Hatena::ブログ(Diary)

メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20160930(Fri)

[]今度のスティーヴン・キングはミステリーに挑戦だ!『ミスター・メルセデス今度のスティーヴン・キングはミステリーに挑戦だ!『ミスター・メルセデス』を含むブックマーク 今度のスティーヴン・キングはミステリーに挑戦だ!『ミスター・メルセデス』のブックマークコメント

■ミスター・メルセデス / スティーヴン・キング

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スティーヴン・キングが2014年に発表した『ミスター・メルセデス』が翻訳されて、一介のキング・ファンとしてはとりあえず読まねばなるまい、と例によって分厚い上下巻をドーンとまとめて買ったのである。いやあ、上下巻で軽く4000円弱ですよお兄さん。しかしキング・ファンともあるもの、キングの本が分厚いことも2分冊になってその値段がお高くなっていることも決して文句を言ってはならないのである。だっていつものことだしな!

ところで今回のキング、なんとミステリーなのだという。ホラーではなくミステリーである。いや、今までもホラーじゃないキング作品というのはあれこれ書かれていたが、『グリーン・マイル』みたいな人間ドラマだったり『ジェラルドのゲーム』みたいなサスペンスだったりして、探偵やら警察やらが主人公となった"真っ向勝負のミステリー"となると初めてかもしれない(帯にもキング初って書いてた)。しかしなあ、キングでミステリーか、なんか似つかわしくないなあ…。そもそもミステリーってそんなに好きじゃないのよ。殺人事件とかトリックとかどうでもいいもの。

そんなわけで不安半分で読み始めたが、う〜んコレ、やっぱり「ダメなほうのキング」なんじゃないかなあ。

お話は"退職警官vs殺人鬼"ってなものなんですけどね。まず殺人鬼、コイツが冒頭、早朝のハローワークに並ぶ失業者の列に故意に車で突っ込んで、死者8人をはじめ多くの負傷者を出すんですな。この時使った車が盗んだメルセデス・ベンツ。だからタイトルが『ミスター・メルセデス』。この事件は捜査も空しく犯人がまだ捕まってない。一方退職警官、名前はホッジス。現職時はミスター・メルセデスを追っていたが、退職後は燃え尽きちゃったのかすっかり生きる気力を失っていた。そんなホッジスの元に、ミスター・メルセデスから挑発めいた手紙が届く……というのが出だしになる。

でねえ、なんで「ダメ」だったかというと、登場人物にまるで魅力が無かった、ということ、それとミステリとして稚拙でうんざりさせられた、ということかな。

まずこの物語の登場人物ってぇのが退職警官も殺人鬼も含め誰も彼もが愚鈍なのよ。愚鈍って言い方は悪いかもしれないけど、なんかこう、ミステリなのにもかかわらず、「切れ味のいい所」が全く無い人物像ばかり、良く言っても「平凡過ぎる人たち」でしかないのよ。そもそもキング小説の登場人物って、もともとそんなに知的な人物像なんか描かれなくて、物語で一番知的なのは「田舎の学校教師」程度なのね。でも、そんな「平凡過ぎる人たち」が有り得ないようなオソロシイ怪異に見舞われるから逆にキングのホラーは凄まじく恐怖なんだよ。

しかしこの『ミスター・メルセデス』は仮にもミステリーと謳われている以上、捜査する側にも犯人の側にも「切れ味のいい所」があってしかるべきなのに、それが全く感じられないんだよな。主人公ホッジスは特技と言えば昔取った杵柄を振り回すだけで、日常生活自体は取り立てて人間的魅力を感じさせるもののない単なる肥満体のおっさんでしかなく、こんなおっさんに中盤ロマンスが降って湧くというのも取って付けた感しかしないいんだよな。そして最悪なのは犯人で、オレはもっとキレッキレのサイコパスを期待してたのに、実の所不幸な人生へのルサンチマンに癇癪起こしているだけのマザコン野郎でしかないのよ。要するに単なるバカで粋がりたがり屋のハンパなクソガキなんだよな。そもそもこいつがやった犯罪なんて盗んだ車で人込みに突っ込んだだけで、それ自体たいした頭を使うようなものではないにもかかわらず、こんな犯罪だけで「俺は天才だ!」とかぬかしてるんだから笑っちまうよ。

そしてミステリとして稚拙だなあと思わされたのは、事件を追う為の最初のとっかかりが、「盗まれたベンツはどのようにして盗まれたのか?」というそのトリックに物語の4分の1も費やしちゃってることなんだよな。いやもう読んでいてどうでもよくてさ。もっと調べる事あんだろ、と思っちゃうし、そもそも警察が殆ど調べ上げたことの取りこぼしからフリーの人間がどう糸口を見つけられるのか、というのが物語の醍醐味の筈なのに「なんでそれ、警察が突き止められなかったの?」と思っちゃうんだよな。それとコンピューター関係の描写がなにしろ「あんまり詳しくないオジサンが一所懸命書きました」って感じで読んでいてとても不憫な気持ちになってきてさあ……。ミスター・メルセデスのアジトを描くシーンでは、コンピューターが何台も置かれていて一見凄そうに見せかけつつ、具体的に使ってる描写はチャットだけ、というのがまた泣けてくる。

とはいえ、そこはキング、腐ってもなんとやらで、後半はそれなりに盛り上げてくれる。この辺のサスペンスの盛り上げ方は『11/22/63』あたりに通じるものを感じたが、そもそもキングは大ベストセラー作家だからこの程度のストーリーテリングはお手の物だろう。また、ホラーではなくミステリーだと謳いつつ、物語に頻出する明るい音楽を流しながら通りを流すアイスクリーム販売車というのはキング・ホラーに出てきそうな不気味な存在だし、途中"幽霊の声"なんて描写が出てきてはっとさせられるし、この物語世界が数多のキング・ホラー世界と繋がっていそうな不穏さを持っているのは確かなんだよな。そりゃまあキングの描いた小説だからといえばそれまでだけど。全体的に100点満点の全力投球した作品では全く無いんだが、読み飛ばしてまあ楽しめたと言えるぐらいのレベルはキープしている。ただこれを上下巻4000円出すべきかというとあまりお勧めもできないので、文庫になってから読んでも問題ないんじゃないかと思うな。

ところでこの作品、3部作の1作目なのらしく、本国では既に完結しているらしい。日本でも順次刊行されるんだろうが、今回の『ミスター・メルセデス』の出来がイマイチに感じたオレが引き続き読むのか、というともちろんイエス!である。またもや上下巻合わせて4000円するのだろうが、当然発売日に買って嬉々として読むことだろう。なぜならそれが「キング・ファンの摂理」だからだ。キングってとっかかりさえ掴めればどんどん面白くなってゆくタイプなので、意外と2作目3作目はとんでもなく面白くなってるんじゃないかと期待してるんだよ。

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20160929(Thu)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックを含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックのブックマークコメント

■A Mineral Love / Bibio

A Mineral Love

A Mineral Love

UK在住のプロデューサーBibioのニュー・アルバムはヴォーカルをフィーチャーした美しくどこか懐かしいフォークトロニカ。秋の空を眺めながら聴くととても爽やかな気分にある。今回の強力プッシュ作。 《試聴》

■#N/A / Nisennenmondai

日本のアンダーグラウンド・ガールズバンドNisennenmondaiがエイドリアン・シャーウッドをプロデュ−サーに迎えてリリースしたニューアルバム。ノイジーでザラザラとした音がいかにもジャパニーズ・アンダーグラウンド。 《試聴》

■#6 / Nisennenmondai

#6 [輸入アナログ盤 / 12インチ] (ONUDP60)_327 [Analog]

#6 [輸入アナログ盤 / 12インチ] (ONUDP60)_327 [Analog]

クリス・カーター(スロッビング・グリッスル)によるリミックスにより「#N/A」と同時リリースされたNisennenmondaiのシングル。ライブ含む。 《試聴》

■92982 / William Basinski

92982

92982

Brian Enoと並び評されるアンビエントサウンド・ミュージシャンWilliam Basinskiが、1982年に録音した作品を再構成したもの。 《試聴》

■Release / Shima33

Release

Release

Dream CatalogueからリリースされたShima33のニューアルバム。じわじわと内宇宙へと潜り込んでゆくようなアンビエント・サウンド。 《試聴》

■System / Datach'i

System

System

NYのプロデューサーDatach'iによる10年ぶりのアルバム。IDM、アンビエントを主体としながら時折高速BPMを刻むテクノ・サウンドが飛び出す。 《試聴》

■Icwn / Mr Cloudy

ICWN

ICWN

ロシアのダブ・テクノ・プロデューサーMr Cloudyのニュー・アルバム。なにしろダブ・テクノなのでひたすらズブズブと展開してゆく音。 《試聴》

■Do Not Sleep / Darius Syrossian/Various

Balance Presents Do Not Sleep

Balance Presents Do Not Sleep

人気Mixシリーズ"BALANCE"の新作はイビザのパーティー兼レーベル"DO NOT SLEEP"レジデントDarius Syrossianによるもの。軽快にハウス。 《試聴》

■Schneeweiss V / Oliver Koletzki/Various

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ベルリンのテック・ハウス・レーベルStil Vor Talentを主宰するOliver Koletzkiによるコンピーレション5作目。メロディアスでメランコリックな曲調のハウス・ミュージックが並ぶ。 《試聴》

■Schneeweiss VI / Oliver Koletzki/Various

Schneeweiss VI: Presented by Oliver Koletzki

Schneeweiss VI: Presented by Oliver Koletzki

同じくOliver Koletzkiによるコンピーレション6作目。ちなみに「Schneeweiss」はベルリンの有名レストランで、古株のクラバーとクラブ・プロモーターが経営しているらしい。 《試聴》

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20160928(Wed)

[][]自らのアンビバレンツに引き裂かれてゆく男の物語〜映画『Ardh Satya』 自らのアンビバレンツに引き裂かれてゆく男の物語〜映画『Ardh Satya』を含むブックマーク 自らのアンビバレンツに引き裂かれてゆく男の物語〜映画『Ardh Satya』のブックマークコメント

■Ardh Satya (監督:ゴービンド・ニハラニ 1983年インド映画)

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最初にポスターを観たときにはギョッとした。それは主人公ないしは重要な登場人物と思われる男の大写しの顏だ。あばただらけの醜い顔。目つきはどこまでも暗く、それはこの男の内面になにかドロドロとしたものが渦巻いているだろうことを予想させる。こんな男が登場するとなると、やはり物語は暗く残酷なクライム・ドラマが描かれているのだろうか。それにしてもこんな醜い顏の男がインド俳優にいるのだろうか。

そう思って調べたらびっくり、なんとこの俳優は、インド映画『ダバング 大胆不敵』『闇の帝王DON ベルリン強奪作戦』『Bajrangi Bhaijaan』などに出演、さらに『ガンジー』『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』『マダム・マロリーと魔法のスパイス』などといった英語圏映画でも活躍している超ベテラン俳優オム・プリの若かりし頃(当時30代)だという。オム・プリも今は50代で貫禄の付いた体をしているから全然分からなかった。(↓現在のオム・プリさんです)

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しかもこの映画、観始めてみると、アムリーシュ・プリー、ナッスルディン・シャーといったインド映画の個性派俳優がゴロゴロと出てくるではないか。さらにヒロインは往年の人気女優スミタ・パティル。主人公は警官で、確かに暗い雰囲気ではあるにせよクライム・ドラマ、アクション・ドラマというのではないようだ。これはいったいどういう物語なのだろう?

