキーワードがあらん限り詰め込まれ、ある意味これまでの6作のおさらいのような体裁ですらあります。

再会の物語〜映画『スターウォーズ / フォースの覚醒』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

第3位:カリフォルニア・ダウン (監督ブラッド・ペイトン 2015年アメリカ映画)

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大地震でぐっちゃぐちゃになった街と逃げ惑う人間たちの阿鼻叫喚の様子を見てとことん楽しもうぜヒーハー!というパニック映画なんですが、適当なB級映画かなと思ってナメてかかってたら実は相当に良く出来た作品だったのでびっくらこきました。これ、ロック様こと主演のドウェイン・ジョンソンの存在感が物語にぴったりはまっていたからなんですね。やっぱあの筋肉なら大地震とタイマン張ったって勝てそうだもんなやっぱし!

というわけで「グヂャグヂャに崩壊してゆく現代建築(「アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン」ってことな)」の様子を堪能しに劇場に足を運んだオレであるが、いやこれが、破壊だけにとどまらない面白さを兼ね備えた作品で正直感心した。まあなにしろ、最新VFXでこれでもかこれでもかと描写される破壊映像はホントに最高でね、「スッゲエ!スッゲエ!コエエ!コエエ!」と小学生みたいな感想漏らしながら手に汗握って観ておりましたが、まあ実際、物語がちゃんとしてないと、「まあでもそこだけだったよね」てな感想で終わっちゃうんだよね。しかしこの作品、意外とシナリオが誠実に作ってあって、また、飽きさせないような様々な見せ場を作っていて、そういった堅実さも印象良かったんだよな。

大地震のひとつやふたつ、ロック様の力こぶでイチコロだ!?〜映画『カルフォルニア・ダウン』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

第4位:ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション (監督:クリストファー・マッカリー 2015年アメリカ映画)

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ミッション:インポッシブル」シリーズは新作が出るたびに「最高傑作!」と喚いてるような気のするオレですが、今作もまごうことなき最高傑作でいいのだと思います。というか完全無欠のトム君の作品は「M:I」シリーズに限らずどれも嫌味の無い傑作に仕上がっているという点が凄いですね。観終わった後もあんなシーンやこんなシーンを思い浮かべて「いやーよかったわー」としみじみ感嘆しておりましたよ。

アクションの良さについては言及するまでもないし、ひとつひとつ取り上げて書き出すことも避けるが、今作では一箇所だけ目立ったりということもなく、どの見せ場も流れるように均等に配されることにより、常に驚きの連続で画面に注視することができるのだ。それぞれのロケーションも実に効果的に使っていて目を楽しませた。だいたいポスターでお馴染みの飛び立つ飛行機に掴まったイーサン・ホークが!という絶対の危機の場面しろ、あんな箇所であっさり演じられて次に進む、という大盤振る舞いにびっくりさせられた。これは構成と編集の巧さの賜物だろう。

『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』はとても面白かったぞ - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

第5位:コードネーム U.N.C.L.E. (監督:ガイ・リッチー 2015年アメリカ映画)

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60年代レトロ・テイストがたまらなくそそられる映画でしたね。主演の二人もなかなかに色男なうえに妙なキャラ付けされていて、オレは男なんですがなんだか見惚れてしまいましたよ。そういった「雰囲気」のよく出たアクション作品でした。

まず主人公である二人がそれぞれに癖の強いキャラ分けがされていて面白いんです。二人ともスパイとしては一級の腕前を持っているんですが、ナポレオン・ソロは女好きで手癖の悪いインチキ野郎、一方イリヤ・クリヤキンはメンヘラでブチ切れ易い、といった具合なんです。この二人の持つキャラクターが物語を盛り上げる役割を果たしているんですね。まあ殆どコミカルな展開でですが!そして主演を演じるヘンリー・カヴィルアーミー・ハマー、この二人が男のオレでも見惚れてしまうぐらいいい男に描かれていて、なかなか目の保養になります。ヘンリー・カヴィルは『マン・オブ・スティール』で愁いのこもったスーパーマンを演じていたし、アーミー・ハマーは『ローン・レンジャー』が有名かもしれませんが、むしろ『白雪姫と鏡の女王』のおバカな王子様役が印象に強くて、「お馬鹿な色男させたら抜群だなあ」と一緒に観ていた相方さんが申しておりました。

アメリカとソ連の腕利き諜報部員が手を組んだ!?〜映画『コードネーム U.N.C.L.E.』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

第6位:イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密 (監督:モルテン・ティルドゥム 2014年イギリス・アメリカ映画)

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第2次大戦!突破不可能な暗号装置!その解読に挑む天才数学者!というだけでわくわくさせられますが、それだけではなく様々なドラマが錯綜しながら描かれている部分でとても楽しめた作品ですね。

この作品にはあらゆる要素が詰まっている。不世出の天才のその煌びやかな知性の奔出を垣間見る物語であると同時に、この作品は諜報戦をクローズアップさせた戦争映画であり、その中心となる暗号機エニグマの物語であり、それを打破するために制作された人類最初期のコンピューター誕生の物語であり、それと同時に、一人の男の愛と孤独の物語であり、もう一人の天才数学者ジョーン・クラークを通して描かれる女性民権問題であり、さらにはこの物語のもう一つのキーワードである同性愛への、当時の法律が下した愚劣な無理解と差別の問題である。こうして一つの物語の中に、これらあらん限りの要素がひしめき、それらは相互に化学反応を引き起こしながら、結果的に非常に芳醇で、そして知的な物語として完成することに成功しているのだ。まさに今年を代表する堂々たる傑作のひとつと言っていいだろう。

アラン・チューリングは電子頭脳の夢を見るか?〜映画『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

第7位:キングスマン (監督:マシュー・ヴォーン 2015年イギリス映画)

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コミック原作ということもあってか、中盤から繰り広げられるハチャメチャな展開が大いに盛り上げてくれました。全体を通して「大英帝国」の匂いをプンプンさせた雰囲気もいかしてましたね。

だが、この作品は、後半において突如【乱調】する。どういったものかは書かないが、なにしろ、突然、【狂う】のである。これを「度が過ぎている」と取るか「ギャハハおもしれえもっとやれ」と取るかでこの作品の評価が分かれるのだと思うが、少なくともオレはこの「狂いっぷり」で一気にこの作品の評価を上げた。そしてこの「狂いっぷり」こそが、監督が「紋切り型」を廃するためにこの作品に持ち込みたかったカラーなのだろうと思う。そもそもこの狂気の在り方は、物語冒頭の著しく馬鹿馬鹿しい肉体破損の描写で予兆があったではないか。監督はこの「馬鹿馬鹿しさ」を早く画面の中に表出させたくてウズウズしていたことだろう。この【乱調】と【狂気】に通底するのは、徹底したシニシズムである。そしてエスタブリッシュメントを地獄の底に叩き落そうとする階級闘争の表出である。これはもう、「モンティ・パイソン」を引き合いに出したくなるような、見事に【イギリス的な狂気】を具現化したものではないか。

メイド・イン・イングランドの狂気〜映画『キングスマン』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

第8位:007 スペクター (監督:サム・メンデス 2015年イギリス映画)

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なんだか開き直ったような展開はこれまでのクレイグ・ボンド作品のなかでも一番好きな部類に入ります。007はこうじゃなくちゃ。それにしても今年はこの作品も含めスパイ映画の当たり年だった、というのも面白い現象でしたね。

ストーリーとかあえて紹介しませんが、今回の007、なんとなく馬鹿馬鹿しいんですよ。クレイグ・ボンドの「辛気臭い上に世知辛いリアル路線」が、旧007の「飲む打つ買うの三拍子揃った親父スーパーヒーロー」に結構接近しているんですね。まずアクションが、「手に汗握る熾烈な戦いから生まれる緊迫感」というよりも「オッサン無茶しなはってますなあ」という有り得ないものと化しているんですね。冒頭のヘリコプター・シーンなんて「007が操縦士ボコってるもんだからヘリコプターが宙返りしてるわ」と半分笑って観てましたよ。極めつけは翼もげた飛行機で地べた滑走するって、あんたなにやってんだよ007!

《悪の秘密組織》ってことでメシ3杯は行ける映画『007 スペクター』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

第9位:マップ・トゥ・ザ・スターズ (監督:デヴィッド・クローネンバーグ 2014年カナダ・アメリカ・ドイツ・フランス映画)

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ここの所ずっと、どんよりと暗い作品、シチュエーションのきっつい作品を避けて観るようにしているんですが、クローネンバーグ作品となれば別です。この作品もクローネンバーグ一流の暗くいやらしい世界が口を開けていました。

ではクローネンバーグは映画を通して「現代人の持つ不安」を描こうとしたのか、というとそうではない。クローネンバーグがその程度の文学趣味で満足するわけがない。奴はインテリだが変態、【インテリ変態】なのだ。クローネンバーグはかつて多くの初期作品で「観念の肉体化」、平たく言えば「情念がグヂョグヂョのバケモノの形になって体中の腔という腔から滴り落ちてくる様」を描いた。「観念の肉体化」ならまだ思索的なのに、それが「グヂョグヂョのバケモノ」になってしまうところがクローネンバーグの変態の所以なのだ。この『マップ・トゥ・ザ・スターズ』ではラテックス製のバケモノは確かに登場しない、しかし、この映画に登場する者たち全てが、己の情念の果てに自らがバケモノと化しているではないか。そしてクローネンバーグ映画に登場するバケモノたちが皆おぞましい破滅を迎えるように、この作品の登場人物たちもまたおぞましい破滅へとひた走ってゆくのだ。

ハリウッド大通りの亡霊〜映画『マップ・トゥ・ザ・スターズ』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

『マップ・トゥ・ザ・スターズ』 [Blu-ray]

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第10位:ジェームス・ブラウン〜最高の魂(ソウル)を持つ男〜 (監督:テイト・テイラー 2014年アメリカ/イギリス映画)

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ファンクの帝王ジェームス・ブラウンの生涯を描いた作品となると音楽ファンとしては見逃せません。再現されるステージもよかったし、JBを演じたチャドウィック・ボーズマンのなり切りぶりも素晴らしかった。

ここで驚かされるのはJBを演じるチャドウィック・ボーズマンの完コピといってもいいほどのJBへの成り切りぶりだ。顔つきこそは違うけれども、仕草や表情、ポーズのとり方はもとより、その声はJBそのものとすら思わせる。さらに目を見張るのがパフォーマンス・シーンだ。ここではチャドウィック・ボーズマンのみならずステージに登場するミュージシャンの動きまでもがJBのステージを完璧にコピーしてみせる。予告編を観た後にYouTubeでJBのオリジナル・パフォーマンスを探して観てみるといい。そしてこれにより、再現とはいえ、映画の中でJBの白熱のパフォーマンスの一端を体験できるというわけなのだ。確かにこれは映画というまがい物かもしれない。しかし、そこにはJBのソウルがしっかりと宿っていることに気付かされるはずだ。

ゴッドファーザー・オブ・ソウル、JBのファンクに酔い痴れろ!〜映画『ジェームス・ブラウン〜最高の魂(ソウル)を持つ男〜』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20151227(Sun)

[][]オレ的インド映画2015年度作品《暫定》ベストテン!! オレ的インド映画2015年度作品《暫定》ベストテン!!を含むブックマーク オレ的インド映画2015年度作品《暫定》ベストテン!!のブックマークコメント

というわけで昨日の『オレ的インド映画2014年度作品ベストテン!!』に引き続き、『オレ的インド映画2015年度作品《暫定》ベストテン!!』をお送りしたいと思います。

タイトルに《暫定》と入れたのは、これも昨日書いた事情と一緒なのですが、インドで今年2015年に公開された作品の全てはまだDVDソフト化されていないために、日本で輸入DVDでしかインド映画を観られない者としては、とりあえず今ん所ソフトで発売されてる2015年度作品だけで《暫定》でベストテン作っちゃえ、ということなんですね。だからなにしろインドで年末公開された話題作、『Dilwale』とか『Bajirao Mastani』とかは当然観てないし入ってません。じゃあ別に全部観てからやりゃあいいじゃん、と誰もが思ってるでしょうが、いや、なんか、年末って、ベストテン!ってやってみたくなるじゃないですか!あ、なりませんか…どうもすいません…。

まあなにしろ《暫定》なので2015年の話題作をあらかた観ることができたら改めてまた記事を作ってみようかと思います。その時は幾つかの作品が別のものと変わっていることでしょう。また、今回も前回と同じく、10作は選びましたが特にランク付けはしていません。ではいってみよう!

■Masaan (監督:ニーラジ・ゲーワーン 2015年インド/フランス映画)

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二人の男女がそれぞれに出遭う、インドの宿弊が引き起こした悲痛な出来事を描く物語です。舞台となる聖地ワラーナシーは悠久のインドを感じさせると同時に、物語のテーマに非常に沿った情景でもありました。

そんな若者たちが古い因習に足をすくわれ、がんじがらめになる。インド映画ではよくテーマにされる事柄だが、映画『Masaan』におけるそのドラマは、より困難であり、身を切る様に切なく、逃げ場すらないように見える。そしてそれにより、新しい価値観と古い価値観との拮抗を、より鮮烈に浮かび上がらせることに成功している。だがこの物語は、ただただ若者たちが因襲の犠牲になるだけの陰々滅々とした物語では決してない。暗く遣り切れない事件がありながらも、古い因習にがんじがらめにされながらも、なんとかそこから飛び立とうとする若者たちの明日についてのドラマでもあるのだ。そこがいい。

新しい価値観と古い因習の狭間で引き裂かれてゆく若者たちの物語〜映画『Masaan』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■Bangistan (監督:カラン・アンシュマーン 2015年インド映画)

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これ、インドじゃ大コケしたしレビューも散々だったんですが、非常に分かり易いアイロニーとストレートなブラック・ユーモアがヒネクレ者のオレにはピピッときましたね。それと併せ画面つくりのその色彩がとてもヴィヴィッドで楽しいんですよ。リテーシュ・デーシュムクとプルキト・サームラートが主演。

映画『Bangistan』はヒンドゥー/ムスリムの宗教的紛争が絶えない現実のパキスタンとインドを、架空の国南北バンギスタンという形に変え、そこにテロ計画の進行というきな臭い物語を展開した作品です。現実の国際社会でもテロの危機やその恐怖が目の当たりとなっていますが、この作品の製作国であるインドでもテロ事件が多発しており、2008年のムンバイ同時多発テロでは先のフランスにおけるテロと同程度の痛ましい被害が出ています。インドではこうしたテロを題材にした映画作品も多く作られていますが、しかしこの作品ではそうした現実から一歩引き、架空の国家同士の宗教対立としてカリカチュアライズすることで、価値観を相対化し、さらにそれをナンセンスなものとして描き出し、そこから黒い笑いに満ちたスラップスティック・ギャグを生み出しているんです。

鏡の国のテロ戦争〜映画『Bangistan』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■Brothers (監督:カラン・マルホートラ 2015年インド映画)

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アクシャイ・クマールとシッダールト・マルホートラが主演を演じ、兄弟同士の熱くそして悲しい戦いの行方を描く格闘ドラマ。いやあこれには燃えましたね。ハリウッド作品『ウォリアー』のボリウッド・リメイク作品です。

このように、この作品に登場する男たちは皆が皆ボロボロなのだ。それは彼らの人生の中心にあるのが苦痛に満ちた思い出だからだ。その苦痛に父ガリーは成すすべもなく苛まれ、兄ダヴィドは苦痛そのものが存在しなかったと思いこもうとし、ただ弟モンティだけが苦痛と向かい合いそれを乗り越えようとしている。ただどちらにしろ、彼らは、一人ではその苦痛をどうしようもできないでいる。なぜなら、バラバラのままなら相手も自分も赦されず、そして赦さないからなのだ。こうして、どちらが勝とうが負けようが何も解決されない戦いだけが刻一刻と近付いてゆくのである。

兄弟同士の因縁が炸裂する格闘競技ドラマ『Brothers』! - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■Drishyam (監督:ニシカント・カマト 2015年インド映画)

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家族のために完全犯罪に挑む男の薄氷を踏むような怖い怖いサスペンスです。インド映画でもここまで欧米的な個人主義を描くようになってきたのか、と慄然とさせられた作品でもありました。主演のアジャイ・デーヴガンがはまり役でした。

もはやここには、善も無く、悪も無い。自らの行為を正当化する神の存在すら描かれない。倫理にも、規範にも、宗教にも、何一つ頼ることなく、主人公ヴィジャイはただただ家族を守るために熾烈な戦いを続けることになる。ここには国家、宗教、近隣コミニュティから分断され、それを欺き、"家族"という最小ユニットのみしか信用しない男の姿がある。もはや自らの寄る辺となるものが、自分と家族のみ、という孤独な男の姿がある。しかもこの物語をたったひとつ正当化する"愛する家族の為"という理由すら、"ミーラーの家族を踏みにじる"という行為によって成立するがゆえに、結局は相対化され、無効になってしまうのだ。この冷え冷えとした虚無こそがこの物語であり、そしてそれは現在のインド都市部の住民が抱える心情のひとつの形であると見ることもできるのだ。

善も無く悪も無く神すらもいない世界〜アジャイ・デーヴガン主演のサスペンス作品『Drishyam』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■Tanu Weds Manu Returns (監督:アーナンド・L・ラーイ 2015年インド映画)

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離婚を巡る夫婦間の確執をコメディ・タッチで描いた作品です。とはいえ、そこに「妻によく似た新たな恋人」というフィクショナブルなシチュエーションを盛り込み、同時に夫婦れぞれの感情の機微を細やかに描くことで非常に見所のある優れた物語でした。主演のカンガナー・ラーナーウトの一人二役とその演技の素晴らしさには唸らされました。なお続編作品なので1作目から鑑賞することをお勧めします。

物語は、「新しい恋人」と出会うことで人生をもう一度やり直そうとしている男マンヌーが、それを知り逆に夫への愛に気づいてしまったタンヌーとの愁嘆場へとなだれこんでゆきます。まあいわゆる腐れ縁と三角関係・四角関係の物語となるのですが、実のところ映画の流れを見ていても、「新しい恋人」ダットーのほうが全然いいんですよ。オレだったらもうどう考えたってダットー一択ですよ!なにしろねえ、ショートカットのカンガナーがキュート過ぎるんですよ!ぶっちゃけ惚れましたよ!映画ではマンヌーの心に揺らぎがあるのか?ないのか?といった具合に描かれてゆき、結構じれったさを覚えるのですが、意外とこのじれったさがまた物語を面白くしているんです。細かい部分での感情の動きが絶妙なんですね。まあくどいようですがオレだったら揺らがないけどね!こんな具合に最後までハラハラさせられるこの物語、有り得ないような状況の中で愛の不思議さを複雑な妙味で描き出し、2015年前半のインド映画とインド映画主演女優の最大の収穫となっているのは鉄板で間違いないでしょう。

カンガナー・ラーナーウトが一人二役を演じる"軽やかに描かれた泥沼の結婚生活"〜映画『Tanu Weds Manu Returns』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■Baahubali: The Beginning (監督:S・S・ラージャマウリ 2015年インド映画)

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『マッキー』のラージャマウリ監督による歴史ファンタジー大作第1部。テルグ映画ですがヒンディー語吹き替えDVDで観ました。前半はちょっとヌルくて退屈だったんですが、後半期待通りの大戦闘シーンを展開して大いに盛り上がりを見せてくれましたね。

そしてここで活躍するアマレンドラ、バッララデーヴァの王子二人の戦いは、もはや人間の能力を超えた鬼神の如き無敵の無双っぷりを見せつけるんです。そうそうこれだよ!この無敵無双こそがインド映画だよ!鬼神なのは当たり前、彼らには破壊の神シヴァがついているんだからね!重力も力学も関係ない!彼らは神の理によって戦っているんだもの!こうして物語はあたかもインド神話の一ページを見せられているかのような光景へとなだれ込み、大いに盛り上がってゆくのですよ!そして!『LOTR』が3部作の映画だったように、この『Baahubali: The Beginning』も前後編2部作の前編だったのですね!シバドゥは見事王になることができるのか!?戦乱のマヒーシュマティ王国がどのようにして暗黒面に落ちたのか!?次回完結編である来年2016年公開予定の『Baahubali: The Conclusion』を待つのですよ!

