Hatena::ブログ(Diary)

メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20160630(Thu)

[][]シャー・ルク・カーンがインド一の出世頭を演じる映画『ラジュー出世する(Raju Ban Gaya Gentleman)』 シャー・ルク・カーンがインド一の出世頭を演じる映画『ラジュー出世する(Raju Ban Gaya Gentleman)』を含むブックマーク シャー・ルク・カーンがインド一の出世頭を演じる映画『ラジュー出世する(Raju Ban Gaya Gentleman)』のブックマークコメント

■ラジュー出世する(Raju Ban Gaya Gentleman)(監督:アズィーズ・ミルザー 1992年インド映画)

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シャー・ルク・カーンの出世作と言われる『ラジュー出世する』、やっと観ました。この作品の公開年である1992年に銀幕デビューを果たしたシャー・ルクは同年だけで4作の映画に出演し、その1作であるこの作品が大ヒットしたというんですからまさしく破竹の勢いでスター街道を歩むことになったんでしょうね。ただどうしても最初期の作品というとまだまだ拙かったりするんじゃないのかな?と思って暫く作品に触れて無かったのですが、『ラジュー出世する』の原典と言われる『Shree 420』をこの間観て、いい機会だから観比べてみようと思ったわけなんです。共演にジュヒー・チャウラー、ナーナー・パーテーカル。監督はこれがデビューとなるアズィーズ・ミルザー。

物語の主人公はダージリンからボンベイ(現ムンバイ)へ一旗揚げようとやってきた青年ラジュー(シャー・ルク・カーン)。とはいえそこは世知辛い大都会、なかなか仕事も見つからず四苦八苦するラジューだったが、捨てる神あれば拾う神あり、そんな彼を奇妙な男ジャイ(ナーナー・パーテーカル)が拾い上げ居候させてくれたり、近所に住む娘レーヌー(ジュヒー・チャウラー)と恋に落ちたり、あまつさえそのレーヌーの口利きでゼネコンに就職先が見つかったりと、なにかと幸運が訪れる。ラジューはその敏腕振りを社長令嬢サプナーに認められ、あれよあれよと出世するが、レーヌーとは擦れ違うようになり、さらにラジューを快く思わないライバルたちが妨害工作を画策し、ラジューの担当する工事現場で大事故がおきてしまう。

いやあ楽しかった!この『ラジュー出世する』、今観ても全く遜色のない面白さで、こんなによく出来てるとは思いませんでした(正直ナメてましたスイマセン…)。シャー・ルクの映画は割と観ているつもりだったんですが、その中でも結構クオリティの高い作品になるんではないでしょうか。確かに時代こそは感じさせますが、個人的には『DDLJ』よりもエンターティンメント性といった部分でよく出来ていると思うし、楽しさといった点では『OSO』に匹敵するんじゃないか…というのはちょっと褒めすぎになっちゃうかな?

Wikipediaによると「日本では、1954年公開の『アーン』『灼熱の決闘』以来、43年振り、3本目のロードショー公開となるインド娯楽映画。次いで公開された『ムトゥ 踊るマハラジャ』に先立ってマサラムービーブームの礎を作った*1」らしいのですが、当時ですらあまり日本でなじみの薄いインド映画を公開しようと英断した映画会社担当者の気持ちもよくわかります。だってこれ、本当に面白いんだもん!映画を観た観客の方も面白さにびっくりされたみたいで、今ネットを調べても当時&再上映でこの映画を観た方の興奮のさまをちらほら見かけることができます。

この面白さの要因は屈託のないストレートな描写の数々にあるでしょう。1992年作だからこそ物語の構成が複雑化せず、ストレートな描写がまだ可能だったんでしょう。なにより映画前半におけるラジュー&レーヌーのラブラブ・シーンです。レーヌーの投げキッスを受け止めるラジュー、レーヌーの胸の高鳴りを彼女の胸に耳を当てて聞くラジュー、こんな二人の嬉し恥ずかし恋のやりとりが初々しく、とってもキュートなんですよ。そして出世したラジューを町の皆が歌って踊って大騒ぎで祝うシーンの楽しさったらありません。ラジュー演じるシャー・ルクは溌剌としていて、レーヌー演じるジュヒー・チャウラーも実に表情豊かに役を演じます。こんな二人を見守るジャイがまた可笑しくて、年の功とでもいうのでしょうか、恋する者同士がとるお決まりの行動を逐一予想し言い当てるシーンなどは出色でした。このジャイを演じるナーナー・パーテーカル、若者中心の物語だと甘くなりそうなところを、中年(しかも怪しい)の年季でピリリと締めていたところが実にすばらしかった。

こんな楽しさはラジューが現実の厳しさ醜さにぶち当たる後半で失速してしまうのですが、逆にこの後半はシリアスに盛り上がってゆくことになります。そしてこの後半こそがこの作品のテーマとなり、またオリジナル作品である『Shree 420』と繋がる部分でもあるんです。ラジューは『Shree 420』の主人公のように詐欺師になるわけではありませんし、また困難な状況に精一杯対応しようとはしますが、「お金のためにモラルを失うこと」という部分で共通しています。『Shree 420』では1947年のインド独立が、この『ラジュー出世する』では1991年から始まった経済自由化が物語の背景にあると思うのですが、どちらもその根底にあるのは「巨大な経済機構の変化に巻き込まれることへの庶民の不安」です。その渦の中で、インド人が心の拠り所とすべきものはなんなのか、それが『Shree 420』『ラジュー出世する』のテーマだったのではないでしょうか。そしてこの「経済と個人」の問題は、この作品と同じシャー・ルク&ジュヒー・チャウラー主演、アズィーズ・ミルザー監督による『Yes Boss』へと受け継がれてゆきます。

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20160629(Wed)

[][]シャー・ルク・カーンがインド一のゴマスリ男を演じるコメディ『Yes Boss』 シャー・ルク・カーンがインド一のゴマスリ男を演じるコメディ『Yes Boss』を含むブックマーク シャー・ルク・カーンがインド一のゴマスリ男を演じるコメディ『Yes Boss』のブックマークコメント

■Yes Boss (監督:アズィーズ・ミルザー 1997年インド映画)

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シャー・ルク・カーン演じるサラリーマンが、出世を狙って上司の腰巾着となり、あの手この手でゴマスリまくるという、クレイジーキャッツの『日本一のゴマスリ男』をボリウッド・リメイクした作品です(もちろん大嘘です)。しかし天下のシャールクがゴマスリ男とは、なんとも世知辛いですなあ…(シクシク)。ヒロインはジュヒー・チャーウラー。監督であるアズィーズ・ミルザーはシャールク・カーンのデビュー作『ラジュー出世する』(1992)も監督していますが、ジュヒー・チャーウラーもこれに出演しており、いわば「ラジュー・カップル再び」ということでしょうか。とかいいいつつ実はオレ「ラジュー」観てないんですけどね(ヲイ)!

物語の主人公は広告代理店に勤めるラーフル(シャー・ルク・カーン)。彼は上司であるシッダールタ(アディティヤ・パンチョーリ)の命令になんでも「イエス、ボス!」と答えるイエスマンでしたが、そんなシッダールタの今度の頼みは美人モデルのシーマ(ジュヒー)との仲を取り持ってくれ、というものでした。今度も「イエス、ボス!」と快諾するラーフルですが、実はシッダールタは妻帯者、シーマを騙して我がものにしようとしていたのです。そんな罪悪感もあってかラーフルはシーマに嘘をつき続けることがだんだん辛くなり、さらに、そんなシーマを愛し始めている自分に気付くのです。

それにしてもこの物語、よく考えると結構エグイ話なんですよね。妻帯者のはずの広告代理店のボスが自分の所の広告で使ったモデルを部下を使って口説きに入るとか、妻帯者であることがバレたら今度は「女房は浮気しているひどい女で、自分は離婚するつもりなんだ!」とか嘘ぶっこいちゃったりとか、さらにモデルとの交際が妻にばれると「いやあれは部下の女房なんだ!」とまたも嘘をつき、部下であるラーフルとシーマに結婚生活しているふりをしろ!と強要したりしてるんですよ。全くどこまでも自己中な犬畜生野郎ですよね。

ラーフルラーフルでボスの言うことにはモラルも考えずにハイハイ従って、あれやこれやと段取り組んじゃったり、ボスの命じるがまま偽の結婚生活を演じるため、シーマを家に呼び母まで騙してしまうんです。なんだよみんな鬼畜かよ!可哀想なのがモデルのシーマで、シッダールタには騙されるわラーフルには騙されるわ、なんだか知らないけどラーフルと偽の結婚生活始めちゃうわで翻弄されまくりなんですよ。シーマはいつもおろおろしながら「こんなことやっててホントにいいの?」と自問しているんですが、周囲に流されて言うなりになってるんですよ。しかしそれも彼女なりに本当の愛が欲しいと思っているからで、決して意志が弱いとかいうことでもないんですよね。

こんな具合に本当はヒドイ話ではあるんですが、それをあくまでコメディとして描くところにこの作品の面白さがあるんですね。実の所ボスであるシッダールタは一人で空回りしているだけで傍から見るとバカみたいだし、ラーフルも一見ボスの言いなりになっているふりをしながら段々とシーマを守ろうとし始めるし、この辺の化かし合いの様子がいい具合に笑いへと繋がってゆくんですよ。結局ラーフルにも葛藤があって、ボスの言うことも聞かなきゃならない、でもシーマを渡したくない、という部分であの手この手の策を練ることになるんですね。まあ全体的に男目線の作品で、女性が観たらなんだかなあ、と思われるかもしれませんが、ラーフルとシーマのロマンス展開は結構盛り上がるし、シャールクとジュヒーの嫌味の無い演技が好感なので、割と悪くないんじゃないかな。

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日本一のゴマすり男 [DVD]

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20160628(Tue)

[][]移植用心臓を運べ!タイムリミットは2時間半!〜映画『Traffic』 移植用心臓を運べ!タイムリミットは2時間半!〜映画『Traffic』を含むブックマーク 移植用心臓を運べ!タイムリミットは2時間半!〜映画『Traffic』のブックマークコメント

■Traffic (監督:ラジェーシュ・ピッライ 2016年インド映画)

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緊急心臓移植を要する女の子を救うため、移植用の心臓を積んだ警察車が大渋滞のムンバイ/プネー間150キロを疾走する!タイムリミットは2時間半!しかしそこで思わぬ事態が!?という2016年に公開されたサスペンス映画『Traffic』です。しかもこの映画、チェンナイで起こった実話に基づいて製作されているそうなんですね。

出演は『Gangs of Wasseypur-Part1』(2012)、『Aligarh』(2016)、『Tevar』(2015)のマノージュ・バージパーイー、『Tanu Weds Manu』(2011)、『Bang Bang!』(2014)のジミー・シャーギル、『Veer-Zaara』(2004)『ミルカ』(2013)ディヴィヤー・ダッタ、『女神は二度微笑む』(2012)のパランブラタ・チャタルジー。監督はマラヤラム映画界で活躍するラジェーシュ・ピッライ。この映画自体も彼自身が監督したマラヤラム映画のセルフ・リメイクになります。

《物語》2008年、インドのプネー。俳優のデーヴ・カプール(プローセーンジト・チャタルジー)の娘は重い心臓病で入院しており、緊急の心臓移植をしなければ今日にも命を失う状態だった。一方、ムンバイではある青年が交通事故に遭い脳死状態に至る。急遽彼の心臓を移植することが決定し、ムンバイ/プネー間を搬送することになったが、悪天候により空路は使えず、陸路を行かざるを得なかった。その距離150キロ、さらに道は恐ろしいまでの交通渋滞にみまわれていた。不可能とも思われるその作戦に交通巡査のゴードボーレー(マノージュ・バージパーイー)らが挑む。タイムリミットは2時間半。

ムンバイ/プネー間150キロとはいいますが、日本に当てはめると東京駅から静岡県富士駅、長野県軽井沢駅ぐらいまでの距離になるようですね。日本に当てはめてみましたがやっぱりピンときませんね。さらに150キロの距離を2時間半といいますと、渋滞も信号も無ければ時速60キロもあれば辿りつける計算になりますから、もっと飛ばせばなんとかなりそうじゃないですか。もちろんこれは数字の上だけの話で、映画じゃムンバイは大渋滞なわけで、搬送命令を出されたムンバイ警察交通局長のグルビール(ジミー・シャーギル)さんなんかは「無理っすよ!できませんよ!」と最初断ったぐらいなんですよ。

でも交通警察だろー交通規制かませりゃなんとかなんじゃね?と思ってたらやっぱり規制入れちゃって、あーこれだったらなんとかなるよねーと観ているほうは思います。でもこれじゃあサスペンス映画として盛り上がりに欠けてしまいますね。TVの「世界仰天ニュース」みたいな番組で5分とか10分かけりゃあ説明できてしまう物語になっちゃいます。ところがですよ。ここでとんでもないことが起こっちゃうんですよ!「こんな時にまさかこんなことが!?」という展開に思わず唖然呆然ですよ!

それと併せてねー、搬送車は1台だけしかいなくて、「他の車やとかバイクで先導しろよ!」と思うし、「カーナビもないのかよ!」と思ったし(一応2008年という設定なんだけど)「何でこんな時お祭りやってんだよ!邪魔だよ邪魔!」とも思ったんですが、そこは全部「インドだから」ということで無問題だということにしておきましょう!いや問題ですが!

そんなこんなの複合的な悪事情と、それと例の「とんでもないこと」のおかげで、中盤からクライマックスにかけて「なんじゃこりゃ!?どうなっとんのじゃこりゃ!?」と大いに盛り上がってくれました。ただ、最初の40分ぐらいはドナー家族と病気の家族の愁嘆場が描かれて少々出足は遅いです。その辺優しい目で観てあげれば100分という上映時間、サクッと観られて楽しめる物語なんじゃないかな。

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20160627(Mon)

[]もっともらしいことを言う声の大きい者に従え!〜映画『帰ってきたヒトラーもっともらしいことを言う声の大きい者に従え!〜映画『帰ってきたヒトラー』を含むブックマーク もっともらしいことを言う声の大きい者に従え!〜映画『帰ってきたヒトラー』のブックマークコメント

帰ってきたヒトラー (監督:デビッド・ベンド 2015年ドイツ映画)

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「ヒトラーが現代に蘇り街中大騒ぎさ!」というブラック・コメディ映画『帰ってきたヒトラー』である。原作は2012年に発表されたティムール・ヴェルメシュの同名小説。製作国はもちろんドイツだ!