《物語》アナント(オム・プリ)は経営学修士を目指しながらも元警察巡査の父(アムリーシュ・プリー)に強制的に警察官の仕事に就かされることになる。アナントは暴力的で抑圧的に振る舞うそんな父に対する怒りを常に感じていた。警察官となった彼は正義の理想に燃え職務を執り行おうと努力したが、それを阻んだのは警察の腐敗した体質だった。彼は上司から有力な政治家や町のマフィアに目こぼしすることを強要され、市民の声は無視せざるを得ず、それに対して次第にフラストレーションを溜めてゆく一方だった。その為、知り合ったばかりの娘ジョツナ(スミタ・パティル)との仲も上手くいかず、アナントは次第に酒に溺れ、破滅的な行動を行ってゆく。

このように、映画『Ardh Satya』の物語は理想と現実の狭間で引き裂かれてゆく一人の男の生きざまを描いたものだ。それはある種のアンビバレンツの物語でもある。主人公は強い倫理観を持ちながら腐敗した警察機構の言うなりにならねばならず、強権的な父親を憎みながらその父から受け継いだ警察の仕事を愛そうとし、よき恋人であろうとしながら警察官であるがゆえにその恋人から疎まれる結果となってしまう。主人公はできるかぎり最良の道を選ぼうとしつつ全てに裏切られてゆく。主人公の人生はあらゆる角度から否定される。それは警察官=社会人としての自分の否定であり、父親との葛藤=家族の中にある自分の否定であり、恋人からの拒否=個人としての自分の否定だ。こうして、主人公は逃げ場のない八方ふさがりの中に置かれるのだ。

作品内で描かれる主人公のパーソナリティーもまた多層的なレイヤーを持たせて描かれる。そしてそれがまたアンビバレントな構造を持つ。主人公は高い理想と倫理を持ちながらも結局はキャリアアップのために上層部の不誠実な要求に妥協する。恋人の前では満面の笑みを浮かべ優しげに振る舞う彼だが、恋人を呼び出す電話では声を荒げあまりにも暴力的だ。そもそも、その恋人とは、大学の文学科講師と警察官、リベラルと体制という一見水と油の関係を危うげに続けているではないか。この主人公の抱える矛盾が彼の性格を複雑さに満ちた人間性を持つ者として描き出しているのだ。こうした主人公の性格の全体を見回してみると、一つのことに気付く。それはあらゆることにおいて彼は、「強い男」「一人前の男」である自分を誇示しようとしていたということだ。

それは逆に言うなら、彼の中には「弱さ」があり、しかしそれを懸命に払拭しようとしていたことの表れなのだ。そしてそれは「弱さ」であると同時に彼の「繊細さ」でもあった。物語の中で、主人公アナントと恋人ジョツナとが真に心を触れ合わせる一瞬が描かれる。それはジョツナの読む詩にアナントが感銘とも不安ともつかない表情で聞き入るシーンだ。その詩は鬱々たる予兆に満ちた内容であり、つまりはアナントの暗い運命を予言したものでもあった。しかしこの時、アナントの心は裸であり、真の自分であったのではないか。こうして映画『Ardh Satya』は、「弱さ」を持つ真の自分を受け入れることができなかったばかりに、破滅への道をひた進むことになった男の物語であったことが明らかにされるのだ。

「Ardh Satya」は「半真実」という意味だという。これはつまりアナントのアンビバレンツを言い表したタイトルだったのだろう。実の所映画のカタルシスとしては今一つの出来、という感想だったのだが、物語の構造は実に野心的であり、多数の賞を受賞したのもそれゆえなのだろう。

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20160927(Tue)

[]アクションゲーム『ReCore』に老人ゲーマはまたも悲しみの咆哮を上げた アクションゲーム『ReCore』に老人ゲーマはまたも悲しみの咆哮を上げたを含むブックマーク アクションゲーム『ReCore』に老人ゲーマはまたも悲しみの咆哮を上げたのブックマークコメント

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(前回までのあらすじ)老人ヘボゲーマーFUMOはゲーム廃業の帰路に立たされていた。何故ならFPSゲーム『DOOM』の敵がカタすぎて全然ステージクリアできないからである。FUMOは老人であるため既に視力も知力も反射神経も失い、ゲームに適さない肉体となっていたのだ。だが「子供向け」と思いこれ幸いと購入した『ラチェット&クランク』にはどうもパンチ不足を感じていたのも確かだ。そんなある日、再戦した『DOOM』で遂にカタすぎて倒せなかった中ボスを倒す。なんとこの中ボス1匹に掛かった時間は4時間。2日がかりであった。しかし自信を得たFUMOは新たなるゲームを購入する。そのタイトルは『ReCore』と呼ばれた。

という訳でゲームXboxOneゲーム『ReCore』をプレイしております(PCもあり)。『ReCore』はこんなゲームです。

日本を代表する伝説のクリエイター 稲船 敬二氏と「メトロイドプライム」の開発陣による、新世代のアクションアドベンチャー『ReCore』。ロボットが支配する惑星ファー エデンでわずかに残された人類の一人であるジュール アダムスとして、ユニークな能力とパワーを持つ勇敢な仲間ロボットたちと次第に友情を育み、人類の滅亡を狙う敵ロボットに立ち向かう。この意外なヒーロー軍団を率いて神秘的でダイナミックな世界で展開される壮大なアドベンチャーを体験しよう。人類を救うには頼りになる仲間が必要だ。 (公式HPより

ジャンルで言うとアクションアドベンチャーなのかな?しかし最初異世界を舞台にした走って撃ちまくるTPSだと思って始めたんですが、これが実は相当にアスレチックなアクション要素が強い。購入前の情報では「若年ライトユーザー向けのサクッとプレイできるアクションゲーム(だから値段もライト)」ということをどこかで読んで、「おう、なんだか楽に遊べそうだからやってみよう」と思ってたんだけど、このアクション要素がまたしても老人のオレには手強くて非常に難儀しております(なにしろ老人にとっては、なので一般の方ならサクサク遊べると思うけど)。

物語自体はテラフォーミングの失敗した無人の惑星で一人の少女が目覚め、相棒の犬型ロボットと一緒に砂漠や洞窟に埋もれたかつてのテクノロジーの残骸を探索しながら様々な謎を解き明かしてゆく、というもの。砂漠にはCoreBotと呼ばれる暴走ロボットたちが潜み、これと戦いながら冒険を続けてゆくことになります。マップは非常に高低差があり、目的地に辿り着くには飛び石のように点在する着地ポイントをダブルジャンプとダッシュを組み合わせながら切り抜けて行かねばならないシチュエーションが多数です。

で、なにしろこのジャンプ&ダッシュのタイミングと有効な着地点を探すのがなにしろ老人には大変で、もう難百回と奈落の底に落ちては復活を繰り返し涙目でコントローラーを握っている始末なんですな。しかしアクションとタイミングを体得し目的地への道筋を解法した時の達成感もまたひとしおなのですよ。こういうゲームってどれだけアクションに熟練しトライアンドエラーを我慢できるかが重要なんでしょうが、オレはどうも堪え性が無いのであんまりうまくいかないとすぐ投げ出しちゃう、という部分で欠点なんだろうなあ。

世界観やキャラは面白いし、ゲームシステムとしては既発ゲームの美味しい所を組み合わせながら独自のものを作っているように思えますが、アイテム探索が作業化しちゃうのと今の所物語に盛り上がりに欠けるような気がするなあ。それと相手がロボットばかりなのもちょっと飽きてきたか。ただ、頑張れば10時間ぐらいでクリアできるらしいので、なんとかクリアしてみたい…クリアできたらいいな…これ以上ムズいアクション要求されなければ…(半ベソ)。

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ReCore - XboxOne

ReCore - XboxOne

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20160926(Mon)

[]殺戮兵器ジェイソン・ステイサムが素手で殺しナイフで殺し銃で殺し爆薬で殺す痛快アクション映画『メカニック:ワールドミッション 』 殺戮兵器ジェイソン・ステイサムが素手で殺しナイフで殺し銃で殺し爆薬で殺す痛快アクション映画『メカニック:ワールドミッション 』を含むブックマーク 殺戮兵器ジェイソン・ステイサムが素手で殺しナイフで殺し銃で殺し爆薬で殺す痛快アクション映画『メカニック:ワールドミッション 』のブックマークコメント

■メカニック:ワールドミッション (監督:デニス・ガンゼル 2016年アメリカ映画)

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なにかこう、スカッしたアクション映画が観たくなったのである。最近、どうも身辺がザワザワギスギスしているせいかもしれない。こういう時はやっぱりアクション映画だ。それも、金の掛かった大作や練り込まれたシナリオの技アリ作品ではなく、まるで頭を使わなくてよく、とりあえず派手にドンパチやってて、劇場のドアから出たとたんすっかり忘れているようなザックリした映画がいい。

そんなオレの欲求にぴったりの映画が公開された。ステイサム映画『メカニック:ワールドミッション』である。2011年に公開された『メカニック』の続編だ。最凶の殺し屋を描くアクション映画である。まあしかしあの1作目ってそんなに面白かったっけ?とは思うが、どのみちステイサム映画はどれも最凶の殺し屋が主人公みたいな映画ばかりだから、実の所何の続編であるかとかまるで関係が無いのである。ステイサムが素手で殺しナイフで殺し銃で殺し爆薬で殺す映画であればそれでいいのだ。要するにステイサムが殺して殺して殺しまくる映画、そこが重要なのである。もう予告編からいい。なんだあの「殺してくれ」と言わんばかりの空中スケスケプールは。頭ワリイなあ。

ところで余談になるが1作目『メカニック』は、1972年公開のチャールズ・ブロンソン主演映画『メカニック』のリメイク作でもある。オレは実はこの作品、劇場で観たのを覚えている。計算するとどうやらオレが10歳の時、小学4年生頃に観ていたようだ。ブロンソンの殺し屋映画を一人で映画館に観に行く小学生……その後のオレの人生を物語るような心温まる逸話である。

さてそんな『メカニック』の続編『メカニック:ワールドミッション』である。なんだか邦題が『ワイルド・スピード:スカイミッション』のバッタもん臭いのがちょっといただけないが、実際映画ではステイサムが世界を股にかけ殺しまくっているのである。ステイサムが素手で殺しナイフで殺し銃で殺し爆薬で殺すのだ。お話はふとしたことから知り合った女を悪の親玉に人質にとられ、3つの殺しを強制される、というものだ。「非情の殺し屋である筈のステイサムが女の為に自らを危険にさらすなんてクールじゃない」とあなたは思うかもしれない。しかしだ。その女というのはあのジェシカ・アルバたん(ハァハァ)なのである。

実はこのオレ、ジェシカ・アルバたん(ハァハァ)のことが大変なお気に入りなのである。試しにGoogleで「ジェシカ・アルバたん(ハァハァ)」と検索してみるがよい。オレのブログがトップに出る筈だから。いいよなあジェシカ・アルバたん(ハァハァ)!『マチェーテ』も『シン・シティ』もサイコーだったよな!まあそれ以外には結構しょーもない映画ばかり出演していて、ゴールデンラズベリー賞の常連になっていたりするが、なんたってアナタ、今年35歳2児の母であの美貌ですよ!?おまけに1000億円企業を生んだ実業家ですよ!?でもフォーブスの表紙飾ってもステイサム映画に出演なさってくださるのですよ!?もうサイコーじゃないですか!?