甲冑大戦!歴史ファンタジー大作『Baahubali: The Beginning』はインドの『ロード・オブ・ザ・リング』だ! - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■Piku (監督:ショージート・サルカール 2015年インド映画)

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ディーピカー・パードゥコーンアミターブ・バッチャンイルファーン・カーン主演による、性格のてんでバラバラな3人組の道中を描いたロードムービー。いつもどうにも喧々諤々としている3人に笑い、しかしいつしか心通わせる3人にほっこりさせられる。素敵な作品でした。

そんな3人だが、いつも一つ車の中に押し込められているせいか、道中少しづつお互いの心に変化が訪れてくる。特にラーナーはバシュコルから微妙ながら信頼され、ピクーとはほのかな思いが芽生え始める。この微妙さ、ほのかさが、この作品の本当に素晴らしいところだ。突然改心したり物分りが良くなったり、炎のように恋が燃え上がったりはしないのだ。少しづつ手探りで、相手と自分との距離を確かめ、自分の心の中に受け入れる余地を見つけてゆく。3人はお互いが変わり者ではあるが、その受け入れる、あるいは受け入れられる中で、それぞれの中にあるバイアスが少しづつ氷解してゆく、この緩やかな心の動き方が観ていて実にリアルに感じるのだ。この物語では取り立てて特別な事件が起こったりとか事態が急変したりなどということは殆どない。だが、移り変わってゆく風景と共に移り変わってゆく3人の感情の行方が心に響くのだ。

不機嫌な娘と偏屈な父、それに巻き込まれた男とのロードムービー〜映画『Piku』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■I (監督:シャンカール 2015年インド映画)

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『ロボット』のシャンカール監督による、美しくて醜くてロマンチックで猟奇的で…というひたすら摩訶不思議な娯楽作品。タミル映画です。今回いろんなインド映画を紹介していますが、この1作だけはインド映画に全く興味が無い方が観られても「なんだこれは!?」と唖然呆然すること請け合い。日本でやらないかなあ。

物語はこうして、リンゲーサンとディヤーの出会いとロマンスがどこまでもひたすら美しく描かれるのと並行して、怪しいせむしの男がディヤーを監禁しさらに惨たらしい方法で人々を傷付けてゆくホラー展開とが描かれてゆきます。そしてこの二つがどのように関わってくるのか?が徐々に描かれてゆき、血を吐く様な残酷な運命と恐ろしい復讐の情念が明らかにされてゆくのです。まあ観ていればこの二つの流れがどういう関わりを持つのかすぐ気付かされますが、とりあえずここは書かないでおくことにしましょう。物語の全体的な印象は、「美女と野獣」「オペラ座の怪人」「ノートルダムのせむし男」などフランスの古典文学を翻案としながら、それをインドならではの美しい歌と踊りのロマンス展開で見せ、さらにその上タミル風味の強烈なアクションと残酷さで味付けしたという作品だということができると思います。さらにその全てが過剰なまでにテンコ盛りになって一丁上り!となっているという安定のタミル映画クオリティとなっているわけなんですね。

『ロボット』の監督シャンカールが描く美と醜の饗宴〜映画『I』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■NH10 (監督:ナヴディープ・シン 2015年インド映画)

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インド都市部在住の男女が出遭うインド辺地の忌まわしい悪風。それは「名誉の殺人」と呼ばれるものだった。これが実際に起こっていることでもある、というのがまた恐ろしいんです。アヌシュカー・シャルマー主演。

物語は前半、主人公らが迂闊に暴漢どもに接近してゆく描写、どことなく愚鈍そうなその暴漢、典型的すぎるスラッシャー・ホラー展開など、このジャンルが好きなすれっからしのホラー・ファンだったら凡庸に感じるかもしれない。実際オレもそうだったが、しかし一般の方ならインド映画らしからぬ異様な雰囲気に固唾を飲んで見守ることになるだろう。そしてどんどんと追い詰められてゆく主人公、警官すら手を出せない治外法権の中にある村落、そしてインドのある種の現実がそもそもの発端であることが明るみになるにつれ、単なるスラッシャー作品にはない重さと凄みが増してくるのだ。クライマックスの凄惨さはホラー映画ファンでも溜飲が下がるだろう。まあホラーではなくサスペンスなのだが、ホラーと言ってしまいたくなるような暗闇がこの物語にはある。

辺境の地を訪れた男女を襲う暴力の恐怖〜映画『NH10』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■Dum Laga Ke Haisha (監督:シャラト・カタリヤー 2015年インド映画)

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おデブの嫁を貰って不貞腐れるイケてない男、二人の結婚生活はいかに?というちょっと変わったシチュエーションの人間ドラマ。あえて華の無いロマンスを持ち込みながら最後に愛ってなんだろう考えさせるシナリオは結構なワザモノと見ました。

そしてこの物語は【凡庸さ】についての物語でもあります。インドの娯楽映画といえば綺羅星のように輝く絶世の美女や鍛え上げられた筋肉でパンパンになった男優が登場して甘い恋愛や派手なアクションを決め、目も彩なダンスと心の踊る歌を披露しますけれども、でも実際自分を含めたそれを眺める観客の殆どはそんなものとはまるで関わりの無い生活を送る凡庸な一般市民でしかありません。そう、それはこの物語の主人公二人も同じです。不貞腐れ屋の旦那も、おデブの嫁も、さらにその周りにいる人々も、実のところ何が特別という訳でもないどこにでもいるような凡庸な人々です。しかし物語は、そんなどこにでもいるような凡庸な人々のささやかな希望や哀歓を共感を持って描き出そうとしているんです。そして、どんな凡庸であろうとも、しかしそれぞれが個々に抱く愛情は、実はそれぞれの中にしかない特別なものであるということも、この物語は描き出しているんです。そんな凡庸の中の愛にこそ、真の幸福があるのだと。

おデブの嫁なんか絶対嫌だ!〜映画『Dum Laga Ke Haisha』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20151226(Sat)

[][]オレ的インド映画2014年度作品ベストテン!! オレ的インド映画2014年度作品ベストテン!!を含むブックマーク オレ的インド映画2014年度作品ベストテン!!のブックマークコメント

今年も沢山のインド映画を観ましたが、今回はそのまとめとして、まず「2014年度作品オレ的インド映画ベストテン!!」をお送りしたいと思います。

え?「どうして2014年なの?2015年の間違い?」と思われましたか。実のところ、日本でのインド映画視聴の殆どは輸入盤DVDを頼るしかなく、そして当然のことながらDVDは劇場公開から遅れて発売されますから、これが例えば2014年の年末公開の映画だとすると、その発売はどうしても2015年初頭という具合になっちゃうんですね。だから「2014年公開作」という括りにすると、それはどうしても2015年になって2014年度作品のDVD発売が済んでから、という風になっちゃうんですよ。そんなわけで2015年も終わるというのに2014年度作品の話を始めちゃう、というわけなんです。ややこしくてすいません。

なお今回「ベストテン」とは謳いましたが、ランキングを付けることは避け、とりあえず面白かった作品10本を並べるだけにしました。それはそれぞれの作品の面白さのベクトルが違うので、こっちが上でこっちが下みたいなことがしたくなかったことと、そもそもオレはまだまだインド映画にはド素人なので、あんまり知った口きかないほうがいいな、と思えたからです。こんなド素人のセレクトですが、インド映画に興味をもたれた方の何かの参考にでもなれば嬉しいです。あと、明日は「2015年度公開作品版(暫定)」をやろうと思いますのでお時間に余裕のある方は眺めてやってください。それでは行ってみよう!

■最優秀これはマジ面白かったわ賞 / pk (監督:ラージクマール・ヒラーニ 2014年インド映画)

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「ランキングはしない」と最初に言っておいてなんなんですが、2014年公開のインド映画で最も面白く、十分な問題意識に溢れ、そして完成度も高かった作品はこの『pk』を措いて他にないのではないでしょうか。宗教問題というのは日本人にはとっつき難い事ですが、昨今のイスラム教の問題などがニュースで報じらるようになるにつけ、決して無視できることではなくなってきているように感じます。とはいえ、作品自体はムツカシイことなんか全然なく、むしろユーモラスにこのテーマを描いてゆきます。主演のアーミル・カーンも素晴らしかったですね。

こうして展開してゆくこの物語は、思考の実験であり、神の探索であり、人とその生の核心へとどこまでも迫ってゆく、めくるめくような【驚き】と【発見】に満ち溢れた【冒険】として描かれてゆくのである。そしてそれが、小難しい理屈をこねた晦渋なものではなく、宗教と神にまつわる抹香臭いお説教に至ることもなく、一つ一つの疑問と概念を次々とクリアにさせ、それによる知的興奮と認識の刷新に心躍らされるエンターティンメント作品として仕上がっているのだ。pkは無垢であり無知であるがゆえにそのまなざしはどこまでも澄み渡っており、彼の突きつける素朴な疑問に観るものはその都度立ち止まって考えさせられてしまう。これは様々な宗教が混在するインドでしか実現できなかった作品であると同時に、全ての宗教性に言及しているがゆえに大いなる普遍性を獲得しているという稀有な作品なのだ。

神と宗教の本質に迫る2014年度インド映画最大のヒット作『pk』を君は観たか? - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■最優秀ギンギンギラギラ賞 / Happy New Year (監督:ファラー・カーン 2014年インド映画)

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『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』のシャー・ルク・カーンとディーピカー・パードゥコーン主演、さらに同作監督のファラー・カーンが再び組んで製作されたお祭映画です。ダイヤを狙う大泥棒集団とダンス選手権がミックスされ、インド映画ならではの歌と踊りが大盤振る舞いされ、どこまでもギンギンギラギラにゴージャスで、非常に楽しめる娯楽作品でした。

しかし、今作で何よりも目を奪うのはオープニングとクライマックスに用意されたゴージャス極まりない映像です。メインの舞台となるアラブ首長国連邦ドバイ、贅を尽くした未来的な建造物が立ち並ぶその街のホテルが世界ダンス大会の会場となりますが、そのドバイの都市全てが巨大な祝祭空間と化しているのです。天を貫く幾百のサーチライト、打ち上げられる幾千の花火、目まぐるしく明滅する幾万の電飾、ありとあらゆる色彩が踊り光が瞬き、ダンスミュージックが轟音を響かせながらリズムを刻み、会場をみっしりと埋め尽くす観客たちは熱狂の中で歓声を振り絞り踊り狂うのです。そしてその歓声の向こうに立つ姿は、シャールクでありディーピカーであり彼らの仲間たちです。彼らのまとう圧倒的なオーラは神々しさを通り越し既に神の姿そのものであり、そして観客たちはその宗教的な法悦の中で我を忘れ歓喜するのです。インド映画の醍醐味はその多幸感にあるといわれますが、この『HNY』はまさに溢れんばかりの多幸感にどこまでも特化した作品だということが出来るのです。

踊る大泥棒!?全篇フェステボー&カーニボーなお祭り映画『Happy New Year』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■最優秀大ジャンプ賞 / Bang Bang ! (監督:シッダールト・アーナンド 2014年インド映画)

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リティク・ローシャン+カトリーナ・カイフ主演により、ハリウッドの娯楽スパイ映画『ナイト&デイ』をリメイクした作品です。『ナイト&デイ』自体楽しい作品でしたが、そこに素敵な歌と踊りを加味させることで、さらにパワーアップした楽しさを味わうことのできる素晴らしい作品でした。なんといっても、ダンス・シーンにおけるリティク・ローシャンの大ジャンプ・シーンが!

物語はごくごく普通の女の子ハーリーン(カトリーナ・カイフ)が謎の大泥棒ラージヴィール(リティク・ローシャン)と出会い、ラージヴィールを追う凶悪なテロリストたちの攻撃に巻き込まれてしまう、といった形で進んでゆきます。映画は無敵のラージヴィールが繰り出す超絶アクションがテンコ盛りとなって観客を楽しませ、さらに最初は「もう勘弁して!」と悲鳴を上げていたハーリーンが次第にラージヴィールに惹かれゆき、成り行きでハーリーンを連れまわしていたラージヴィールもまたハーリーンに恋してしまう、というラブコメ展開が盛り込まれます。この作品でなにしろ見所となるのは主人公ラージヴィールを演じるリティク・ローシャンのその水も滴るイイ男ぶりと、「いったいどうなってんの!?」と驚かされる鍛え上げた肉体美、さらにそのパーフェクトなルックスと肉体から繰り出される華麗なアクション、そして超絶的なダンスの腕前でしょう。いやあリティク・ローシャン、あんまりイイ男すぎて男のオレでも惚れそうですわ…(ポッ)。そんな彼と絡むのがボリウッドでも名うての美人女優カトリーナ・カイフってぇんだからその眼福ぶりはとどまるところを知りません。

ハリウッド映画『ナイト&デイ』をリメイクしたインド版痛快アクション〜映画『Bang Bang !』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■最優秀復讐鬼賞 / Ek Villain (監督:モーヒト・スーリー 2014年インド映画)

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恋人を殺された男が犯人に復讐を誓うが…というサスペンス作品です。シッダールト・マルホトラ、そしてリテーシュ・デーシュムクが主演。古今東西に復讐の物語は数ありますが、この作品のひとつ抜きん出たところは「復讐は果たして正しいのか?」という問い掛けがそこにあることです。主人公はその逡巡の中で最後に答えを見つけます。

これにより彼は引き裂かれる。復讐と赦しの狭間で彼は苦悶する。だがここでラーケーシュを赦してしまうことで、新たな惨劇が巻き起こってしまうのだ。こうして後半から物語は錯綜し始める。グルにとって、ラーケーシュを赦すことは、それはかつて殺してしまった男への贖罪であり、殺された妻の願いを聞き入れることによる、自らの魂の救済だった。だがその赦しが、更なる殺戮を生み出してしまうのだ。では赦しとはなんなのか?絶対の悪に対して、赦しは相容れないものなのか?すなわち、赦しは、無意味でしかないのか?それでは自分は、また再び殺戮者となって相手の息の根を止め、アーイシャーと出会う前の虚無の中に戻らねばならないのか?グルの中では、これら決して答えの得られない問いが渦巻いていたに違いない。こうして拮抗しあう想いがもつれあい、物語は強大な情念を溶岩のように滾らせながら、圧倒的なクライマックスへとひた走ってゆくのだ。

復讐と赦しの狭間で引き裂かれてゆく男の情念〜映画『Ek Villain』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■最優秀大馬鹿映画賞 / Action Jackson (監督:プラブーデーヴァ 2014年インド映画)

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インド映画一バイオレンスとターバンの似合う男アジャイ・デーヴガンが、マフィア軍団を有り得ないようなスーパーバイオレンスで叩き潰す、というアクション映画です。まあなにしろとことん馬鹿馬鹿しいストーリー展開とアクションで、【大馬鹿映画】の名をほしいままにした作品でしょう。インドでは評価はかなり低いんですが、オレが大好きだから何も何一つも問題はないのです。

そしてメインとなるアクションが、惚れ惚れするぐらい馬鹿馬鹿しくていい。インドのアクション映画は馬鹿馬鹿しくてナンボ。笑って観られるアクション映画、それがマサラアクションムービーの醍醐味である。アジャイが地球の重力を完全に無視した空中殺法を繰り出すのは当たり前、やられた敵が慣性の法則を無視してぶっ飛んでゆくのも当たり前なのである。アイザック・ニュートン先生がこの映画を観たら高熱を出して臥せってしまうこと必至であり、万有引力の法則も発見されなかったかもしれないぐらいである。しかしここまでならマサラアクションムービーとしてはまだ普通。後半ではなんと二刀流に日本刀を構えたアジャイが障子張りの部屋でザックザックと敵をぶった切ってゆく超展開が待ち構えているのである。さらにBGMは尺八だ…。このあたかもタランティーノ映画の如き何か勘違いしてるジャポネスクが愉快で楽しくて堪らない。ああ…アホアホやん…この段階で既に映画『Action Jackson』は2014年を代表するヒンディー映画に決定したのである。

アジャイ・デーヴガンが演じるウルトラスーパーバイオレンス・ガイが暴れ狂うマサラアクションムービー『Action Jackson』! - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■最優秀メッチャ怖かったで賞 / Qissa: The Tale of a Lonely Ghost (監督:アナップ・シン 2015年インド/ドイツ/フランス/オランダ映画)

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メッチャ怖かった…とはいってもホラー作品という訳ではありません。それでもポーの怪奇譚のようではあり、しかもそれがインドならではの悪弊によりなにもかもが歪められてしまった世界として描かれてゆくんです。ここまで全く救いの無い話というのも凄まじいものを感じました。『ジュラシック・ワールド』『アメイジング・スパイダーマン』といったハリウッド作品でもお馴染みのイルファーン・カーンが主演。

凄まじかった。歪められた狂気と呪われた運命を描くこの物語は、魂も凍えるような異様さに満ち、臓腑を抉る展開とそのあまりの情け容赦の無さに観ている間中鳥肌が止まらなかった。悲劇の代名詞としてシェイクスピアがあるなら、これはまさにシェイクスピア的な「インド悲劇」とも呼ぶべき物語として進行してゆくのだ。たった一つの嘘が次第にあらゆるものを死と破壊へと引きずりこみ、最悪の事態が更なる最悪の事態へと塗り重ねられてゆく。暗黒の咢にじわじわと引きずり込まれるかのような悲劇を見せ続けられながら、しかし決してそこから逃れる術はないのだ。これは、なんと恐ろしい物語なのだろう。そして物語は壮絶な幻想譚として終盤を迎えるのだ。

呪われた運命に翻弄されるある家族の物語〜映画『Qissa: The Tale of a Lonely Ghost』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■最優秀失恋旅行賞 / Queen (監督:ヴィカース・ベヘル 2014年インド映画)

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婚約を破棄された女の子の傷心ヨーロッパ旅行、と書くとチャラ臭くて抵抗感を覚える方もいるでしょうし、最初は自分もそう思ってたんですが、観終ってみるとその圧倒的な多幸感に溢れた作品構成に度肝を抜かされていました。こんな構成で映画が撮れるんだ、しかもこんなに面白く、と唖然としてしまったのですよ。こういうことをやってしまえるのもインド映画ならではなんじゃないかな。主演のカンガナー・ラーナーウトは日本公開作が『クリッシュ』しかないのが本当に勿体無い素晴らしい女優です。

実のところ、この『Queen』には独特なストーリーとかひねりの効いた展開があるとかいう訳では全くない。「年若い娘の傷心ヨーロッパ旅行」、まさにそれだけなのである。それがなぜこれほどまでに面白い作品となっているのか。まず、この作品のシナリオ構成は従来的な「起承転結」を基にしたものになっていない。即ち、「物語る」という体裁を無理に取ろうとしていないのだ。最初に「婚約破棄」という事件があり、そして主人公はヨーロッパに旅立つ。その後は?その後主人公を待つのは、新しい世界、新しい出会い、新しい友人、新しい体験、といった、主人公の傷心を慰撫しそして立ち直らせ、さらに主人公自身が新しい自分を見つけていく、という目くるめく様な描写が次々と続いてゆくのだ。要するに、ヨーロッパで主人公を待っていたのは大きな幸福の時間であり、そして映画を観る者は主人公と一緒にその幸福体験をたっぷりと共有することになるのだ。そしてそこが、この映画の素晴らしい部分なのだ。

素晴らしい幸福感と解放感に満ちた傑作インド映画『Queen』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■最優秀エキセントリックな彼女賞 / Hasee Toh Phasee (監督:ヴィニル・マシュー 2014年インド映画)

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エキセントリック過ぎる女性に出遭ってしっちゃかめっちゃかにされた青年が、いつしかそんな彼女を気遣い心を寄せてゆく、というラブ・コメディです。でもそんな彼女は決して単なる変わり者なのではなく、心に大きなトラウマを抱えていたからこその行動だったんです。自分の人生を取り戻したい女性と、そんな女性を愛しなんとか力になろうとする青年との爽やかなドラマでした。シッダールタ・マルホートラ、アダー・シャルマー主演。

こんな具合に、「ちょっと変わった女の子とのラブ・ストーリー」と最初思わせながら、実はその女の子が精神的な問題を抱えていると分かった段階で、物語は奇妙な哀切を帯びたものへと変わっていきます。物語では特定できるような疾患としては描かれませんが、それは疾患そのものをテーマにしているからではなく、心の傷を抱えることになった原因と、それがどう癒されてゆくかを描くのがこの物語のテーマだからなのでしょう。その心の傷とは、高い知性と理想を持ちながら、女にそんなものは必要ないと頭から否定した家族との諍いであり断絶です。ただしそのような状況を描きながら、この物語は決して暗くやるせないものではありません。それはそんな状況になんとしても抗おうとする負けん気とユーモアが彼女にはあったからです。そして負けん気とユーモアがありながらも時として心が折れてしまう、そんな彼女がたまらなくいじらしく描かれるんです。

彼女はエキセントリック〜映画『Hasee Toh Phasee』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■最優秀結婚はつらいよ賞 / 2 States (監督:アビシェーク・ヴァルマン 2014年インド映画)

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結婚を誓った男女が家族の対立によって窮地に落とされる、といったテーマはインド映画ではよく見かけますが、この作品ではインド南北独特の違いをそこに盛り込むことで面白く見せることに成功しています。ただそれだけではなく、お互いの両親に認めてもらおうとする男女二人のひたむきさを、実に繊細で瑞々しく描くことで魅力的な作品となっているんです。アルジュン・カプール、アーリヤー・バット主演。

しかし、それがいかに旧弊な価値観だろうと、結婚を認められない二人にとっては切実だ。では二人はどうするのか?ここがこの映画の大きな見せ場となる。二人は、無理解な親を無視してしまおう、否定してしまおう、とは考えない。駆け落ちして二人だけで幸せになろう、とは思わない。二人にとって幸福とは、お互いの両親の幸福が含まれての幸福だからだ。こうして二人は、どうにかしてそれぞれの親に理解を得ようと粉骨砕身するのだ。この、ある種の障壁に対して粘り強く地道に取り組んでゆく主人公二人のひたむきさに、自分は大きな感銘を覚えた。あきらめず、悲嘆に手を止めることなく、自分のできることを今やること。ヒンドゥー教の聖典『ヴァガヴァット・ギーター』には「常に行為を成せ、その結果を動機とすることなく、それは無為よりも尊い」といった教義が記されているが、この『2 States』にあるひたむきさには、そういったヒンドゥー的な心象が隠されているのかもしれない。素晴らしい傑作だった。