"蘇ったヒトラー"は、ヒトラー最期の瞬間からタイムスリップしてきたのらしい。何故なのかは不明だ。そして本人はそのこと自体は覚えていないんだが、とりあえずドイツの街が何もかも変わってしまってびっくり仰天。そして徘徊する彼をリストラされたテレビマンが見つけ、「おもろいモノマネ芸人や!」と勘違いしてテレビに出演させちゃうんだが、なにしろ演説の天才ヒトラー、視聴者はすっかり彼に魅了され、「ヒトラーの格好はマズイけど、言ってることは的を得ている!」と大人気に!人々の心をすっかり掴んだヒトラーは次の一手を考えはじめた…というもの。

いやこれは面白かった。なにしろなにもかもが痛烈な皮肉で埋め尽くされている。ヒトラーを世界で最も否定している筈のドイツ人が彼の言動に頷き魅了される。これは「戦後ってなんだったの?」ということでもある。あれほどの惨事を生み出した時代を批判し否定して現代がある筈なのに、政治や人々を巡る状況とその不満は何も変わってないじゃないの?ということだ。

映画は純粋な劇作部分と併せ、実在の政治家や有名人、一般市民の中にヒトラーを演じる俳優さんを送り込み、彼らと討論して生の声を採る、という試みもなされているらしい。いわばサシャ・バロン・コーエンの『ボラット』スタイルだ。この中にどれだけ演出が入っているのかは分からないが、幾つかは本当の生の声だろうとは思う。優生思想や純血主義の過ちがどうこういう前に、移民排斥を容易くそこに結び付けられて納得してしまう、"蘇ったヒトラー"の言動を肯定してしまう、そんな"一般"市民に怖気だった。現在ヨーロッパを覆う移民問題や難民問題は市民の生活を実際に脅かしていて、この間のイギリスEU離脱でもその辺が根っこにあるらしく、日本公開が恐ろしくタイムリーだったな、とすら思ってしまった。

そしてそんなヒトラーの言動を、誰一人として論破できない、ということがさらに恐ろしかった。「声の大きいもの」の威圧感に気圧された人々が「そういうものかもしれないな」「逆らわないほうがいいかもしれないな」と黙り込んでしまう状況は、別にヒトラーじゃなくても、どこの世界でも、この日本だってあるじゃねえか、と思えてしまった。さらにそんなヒトラーを、「売れるし金になるからどんどん使っちゃえ」という付和雷同型のマスコミ、「一緒にいれば箔が付くから仲間になっちゃえ」という無批判な有象無象もきちんと描かれていて、ああこれもどこかで見たような光景だよなあ、とやはり真っ黒い笑いが浮かんでしょうがなかった。

さてヒトラーといえば彼を最も悪名高くしたのはかのアウシュビッツだ。これは扱いが難しいからどう使うのかなあ、と思ってたらなんとジョーク(ホテルが"一つ星"ってヤツ)で登場していて、「これ、マジで大丈夫なんっすか!?」とドイツのことなのに心配してしまった。アウシュビッツについてのエピソードはそれだけではないが。だが、「描かねばなら無いもの」がある以上、あえてタブーを破ることも辞さなかった製作者の判断は、やっぱ覚悟があるな、スゲエな、と思えた。ドイツ人ってビールとソーセージ作ってるだけじゃないんだな。

オレ的には「ヒトラーがネオナチの襲撃を受ける」というギャグと「そんなネオナチをものともしないヒトラーさんが国民の英雄に!」という凄まじい皮肉が鳥肌立つほど愉快だったな。そんなヒトラーさんのお気に入りの政党は"ドイツの環境と国土を守る"「緑の党」なんだそうだ。全体的にヒトラーの言うことが平野耕太のコミックキャラの言うことと被って聞こえてしまい、「平野さんこの映画うっとりしながら観るだろうなあ」と想像してしまった。

また、こういった作りのヨーロッパ映画なのにもかかわらず、観に行ったシネコンは座席数の多い劇場を使っていたばかりか、公開2週目に観に行ったのにその席が殆ど満席だったのにびっくりした。観客層も若い人を始めとして幅広かった。ヒトラーって人気あるんだな。どういった類の人気なのかは分からんが……。

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わが闘争(上)―民族主義的世界観(角川文庫)

わが闘争(上)―民族主義的世界観(角川文庫)

わが闘争(下)―国家社会主義運動(角川文庫)

わが闘争(下)―国家社会主義運動(角川文庫)

yoyoshi yoyoshi 2016/06/28 14:22 一億総活躍社会とか女性が輝く社会とか、この道はいつか来た道。ナチスのキッチンという本にはナチスが地産地消、旬の食品を食べよう、食育の大切さなど教育委員会が大喜びしそうな標語を掲げていた話が載っており、怖いです。ヒトラーは菜食主義だったし。

globalheadglobalhead 2016/06/28 18:20 ヒトラーが菜食。むしろ肉食だったらもっと凄まじいことになっていたのかもしれません。

20160626(Sun)

[]「ウルトラチョップ」でラムチョップを食べてきた 「ウルトラチョップ」でラムチョップを食べてきたを含むブックマーク 「ウルトラチョップ」でラムチョップを食べてきたのブックマークコメント

先日は相方さんの誕生祝いということでウルトラチョップに行ってきました。

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……いやそうではなくて。

ウルトラチョップは恵比寿にあるラムチョップが美味いという評判のお店なんだそうでしてな。ラム肉好きのオレと相方さんは「ほうほうわしらに食われたいと待っておるラム肉がおるというではないか、これは行かねば罰が当たるのう」ということで早速予約、この日も「やっぱメシ食うなら恵比寿だよねオレは恵比寿の似合う男だし」とかなんとかオレが一方的にほざいているところを相方さんに華麗にスルーされながらかの店へと向かったという訳ですな。

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席は30席と小さめのお店だったんですが、この日は開店したときには全て予約で埋まっておりました。というわけでとりあえずビール!ではなくて誕生日会なのでここはシャンペンなどを注文してまずは乾杯。しかしいつもビールばかり飲んでブッハーと言っているオレと相方さんはシャンペン飲んだ後もやっぱりブッハーとか言ってました。

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パンはいわゆるお通しなんですが、これがなかなか美味くてお代わり自由だというから「延々こればっか食いながら延々ビール飲むというのはどうだ」と相方さんに言ったら軽くスープレックスかまされたのでオレは黙りました。

この日はまず「エビとアボガドをどうにかしたもの」と「キャベツとアンチョビがどうにかなったもの」、さらにやっぱりこれだろ!とラムチョップをガッツリ注文し、オレはビールをさらに追加。最初に出てきた「エビ某」「キャベツ某」がこれがもう実に美味くて「ああ……たまにはコンビニ弁当以外のモノも食べなきゃ駄目だなあ……」と涙ながらに思いました。そしていよいよお肉様の到着。

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おお!これぞラムチョップ!味付けは塩味のレギュラーと柚子胡椒とトリュフマスタードの3種類。1本づつ注文出来て値段は480〜580円だからまずまずじゃないかな?そしてこれが備長炭で焼いてたりするらしくこれまたとっても美味い。「やっぱり肉は骨付きだよね!」「いや肉付きの骨かもしれないね!」「チョップがあるならパンチやキックもあるのかな!」「いやそれはないと思うしあんた訳分かんないことばっかり言っててうるさいよ!」などと楽しく話が弾みます。

それからさらに「マッシュポテトにトリュフがどうとかいうもの」と「ラム肉のたたき」を注文。オレは調子に乗って赤ワイン、相方さんは白ワインなんぞを飲み始めます。

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たたきも胡椒がピリッと効いて美味かったな。お店は給仕の女性の方がとてもよく気が付いてくれる上に説明も丁寧で、さらに気さくな方で、サービス行き届いた店だなあと感心してしまいました。料理も美味しかったし組み合わせさえ考えれば割高な料金にならなさそうだし、これは是非もう一回行ってみたい店でしたね。まああんまり恵比寿に行く用事はないんだけどね!もう最近は山手線沿線に全然縁が無くなってきたもんなあ。

ウルトラチョップ|最高のラムチョップを手軽に楽しむワインバル

【閉店】ウルトラチョップ 恵比寿店 - 恵比寿/ワインバー [食べログ]

20160624(Fri)

[]雪に閉ざされたトルコの街で起こった反イスラム主義クーデターの顛末〜『雪』 雪に閉ざされたトルコの街で起こった反イスラム主義クーデターの顛末〜『雪』を含むブックマーク 雪に閉ざされたトルコの街で起こった反イスラム主義クーデターの顛末〜『雪』のブックマークコメント

■雪 / オルハン・パムク

雪

十二年ぶりに故郷トルコに戻った詩人Kaは、少女の連続自殺について記事を書くために地方都市カルスへ旅することになる。憧れの美女イペキ、近く実施される市長選挙に立候補しているその元夫、カリスマ的な魅力を持つイスラム主義者“群青”、彼を崇拝する若い学生たち…雪降る街で出会うさまざまな人たちは、取材を進めるKaの心に波紋を広げていく。ノーベル文学賞受賞作家が、現代トルコにおける政治と信仰を描く傑作。

1.

宗教とその教義というのは、求める所はシンプルなものである筈なのに、それを信仰するもの、それを語るものによってどんどん複雑化し難解なものになってゆく。これは宗教とその教義が発生から数百年を経て様々な歴史的状況の変化を体験しているのにもかかわらず、原典に固執し過ぎるか歴史の変化の中で生まれてしまう個々の矛盾をそのまま包含したままにしてしまうからなのだろう。

ここで例えば仏教なら細かな宗派に部派され、キリスト教も同様に部派しながら教会ヒエラルキーによる時代に合わせた統一見解を持とうとし、ユダヤ教は原典至上主義を貫き、一方ヒンドゥー教は「俺らインド人だから」というアイデンティティだけで遣り過ごす。しかしヒエラルキーを持たず基本的に民主主義的な筈のイスラム教はなぜかごたごたして見えてしまう。これは後続宗教として歴史の趨勢にまだ対応し切れていない部分があるのかもしれない。実の所キリスト教だって数百年前までは今のイスラム教と同じぐらいごたごたしながらも今があるのだ。

とはいえ、今現在ある一見イスラム教を巡って語られているようなごたごたというのは案外イスラム教の本質と関係ない部分で起こっていたりする。いい例が例のISILだろう。彼らの行っていることはイスラム教教義とはかけ離れたものだが、欧米キリスト教圏からの搾取とそれによって生まれる格差への憎悪と反発を、イスラムを語ることによって組織化した貧困ビジネスがその実態なのではないのか。

2.

トルコ人作家オルハン・パムクによる長編小説『雪』は、雪に閉ざされたトルコの小さな町で引き起こされたクーデターと、それに巻き込まれた中年の詩人とを描く物語である。クーデターはなぜ起こされたのか。それはイスラム原理主義者による市長暗殺に端を発する市長選挙で、イスラム主義系政党の候補者が当選有力視されていたからであり、それに対し共和主義と世俗主義の復権を画策する軍人を含む一派がクーデターを仕掛けたという訳なのだ。

一方主人公となる詩人、Kaと呼ばれる男はどのような人物なのか。彼はイスラム主義を貫こうとする女学生の連続自殺事件を取材しにドイツからやって来た男なのだが、もともとはトルコ人である。彼は基本的にはノンポリであり、また、町に住むかつての想いを寄せていた女性に再び会いたい、という個人的な理由も持っていた。そんな恋する中年でしかない文人の彼が、町に蠢く様々な政治的宗教的イデオロギーのなかで翻弄され、次第に悲劇へと引き寄せられてゆくのだ。

舞台となるトルコの町カルスは実際に存在する町だ。物語では連日連夜雪が降り積もり交通が絶たれ、外界とは隔絶された閉鎖環境として登場する。そしてその閉鎖環境の中でトルコが直面するありとあらゆる政治状況や宗教的対立があたかも縮図となったかのように立ち上るのだ。それはイスラム主義者、トルコ民族主義者、世俗主義、クルド民族主義者、社会主義者であり、近代化推進派、政教分離主義者、民主主義者、愛国者である。これらがひと所に集結し主義主張の鍔迫り合いをしている様は、収拾の付かないカオス的な現実の状況を示唆しつつも、一歩離れてみると(特に日本人読者のオレにとっては)どこか戯画化された滑稽さをうっすらと感じるのだ。

3.

さてそのカオスに投げ込まれた恋する中年ノンポリ男はなんなのかというと、近代化された西洋的な思考と生活の中で安寧として生きる「なんちゃってリベラル」だ。このちゃらんぽらんな主人公を通し、これらカオス的な主義主張の根底にあるのが豊かな生活を送る欧米への劣等感というルサンチマンであることが明らかになる。と同時に、欧米ではない我々とは何者なのか、というアイデンティティの揺らぎをも描くものでもある。彼らはそれによりオルタナティヴとしてのイスラム教に寄り添い先鋭化するが、これらルサンチマンもアイデンティティの危機も、実はイスラム教の本質とは関係の無いものだ。これは今現在のイスラム教を取り巻く状況とよく似ている。

では主人公はニュートラルな存在なのかと言うと決してそうでもない所がこの物語の醍醐味と言うかややこしさでもある。詩人である彼は暫く詩が書けなかったが、この町に来て降り積もる雪の幻想に触れインスピレーションを得、沢山の詩を書くことが出来るようになる。これをして彼はそもそもが無神論者だったくせに「アッラーの思し召しなのではないか」と思っちゃうのである。脳内で起こった至高体験を「神」へと短絡する。このナイーブさは詩人だからこそなのだろうが、そもそも宗教が何故起こるのかという現象の一端を皮肉に描いているような気がしてならない。

4.