まあ実際のところこの『メカニック:ワールドミッション』、穴だらけの稚拙なシナリオと一本調子の演出は幾らでも批判可能だが、ステイサム映画の主眼となるのはシナリオだの演出だのではなく殺戮兵器ジェイソン・ステイサムが苦み走った軍曹ヅラを陰気に歪めながら素手で殺しナイフで殺し銃で殺し爆薬で殺すシーンをどれだけ盛り込めるかであり、例えどれだけお話が破綻していようと殺して殺して殺しまくるその愉快痛快奇々怪々さを堪能できればそれで十分機能を果たしているのである。しかも今作ではジェシカ・アルバたん(ハァハァ)ハァハァな肢体が存分に拝めるという時点で一挙両得一石二鳥棚から牡丹餅濡れ手に粟ではないか。といった理由から必然的に『メカニック:ワールドミッション』は観るべき映画の一つとなるのである。

……とはいえ、本国版のこの(↓)ポスター、どう見てもステイサムが女湯を覗きに来た変質者にしか見えないのだが……。

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メカニック [Blu-ray]

メカニック [Blu-ray]

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20160923(Fri)

[][]インドのファンタジー映画『アラジン 不思議なランプと魔人リングマスター』はインド映画に馴染の無い方こそ楽しめる作品かもしれない インドのファンタジー映画『アラジン 不思議なランプと魔人リングマスター』はインド映画に馴染の無い方こそ楽しめる作品かもしれないを含むブックマーク インドのファンタジー映画『アラジン 不思議なランプと魔人リングマスター』はインド映画に馴染の無い方こそ楽しめる作品かもしれないのブックマークコメント

■アラジン 不思議なランプと魔人リングマスター (監督:スジョイ・ゴーシュ 2009年インド映画)

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■インド産のファンタジー・アドベンチャー映画

日本でもDVD販売されていて観ることのできるインド映画の1作、『アラジン 不思議なランプと魔人リングマスター』をやっと観ました。自分は最初、タイトルがタイトルだし、「子供向けっぽいなー」と思ってスルーしたまますっかり忘れていたんですよ。

ところがこの間、この作品の出演者がかなり豪華なインド俳優陣で占められていることを知り、あわてて観てみることにしたんです(ちゃんと調べろよオレ)。いやアナタ、なんとアミターブ・バッチャンとサンジャイ・ダットで、リテーシュ・デーシュムクでジャクリーン・フェルナンデスですよ。

しかもお話のほうも、想像以上に楽しく作られたファンタジー・ドラマで、大人(の筈)のオレが観ても遜色のない出来でした。確かにファミリームービー的な無難さはあるにせよ、これを「子供向け」と言ってしまったら、ハリウッドで作られているような見栄えのいいCGでキラキラしたファンタジー作品も全部「子供向け」になっちゃうでしょう。

この作品で使われているVFXがどの程度のレベルなのか語る知識は自分にはありませんが、少なくとも物語をきちんと見せる道具として十分機能していたし、また、決して「見栄えのいいCGだけの作品」には陥っていないと感じました。それはとても物語が充実していたからということなんですよ。だからこの作品はインド映画がどうとか言う以前に、ハリウッド製のVFX映画、ファンタジー映画に慣れ親しんだ方にこそ観て欲しい作品だと感じました。

■物語

時代は現代、舞台となるのはインド北部の架空の街カーヒシュ。ここに、両親に「アラジン」と名付けられたばかりに子供の頃から苛められ続けてきた青年(リテーシュ・デーシュムク)がいました。実は彼の両親は「アラジンのランプ」が実在することを突き止め、調査に出掛けた氷河地帯で謎の死を遂げていたのです。

孤児となったアラジンは大学生となった今でも孤独な生活を送っていましたが、ある日アメリカからやってきた留学生ジャスミン(ジャクリーン・フェルナンデス)に恋をします。しかし滅法シャイな彼はジャスミンに声を掛けられません。そんなある日彼は運命か偶然か、あの「アラジンのランプ」を手に入れることになり、そのランプから魔人ジーニアス(アミターブ・バッチャン)が現れて「3つの願いを聞き届けてやる」と言い放ちます。

一方、カーヒシュの街にサーカス団に成り済ました不気味な一団が近づいていました。首領であるリングマスター(サンジャイ・ダット)は「アラジンのランプ」を追い求め、その力で世界の征服を企んでいました。彼はこの街にランプがあることを突き止め、青年アラジンを亡き者にしたあとランプを手に入れるつもりだったのです。そしてこのリングマスターこそが、アラジンの両親の死の原因ともなった男だったのです。

■交差する幾つかのエピソード

物語は幾つかのエピソード要素が平行しつつ混じりあいながら語られてゆきます。

1.アラジンの両親の死の秘密

2.苛められっ子アラジンの日常

3.ジーニアスとの出会い、そして"3つの願い"

4.ジャスミンとの恋

5.暗躍するリングマスターとの戦い

この中で前半部分を占める「ジーニアスとの出会い、そして"3つの願い"」はコメディ要素満載でなにしろ出色でしょう。アラジンとジーニアスの「ボケとツッコミ」みたいな掛け合いがとても楽しいんですよ。

さらになんでも思い通りになるはずの"3つの願い"を「ジャスミンとの恋」で使いたいのに、アラジンは全然きちんと願うことができなくてこれまた笑いを誘います。そしてジーニアスとコンビを組むことで「苛められっ子アラジンの日常」がどう変わってゆくのかも見所です。

それに対し後半の「暗躍するリングマスターとの戦い」では物語がどんどんダークサイドに向かいます。ジーニアスとリングマスターとの過去の因縁もここで語られるんですね。こういった、恋、笑い、謎、アクションが混じりあいながら進行してゆくストーリーがとても楽しいんですよ。

■素晴らしい配役とキャラクター造形

そしてこの物語を面白くしているのは、登場人物たちのキャラ造形にあるでしょう。最初に主人公アラジン。彼は子供の頃から苛められっ子で、青年となった今でも悪ガキどもに苛められ、せっかく恋したジャスミンすら横取りされかけています。要するに情けないダメ男クンなんですね。同時に彼は幼い頃に両親を亡くした孤独な青年でもあります。こんなアラジンを「インド映画界で情けない男を演じたら右に出る者のいない」と思われるリテーシュ・デーシュムクが演じております。

彼が恋するジャスミンを演じるジャクリーン・フェルナンデスはインド女優の名に違わずたいへんな美人ちゃんです。この作品がデビュー作ですが、その後の彼女の大活躍ぶりを見るとなかなかに感慨深いです。

一方魔人ジーニアスは、現代が舞台とあってか実にお洒落で派手なジャケット・スタイルで登場します。「ランプの精」から想像されるインドインドした格好じゃなく、クールで実にカッコいい。性格は鷹揚で威厳に満ち、同時に妙なユーモア・センスを持っています。こんな魔人をインド映画の帝王アミターブ・バッチャンが演じるのですからはまり役以外の何物でもないでしょう。

「魔法のランプ」を手に入れ世界征服を企む男リングマスターは、ヘラヘラと笑いおどけた調子で残虐行為を行うというバットマンの悪役・ジョーカーのような男です。彼は『スーサイド・スクワッド』みたいな邪悪なルックスの悪党集団を引き連れ、邪な悪行を成そうと暗躍します。さらに彼は太古の不思議な道具を操り、ジーニアスの弱点すら把握しているのです。ね、敵役として申し分ないでしょ?こんなリングマスターをボリウッド界で悪党をやらせたらピカイチのサンジャイ・ダットが演じているんですね。

■インド映画にあまり興味の無い方にこそ観て欲しい作品

こんな具合に、この作品は単なるファンタジーというよりはどことなくハリウッドのアメコミ映画に通じる部分があるんですよ。まあ昨今のアメコミ映画は相当シリアスな領域に足を踏み入れているので、コメディ部分も強いこの『アラジン』をアメコミ映画と同等などと言うつもりもないんですが、超常能力を使う人外なヒーローが登場し勧善懲悪を行う荒唐無稽で稀有壮大な物語、といった点では共通したセンスを感じるんですよ。そういった部分でまずアメコミ映画好きなファンに行けそうな気がします。

さらに「インド映画を観てみたいけど何から観ればいいのかわからない」といった方にも、インド映画としては若干ライトなこの作品はイケルんじゃないかな。だって上映時間2時間ぐらいなんですよ。「日本で観られるインド映画お勧め」というと『きっと、うまくいく』や『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』なんかが挙げられるかと思いますが、方や人間ドラマ、方やロマンスがメイン、おまけに両方とも上映時間がとても長いもんですから、「興味ついでにちょっと観る」には敷居が高い方もいるでしょう。

そしてファンタジー作品として老若男女誰でも楽しめる事請け合いでしょう。もちろん家族揃ってみんなで観ても全然問題ありません。というわけで、「ちょっとインド映画を観てみたい」アナタ、この『アラジン 不思議なランプと魔人リングマスター』などはいかがでしょうか。

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20160922(Thu)

[][]カシミール地方を舞台にしたテロ攻防戦〜映画『アルターフ 復讐の名のもとに』 カシミール地方を舞台にしたテロ攻防戦〜映画『アルターフ 復讐の名のもとに』を含むブックマーク カシミール地方を舞台にしたテロ攻防戦〜映画『アルターフ 復讐の名のもとに』のブックマークコメント