南北インドの無理解と和合〜映画『2 States』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■最優秀夫婦はつらいよ賞 / Shaadi Ke Side Effects (監督:サーケート・チョウドゥリー 2014年インド映画)

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『女神は二度微笑む』のヴィディヤー・バーラン主演。夫婦の越えられない溝をコメディ仕立てで事細かに描き、男として「アイテテ…」と反省を促されちゃうような実に秀逸な作品でした。

「女性には3つの顔がある、それは妻・母・女だ」なーんて言葉がありますが、女性は結婚して子供ができると、それまでの恋人・妻の顔からあっという間に母親の顔に切り替えられちゃうというのはよく聞く話ですね。一方男性のほうはなかなか切り替える事が出来ないものですから、相変わらず子供みたいなことばかりやっていて奥さんの変化についてゆけず、そこから夫婦の溝が生まれてしまう。これなんかもよく聞く話ではあります。映画『Shaadi Ke Side Effects』は、まさしくそんな状況にみまわれた夫婦を夫の目線から描き、「妻と今まで通り上手くやっていきたいし、子育ての手助けもするべきだろうけど、自由にもなりたい…あー!俺いったいどうしたらいいんだ!?」と頭を抱える夫の七転八倒ぶりが可笑しいコメディなんですね。

夫と妻の深い溝〜映画『Shaadi Ke Side Effects』【ヴィディヤー・バーラン特集】 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20151225(Fri)

[]今年面白かった本あれこれ(殆どSF) 今年面白かった本あれこれ(殆どSF)を含むブックマーク 今年面白かった本あれこれ(殆どSF)のブックマークコメント

■今年一番面白かったのはこの3冊。

パヴァーヌ / キース・ロバーツ
パヴァーヌ (ちくま文庫)

パヴァーヌ (ちくま文庫)

重厚な情景描写と瑞々しい心理描写が最高に素晴らしかった作品です。2012年刊行だったんですが今年読みました。

この作品において特筆すべきは、そのイギリスの陰鬱なる自然の光景だろう。季節を通じて暗く寒々しく、冬の厳しさは言うに及ばず、鬱蒼たる草原と原野が広がり、海の色も空の色も鉛色に染まり、そこに身を切るような風だけが吹きすさぶのだ。それはイギリスの原風景とも呼ぶべき光景なのだろう。そしてこの暗澹たる曠野の果てから、キリスト教以前に存在していた「古い人々」の伝説と存在が立ち現われる。この「古い人々」の記述により、物語はファンタジー的な要素が加味されるのだが、それは空想の存在というよりも、キリスト教支配との対立的な歴史の一端として語られるのだ。(中略)そしてもうひとつの読みどころは、そんな厳しいイギリスの大地に暮らす人々の姿を描く瑞々しい筆致だろう。息苦しい閉塞感と困窮の中で、それでも彼らは人として生きようとし、自分らしくありたいと願う。これら強烈な生へ希求が、『パヴァーヌ』の物語に生々しい迫真性を与えているのだ。

カトリック教会が支配するもうひとつの世界のイギリスを描く不朽の名作〜『パヴァーヌ』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

○紙の動物園 / ケン・リュウ
紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

SF小説がどこに向かっているのか、という指標ともなる珠玉の作品集でした。

思えばこれら「不死」「人格のデータ化」という、テクノロジーの果ての人間疎外を描くSF作品というのは、自分にはどうも眉唾物ののように思えるのだ。それは不死や永遠、そしてそこに通底する「反自然」という概念が、キリスト教圏独特のものであり、それが欧米SF作品の中に無意識的に入り込んでいるだけなのではないかと思えてしまうのだ。しかしケン・リュウは、彼が東洋的な思想のもとにあるかどうかは別としても(なんとなれば東洋にだって不死や永遠の概念はある)、テクノロジーの果ての人間疎外といった結論を善しとせず、そのテクノロジーの果てにあってもあくまで普遍的な人間存在の在り方を描こうとする作家なのだと思うのだ。そう、彼が描こうとするのはあくまで人間であり、人間の生そのものなのだ。これは、文学がやろうとしていることをSFで成しえようとしていることに他ならないではないか。これが、自分がケン・リュウの作品を「現在最高のSF小説なのではないか」と思った理由であり、最先端だったSF作家グレッグ・イーガンを既に越えた、と思えた部分だったのだ。

ケン・リュウの『紙の動物園』は現在最高のSF小説集だと思う。 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

○神の水 / パオロ・バチガルピ

SFであると同時にハード・バイオレンス作品としても楽しめました。

この物語の基本トーンとなるのはなによりもまず「水が失われたことにより崩壊した都市群」であり、「水利権の為には他人の命など顧みない有力者とその配下」であり、そして「アメリカ合衆国内で難民となりぼろ雑巾のように生きそして死んでゆく市民」だ。これはもう先ごろ公開され大ヒットした『マッドマックス 怒りのデス・ロード』そのままの終末の光景がある。しかし、『神の水』が多くの終末ストーリーと違うのは、世界が今まさに崩れ落ちてゆくその過程を描いていることだ。世界はまだ終わってはいない、そしてその終末を食い止めるために人々はひたすら奔走する。これは焼け石に水でしかないのか。最後の希望は残されているのか。この、絶望と終焉のぎりぎりの瀬戸際でもがきまわり、あがきまわる人間たちの姿がどこまでも生々しい物語なのだ。

水利権を巡り暴力と死の横行する暗澹たる未来を描いたSFノワール『神の水』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■割と面白く読めた2冊。

○宇宙兵志願 / マルコ・クロウス

気軽に読めるミリタリーSFってことで。

もうひとつ、この作品でニヤリとさせられるのは、非常に戦争映画・SF映画の影響が強く、それとよく似たシチュエーションが飛び出すといった部分だろう。中盤の市街戦などはそのままSF版『ブラックホーク・ダウン』だし、宇宙を舞台にした後半では、某有名SFアクション作品と某SFパニック作品を混ぜこぜにしたような展開が待ち構える。これはオマージュとか剽窃というよりも、ついつい滲み出てしまうSF愛なのだろうと好意的に受け止めた。伏線が忘れ去られたりなどの瑕疵はあるにせよ、そんな部分に作者の粗削りな若々しさを感じてしまう。傑作SF『火星の人』とはタイプもテーマも違うけれども、作者の活きの良さと言った部分では共通してるし、今後も大いに期待できる作家だと思う。続編もあるようなのでとても楽しみだ。

マルコ・クロウスの『宇宙兵志願』読んだ - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

○明日と明日 / トマス・スウェターリッチ

なにやらどんよりした雰囲気がたまりませんでした。

どちらにしろ物語全体を覆うカラーは暗く濃厚な感傷性である。こういった感傷性や暗さは個人的には苦手なのだが、しかしこの物語の暗さには奇妙にのめり込んで読んでしまった。これはただ単に感傷的というのではなく、《残された者》の哀惜がそこに描かれているからだ。アメリカなら、それは911テロの記憶なのかもしれない。また、日本人であるなら、それは東日本大震災の記憶とも結びつくだろう。そこで生き残った者は、失われた者を偲びながらそれでも明日に生きるしかないのだけれども、ただ大きな《傷口》だけは確固として存在し、そうでなかったはずの《明日》につい想いを馳せてしまうのだ。タイトル『明日と明日』の意味はそういった、現実の明日と、そうでなかったはずの《明日》のことなのかもしれない。

消滅した街のアーカイブ世界を舞台にした近未来ノワール〜『明日と明日』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■そこそこに評判のよかったエントリー

○叛逆航路 / アン・レッキー

作品自体の面白さはそこそこだったんですが、妙にブクマの数を伸ばしたエントリーでしたね。

『叛逆航路』の物語を一言でいうなら「ミステリアス」、これに尽きます。最初は主人公ブレクがなぜ雪の惑星を彷徨っているのか、戦艦AIである"彼女"がなぜたった一人でいるのか、"彼女"が拾ったかつての副官にいったいどんな意味があるのか、全く分かりません。また、現在と交互に語られる形の、19年前の惑星シスウルナのシークエンスも、これがいったいどのように物語の本筋に関わってくるのかよくわからないのです。こうして物語はどこか霧の中を彷徨っているかのように進行してゆきますが、やがて陰謀とはなんなのか、その陰謀にブレクがどう決着を付けようとしているのかが徐々に明らかにされてくる、といった構成になるんです。

英米SF賞史上最多7冠受賞作『叛逆航路』は新たなるフェミニズムSFの潮流なのか? - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

○火星年代記 / レイ・ブラッドベリ
火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)

火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)

古典的名作で評価も確立していますが、「ホントはこういう話だったんじゃ?」というレヴューがウケたようです。

その"寓意"の本質にあるのは「旧世界から新天地へ」というアメリカ成立の歴史であり、いってみればこれはピューリタニズムの話なのだな、と思えた。アメリカ成立の陰にはネイティブ・アメリカンの虐殺・放逐があったが、これら闇に葬られたネイティブ・アメリカンの"スピリット"を決して忘れ去ってはいけない、そしてその"スピリット"は今でもアメリカの大地に根を張っているのだ、こういった想いを「絶滅した火星人」に仮託したのがこの物語なのではないのか。これはある意味作者ブラッドベリの信仰者としての【良心】だったのではないか。

今更ながらにブラッドベリの『火星年代記』を読んだらピューリタニズムの話だったというのが分かってびっくりした - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

○インド映画完全ガイド マサラムービーから新感覚インド映画へ / 松岡環(監修・編)夏目美雪+佐野亨(編集)

インド映画みんなで観ようよ!

この『インド映画完全ガイド』は主に日本で最近まで公開されたインド映画を中心に構成されています。ごく最近の作品はDVDやBlu-rayで入手可能だし、当然レンタルで観ることもできます。ただしちょっと古い作品だとソフトのリリースはあったものの現在廃盤というものが多く、これはレンタル店でしつこく探すしかありません。どちらにしろ、日本語字幕、あるいは吹き替えのある、容易に観ることのできるインド映画作品が並べられています。同時に、紹介されているインド映画スターも、これも日本公開作のある有名スターが中心となっています。こういった構成から、この『インド映画完全ガイド』はあくまでインド映画のスターターガイドというものになっており、これからインド映画を観られる方にはとても分かり易く情報の網羅された本になっています。

最新日本公開インド映画を網羅した『インド映画完全ガイド』が発売されたのであなたは読むがいいのです。 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

yoyoshi yoyoshi 2015/12/25 13:26 小笠原豊樹先生の訃報に接したのが昨年の12月でした。火星年代記は小笠原先生の翻訳の素晴らしさがあってこそ。アトムの子らも。
パヴァーヌは重い内容だけどジュブナイルの様な瑞々しさがあって、もっと若い時に読みたかった。でも人類の進歩をスローダウンして核の脅威を無くすために抗生物質等の文明の恵みを大衆から遠ざけるのはなあ。目前で家族が死にかけていたら麻酔と抗生物質と衛生的な環境が欲しい!未来より現在です。キリスト教以前の古い人々の描写は良かったです。早川書房の70周年補完計画、一番読みたい作品が来年3月で待ち遠しい。復刊して欲しい本が一杯だけど80周年まで待てと?

globalheadglobalhead 2015/12/25 13:32 自分は今は一旦SFから抜け出て文学とかなんとかその辺読んでるとこです。『千の顔を持つ英雄』がやっと新訳で出たのでそれも読んどきたいですね。

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20151224(Thu)

[]今年面白かったバンドデシネとアメコミあれこれ 今年面白かったバンドデシネとアメコミあれこれを含むブックマーク 今年面白かったバンドデシネとアメコミあれこれのブックマークコメント

■バウンサー / アレハンドロ・ホドロフスキー、フランソワ・ブック

ホドロフスキーの描く西部劇!ともなるとどうしても『エル・トポ』を思い出さずにはいられませんよね。

無法のならず者たちが跋扈する西部の大地を舞台に、血塗られた出生の秘密、呪いに満ちた財宝、血縁同士の怨念、虚無と哄笑に塗れた死が次々と描かれ、その無情の中で復讐だけがただ一つの理由となった生が鬼火のごとく赤々と燃え上がる。アレハンドロ・ホドロフスキーの『バウンサー』はホドロフスキーがこれまで描いてきたおぞましい運命のただ中にある激烈なる情念をここで再び展開しながら、その地獄巡りの如き運命の道程はこれまで語られたホドロフスキーのどのような物語よりも鮮烈な暴虐に溢れ返っている。ここには烙印の如き原罪と逃れられぬ悲劇が存在し、物語に登場する誰もが血と屍の海に飲み込まれ、狂気を宿した目をしばたたかせながら悶えあがきまわるのだ。

バンドデシネ2作読んだ / 『バウンサー』『ウィカ―オベロンの怒り』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■ミラン・K ティーンエイジャー編 / サム・ティメル(作)、コランタン(画)

少年が主人公ながら国際金融界のダークサイドを上手にテーマに盛り込んだ佳作でした。

少年はまず軍資金として亡き父が残した莫大な隠し財産を追ってゆく、というのが物語の大まかな流れになるが、ここでもともと映像ジャーナリストであった作者の国際経済・金融業界に対する知識が生かされることにより、単なる陰謀活劇にとどまらず、国際金融のダークサイドと奇妙なからくりをも描いた大変ユニークな作品として仕上がっているのだ。主人公を追撃するロシア政府が次々に築いてゆく死体の山と爆破された瓦礫の数も大盤振る舞いであり、アクション・コミックとしても破格のものがある。その中で主人公は体力だけではなく高い教育に裏打ちされた知識でもって様々な危機を乗り越えてゆくのだ。これまでもその潜在的なポテンシャルの高さを知らしめてきたバンドデシネではあるが、このような作品まで飛び出してくるとはさすがに唸らされるものがある。アクション映画、スパイ・冒険小説の好きな方に是非お勧めしたい。

国際的な陰謀に巻き込まれた少年の決死の逃避行を描く傑作コミック『ミラン・K』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■MISS / フィリップ・ティロー(作) マルク・リウー&マーク・ヴィグルー(画)

大恐慌下のアメリカを舞台に、白人女性と黒人女性がペアになった殺し屋を描くハードボイルド・ストーリー。クール&タフな物語にしびれました。

4つの物語にはそれぞれ明確な起承転結があるわけではない。むしろ、とりとめなく行われる二人の殺しの狭間から、彼らの生きる非情な世界と、ノラとスリムのキャラクターとその生き方が、じわりじわりと滲み出してくる仕組みになっているのだ。そして読めば読むほどに、彼ら二人に魅了され、愛しきってしまう自分に気付くはずだ。(中略)こうして、どん底に生まれた二つの魂が、信頼という最高の武器を手に、人種も性別も超え、魑魅魍魎のはびこる世界を、クール&タフに生きてゆく。これがこの作品の最高の魅力なのだ。会話はブラックなウィットに溢れ、読んでいて忍び笑いを何度も洩らしてしまう。

禁酒法時代のマンハッタンを駆け抜ける白人女と黒人男の殺し屋コンビ!〜『MISS』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

ヘルボーイ:捻じくれた男 / マイク・ミニョーラリチャード・コーベン

オカルト・アクション、ヘルボーイの中短編集。不気味で妖しいシナリオに堪能させられました。

ヘルボーイの物語の多くはグラフィックとしての情報量の多さ(緻密な描き込みというのではなくて、その世界を一目瞭然に描き切る説得力)と物語それ自体の情報量の密度が相乗効果を生む稀有なグラフィック・ノベルとして楽しむことができる。グラフィックだけとか物語だけとかが突出していないのだ。ヘルボーイの物語はオカルティズムを基盤とした怪奇譚であり、テラーと呼ぶべきものではない。ヘルボーイ物語はマイク・ミニョーラの博覧強記ともいえるオカルト知識が撚り合わされ、鬱蒼たる世界を構築されているが、それをヘルボーイが腕力ひとつでぶち壊してしまう。ヘルボーイはアクションもいける物語なのだ。このインテリジェンスとフィジカルの拮抗するバランスがヘルボーイ物語の醍醐味と言えるのだろう。

鬱蒼たるアメリカの森林地帯でヘルボーイが出遭った邪悪の存在〜『ヘルボーイ:捻じくれた男』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

■続リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン / アラン・ムーア (著)、ケビン・オニール(画)

ビクトリア朝時代を舞台に、アラン・クォーターメン、ネモ船長、ジキル博士とハイド氏、透明人間、さらに吸血鬼ドラキュラのヒロインが主人公となったスチームパンク作品の続編は大波乱でした。

毎回古きイギリスを彷彿させるSF・推理・怪奇小説の小ネタがとどまるところを知らぬ量で散りばめられるこの作品だが、さらに今作では「火星しばり」ということで、火星を舞台にしたプロローグで物語られるのはE.R.バローズの「火星シリーズ」の様々な登場人物と小ネタではないか!このプロローグで描かれる幻想の火星が実に楽しい。そして舞台を地球に移し、小説『宇宙戦争』そのままに殺戮と破壊にさらされるイギリスを死守せんと活躍するLoEGの面々だが、ここで切り札としてもう一つのウェルズ小説の登場人物が担ぎ出される。(中略)今作のもう一つの主眼となるのはLoEGの面々の人間関係だろう。前作では癖のある者同士困難に向かって協力し合っていたのだが、やはり他人と協力なんかできない面々ばかりのせいか、今作では各々のスタンドプレイが遂にその同盟の瓦解にまで発展してゆくのだ。それがどんな形で終極を迎えるのかが今作の見所となっている。

最近読んだBDやらアメコミやら〜『続リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』『プロレス狂想曲』『ベルベット』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20151223(Wed)

[]今年面白かったゲームあれこれ 今年面白かったゲームあれこれを含むブックマーク 今年面白かったゲームあれこれのブックマークコメント

■マッドマックス

映画も最高でしたが、このゲームもとても『マッドマックス』な雰囲気を再現していて楽しかったです。終末後の荒野を改造カーでぶっ飛ばし、ウォーボーイズを殴り倒してゆく喜び!

しかしゲーム『マッドマックス』の『マッドマックス』らしさというのは資源の徹底した枯渇、というゲーム設定に反映している。スクラップを拾いながら車両をバージョンアップさせるというのもそれらしいが、まず車の燃料を確保しなければならないし、体力(HP)回復の為に水源を探して水筒に詰めその水を飲む、というのも実にそれらしい。当然弾薬も希少で、戦闘の中心とはならず、ウォーボーイズらとの戦いは基本的に拳骨によるバトルとなる。(中略)それとやはり『マッドマックス』といえばカーアクションだ。荒廃した大地をぶっとい排気音を鳴り響かせながら突っ走るのはやはり爽快感が強くマッドマックス気分が上がってくる。走行中にはウォーボーイズのミュータントカーが襲い掛かり、これを粉砕するためのカーバトルも繰り広げなければならない。映画同様ウォーボーイズが車に乗り込んでくるので、これを叩き落すのも醍醐味だ。また、時々『怒りのデスロード』みたいな嵐が襲ってくるところも芸が細かい。

○V8ヒャッハー!ゲーム『マッドマックス』で爆走なんだッ!?

コールオブデューティ ブラックオプス III

近未来戦が舞台となったCoDシリーズ、さらには最近のFPSジャンルの中でも最も完成度が高いんじゃないでしょうか。

プレイヤーの操作する兵士は改造手術を受けていて、「サイバーアビリティ」なるものを使うことができる。それにより身体能力は高いは恐ろしげな特殊能力まで発動するわでなんかもうとりあえず未来戦士なのである。身体能力でいうと壁をダダダッ!と走り抜けるウォークランとか高いジャンプが可能なスラストジャンプとかができるようになっている。この辺最近のFPSの流れですわな。「サイバーアビリティ」というのは超怪力になったり敵の兵士やロボットを超能力みたいに遠隔攻撃できたり操ったり、というのができるようになる。(中略)こういった、未来兵器や特殊能力や敵の機械化なんかはこれまでの『CoD』シリーズでもお馴染みなものではあっても、それはあくまで「近未来」の味付け程度だったのが、この『CoDBO3』ではより徹底して「ニュータイプのFPS」として盛り込んであるのだ。今までは目先を変えるための「近未来」だったが、今作ではきちんと「近未来SF」チックなのだ。それはプレイ中に表示できるタクティカルモードの実にサイバーな見た目にもよるだろう。単純に言うと、カッコイイのである。

○今度の『ブラックオプス』はさらにサイバーになった近未来戦だ!〜ゲーム『コールオブデューティ ブラックオプス III』

メタルギアソリッドV ファントムペイン

今年はMGSVの出た記念すべき年として記憶されるのでしょう。

だがこのモノスゴイオープニングの後は普通にスニーキング・ミッションのスネークさんになってちょっと落ち着く。なんといっても今作のウリは「オープン・ワールドのMGS」である。アフガニスタンの広大な大地を縦横無尽にスニーキングしまくるらしいのである。この後アフガニスタン以外の舞台があるのかどうかは分からないが。システムや雰囲気は『MGSV:GZ』とそれほど変わらないのだが、閉鎖空間で逃げ場のなかった『MGSV:GZ』よりは難易度が抑えられている。しかし今回の『MGSV:TPP』では敵兵などをフルトン回収したり、基地となるマザーベースでの開発・拡張、さらにオンラインでのプレイなどの要素が盛り込まれている。(中略)最初面倒に思えていたフルトン回収、これが妙にハマる。フルトン回収というのは敵を拉致して基地に送り込むもので、拉致した敵は仲間として武器その他の研究開発を推進してもらうのである。これにより武器装備がレベルアップする、という訳だ。

○『メタルギアソリッドV ファントムペイン』と『Evolve』をやった

■バトルフィールド ハードライン

「警察もの」FPSというのが面白かったですね。とはいえクライマックスはハードに盛り上がっていきます。

オープニングからの流れはハリウッド映画やTVシリーズでお馴染みのまさに「警察もの」として進行してゆき、これまでミリタリーFPSをさんざんやってきた目から見ると一味違う新鮮さがあります。今回「警察もの」にしたのはこの新鮮さを狙ったからでしょう。「警察もの」のゲームといえば『マックス・ペイン』シリーズというTPSゲームがあり、最新作『3』では相当にヘヴィーで凄まじい世界が展開していましたが、こちらはあくまで一匹狼デカ。この『ハードライン』では警察内部の人間関係が物語を盛り上げていて、これはドラマ部門の監督・シナリオライターにアメリカ有名TVドラマのスタッフが関わっているというのもあるでしょう。ゲームパート冒頭のカットシーンでは物語の流れをじっくりと説明し、さらにこの物語も二転三転してゆき、次第に熾烈なものへと変化してゆくのです。

○今度のバトルフィールドは刑事モノだ!〜ゲーム『バトルフィールド ハードライン』

バットマンアーカム・ナイト

世界観の作りこみが物凄かったですね。

グラフィックもただ美しいだけではなく、その世界に存在するあらゆるもののデザインが秀逸で、ちょっとしたサイバーパンクSF世界でプレイしているような気さえさせます。ある意味その辺のSFなゲームよりもよっぽどSF的な世界観を形作っているんですよ。同時に、バットマンらしいダークな雰囲気もさらに深化させられています。これはバットマンとゴッサムシティ、そしてヴィランたち、といったこの世界を形作っているものが最初からしっかりとあるため、それを補強し、また発展させる形でデザインが生み出されている、という部分に負っているような気がします。なにしろバットスーツの作りとか惚れ惚れしちゃいますよ。

○ゲーム『バットマン:アーカム・ナイト』をやってる。

■Fallout 4

Fallout4

Fallout4

今年面白かったゲーム…というか、こんな年末にこんな面白そうなゲームリリースされたって、

やってる暇ないじゃんかよ!