しかも恋する中年ノンポリ男の彼は、ノンポリで無神論者なくせに恋する女にいいところを見せようとしてあたかも政治的で宗教的な男であるかのようにふるまい始めるのである。そう、主義主張なんて下半身の欲求によってコロコロ変わっちゃうのだ。これは主人公が対面するテロリスト、"群青"という男にも当てはまる。色男の彼はその下半身で女たちのイデオロギーを自らの都合のいいようにコントロールする。なんだ、宗教も政治もカンケ―ないじゃん、全部セックスまみれの話じゃん!ここでもまた、一見深刻な物語に皮相的で滑稽な要素が加味される。

いや、実の所、オルハン・パムクはそんな話を書いたわけでは無いと思う。これは作者の言うように十分政治的な物語なのだろうと思う。でも、ノンポリで無神論者で豊かな極東の国でテキトーに生きているだけのオレには、彼らのこじらせまくった主義主張と言うのが、直截で生々しい感情に屁理屈の煙幕を撒き散らして自らを正当化しようとしているだけのようにしか見えなかっのだ。とはいえ、「大きな状況」の中で翻弄される「小さな個人」のその卑屈な内面を抉り散らかした物語として、この『雪』は物凄い傑作なのだろうと思う。

なお、翻訳は【新訳】文庫本として早川書房から出ているものもあるが、このテキストは藤原書店から出された和久井路子訳のハードカヴァー版に基づく。和久井路子訳はなにかと評判が悪いようだが、奇妙にうねりのある文体であり、錯綜した心理が上手く表わされているように思えた。

雪

雪〔新訳版〕 (上) (ハヤカワepi文庫)

雪〔新訳版〕 (上) (ハヤカワepi文庫)

雪〔新訳版〕 (下) (ハヤカワepi文庫)

雪〔新訳版〕 (下) (ハヤカワepi文庫)

20160623(Thu)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックを含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックのブックマークコメント

■Social Housing / Marquis Hawkes

SOCIAL HOUSING

SOCIAL HOUSING

ベルリンを拠点にするUK出身のハウス・プロデューサーMarquis Hawkesのデビュー・アルバムは、まず微妙にダサいアルバムアートワークが買いポイントだ。ハウスはダサいアートワークのものが意外と中身がカッコよかったりするが、これもドンピシャ、そんな1枚(このアートワーク、実はDJ T-1000ことAlan Oldhamが手掛けているらしい)。内容はシカゴハウス風味のドラムマシーンに80年代ファンク/R&Bのサンプルを重ねたサウンドだが、眩暈を起こさせるような幻惑的なループが実にクールであり現代的でもある。実にハウス的なのにベタベタにハウスではないのだ。これも最近お気に入りの1枚で今回またもや強力プッシュなアルバムだ。 《試聴》

■Topiary / Xeno & Oaklander

Topiary [12 inch Analog]

Topiary [12 inch Analog]

ブルックリンのシンセウェーヴ/ミニマルウェーヴ・デュオ Xeno & Oaklanderによる通算5作目になるアルバム。機械的なリズムにビリビリと響き渡るサイケデリックなシンセ・メロディ、それにアンニュイな女性ボーカルが乗る様は実にオールドスクールなニューウェーヴ・サウンドだが、なんだかこれが一周回って面白い。ポップではあるがどこか剥き出しで、そんな部分にアンダーグラウンドな匂いがする。シンセウェーヴ系は得意ではないのだが、これはなぜか気にいってよく聴いている。 《試聴》

■Good Luck And Do Your Best / Gold Panda

イギリス・ロンドン出身のプロデューサーGold Pandaのニューアルバム『Good Luck And Do Your Best』は非常にカラフルで多彩な音に満ち溢れた豊かな完成度のアルバムだ。その音はノスタルジックであると同時にスイートで夢見るようであるし、明るくポジティブであると同時にどこかセンチメンタルなロマンチックさがある。優しく暖かい曲調は製作したGold Panda自身も気さくでイイ奴なんだろなあとすら思わせる。お勧めの好盤。 《試聴》

■Levitate / Lone

ジャングル/ドラムンベースは昔「それしか聴かない」というほど好きだったが、聴き過ぎたのか飽きてしまい、ここ数年はご無沙汰である。マンチェスターを拠点に活動するプロデューサーMatthew CutlerによるプロジェクトLoneがR&Sからリリースしたニューアルバム『Levitate』はそんなジャングル/ドラムンベース・サウンドから始まるのだが、これが思いのほかいい。適度にテクノなフィーリングが散りばめられているからだろうか。ガチガチのドラムンじゃないのだ。アルバム自体も後半からアンビエント〜ミドルテンポなテクノを交え決して一本調子じゃない。そして全体的に爽快感満載。夏に向けて聴きたい1枚じゃないか。 《試聴》

■When I Was 14 / AFX/Nina Kraviz/Bjarki/PTU

When I Was 14

When I Was 14

ロシア出身の女性プロディーサーNina Kravizが主催するレーベルTripからリリースされたコンピレーション・アルバム。なんといっても目玉はAFXの曲だが、これは1995年に製作されSOUNDCLOUDにアップロードしていたものらしい。全体的にソリッドかつオールドスクールな響きを感じさせる曲が多く、その虚飾の無さが生々しい音像へと繋がっている。そしてなにより、このヤル気の全く感じさせないアルバム・ジャケットがいい。なんなんだこれは。お勧め。 《試聴》

■Karachi Files / V.A.

Karachi Files

Karachi Files

「カラチ・ファイルズ」というアルバム・タイトルにムスリム風のおっさんが写ったジャケット、「おおお遂にイスラミック・テクノの時代がやってきたか…」と思ったが、実際はドイツ発のアルバムなのらしい。ベルリン在住のAndiとHannesのTeichmann兄弟による新興レーベル「Noland」の第一弾コンピレーションで、パキスタン、モルディブ、ドイツ出身のミュージシャンによるプロジェクトなのだとか。まあパキスタン参加ということはカラチでは間違いない。とはいえイスラム神秘主義的な音とかそういうのではなく、普通によくできたテクノである。 《試聴》

■The Digging Remedy / Plaid

90年代初期から活動を続けるWarpの看板アーティストPlaidによる11枚目のアルバム。これだけ長くやっているなら1枚くらいアルバムを聴いているような気がするがあまり記憶がない。よく整理された音はさすがベテランだからだろうか、う〜んでも今ひとつ印象の薄いアルバムではあるなあ。 《試聴》

■Fabriclive 87: Groove Armada / Groove Armada/Various

FABRICLIVE 87: Groove Armada

FABRICLIVE 87: Groove Armada

Fabricliveの87はイギリスのテクノ・ユニットGroove Armada。Fabricliveにしては臭みの無いハウス中心の選曲かな。作業用である。 《試聴》

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20160622(Wed)

[]世界びっくり紀行『クレイジージャーニー Vol.2』を観た 世界びっくり紀行『クレイジージャーニー Vol.2』を観たを含むブックマーク 世界びっくり紀行『クレイジージャーニー Vol.2』を観たのブックマークコメント

クレイジージャーニー Vol.2 [DVD]

今オレの中で「クレイジージャーニー」が熱い。「クレイジージャーニー」とはディープでマニアックな人たちによるディープでマニアックな探究の旅をドキュメントするTVバラエティのことだ。オレはDVDで観たのだが、その時の感想は「世界びっくり紀行『クレイジージャーニー』のDVDを観た - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ」を読んでもらいたい。なにしろ「21世紀の川口浩探検隊」とも呼べるような番組で、どれも驚くような内容が収められている。

この番組の素晴らしい所は、ナショナル・ジオグラフィックやNHKドキュメンタリーがやるような内容を、アカデミックさではなくあくまで下世話なバラエティとして見せてゆくこと、番組ごとに「クレイジーな旅」をする一人の個人にスポットライトを当てていることにある。内容の面白さと同時に人の面白さも伝えているのだ。

”下世話”というのは下品ということではない。「クレイジーな旅人」が現場で体験する生々しい感情を伝え、その人となりに肉薄する。さらに特殊な環境・地域の中にいる人々のあまり伝えられない営み、つまり排泄やセックスの在り方についても包み隠さずレポートする。なんとなればそれも文化だからだ。そういった人間臭さがいいのだ。

さてそんな「クレイジージャーニー」DVDのVol.2が発売された。内容については以下の通り:

【DISC 1】 (収録分数:60分)

◆丸山ゴンザレス「東洋一のスラム街&銃密造村に潜入」

危険地帯ジャーナリスト・丸山ゴンザレスが、フィリピンの「東洋一のスラム街&銃密造村」へ

命がけの潜入旅。そこには、過酷な現実と、目を疑う恐怖の実態が広がっていた・・・。


佐藤健寿「奇界遺産×神秘の青く光る山」

世界中の奇妙な光景を集める「奇界遺産」フォトグラファー佐藤健寿の「神秘の青く光る山」撮影旅。

道中で見つけた「泥だらけの村」や「異世界過ぎて感動した奇界遺産ベスト5」も紹介!


<特別収録>丸山ゴンザレス&佐藤健寿「DVD発売記念イベント」

2016年1月31日に行われた、DVD発売記念トークイベントの模様を大放出!

イベントだけで話した新たな旅の話や番組の舞台裏を激白!


【DISC 2】 (収録分数:103分)

◆鍵井靖章「神秘とロマンの沈船探索」

1年の半分以上を海の撮影に費やし、世界中の海を撮り続ける水中写真家・鍵井靖章が「海底に眠る沈船探索」の旅へ。さらに、鍵井がこれまで撮影してきた色鮮やかな水中生物の数々も大公開!


◆ヨシダナギ 「アフリカの少数民族を愛する女性写真家~前編~」

15カ国で約200の少数民族を撮影してきた女性写真家・ヨシダナギが、エチオピアに暮らす、“世界一おしゃれな民族・スリ族"の元へ。辿り着くまでに数日を要するその道中には、驚きの文化の数々が!


◆ヨシダナギ 「アフリカの少数民族を愛する女性写真家~後編~」

女性写真家・ヨシダナギが、エチオピア・スリ族の元へ。しかし、突然の来訪者に心を開かないスリ族・・・。そこでヨシダは、自ら服を脱ぎ、彼らと同じ格好になることで、その距離を縮める。

ざっくり感想を書くと「東洋一のスラム街&銃密造村に潜入」は高温多湿な国のスラムのババッちさはヤヴァイよな……とつくづく思った。銃密造村の緊張感は盛り過ぎかなあ。今の所丸山ゴンザレスの危険地帯レポートはそんなに危険な気がしない。

アジア「罰当たり」旅行 改訂版

アジア「罰当たり」旅行 改訂版

「奇界遺産×神秘の青く光る山」佐藤健寿のレポート。硫黄鉱床が燃える事で"青く光る"ように見える山を紹介するが、確かに「奇界」の名に恥じない異様さ。同時にここで働く人たちの過酷さも伝わってくる。<特別収録>丸山ゴンザレス&佐藤健寿「DVD発売記念イベント」では「クレイジージャーニー」DVDの人気の程が伝わってファンとしても嬉しい。

奇界遺産

奇界遺産

「神秘とロマンの沈船探索」は第2次大戦の最中海に沈んだ日本海軍の"沈船"を撮り続ける水中カメラマン鍵井靖章のレポート。それほどクレイジーというものではないが、カメラマン鍵井のキャラが妙に爽やかな部分が逆に面白かった。

夢色の海

夢色の海

「アフリカの少数民族を愛する女性写真家」 は「アフリカ愛」が強すぎてカメラマンになってしまったヨシダナギのレポート。今回は「エチオピアで最もお洒落な民族・スリ族」の写真を撮りに行く。女一人でアフリカの奥地に出掛けるタフさも凄いが(ガイド等は同行する)「現地人と心の距離を縮めるため現地人と同じ格好をする(場合によっちゃ脱いじゃう)」という肝の座り方もいい。そんな彼女の撮る写真がまた素晴らしい。それにしてもエチオピアって高地だから首都アジスアベバあたりは平均気温が20度ぐらいだったりするんだな。勉強になった。

SURI COLLECTION

SURI COLLECTION

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20160621(Tue)

[]『クローバーフィールド』フランチャイズの低予算SFパニック映画『10クローバーフィールド・レーン』 『クローバーフィールド』フランチャイズの低予算SFパニック映画『10クローバーフィールド・レーン』を含むブックマーク 『クローバーフィールド』フランチャイズの低予算SFパニック映画『10クローバーフィールド・レーン』のブックマークコメント

■10クローバーフィールド・レーン (監督:ダン・トラクテンバーグ 2016年アメリカ映画)

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怪獣POV映画『クローバーフィールド』の続編とか言われている映画『10クローバーフィールド・レーン』を観てきました。しかしゴロの悪いタイトルですな。Twitterあたりではもうすっかり「テンクロ」なんていう「ももクロ」のバッタもんみたいな呼び方されておりますな。

内容のほうはと言うと、予告編だけからネタバレしない限りに申しますと、核シェルターの中にいる3人の男女の疑心暗鬼な心理劇ということになってます。シェルター作ったおっさんは「世界が大変なことになった!」と息巻いているけど、事故で意識不明のまま連れ込まれた女は「こいつ嘘言ってんじゃない?」と思ってるし、もう一人いる男は「おっさんの言ってる通りなんじゃないんすか?あれ?」という優柔不断だし、じゃあホントの所どうなの?というのがザックリした内容です。

で、まあ続編か?と言われると、いやあ別に続編だって言われなきゃあなんにも関係ない映画で通っちゃうよなあ、という内容だし、世界観も繋がっているようで繋がってないような気がするし、一体何なんだ?とは思うんですが、これはきっと誰か事情通の方がどこかで説明してくれてるのでしょう。個人的に思ったのは『クローバーフィールド』のフランチャイズで低予算のSFパニック物を作る、というのが製作のJ・J・エイブラムスの頭にあったのかな?ということです。

これは1作目が2500万ドル(約27億円)というハリウッドでは比較的低予算の製作費で1億7千万ドルという物凄い興行収入を上げたのにならい、この2作目は1500万ドル(約16億円)というさらに低い製作費で作られている所から感じたんですよね。『クローバーフィールド』のフランチャイズなら1作目以上の製作費を掛けてあの作品の物語的な続編を作ったほうが、話題性も併せてより高い収益を見込めそうに思うじゃないですか。そうじゃなくてあくまで低予算にこだわったのがこの作品なんじゃないかと思うんですよ。

でまあ、映画としてどうだったかというと、楽しめたことは楽しめたけどまあフツーかな、という出来ではあったんですけど、そこには『クローバーフィールド』の続編だっていうなら何かあるんじゃないか、という期待が肩透かし食らった、という部分もありますね。監禁サスペンスパートにしてもSFパートにしても悪くないとはいえ同様のジャンルの中で比べるなら特別新しいことをしているわけでもない。あと予告編で殆ど内容見せすぎていて、あれ以上でも以下でもなかった、というのもある。予想の範疇を超えるものが無くて、もっと「え、こんな展開だったの!?」と思わせてくれる部分が欲しかったというか。オレはあの予告編は実はフェイクで、ホントは全然違う話が展開するんじゃないか、とすら思ってたんですよ。