■アルターフ 復讐の名のもとに (監督:ヴィドゥ・ヴィノード・チョープラー 2000年インド映画)

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■インド映画日本語字幕付きDVD

たいがいのインド映画は輸入盤DVDなりBlu-rayを購入し英語字幕で観ているのだが、実のところ、オレは英語はあまり得意じゃない。あまりというか全然ダメである(それでよく知ったかぶった感想文書いてるもんだが・・・)。本当は日本で劇場公開されるのが一番なのだが、それも殆ど期待できないのが現状だ。だから日本語字幕の付いたソフトは大変重宝するし貴重な存在だ。まあたいがいのインド映画日本語字幕付きソフトは廃盤になっていて、これもレンタルで探すしかないのだが、見つけたら観るようにはしている。

そんなこんなで大体の日本発売&レンタルされているインド映画は観ているつもりだったが(全部と言うわけではない)、ある日この日本語字幕付きDVD『アルターフ 復讐の名のもとに』の存在を知った。原題は『Mission Kashmir』、2000年公開作で、なんとリティク・ローシャン主演である。なんで今まで見落としていたんだ?と啞然としてしまった。IMDbでもそこそこ評価が高い。見つけたときはAmazonでも発売されていて、この原稿を書いている段階ではレンタル落ちでなんと1円である。ツタヤのレンタルでも置いてあったのでこれで観ることにしてみた。

■『アルターフ 復讐の名のもとに』

『アルターフ 復讐の名のもとに』はヴィドゥー・ヴィノード・チョープラーが製作・脚本・監督を手掛けた作品だ。『Mission Kashmir』という原題にあるように、カシミール地方を舞台に、テロを題材とした作品として作られている。ご存知の方も多いとは思うが、カシミール地方はインド、中国、パキスタンの3カ国が領有権を主張し、地域紛争が絶えない場所なのだ。こうした背景を元にしたインド映画も多く作られている。チョープラー監督はこのカシミールの出身であるらしく、そういったカシミールへの思いが作品の中にも反映されているのだろう。主演はリティク・ローシャンをはじめ、サンジャイ・ダット、ジャッキー・シュロフ、プリティー・ズィンターと実に充実した配役となっている。

物語にまず登場するのは地元カシミールの警察官イナヤート・カーン(サンジャイ)。彼はテロリストに怖れられる敏腕警官だったが、プライベートでは妻ニーリマー(ソーナーリー・クルカルニー)と息子イルファーンと幸せに暮らしていた。しかしある日イルファーンが大怪我をする。病院に行くもテロリストに脅されている医者たちは手を施すことができず、イルファーンは死んでしまう。怒り心頭に達したイナヤートはテロリストのアジトを急襲し皆殺しにするが、その時地元民も殺してしまう。イナヤートはこの時生き残ったアルターフを引き取るが、アルターフはこの襲撃事件で父を殺した謎の男(実はイナヤート)に憎悪をたぎらせていた。そして10年後、アルターフ(リティク)はテロリストの一員となって復讐を開始する。

■「憎しみの連鎖」を終わらすための物語

この物語、リティク・ローシャンが主演として大きく名前を取り上げられているが、実際観てみると、実は父親であり警官役のサンジャイ・ダットが中心となって物語られる作品だった。そしてこのサンジャイ・ダットが思いのほか素晴らしいのだ。サンジャイ作品というとオレの今まで観た作品の中ではとっても凶悪な顔をした犯罪者役が多くて、好き嫌いは別としても「なんだかおっかない俳優だなあ」という印象だった。しかしこの作品では、そんなサンジャイ・ダットが悩み苦しみ、様々な事に引き裂かれてゆく様子をとても繊細に演じていてびっくりしたのだ。

この物語に登場する人物たちは誰もがみな心を引き裂かれている。サンジャイ演じるイヤナートはテロリストによって幼い子の命を亡くしたこと、そして引き取った子アルターフがテロリストになったこと、そんなアルターフを警察官として逮捕しなければならないということ。イヤナートの妻ニーリマーもまた同様のことで苦しみ、そしてアルターフは自らの養父が実父の仇であることで心を引き裂かれる。アルターフの恋人ソフィア(プリティー)は、愛する者がテロリストであったことを知り苦しみの中に放り込まれる。この物語ではサンジャイだけでなく、妻役のソーナーリー、恋人役のプリティー、そしてリティクも、誰もが素晴らしい演技を見せていて見応え十分だ。

そんな中テロリスト首謀者ヒラール(ジャッキー)だけが人格の存在しない抽象的な描かれ方をしているが、この抽象性は具体的な誰か、あるには何がしかの国家に責任を問うのではなく、「憎しみの連鎖」をどう終わらすのかがこの物語の究極的なテーマであったからなのだろうと思う。描かれるテロリストたちの残虐さやそれを追う捜査陣の情け容赦なさは十分にシリアスであり、クライマックスのアクションも非常に熾烈なものとなっている。だがこの物語は単にテロの生む悲惨と重さのみを扱うのではなく、その中で展開する親子の情愛、そして男女の愛こそに重点を置いている。インド映画お得意の心躍らす歌と踊りも盛り込まれるが、それが美しければ美しいほど、引き裂かれる者の愛の悲劇が浮き彫りにされてゆく作品なのだ。

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20160921(Wed)

[]映画『キング・オブ・エジプト』はSFだった!?(と勝手に思いこんで観てみた) 映画『キング・オブ・エジプト』はSFだった!?(と勝手に思いこんで観てみた)を含むブックマーク 映画『キング・オブ・エジプト』はSFだった!?(と勝手に思いこんで観てみた)のブックマークコメント

■キング・オブ・エジプト (監督:アレックス・プロヤス 2016年アメリカ映画)

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古代エジプト時代、神々と人間は共生し、オシリス神によって平和に統治されていたが、オシリスの弟セトの謀反により暗黒時代へと突入した。恋人を失った盗賊ベックとオシリス神の息子ホルスはセトを倒すために冒険の旅に出る……というファンタジーアクション映画『キング・オブ・エジプト』でございます。

最初「神殿も神様も悪趣味な田舎富豪みたいにキンキラキンだしデカいだけで愚鈍そうなモンスターが暴れてるし主人公役のブレントン・スウェイツがディズニーアニメみたいな顔してるし拭っても拭っても拭いきれないB級臭がすかしっ屁のように漂っているしどうしたもんだろ」と思ってましたが、観てみると意外としっかり作ってあり、舞台もエジプトだけではなく〇〇や〇の世界なんかが登場して飽きさせない!CG大盤振る舞いの作品ではありますがドラマもきちんと成り立っていましたね。

おまけにホルス役は『ゲーム・オブ・スローンズ』シリーズのジェイミー・ラニスター役ニコライ・コスター=ワルドウだし、悪役演じるのが『300』のジェラルド・バトラーだし、ベックの恋人役が『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のコートニー・イートンだし、そんなこんなでなかなか楽しんで観ることができました。アイテムを求めて冒険し途中ちょっとづつ仲間が増えてゆくところなんかはロールプレイングゲームみたいでしたね。

最初この映画のビジュアルを見た時はフランスのSF映画『ゴッド・ディーバ』を思い出しましたが、あれって未来世界が舞台ですがピラミッド状の構造物があったり「鷹の頭にヒトの体を持つ神ホルス」なんてぇのが登場してちょっとエジプトしてたんですね。この『キング・オブ・エジプト』は世界観が相当荒唐無稽ではありますが一応古代エジプトということになっていて「まあファンタジーだからこんなもんだろ」と思って観ていたんですが、とあるシーンから「ちょまてこれSFなんじゃないのか?」と思えてしまい、そこからずっとこの物語はSFだ!と勝手に思いこんで観ていました。

とあるシーンというのは最上神ラーの登場シーンなんですが、ラーの見下ろすエジプトは実は……というあのシーンですよ。いやあれはびっくらこいた。こういう宇宙観をそのまま視覚化しちゃって、しかも物語の本筋にはあんまり関係ないっていうのも凄いですが、じゃあここはどういう世界なんだ?ということなんですよ。ファンタジーではなくこれをSFと考えると、この世界に住むのは遠未来に宇宙のどこかに植民した地球人たちの末裔ということが考えらえれる。神というのはハイテクノロジーにより超人化・長命化した植民第1世代で、彼らがテクノロジーを独占化し後代の植民者たちを支配している、というのがこの世界なんじゃないのかな、と思ったんですよ。神々が流す金色の血、ってアレ実はナノマシンだったんじゃないのかとかね。

で、こういうストーリーのSF小説が実際にあるんですね。ロジャー・ゼラズニイの『光の王』という小説がそうなんですが、この物語、なんとインド神話を題材に借りて世界を形作ってるんです。『キング・オブ・エジプト』がエジプト神話を題材にしているのとよく似ていますね。『光の王』は主人公がなんとお釈迦さまで、それにヴィシュヌやシヴァやカーリーといったヒンドゥー神がかからんでくるのですよ。そしてそこで神々同士の戦いが繰り広げられるんですね。とはいえ彼らはもちろん本物の神様ではなくて、神の名を借りた超人類なんですけどね。

神々と人間の登場するSFというとダン・シモンズの『イリアム』『オリュンポス』という長編小説もあります。こちらはギリシャ神話を題材に採ってるんですね。テラフォーミングされた火星に超常的な力を操るギリシャ神話の神々が住み、さらにナノテクノロジーによって甦らされたトロイア戦争の勇者達が登場する、というやはりとんでもなく荒唐無稽なお話なんですよ。その他調べたところ、日本神話を題材にした荻原規子ファンタジー「勾玉三部作」や北欧神話を題材にした高千穂遥のファンタジー「美獣-神々の戦士」なんていうのもあるようですね。『キング・オブ・エジプト』を観て楽しめた方はこれらの小説を読んでみるのもいかがでしょう。

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光の王 (ハヤカワ文庫SF)

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20160920(Tue)

[]バレエ『マシュー・ボーンの眠れる森の美女』を観に行った バレエ『マシュー・ボーンの眠れる森の美女』を観に行ったを含むブックマーク バレエ『マシュー・ボーンの眠れる森の美女』を観に行ったのブックマークコメント

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この間の日曜日は相方さんと二人、渋谷シアター・オーブで上演されている『マシュー・ボーンの眠れる森の美女』を観に行きました。映画じゃないです。バレエです。実は以前、相方さんにねだられマシュー・ボーン演出による『白鳥の湖』を観に行ったことがあるんですが、これが実に素晴らしく、長く記憶に残ってたんです。まあ、舞台だのバレエだのにはまるで縁の無い生活をしているオレではありますが、この時の素晴らしさが忘れ難くて、今回またマシュー・ボーン演出作が上演されると知り、早速チケットを予約して楽しみにしていたんですよ。

なにしろバレエその他舞踏芸術については何も知りませんし、ダンサーたちがどれだけ高いスキルを持っているのか、またマシュー・ボーンがどれだけ高い演出力をもっているのか、といったことは何も語る言葉を持ってはいませんが、それでも今回も楽しませ、驚かされる作品であったことは確かです。

『眠れる森の美女』といえばヨーロッパの有名な民話・童話として誰もが知っているタイトルで、ディズニー・アニメなどを観たことがある方も多いでしょう。この物語はバレエ作品となり、ロシアの作曲家チャイコフスキーが音楽を作曲し、1890年に初演されたのが今回の演目となります。お話はというともちろん、悪い魔女に呪いをかけられ長きに渡る眠りについてしまった王女を真実の愛を持つ者が救いに来て……というものではありますが、実は今回のマシュー・ボーン演出作品、アウトラインこそ同じでも、舞台設定を変えることにより全く別物の「眠りの森の美女」になっていることに驚かされました(ここからはネタバレ含むので自分で観てびっくりされたい方は読まないでください!)