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20151222(Tue)

[]今年面白かったエレクトロニック・ミュージックあれこれ 今年面白かったエレクトロニック・ミュージックあれこれを含むブックマーク 今年面白かったエレクトロニック・ミュージックあれこれのブックマークコメント

◎アルバム (テクノ/ハウス/フットワーク/ダブテクノ) 

■Music for the Uninvited / Leon Vynehall
Music for the Uninvited

Music for the Uninvited

UKポーツマス出身のディープハウサーLeon Vynehallによる1stアルバム。これが非常に繊細かつ技巧的に構築された音世界を表出させており、エレクトロニクス音の狭間にストリングスや鍵楽器、ヴォイスサンプルなどを効果的に配し、それぞれの曲があたかも絵画の様に美しい構図を切り取りながら、同時に物語の無い映像作品の様に感性豊かに構成されているのだ。それでいてソウルフルなディープハウスとして十分に機能している。2014年にリリースされた作品だが、これは実に完成度が高いアルバムだ。 《試聴》

■Folk / Nick Hoeppner

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ベルリン・Panorama Barの長年に渡るレジデントであり、かつてレーベルOstgut Tonのマネージャーも務めていたNick Hoeppnerによる初のアルバム。パワフルなリズムと浮遊感溢れるメロディを備え、ジャーマン・テクノならではのサウンドを響かせる安定の良作。 《試聴》

■Burn It Down / Octave One
Burn It Down

Burn It Down

デトロイト・テクノのオリジネイターOctave Oneの7年ぶりとなるフルアルバム。重量級でありながら歯切れのいいリズム、親しみやすいソウルフルなメルディが真っ黒いグルーヴを生み出す良作。 《試聴》

■1983 / Kolsch
1983

1983

KomapktからリリースされたデンマークのRune Reilly KölschによるKölschの2ndフルアルバム。美しいメロディ、ノスタルジックでドリーミーなテックハウス・サウンドが並ぶ好盤。Komapktらしい整理整頓された電子音が堪らなく心地よい。 《試聴》

■Practice What U Preach / DJ Roc
Practice What U Preach

Practice What U Preach

フットワーク/ジュークは特別に新しい音だというのではなく、ダンス・ミュージックのフォーマットを今一度プリミティブな方向に揺り戻した音楽ジャンルなのだと思う。特にサンプリング・ヴォイスの執拗な迄のループが楽しい。こういうのもハウス・ミュージック黎明期にはよくあったが、洗練される過程で消滅したスタイルだ。フットワーク/ジュークはそれを再現しながら、より研ぎ澄まされた形として音にしている。 《試聴》

■Tayi Bebba / Clap! Clap!

2014年にリリースされたClap! Clap!のデビューアルバム。Clap! Clap!はジュークにアフリカン・サウンドとベース・ミュージックを融合させ、これまでのジューク・サウンドとは全く違うアプローチでジューク・サウンドを展開しているのだ。アフリカン・サウンドの開放的で明るいサンプリング・メロディの中に突如としてジュークの凶暴なリズムが炸裂するさまは非常にスリリングである。今後はジュークもこういったハイブリッド化が進んでゆくのだろうが、そういった部分で是非聴いておきたいアルバムだといえるだろう。 《試聴》

■Morning/Evening / Four Tet
Morning / Evening

Morning / Evening

Four Tetのニュー・アルバムは20分ほどの曲が2曲はいった構成で、それぞれ「Morning Side」「Evening Side」というタイトルがつけられている。どちらも非常に穏やかなハウス・ミュージックだが、特に「Morning Side」での中東風の女性ヴォーカルと明るく伸びやかなメロディがとても心地いい。1曲が長いにもかかわらずいつまでも聴き続けていられるのだ。ジャケットに使われている写真はインドのチャンドバオリ遺跡のもの。これは9世紀頃に造られたとされている巨大階段井戸で、インド映画でもたまにお目にかかる。こんなインドなテイストがまた、最近インド脳のオレには非常にマッチする。今回のお薦め盤。 《試聴》

■Coherent Abstractions / ADMX-71
Coherent Abstractions

Coherent Abstractions

90年代からNYアンダーグラウンド・シーンで活躍するAdam XことAdam MitchellがADMX-71名義でリリースしたニュー・アルバム。ダークでインダストリアルなハード・テクノが鳴り響くその音はさすが重鎮の技。 《試聴》

■Walls and Dimensions / Deadbeat
Walls & Dimensions

Walls & Dimensions

ダブテクノのベテラン・アーチスト、Deadbeatの10枚目となるアルバム。いつものぶっとい重低音はそのままに、要所でヴォーカルを配した実に洗練された音となっている。実験性とポップさとが組み合わさった良作。 《試聴》

◎アルバム (アンビエント

■新しい日の誕生 / 2 8 1 4
新しい日の誕生

新しい日の誕生

映画『ブレードランナー』を思わせる勘違い日本語のネオンサインが瞬く高層ビル群をジャケット写真とし、アルバムタイトルが日本語で「新しい日の誕生」。収録曲も「新宿ゴールデン街」とか「ふわっと」とか「ヒアイ(悲哀)」とか日本語読みの曲名ばかりで、製作者はというと「T e l e P a t h テレパシー能力者」と「Hong Kong Express」のコラボ作品だということらしいが、結局日本人なのか日本製なのか皆目わからない。なんだかキワモノめいた感じであるが、しかし内容はというと、これが、いい。非常にエモーショナルなアンビエント・サウンドで、「ヴェイパー・ウェイブ」と呼ばれるサウンド・ジャンルの一つでもあるらしい。確かに都市生活の悲哀や孤独を感じさせると同時に、未来的であり、どこか夢見る様な美しさも兼ね備えてる。それが都市のネオンの毒々しい輝きなのか、ひと時の愛の安らぎなのか、それは分からないけれども、少なくとも、密やかな希望がその曲調から感じることができる。これらがアルバムジャケット、曲タイトルなどのトータルなイメージも動員させながら静かに心に沁みいってくるのだ。得体こそ知れないが、これは名作なのではないか。特に7曲目「テレパシー」の夜明けの様な爽やかな穏やかさ、そしてラスト8曲目の13分にのぼるトラック「新しい日の誕生」のたゆたう水面を想像させるSEと寄せては返す音の煌めきはどこまでも心を開放させてくれる。《試聴》

■Moonbuilding 2703 AD / The Orb
Moonbuilding 2703 AD

Moonbuilding 2703 AD

あのThe Orbによる6年ぶりのオリジナルアルバムはKomapktからリリース。例によってぶわぶわ〜んもにゅもにゅ〜んである。すまんバカな文章で。The Orbはリリース作品なんとなく全部聴いてるけど1作目以降はどうも印象が薄いのだが、このアルバムは妙にハマった。 《試聴》

■L'etreinte Imaginaire / Auscultation
L'étreinte Imaginaire

L'étreinte Imaginaire

まるで昭和歌謡の様なジャケットで一瞬驚かされるアルバムだが、これはアメリカ西海岸を拠点にするインディ・ハウス・レーベル「100%Silk」からリリースされたAuscultationのニューアルバム。AuscultationはGolden DonnaことシンセシストのJoel Shanahanによる別プロジェクトであるらしい。全体的にメランコリックで心安らぐようなアンビエント・ハウスを聴くことができる。 《試聴》

■Woman in the Moon / Jeff Mills
Woman in the Moon

Woman in the Moon

ジェフ・ミルズが今年の2月にリリースしていた3枚組アルバムはフリッツ・ラングの無声SF映画『月世界の女』の架空のサウンドトラック・アルバム。ここしばらく宇宙の彼方へ行ったまま帰ってこないジェフ君の相変わらずの「ピローンポヨヨーン」な宇宙音が鳴り渡るが、これがこれまでリリースしていた宇宙音アルバムとどう違うか、と聞かれると答えに困る。しかし3枚組で聴かされるとこれが結構いいのだ。 《試聴》

◎コンピレーション

■E Versions Vol 1 / E Versions

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Mark Eが運営するレーベルMercの人気エディット・シリーズ「E-Versions」からリリースされたコンピレーションCD。1曲目からチャカ・カーンの「I'm Every Woman」をハウス・エディットした曲が始まりこれはもうご機嫌モノ。 《試聴》

■Ostgut Ton | Zehn / Various Artists
Ostgut Ton | Zehn

Ostgut Ton | Zehn

ベルリンを代表するテクノ・レーベルOstgut Tonが設立10周年を記念してリリースした30曲入り(D/L版)コンピ。Ostgut Tonはオレもとても信頼しているレーベルで、これは買い。 《試聴》

■Consider This A Warning / Various

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USアンダーグラウンド・レーベルChronicleからリリースされたテクノ・コンピレーション。最新型のアンダーグラウンド・ミニマル・テクノの数々が網羅されこれは聴き応え十分。 《試聴》

◎DJミックス

■Balance 028 / Stacey Pullen/Various
Balance 028

Balance 028

MIX CDシリーズでお馴染みのBalanceによる28作目はデトロイト第2世代DJのStacey Pullen。他のデトロイト勢よりは若干地味に思われるかもしれないが、非常に丁寧にコントロールされたMIXは好感度が高く、オレも以前から好きだった。そして今回のMIXも、いい。Stacey Pullenがセレクトした曲はどれもずっしり重く黒く、派手さはないがズブズブとのめり込んでゆけるグルーヴさに溢れている。やはりデトロイトDJは違うな。 《試聴》

■Fabric 83: Joris Voorn / Joris Voorn
Fabric 83: Joris Voorn

Fabric 83: Joris Voorn

Fabricの83番は既にベテランDJとして認知されているJoris Voorn。アルバムの曲数は20曲となっているが、実は55曲ものトラックを時には5曲同時にミックスしてみせるなどして製作された超絶ミックスアルバム。Joris Voornによってレイヤリングされたこれらのトラックは既に彼によってインスパイアされた別のトラックとして生まれ変わっている。そしてそのどれもがJoris Voorn独特の曙光のような美しさを湛えているのだ。Fabric作品としても完成度が高い。 《試聴》

■Techno 2015 / DJ Van/Various
Techno 2015

Techno 2015

「ガッツリと王道のフロアなテクノ・ミックスは無いものか」とお探しの貴兄にZYX GermanyからリリースされたDJ Vanのその名も『Techno 2015』はいかがでしょう。大箱向けのミックスですがオレこれ結構好きです。 《試聴》

◎リイシュー

■Much Less Normal / Lnrdcroy

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Lnrdcroyの『Much Less Normal』はアンビエント風味のビートダウン系ハウスということができるだろう。もともとは2014年にヴァンクーバーの「1080P」から100本限定でリリースされたカセットテープ作品なのだが、これをエジンバラ発のビートダウン系レーベルFirecracker Recordingsからヴァイナル&CDでリイシューされた。このリイシュー版ではカセット版から2曲削除され、その代り新たに13分に渡るビートダウン組曲とも言える曲が追加されている。ちなみにAmazonにあるD/L版はカセット版のもの。自分はCDで購入したが、ジャケットはFirecracker Recordingsならではのスペーシーなビジュアルに差し替えられており、個人的にはこちらのジャケットのほうがアルバムの雰囲気を伝えていて良い、と思ったな。 《試聴》

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20151221(Mon)

[]再会の物語〜映画『スターウォーズ / フォースの覚醒』 再会の物語〜映画『スターウォーズ / フォースの覚醒』を含むブックマーク 再会の物語〜映画『スターウォーズ / フォースの覚醒』のブックマークコメント

スターウォーズ / フォースの覚醒 (監督:J・J・エイブラムス 2015年アメリカ映画)

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I.

スターウォーズ / フォースの覚醒』を観てきました。今回は特に内容に触れないことにして、SW旧6作とこの新作との関わり合いについて思いついたことをあれこれ書き散らかしたいと思います。ネタバレはしてないと思いますが、物語の構造上のことには触れているので、情報は一切遮断したい!という方は本編を楽しまれてから読んだ方がいいかもしれません。

さて、SWの4〜6作、いわゆる「ルークの物語」はヒロイック・ファンタジーの王道的な作品で、それはそれこそヒーローの登場による「新たなる希望」がテーマでした。それに対する1〜3作、いわゆる「アナキンの物語」は終局において徹底的な絶望を用意された悲劇の物語です。そしてこの悲劇があるからこそ、「ルークの物語」による「新たなる希望」が必要とされたわけです。この「アナキンの物語」は、続く「ルークの物語」が先行して物語られていたため、構成上最後に物語がどこに結実するのか予め定められているという避けられないネックが存在していましたが、「ルークの物語」の明快な痛快さとは真逆の、陰鬱さと複雑さを持ち込むことで見事に対比的な3部作として完成していました。この明暗のトーンを綺麗に分けて描ききった、という部分において、自分は「アナキンの物語」3部作を「ルークの物語」3部作と同等に評価するべきであると思います。

II.

さてそれではこの新たなる3部作の1作目である「フォースの覚醒」は何なのか、旧6作に対して何であるのか、というと、これはもう【再開の物語】である、と言い切っていいでしょう。誰もが知るようにこの『フォースの覚醒』には「ルークの物語」で登場した主要人物たちが総出演しています。彼らが今どこでなにをしているのか?そしてそんな彼らが今回はどのように関わるのか?が今作の焦点です。当然新たなキャラも登場し、物語自体はそんな彼らが中心となって動きますが、彼らの今後の活躍はまだまだ未知数であり、とりあえずはお披露目の形となっています。これらの新キャラにどのように旧キャラがバトンタッチするのかも今後の展開でしょう。

そしてこの作品は、多くのSWファンとの、10年ぶりともなる【再開の物語】としても構成されています。物語のそこここに、SWとはこういう物語だったよね?というキーワードがあらん限り詰め込まれ、ある意味これまでの6作のおさらいのような体裁ですらあります。これまでさんざん待たされ、もう新しいSWは作らないとまでルーカスに宣言されたSWファンにとって、『フォースの覚醒』はあたかも走馬灯の如く目の前に展開するはずです。実のところ、そのために相当に既視感の強い作品となっている感は否めませんが、これはもう「久しぶりに会ったんだから景気よく飲もうや!」という【お祭】である所が今作の目論見だったのでしょう。むしろ、最初から全く新しい物語が始まるよりも、とっかかりとして非常に正しいのかもしれません。

それと同時に、これは『フォースの覚醒』で初めてSWを観る方が、これから旧作を振り返って観ようとした時に、「あれはこういうことだったのか!」と楽しめる仕掛けでもあるというわけなんですよ。シリーズ未見の方がこの『フォースの覚醒』を観るときに、旧作の予習は必要か?と思われるかもしれませんが、この作品を最初から観ちゃって全然構わないでしょう。そしてもし気に入ったなら、旧作を振り返ってみてみるといいでしょう。そうすると、『フォースの覚醒』で散りばめられたキーワードを様々なシーンから発見できると思います。いいなあ、これから初めてスターウォーズ旧6作を体験できるなんて!

III.

個人的に言うならば、この『フォースの覚醒』を観て思ったのは、自分にとってSWというのはルーカスのヴィジュアル・センスとその作家性を楽しむ作品だったのだなあ、ということでした。自分はなにしろ、面白さの差はあるとしてもSW作品は1〜6すべて好きで、例えば「4〜6はいいけど1〜3はいまひとつ」みたいな評価の仕方など有り得ません。なぜなら1〜6作にはルーカスの連続した拘り方を感じるからです。ルークの物語、アナキンの物語、それぞれは真逆のトーンであるにもかかわらず、むしろ真逆であろうとしながらもルーカスのセンスは一定しており、そこにはルーカス独特の難点もあるにせよ、オレはそれもひっくるめたルーカスの連続性が好きだったのだと思えるんですよ。

しかしこの『フォースの覚醒』はSW製作総指揮からルーカスが離れることで当然ながらルーカスの作家性とは断絶している、全然違うのだな、というのがはっきりと分かります。この作品にはSWの外見はあってもルーカス的なものは感じません。これはルーカスSW原理主義者としてはけしからんことではありますが、しかしなにしろ、あの人はもうSWを作ってくれないわけです。要するにルーカス的なSWは既に終焉を迎えてしまってるんですね。であるなら新しく作ってくれる者に期待するしかないんですよ。この『フォースの覚醒』はとりあえずSW再始動の【お祭】であり旧作のおさらいであり、さまざまなことが未知数で、まだまだ新章のとっかかりのさらにプロローグでしかないようにすら思えます。つまり、まだ物語は始まっていないんですよ。この新3部作は次作からその真価を発揮するのでしょう。

D

yoyoshi yoyoshi 2015/12/22 11:48 とにもかくにも生きている間にSWの新作が公開されて、お祭りになっているだけで嬉しい!TVでもエピソード4を放映してくれてベイダー卿とジャバザハット様のお姿を拝見しただけで胸熱。

globalheadglobalhead 2015/12/22 12:28 新鮮味には乏しく、特に驚きもなかったんですが、なにしろ【お祭り】ということで全部許してしまおうと思いました。

20151218(Fri)

[][](インドの)セックス・ドラッグ・ロックンロール〜映画『Dev.D』 (インドの)セックス・ドラッグ・ロックンロール〜映画『Dev.D』を含むブックマーク (インドの)セックス・ドラッグ・ロックンロール〜映画『Dev.D』のブックマークコメント

■Dev.D (監督:アヌラーグ・カシュヤプ 2009年インド映画)

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■現代版「デーブダース」

ベンガル古典文学『Devdas』の映画化作品と言えばサンジャイ・リーラー・バンサーリー監督による2002年公開作『Devdas』が何しろ有名だろう。悲恋の末に酒で破滅する男を描いたこの物語は、シャールク・カーン、アイシュワリヤ・ラーイ、マードゥリー・ディークシトといった破格の出演陣とバンサーリー監督独特の絢爛豪華な美術により、堂々たる傑作として完成している作品だ。

その『Devdas』を現代を舞台に再話したのがこの『Dev.D』だ。主演は『Zindagi Na Milegi Dobara』『Raanjhanaa』のアバイ・デーオール、二人のヒロインを『ダバング 大胆不敵』でマッキーの恋人役を演じたマーヒー・ギル、そして『マルガリータで乾杯を!』『若さは向こう見ず』のカルキ・ケクラン。監督は『Black Friday』『Gangs of Wasseypur:Part1,2』『Ugly』のアヌラーグ・カシュヤプ。また、『トレイン・スポッティング』のダニー・ボイル監督に謝辞が捧げられており、なんらかのアドバイスがあったものと思われる。

《物語》ロンドン留学から帰ってきた実業家の息子デーヴ(アバイ・デーオール)は、幼馴染の娘パーロー(マーヒー・ギル)との再会を心待ちにしていた。しかし一時は激しく燃え上がった二人の愛もデーヴの勘違いから破局を迎え、パーローは他の男と結婚してしまう。心破れ酒と麻薬に溺れながらも、デーヴは未練心からパーローの移り住んだデリーへと向かう。そこで彼は売春宿に入り浸る様になり、そこで働くチャンダー(カルキー・ケクラン)という少女にのめり込んでゆく。だがデーヴのパーローへの想いは消え去ることがなく、孤独と絶望の中デーヴは破滅へ坂道を転げ落ちてゆくのだ。