とはいえ、良いか悪いか、上手いか下手かは別として、J・J・エイブラムスにはコロッと騙された、という気は十分しましたね。意外とこのパターンで『クローバーフィールド』フランチャイズの作品をまた作っちゃうんじゃないか?という気すらしますね。次回がまた低予算かどうかはわかんないですが。あとは主演のメアリー・エリザベス・ウィンステッドがよかったかな、7人の邪悪な元カレがいる上にジョン・マクレーンの娘なのでやっぱり強いですが、やっぱりあの下着な姿に一番グッときましたね。

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20160620(Mon)

[]ブロードウェイ・ミュージカル『ドリームガールズ』を観に行った。 ブロードウェイ・ミュージカル『ドリームガールズ』を観に行った。を含むブックマーク ブロードウェイ・ミュージカル『ドリームガールズ』を観に行った。のブックマークコメント

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先日6月17日は相方さんと二人で渋谷の東急シアターオーブで公演されているブロードウェイ・ミュージカル、『ドリームガールズ』を観に行きました。丁度相方さんの誕生日が前日だったので、バースデー・プレゼントもちょっと兼ねていました。

実はブロードウェイどころかミュージカル自体これまで観に行ったことがなかったオレが、なんでまた今回観に行くことにしたのかというと、『ドリームガールズ』自体を映画で知っていたこと、ソウル・ミュージックが中心となる今作の曲を本場のブロードウェイ・アクターがソウルフルに歌うのを体験してみたかったこと、バックの演奏が生であるらしいということ、というのがありましたね。知らなかったんですが歌詞や台詞も字幕が付くというじゃないですか。

ドリームガールズ』は60年代のアメリカ・ショウビジネス界の裏と表を舞台に、ある黒人女性ボーカル・トリオの栄光と挫折を描いたものです。モデルとなっているのは伝説のR&Bヴォーカル・トリオ、シュープリームス(調べたら今は「スプリームス」って言うんですね?)。

ブロードウェイ・ミュージカル『ドリームガールズ』は、『コーラスライン』の振付・演出を手掛けた天才マイケル・ベネットの遺作ともなった、伝説的ミュージカルです。ある女性トリオのサクセス・ストーリーを基に、華やかなショービジネスの裏側にある人間模様、栄光、挫折、中傷、友情、野望をドラマティックに描いた傑作です。

2006年、ビヨンセジェニファー・ハドソンジェイミー・フォックスエディ・マーフィら豪華キャストで映画化され、世界的なドリームガールズ旋風を巻き起こしました。

JIM BEAM presents ブロードウェイ・ミュージカル ドリームガールズ | 東急シアターオーブ|TOKYU THEATRE Orb

舞台は6時開演で、第1部が70分、休憩が20分、第2部が60分という構成でした。帰りは9時ぐらいになっちゃたかな。

初めてのミュージカルだったんですが、やはり生の歌は圧巻でしたね。生歌というならコンサートも同様なんですが、ミュージカルは1曲1曲聴くというのではなく、物語を追いながら観ていくので別の面白さがありました。全編にわたって歌と音楽が殆ど途切れることなく演じられるてゆくというのも独特の緊張感を生んでいて面白かったです。また、舞台背景にはLEDが使われているらしく、カラフルで変幻自在な効果を生んでいて目を奪われました。生演奏のほうはバックでやられていたようですが、これはカーテンコールの時にスタジオの映像が出てきてミュージシャンたちの姿を観ることができました。

なにより凄かったのは主演のエフィー・ホワイト役モヤ・アンジェラのパワフル極まりないソウル・ヴォーカルですね。いやこんな声をよく出せるもんだなあ、と圧倒されまくりでした。

映画『ドリームガールズ』と舞台との違いはこのエフィー役の扱いでしょう。映画版ではダイアナ・ロスをモデルとしたディーナ・ジョーンズ役が中心となっており、さらにビヨンセが演じたということも相まって、「ヴォーカル・グループ"ドリームス"から外された女」であるエフィーは物語の中心という訳ではなかったんですよね。しかし舞台ではこのエフィーを中心とし、我が強いばかりにグループから外され孤独と挫折を味わいながらも、最終的にそんな自分を乗り越えグループと和解し友情を取り戻す、といった内容になっていました。

物語の内容がショウビズ界のドロドロした裏側や人間関係が中心となっており、「とても楽しかった!」というようなものではなかったにせよ、こういった形で友情の復権を描いて見せた所が自分としては新鮮でした。

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20160617(Fri)

[][]インドのリーサル・ウェポン、サニー・デーオールが暴れ狂うアクション映画『Ghayal Once Again』! インドのリーサル・ウェポン、サニー・デーオールが暴れ狂うアクション映画『Ghayal Once Again』!を含むブックマーク インドのリーサル・ウェポン、サニー・デーオールが暴れ狂うアクション映画『Ghayal Once Again』!のブックマークコメント

■Ghayal Once Again (監督:サニー・デーオール 2016年インド映画)

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サニー・デーオールといえばオレの中では映画『Gadar: Ek Prem Katha』(2001)がなにより記憶に残っている。印パ分離の悲劇を狂ったような大殺戮アクションに変えてしまったトンデモストーリーにも唖然とさせられたが、なによりサニー・デーオールの手負いの熊みたいな手の付けられない激情ぶりに度肝を抜かれたのだ。なんなんだこの俳優は……と思っていたがどうやらそういった激情タイプのトンデモアクションを得意とする人なのらしい。

そのサニー・デーオールの久々の新作アクションが到着したというからこれは観ねばなるまい、と思った次第である。ただし今作は『Ghayal』(1990)という作品の続編なのらしいがそっちは観ていない。

《物語》過去の恐ろしい事件(これが前作なのらしい)により精神を病み療養していたアジャイ・メーラ(サニー・デーオール)はなんとか社会復帰できるまでに回復し、今は新聞社に勤めていた。そんな彼は社会の敵を撲滅する秘密結社で働くというもう一つの顔も持っていた。ある日彼の恩師である警察官ジョー・デスーザ(オーム・プリー)の交通事故死を知り涙に暮れるアジャイだったが、実はそれが事故に見せかけた謀殺だったことを知る。その殺人現場をたまたま撮影していた若者たちがいたのだ。しかしその殺人に関わっていたのは州首相のラージ・バンサル(ナレンドラ・ジャー)とその息子であり、証拠隠滅の為にビデオを持つ若者たちの誘拐を私兵たちに命じていた。アジャイは絶体絶命の危機にある若者たちを救うことが出来るのか、そしてビデオを手に入れられるのか。

実に痛快なアクション娯楽作だった。前半まではアジャイの過去の事件に対する葛藤や、フラッシュバックに苦しめられる様子が描かれ、この辺前作の経緯を知らない自分は若干置いてけぼりを食らったが、「なんかいろいろ辛いことがあった」程度のことは理解できた。また、裏の秘密結社の様子もこの前半部では物語られる。ただしここまでは状況説明に終始してしまう為にもっさりとした展開が暫く続いてしまうのは否めない。しかし、中盤も間もなくになり、州首相バンサルの悪事が発覚し、こいつが己の権力をあらん限り駆使して証拠隠滅に走り出す頃から物語に強烈なドライブが掛かり始める。なにしろこのバンサルという男、政府機関を私物化し、さらに黒スーツに身を包んだ私兵まで擁しているから始末に負えない。身の危険を察したブロガーの少年少女は逃走を始めるが、バンサルの魔の手は執拗に彼らを追跡する!

そしてここからの止められない止まらないアジャイのノンストップ・アクションがとてつもなく素晴らしい!GPSや監視カメラを駆使した悪党どもの追撃とカーチェイス、追いつめられるブロガー少年少女、そこに登場したアジャイによる反撃、そして一個のHDを巡っての、アジャイと残忍な私兵たちとの市街を縦横無尽に駆け巡る追跡逃走劇が展開する。車にはねられ電車に接触し、しまいには突き進む鉄道に飛び乗っての鉄拳の応酬、このシークエンスだけでなんと30分以上だ!アクション演出は手堅くそつがなく、インドアクションにありがちな大袈裟で見栄えのいいワイヤーやCGに頼ることなく、ただひたすら肉体の限界に挑み拳のパワーを駆使しながら、満身創痍になりつつも走り飛び敵に鉄拳を打ち込む!もう王道とも言えるアクションが展開しているのだ。

確かに物語には新しいものは無く、地道なアクション描写はとりたてて画期的なものだということはないにしても、この手堅い王道さにはちょっと昔のハリウッドB級アクション作品の爽快さを感じてしまったのだ。実の所インドアクションは飛び道具的な面白演出はあっても通常はどこか一本調子で、ボリウッド大御所出演作を除けばこういった作り込まれたアクションはこれまで少なかったように思う。これをしてハリウッドに追いついたような言い方はしたくないが、それにしてもよく研究してここまで遜色のないアクション演出まで到達することが出来なたあ、と感心したのだ。そういった部分でこの『Ghayal Once Again』はインドアクションの新たなる叩き台として非常に価値のある作品だと感じたのだ。

そしてなにより主演のサニー・デーオールがいい。熊みたいなもっさり体形のしょぼいオッサンが、髭面の顔を苦悶で歪ませ、生傷だらけの身体を限界までふりしぼりつつ敵を追い続ける!この、「見た目はしょぼいがやるときはやるオッサン」の雄々しさが、画面の隅々から臭いたってくるのである。もとより、サニー・デーオールのどこか草臥れたその風情は、フランスのノワール映画にしょっちゅう登場する小汚いヨーロッパ人主人公と相通じるものを感じるのだ。なにも映画の主人公はジムで作ったガチムチ体形をみせびらかす水も滴る若い男ばかりである必要などどこにもないのだ。そしてこの映画における主人公アジャイの石に齧りついてでも敵を追い続けるしつこさと体力は、ある意味オッサンの持つしつこさと持久力に他ならないのではないか。こういった「小汚く素晴らしいオッサン」像としてサニー・デーオールは輝いていた。

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20160616(Thu)

[][]栄光を掴むため戦いに挑む負け犬コーチと新人女子ボクサーのスポ根ムービー『Saala Khadoos』 栄光を掴むため戦いに挑む負け犬コーチと新人女子ボクサーのスポ根ムービー『Saala Khadoos』を含むブックマーク 栄光を掴むため戦いに挑む負け犬コーチと新人女子ボクサーのスポ根ムービー『Saala Khadoos』のブックマークコメント

■Saala Khadoos (監督:スダー・コーンガー 2016年インド映画)

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負け犬ボクシングコーチと彼が見出した女子ボクサーとが、様々な困難を経ながら勝利への階段を上ってゆくというスポ根映画『Saala Khadoos』です。

主演となるコーチ役に『きっと、うまくいく』で眼鏡をかけた丸顔の青年ファラン・クレイシーを演じたR. マーダヴァン。でもその彼が大変身しているんですよ!そして女子ボクサー役にリティカー・シン。実は彼女、本当に総合格闘技とキックボクシングで戦うファイターで、今回オーディションにより主演女優に抜擢されたというわけです。だから格闘シーンはお手ものですね!それと今作、製作に『pk』『きっと、うまくいく』のラージクマール・ヒラニーが参加しているのも注目ですね。

《物語》デリーに住むアディ(R. マーダヴァン)は実力のあるボクサーだったが、ボクシング協会の腐敗した政治体質により選手生命を絶たれていた。10年後、女子ボクシングチームのコーチとなった彼だが、またしても協会の横槍が入り、チェンナイに飛ばされてしまう。しかしアディはその地で、素晴らしいボクシング素質を持った漁師の娘マディ(リティカー・シン)を見出す。始めはやる気を見せなかったマディだが、いつしかボクシングの魅力に目覚め、実力を開花させてゆく。しかし、陰湿なデリーのボクシング協会はそんな二人を見逃してはいなかった。

インド映画で女子プロボクシングというとプリヤンカー・チョープラー出演の『Mary Kom』(2014)という作品がありました。これは「インドボクシング界で最も成功した選手のひとり」と呼ばれる女性、マリー・コンの半生を描くスポーツ伝記ドラマで、「女性が格闘スポーツと家庭を両立させ、さらに社会から認められること」という女性映画的な側面がありました。

プリヤンカー・チョープラーが実在の女性ボクサーを演じる伝記映画『Mary Kom』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ (監督:オムング・クマール 2014年インド映画)

一方この『Saala Khadoos』は「事実からインスパイアされた」とありますが、基本的にスポ根モノの王道を行く作品ということが出来るでしょう。

まずなにしろマディのキャラがいい。負けん気が強く試合では闘志剥き出しの表情を見せる彼女ですが、普段はとても素直であっけらかんとした素顔を持つ陽性キャラ。余計な情念を持っていない部分もいいですね。コーチに恋心を抱いちゃうなんてエピソードも可愛らしいじゃないですか。もちろん試合中の動きは流石本物のファイターだけあって遜色在りません。演じるリティカー・シンは十分魅力的で今後彼女をどんな映画で生かすことが出来るか楽しみです。

そんなリティカーさんが本職のキックボクシング試合をしている映像はこちら!(映画じゃないですよ)

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一方アディは見た目通りどこまでも男臭く逞しく、有無を言わせぬ鬼コーチぶりを見せますが、ふと見せる包容力に溢れた態度に惚れそうです。そんな二人の共通点はかっとなり易くすぐ暴れ出すところ!まあなにしろ王道スポ根ムービーなので展開は定番通りに進みますが、やっぱりクライマックスに向かうにつれ物語はどんどん熱くなり試合は熾烈を極め、観ているこっちもすっかり物語にのめり込んで二人に歓声を送ることになります。途中「絶対あしたのジョー読んでるだろ!?」という展開があってニヤリとさせられますよ!

それと主な舞台となるのが南インド、チェンナイというのがいいですね。主人公マディはチェンナイの貧しい人々の住む地域で暮らし魚を獲ったり売ったりして生活していましたが、貧しいとはいえこの生活感がなんだか観ていて馴染むんですよ。チェンナイという場所の開放感溢れるロケーションがそう思わせるのかもしれません。最初はマディのボクシング生活に関心を持たなかった彼女の父親が、試合を経るにつれ娘に大歓声を送るようになる様は泣かせます。

それにしても何故チェンナイなのでしょう?Webサイト「THE HINDU」の「Rolling with the punches」という記事を読んだところ(英文)、もともと北チェンナイでは女子ボクシングが非常に盛んなのだそうなんですね。それは世界の様々なゲットーから生まれるボクサーと同じように、プロボクサーになることが、貧困から抜け出すことのできる大きなチャンスの一つだからだというのです。北チェンナイのボクシングはモハメド・アリ人気が手伝って70年代から盛んになり始めましたが、90年代後半から女子選手が現れるようになり、政府もそれに助成を行っているようなんですね。

そして最後に言いたいのは、なにしろ主演のR・マーダヴァンの変わりようですよ!『きっと、うまくいく』や『Tanu Weds Manu』の時はこんなだったのに、

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今回なんかこんな髭もじゃガチムチな上に、探したらこんな色男写真までありましたよ!?これホントにマーダヴァンなんですか?固太り体型のオレもこんな髭生やせば色男になれますかね……?