まずなにしろ最初に物語が始まるのが1980年のイギリス貴族の邸宅なんですよ。そして主人にメイドや執事が仕えているんですよ。中世ヨーロッパのどこかの王国の、ふわふわした衣装を着た人たちが出て来るわけでは決して無いんです。ここで生まれたばかりでまだ赤ん坊の貴族の娘が、パペットを使って演じられていたのがまず楽しかった!時代が19世紀末とはいえきちんと魔女や妖精が出てきて妖しくもまた美しいダンスを披露すするところがいいんですね。

そして21年後、成人した貴族の娘が登場し、ある青年と出会います。しかしそれは王子さまではなく、しかも貴族でもなく、なんと屋敷の使用人である一人の青年なんです。この辺の階級制度の在り方が実にイギリス人演出家っぽいですね!しかもこの使用人の青年、貴族の娘が呪いの眠りにつく前に恋仲になっており、彼女が眠りにつくと同時にこの青年も妖精によって滅びない肉体に変身させられるんです。そして幕間となり、次の時代は100年後……つまり21世紀になっちゃうんですよ!

そしてこの物語、貴族の娘と青年との愛だけではなく、それを邪魔する魔女の息子というのが登場します。しかしこの魔女の息子というのがやはり貴族の娘に恋してしまい、これにより娘を奪い合うドラマが持ち込まれるんですね。そこはかとなく漂うシニカルな香りは実に英国流と思わせますし、要所要所で笑いの箇所があることにもびっくりさせられました。貴族の豪邸の美術セットもシンプルではありますが美しかった。

ただしこのバレエ作品、結構長いんです。前半1時間半、後半は1時間弱ぐらいでしたでしょうか。調べるともともとのチャイコフスキー作品も3時間に及ぶ大作らしく、その楽曲をほぼ再現する形で演じられたのでしょう。チャイコフスキーの『眠りの森の森の美女』を殆どフルで聴く、というのも人生でそうそう無い体験だったような気もします。この時間の中にバレエがみっちり詰め込まれ、緊張感あふれるダンサーたちの踊りをずっと追ってゆくのは実は相当集中力を要求されました。要するに慣れていないので少々疲れた。もちろんこれは自分の体力不足のせいですが、逆にこの物凄い緊張感こそが舞台の面白さなのだな、と思わされました。

◎こちらは映画版の予告編映像ですが、舞台もまさにこんな感じでした。

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20160919(Mon)

[]暗黒皇帝のお誕生日会 暗黒皇帝のお誕生日会を含むブックマーク 暗黒皇帝のお誕生日会のブックマークコメント

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暗黒皇帝である。苦しゅうない。先日9月9日に1万54歳の誕生日を迎えたわしは暗黒皇后と二人、つつましい誕生日会を開いたのである。今回はベルギー料理の店にすることにした。なぜならわしはベルギービールが好きだからである。店の名は「ベルギー料理店 シャンドゥソレイユ」、"歴史ある下町、東京神田の真ん中にある、景観にまったくマッチしない妙に小洒落たレストラン(店長ブログより)"である。

神田駅前の賑やかな飲食店街を抜けると、一変して静かな場所にその店はあったのじゃ。中に入るとなかなかに落ち着いた店で、大変に居心地が良い。

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席に着きまずはビールだ!わしの誕生日会だ!デカいビールを持ってくるがよい!そしてテーブルに置かれたそれは……。

ドーン。

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わはは!デカいぞ!これはデカい!偉大なるわしにぴったりの大きさじゃ!ビールはベルギー産樽生ビール、デ・コーニングじゃ!よし飲むぞ!飲んでやる!ぐはぁウメエ!

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続いて料理じゃ!とりあえずオードブルじゃ!サバのアレしたやつやクリームチーズをソレしたやつ、生ハムが何かをくるんだ何かがあるのじゃ!

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そして馬肉のタルタルステーキ「馬肉のフィレアメリカン」じゃ!スパイスやハーブを効かせ全くクセの無い上品な馬肉じゃったわい!

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ベルギーといえばベルジャン・フリッツ!要するに揚げイモじゃ!これはビールが進むわい!単なる揚げイモにもかかわらずベルギー料理店店長の手に掛かると揚げ色お味ととても上品じゃ!添えられた手作りマヨネーズまで美味!

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ここで二杯目のビールを投入じゃ!ビールの名は「ラ・コルヌ トリプル」、角型のグラスがわしそのもののように雄々しいではないか!

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飲むぞ!角笛を吹くが如く飲むぞ(位置は逆じゃが)!うおおこりゃまたウメエ!

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さらに料理の追撃は止まらない!「ベルギー風スペアリブ ドゥシャス・デ・ブルゴーニュ風味」じゃ!肉がほろほろと骨から外れてスペアリブの概念を変えるが如き絶品の美味さじゃ!

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そして変わり種「アンデュイエット」、なんと豚モツのソーセージなのじゃ!塩辛くてビール飲みまくりじゃ!

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ぐふう……余は満足じゃ!ベルギー料理店 シャンドゥソレイユ、ビールの種類も多く料理もなかなかに珍しいものが揃い、今回だけでは食べきれなかったのでまたいつか来ることにしよう。こうして御馳走してくれた暗黒皇后に礼を言い、お店を後にすることにしたのじゃ。

しかしまあ、全体的に絶妙なバランスの上品さじゃったので、ちょっと濃い味のものが欲しくなったのじゃ。というわけでベルギー料理店の帰り、わしこと暗黒皇帝と暗黒皇后は、ラーメンで〆たのじゃ。

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ベルギー料理店 シャン・ドゥ・ソレイユ

〒101-0047 東京都千代田区内神田1-10-6

TEL:03-5281-0333

お店HP http://champdesoleil.com/

グルナビ http://r.gnavi.co.jp/g304600/

20160916(Fri)

[][]新しい自意識の芽生えと自己実現〜サタジット・レイ作品『チャルラータ』 新しい自意識の芽生えと自己実現〜サタジット・レイ作品『チャルラータ』を含むブックマーク 新しい自意識の芽生えと自己実現〜サタジット・レイ作品『チャルラータ』のブックマークコメント

■チャルラータ (監督:サタジット・レイ 1964年インド映画)

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1880年のカルカッタ。若く美しい妻チャルラータは、新聞社の編集長であり社長でもあるブポティを夫にもち、何ひとつ不自由ない生活を送っていた。しかし、年中多忙な夫は、ほとんど妻の相手をしようとしない。仕方なく、日がな刺繍をしたり小説を読んだりして寂しい毎日を送っていた。

そんな中、大学の休暇で夫の従弟であるアマルが訪ねて来る。詩を口ずさみ、文学に詳しいアマルの出現は、チャルラータにとって生きる喜びだった。また、アマルもチャルラータが並々ならぬ文才をもつことに気づき、ほのかな想いを抱き始める。しかし、ある日、新聞社の経理が社の金を持ち逃げしたことを契機に、3人の関係に大きな変化が訪れる… (公式HPより

『ビッグ・シティ』(1973)に続きサタジット・レイが監督した映画『チャルラータ』は、『ビッグ・シティ』より時代を遡り、イギリス統治末期である1880年のカルカッタを舞台にしている。物語は有閑階級にある一人の婦人の孤独と渇望を描いたものとなる。原作はノーベル文学賞受賞作家タゴールの小説「破れた巣」。サタジット・レイはここでも『ビッグ・シティ』同様脚色・監督・音楽を一人で兼ねている。

社長夫人チャルラータ(マドビ・ムカージー)は豪華な屋敷で何不自由なく暮らす女性だったが、しかしそれは屋敷から出ない籠の鳥のような生活でもあった。夫ブポティ(ショイレン・ムカージー)は仕事に忙殺され相手にしてくれず、使用人と会話する以外は外の世界との接触が皆無だった。しかしそこに夫の従弟であるアマル(ショーミットロ・チャタージ)がやってきたことで彼女の生活が一新されるのである。

ここで夫ブポティと従弟アマルは対称的な性格として登場する。ブパティは夢想家であり理想主義者だ。政治的にはリベラルでありながら実生活は保守的であり権威主義者でもある。一方アマルは現実的であると同時に楽観主義者であり、亭楽を愛し直観的に行動する。その分どこかお気楽野郎のように見えてしまう。共通点は主人公チャルラータも含め、知性が高く理性的でありモラリストである部分だ。そして知的で理性的であることが映画において彼らを魅力的に見せ、同時にそれが彼らの陥穽となる。

チャルラータはアマルに夫ブポティにはないあけすけな自由さを感じ、それにより彼女は次第に明るく開放的になってゆく。人妻チャルラータがアマルに恋慕の念を抱くのは時間の問題だった。しかしそれは情愛だけのものではなかったように思う。厳めしい豪邸の閉め切った部屋の中で籠の鳥となっていた彼女にとって、アマルは外の世界の空気を運んでくる風であり光であり、そして匂いだった。彼女とアマルとが庭で語らいブランコを漕ぐ美しいシーンの解放感は、それは彼女の心象そのものだったのだろう。そこで彼女はやっと生き生きと生きることがどういうことなのかを知るのだ。

この物語で出色だと思ったのはアマルの書いた小説が雑誌に載った時のチャルラータのリアクションだ。ここでチャルラータは喜ぶでも褒めるのでもなく、悔しさに号泣するのである。チャルラータもアマルに小説を書くことを勧められていたが彼女は断っていた。しかしアマルの雑誌掲載により、彼女は一念発起して小説を書きあげ、自らも見事雑誌掲載される。ここでの鼻高々な彼女から垣間見えるのは情愛とは全く別の対抗意識であり、勝利感である。では彼女はなぜ悔し涙を流し、そして何と対抗し、何に勝利したのか。