■セックス・ドラッグ・ロックンロール

とまあなにしろ『Devdas』なのだが、2002年版と違う所は、まず舞台が現代であり、そして薄汚いデリーのドヤ街であること、デーヴとパーローの奔放なセックス・シーンがあること、デーヴとパーローはそれぞれの両親に引き裂かれたわけではなく、デーヴの嫉妬心から引き起こされ、パーロー自体は自分の結婚に満足していること、などが挙げられる。要するにこの物語では、「引き裂かれた恋人同士の運命の悲劇」というよりは、「メンタルが弱く甘ちゃんな金持ちのボンボンがまともにコミュニケーションできないばかりに勝手に自滅してしてしまう物語」である、ということだ。

『Dev.D』で描かれる「デーブダース」の物語は下品で下世話で、その映像は原色の踊るポップかつヴィヴィッドなものであり、描かれる主人公の性格は自己中心的で幼稚であり、ぶっちゃけかなりしょーもない。映画全体がPV的なセンスに溢れ、破滅的な主人公の姿自体がロックンロールといえないこともない。映画はこうしてセックスとドラッグに溺れる主人公が激しいロック/ポップ・サウンドをバックに描かれることになり、まさしくインドの「セックス・ドラッグ・ロックンロール」映画として完成している。

これは格調高い文学作品を眩惑的な美しい美術で描き切った2002年版と真逆な表現であり、ある意味非常に野心的であるということができ、そしてそれは十分成功していると思う。いわばこれはシェイクスピア原作のイギリス古典戯曲『ロミオとジュリエット』をフランコ・ゼフィレッリ監督が古典そのままに再現した1968年公開の同タイトル映画作品と、バズ・ラーマンが舞台を現代に置き換え下世話にヴィヴィッドに表現してみせた『ロミオ+ジュリエット』(1996)との関係に似ているかもしれない。

■ダメ人間の物語

まあしかし、「酒と麻薬とセックスに溺れる現代のデーブダース」という内容にそれほど食指が動かなかったのも確かで、そこそこに評価されているのは知ってはいたが、実のところ観なくてもいいかなと思っていた作品だったし、実際観てみても、想像の範疇を超えるような驚きや新鮮さは感じなかった。そもそも個人的にこの物語のような「ダメな人間がダメな人間ゆえにさらにダメなる」という物語がオレは大嫌いだ。たとえ結果が最悪だろうと自助努力のない物語に魅力を感じないのだ。だからハリウッドのジャンキー映画は好きではないし、インド映画『愛するがゆえに』も観ていて「情けない奴だな」程度の感想しか持たなかった。

そんなわけでこの作品も「勝手に自滅しろよ」としか思えなかったのは確かだ。あと主人公が不細工だったのもノレなかった原因かな。それと併せ、これまで観たアヌラーグ・カシュヤプ作品は、どれも完成度が高いとは思うのだが自分にはあまり合わない監督のようで、それはリアリズムと露悪を取り違えているような部分を若干感じるからだが、それでこの『Dev.D』もイマイチな感想しか持てなかったかも。まあしかし、あのラストは嫌いではない。

ただひとつよかったのはカルキ・ケクランが予想に反してとてもいい味をだしていたことだ。これも個人的な話ではあるがオレはこの女優がどうも苦手で、彼女の出演した『Zindagi Na Milegi Dobara』も『若さは向こう見ず』にもどうにも違和感があったのだが、この作品のカルキ・ケクランにはすっと入ってゆける部分があった。彼女はこの作品のようなある種のアンビバレンツを抱えた女性役をやらせたほうが光るということなのではないだろうか。だが『マルガリータ』はやっぱり観る気がしないんだよな…。

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20151217(Thu)

[]溢れんばかりの暴力と死、そして非道の果てにあるもの〜『ファン・ソロ』 溢れんばかりの暴力と死、そして非道の果てにあるもの〜『ファン・ソロ』を含むブックマーク 溢れんばかりの暴力と死、そして非道の果てにあるもの〜『ファン・ソロ』のブックマークコメント

■ファン・ソロ / アレハンドロ・ホドロフスキー、ジョルジュ・ベス

フアン・ソロ

軍事政権下のメキシコ、ウアトゥルコ・シティ。この町で娼婦として働くおかまの小人“おちょこ”は、ある日、尻尾の生えた赤ん坊が捨てられているのを発見する。赤ん坊はフアンと名づけられ、おちょこの元で成長するが、やがて2人の間に別れの時が訪れる。おちょこが形見代わりに残したのは、一丁の拳銃だった。少年フアンはその拳銃で悪ガキどもを従え、裏社会の出世街道を一気に駆け上る。だが、彼を待ち受けていたのは、思いもよらぬ運命のいたずらだった―。主演俳優の死によってお蔵入りとなった、ホドロフスキーによる映画シナリオ。ベスの圧倒的な画力により、バンド・デシネとしてついに日の目を見る!

ホドロフスキー原作によるバンドデシネ『ファン・ソロ』は、またしても呪われた運命の中で奔走する狂った魂の物語である。そしてまた、ホドロフスキーならではの神秘主義に彩られた物語でもある。

舞台は軍政権下のメキシコの都市、その底辺で生きるおかまの小人が捨て子を拾う所から始まる。その赤ん坊にはなんと尻尾が生えていた。ファンと名付けられたその子は狡猾さと非情さを兼ね備えた悪童として育ち、青年となってからはその凶暴さを買われ町を牛耳る悪徳政治家の走狗となって暴力と犯罪の限りを尽くしていた。しかし、政治家の奔放な妻との情事に溺れたファンは遂に仲間を裏切ることになり、さらに彼の恐るべき出生の秘密が明らかにされることとなるのだ。

ホドロフスキー原作によるバンドデシネ作品の多くがそうであるように、この『ファン・ソロ』もまた徹底的なアナーキーとアンモラルで埋め尽くされたピカレスク・ロマンである。主人公ファンはその幼いころから血も涙もない残虐さを持った怪物として登場する。彼の魂にはあらかじめ純真さも清廉さも存在しないのだ。その「非情」はファンが青年となってからあらゆる形となって奔出することになる。彼は相手が女子供であろうと老人であろうと虫けらを踏み潰すように命を奪い、相手が仲間でも歯向かうのなら捻り殺す。全き良心の不在、完璧なる悪、それが彼なのだ。

物語は非情と悪を描くだけでは飽き足らず、そこにあらん限りのアンモラルを持ち込む。それは父親殺しであり兄弟殺しであり母親とのまぐわいであり、いわばカインとアベルかはたまたオイディプスの悲劇を地でゆくかのような陰鬱な冒涜性が薄汚く花開いているのだ。こうして徹底的な暴力と死、そして非道とに彩られながら主人公ファンはありとあらゆるものを暗黒の哄笑の中へ叩き落とす。そしてこれら全てはホドロフスキー独特の「既存の価値観全ての破壊」を目的として用意されたものなのだ。

こうしてなにもかもが崩壊し瓦礫と化し虚無の孔の中に堕とされてゆく物語の果てに、ホドロフスキーはその光景の向こうにある超越した者しか見ることのできない眩いばかりの神秘の顕現を描こうとする。その"無垢"は、この世界を縛り付ける決め事を全て粉塵にまで破壊し尽くした荒野にしか生まれいずることができない"神秘"なのだ。こうしてホドロフスキーは、「破壊と再生の物語」を繰り返し物語るのである。

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20151216(Wed)

[]最近ダラ観したDVDやらBlu-rayやら 最近ダラ観したDVDやらBlu-rayやらを含むブックマーク 最近ダラ観したDVDやらBlu-rayやらのブックマークコメント

■ラスト・リベンジ (監督:ポール・シュレイダー 2014年アメリカ映画)

ラスト・リベンジ [Blu-ray]

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ニコラス・ケイジが認知症が発症しつつあるCIA捜査官となり、最後の仕事としてかつて彼を拷問したテロリストにラスト・リベンジする、という物語である。監督が『タクシードライバー』『レイジング・ブル』の脚本家ポール・シュレイダーであり、製作総指揮にニコラス・ウィンディング・レフンが参加しているが、そんなことなどお構いなしにニコラス君が怪演してくれているところが果てしなく愛おしい作品である。ここで描かれるのは国際諜報戦の世界であるが、例えば警察組織を描いたハリウッド作品と同じように、その本質にあるのは「昼間のパパは男だぜ」ということであり、それをスパイやら警察やら見るからにキッツイ仕事をしている男に重ね合わせることにより、それを観る観客の「頑張っている俺」を肯定するのがこういった作品の存在意義なのだろうと思う。クライマックスの、認知症で訳の分かんなくなった主人公と、難病でヨボヨボになった敵テロリストとの掴み合いには、「リタイア間近な頑張ってる俺」の最後の悪あがき振りを描くことにより、ある年齢層には涙なしには観られない物語なのではないだろうかと思うのである。

■レフト・ビハインド (監督:ヴィク・アームストロング 2013年アメリカ映画)

ニコラス・ケイジが世界的な超常現象に巻き込まれた旅客機パイロットを演じるサスペンスである。その超常現象とは、世界から多数の人々が忽然と消え去る、ということである(でも割と多くの人は残っている)。まああらかじめ「結構トンデモなストーリー」とは聞いていて、実際その通りのトンデモ物件であり、さらにアルバトロス作品を思わす見た目が限りなく寂しいセコさと低予算振りも伺えるのだが、例えアルバトロス系であろうとニコラス君が出演しているというだけでピリリと締まるのである。いや、締まる、というよりも、ニコラス君自身がセコくて怪しすぎるが故に、物語のセコさもトンデモ性も霞んでしまうのである。とはいえ、セコいセコいといいつつも脇を固める俳優がこんな作品にしてはきちんとした存在感を醸し出しており、そんなに悪く無いのだ。特にスッチー役の女優がブラウスがパンパンに見えるほどチチを強調しており、これを眺められるだけでも決して駄作凡作と呼ぶことが憚られてしまうのである。そう、愛は世界を救いチチは凡作を救うのである。

■サボタージュ (監督:デビッド・エアー 2014年アメリカ映画)

謎の連続殺人鬼の罠に落ちた特殊部隊員を描くアーノルド・シュワルツェネッガー主演のサスペンス。前評判では「グロい」って話だったが、観てみると全然許容範囲で、みんな騒ぎすぎじゃねえかと思ったし、「グロくて面白い」作品だったから構わねえんじゃないかなあ。特殊部隊の連中が曲者揃いで人間性も相当グレイな連中だったのがよかったな。そして主演のシュワの存在感がいい塩梅に作品を引き締めていた。

■誘拐の掟 (監督:スコット・フランク 2014年アメリカ映画)

誘拐の掟 [Blu-ray]

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残虐な連続誘拐犯を追う元警官の姿を描くサスペンス作。リーアム・ニーソン主演作という程度しか知らなくて観始めたらこれが実に練り込まれたプロットで、あんまりよくできてるもんだから、いったいなんだこの作品は、と観終わった後調べたらハードボイルド作家ローレンス・ブロックの『獣たちの墓』が原作だったんだね。派手さはないんだけど見応えはたっぷりで、こういう映画がオレは好きだなあ。そしてまた例によってリーアムおじさんこういうのホントはまり役だな。

ラン・オールナイト (監督:ジャウム・コレット=セラ 2015年アメリカ映画)

リーアム・ニーソン主演。『ミッドナイト・ラン』みたいなタイトルだな、と思って観始めたが、いやいやこの作品も『誘拐の掟』並みによく出来たプロットで、実に引き込まれたな。マフィアの殺し屋(リーアムおじさん)が息子の命を守るために殺した若造は、固い信頼で結ばれた自分のボスの息子だった、というこの粗筋だけでもう前のめりになって観ちゃいますよ。ボス役のエド・ハリスもいい。というか配役みんないい。監督は『アンノウン』『フライト・ゲーム』のジャウム・コレット=セラで、これは劇場で観とけばよかったと思ってしまった。

■ブラックハット (監督:マイケル・マン 2015年アメリカ映画)

原子力発電所まで暴走させちゃう凶悪なハッカーを追い詰めろ!というクリス・ヘムズワース主演作。ハッカー対ハッカーの頭脳戦が展開されるのか!?と思ってたがなんだか途中からアサルトライフル持ったギャング団が現れてドンパチおっぱじめ人が死ぬわ死ぬわ。なんかハッカーの話じゃなくてもよかったんじゃないのかとすら思ったな。世界各地でロケしてたけど元が取れたのかなあこの作品。中国人俳優が新鮮でよかった。

■ブラック・ハッカー (監督:ナチョ・ビガロンド 2015年アメリカ/スペイン映画)

ネットを使ってセレブ女優を追っかけてた青年が謎のハッカーの術中に落ちてエライ目に遭っちゃう、というスリラーなんだが、映画全篇がモニター画面だけを構成した作りで、ここがもうホント斬新なのね。まあお話は途中からちょっとくどくなってきて飽きてしまったんだが、二転三転した物語構成は頑張ってるなあという気はした。これ続編も作ってみればいいじゃん。イライジャ・ウッドがいい味出してた。

■シンデレラ (監督:ケネス・ブラナー 2015年アメリカ映画)

よりによってなんでオレがディズニーでシンデレラでファンタジーで実写な映画を観てしまったのか、ということである。オレは別に興味無かったが確か相方さんが観たいと言っていたはず。ということを相方に話したら「いや単に衣装が綺麗だと言っただけだが」とつれない対応である。でもまあ借りちゃったししょうがないから観てみるとシンデレラを実に正攻法で描いたたんまり金の掛かったゴージャスなファミリームービーで実に想定内の作品であった。結局魔法使いってあいつなんだったの?何のためにやってきたの?とは思ったがそこはお伽噺、別にいいんではないかということにした。

アイアン・フィスト2 (監督:ロエル・レイネ 2015年アメリカ映画)

1作目は中学生が「俺の考えたスゲえカンフー・ムービー」を作ったらこうなっちゃいました、みたいな出来で微笑ましく観たが、ただしまあ表現に実力は伴っていなかったみたいで、派手なことはやってるけどメリハリに欠けた作品でだなあ、という感想であった。この2作目も路線は同じで感想もやっぱり同じ感じだが、ただ1作目よりも物語がさらに支離滅裂で時々首かしげて観てたなあ。まああれこれ考えて観ちゃいけない映画なんだろうけどなあ。

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20151215(Tue)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックを含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックのブックマークコメント

■Coherent Abstractions / ADMX-71

Coherent Abstractions

Coherent Abstractions

90年代からNYアンダーグラウンド・シーンで活躍するAdam XことAdam MitchellがADMX-71名義でリリースしたニュー・アルバム。ダークでインダストリアルなハード・テクノが鳴り響くその音はさすが重鎮の技。今回のお勧め盤。 《試聴》

■Walls and Dimensions / Deadbeat

Walls & Dimensions

Walls & Dimensions

ダブテクノのベテラン・アーチスト、Deadbeatの10枚目となるアルバム。いつものぶっとい重低音はそのままに、要所でヴォーカルを配した実に洗練された音となっている。実験性とポップさとが組み合わさった良作。お勧め。 《試聴》

■The Explosion / The Explosion

The Explosion

The Explosion

パリを拠点とするVersatile Recordsレーベルからリリースされたエレクトロニカ・トリオThe Explosionのデビュー・フルレングス。ミニマルなダブテクノ/アンビエント・ドローン・サウンド。これもいい。 《試聴》

■Electronic Recordings from Maui Jungle, Vol. 1 / Anthony Child

Electronic Recordings from Mau

Electronic Recordings from Mau

ハードコアテクノの雄 Surgeoonが本人名義Anthony Childでリリースしたアルバム。モジュラー・シンセによるインプロビゼーションだが、これが脳に刺さってくる音がグジュグジュと鳴り響き実にサイケデリックなマウイのジャングル。 《試聴》

■Saturday / Samoyed

Saturday

Saturday

スコットランドで活躍するプロデューサー、Samoyedのニュー・アルバムは温かく牧歌的なアンビエント/ドローン・サウンド。特に後半の曲は初期のEnoをモロに想像させる音作りでEnoファンはニヤリとさせられるかも。 《試聴》

■Pink / Four Tet

ピンク

ピンク

Four Tetが2012年にリリースした6枚目のアルバムのリイシュー盤。最近のFour Tetと比べると実に優しげな音作り。 《試聴》

■Hit the Breaks / Physical Therapy

Hit the Breaks

Hit the Breaks

MUTEが主宰する次世代エレクトロニック・ミュージック・レーベルLiberation TechnologiesからリリースされたPhysical Therapyの6曲入りシングル。フロアライクな骨太のロウ・テクノ。 《試聴》

■Waiting Room in DJ Hell / Physical Therapy

Waiting Room in DJ Hell

Waiting Room in DJ Hell

同じくPhysical TherapyがUK地下レーベルUnknown To The Unknownからリリースした4曲入りシングル。シカゴ・ゲットー・スタイルのパワフルなエレクトロニカ《試聴》

■Fallen Gods / Slashing Cousin

Fallen Gods

Fallen Gods

UKエレクトロニカ/IDMの名門、SKAMからカセットシリーズでリリースされたSlashing Cousinのアルバム(MP3の販売もあり)。変なジャケットだが中身はヘヴィー・エレクトロニック・ブレイクビーツ《試聴》

20151214(Mon)

[]英米SF賞史上最多7冠受賞作『叛逆航路』は新たなるフェミニズムSFの潮流なのか? 英米SF賞史上最多7冠受賞作『叛逆航路』は新たなるフェミニズムSFの潮流なのか?を含むブックマーク 英米SF賞史上最多7冠受賞作『叛逆航路』は新たなるフェミニズムSFの潮流なのか?のブックマークコメント

■叛逆航路 / アン・レッキー

叛逆航路 (創元SF文庫)

■英米SF賞史上最多7冠受賞作

ヒューゴー賞ネビュラ賞ローカス賞アーサー・C・クラーク賞、英国SF協会賞、英国幻想文学大賞、キッチーズ賞の7冠獲得

二千年にわたり宇宙戦艦のAIだったブレクは、自らの人格を四千人の人体に転写した生体兵器〈属躰〉を操り、諸惑星の侵略に携わってきた。だが最後の任務中、陰謀により艦も大切な人も失う。ただ一人の属躰となって生き延びたブレクは復讐を誓い、極寒の辺境惑星に降り立つ……デビュー長編にしてヒューゴー賞ネビュラ賞ローカス賞など『ニューロマンサー』を超える英米7冠、本格宇宙SFのニュー・スタンダード登場!

この『叛逆航路』、まずなんといっても《英米SF賞史上最多7冠受賞!》って所で「おお!」ってなりますよね。「『ニューロマンサー』『ねじまき少女』を超える受賞数!」なんて言われちゃうとさらに「おお!おお!」ってなっちゃいますよ。「こりゃもう読むしかないだろ…」と擬音入りで唾ゴクリと呑んじゃいますよね。というわけでさっそく読んでみましたが、いったいどんな作品なのでしょう?まず設定から紹介してみましょう。

『叛逆航路』の舞台となるのは数千年先の遠未来。人類は広く宇宙に版図を広げ、「ラドチ」という名の宇宙帝国を築き上げています。このラドチは専制国家であり、その中心となる惑星は「ダイソン球天体」として存在し、強力な武力によって銀河各地の惑星を侵略し国家に併合していました。この物語では併合を「併呑」と呼び、抵抗勢力や併呑された世界の住民たちの幾ばくかは「属躰(アンシアリー)」と呼ばれる戦闘用生体兵器に改造されていました。属躰となった人間は肉体改造と共に脳もAI人格に置き換えられ、それは戦士であると同時に戦艦AIとしてもリンクしており、1個の自我を持ちつつそれぞれに行動することが可能でした。ラドチは「プレスジャー」と呼ばれるエイリアン(蛮族)と既に接触しており、現在は友好的な交易関係を結んでいます。

また、ラドチ世界には性別を区別する概念がありません。その為、物語では男女全ての人間を「彼女」と呼びます(ですからこの文章でも全ての人物を"彼女""女性"と書きます)。

…どうです?この設定だけで「おおおお!」となんだか前のめりになってきませんか。どことなくワイドスクリーン・バロックSFを思わせる蠱惑的で独特の世界観ですよね。さて、こんな世界を舞台にいったいどんな物語が展開されるのでしょう?