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20160615(Wed)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックを含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックのブックマークコメント

■Borderland: Transport / Juan Atkins & Moritz Von Oswald Present

Juan Atkins & Moritz von Oswald Present Borderland: Transport

Juan Atkins & Moritz von Oswald Present Borderland: Transport

Moritz von Oswaldといえばなにしろダブテクノ・ユニットBasic Channelだろう。催眠的にループし続けるダブ音響は発表当時唯一無二の凄みを見せていた。だがMoritz von Oswald本名での活動は、オレにはどうもピンと来なくて、一応聴いてみたけどあんまり面白くなかったんだよな。さて今作はデトロイト・テクノ・プロデューサーJuan AtkinsとのタッグによるユニットBorderlandのアルバム第2作目となる。1作目はそこそこ面白かったが、プロデューサー両者のアイディアの融合がさらにスムーズになったのか、今作はさらに素晴らしく面白い。Moritz von Oswaldの催眠ダブにJuan Atkinsのテクノ・フィーリングがいい具合にトリートメントされ、絶妙の緊張感を生んでいるのだ。今回の大推薦盤。 《試聴》

■DJ Koze Presents Pampa, Vol. 1 / DJ Koze/Various

PAMPA VOL. 1

PAMPA VOL. 1

ドイツ/ハンブルグを拠点に活躍するプロデューサー、DJ Kozeはオレのお気に入りのDJの一人で、アルバムが出たらなにはともあれとりあえず買うことにしている。DJ Kozeはあの独特の明るさとカラフルで茶目っ気ある音が好きなんだよな。このアルバムはそのDJ Kozeが運営するレーベルPampaの初のコンピレーション・アルバムだが、DJ Koze同様、カラフルでバリエーションに満ちたアーティストの作品が並ぶ。全19曲あり、お買い得でお腹いっぱい楽しめる作品になっている。これはお勧めです。 《試聴》

■The Best / Omar S

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デトロイトはテクノだけじゃなくハウスもイケる。アンダーグラウンド・デトロイトハウス・プロデューサーOmar Sはその中でもオレのお気に入りの一人で(とか言って他に何人も知ってるわけでもないが)、アルバムが出たらいつも買うようにしている。今回の新作タイトルは『The Best』。しかしこれ、ベスト・アルバムって意味じゃなくて「オレちゃんのベストなアルバムが出来上がったぜHEHEHE」といった意味なのらしい。内容はタイトルに負けず、噛めば噛むほど旨みが染み出してくる実にアンダーグラウンドなハウス・ミュージックだ。 《試聴》

■Kerrier District 1 / Kerrier District (Luke Vibert)

KERRIER DISTRICT (RE-MASTERED) (IMPORT)

KERRIER DISTRICT (RE-MASTERED) (IMPORT)

Wagon ChristやPlugといった名義でも活躍するコーンウォール一派のプロデューサー、Luke Vibert。彼のディスコ・ミュージックに特化したプロジェクトがこのKerrier Districtとなるのらしい。ディスコとはいえそこはエレクトロニカと融合したアップトゥデイトな解釈が加えられている。というかエレクトロなディスコってことで気軽に楽しめばいいと思う。 《試聴》

■Analog Grooves (Collected) / Eduardo De La Calle

Analog Grooves

Analog Grooves

『Analog Grooves (Collected)』はスペインのテクノ・プロデューサー、Eduardo De La CalleがこれまでリリースしたEPに新曲とレア音源を加えアルバム化したもの。全体的にインテリジェントな作りで、ジャズっぽい曲やマニュエル・ゲッチングの『E2-E4』をリアレンジした曲などが並ぶ。派手さはないのだがするする聴けるので流しっぱなしにしておくのにいい。『Blade Runner』というタイトルの曲もあるが映画とは関係ないんだろうな。 《試聴》

■Dots & Pearls III / Daniel Stefanik/Various

DOTS & PEARLS 3 (MIXED BY DANIEL STEFANIK)

DOTS & PEARLS 3 (MIXED BY DANIEL STEFANIK)

いつもの作業用。まあ要するにCOCOONでありCOCOONのJD Mixアルバムであり、COCOONなんだからこれでいいじゃないか、という音である。実はCOCOON意外と好きなのである。 《試聴》

■Omonimo / Dino Sabatini

OMONIMO

OMONIMO

イタリアのディープテクノ・プロデューサーDino Sabatiniの2nd。前作はトライバルな作風だったが、今作は柔らかい曲調のアンビエント・ハウスで、あたかも映画音楽を聴いているような情景感溢れる音だ。結構気に入ってます。 《試聴》

■Utility / Kowton

Utility

Utility

UKブリストルのベース・ミュージック・プロデューサーJoe CowtonによるプロジェクトKowtonの1stアルバム。ベース・ミュージック臭さが無く、かといってすっきりしたテクノ・ミュージックというわけでもないハイブリッド・タイプなミニマル・ベース・テクノ。 《試聴》

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20160614(Tue)

[]最近読んだコミックあれこれ 最近読んだコミックあれこれを含むブックマーク 最近読んだコミックあれこれのブックマークコメント

アイアムアヒーロー(20) / 花沢健吾

あれ、なんかこの間出たばっかりじゃないか?と思ったが、映画公開に合わせて新刊間に合わせたんだろうな、という『アイアムアヒーロー』第20巻。いや、文句じゃないです、全然嬉しいです。しかしこの20巻になってようやくあちこちに飛んでいたエピソードが一つに収束し、いよいよ物語は佳境を迎えようとしているように見えます。そろそろクライマックスなのか!?なのか!?どうするつもりなんでしょう。どうなっちゃうんでしょう。

アイアムアヒーロー 公式アンソロジーコミック: 8 TALES OF THE ZQN / 花沢健吾, 伊藤潤二, 水沢悦子, 石黒正数, 乃木坂太郎, オジロマコト, 横槍メンゴ, 鳥飼茜, 吉本浩二

これも映画公開に間に合わせたのだろうと思われる『アイアムアヒーロー』の公式アンソロジー。全部で8人の漫画家が思い思いのゾンビ・ストーリーを描いています。原作者である花沢健吾から「『アイアムアヒーロー』にこだわらず自由なゾンビ漫画を描いて欲しい」というお達しがあったらしく、確かに原作とあんまり関係ない作品もあるんですが、これはこれで楽しかったな。特に『ブラック・ジャック創作秘話』の吉本浩二氏による『アイアムアヒーロー誕生秘話』が面白かった。

■いぬやしき(6) / 奥浩哉

いぬやしき(5) (イブニングコミックス)

いぬやしき(5) (イブニングコミックス)

惰性で買ってる『いぬやしき』、そんなに面白くないよなーと思いつつ読んでいましたが、この巻からワルモノ・獅子神クンが警察署を敵に回したターミネーターみたいな大殺戮劇を演じていて相当楽しめました。次は日本全てを敵に回すんだそうです。そしていよいよいぬやしきじいさんと一騎打ちになるのでありましょう。

いとしのムーコ(9) / みずしな孝之

いとしのムーコ(9) (イブニングKC)

いとしのムーコ(9) (イブニングKC)

柴犬のムーコと飼い主のこまつさんのラブリーな日々を描いたほのぼの動物コミック、相変わらずムーコ可愛いです。オレは柴犬に興味は無かったんですが、これ読み始めてからTwitterで柴犬Botをフォローし始めてしまいましたよ…柴犬いいっすねえ…。

■エリア51(12) / 久 正人

エリア51 12 (BUNCH COMICS)

エリア51 12 (BUNCH COMICS)

前巻から引き続きアマテラスの命を狙う巨大な陰謀が描かれてゆきますが、なんとこれが神々同士の思わぬ大抗争へと発展し始めて度肝を抜かれました。で、これがまた過去のいろんな因縁がからんだりしていて一筋縄じゃ行かないんですよね。いやあ作者巧いなあ。

■食の軍師(5) / 泉昌之

食の軍師(5) (ニチブンコミックス)

食の軍師(5) (ニチブンコミックス)

この巻から「東京都内になる店限定で全国の郷土料理を制覇せよ!」というのがおっぱじまり、各都道府県の特色を打ち出した居酒屋が次々と攻め込まれて行っております。単なるグルメガイドになってない?なんて批判もあるようですが、「食の軍師」が各地を制圧してゆくというのはコンセプト的に間違ってないと思うけどな。それと、この巻でやっとトレンチコートの主人公がフリースタイルの呑みを展開しているのに対し宿敵・力石が王道のお勧めメニューを頼む、というスタイルになっていることに気が付きました、要するに作者なりに「単なるグルメガイド」にならないように外しているんですね。

ドリフターズ(5) / 平野耕太

邪悪なる敵「黒王」の進軍が遂に開始され、いよいよ戦いの火蓋が切って落とされる。いやあここまで長かった。まあコレ、平野耕太がお気に入りの歴史上の人物をコマに使って「指輪物語」ごっこやっているという物語だったんだな。好き勝手に描いているように見えて意外とちゃんと計算されており、10巻ぐらいでサクッと大団円を迎えてくれるかもしれない。いや、最近のコミック長くてさあ……。

監獄学園(21) / 平本アキラ

裏・表生徒会最終決戦の騎馬戦が続いているんだが、引っ張るなあ。あと5巻ぐらい引っ張るつもりなんじゃないかなあ。でもこのコミックは刊行ペースが早いからいいや。次の22巻は8月5日金曜日発売だよ!(自分メモ)

■プリニウス(4) / ヤマザキマリとり・みき

プリニウスは発表当初はかなり注目してたんだけど、話の展開が散漫過ぎて「これ失敗作じゃないかなあ」と思ってたんだよな。ところがこの4巻は面白い。きちんとプリニウスとネロの周辺に話が収束してきている。物語がどこへ進もうとしているのかが見えてきている。これ、作者同士の巻末対談読んで思ったんだけど、「当時のローマをあらん限り描写したい」と思っているヤマザキさんをようやくとり・みきが舵取り出来るようになって、エピソードの取捨選択をした結果ってことなんじゃないかな。進行がこれまでよりもとり・みき的だもの。

アオイホノオ(15) / 島本和彦

自作の漫画が雑誌に載ることになり夢に一歩近付いたホノオ君である。今巻ではDAICONメンバーの描写が減り代わりにホノオ君の新担当と漫画家新谷かおるのエピソードが挿入される。とはいえあだち充への尽きせぬ対抗心だけはどこまでもふつふつと燃えているのだ。それにしても本筋とは関係ないエピソードの入れ方が本当に上手い漫画だな。

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20160613(Mon)

[][]3人の娘に惚れた3人の男の大騒動!?〜映画『Housefull 3』 3人の娘に惚れた3人の男の大騒動!?〜映画『Housefull 3』を含むブックマーク 3人の娘に惚れた3人の男の大騒動!?〜映画『Housefull 3』のブックマークコメント

■Housefull 3 (監督:サージド-ファルハド 2016年インド映画)

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お金持ちの美人3人娘の恋した3人の男。しかし3人娘のお父さんは娘を嫁にやりたくない!男3人はなんとかして結婚に漕ぎ着けようと策を弄するが!?人気コメディシリーズ『Housefull』第3弾、『Housefull 3』であります。主演は『Housefull』シリーズでお馴染みアクシャイ・クマールとリテーシュ・デーシュムク、今回の新メンバーとしてアビシェーク・バッチャン。ヒロインにジャクリーン・フェルナンデス、ナルギス・ファクリー、リサ・ヘイドン。さらにボーマン・イラーニーとジャッキー・シュロフが脇を固めます。この作品、つい先ごろインドで公開され大ヒットを記録しましたが、日本でも上映会が開催され早速観に行って参りました。

《物語》ロンドンの大邸宅に住む富豪バトゥック・パテル(ボーマン)には愛しい3人の娘がいました。3人の名前はそれぞれガンガー(ジャクリーン)、ジャムナ(リサ)、サラスヴァティ(ナルギス)。お年頃の3人には交際している男性がいます。彼らの名前はサッカー選手のサンディ(アクシャイ)、カーレーサーのテディ(リテーシュ)、ラップミュージシャンのバンティ(アビシェーク)。しかし娘を嫁にやりたくないバトゥックはインチキ占星術師をでっち上げ、「もしも〇〇な男を連れて来たら父親は心臓発作で死ぬ!」と嘘の予言をします。それは「家に足を踏み入れた男」、「父を見た男」、「父に声を掛けた男」です。黙っていられないのは3人の男、彼らはそれぞれ「下半身不随」、「盲目」、「聾唖」のふりをしてまんまと父親の前に姿を現します。しかしそんな嘘もだんだんほころび始めて……。

さてまず最初にざっくり『Housefull』シリーズのおさらいをしてみましょう。

負け犬男の起死回生を賭けた七転八倒を描くドタバタコメディ〜映画『Housefull』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ(監督:サジード・カーン 2010年インド映画)

男4人・女4人・父親4人が、結婚を巡って大騒ぎ!?〜映画『Housefull2』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ(監督:サージド・カーン 2012年インド映画)

『Housefull』シリーズは1、2作目とも大好評で迎えられましたが、その後監督のサジード・カーンはこんなコメディ映画を撮って大失敗しています。

そっくりさんが3組!?インドのしょーもないドタバタ・コメディ映画『Humshakals』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ(監督:サージド・カーン 2014年インド映画)

自分はこの映画、大好きなんですけど、インドでの評判はケチョンケチョンだったみたいですね。それでなのかどうなのか、今回の『3』は監督コンビ、サージド-ファルハドにバトンタッチされているんですね。サージド-ファルハドはもともと『Singham』『Bol Bachchan』『チェンナイ・エクスプレス 愛と勇気のヒーロー参上』などのシナリオ担当者でした。

お犬様の相続した遺産を狙え!?〜映画『Entertainment』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ(監督:サージド-ファルハド 2014年インド映画)