文学を愛するチャルラータに、小説を書くことなど造作ないことだったはずだ。しかし最初それを断ったのは、「決して出しゃばらない家庭の主婦」という隷属意識からだったのではないか。しかしその雑誌掲載の栄誉を、目の前の男が易々とさらってしまう。自分が「決して出しゃばらない家庭の主婦」にこだわってしまったばかりに。だからこその涙だったのだ。そして彼女はそれまで自分を縛っていた意識を捨て去り、それにより自らも雑誌掲載の栄誉を得る。彼女が戦い、そして勝ったのは、それまでの自分自身だったのではないか。この映画では、こういった複雑な感情の機微をさりげなく描く部分が白眉だと思えた。

こうして映画『チャルラータ』は、サタジット・レイの前作『ビッグ・シティ』同様、女性の新しい自意識の芽生えと自己実現の在り方を描いたものとして展開してゆく。表面上この映画は有閑夫人のほのかな恋を描いたものなのかもしれない。しかしその本質にあるのは、自分がどう生き、どう変わっていこうとしているのかを模索する者の物語なのだ。そしてそれらは様々な波乱を含みつつ、余韻の残るラストへと収束してゆくのである。

こういった物語のみにとどまらず、カメラワーク、カット割り、照明等その映画技術は流麗かつ端正を極め、そしてその映像ははっとさせられるほど美しく、当時からインド映画がどれだけ高い水準で製作されていたのかをうかがわせる。1964年公開という古さを全く感じさせない、ベンガル映画の文学性の高さを再確認させる傑作であった。1965年ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞/1965年アカプルコ国際映画祭最優秀賞受賞/1964年インド国際映画祭最優秀賞受賞。

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20160915(Thu)

[][]サタジット・レイ監督による女性の社会進出を描くインド映画『ビッグ・シティ』 サタジット・レイ監督による女性の社会進出を描くインド映画『ビッグ・シティ』を含むブックマーク サタジット・レイ監督による女性の社会進出を描くインド映画『ビッグ・シティ』のブックマークコメント

■ビッグ・シティ (監督:サタジット・レイ 1963年インド映画)

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1953年のカルカッタ。病気の父親を抱えながら、しがない稼ぎしかない銀行の係長であるシュブラトを夫に持つ妻アラチは、あまりにも苦しい家計をみかねて働きに出ようとする。まだ主婦が外で働くことが一般的でない時代。同居する夫の父の制止を振り切って、上流家庭に編み機を営業して回るようになる。

はじめは苦労するものの、やがて営業の才能を発揮するアラチは、次第に自信を身につけていく。そんなアラチの姿を、夫である面目を保てず、内心気が気でなく見つめるシュブラト。2人の関係にも次第に変化が生じてきていた。そんなある日、シュブラトの銀行が倒産してしまい… (公式HPより

1953年のカルカッタといえば、印パ分離独立まもなくの混乱によりパキスタンから膨大な難民が流入、経済は地盤沈下を起こしていた時期だった。同時にカルカッタは、西ベンガル州の州都であり、インド屈指の大都市の一つでもある。そんな、未来への不安と希望の入り混じった"ビッグ・シティ"で生きる、ある家族の物語がこの作品となる。原作はナレンドラナート・ミットラの中篇小説。サタジット・レイ監督が脚色・監督・音楽を一人で兼ねている。

物語の主眼となるのは女性の社会進出である。新たな時代の新たな生き方を模索する女性と、それに対し未だ旧弊な価値観しか持ちあわせない男たちとの対立がここで描かれることになる。主人公アラチ(マドビ・ムカージー)の夫シュブラト(アニル・チャタージー)は苦しい家計に背に腹は代えられず、不承不承妻アラチの就職を許すが、シュブラトの父母はそれが許しがたいことだとして苦い顔をしている。

アラチは仕事を続けるにつれ、次第に社内の友人ができ、さらに軌道に乗った仕事に楽しさを覚えるようになってゆく。最初は家計を遣り繰りする目的でしかなかった会社務めが、アラチに新たな視点を与えてゆくのだ。ここで彼女は自己実現に目覚める。目的意識とそれを成就することの楽しさ、そして社会参加の喜びを覚える。それは、それまで家庭の主婦として生きてきた彼女には新鮮な出来事であり、自らの意識の刷新でもあった。

それに対し男たちはどこまでもだらしない。夫シュブラトは苦しい家計を顧みず妻の就職に難色を示し、失業してからはただ家にくすぶるばかりで、おまけに街中で見かけた妻と男性同僚のやりとりをこそこそ覗き見する始末だ。さらにシュブラトの父は教師であった過去にすがり、かつての教え子たちに無心する毎日を送るという体たらくである。彼らは変わりゆく現実に対応できず、古い時代の幻影ばかりを眺めつまらないプライドだけにすがって生きている。

しかし作品はこれら対立ばかりを描くものではない。価値観の違いを持つ両者が、どう歩み寄り、共に手を取り合って生きようとするのかを描くのが最終的なテーマとなるのだ。若干社会派寄りの作品であり純粋な娯楽作というものではないのだけれども、インドの苦しい一時代をどう生きてゆくべきかを、つまずきながらも手探りしてゆく夫婦の愛の物語ととらえることもでき、もちろんインドにおける女性の在り方を探ることのできる作品としても観る価値があるだろう。ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)受賞(1964年)。

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20160914(Wed)

[]世界びっくり紀行『クレイジージャーニー Vol.3』を観た 世界びっくり紀行『クレイジージャーニー Vol.3』を観たを含むブックマーク 世界びっくり紀行『クレイジージャーニー Vol.3』を観たのブックマークコメント

クレイジージャーニー Vol.3 [DVD]

「独自の目線や強いこだわりを持って世界や日本を巡る「クレイジージャーニー」が 常人離れした体験談を語る! 」というTV番組『クレイジージャーニー』のDVD、Vol.3が出たので早速買って楽しんだ。これ、世界のあんまり目にすることの無い場所を紹介するだけでなく、それに取り付かれてしまった人々に、アカデミックな視点ではなくあくまで下世話にバラエティらしく注目するのが面白い番組なのである。ちなみにオレはTVを観ない人間なので(そもそもモニターにアンテナ繋いでいない)、TV番組の進行のほうはよく分からない。

今回はDVD2枚組で収録時間200分余り、5つの番組放送回と併せ、番組イベントの様子を映した特別映像が収められている。また、それぞれの回にはTV放送時の未公開映像も収録されている。これでアマゾンで2300円くらいだから案外安いんじゃないかと思う。

今回の収録は以下の通り。

佐藤健寿 [奇界遺産×ペニス博物館&神の洞窟]…アイスランド

◆小方真弓 [究極のカカオ探しに人生を捧げるカカオハンター]…コロンビア

◆松本人志&設楽統&小池栄子 [DVD第2弾発売記念イベント]…赤坂サカス

◆丸山ゴンザレス [世界最大級の「キベラスラム」に潜入]…ケニア

◆丸山ゴンザレス [世界一危険&島まるごとスラム「ミギンゴ島」に潜入]…ヴィクトリア湖

◆高井研 [世界中の深海に潜り続ける熱い研究者]…深海

佐藤健寿の「ペニス博物館」はそんなに知られてもいない所でもないのでインパクトは弱かったが佐藤さんの顔見られればそれでいいのだと思う。

小方真弓の「カカオ探し」は幻のカカオを探してコロンビアの山の中を何時間も歩き続ける収録が凄かったが、それよりも小方真弓という方の強烈なキャラクターになにしろ気圧される回だった。この方は究極のチョコレートを作るためだけに現地に移住までしていて、こういう方だからこその頑固さが画面からひしひしと伝わる。こんな彼女のチョコレートブランド「カカオハンター」の「アルアコ72%(28g)」、1枚1188円である。高いのか安いのか分からないが多分とても美味しいのだろう。ただ冗談の嫌いな方みたいで番組トークが殆ど収録されていない……。

丸山ゴンザレスも常連だが、独特のいかがわしい風貌が最初は苦手だったけれども、だんだん慣れてきた。例によって画面から悪臭が漂ってきそうなスラムを紹介。無神経なオレですらメシ食いながら観ていたことを後悔した。ここで紹介されたケニアの「キベラスラム」は、政府がなんとか救済しようと動いていることが描かれていて、観ていてちょっと安心した。不幸と貧乏ばかり見せられると気が滅入るしな。

そしてもうひとつの「ミギンゴ島」が凄かった。ヴィクトリア湖にある島ひとつ丸ごとスラム。これ実は地元の漁師が漁の途中に寄る"よろずや"が立ち並ぶスラムなのだという。だからスラムって言い方は違うかもしれないな。どっちにしろ、見た目が物凄く異様。あと、ここで見舞われたトラブルがなかなかに緊張感があってよい。

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深海研究者・高井研の回は、深海生物の映像もよかったが、なにしろ高井氏のがさつな喋りがなぜか面白い回になっている。

それにしても番組コメンテーターである松本人志&設楽統&小池栄子が今回もよいな。毎回書いているかもしれないが小池栄子さんってなんだか神々しい顔してるんだよなあ。

20160913(Tue)

[]バンクシー出没にニューヨークは大騒ぎ〜『BANKSY IN NEW YORK バンクシー・イン・ニューヨーク』 バンクシー出没にニューヨークは大騒ぎ〜『BANKSY IN NEW YORK バンクシー・イン・ニューヨーク』を含むブックマーク バンクシー出没にニューヨークは大騒ぎ〜『BANKSY IN NEW YORK バンクシー・イン・ニューヨーク』のブックマークコメント

BANKSY IN NEW YORK バンクシー・イン・ニューヨーク【日本語版】

随分前からゲージツには興味が無くなってしまったし、美術館にも行かなくなった。オレのさもしい日常に、ゲージツやら美術館やらがなんだかそぐわなく思えてきたのだ。そんな中バンクシーはいまだ好きなアーチストなんだと思う。洋書屋で(まあ、こういう所ももう行かないが)何も知らずバンクシーの作品集を見つけた時はそれなりにショッキングだった。エクジットなんちゃらいう映画も観たな。やってることも面白いと思ったよ。例の「Dismaland」も近所で1000円ぐらいでやってたら行きたかったね。

バンクシーについて何かを語るような語彙は持ち合わせていないが、あいつの皮肉さが多分好きだったのだろうと思う。作品も、ただクオリティが高いだけではなく、どこか生々しく感じるんだ。厳めしく権威主義的な美術館ではなく薄汚い裏道に忽然と現れる所や、多くが安っぽいグラフィティ・アートの手法をとっている所や、額縁に飾られることなく(飾られているものもあるが)壁の上で朽ちるか消されてしまう運命にあるなんてところもいい。