■ミステリアスな物語進行

主人公の名はブレク。生体兵器「属躰」である"彼女"は2000年に渡り宇宙戦艦AIの一部となって生きてきたが、ある陰謀により戦艦は大破、全ての仲間を失ってしまう。今、ブレクは辺境の雪の惑星に降りたち、帝国すら知らぬ"あるもの"を探してさまよっていた。それは、全てを失った"彼女"が復讐の為に必要な道具だった。その惑星でブレクは1000年前自分の管理していた戦艦の副官であり、行方不明となっていたセイヴァーデンという名の"女性"を拾う。時代は飛んで19年前、場所は帝国に併呑されたばかりの辺境の惑星シスウルナ。ブレクは「属躰」の一人として副官であるオーンと共に惑星住民の同化政策を推し進めていた。しかし、そこでオーンを陥れる非情な陰謀が進行していたことを知る由もなかった。

『叛逆航路』の物語を一言でいうなら「ミステリアス」、これに尽きます。最初は主人公ブレクがなぜ雪の惑星を彷徨っているのか、戦艦AIである"彼女"がなぜたった一人でいるのか、"彼女"が拾ったかつての副官にいったいどんな意味があるのか、全く分かりません。また、現在と交互に語られる形の、19年前の惑星シスウルナのシークエンスも、これがいったいどのように物語の本筋に関わってくるのかよくわからないのです。こうして物語はどこか霧の中を彷徨っているかのように進行してゆきますが、やがて陰謀とはなんなのか、その陰謀にブレクがどう決着を付けようとしているのかが徐々に明らかにされてくる、といった構成になるんです。

それと併せこの物語を最もミステリアスにしているのが、「男女全てが「彼女」と呼ばれる設定」です。読んでいると段々と登場人物が実際は男性なのか女性なのかうっすらと分かってくるのですが、それでも読んでいて、物語の登場人物がどのようなものなのか頭の中に容易に「絵」が湧いてこない、という奇妙な混乱を抱えたまま読み進めることになるんです。この設定の面白い効果は、「男なら(女なら)こんな行動をする(しない)」という先入観が一切抱けない、という点です。また、この物語では男女の恋愛関係だろうと思われる描写もあるのですが、登場人物たちが実際に男なのか女なのか分からない為に、これが本当に恋愛感情なのか、実は同性同士の親愛なのかが判別できない、といった戸惑いを覚えさせられます。

■『叛逆航路』は新たな「フェミニズムSF」の潮流なのか?

この設定自体は実に面白いのですが、ではなぜこんな設定が持ち込まれているのか?という疑問も湧きます。そもそもこの設定は物語に特別重要な係わりがあるようには見えないからです。自分の考えとして、これは女性である作者アン・レッキーの女性ならではの実験だったのではないかと思えるんです。物語は大枠でいうなら「宇宙SF」であり、宇宙兵士と宇宙艦隊の登場するミリタリー的な側面もあります。これらにはどこかマッチョな側面が付随してしまいがちですが、作者はそれを無効化したかったのではないか。それなら単に男女同権となった社会、もしくは中性化した社会を描くだけでもいいのですが、それでもやはり読む側は先程書いた男女差というものの「先入観」を簡単に拭うことはできないのです。そこで持ち込まれたのがこの手法だったのではないか。

さらにこの物語はよく読むと実に女性的な繊細さのある物語であることに気付かされます。物語の進行が登場人物たちの非常に細かな感情の行き届いた会話、そこからもたらされる心理の変化を描写することで成り立っており、その感情の機微と陰影とが物語の重要な要素を占めるんです。これにより「宇宙SF」「ミリタリーSF」だと思って読み始めたものが、実は一人の人間の心の在り方とその行方を丹念に描こうとした物語であることが分かってくるんです。物語の女性的な部分はそこだけではなく、例えばこの登場人物たちの服装やモラル、住環境に関するこだわりが非常に強い部分からも伺えます。こうした女性性を強く感じる物語なのにもかかわらず、逆にそれを表に出そうとしないのは、作者なりのいわゆる「フェミニズムSF」への態度なのではないかと思うんです。「フェミニズムSF」的なものをオレは詳しく認知しているわけではないのですが、この『叛逆航路』自体が新たな「フェミニズムSF」の潮流になるのではないかとすら思えます。そもそも、ここで書いた「作者が女性だから」という言い方すらも作者は善しとしないでしょう(書いたけど)。

実際のところ、物語内容それ自体には《史上最多7冠受賞作》ということから予想されるSF小説の新たなパースペクティヴを感じさせる部分はありません。テクノロジー描写やその概念に別段新しいものがあるわけでもありません。そして煎じ詰めれば宇宙帝国ラドチとはローマ帝国をイメージしたものであり、「属躰」と呼ばれるものはローマ帝国に奴隷にされた異国民のことであることが容易に想像できます。つまりこれはローマ帝国が屈強な軍隊を繰り出し他国を侵略併合しながらそこで得た奴隷を使役しつつ帝国の繁栄を培ってゆく、といった歴史上の出来事を想像力を膨らませて宇宙に置き換えただけのものであるということもできるわけです。しかし、この作品の特異さは、そういった世界から「性別を区別する概念を取り去る」といった実験を施した点にあるのでしょう。そういった性差のない世界をミリタリーSFで描くとどうなるのか?それがこの『叛逆航路』の面白さなのだということができるのではないでしょうか。

yoyoshi yoyoshi 2015/12/14 14:23 未読ですが、面白そうですね。ル・グィンの世界の誕生日が闇の左手ほど面白く無くて。
ファッションや心情を細やかに描写してあるSF ていうとバラヤーシリーズが思い浮かびます。マイルズ君は作者からも翻訳者からも、もちろん女性の登場人物からも愛されております。リアル世界のヒューゴー賞のゴタゴタとフェミニズムはどう折り合いをつけるのか。あと早川の70周年補完計画でティプトリーを出してくれる予定はどうなってる!新訳より未訳を優先して欲しいです。

yoyoshi yoyoshi 2015/12/14 15:35 再レスすみません。人格が転写されたAIというと銃夢のザレム人を思い出します。ガリィみたいな格好良いヒロインだったら読んでみたい。

globalheadglobalhead 2015/12/14 19:15 だいたいフェミSFのこともよう知らんと「新たな潮流か」とかブチ上げる自分もどうかと思いますがね。お話自体は割と普通で、趣向の変わったSFだったなあ、ということだけを書きたかったんですが、なんかくどくど書いてたらこんな文章になってしまいました。

20151211(Fri)

[][]11歳で結婚。度重なる差別と虐待の未に女盗賊へ。実話を基にした恐るべきインド映画『Bandit Queen (女盗賊プーラン)』 11歳で結婚。度重なる差別と虐待の未に女盗賊へ。実話を基にした恐るべきインド映画『Bandit Queen (女盗賊プーラン)』を含むブックマーク 11歳で結婚。度重なる差別と虐待の未に女盗賊へ。実話を基にした恐るべきインド映画『Bandit Queen (女盗賊プーラン)』のブックマークコメント

■Bandit Queen (女盗賊プーラン)/ (監督:シェカール・カプール 1994年イギリス/インド映画)

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■どこまでも凄惨な実話映画

凄まじい映画を観た。インド映画である。しかもこの凄惨な物語は実話なのだという。

プーラン・デーヴィー。1963年インド北部ウッタル・プラデーシュ州の寒村に生まれる。カーストは最低位のシュードラ。口減らしのために11歳で幼児婚。度重なる差別と虐待、性的暴行。その後山賊団に誘拐され、紆余曲折を経てその女首領となる。人々から「盗賊の女王」と呼ばれ、略奪と殺戮を繰り返し、遂に警察に逮捕される。11年間の刑期の後、出所して政界に進出、政治家として活躍中、2001年、暗殺。享年38歳。

なんという数奇な人生だろう。しかもこれが、それほど遠くない過去のインドにあったことなのだ。映画『Bandit Queen』は、そんなプーラン・デーヴィーの波乱に満ちた半生を描いた実話映画である。

物語は一人の少女が親ほども年の離れた男と結婚させられるシーンから始まる。少女の名はプーラン。父母から引き離される悲しみに泣き叫ぶ彼女を引き留める者は誰もいない。夫となった男は幼いプーランを無理矢理犯し、虐待と重労働を課した挙句、物心つくころには彼女を追い出してしまう。出戻りしたプーランに対する村人たちの目は冷たい。謂れのない侮蔑と迫害の末、村人たちはプーランを集団で辱め、さらに警官たちですら彼女を慰み物にする。そんな彼女を今度は山賊がさらう。山賊の首領もまた彼女を性具として扱う。しかしプーランを哀れに思った山賊の男ヴィクラムが首領を射殺、そしてヴィクラムとプーランは結ばれる。だがその幸福も束の間だった。ヴィクラムが裏切りにより暗殺されたのだ。怒りと悲しみから鬼神となったプーランは、盗賊の女王となり、血塗れの復讐を開始する。

■苛烈を極める映像表現

それにしても凄惨な物語だ。前半などは度重なるレイプ描写に、最初「インド映画でもここまで描くのか」と思っていたものが、段々と「ハリウッド作品だってここまで陰惨に描きはしない」と思えてしまったぐらいだ。極め付けはプーランが辱めの為に丸裸にひんむかれ、白昼の町中をヘア丸出しで歩かされ、そして住人たちは誰も彼女を助けない、というシーンだ。これがまさに、ヘア丸出しの丸裸で演じられる。この年代でインド映画がここまでやってしまっていたとは、と愕然とさせられるシーンだ。しかしこれは、そこまであからさまに描かないと、プーランが実際にこうむった悲惨を表現できない、まさに必然的なシーンなのだ。そこにあるのは丸裸の女性だが、エロスでも何でもない、あるのはただただ恐怖であり、屈辱であり、観る者は街中で裸で歩くプーランとなってそれを体験させられてしまうのだ。それはなんと恐ろしいことなのだろう。これら全てはインドのカースト差別と女性差別から引き起こされているのだ。

また、女盗賊となってからの中盤以降は荒野と山岳地帯を舞台とし、その荒涼とした光景の中で展開する銃による殺戮劇はどこか西部劇的ですらある。復讐のためプーラン一派によって惨殺された村人たちの血が川のように流れ、その血潮の上を裸の幼子が歩いてゆく、といった描写には、アレハンドロ・ホドロフスキーを思わせる陰鬱な詩情を感じることすらできる。映画全編を凌辱と暴力と死とが覆い、その中で己の自由と平等と尊厳のために駆け抜ける女プーランが描かれてゆくのだ。その描写は苛烈を極め、目を背けたくなるほどであるが、しかし苛烈であるからこそ、プーランの自由への渇望がより一層赤々と燃え滾る様を観ることができるのだ。

このように過激な描写に満ち溢れた作品だが、こういった描写の多くは、実は作品がイギリス資本が入って製作されたものだという理由もあるのかもしれない。まあ、自分が知らないだけで、こういった過激なインド映画は撮られていたのかもしれない。どちらにしろ、こういった他国の資本が入れば、1990年代前後のインドですらこのような作品を洋々として作ることが可能であり、そしてまた作り出す事の才気とテクニックを持っていた、ということでもあると思う。インド映画監督は別にマサラ映画しか作れない・知らないのではなく、観客がマサラ映画を求めるからそれを作っていただけということなのだろう。この作品はその凄まじい描写とプーランの恐ろしい運命にのみ目が行きがちだが、むしろ「インド映画に何ができるのか・できたのか」の指標の一つとして観ることもできる作品であると思う。

■女盗賊プーランの生涯

映画は山賊となったプーランが逮捕されるまでが描かれ、その人生全てを描くものではない。この作品は文盲のプーランが口述筆記した自伝『女盗賊プーラン』(翻訳あり)を元にしているが、映画作品のほうは勝手な脚色が成されていると原作者プーランの逆鱗に触れ、一時インドで公開差し止めされていたという。このような"実話"映画には監督による脚色が入るのは常であり、だからこの作品が真実のプーラン物語である、と受け止めるのは控え、少々割り引いてみるのが正解かもしれない。

プーランは金持ちから金を奪う義賊としてもてはやされ民衆の支持を得、その投降の際には1万人に上る観衆が集まったという。プーランは11年の獄中生活の後恩赦により釈放され、国会議員に立候補、見事当選を果たした。これは下位カーストの人間が社会に進出する象徴的な出来事のひとつだったという。ただ、彼女が盗賊時代に復讐と称して22人の村人を惨殺した「ベヘマイー村虐殺事件」(本人は関わっていないと否定)の責任が果たして解決したのかという議論もあり、グレーな部分のあることは否めないらしい。政治家と活躍していた頃、彼女は2度日本に来たことがあるという。

監督のシェカール・カプールはインド映画では『Mr.India』の監督、『Dil Se..』の製作として有名だ。だがこの『Bandit Queen』を撮った後に認められ、イギリスで『エリザベス』(1998)、『エリザベス:ゴールデン・エイジ』(2007)を監督している。また、サウンド・トラックは日本でも有名なパキスタンの音楽家、ヌスラト・ファテー・アリー・ハーンが担当していることも見所の一つとなるだろう。映画はカンヌ他各国で絶賛され、米TIME誌のベスト10作品にも選ばれたという。また、映画は『女盗賊プーラン』というタイトルで日本でも1997年にVHS販売されていた。

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文庫 女盗賊プーラン 上 (草思社文庫)

文庫 女盗賊プーラン 上 (草思社文庫)

文庫 女盗賊プーラン 下 (草思社文庫)

文庫 女盗賊プーラン 下 (草思社文庫)

インド盗賊の女王 プーラン・デヴィの真実

インド盗賊の女王 プーラン・デヴィの真実

Bandit Queen

Bandit Queen

20151210(Thu)

[]鬱蒼たるアメリカの森林地帯でヘルボーイが出遭った邪悪の存在〜『ヘルボーイ:捻じくれた男』 鬱蒼たるアメリカの森林地帯でヘルボーイが出遭った邪悪の存在〜『ヘルボーイ:捻じくれた男』を含むブックマーク 鬱蒼たるアメリカの森林地帯でヘルボーイが出遭った邪悪の存在〜『ヘルボーイ:捻じくれた男』のブックマークコメント

ヘルボーイ:捻じくれた男 / マイク・ミニョーラリチャード・コーベン

ヘルボーイ:捻じくれた男

1958年、ヘルボーイはアパラチアの山中で"捻じくれた男"と出会う。悪魔に仕えるというその男は、ヘルボーイをさらなる不可思議な体験へと誘っていく……。表題作に加え、ミニョーラ自身の筆になる作品も含んだ短編集、待望の邦訳!

今回の『ヘルボーイ:捻じくれた男』は中短編集となる。収録作は中編『捻じくれた男』短編『船に乗り込み海に出る奴ら』『モロクの礼拝堂にて』『ほくろ』の4編。

前回まで日本で刊行された3部作、『闇が呼ぶ』『百鬼夜行』『疾風怒濤』が古今東西のあらゆる神話とフォークロアを高濃度圧縮して描かれた、「ヘルボーイ・アポカリプス」とでも呼ぶべき重厚かつ壮大な長編であった為(その辺のコミックなど及びもつかない大傑作なので読むべし)、今回はちょっと息抜きにぴったりだ、と思って読み始めたのだが、あにはからんや、これがまた中短編集らしからぬ高密度な物語の数々で腰を抜かした。

特に中編『捻じくれた男』だ。アメリカのバージニア州アパラチア山脈を舞台にし、この地に住まう魔族に魅入られた青年とヘルボーイとが、恐るべき超常現象と戦いを繰り広げてゆく、といった物語だ。これまでの物語の多くはヨーロッパ各地のフォークロアをアイディアの源泉としてきたヘルボーイだが、アメリカ民話を取り扱ったのは今回が初めてなのだという。そしてこれがまた、深く、暗く、怪しい。アメリカの地にはアメリカの地ならではの《魔》が潜んでいるということなのだろう。しかし考えてみれば、ヘルボーイのそもそもの設定の大元となるクトゥルー神話は、アメリカ作家ラブクラフトの生み出したものだ。そしてその《魔》とは、アメリカ大陸に移住してきたヨーロッパ人の、その異質過ぎ広大過ぎる大地への畏敬と不安が無意識の中に結晶化したものなのだろう。ここで描かれる物語は、S・キング的であり、またジョン・カーペンター的であるとすらいえる。中編ならではの物語の描き込みが功を奏し、この短さでは考えられないような様々な要素の詰め込まれた傑作ということができるだろう。2009年にアイズナー賞ベスト・リミテッド・シリーズ部門受賞というのも頷けるというものだ。

続く『船に乗り込み海に出る奴ら』は実在の海賊船長黒髭の伝説を基に、首なしとなった黒髭の亡霊が首を求めてさまようといった物語だ。ゲーム玩具「黒ひげ危機一髪」は実はこの残虐な海賊船長黒髭が元となっているのだ。物語は短編らしいストレートな展開を迎えるが、「幽霊海賊対ヘルボーイ」というありそうでなかった組み合わせが楽しい。なおこれはヘルボーイ・ゲームの販促用として描かれた作品であるという。

『モロクの礼拝堂にて』はこの巻唯一のマイク・ミニョーラ自らがグラフィックを担当した物語で、ミニョーラならではの卓越したテクニックを堪能できる、といった部分でも貴重な作品だ。ポルトガルを舞台に邪神に魅入られたある画家の謎をヘルボーイが突き止めてゆくといった内容だ。地獄の王子ヘルボーイはやはり邪神との戦いが似合う。テンプル騎士団を改編した聖ハ―ガン騎士団の伝説というのもいわくありげで味わい深い。

『ほくろ』は短編ならではの小話で、ヘルボーイのほくろが…といった幻想的な作品。こんな短い作品でもダイナミックにグラフィックが踊るのがまたいい。

ヘルボーイの物語の多くはグラフィックとしての情報量の多さ(緻密な描き込みというのではなくて、その世界を一目瞭然に描き切る説得力)と物語それ自体の情報量の密度が相乗効果を生む稀有なグラフィック・ノベルとして楽しむことができる。グラフィックだけとか物語だけとかが突出していないのだ。ヘルボーイの物語はオカルティズムを基盤とした怪奇譚であり、テラーと呼ぶべきものではない。ヘルボーイ物語はマイク・ミニョーラの博覧強記ともいえるオカルト知識が撚り合わされ、鬱蒼たる世界を構築されているが、それをヘルボーイが腕力ひとつでぶち壊してしまう。ヘルボーイはアクションもいける物語なのだ。このインテリジェンスとフィジカルの拮抗するバランスがヘルボーイ物語の醍醐味と言えるのだろう。

○《参考》ヘルボーイ3部作レヴュー

ヘルボーイ:闇が呼ぶ

ヘルボーイ:百鬼夜行

ヘルボーイ 疾風怒濤

20151209(Wed)

[]最近読んだコミック 最近読んだコミックを含むブックマーク 最近読んだコミックのブックマークコメント

アイアムアヒーロー(18) / 花沢健吾

ゾンビ・アポカリプス・コミック『アイアムアヒーロー』の18巻はその殆どが主人公鈴木とヒロミちゃんとの会話とそのやりとりで構成されている。そして遂に二人は…という展開を迎えるのだが、これが、凄惨なほどにロマンチックで、最高に、いい。思うのだが『アイアムアヒーロー』のこれまでの物語はこのシーンを描くためにあったのではないか。主人公鈴木のグダグダしたルサンチマンが遂に昇華され、裸になった心で愛する者と繋がる。これまで物語で費やされた多くのページ数はこの心情に圧倒的な説得力を持たせるために存在したのだ。そしてこの展開が後半、ダイナミックなアクション・シーンへと転換するメリハリがまた素晴らしい。花沢健吾はやはり卓越したストーリーテラーだと思う。

監獄学園(19) / 平本アキラ

今回もまた「よくまあこれだけ下らない下ネタ展開を考えつくなあ…」と感心させられる『監獄学園』19巻です。それととかく下品な作品ですけれども、実はよく読んでみるとチチだのケツだの股間だのの過剰なクローズアップの仕方に、そういった手法の一般的なエロティック・コミックへの批評と対象化があるんですね。そういった表現の馬鹿馬鹿しさを分かってるんですよ。だからエロではあるがとことん笑えるんです。副会長・白木芽衣子の有り得ない巨乳ぶりなんかも従来的な"巨乳キャラ"のパロディでしょう。さらにそれぞれのキャラのバックストーリーの描き込みも半端なく、より魅力的に見せているんです。そしてこれだけエロなのにセックスだけは注意深く取り除かれている。それにより生々しくない。例えエロでもきちんと頭使えばこういった作品になるんだといういい見本だと思います。そして今作でもダントツに花ちゃんが可愛い。この可愛さというのは、この作品において彼女だけがアンビバレンツを抱えさせられているからでもあると思います。それにしてもアンドレがもう人間じゃない…。

■岡崎に捧ぐ(1) / 山本さほ

岡崎に捧ぐ 1 (コミックス単行本)

岡崎に捧ぐ 1 (コミックス単行本)

山本さほはゲーム雑誌ファミ通の連載で知って「面白い漫画描くなあ」と思ってたんだが、『岡崎に捧ぐ』に関しては子供が主人公の子供時代の物語と言うのがちょっと食指が動かなくて静観してたんだよな。懐古趣味とか可愛いキャラで描かれた子供が主人公の漫画って好きじゃないのよ。だがこの『岡崎に捧ぐ』、読んでみると決してそれだけのものではなかった。まず友人岡崎の破綻した家庭の描写が、この絵柄から考えられないようなシビアさを持っており、それとは別に、子供時代の山本の唯我独尊ぶりを描くエピソードには感心させられ、なるほどこれは一筋縄にはいかないコミックだな、と思わせた。ゲーム好きの描写も、これもまたなかなかに和ませてくれる。確かに才能に恵まれた漫画家であることを感じさせ、今後がとても楽しみになった。

■幻の花 白山宣之傑作集 / 白山宣之

幻の花 白山宣之傑作集

幻の花 白山宣之傑作集

白山宣之の遺作集『地上の記憶』(レヴュー)が非常に素晴らしいコミック作品だったので、最近復刊ドットコムから刊行されたこの作品も、ちょっと高かったんだけど買って読んでみることにしました。この作品集『幻の花』はこれまで単行本に収録されていた作品と単行本初収録作3作を含みますが、白山の作品を網羅的に収録しているため、初期の荒削りでストレートすぎる作品もあることはあるんですが、「白山宣之とはどういう漫画家だったのか」を知り、氏の創作の核にある部分を読み解くことのできる作品集となっていることは確かでしょう。

いとしのムーコ(8) / みずしな孝之

いとしのムーコ(8) (イブニングKC)

いとしのムーコ(8) (イブニングKC)

いつも通り可愛らしい柴犬のムーコです。これは安定の楽しさですね。

イノサン ルージュ(1) / 坂本眞一

「ルージュ」というタイトルを付けて仕切り直しになった「イノサン」でありますが、やってることは一緒です。一応妹マリー‐ジョセフが主人公になって続くみたいです。

狼の口(7) / 久慈光久

宿敵ヴォルフラムが倒されたので「もう終わりかなあ」と思ってたけどまだまだ血みどろ死体だらけの戦いは続くんだね…。

■聖☆おにいさん(12) / 中村光

聖☆おにいさん 通常版(12) (モーニング KC)

聖☆おにいさん 通常版(12) (モーニング KC)

案の定ネタが尽きたみたいで、なんだか伝わり難い細かい聖人ネタが多いんだよな…。そろそろ終わらせ時なんじゃないのかな…。

■いぬやしき(5) / 奥浩哉

いぬやしき(5) (イブニングコミックス)

いぬやしき(5) (イブニングコミックス)

惰性で読んでいる「いぬやしき」!今回も大ゴマだらけでそんなに展開していない!いやちょっとはしてるんだけど、なんかこーすぐ読めてしまってコスパが悪すぎる!