この監督交代劇が吉と出るか凶と出るかが今作の見所となるんですが、実際観たところ、「全体的にあっさりさっぱり小振りになったかな」といった感想です。例えば『1』は上映時間が155分、『2』は160分でしたが、この『3』は134分。上映時間だけから作品の良し悪しを判断する訳じゃありませんが、今までの『Housefull』シリーズが「しつこく・くどく・どこまでも引っ張りながら多数の登場人物が入り乱れくんずほぐれつの大騒動になる」部分で魅力があったところを、この『3』は妙にすっきりしてて、ネタを全然引っ張らないんですよ。その辺が上映時間にも反映されているんじゃないのかな。

自分はこれまでのシリーズの長時間に渡るどこまでもしつこいコテコテさを予想して、体力を温存しながら若干身構えつつ劇場で観ていたんですが、意外にあっさり終わったものですから「え?もう終わったの?」と思ってしまったぐらいです(それでも134分なんだけどね)。じゃあつまらなかったのかというとそうでもなくて、結構楽しんで観たんですけどね。劇場で英語字幕でコメディということから、全部のギャグを理解することは無理でしたが、それでも大笑いして観ることができましたね。ソフト化されたら是非購入して、今度はきちんと字幕を確認してもう一度楽しみたい、と思えたぐらいです。ギャグのネタはどれも大変下らないし、子供じみているといえばそれまでなんですが、だからこそ言葉のよく分からない自分でも大いに笑えたし楽しめたんですよ。気軽に観れるバカ映画としては十分なセンスではないでしょうか。

確かにネタの引っ張り具合が足りない分で小振りにはなっていると思います。主人公男性3人の「嘘」が、後半から割とどうでもよいものになってしまうからです。インド・コメディならここで「嘘に嘘を塗り固めた挙句、にっちもさっちもいかなくなる」部分に面白さを持ってくるのですが。中盤から登場するジャッキー・シュロフ扮するある男は、そんな物語に十分テコ入れすることに成功していますが、同じく登場する"3人のコワモテ男性"は物語を引っ掻き回しはしても、あまり効果的に生かされていません。しかしそれを補うのがアクシャイの二重人格演技。このジキルとハイドみたいなアクシャイ、メッチャ怖い顔をして暴れるんですが、この「危なさ」が作品の面白さに寄与していました。それと、アビシェークの徹底的な楽屋落ちネタ!何が登場するかは書きませんが、インド映画の好きな人ほど笑い転げること必至でしょう!歌と踊りもいい湯加減で登場し、「あーボリウッド娯楽作観たなー」と良い気分で劇場を出ることができました。

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20160610(Fri)

[][]憧れが憎しみに変わるとき〜映画『Fan』 憧れが憎しみに変わるとき〜映画『Fan』を含むブックマーク 憧れが憎しみに変わるとき〜映画『Fan』のブックマークコメント

■Fan (監督:マニーシュ・シャルマー 2016年インド映画)

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■狂気に囚われたファン

先頃公開されヒットしたインド映画『Fan』は大スターとその彼にストーカーのようにまとわりつくファンとの間に巻き起こった恐るべき事件を描いたサスペンス・スリラーである。物語の中心となる二人、綺羅星のような大スターと狂気に囚われた大ファンという対称的な二人を、シャー・ルク・カーンが一人二役で演じているところが見所となるだろう。

《物語》デリーに住む青年ゴウラヴにとって大スター、アーリヤン・カンナーは世界の全てだ。夜も日も明けずアーリヤン漬けの生活を送る彼は見た目が似ていることを活かし、アーリヤンの物真似でコンテスト優勝する。ゴウラヴはそのコンテスト優勝を伝えるため、アーリヤンの住む夢の街、ムンバイへとやってくる。だが一般人が大スターと容易く会えるわけがない。アーリヤンの気を引くため脅迫事件を起こし投獄されるゴウラヴ。そこにアーリヤンが面会に来て彼に言う。「君のような男はファンなんかじゃない」。憧れが憎しみへと変わり、ゴウラヴの狂気がゆっくりと頭をもたげ始める。

■インド映画お馴染みのボディ・ダブル・ストーリー

SRKが久々にダークサイドな役を演じ大ヒットした作品ということで結構期待値大で挑んだのだが、観終わってみるとまずまずの面白さかな、という感じだった。憎しみに燃えるファンというから『Ek Villain』(2014)みたいなキレッキレのサイコパス野郎が登場し地獄のような哄笑を響き渡せてくれると思っていたし、物語にしても『Badlapur』(2015)みたいな凄惨極まりない展開を期待していたのだが、やはり大御所シャー・ルクが主演とあっては一般ファンがドン引きしたあげくおしっこ洩らしちゃうような作品にはできなかったのだろう。そもそもこの作品に登場するストーカー青年ゴウラヴはサイコパスというよりも純情さをこじらせた愚か者でしかなく、見ていてイラッとさせられこそすれ恐怖を感じるような存在ではないのだ。

監督のマニーシュ・シャルマーは『Band Baaja Baaraat』(2010)、『Ladies vs Ricky Bahl』(2011)といった作品があるが、基本的にロマンス作品を得意とする監督で、こういったミステリー・サスペンスは苦手なのではないだろうか。サスペンス作品としてシナリオに穴が多く、詰めが甘い。観客を怖がらせよう、徹底的に追い詰めよう、という気概が感じられない。だからストーカー青年が愚か者に見えても理解不能な狂人には見えない、見せられない、ということなのではないか。アクションにおいても見栄えこそすれど、アクション監督に任せてお仕舞いみたいなお仕着せ感を覚えた。

物語構造にしてもインドの娯楽作品においてさんざん使用されるボディ・ダブル・ストーリーだ。しかもシャー・ルクの一人二役映画と言えば『Rab Ne Bana Di Jodi』(2008)があるし、シャー・ルクが本人を髣髴させるスターとして登場する作品には『Billu』(2009) がある。そしてシャー・ルクがストーカーとして登場する作品といえば『地獄曼陀羅 アシュラ』(1994)が挙げられるだろう。これらの要素を換骨奪胎し、さらに大ファンだったジョン・レノンを射殺したマーク・チャップマンのテイストを加味すれば映画『Fan』になるというわけである。まあ要するに、それほど斬新というわけでもない。

■シャー・ルク一人二役の面白さ

かといって退屈せず楽しめて観られたのはやはり御大シャー・ルク・カーンの主演映画だからであり、そしてそのシャー・ルクが今回一人二役をどう演じ分けるかといった点にあるだろう。本人そのものの大スターを演じるシャー・ルクだが今作では『Billu』におけるふわふわした善人ではなく、あからさまな営業スマイルを浮かべ時に疲れた顔をしスタッフに当り散らす等身大の人間だ。大観衆を前にポーズをとる様はいかにも決まって見えるが、それも「そういう営業中」であることがうっすらと透けて見えてしまう……というメタな演技は流石だなと思わされた。しかも、シャー・ルクのような大スターではあるが決してシャー・ルクではないのだ。

一方ストーカー青年ゴウラヴ、これがスゴイ。シャー・ルクの演じ分けも素晴らしかったが、一人二役とはいえ大スター・アーリヤンとゴウラヴの顏が微妙に違うのだ。最初自分はこのゴウラヴをシャー・ルクによく似た別の俳優を使っていると思っていたぐらいだ(だって鼻の形が全然違う!)。これはゴウラヴの顏を特殊メイクとさらにCGでもって製作しているからであり、さらに体型すらもCG加工されている。ゴウラグはアーリヤンよりもなで肩で小柄なのだ。こうして出来上がった特殊メイク+CGのゴウラヴはシャー・ルクに似て非なるいわば「不気味の谷」ともいえる薄気味悪い造形をしており、この気持ち悪さを眺めているだけでも面白い作品だった。

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20160609(Thu)

[][]『ゲーム・オブ・スローンズ 第五章: 竜との舞踏』と『ダウントン・アビー シーズン4』を観た 『ゲーム・オブ・スローンズ 第五章: 竜との舞踏』と『ダウントン・アビー シーズン4』を観たを含むブックマーク 『ゲーム・オブ・スローンズ 第五章: 竜との舞踏』と『ダウントン・アビー シーズン4』を観たのブックマークコメント

■ゲーム・オブ・スローンズ 第五章: 竜との舞踏 (全10話)

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父タイウィン殺害後、密かにキングズ・ランディングを脱出したティリオンは、ペントスに着く。ミーリーンでは、デナーリスがドラゴンを幽閉している牢を訪れ、手に負えないほど大きく成長した子どもたちを前に恐れおののく。一方、黒の城ではジョン・スノウが、自らが七王国の王だと主張するスタニスと、彼に囚われた“壁の向こうの王"マンス・レイダーの狭間で揺れる。

米HBOのファンタジー・ドラマ・シリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ(GoT)』、これまでTV放映が待ちきれずBlu-rayを購入して観ていたのだが、今回の『第五章: 竜との舞踏』からHuluで一挙公開ということになり、やっと大枚はたいて観なくてもよくなったオレである。しかしBlu-rayで観ようがHuluで観ようが相変わらずドロドロのギタギタな物語展開を見せる『GoT』である。

それにしても回を追うごとに登場人物も舞台となる国も増えてゆく『GoT』だが、はっきり言って殆ど覚えていられない状況であるのも確かである(しかし新キャラがガンガン登場する分旧キャラもガンガン死んでゆくけどね!)。この第五章にしても「こいつ誰?」「ここどこ?」「こいつとこいつになんか因縁あったっけ?」と終始頭の上に疑問符を浮かべながら観ていたことを白状しよう。ひょっとしてオレ、『GoT』向いてないのかな…。

そんな中、理解した部分だけで言うと、「王都は新興宗教流行って鬱陶しいことになってる」「貧乏臭い北部では貧乏臭い連中が貧乏くさい派閥争いをしている」「北の壁でもグダグダやってるけど要するに膠着状態だ」「海の向こうの銀髪のチャンネーはそろそろいろいろメンド臭くなってる」「〈顔のゲーム〉意味わかんないしまだるっこしい」「そんな中でドワーフのおっさんだけが運命流転していて面白い」といったところだろうか。

全体的にこの第五章は過渡期というか次なる第六章への序章というか、平べったく言うと「手広くやりすぎたもんだから長い割には個々の物語があんまり進行しない」感じがしたなあ。そもそも七王国ってぐらいだから一話毎にそれぞれのエピソードばらまいてたらそりゃあ進行しないよなあ。「突然スパルタカス状態」とか「銀髪のチャンネー日本昔話状態」とか「ゾンビVSフランケンシュタイン的展開」など盛り上がるエピソードもあったけどね。そろそろ四つぐらい王国滅ぼして物語を収束させてくれたほうが個人的にはありがたいんだが。というか何章まで作るんだ?

■ダウントン・アビー シーズン4 (全10話)

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シーズン3最終話ラストシーンの衝撃的な事故から半年が過ぎ、時は1922年。哀しみに暮れるメアリーを、トムは、ダウントン・アビー再建のため運営に関わってもらおうとするが、実権が自分の手に戻ることに夢中のロバートは、難色を示す。メアリーの目を覚ましたのは、ヴァイオレットの助言と、カーソンの優しさだった。階上の人々は、それぞれが自分の進むべき方向を見定めて進み始めた一方で、今度は、階下に、壮絶な悲劇が起きる…。

いやあ、前回のシーズン3、あの衝撃のラストにはホント呆然とさせられましたね!一緒に観ていた相方さんと二人、「えぇえぇえぇ〜〜ッ!?」と絶叫しながら『新婚さんいらっしゃい』の桂三枝みたいに椅子から転げ落ちましたよ。というわけでシーズン4、あの大事件を乗り越えた・あるいは乗り越えてないダウントン・アビー家が描かれることになります。

まあしかし、そもそもこのシリーズ、イギリス製作作品という部分で、アメリカのCATV作品みたいなエゲツないドツボ状態に至ることはありません。だからこのシーズン4でもあれこれ事件は起こるけど、最後には「ああよかったね」とほっこり安心させてくれます。シーズン3までの中心的なもの(ネタバレるから書けない)が欠けてしまったので今回はエピソード全体が小ぶりに目に映ってしまうのは残念なんですが、それでも愛すべきキャラの皆さんがそこここで立ち振る舞う様を観るのはやはり楽しかったですね。

こんな『ダウントン・アビー』ですが、先ごろ現地で放送されたシーズン6で終了だそうです。え!?ここからまだシーズン2つ分のエピソードが展開するの!?と逆に驚きですが、さらに映画化の噂もあるそうです。

yoyoshi yoyoshi 2016/06/09 14:16 こっちの寿命が保つ間に完結させて欲しい!千本の剣を鋳つぶして造った玉座、座り心地最悪ですね。冷えて痔になりそうだし刃が
痛いし。ジャック・ヴァンスのマグナス・リドルフものが楽しみで待ちきれない。マーティンの新作も読みたいよう。

globalheadglobalhead 2016/06/09 14:20 情報によるとシーズン8で終わりだそうです。あんな座り難い玉座だからみんなイライラしてロクでもないことになるんでしょうね。

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20160608(Wed)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックを含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックのブックマークコメント

■Complete Music / New Order

Complete Music

Complete Music

New Orderの最新アルバム『Music Complete』のエクステンデッド・ヴァージョン集である。CD2枚組で全11曲。オレは昔からNew Orderはアルバムなんかよりもシングルのエクステンデッド・ヴァージョンが好きでそればっかり聴いていたクチなのだが、たいして面白くなかった新作アルバムもエクステンデッド・ヴァージョンともなるといやあこりゃおもしれえNew Orderサイコーとか言っちゃうわけである。輸入盤で購入したのだがダウンロードコードが付いており、オリジナルの『Music Complete』をmp3とFLACでD/L出来るから、新譜を持ってない人もこっちを買えばみんな幸せになれるからそうすればいいのである。 《試聴》

■Yoyogi Park / Lawrence

Yoyogi Park

Yoyogi Park

特に新しいことをやっているとか、個性が際立っているとか言う訳でもないが、なにか耳に馴染み、いつまでも聴いていたいという音楽がある。ドイツ、ハンブルグを中心に活躍するピーター・カーステンのプロジェクト、ローレンスの音にはそんな安らぎと喜びがある。彼のニューアルバムのタイトルは『Yoyogi Park』、渋谷にあるあの代々木公園だ。このアルバムを聴いていると、あたかも休日の公園をそぞろ歩いているような豊かな落ち着きが溢れている。ジャンルで言うとディープ・ハウス/アンビエントになるのだろうが、決してビートレスではなく、淡い色調を感じさせる柔らかなリズムが淡々と刻まれる。それは歩くリズム、呼吸のリズム、普段の日常のリズムということなのだろう。 《試聴》