そんなバンクシーが2013年10月、ニューヨークに出没し、一ヶ月かけて日毎夜毎どこかに作品を残して去ってゆく、なんていうことが行われていたのらしい。バンクシー作品観たさに好事家ニューヨーカーたちは西へ東へ狂奔し、警察やら怪しげなバイヤーまで登場して大騒ぎ、その一部始終は『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』というタイトルの映画に収められ日本でも3月に公開されたらしいが、なぜだか観ていない。きっと映画館でスノッブ気取った連中の顔を見るのが嫌だったんだろう。

そんなわけで映画の存在は忘れていたが、その時の写真集が出ていたのを知り、ちょっと買ってみた。本のタイトルは『BANKSY IN NEW YORK バンクシー・イン・ニューヨーク』、バンクシー・ファンであるレイ・モックなる人物がその時のバンクシーの作品を写真に収めたものをまとめた写真集だ。全体的に「ああ、バンクシーらしいな」という作品ばかりで、それはつまり特別驚かされるような作品は無かったということなんだが、しかし「一ヶ月間ニューヨークに出没して作品を残す」という行為自体が今回の趣旨だったのだろうから、個々の作品を云々することはあまり意味が無いだろう。

だからこの作品写真集、もともと美術書の解説なんてまるで読まないオレが、今回に限って著者レイ・モックが写真に添えた文章を全部読んでみた。そこに書かれた「どんな一ヶ月だったのか」を含めて初めて「ニューヨークのバンクシー」を知ることになると思えたからだ。まあ、レイ・モックの文章はそれほど造詣のあるものではなかったが。それにしても見逃した『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』、早くソフトにならないかな。買って観てみたいな。(↓は映画の予告編)

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20160912(Mon)

[]国家と個人、制度と自由〜映画『スーサイド・スクワッド国家と個人、制度と自由〜映画『スーサイド・スクワッド』を含むブックマーク 国家と個人、制度と自由〜映画『スーサイド・スクワッド』のブックマークコメント

スーサイド・スクワッド (監督:デヴィッド・エアー 2016年アメリカ映画)

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■"自殺部隊"

スーサイド・スクワッド(Suicide Squad)、訳して"自殺部隊"。バットマンやスーパーマンを擁するDCコミックに登場する、ヴィラン(悪役)を寄せ集めた決死部隊だ。奴らは既に逮捕投獄され、無期懲役が確定しているが、その人間離れした殺傷能力・戦闘能力を見込まれ、非常時の使い捨て部隊として投入されたのだ。奴らは首にマイクロ爆弾を埋め込まれ、逃げ出せば死が待っている。そして投げ出された戦場でも、おぞましい死が待ち構えている。しかし作戦を成功させて生き延びれば、10年減刑してくれるらしい。無期懲役から10年減刑されても、∞マイナス10だが。

デヴィッド・エアー監督によるアメコミ映画『スーサイド・スクワッド』は、こんな絶望的な戦いに送り込まれた悪役たちの、一寸先すらも分からぬ死闘を描いたアクション作品だ。この作品には多くのDCコミック・ヴィランたちが登場する。オレはアメコミに暗いので、ジョーカー(彼は投獄されていない)と彼の恋人ハーレイ・クインしか知らなかったのだが、他に百発百中スナイパーのデッドショット、ブーメラン使いのキャプテン・ブーメラン、炎を操るエル・ディアブロ、爬虫類人間キラー・クロック、太古から存在する魔女エンチャントレス、縄使いの殺人鬼スリップノット、女剣術師カタナ(彼女は体制側だ)といった、いずれ劣らぬ曲者連中が登場する。さらにあのバットマン、もうひとりのヒーロー、フラッシュの登場もある。

■システムと対立するもの

ところが物語が進んでゆくと、この映画が単なる「コスプレ悪役大集合」といったお祭り映画ではないことに段々気付かされる。確かにショバで大暴れしていた頃の奴らは、極悪非道の大悪党だった。だが今は刑務所に厳重に監禁され、徹底的に痛めつけられ、虫けらのように扱われている。政府組織A.R.G.U.S.により「スーサイド・スクワッド」結成が決定されたときも、一切の拒否権もなく、生殺与奪権を握られ、絶対服従させられ、奴隷のように死地に送られることになる。A.R.G.U.S.のボス、アマンダ・ウォーラーは作戦の為なら部下すらも殺す女で、その冷徹さはヴィランたちをも怖れさす。冷徹さには冷徹さなのか。いや、彼女の成す行為は、国家の大義を取り払ってしまえば、ヴィランたちと何一つ変わりないではないか。

アマンダ・ウォーラーとヴィランたちを分け隔てるもの。それは、アマンダ・ウォーラーの後ろには国家という巨大で強固な体制が存在するということである。それは強大であるがゆえに機械の如き無慈悲なシステムであり、そこには感情も人間性も差し挟まれる余地はない。即ちアマンダ・ウォーラーは無慈悲なシステムそのものとして登場するのだ。一方、ヴィランたちはどうか。奴らにあるのは大いなる個人主義でありとめどない欲望であり、それを成就するためなら手段を選ばないアンモラルさである。ここで映画『スーサイド・スクワッド』は、「善と悪」といった従来的なスーパーヒーロー映画の退屈な二元論とは全く異なる対立項を観る者に提示するのだ。それは「国家と個人」であり「制度と自由」である。

■自由への脱出

映画に登場するヴィランたちはどれも社会の爪弾き者だ。奴らはクズだ。社会のダニだ。奴らの悪辣さは映画冒頭で紹介されるが、しかし今は鉄の檻に閉じ込められ虐待されるままの、牙を抜かれた猛獣に過ぎない。確かに奴らに同情の余地はないかもしれない。奴らによっていったいどれだけの命が奪われ、どれだけの財産が破壊されただろう。しかしここに「冷徹な国家体制」を持ち込むことにより、極悪非道でしかない筈のヴィランの意味合いが窯変するのである。ここでヴィランたちは、国家に対する個人となり、制度に対して自由を求める者として存在し始めるのだ。

奴らは国家により徹底的な従属を強いられる。それは屈辱的な仕打ちであり、魂を磨り潰すような暴力だ。しかしその絶望の中で、奴らは自らの命を燃やし尽くそうと行動するのである。奴らに大義などはない。スーパーヒーロー映画で腐るほど連呼される「正義、正義」のお目出度い題目など奴らには用などない。奴らの求めるもの、それは屈辱的な服従からの脱出だ。何一つ邪魔するもののない自由だ。奴らの考えているのは自分のことだけだった。なぜなら、これまで自分を守るのは自分しかいなかったからだ。しかし、そんなヴィランたちが次第にひとつになってゆく。自由への脱出のために。それが死を賭けた戦いの中にしかないとしても。そこにこの物語のドラマがある。

冷徹な国家からの自由。個人が紛れもない個人であること。映画『スーサイド・スクワッド』は、こうして反体制とアナーキズムとを高らかに謳いあげる稀有なピカレスク・ロマン作品として完成したのである。傑作である。

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20160909(Fri)

[]クルアーンにおける第54番目のスーラは月である クルアーンにおける第54番目のスーラは月であるを含むブックマーク クルアーンにおける第54番目のスーラは月であるのブックマークコメント

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イェイ。本日9月9日、54歳になったオレだぜ。シェゲナベイビー。
……ゴホッゴホッ(年甲斐もなく無理したせいで咽ている)。ところでシェゲナベイビーってナニ?

■54歳

というわけで本日54歳になったオレである。ただしブログ主であるフモは54歳ではあるが、ツイッターの暗黒皇帝は1万54歳なんだろうと思う。多分。

毎年誕生日になる毎に律儀に日記に「誕生日のお言葉」を書いているオレではあるが、もうホント年々なんの言葉も浮かんでこなくなってきている。「また歳をとってしまった……」だけである。ただ益体もなく年々老いさらばえてきているだけなのである。夢も希望も無く歳を重ねているだけなのである。いや、希望というなら、「健康でありたい……」というのはある。逆に言うならそれぐらいである。体力と知力と気力の衰えを日々噛み締め、様々なものが潰えてゆく我と我が身の行く末に思いを馳せる時、思うのは「このままずるずるとだらしなく無為な人生にしがみついて生きさらばえたい」ということだけなのである。世間ではそれを老害という。毎年「誕生日のお言葉」は辛苦臭いことを書きまくることになっている年に一度の日なのでこれから発酵臭たっぷりの戯言を書くからご容赦いただきたい。

■健康とか趣味とか

健康。今年もこの9月までの段階で何度か病院に行った。1月には大腸の内視鏡検査をした。とりあえずなんともなかった。歯医者も通院していた。まあこれは折れた差し歯を付け替える治療だった。そして7月から8月にかけて胃の痛みが長期間治まらず、「オレはなにかたちの悪い病気に罹ったのであろうか」と不安になり内科の医者に行ってきた。薬貰ったらなんとなくよくなってきた。薬が切れたらまた痛み出したからもう一回行ったら、また薬だけくれて帰らされた。薬飲んでるとなんとなく具合がいい。調べるとオレは胃潰瘍の薬を貰っているようだが、別に胃潰瘍と診断されたわけでもない。まあ実の所病気というよりは暴飲暴食と煙草の吸い過ぎなのだろうと思う。実は毎年夏になると胃が痛くなるのは、暑さで唾液があんまり出なくて胃液が中和されないからなのではないかと勝手に自己診断している。う〜んしかしこう書いてると実はそんな病気してないじゃないか。

あと夜更かししなくなったな。以前は1時ぐらいまでは起きていたが最近は12時ぐらいで寝ることにしている。次の日がキツイのよ。今毎日6時起きなんだが、つまり最低6時間は睡眠とらないと辛いんだよな。朝は今でも早く起きられるな。早く起きて通勤途中に喫茶店に寄り1時間弱朝の読書をすることを日課としている。実は他に本読む時間とれないというのがあってな。趣味と言えばゲームあんまりしなくなったなあ。これも興味がというよりも、意外とゲームしてると目や腰や頭が疲れるんだよ。そして目のかすみが次の日まで続くんだよ。あとは映画や音楽はいつも通りかな。まあしかし映画館に出掛けるのはどんどん億劫になってきているし、クラブはもう何年も行ってないし、この間行ったコンサートも正直キツかった。出不精は昔からだが、人込みのストレスはもう耐え難いな。朝早く起きるのも、人込みがそれほどないからなんだよな。ストレスには昔から弱かったなあ、人と会うのも苦手だし、こうしてどんどん部屋から出なくなるんだよなあ。そしてビール飲んでピザ食ってるんだからそりゃ不健康だけどこれが楽しくて止められないんだよなあ。