■少女聖典ベスケ・デス・ケベス(1) / ルノアール兄弟

ルノアール兄弟が今度は「少女の内面に潜むスケベ」を描き出そうとしてるのだが、う〜ん、ルノアール兄弟が少女の気持ちを描くのはちょっと荷が勝ち過ぎてるんじゃないかと…。

ノブナガン(5) / 久正人

ノブナガン完結!と思って6巻を読んだのだが、なにか話が繋がらない…え?っと思って調べたら5巻を買っていなかったあああ!というわけで今頃いそいそと読んだオレをお許しください…。

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20151208(Tue)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックを含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックのブックマークコメント

■Balance 028 / Stacey Pullen/Various

Balance 028

Balance 028

MIX CDシリーズでお馴染みのBalanceによる28作目はデトロイト第2世代DJのStacey Pullen。他のデトロイト勢よりは若干地味に思われるかもしれないが、非常に丁寧にコントロールされたMIXは好感度が高く、オレも以前から好きだった。そして今回のMIXも、いい。Stacey Pullenがセレクトした曲はどれもずっしり重く黒く、派手さはないがズブズブとのめり込んでゆけるグルーヴさに溢れている。やはりデトロイトDJは違うな。今回の大プッシュお勧め。 《試聴》

■Consider This A Warning / Various

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USアンダーグラウンド・レーベルChronicleからリリースされたテクノ・コンピレーション。最新型のアンダーグラウンド・ミニマル・テクノの数々が網羅されこれは聴き応え十分。今回の強力プッシュ第2弾。 《試聴》

■Placid / Recondite

Placid

Placid

ドイツ人プロデューサーReconditeのニューアルバム。音数を抑えたミニマルかつディープなアシッド・サウンドを展開。なおCDには2012年のアルバム『On Acid』がまるまるボーナス・ディスクとして付いてくるのでこちらを探して買うとお得かも。 《試聴》

■Inner Systems / Prequel Tapes

Inner Systems

Inner Systems

まだ10代だというベルリンのプロデューサーPrequel Tapesによるアルバムは、インダストリアル・サウンドの中に彼独特のメランコリックなテイストが加味されたエレクトロニック・ミュージックを展開している。 《試聴》

■Gode / Andre Bratten

Gode [12 inch Analog]

Gode [12 inch Analog]

北欧エレクトロニカ老舗Smalltown Supersoundからリリースされたノルウェーの新鋭Andre Brattenのアルバム。これまたメランコリーの妙味に満ちたアンビエント/エレクトロニック・ポップ。 《試聴》

■Sold Out / DJ Paypal

Sold Out [12 inch Analog]

Sold Out [12 inch Analog]

ベルリンを拠点とするフットワーク・プロデューサーDJ Paypalによるミニ・アルバム。意外と遊びの多い茶目っ気あるフットワーク・サウンドの数々。 《試聴》

■Nothing / Kode 9

NOTHING

NOTHING

ベース・ミュージック・レーベルHyperdubよりリリースされたKode 9の初ソロアルバム。今までアルバム出してなかったっけ?と思ったがこれまではコラボアルバムだったらしい。その時から割と中途半端な音だったが、実はこのアルバムも…。 《試聴》

■Bargrooves Deluxe Edition 2016 / Various

Bargrooves Deluxe Edition 2016

Bargrooves Deluxe Edition 2016

早々と「2016」のタイトルが付いたDefected傘下のレーベルBargroovesからリリースのハウス・コンピ/ミックス3枚組。例によって量産型お気楽ハウス・コンピということができるが、こういったお気楽ハウスも意外と作業用に重宝するので気に入ってるのだ。 《試聴》

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20151207(Mon)

[]《悪の秘密組織》ってことでメシ3杯は行ける映画『007 スペクター』 《悪の秘密組織》ってことでメシ3杯は行ける映画『007 スペクター』を含むブックマーク 《悪の秘密組織》ってことでメシ3杯は行ける映画『007 スペクター』のブックマークコメント

■007 スペクター (監督:サム・メンデス 2015年イギリス映画)

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■新生ボンド・シリーズ第4弾

007シリーズ24作目、ダニエル・クレイグ新生ボンド・シリーズ4作目、『007 スペクター』であります。

いやー「12月4日公開かあ、どうっしようかなあ」とか思ってたら、その公開日以前からツイッターの映画好き界隈の皆さんが「007観た!007観た!」とかまびすしいではありませんか。先行公開だったんでしょうが、なんだよこんなにみんな007観に行ってんのかよ…君たち007好き過ぎだよ…。そういうオレは今回は観ても観なくてもどっちでもいいやあ、と思ってたんですが、まあスターウォーズ新作までの繋ぎってことでやっぱり観に行くことにしたんですがね。

実はオレ、そもそも「ダニエル・クレイグ新生ボンド・シリーズ」ってそんなに思い入れないんですよ。一応全部観ましたが、『カジノロワイヤル』の時から「なんか今度のボンド・ストーリーは辛気臭い上に世知辛くてノレねえなあ」と思ってたんですね。それまでのボンドが「英国諜報部員というよりも飲む打つ買うの三拍子揃った親父スーパーヒーロー」だったのを、リアルな路線に引き戻したかったのはよく分かるんですが、なんかわくわくしないんですね。だったらオレ、オースティン・パワーズかジョニー・イングリッシュでいいやあ、と思ってましたもん。

その程度の興味しかありませんでしたから不真面目にしか観て無くてね。だからこれまでのクレイグ・ボンド3作もあんまり頭に残ってなくて、しかもこれ続き物の体裁取ってるもんですから、話が時々わかんなくなっちゃってね…。そんなオレが観た『スペクター』なんですが、あれ?これ今までで一番面白かったんじゃない?今回の『スペクター』、映画の尺が2時間半とかあって、「なげえよ!」というのがオレが一番最初に読んだ『スペクター』評だったんですが、いや2時間半ぐらいならインド映画で鍛えられてるからオレは屁とも思わないよ?むしろ2時間半もボケッと観ていられる有意義な作品だったよ?

■なんとなく馬鹿馬鹿しいのがいい今回の007

ストーリーとかあえて紹介しませんが、今回の007、なんとなく馬鹿馬鹿しいんですよ。クレイグ・ボンドの「辛気臭い上に世知辛いリアル路線」が、旧007の「飲む打つ買うの三拍子揃った親父スーパーヒーロー」に結構接近しているんですね。まずアクションが、「手に汗握る熾烈な戦いから生まれる緊迫感」というよりも「オッサン無茶しなはってますなあ」という有り得ないものと化しているんですね。冒頭のヘリコプター・シーンなんて「007が操縦士ボコってるもんだからヘリコプターが宙返りしてるわ」と半分笑って観てましたよ。極めつけは翼もげた飛行機で地べた滑走するって、あんたなにやってんだよ007!

そして「会った女はその日のうちにコマす節操の無い下半身」ぶりが旧007ぽくてよかったわあ。これまでのクレイグ・ボンドにもあったのかもしれないけど(なにしろ忘れてる)、旦那の葬式帰りの熟女コマすとは節操の無さに磨きが掛かってますよね。あと熊みたいなガタイした脳筋バカの敵とか出てきて『ロシアより愛をこめて』を再現していたのはわくわくさせられたわあ。次作ではスチール入れ歯の敵役登場お願いね(はあと)。それとかボンド・カーがカスだった、というのはこれまでの007パロディ映画への返歌だった、という観方でよろしいでしょうか。

■スペクターはショッカーだった

なにより最も馬鹿馬鹿しかったのは、今回の物語のタイトルであり最大の敵でもある《悪の秘密組織スペクター》の存在ですね!いやあなた、《悪の秘密組織》ですよ?この言葉だけでメシ3杯行けるよな!ホントのリアルの世界ではさ、ISがどうとかシリア難民がこうとか、にっちもさっちもいかないくらいシリアスなことになってるけど、映画の世界では《悪の秘密組織》!やっぱこうでなくちゃ。もう夢のある言葉だよね《悪の秘密組織》。で、これが最初は物々しく描かれるんだけど、段々「これって結局ショッカーじゃん」と思えてきて、その味わい深さに拍車が掛かるんですよ。まあ映画の中で「俺たちゃ《悪の秘密組織》だぜ!ガッハッハ!」なんて言ってるわけじゃありませんけどね!

悪の親玉役であるクリストフ・ヴァルツがめっちゃ勿体ぶって出て来るところから心ときめかされましたが、これが段々情けなく見えてくるうえに意外と弱い、この辺なんかも萌えポイント高いですよ。なんか勿体付けて出てきたわりに意外と弱かったスター・ウォーズの銀河帝国皇帝ダース・シディアスみたいじゃん!スペクター基地の組織員もなんだかストーム・トゥルーパーみたいな没個性な連中だったしね!それにモフモフの白猫飼ってたりとか結構オトメな性格してんじゃねーのコイツ?クリストフ・ヴァルツの存在感は今回も素晴らしかったですが、ただひとつ、ハゲ頭で出て来なかったことに役作りの甘さを感じて残念でした。あと次作ではミニ・ミー登場希望。

■次作への期待!?

面白可笑しく書いちゃいましたが、これはこの作品が突っ込み所満載とか言いたいわけでは全く無く、むしろ物語作りに余裕が感じられる分、こっちも余裕かまして観られるということなんですよ。リアル路線とか笑えないんだもん。そんなわけで大変楽しく観ることのできた『007 スペクター』だったんですが、ただどうしてもいただけない部分があったのも確かで。今回の007、2時間半もあるのに歌も踊りも暴力警官も出て来ないんですよ?世界各地で活躍するジェームス・ボンドですが、次回作ではそろそろインドを舞台にしてですね、邪神を崇める暗黒宗教組織とかと戦ってほしいですね。もちろんクライマックスはトロッコ同士のチェイス・シーンですよ!監督はローヒト・シェッティ、ボンド・ガールはディーピカー様で!

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yoyoshi yoyoshi 2015/12/08 03:19 007と言えばロードショーで父親が必ず観ていましたが、昭和中期の事とて子どもは10時就寝。一番盛り上がる場面で布団に追いやられ家庭に録画機がある筈も無く、泣く泣く諦めたものです。世界の観光地巡りでもありましたね。飲む打つ買うが国家持ちで堪能出来るなんておじさんの夢。敵役が多彩で魅力的でした。

globalheadglobalhead 2015/12/08 08:40 >yoyoshiさま
自分が子供の頃は家がかなりTV映画の視聴に寛容で、下手すると「これから面白そうな映画やるよ!」と寝ているところを起こされたぐらいですね(その映画が忘れもしない『猿の惑星』の初視聴だったりします)。そんな子供の頃に007はそのワールドワイドなゴージャス感がたまらなく素敵に見えました。ただし旧007も後半は冷戦終結と併せ「いったい何故戦ってるの?」って感じのどうも奥歯にモノ挟まってるような凡作だらけではありましたね。そういった意味でクレイグ・ボンドのリアル路線はその評価の高さから大正解だったのでしょう。ただ、それを2作目3作目と延々やられるとなんだか世界観が窮屈に感じてきて「だったらミッションインポッシブルのほうが荒唐無稽でおもしれえじゃん」なーんて言い出しちゃう勝手なオレでありました。そういった意味で今回の『スペクター』はいい意味で折衷している部分がよかったんですね。これ、製作者側もこういった形で徐々に旧007路線の雰囲気を盛り込む算段だったんではないでしょうかね。

yoyoshi yoyoshi 2015/12/08 14:16 再レスすみません。録画もネットも無かった時代、リアルタイム放映を見逃すと翌日学校で仲間外れになるので必死でした。一期一会だったから猿の惑星のオチにも感動しました。TVに寛容な家庭で羨ましい!世界観光スパイというとSASシリーズもありました。表紙が男性誌のピンナップ風でコンプリートしたくなります。日本編はトンデモ展開。

globalheadglobalhead 2015/12/08 15:18 >yoyoshiさま
自分も小中学生頃でも結構洋画の話ができる友人が多くて楽しかったですよ。SASシリーズというのは知らなかったので画像検索して見てみたら、まさにおっしゃる通りの表紙ですね。創元社からこんなのも出てたんですね。自分はSF小説ばかりだったから見逃していました。

20151204(Fri)

[][]ワッシュさんの『音楽映画ベストテン』に参加するぜシャゲナベエベー!! ワッシュさんの『音楽映画ベストテン』に参加するぜシャゲナベエベー!!を含むブックマーク ワッシュさんの『音楽映画ベストテン』に参加するぜシャゲナベエベー!!のブックマークコメント

というわけで遅ればせながらワッシュさんの「音楽映画ベストテン」に参加したいと思います。

いやー、今回の記事、書きあげるのに相当時間を擁しました。文章を練りに練った挙句…というのでは全く無く、セレクトした映画の音源を引っ張り出して聴いていたらこれがノリにノッてしまい、一緒に歌ったり踊ったり絶叫したりと、もはや文章書くどころではなくなってしまったんですよ。さらに記事を仕上げるのにYouTubeの動画を探して眺めてたら「やっぱりサイコーだよなこの曲!!」と聴き惚れてしまって、しかもそれをセレクトした10曲(+1曲)全部でやってたもんですから、全くはかどらないんです。オレこの記事書きあげるまでに貼り付けたYouTube動画、少なくとも10回は繰り返して観たなあ…。こうして書いている間にももう一回観ちゃいましたよ…。

とまあそれだけ思い入れにまみれた映画と音楽の数々、この記事を読んでくれている方も時間に余裕があったら是非一緒に観て・聴いて欲しいですね!では行ってみよう!!

第1位:トミー (監督:ケン・ラッセル 1975年イギリス映画)

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第1位はもうこれしかない、ザ・フーが1969年に発表した史上初のロック・オペラ・アルバム『トミー』を映像化した『トミー』でしょう!物語は聾唖盲目という三重苦の青年トミーがピンボールを通じて伝道師となり熱狂的な信者を集めるが…というもの。ザ・フーの面々だけでなくエリク・クラプトン、エルトン・ジョンティナ・ターナーが出演し、さらにジャック・ニコルソンが歌を披露したりしてるんです。そして何故この映画が「第1位はもうこれしかない」のかというと、エルトン・ジョンが歌う「ピンボールの魔術師」、これ、オレがロックを聴き始めるきっかけとなった記念すべき曲だったからなんですよ。シングル・リリースされたこの曲を初めて聴いて「ロックってスゲエ!!」と興奮しまくり毎日ヘッドホンで最大音量で何度も何度も聴きまくっていた思い出があります。映画自体は非常に癖が強くなんともいえない味わいなんですが、少なくとも「音楽映画」という言葉を聞いたら真っ先に思い浮かべた映画、それがこの『トミー』だったんですよ。

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トミー [Blu-ray]

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Tommy (1975 Film)

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第2位:ダウンタウン物語 (監督:アラン・パーカー 1976年イギリス映画)

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この『ダウンタウン物語』は禁酒法時代のニューヨークで対立するギャング同士の抗争を描いた、鬼才アラン・パーカー監督によるミュージカル映画なんですが、実は全員子役だけで演じられており、マシンガンから発射されるのは弾丸ではなくパイ・クリームである、というちょっと変わった映画なんですね。なんでこの映画が第2位なのかというと、当時オレがメチャクチャファンだったジョディ・フォスターが出演していたからなんですよ。オレ、映画『タクシー・ドライバー』を観て当時14歳だったジョディちゃんの大ファンになっちゃったんですが(ちなみにオレはジョディちゃんと同じ年なのでロリコンとかじゃないからね!)、その『タクシー・ドライバー』の直後に公開されたのがこの『ダウンタウン物語』で、オレはサントラ買って毎日飽きるほど聴いていました。↓のビデオでバック・コーラスで歌ってるショートヘアで化粧の濃い女の子、これがジョディちゃんです。サントラ自体は子役ではなくプロの歌手が吹き替えしているので、ジョディちゃんが歌ってる声って訳じゃないんですが。さらにこの映画のサントラ、なんとみんな大好きファントム・オブ・パラダイス』で出演&音楽担当したポール・ウィリアムスが音楽担当しており、音楽のクオリティもばっちりなんですね。ビデオでは黒人のピアノ弾きの子の歌ってる声、これポール・ウィリアムスさんです。

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第3位:ファントム・オブ・パラダイス (監督:ブライアン・デ・パルマ 1974年アメリカ映画)

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そして惜しくも第3位となったのが『ファントム・オブ・パラダイス』です。もうこの映画についてはなにも言うことが無いでしょう。観始めて最初は「面白いけどなんて安っぽい展開と安っぽいヴィジュアルなんだろう」と思わせといて次第にグイグイと惹き付けてゆく、異様な運命と凄惨な悲恋の物語として結実してゆく、そしてその物語を飾る音楽の数々があまりにも素晴らしい、こんな歪でチープな美しさに溢れた映画は今でも観たことがなく、ある意味奇跡のような作品だと言うことができるでしょう。↓のビデオで紹介しているロック・オペラ・シーンも相当頭の悪い楽しさに溢れ、これをはじめ見所満載でいちいち挙げていったらきりがない作品なんですが、オレが一番気にいっているのは、声を潰されダミ声となってしまった主人公が、シンセサイザーに声を通すことで次第にもとあった美しい声に戻ってゆく、という部分ですね。当時シンセサイザーはまだ珍しいものだったので、この描写は驚かされたのと同時に、その後シンセサイザー・ミュージックにハマルきっかけとなった作品でもありました。

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第4位:ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ (監督:ジョン・キャメロン・ミッチェル 2001年アメリカ映画)

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さあさあきました第4位は『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』です!これも絶対外せない音楽映画ですね。性転換したはずなのに股間に「怒りの1インチ(アングリー・インチ)」が残されたという主人公の愛と怒りの物語、というのも物凄いですが、ある意味ジョン・アーヴィングを思わせる複雑で現代的な文学性も兼ね備えているんですね。なにしろヘドウィグさん、怒ってます、いつもメチャクチャ怒ってます。世界も自分も歪であり、なにもかもどうしようもない、その中でヘドウィグさんは完璧な自分と完璧な愛、という完璧な世界を夢見るのですが、それはいつだって手が届かないんです、だからヘドウィグさんはどこまでも怒りそしてどこまでも悲しむんですよ。そしてその怒りと悲しみが激しいパンク・ロックとなって昇華される、この凄まじいエネルギーのほとばしりこそがまさにロックなんですよ。もう聴いていて観ていて、いろんなものが心に刺さりまくってくる、という物凄い映画でしたね。そういった意味でこれこそが最も正しいロック映画なんじゃないかと思います。

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第5位:ロッカーズ (監督:セオドロス・バファルコス 1978年ジャマイカ映画)

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さて第5位となったのはジャマイカ製作のレゲエ映画『ロッカーズ』。以前はオレも相当のレゲエ好きだったので、この映画のサントラも非常にお気に入りでした。レゲエ・スターが本人役で総出演し、歌と演奏を聴かせてくれるというのも嬉しいんですが、映画に登場するジャマイカンたちのどこまでも素なライフ・スタイルを眺められるのがまた楽しいんですね。ライフ・スタイルとか言っても単にみんな貧乏なだけで、だいたい誰も彼もお金に困ってるんですが、ただのジャージとか古着とか着ててもなんだかお洒落に見えちゃうから不思議なんですよ。そして全体的に作りも演技も相当ユルイ、というのがこれまたレゲエぽくていいんですね。お話はバイクをかっぱわれた主人公が盗んだマフィアに仕返しする、というものなんですが、まあなにしろユルイ、だからお話がどうとかよりもリアルなジャマイカのゲットー・ライフを覗き見するよな感覚で観るのが正しいかもですね。そしてこの映画、誰も彼もがぶっといガンジャ(マリファナ)をキメて「ガンジャサイコー!」とか言ってる素晴らしい麻薬映画でもあるんですね!