■Afterlife / DJ Rashad

Afterlife

Afterlife

2014年に逝去したフットワーク・プロデューサーDJ Rashadの未発表音源がアルバム・リリース。未発表音源集とはいえクオリティは高い。DJ Rashadの友人とレーベル所属メンバーが協力して完成させたものらしい。フットワークのアルバムはそれほど多くリリースされないのでこの機会に聴いてみるといいかも。それにしてもタイトルが『Afterlife』というのが泣かせるなあ。 《試聴》

■Too Many Voices / Andy Stott

Too Many Voices

Too Many Voices

UKマンチェスターのプロデューサーAndy Stottの4作目となるアルバム。ポスト・インダストリアル/アンビエント/ドローン系の音となるが、何しろドローンだけにどろーんとした音である。気分がどろーんとしている時にはハマるかもしれない。ただ今回のドローンのどろーん具合はそんなにダークサイドでもなく、「暗黒」というより「ちょっと薄暗い」程度かな。 《試聴》

■We're Worried About You / Cocainejesus

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オレが個人的に大いに気にしている謎のアンビエント・レーベルDream CatalogueからリリースされたCocainejesusのアルバム。例によって謎のユニットである。音的にはDream Catalogueらしいメランコリックなアンビエントハウスともいえるが、少々乾いた雰囲気がある分これまで聴いたDream Catalogueアーチストとは違う感触があったな。もっとズブズブでもよかったかもしれない。 《試聴》

■Crooks, Crime & Corruption / Horsepower Productions

CROOKS, CRIME & CORRUPTION

CROOKS, CRIME & CORRUPTION

ダブステップ黎明期から活動してきたプロジェクトHorsepower Productionsのニューアルバム。テクノ/ハウス系の曲もあるが、ジャングル、ブレイクビーツがフィーチャーされた曲でベテランの本領を発揮するアルバムだ。 《試聴》

■fabric 87: Alan Fitzpatrick / V.A.

Fabric 87: Alan Fitzpatrick

Fabric 87: Alan Fitzpatrick

いつも買ってるMixCDシリーズFabricの87番はUKテクノのAlan Fitzpatrick。作業用にガンガン聴く。 《試聴》

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20160607(Tue)

[]岸本佐知子翻訳・編集による不思議で不気味で素晴らしい現代アメリカ文学短編集『楽しい夜』 岸本佐知子翻訳・編集による不思議で不気味で素晴らしい現代アメリカ文学短編集『楽しい夜』を含むブックマーク 岸本佐知子翻訳・編集による不思議で不気味で素晴らしい現代アメリカ文学短編集『楽しい夜』のブックマークコメント

■楽しい夜 / 岸本佐知子・編

楽しい夜

メキシコの空港での姉妹の再会を異様な迫力で描いた、没後十余年を経て再注目の作家による「火事」(ルシア・ベルリン)、一家に起きた不気味な出来事を描く「家族」(ブレット・ロット)。アリの巣を体内に持つ女という思い切り変な設定でありつつはかなげな余韻が美しい「アリの巣」(アリッサ・ナッティング)、30代女子会の話と思いきや、意外な展開が胸をつく表題作「楽しい夜」(ジェームズ・ソルター)。飛行機で大スターの隣に乗り合わせてもらった電話番号の紙切れ…チャーミングでせつない「ロイ・スパイヴィ」(ミランダ・ジュライ)など、選りすぐりの11編です。

翻訳家・岸本佐知子氏の名を知ったのはショーン・タンの絵本からだったろうか。するすると身に馴染むその訳文は、原作の味わいを注意深く抽出しながら、同時に岸本氏の原作への愛情すら伝わってきそうな文章だった。アンソロジストとしての岸本氏と出会ったのは海外翻訳短編集『居心地の悪い部屋』からだ。「うっすら不安になるような小説」を集めたこの短編集は、作品のクオリティの高さはもとより、これらを選りすぐり編纂した岸本氏の選択眼と抜群なセンスをうかがわせるアンソロジーだった。

そんな岸本氏の翻訳・編集による新たなアンソロジーがこの『楽しい夜』となる。もともとは文芸誌『群像』に掲載していたものをまとめたのらしい。そしてこれが、いい。ミランダ・ジュライをはじめとする現代アメリカ文学作家の手になる短編が並べられているが、"現代アメリカ文学"とはいっても決してかしこまったものではなく、むしろ奇妙な話、不思議な話、そして不気味な話が多く含まれる。かといって"奇妙な味"と一括りに出来るものではなく、そこは文学らしい含蓄が感じられるのだ。

例えば「ノース・オブ」は実家にボブ・ディランを連れてきた、という娘の話だ。しかし「もしも家に本当のボブ・ディランを連れて来たら…」という話ではなく、ここでボブ・ディランはある種の象徴性として扱われ、本題は家族の埋められない溝にある、といった具合なのだ。しかしやはり、読後感は不思議なものだ。「火事」は空港の火事に遭ってしまった女の話だが、描かれるのは現実の事象ではなく妹を思う姉の意識の流れなのである。「ロイ・スパイヴィ」は飛行機の座席の隣に有名俳優が座っていた、という物語だが、物語の本質は人生への幻滅だ。「赤いリボン」は狂犬病対策に奔走する町民を描くが、物語そのものよりも、異様な感情が腫瘍のように膨らんでゆく様が不気味な作品だ。

一方、体にアリの巣を作る「アリの巣」や、遺体の髪を煙草にして吸う男が登場する「亡骸スモーカー」、いなくなった子供を探す「家族」、巨人の物語「テオ」などは設定や結末自体が既に奇妙であり不条理極まりない作品もある。これらは素直に"奇妙な味"の作品として読めるが、物語の背後に孤独や歪んだ共依存心理を読み取ることも可能なのだ。表題作「楽しい夜」は物語構造それ自体のトリック、としか言いようのない作品で、"楽しい夜"のはずなのに後味はとても苦い。この短編集の中で最も臓腑を抉られたのは「三角形」だろう。ゲイの学者の心理的葛藤と思わせておいて…いや、これ以上書くのはよそう。ロッド・サーリングがドラマ化していてもおかしくない不気味で恐ろしい内容の作品だった、とだけ言っておきたい。

ラストを締めくくる「安全航海」はやはりこの短編集の白眉となる作品だろう。一人の老婆が目覚めると、そこは乗った覚えのない船の上であり、そしてその船には自分と同じ多数の老婆が乗っていた…という冒頭から既に不可思議さに溢れた物語だが、読み進めるにつれ、ファンタジックな展開を迎えながら生の哀歓を溢れんばかりに描いてゆくのである。文字通り珠玉と呼ぶべき素晴らしい作品だった。

このようなアンソロジーは玉石混交だったりすることも多いが、この『楽しい夜』は全体が実にレベルの高い短編で占められている。とてもお勧めのできる短編集であると同時に、翻訳及び編者である岸本佐知子氏の名前を記憶に留めておきたくなる本でもあるだろう。

【収録作品】

「ノース・オブ」マリー=ヘレン・ベルティーノ

「火事」ルシア・ベルリン

「ロイ・スパイヴィ」ミランダ・ジュライ

「赤いリボン」ジョージ・ソーンダーズ

「アリの巣」アリッサ・ナッティング

「亡骸スモーカー」アリッサ・ナッティング

「家族」ブレット・ロット

「楽しい夜」ジェームズ・ソルター

「テオ」デイヴ・エガーズ

「三角形」エレン・クレイジャズ

「安全航海」ラモーナ・オースベル

楽しい夜

楽しい夜

yoyoshi yoyoshi 2016/06/08 11:05 レッドマーズ取り寄せ中。岸本さんのアンソロジーに外れ無し!「罪と罰」を読まないの会話も抱腹絶倒でした。三角は短いけどゾッとしました。蟻の話は平山夢明ばりのグロいホラーにも出来たでしょうが、骨と砂糖の白さが印象的なスタイリッシュなお話に。

globalheadglobalhead 2016/06/08 11:56 「レッドマーズ」は3部作のうち2部まで訳されて3部目は結局日本発売されませんでした。それと20年以上前の作品なので、火星の情景は執筆当時の科学データどまりですからその辺割り引いて読んでください。

20160606(Mon)

[]もうアメコミヒーロー映画はデッドプールだけでいいと思う〜映画『デッドプールもうアメコミヒーロー映画はデッドプールだけでいいと思う〜映画『デッドプール』を含むブックマーク もうアメコミヒーロー映画はデッドプールだけでいいと思う〜映画『デッドプール』のブックマークコメント

デッドプール (監督ティム・ミラー 2016年アメリカ映画)

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実は随分前からアメコミヒーロー映画に興味を無くしている。面白くない。観ていて飽きる。理由は以下のことによる。

・正義正義うるさい。……頭血ィのぼりやすいタイプばっかなのか?
・世界の平和とかどうでもいい。……だいたい殆どアメリカの平和だしな。
・みんなつるみすぎ。……ゴチャゴチャしすぎてかなわん。
・深刻ぶりすぎ。……観ていて具合悪くなる。
・また今日も人類滅亡の危機かよ。……大風呂敷拡げ過ぎなんだよ。

そんなオレだったが、マーベルコミックヒーロー、デッドプールが映画化されると聞いた時は「おお、これはアリかも!?」と思った。以前原作コミックを数冊読んだのだが、お馴染み過ぎてすっかり見飽きた某や某みたいなヒーローの顔ぶれに比べると、十分に新鮮で吹っ切れていて楽しかったのだ。そしてようやく劇場で観ることのできた映画『デッドプール』……いやあメッチャおもろかったですわ!!

映画『デッドプール』はオレがすっかり食傷していたアメコミヒーロー映画の難点を全て克服していた。

デッドプールは正義を語らない。……あいつの行動は殆ど個人的な事情である。
デッドプールは世界平和を語らない。……なにしろ個人的な事情だし。
デッドプールはつるまない。……まあエックスなんちゃらいう連中も出ていたがあれは利用しただけだろ。
デッドプールは深刻ぶらない。……いや、その誕生は深刻であり苦痛に満ちたものだった。ただ、それを今更グダグダグダグダグダ引っ張らないのだ。どっかの誰かみたいにいい大人になっても相変わらず「幼少時のトラウマがー」とか言ってる性格の暗い野郎とは天と地ほども違う前向きさだ。
デッドプールは人類なんてどうでもいい。……危機になったら自分と恋人だけでどっかに逃げる。

これら全てはすっかりインフレーションを起こしまくっている従来的なアメコミヒーロー映画の批評ともなっているのだ。

今回の映画『デッドプール』、特に粗筋は紹介しない。どっか探せばいくらでも読めるだろ。それに、今作の魅力はストーリーにあるのではない。個人的な復讐と個人的な憤怒に燃えるデッドプールがR15指定のゴアばっちりなウルトラバイオレンスアクションを決め、その合間にバカアホマヌケ満開でサイテード下品な戯言を延々とくっちゃべっている。それが映画『デッドプール』の全てだ。そしてそれが、イイのだ。絶対の危機の状況にありながら、なんの緊張感もなく、ケツやチンコやスター・ウォーズの話をしている、その有り得ないコントラストが楽しいのだ。カッコよくキメる場面でハズし、ロマンチックに盛り上がる部分でハズす。この「ハズシ芸」が堪らないのだ。

その徹底的な周到さは、逆にインテリジェンスさえ感じさせてしまう。その戯言の奔流は膨大な映画ネタオタクネタに溢れ、よく拾ってきたなあ、と思わせるのと同時に、ホンットどうでもいいことばっかりくっちゃべってんなあ、と思わせる。このどうでもよさにオレは感銘した。映画を観ながら原文のセリフ全てにあたってみたい、とすら思わせた。こんなふうに思えた映画も初めてだ。

そして、この映画は、サイテーであるからこそ、そこで展開するロマンス要素に泣かせられる。最強の傭兵とはいえ所詮人の道を外れたつま弾き者が、場末のストリッパーに恋をする。例え社会の底辺に住んでいようとも、そこで得られる真摯な愛は世界最高のものだった。例によってロマンスシーンでも徹底的にハズしまくる今作だが、逆にハズせばハズすほど、二人のささやかな愛がひたすらキュートなものとして胸に迫ってくる。オレは映画『デッドプール』を観て涙が出るほど笑わされたが、その涙の一部は、実はこの二人のささやかな愛に心奪われたからでもあったのだ。

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20160603(Fri)

[][]インドにおけるセクシャル・マイノリティを描いた映画3作『Aligarh』『Chitrangada』『Fire』 インドにおけるセクシャル・マイノリティを描いた映画3作『Aligarh』『Chitrangada』『Fire』を含むブックマーク インドにおけるセクシャル・マイノリティを描いた映画3作『Aligarh』『Chitrangada』『Fire』のブックマークコメント

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■インドにもセクシャル・マイノリティを描いた映画はあるのだろうか?

