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メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20160308(Tue)

[]ロボット捜査官の物語に巧みにポリティカル・コレクトネスとヘイトクライム問題を盛り込んだSF作品〜『ロックイン-統合捜査-』 ロボット捜査官の物語に巧みにポリティカル・コレクトネスとヘイトクライム問題を盛り込んだSF作品〜『ロックイン-統合捜査-』を含むブックマーク ロボット捜査官の物語に巧みにポリティカル・コレクトネスとヘイトクライム問題を盛り込んだSF作品〜『ロックイン-統合捜査-』のブックマークコメント

■ロックイン-統合捜査- / ジョン・スコルジー

ロックイン-統合捜査- (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

意識はあるのに体をまるで動かせない「ロックイン」状態を引き起こすパンデミックが発生した後の世界。ヘイデンと呼ばれる患者たちは、アメリカ国内で400万人以上にのぼる。だが疫病の最初の発生から20数年後の現在、ヘイデンは脳にニューラルネットワークを埋め込み、ロボティクス技術と専用オンライン空間の利用で通常の生活を送れるようになっている。そのひとりシェインは、ロボット「スリーブ」を操る新人FBI捜査官。先輩捜査官とともに、ヘイデンがかかわる殺人事件の捜査にあたるのだが…。アメリカSF界屈指の人気作家スコルジーが贈る、近未来SFサスペンス。

『老人と宇宙(そら)』シリーズで有名なSF作家ジョン・スコルジーの作品はその独特の軽いフットワークを持つ語り口調が好きで、最近のSF作家の中ではダントツにお気に入りだ。彼のこのどこかオプチミスティックなテイストは、ついこの間公開され大ヒットしたSF映画『オデッセイ』の原作『火星の人』を書いたアンディ・ウィアーにも影響を与えているんじゃないかな、と個人的に思っている。

このジョン・スコルジーが2014年に発表した最新SF長編『ロックイン-統合捜査-』が日本でも訳出されたのでこれはもう読まねばならないのである。

今回のこの『ロックイン-統合捜査-』、近未来を舞台としたFBIロボット捜査官の物語らしい。ロボットと人間のコンビによる犯罪捜査の物語といえばSF小説の古典的名作『鋼鉄都市』を真っ先に思い浮かべるが、この『ロックイン』、登場するのはただのロボットではなく、「意識はあるが体は動かせない」というある病気に罹った人間の思考による操作で動くロボット、ということになっているのだ。この「意識はあるが体は動かせない」という状態がタイトルの「ロックイン」ということなのだ。

この「ロックイン」を引き起こした疾病の名前は「ヘイデン症候群」と呼ばれ、それはこんな背景を持つ。

・最初に発生した"大流行"と呼ばれるパンデミックでは全世界で27億5千万人が罹患し、4億人以上が命を落とした。

・「ヘイデン症候群」は最初インフルエンザに似た症状から始まり、次に脳および脊髄の炎症、最終的に随意神経系の完全な麻痺、すなわち「ロックイン」を引き起こす。

・「ロックイン」に至った患者は全罹患者の1%以上。さらに全世界で10万人程度の罹患者は、肉体・精神に異常はないが、脳構造に重大な変化が起こり、これを「統合者」と呼ぶ。

・アメリカ合衆国では435万人に上る「ロックイン」患者のため急遽社会参加プログラムを実施、埋め込み型ニューラルネットワークにより「ロックイン」患者が操作することのできる「スリープ」と呼ばれる「義体」を開発した。

・また、「統合者」は同じくニューラルネットワークにより「ロックイン」患者の思考を受信し患者の代わりとして行動のできる存在として活動していた。

そして、そんな世界で起こったある殺人事件を追う「ヘイデン」患者の新人FBI捜査官スリープと、元「統合者」の女性捜査官との物語がこの『ロックイン-統合捜査-』なのだ。二人の捜査官は殺人事件を追ううち、その背景に「ヘイデン」と「統合者」を巡るある巨大な陰謀をつきとめることになるが、いわゆる探偵推理物となるこの物語では、その内容は読んでのお楽しみということにしておこう。「ヘイデン」「統合者」といった設定の特殊性が巧みに絡み合いながら謎とサスペンスを生み出してゆき、実に楽しんで読むことができた。

また、主人公となる新人FBI捜査官は、ジョン・スコルジーらしい実にオプチミスティックで軽いフットワークを持つキャラクターとして登場し、スコルジー小説の醍醐味を十二分に味わうことができるだろう。主人公は「スリープ」を操作するヘイデン患者だが、なにしろ「スリープ」はロボット義体なので、犯人を追う中で意外と無茶な行動に出て、この「スリープ」を何回も乗り換えることになる、なんてところが可笑しかった。また「スリープ」は乗り換え可能なので、遠方の捜査地域に行くときも、単にその地域にある「スリープ」に意識を飛ばせばいい、という部分も独特だろう。この辺、ヘイデン患者の意識がアメリカのたいがいの地域のスリープに携帯電話の電波のように飛ばせる、という設定は、逆に「携帯の電波みたいに受信感度が落ちたり不良になったりしないのかなあ?」とは思ったが、そういう部分は特に描かれていない。

さてそういった物語内容とは別に興味を惹いたのは、この物語設定に存在する現代的な社会問題の提起の在り方なのだ。それはポリティカル・コレクトネスやヘイトクライムといった部分だ。こういった部分がテーマの物語では決して無いが、昨今のSF作品でも無視して通ることのできない描き方であるということなのだろう(PC的であるから物語が正しいとか評価できるということではなく、それに注意を払っているということだ)。例えばPC的に言うなら主人公は黒人であり、先輩となる捜査官は女性である、などという部分や、同性愛カップルがさりげなく登場し、それを誰もが普通に受け入れているといった描写、そしてナバホ族というエスニック・コミュニティの登場といった部分だ。さらに「統合者」にはどんな性別であっても感応することができるので、例えば女性の「統合者」に男性の「ヘイデン」患者が感応することが可能だ。これはつまり「性差」の無意味化をも表わすことになるのだ。

そしてもう一つはヘイトクライムの部分だ。これはロボット義体「スリープ」に対する一般市民の偏見と憎悪、そして暴力といった形で描かれる。最初に挙げた『鋼鉄都市』でもロボットに対する市民の悪感情といった問題は登場したが、この『ロックイン』では外見はロボットでも中身は人間である、という部分で事情が違ってくるのだ。つまり人々は「見た目が異なる」といった部分で本来人間である「ヘイデン」患者を差別しようとする。さらに物語ではそれまでの「ヘイデン」患者への優遇を撤廃する法案が議会を通り、それへの「ヘイデン」患者のデモ、といった描写もある。これはマイノリティーに対する政治認識の劣化という問題でもある。よく読み込んでいけばこの物語には微細に渡りそれらの問題が隠されているのだ。そういった部分で、この『ロックイン-統合捜査-』はロボット捜査官の物語に巧みにポリティカル・コレクトネスとヘイトクライム問題を盛り込んだSF作品ということができるだろう。

■ジョン・スコルジー作品全レヴュー

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