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第6位:コントロール (監督:アントン・コービン 2007年イギリス/アメリカ/オーストラリア/日本映画)

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オレのしょうもないロック史の中で最高に暗く陰々滅々と鳴り響く、まるで墓場の鬼火みたいなポスト・パンク・ロック・バンド、それがジョイ・ディビジョンなんですよ。いやーオレ、ジョイ・ディビジョン聴き過ぎて人生踏み外したというか、人生踏み外したオレのテーマ・ソング・バンドがジョイ・ディビジョンだったというか、当時は毎日このバンドのアルバム聴いて「オレは既に死んでいる」と思ってたもんだなあ。なにしろあんまり暗い音楽すぎてヴォーカルが自殺しちゃった、というぐらいなんですが、そのヴォーカリスト、イアン・カーチスの半生を描いたのがこの映画『コントロール』なんです。映画公開当時はオレもジョイ・ディビジョンの呪縛からなんとか解放されまあまあまともな一般人として生きていましたが、公開されちゃあやっぱり観ちゃって、そしてどんよりしてましたよ!死に魅せられる、というと中二病臭いかもしれませんが、そういった部分でロック・ミュージック映画であると同時に鮮烈な青春映画として観ることもできるんですよ。

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レヴュー

第7位:オーケストラ! (監督:ラデュ・ミヘイレアニュ 2009年フランス映画)

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さあここに来てなんとクラシックを題材にしたフランス映画の登場です。物語は落ちぶれた元一流オーケストラの天才指揮者が、ある切っ掛けて仲間を集め別のオーケストラに成り済まして演奏旅行に出掛けてしまう!というもの。しかし最初はコミカルに始まったこの物語は、中盤から登場する若い女性ソリストの出生の秘密を巡る、胸を締め付ける様な悲痛な物語へと変化してゆくんです!そして全てが明らかにされるラストのコンサート・シーンはもう感動の嵐ですよ!ここで演奏されるのは「チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35」、非常に美しくかつドラマチックな曲で、この物語の展開をそのまま表し、その場にいる主要人物たちの心の裡さえ表現しているかのような素晴らしい曲でした。これはクラシックなんてまるで聴かない自分ですらこの曲の入ったCDを買って聴いたぐらいなんですよ。ちなみに↓のビデオがその曲なんですが、なにしろラスト・シーンなんでネタバレ含みますからまだ観て無い方は目を閉じて聴いてください!

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オーケストラ! [Blu-ray]

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第8位:ダンサー・イン・ザ・ダーク (監督:ラース・フォン・トリアー 2000年ドイツ/デンマーク映画)

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いやー、この作品入れようかどうか迷いましたけどね、やっぱり入れちゃいました『ダンサー・イン・ザ・ダーク』。オレは当時ビョークの歌うサントラ・アルバムを最初に聴いてたいそう感銘を受け、相当期待して映画館に足を運びましたが、いざ観てみるとなにがなんでも主人公を不幸のどん底に落とそうとする監督の性根の腐ったいやらしさに感想は最悪でしたね。しかし、考えたら当然ですよね、だって監督ラース・フォン・トリアーなんだもん。もう楽曲は素晴らしいし、↓のビデオで観られるようにミュージカル・シーンも完璧なんですが、なにしろ物語がいやらしい。逆に言うと、一般的に美しく楽しく思われているミュージカル作品というものを、わざと不幸にまみれたどこまでも救いのない話でやってみよう、という確信犯的な構成の物語だということもできるでしょう。もう2度と観たくない映画のひとつではありますが、そういったショッキングさから、なぜか記憶から離れない作品でもあるんですよね。

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ダンサー・イン・ザ・ダーク(Blu-ray Disc)

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第9位:プリシラ (監督:ステファン・エリオット 1994年オーストラリア映画)

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『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の厄払いということで第9位は『プリシラ』。これ、ドラァグ・クイーンの皆様が訳あってオーストラリアの荒野をバスで横断しちゃう!というロード・ムービーなんですが、なにしろドラァグ・クイーンの皆様なんで宇宙人感覚のド派手な衣装とメイクがとにかく楽しい作品なんですよ。荒野とドラァグ・クイーン、この組み合わせがえもいわれぬ効果を生み出しているんですね。そして流れるのはオールドスタイルのソウル/ディスコ・ミュージックが中心で、この選曲がまたいいんだな!しかもドラァグ・クイーンを演じるのはなんとテレンス・スタンプヒューゴ・ウィーヴィングガイ・ピアースという名優、人気俳優!テレンス・スタンプがお婆ちゃんみたいな扮装で出てきて、いざダンスとなるとブラックデビルみたいな格好してとんでもない厚化粧で踊りまくる!なんて部分に役者魂を感じましたね。そしてテレンス・スタンプ、全然踊れてない、という部分がなんだかいい!

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プリシラ [Blu-ray]

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第10位:ダバング 大胆不敵 (監督:アビナフ・シン・カシュヤップ 2010年インド映画)

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そして最後はインド映画。やっぱり音楽といえばインド映画を置いて他にないでしょう!実際の所どれでもよかったんですが、日本で公開されていて有名作品でDVDも出ていて誰が観ても面白くてさらに思いっきり音楽が楽しい、ということになるとやっぱりこれ、超絶暴力警官映画『ダバング 大胆不敵』!ベルトくいくい!!

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ダバング 大胆不敵 [DVD]

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Dabangg

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選外:ジギー・スターダスト (監督:D・A・ペネベイカー 1973年イギリス映画)

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デヴィッド・ボウイ好きのオレとしては本当はこの映画がベスト1でもよかったんですが、「コンサート・ドキュメンタリー」という性格上あえて「音楽映画」の範疇から外して選外ということにしました。日本初公開はコンサート形式で渋谷公会堂でたった1回切り、料金も2000円くらい取られてコンサートみたいなバカ高いパンフレットも売られてましたね。そしてこの日本初公開時、映画が終わってから「アンコール!」と叫んで拍手したバカはなにを隠そうこのオレです。

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ジギー・スターダスト・ザ・モーション・ピクチャー

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という訳で以上のようになります。ではワッシュさんよろしく〜。

1位:トミー (監督:ケン・ラッセル 1975年イギリス映画)

2位:ダウンタウン物語 (監督:アラン・パーカー 1976年イギリス映画)

3位:ファントム・オブ・パラダイス (監督:ブライアン・デ・パルマ 1974年アメリカ映画)

4位:ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ (監督:ジョン・キャメロン・ミッチェル 2001年アメリカ映画)

5位:ロッカーズ (監督:セオドロス・バファルコス 1978年ジャマイカ映画)

6位:コントロール (監督:アントン・コービン 2007年イギリス/アメリカ/オーストラリア/日本映画)

7位:オーケストラ! (監督:ラデュ・ミヘイレアニュ 2009年フランス映画)

8位:ダンサー・イン・ザ・ダーク (監督:ラース・フォン・トリアー 2000年ドイツ/デンマーク映画)

9位:プリシラ (監督:ステファン・エリオット 1994年オーストラリア映画)

10位:ダバング 大胆不敵 (監督:アビナフ・シン・カシュヤップ 2010年インド映画)

選外:ジギー・スターダスト (監督:D・A・ペネベイカー 1973年イギリス映画)

20151203(Thu)

[][]新しい価値観と古い因習の狭間で引き裂かれてゆく若者たちの物語〜映画『Masaan』 新しい価値観と古い因習の狭間で引き裂かれてゆく若者たちの物語〜映画『Masaan』を含むブックマーク 新しい価値観と古い因習の狭間で引き裂かれてゆく若者たちの物語〜映画『Masaan』のブックマークコメント

■Masaan (監督:ニーラジ・ゲーワーン 2015年インド/フランス映画)

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■デーヴィーの物語

『Masaan』はインドの聖地ワラーナシーに住む二人の男女がそれぞれに出遭った、辛く厳しい困難とその行方を描く現代劇である。

映画は冒頭からショッキングだ。恋人同士がひと時の逢瀬のため安宿に入る。二人がベッドで睦みあっている最中警官隊が踏み込み、恥知らずな行為だ、とがなり立てながら二人を取り押さえるのだ。しかも男性のほうは親に罪を知られるのを恐れその場で自殺するのである。警官に攻め立てられ、恐怖の涙を流す女の名はデーヴィー(リチャー・チャッダー)。パソコン教室の講師をしていた彼女はそこで知り合った男子学生と愛を交わす為安宿に入り、そこで恥辱と悲劇に見舞われた。しかしそれだけではなかった。警官の一人が、事件を表沙汰にしたくなければ金を出せ、とデーヴィーとその父を脅迫するのである。

インドの法律を詳しく知るわけではないし、宗教的なものもあるのだろうけれども、この現代でも未婚の者同士の同衾が罪になるという国があり、それを映画とはいえ目の当たりにするのは流石に異様に感じた。これがインドの現実なのだろうか。一方、警察の腐敗はインド映画を観ているとよく目にする。いわゆる当たり前の光景なのかもしれないが、これすらも、やはりインドの忌まわしい現実の一つなのかもしれない。

■ディーパクの物語

もう一人の主人公の名はディーパク(ヴィッキー・コウシャル)。彼の物語にもインド独特の忌まわしい現実が関わってくる。彼はガンジス川のほとりで遺体を焼く火葬屋の生まれだったが、自らはエンジニアになる為に勉学に励んでいた。ある日彼はシャールー(シュウェター・トリパティ)という名の女性と知り合い愛を育むが、低カーストの彼は高カーストの彼女に引け目を感じ、あまつさえ家業が火葬屋であることを言い出せないでいた。

インドならではの光景であるガンジス河ほとりでの火葬は、紀行文や映画などでお馴染みだが、ここで描かれる火葬業の様子はおそろしく生々しい。そこには崇高さなどではなく、効率に追われる作業的な火葬が殺伐と描かれるのだ。こうした仕事に就くのもきっと低カーストの人々なのだろう。しかしそんな家の生まれではあっても、主人公男性ディーパクはごく普通に学友と遊び、将来のために学び、そして恋をする。カーストの違いはお互い知ってはいただろうが、新しい考えを持つ二人に障壁は無いはずだった。だがそんなディーパクですら、火葬業であるという自らの出自にやはり劣等感を抱き、彼女の両親は身分違いの恋を許さないだろうと悩むのだ。

こうして映画『Masaan』は一見関連性の無い男女二人のそれぞれの物語を交互に描いてゆくことになる。そしてデーヴィーとディーパクの物語を大枠としながら、『Masaan』にはもう一つの物語の流れがある。それはデーヴィーの父ヴィディヤーダル(サンジャイ・ミシュラ)の物語だ。サンスクリット語の教授である彼は、ワラーナシーのガート(川岸に設置された階段)に寝泊まりする宿無しの少年と知り合う。その少年は河のほとりで行われる賭博の出場者だったが、娘の事件で警官に恐喝され金に困ったヴィディヤーダルは、次第にその賭博にのめり込んでゆくのだ。

■新しい価値観、古い因習

このように、現代的な価値観と職業、そして生活習慣に馴染んで生きているインドの若者が、インド古来の旧弊な因習と価値観と衝突し足をすくわれ、そこから抜け出せずにもがき苦しむ、その揺れ動く心の様を描いたのがこの物語なのだ。デーヴィーの持つコンピューターの知識は新しい産業としてインドを活性化させ、ディーパクの目指すエンジニアという職業もそうして新しくなってゆくインドの土台を支える職業である。彼らは、インドの未来なのだ。著しい経済発展を遂げ、人々が豊かになりつつあるのも、この二人のような若者たちの力に負う所が大きいだろう。

そんな若者たちが古い因習に足をすくわれ、がんじがらめになる。インド映画ではよくテーマにされる事柄だが、映画『Masaan』におけるそのドラマは、より困難であり、身を切る様に切なく、逃げ場すらないように見える。そしてそれにより、新しい価値観と古い価値観との拮抗を、より鮮烈に浮かび上がらせることに成功している。だがこの物語は、ただただ若者たちが因襲の犠牲になるだけの陰々滅々とした物語では決してない。暗く遣り切れない事件がありながらも、古い因習にがんじがらめにされながらも、なんとかそこから飛び立とうとする若者たちの明日についてのドラマでもあるのだ。そこがいい。

監督のニーラジ・ゲーワーンはこれが長編初作品となるが、アヌラーグ・カシャップ監督の『Gangs of Wasseypur - Part 1,2』(2012)でアシスタント・ディレクターを、同監督の『Ugly』(2013)でセカンドユニット・ディレクターを経験しているという。リアルさを優先したシビアな演出はそこにあるのかもしれない。また作品は2015年カンヌ映画祭の「ある視点部門」で「期待すべき新人賞」を受賞した。

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20151202(Wed)

[][]鏡の国のテロ戦争〜映画『Bangistan』 鏡の国のテロ戦争〜映画『Bangistan』を含むブックマーク 鏡の国のテロ戦争〜映画『Bangistan』のブックマークコメント

■Bangistan (監督:カラン・アンシュマーン 2015年インド映画)

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ヒンドゥー/ムスリムという二つの宗教が対立する架空の国家、南北バンギスタンを発端として、それぞれの国が企んだ自爆テロ作戦の顛末をスラップスティックな笑いで包み込んだブラック・コメディ作品です。テロ犯を演じるのはリテーシュ・デーシュムクとプルキト・サームラート、さらに酒場の娘としてジャクリーン・フェルナンデスが共演しています。監督・脚本はこれが初作品となるカラン・アンシュマーン 。

《物語》インド亜大陸の西南に位置する小さな島バンギスタン。その島は寒冷な山岳地帯でありイスラム教を主教とする北バンギスタンと、温暖でヒンドゥー教を主教とする南バンギスタンとに国家が分かれていた。両国は融和政策を推し進めていたが、原理主義者らはそれを苦々しく思い、折しもポーランドで開かれる南北バンギスタンの平和宣言を叩き潰すために爆弾テロを計画する。北側が選び出したテロ実行犯はコールセンターに務めるプラヴィーン(プルキト・サームラート)、南側が選び出したのは俳優のハフィーズ(リテーシュ・デーシュムク)。それぞれはお互いに相手側の宗教を信仰しているように偽装し、開催地であるポーランドのクラコフに潜入する。しかし偶然にも二人は同じアパートに住むことになり、お互いの素性を知らないまま友情が芽生え始めていた…。

映画『Bangistan』はヒンドゥー/ムスリムの宗教的紛争が絶えない現実のパキスタンとインドを、架空の国南北バンギスタンという形に変え、そこにテロ計画の進行というきな臭い物語を展開した作品です。現実の国際社会でもテロの危機やその恐怖が目の当たりとなっていますが、この作品の製作国であるインドでもテロ事件が多発しており、2008年のムンバイ同時多発テロでは先のフランスにおけるテロと同程度の痛ましい被害が出ています。インドではこうしたテロを題材にした映画作品も多く作られていますが、しかしこの作品ではそうした現実から一歩引き、架空の国家同士の宗教対立としてカリカチュアライズすることで、価値観を相対化し、さらにそれをナンセンスなものとして描き出し、そこから黒い笑いに満ちたスラップスティック・ギャグを生み出しているんです。

例えば本当はヒンドゥーのハフィーズは、ムスリムに変装することで常にテロリスト呼ばわりされ面食らいます。彼は本来信ずるものではなく、見てくれだけからそういった憂き目に遭うのです。そしてそれを通し、彼はムスリムの抱える痛みに気付くんです。また本当はムスリムのプラヴィーンは、ヒンドゥーに変装するために覚えたヒンドゥー教教義を唱えてみたときに、それがどれだけ素晴らしいものであるかに気付いてしまう、といった塩梅です。そして面白いのは、この二人のそれぞれが「自分は変装をしているけれど本当は相手は自分と同じ宗教」と思い込み、お互いが密かに同情したり共感したりしている、という部分です。それと同時に、「架空の国」である遠慮の無さから、南北バンギスタンのそれぞれの原理主義的指導者の姿は単純で薄っぺらいものとして描きだされます。そしてクライマックスの自爆用爆弾を巡るドタバタのブラックな笑いといったらありませんでした。

また、そういった内容とは別に特筆したいのは、映画全篇を覆う美術の楽しさです。冒頭におけるバンギスタンの紹介は、なにやらゲーム画面のようなCGを使い、賑やかに描き出されます。そして続く南北バンギスタンの様子は、まず北バンギスタンが緑を基調とした毒々しい色彩で統一され、そして南バンギスタンは橙色を基調とした騒々しい色彩で統一されています。主人公ハフィーズとプラヴィーンが借りたアパートまでがそんな色彩に分かれているんです。ここでのセットの美術はジャン=ピエール・ジュネを思わせるポップさで、これも含め、映画全体がミュージック・ビデオを思わせるようなヴィヴィッドな楽しさに彩られているんですね。実はこの作品、インドでは大コケしたらしく、IMDbでも10点満点中4.2点と相当の低評価で、それは作品における宗教の扱い方が皮相的すぎるといったことなのだろうと思いますが、少なくともこの美術だけでも評価できるんじゃないかな、と個人的に思います。というか、この映画結構気に入ったんだけどなあ。

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20151201(Tue)

[][]彼は私のヒーローだから〜サルマーン・カーン製作作品『HERO』 彼は私のヒーローだから〜サルマーン・カーン製作作品『HERO』を含むブックマーク 彼は私のヒーローだから〜サルマーン・カーン製作作品『HERO』のブックマークコメント

■HERO (監督:ニキル・アードヴァーニー 2015年インド映画)

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ギャングを父に持つチンピラが、警察官を父に持つ娘を誘拐するが、二人には次第に恋が芽生え…という2015年公開のインド映画です。主演は若手新人であるスーラジ・パンチョーリーとアーティヤー・シェッティー。さらにスーラジ・パンチョーリーの実の父アーディティヤー・パンチョーリーが劇中でも父親役で出演しているんですな。監督は『Kal Ho Naa Ho』でデビューしたニキル・アードヴァーニー。そして製作をあのサルマーン・カーンが務めているんですよ。

《物語》ムンバイに住むスーラジ(スーラジ)は滅法ケンカに強いチンピラだ。その日も彼はあるパーティーで娘にからんでいた男を叩きのめす。助けられた娘ラーダー(アーティヤー)はスーラジに興味を示し、スーラジもまたまんざらではない。そんなある日ギャングのボスであり現在獄中にいる彼の父スーリヤカント(アーディティヤー)が、ラーダーの誘拐を命令する。実はラーダーは警視総監の娘であり、誘拐することでスーリヤカントは自らの裁判を有利に持っていこうとしていたのだ。スーラジは警察官に成りすまし、保護の目的だと偽ってラーダーを拉致する。こうして一行は山荘にこもるが、次第にスーラジとラーダーの間に恋が芽生える。だが、スーラジがギャングだということが遂にラーダーに分かってしまうのだ。

とまあこんなお話なのですが、とりあえずまず最初に言いたい。ヒロイン演じるアーティヤー・シェッティーさん、美人は美人なんだけど、顔が派手。最初っからイケイケギャルの役で出てくるのですが、もう見るからに肉食系。なーんてんでしょう、貌のパーツがいちいちデカイ。目元こそソーナム・カプールに似て可愛らしいんですが(それでもデカイ)、アンジェリーナ・ジョリー並みかそれ以上のエラとタラコ唇、さらにランヴィール・シン並みのデカイ鼻を兼ね備えているんですよ。常盤貴子の顔パーツを全て2倍にするとアーティヤーさんになる、という言い方もできるかもしれません。ですからアーティヤーさんが画面に出てくるたびに「なんかスゲエ…」と恐れ戦いてしまい、なんかもう蛇に魅入られた蛙のような気分になってしまうんですね。いやーもしもオレの彼女がアーティヤーさんだったらオレ毎日おびえて暮らすだろうなあ、と思いましたが、万に一つもありえないことだということに気付きちょっとほっとしました。

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どちらにしろアーティヤーさんの派手な顔が気になって気になってお話のほうはまるで集中できなかったのですが、とりあえずざっと感想を。物語の出だしはマッチョな色男がスーパーバイオレンスを繰り出し、肉食系の美女がそれに見惚れる、そして二人に愛の炎が!!…という、まあありがちなものですが、こういう展開は結構好きです。ところがそこからがよくない。スーラジはアーティヤーさんのためにもう悪いことは止めて真人間として更生する!とか誓っちゃうんですね。アーティヤーさんはアーティヤーさんで、親に交際を認められず、パリあたりに飛ばされて一人メソメソしてるんです。この辺は二人のつらい気持ちを切なく切なく描写してゆくんですが、バイオレンスアクションだと思って身を乗り出して観てたのに、なんだか急にヒロイン目線の大甘ロマンス大会になっちゃって拍子抜けするんです。タイトルは「ヒーロー」ですが、これは英雄的な大活躍を見せる男の物語、というよりも「私のヒーロー(はあと)」ってな意味合いの「ヒーロー」だったんですね。でもまあ、こういうのって、製作やってるサルマーンさんが好きそうな展開ではありますよねえ。

結局これ、腰の軽い二枚目俳優からマッチョ男に転じて大ブレイクしながら、いろいろ反省しなきゃならない事件が起こり、そこから更生してまたもやマッチョに返り咲きたい、というサルマーンさんの心の叫びがそのまま映画になった物語じゃないのか!?とすら勘ぐってしまいました。なんだか人に歴史ありサルマーンさんの脛に傷あり、って感じですね。そんなサルマーンさんプロデュースの作品ではありますが、どっかにカメオ出演が!?と期待させますが、いや実はとんでもない所で出てきてとんでもない事をやってます!やっぱサルマーン兄貴、只者じゃねえ…。

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