インド映画はとかく性描写には保守的で、これらの描写はタブー視されていると思われがちだし、実際もそうであったりする。しかし最近の映画だとキスぐらいなら描かれるし、ちょっと昔の映画でも注意深く探すならそういった描写を見つけることができる。セックス描写にしても、ハリウッド映画みたいに露骨ではないにせよ、あることはある。では裸体はどうか?と思っていたら、実はこれもある。自分の観た中ではラージ・カプールの幾つかの作品がそうだったし、『Bandit Queen (女盗賊プーラン)』という映画では、辱めのために全裸に剥かれた女性や、ショッキングなレイプ・シーンまである。こうして見てみると、インド映画において性描写が全くのタブーではないことがわかる。

それではセクシャル・マイノリティの映画についてはどうだろう?去年日本でも公開された『マルガリータで乾杯を!』はセックスとレズビアンをテーマにした作品だったが、オムニバス映画『Bombay Talkies』(2013)でも短編とはいえセクシャル・マイノリティを扱った作品が盛り込まれていた。では他にこれらセクシャル・マイノリティの映画は作られているのだろうか。という訳で今回は今年公開された映画『Aligarh』を中心に『Chitrangada』、『Fire』といったインドのセクシャル・マイノリティ作品を紹介してみたいと思う。

■Aligarh (監督:ハンサル・メヘター 2016年インド映画)

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映画『Aligarh』はウッタル・プラデーシュ州のアリーガル・イスラム大学で教鞭をとる教授がゲイであることを理由に退職に追い込まれ、裁判となった事件を元に描かれた実話作品である。教授の名はラーマチャンドラ・シラス(マノージュ・バージパーイー)、彼は男性と自宅で愛し合っているところを見知らぬ男たちに乗り込まれ、暴行を受けた上にビデオに撮られるという辱めを受ける。この事件は同性愛者を判じる裁判へと発展し、新聞記者のディープー(ラージクマール・ラーオ)はその取材としてラーマチャンドラの元を訪れるのだ。

インドは法律により同性愛が禁止されている国である。イギリス植民地時代から残る法律の名残りなのだが、2009年にニューデリー高等裁判所により同性愛行為の合法判断が示されたにもかかわらず、2013年、最高裁判所によって最高禁固10年という違法行為へと判断が覆されたのだ。ちなみにインドにおいてヒジュラと呼ばれる"第3の性"は合法であるとされている。

物語はラーマチャンドラ、彼を取材するディープーを中心としながら、裁判の様子と、事件当日の真実が明らかにされてゆき、同時にラーマチャンドラとゲイ・コミュニティのエピソードも挟まれてゆく。とはいえこの物語は、ことさら大声で同性愛者の人権やそれを裁く法律の違法性を説く作品ではない。むしろ、ラーマチャンドラの内面を掘り下げ、それに寄り添う形で、彼の生き方を詳らかにしてゆく。

ここでラーマチャンドラは、自分の裁判にすら興味を持たない。愛とは法律で裁くことのできるものではない、それを彼は知っていたのだろう。そんな彼は自分のささやかな人生とその愛のみに喜びを感じて生きる内向的な男として描かれる。そしてそれは、当たり前のことだが我々と何も変わらない、己の幸せを願いながら生きる男の姿だ。ゲイであろうとヘテロセクシュアルであろうと、幸せの形は変わらない。だからこそ、ゲイであるだけで、差別や暴力が許されることなど決してない、映画は、ラーマチャンドラの生き方を通してそんなことを語りかけるのだ。

■Chitrangada: The Crowning Wish (監督:リトゥパルノ・ゴーシュ 2012年インド映画)

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ベンガル語映画『Chitrangada: The Crowning Wish』はコルカタに住む舞踏家ルドラ・チャタルジー(リトゥパルノ・ゴーシュ)の物語である。彼はトランスジェンダーであり、そんな彼を周囲も家族も問題なく受け入れていた。彼は戯曲「チトラーンガダー」でドラムを演奏するパルトー(ジシュー・セーングプター)と恋に落ち、結婚を考える。しかしインドの法律では同性同士の結婚は認められない。そこでルドラは性転換を決意する。だが、豊胸手術を終えたとき、パルトーが「女の体を愛したいわけじゃない」と言い出し、さらに彼の女性との浮気が発覚する。

この物語のテーマとなるのはトランスジェンダー同性婚、性転換と、非常にヴィヴィッドなものだ。監督・主演を務めるリトゥパルノ・ゴーシュもトランスジェンダーであるらしく、物語には彼自身の思いが込められていると言っていいのだろう。さらにこの物語ではトランスジェンダーの存在がごく普通に受け入れられている環境が描かれる。それは主人公が舞踏家という芸術性の高い職場・社会にいることも要因かもしれない。劇中挟まれる「チトラーンガダー」の舞台はコンテンポラリーなダンスで占められ、それが主人公の心情吐露と重なるばかりか、映画の芸術性自体を高めることに成功している。

しかし、社会や家族から十分に受け入れられていても、ルドラの表情は決して明るくない。それは愛するパルトーが思ったように彼を愛してくれないからだ。パルトーは気分屋でいい加減な男であり、さらに麻薬中毒だった。パルトーの自由さがルドラを惹きつけたが、同時にその自由さによってルドラは苦しめられていた。そしてこんな不安定で不確実な愛は、別にそれがトランスジェンダーであろうとなかろうと、我々が時に出会いつまずく愛の形となんら変わりはない。愛に喜びを得、愛の喪失に悲嘆するのは、誰であろうと一緒なのだ。

■Fire (監督:ディーパ・メータ 1996年インド・カナダ映画)

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典型的な見合い結婚でニューデリーへと嫁いだシータ(ナンディター・ダース)が待っていたのは幻滅だけだった。彼女が期待されていたのは重労働を担う無償の使用人でしかなく、さらに夫は結婚前から浮気していた。そんなシータを慰めるのは優しい兄嫁のラーダ(シャバーナー・アーズミー)だけだった。ラーダにとってもシータの溌剌とした若さは生活に新鮮さをもたらした。ラーダはこれまで、課せられた家事を黙々とこなし、家を支えてきた女だったが、13年間性交渉の無い夫との生活に密かな不満を覚えていた。そして二人の間にはいつしか愛が芽生えてゆく。

インドに生まれカナダで活躍するディーパ・メータ監督による映画『Fire』は女性同士の性愛を描いた作品だ。そしてその背景にあるのは閉鎖的で息苦しい男社会の中で生きざるを得ない女たちの抑圧と孤独である。この作品において男たちは女とは須らく男に付き従うべしという旧弊な価値観しか持たず、女に求められているのは使用人の如き労働と性処理だけだ。女にとって居場所のないこの世界で、彼女らは慰めあい慈しみあえる、お互いの腕の中という居場所をやっと見つけるのだ。

同時にこの物語は、意識を変える新しい価値観を描くものでもある。ラーダにとって結婚生活とは、忍従が当然のものであり、彼女はそこで一切の私情を挟むことなく日々を過ごしていた。だが若く新しい価値観を持つシータの登場により、ラーダは自分の生き方に疑問を持つようになる。そしてこれまで尽くしてきた家庭が、単なる牢獄でしかなかったことを知るのだ。彼女らはそれぞれの家庭からの逃走を試みる。そしてそれは旧弊で陰鬱な男社会からの逃走でもあった。しかし彼女らは、誰もと同じように愛が欲しかっただけであり、そして幸福に生きたかっただけなのだ。

20160602(Thu)

[]ブライアン・イーノの新作『ザ・シップ』を聴いた。 ブライアン・イーノの新作『ザ・シップ』を聴いた。を含むブックマーク ブライアン・イーノの新作『ザ・シップ』を聴いた。のブックマークコメント

The Ship [コレクターズ・エディション / SHM-CD仕様 / 特殊パッケージ / ボーナストラック1曲収録 / アートプリント4枚封入 / 8Pブックレット / 国内盤] (BRC505CE)

ブライアン・イーノの新作は「アンビエント+ヴォーカル」なのだという。しかし人間の耳はヴォーカル(声)という「中音」が入るとおのずとそれを「聴こう」としてしまう構造をもっているので、これではいわゆる「環境音楽」としては成立しない。ではヴォーカル・アルバムなのかと言うと、そういった類のものとはちょっと違う。何か奇妙で、自分には未だ消化できない音である。

そしてこのアルバムは今年逝去したデヴィッド・ボウイに捧げられているということらしい。ただしアルバムの内容自体にそれが関わっているということはないだろう。とはいえ、アルバム2曲目「Fickle Sun (i)」は、よく聴くならこれはボウイのアルバム『ロウ』に収められた「サブテラニアンズ」の18分に渡るイーノ・バージョンとも言える作品で、最初に聴いた時は驚いた。

しかしボウイが『ロウ』後半のシンセサイザー音の奔流の中で歌った歌詞が「ホネティック・ランゲッジ」と呼ばれる「創作言語=意味性の喪失した言語」だったのに対し、きちんとした英語で歌われるイーノのそれはある種の意味性をどうしても付加してしまうといった部分で「サブテラニアンズ」とは別の響きを感じる。これは当然だが楽曲の中で意図するものが別だからだ。

その意図とはなにかというとやはり今作のコンセプトだろう。イーノのインタビューによるとタイトル『The Ship』の「船」とはタイタニック号を指し、それは科学の粋を結集したものが、結局は潰えてしまう、そういった虚無的な状況を言い表してるのだという。そうした「アンビエント+ヴォーカル」コンセプトで構成されたアルバムのラストは ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのカヴァー「I'm Set Free」だ。ここだけアンビエントから離れた普通のヴォーカル楽曲だ。これは虚無的な状況から解き放たれた「自由」を標榜するのと同時に、それもまた「自由」という名の「逃避」ではないのかという不安を残す。なんだろう、このイーノにしては奇妙にペシミスティックな構成は。なにかどんよりとしてもさもさとした悲哀ばかりが後を引く。

日本盤はこの後「Away」というボーナストラックが入る。また、コレクターズ・エディション盤では特殊ブックレット仕様でさらに数枚のアートプリントが封入される。遥か昔、オレが初めてイーノと出会ったアルバム『ビフォー・アンド・アフター・サイエンス』でもとても美しい水彩画のアートプリントが入っていて、10代の頃のオレの宝物だった。なんだかそれを思い出した。

《試聴》

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20160601(Wed)

[]グヂャドロモンスター撃ち殺しゲーの元祖『DOOM』をやってる(それともう1本) グヂャドロモンスター撃ち殺しゲーの元祖『DOOM』をやってる(それともう1本)を含むブックマーク グヂャドロモンスター撃ち殺しゲーの元祖『DOOM』をやってる(それともう1本)のブックマークコメント

■DOOM (XboxOne)(PS4)(PC)

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1993年に発売されたPCゲーム『DOOM』といえばFPSジャンルの草分けともいえるタイトルの一つである。オレ自身はWindows95時代に『DOOM2』(1994)を初めてプレイし、その後遡って1作目『DOOM』を、さらに『DOOM3』(2004)をとプレイしていったクチだ。またその『DOOM3』をHD化したコンソール版『DOOM3 BFG EDITION』というのも発売されている。

その内容はといえば人類が築いた火星基地に謎のモンスターが大量発生し、唯一人生き残った海兵隊員のプレイヤーは地獄と化したその中でありとあらゆる武器を使い、モンスターらと血塗れの攻防戦を展開してゆく、といったSFホラー・ジャンルの作品となる。1、2作目こそグラフィックはPCゲーム黎明期のシンプル極まりないものだったが、アクションの軽快さと爽快感、FPSならではの高い没入感は当時としては画期的なものがあった。

その『DOOM』シリーズの新作となるのがナンバリングをキャンセルし原点回帰を目指した『DOOM』というわけでだ。火星基地に発生した謎のモンスターといった設定、わらわらと現れるモンスターを延々と倒し続けるというゲーム内容、軽快さとスピード感を重視したプレイスタイルを踏襲しつつ、それを最新の精緻なグラフィックとより過激になったバイオレンス描写で描いてゆく、というのが今作となる。いうなれば1、2作目の爽快さに3作目のゴア描写満載のSFゴシック・テイストを加味したものといえるかもしれない。

刷新されたのはグラフィックだけではなく、細かなゲーム・スタイルの変更もなされている。その最も顕著な例が「グローリーキル」という新要素だろう。一定のダメージを受けたモンスターは点滅表示され、そこで近接攻撃を仕掛けるとモンスターを素手で引き裂き血塗れの肉塊に変えるというアクションシーンが挿入されるのだ。この「グローリーキル」の発動によりアイテムも入手できるので、プレイスタイルはおのずと銃撃→グローリーキルの連続となる。

それだけではなく、今作ではアイテムやポイントの使用によりアーマーや武器の強化、マップの範囲拡大やアイテム表示などといったスキルアップ概念があり、主人公をどんどん強化させていって凶悪なモンスターと戦う力をつけさせてゆくのが可能となるのだ。なにしろモンスターたちの正体は異次元世界からやってきたデーモンであり、これと対峙するためには主人公も強力な力を手に入れねばならないのだ。

赤茶けた死の惑星・火星の光景、崩壊し廃墟と化した火星基地の内部、そこに横たわる夥しい血塗れ死体、グロテスク極まりないモンスターどもの咆哮、銃撃と爆破、血と臓物の殺戮の宴、どこをとっても陰惨極まりないビジュアルも今作の大きな魅力となる。最近ではリアル系シューター人気が高いが、この『DOOM』のように異世界が舞台のグヂャドロモンスター撃ち殺しゲームもまだまだ十分に新鮮だ。さあみんなで不細工な化け物どもをぶち殺しまくろうぜ!

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■HOMEFRONT the Revolution (XboxOne)(PS4)

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2011年に発売されたFPSゲームHOMEFRONT』は北朝鮮がアメリカ合衆国を制圧した近未来を舞台とした物語で、主人公はレジスタンスの一人となって北朝鮮軍を打ち負かすために戦いに赴く、という非常にユニークな設定の作品だった。オレもなかなか楽しんだクチだったので、今回発売されたリニューアル版『HOMEFRONT the Revolution』も楽しみにして購入したのだが、これがなんだかイマイチで……。

前作では一本道だったストーリー展開が、今作では今流行のオープンワールド風な作りになっており、プレイヤーはマップのどの拠点で戦闘開始してもいい。まあそんな部分が新しいといえば新しいのだが、今作『HOMEFRONT the Revolution』、なんだかもういやらしいぐらい敵が固くて攻撃力が高く、戦闘を始めるやあっという間に包囲されて殲滅させられてしまうのだ。おまけにライフはアイテム制の上、リトライはマップの最初からという古臭い仕様で、ロストしてやり直す気力がどんどん殺がれてゆく。

まあオレの腕のヌルさのせいなんだろうなあ、と思っていたら、レビューを読んでみるとどの購入者も同様の感想を持ったらしく、おまけにバグも相当のものらしいので、どうもこれはク○ゲー認定確定ゲームなのらしい。あちゃー。世界観はメッチャいいのになあ。どうやら今回オレ、人柱になったらしい…。

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HOMEFRONT the Revolution - PS4

HOMEFRONT the Revolution - PS4

yoyoshi yoyoshi 2016/06/01 19:03 火星大接近でワクワク。ゲームに漫画アニメ、SF 小説に映画と火星無しでは成り立ちません。万博で月の石を見た幼少の頃は火星に修学旅行に行けると本気で信じておりました。

globalheadglobalhead 2016/06/01 19:51 自分はどんなところでも空想で行けるならそれでいいと思うておりますよ。SF好きのyoyoshiさんはキム・スタンリー・ロビンソンの『レッド・マーズ』は読まれておりますか。自分はあそこで描かれた火星の光景が、今でも自分で体験したもののように記憶に残っているのですよ。