■仕事とかブログとか

こういう社会不適応者みたいな引きこもりのオッサンではあるが一応中小企業のサラリーマンやってるから不思議である。ただまあ実際の所肉体的にも精神的にも頑張りが効かないし(そもそも頑張ったことがあるのかと聞かれると困るが)、仕事の無能レベルもどんどん高くなってきていると思う。どうも自分は一定時間以上仕事に拘束されると精神が壊れやすくなるようなのでなるべく残業は回避するようにしている。まあなにからなにまでヤワい人間なのである。24時間働いている企業戦士の皆様には大変申し訳ないと思うが。

ブログのほうはご覧のとおり相変わらず続けていて週5日更新をキープし続けている。だがこれも実際毎日書いているわけでは無くて週末に書き溜めしてそれを順次更新している形になっている。平日は仕事で疲れて頭が死んでいるから文章を書くのはもう無理。いやあ、疲れてると頭死ぬな。で、だいたい酒飲んでるな。で、週末書いてるわけだけど、殆ど義務化している割には、書いているのは楽しい。文章なんかもう殆ど浮かばないだが、無い頭をこねくり回し、時間忘れてキーボード打ってる。この、「無い頭をこねくり回している時」がひょっとして今一番熱中できることかもしれない。もう誰かに読んで貰いたいとかアピールしたいとかPV伸ばしたいとか全く無い。正直インド映画の記事なんて、それ以外の時と比べるとPVが2割ぐらい落ちる。誰もが知っている映画だとどうでもいい内容の文章でもとても注目される。インド映画誰も興味無いんだなあ、と非常に良く分かる。でも、いいの。書き続けることが目的だから。ただ日記書いてる時ってほぼチェーンスモーキング状態で、半日でタバコひと箱開けるぐらいだから健康には相当悪いな。命削って日記書いてるのかもしれんな。鶴の千羽織かよ。誰も着ねーよ。

■そして相方に感謝

まあうすうす勘付かれていると思うがオレは結構壊れた人間で、壊れた生活している男なのだが、それでも一般人のふりをして社会に潜り込み、野垂れ死ぬことなく犯罪に走ることも無く、あまつさえ給与生活して好きなもの消費してそこそこ楽しく生きているのだから自分で言うのもなんだがたいしたものである。こんなことをやってられるのもひとえに相方のおかげだ。オレがもし孤独な人間ならとっくに死んでるか頭がおかしくなってるか犯罪者になっているだろうとよく思う。オレが虚無的な性格なのにもかかわらず絶望に至らないのは相方がいるからである。思えばこの世界で肉親以外でオレのことを理解し赦してくれるのは相方ただ一人だろう。その肉親も父はおらず母も死んだので残りわずかだ。

相方といるとあんまり安心しきっているものだから、なにか喋ってもモニョモニョとしか発音せずよく聞き返される。普段は大きな声ではっきり喋る。世界は敵だから隙を見せたくないんだ。「世界が敵」とか言ってる段階で頭のおかしい証拠だが、要するにいつだってどこだって息苦しく居心地が悪く緊張感を強いられる場所だってことだ。そんな中安心できる場所であってくれる相方は、ある意味オレの命の恩人かもしれない。毎年誕生日にはこうして辛気臭いことを書き散らかすのを恒例としているが、同時にここまで生きながらえさせてくれた相方への感謝を表わすことにもしている。この世界で未だまともな振りをしていられるのは彼女のおかげだからだ。相方さんいつもありがとう、またカピバラをモフりに行きましょう。

(↓ナマニクさんからツイッターで貰った暗黒皇帝ケーキ写真)

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yoyoshi yoyoshi 2016/09/09 12:21 素晴らしい相方さんに巡りあえたら、それだけで人生の幸せをゲット出来たも同然ですね。SF本を読んでいる人が周りに皆無で感想を楽しみにしています。東京創元社の復刊フェア、今年は豊作で大阪まで買い出しに行かねば。

globalheadglobalhead 2016/09/09 13:37 ありがとうございます。ただ最近SFからはどんどん遠ざかっているいるもんですからなんともかんとも。ニンニン。

eco friendly diwalieco friendly diwali 2016/09/19 19:21 thanks for sauch a great article. Such an honor to read such stuff.

20160908(Thu)

[]ジュノ・ディアスの『ハイウェイとゴミ溜め』を読んだ ジュノ・ディアスの『ハイウェイとゴミ溜め』を読んだを含むブックマーク ジュノ・ディアスの『ハイウェイとゴミ溜め』を読んだのブックマークコメント

ハイウェイとゴミ溜め 新潮クレストブックス

ドミニカの田舎での退屈な夏休み。伝説のマスク怪人を追うボクとアニキの冒険「イスラエル」。キレた女の子オーロラがボクに求めたものはドラッグだったのかセックスだったのか、それとも…。N.Y.の路上に生まれたラブ・ストーリー「オーロラ」。魔術的リアリズムと現代都市文学を見事に融合した自伝的作品10編。

ドミニカ生まれのアメリカ人作家、ジュノ・ディアスはオレのとても大好きな作家だ。ジュノ・ディアスの長編小説『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』はタイトル通り凄まじい、驚くべき物語だった。これについての感想はここに書いた。続いて読んだ彼の短編集『こうしてお前は彼女にフラれる』は胸にザクザク刺さる恋愛小説集だった。これについてはここで感想を書いた。ジュノ・ディアスの小説の主人公はどれもドミニカで生まれドミニカで生活し、あるいはアメリカに渡った人々の、貧しい生活と野放図な恋愛、そして野放図であるばかりに訪れるドタバタと悲哀を描いたものだ。そんな彼らの生き方がとてもナイーブな筆致で描かれるところが胸にグッとくるのだ。

そのジュノ・ディアスのデビューとなった処女短編集がこの『ハイウェイとゴミ溜め』になる。本国での出版が1996年で、日本でも1998年に翻訳が出ている。当時もそこそこに注目を浴びていたようだが、その後の2冊と比べるとデビュー前後の作品だからか若干あっさりしている。だが読み進むにつれてその後のディアスの片鱗がじわじわと頭をもたげてきていて、読むのが楽しかった。短編集という体裁になっているが、内容はある一つのドミニカ人家族が中心になっており、全体的な統一感がある。その家族というのはパピーとマミー、そして二人の兄弟であり、ほとんどは小さな弟である"ボク"の視点によって描かれている。

"ボク"とその兄ラファの頭の中にあるのは、たいてい、女の子のことばかりだ。だから物語はラブ・ストーリーなんだとも言えるんだけれど、ませてはいるが二人はまだ少年であり、女の子とのやりとりは拙くぎこちなく、ただヤりたいだけだから思慮もなくぶっきらぼうで、だから結果として訪れる破局にただなすすべもなく呆然としている。そして呆然としつつウジウジと傷心する。この、熱帯生まれでただヤりたい盛りの少年たちが、にもかかわらず奇妙にナイーブである、という対比がジュノ・ディアス小説の醍醐味だ。

彼らは後先を考えないお馬鹿な連中ではあるけれども、孤独であることの惨めさにもストンと入ってしまう。誤魔化したり、代償行為に走ったりしない。そんなややこしい精神分析的な部分の無い、ストレートな感情しか持ち合わせていないから、孤独に対しても素直に対峙してしまうのだ。だからこそ彼らの孤独さ遣る瀬無さが、読んでいる側にもストレートに伝わってくる。そんな不器用さが、読んでいてなんだか妙に愛おしくなってくるのだ。ジュノ・ディアスの『ハイウェイとゴミ溜め』はまだ試行錯誤の途中である作品が並ぶが、『オスカー・ワオ』『こうしてお前は彼女にフラれる』に続いて読むならきっとディアスの筆致に心和むだろう。

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20160907(Wed)

[][]タイガー・シュロフ伝説はここから始まった!?アクションロマンス映画『Heropanti』! タイガー・シュロフ伝説はここから始まった!?アクションロマンス映画『Heropanti』!を含むブックマーク タイガー・シュロフ伝説はここから始まった!?アクションロマンス映画『Heropanti』!のブックマークコメント

■Heropanti (監督:サッビール・カーン 2014年インド映画)

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この間観たタイガー・シュロフ君の主演映画、『A Flying Jatt』(2016)ホントに面白かったですね。前作の『Baaghi』(2016)もなかなかよかったし、「マコーレ・カルキン似のクセしてなかなかやるな」と思わせるものがありました。で、ここはデビュー作である2014年作『Heropanti』も観てみっか!と思ったんですが、それにしてもタイトル「広パンティ」ですか……まさかインドの『変態仮面』じゃないだろうな……("Heropanti"は"ヒーローっぽい"とかいう意味らしいです)。出演はタイガー君の他、ヒロイン役にクリティ・サノン、さらに悪党の親玉を『ダバング 大胆不敵』のプラカーシュ・"カエル顔"・ラージが演じていて、ここで既に期待値MAXですね!監督は『Baaghi』のサッビール・カーン。このヒトあの迷作『スタローンinハリウッド・トラブル』(2009)を撮ったヒトだったんだ!?

《物語》舞台はインドの小さな町。そこで地元の有力者チョウドリー(プラカーシュ・ラージ)の娘が結婚式中に別の男と駆け落ちしちゃう所からお話は始まります。「誰だ娘をかどわかした奴は!捕まえてキャンタマ捻り潰してやる!」怒り心頭に達したチョウドリーは配下の"やから"衆を集め、娘と逃亡したとみられる男の友人たちを次々に拉致、「吐けや!男の名前を吐けや!」とボコボコにしまくります。

その中には主人公バブルー(タイガー・シュロフ)もいましたが、屈強な肉体を持つ彼は拷問にも涼しい顔。「家帰ってプロテイン飲まなきゃならないからそろそろ逃げっか」と友人たちを連れ脱走しますが、その途中かつて一目惚れしたまま行方の分からなくなっていた女の子を見かけたからサア大変!「あのハクいチャンネーはここらに住んでたのか!?」彼女に見とれている間にバブルーたちは再び捕まってしまいます!しかし実はこの女の子、チョウドリーのもう一人の娘ディンピー(クリティ・サノン)だったもんですからお話はさらにヤヤコシイ方向へと向かうのです。

(注:文中のセリフは全てオレの妄想により捏造されたものです)

というわけでタイガー君のデビュー作「広パンティ」ですが、いやあ、やっぱタイガー君、顔キモイわあ……。ヒロインと見つめ合うシーンで二人の両目がアップで映されるシーンがあるんですが、タイガー君の目、これから獲物を飲み込もうとする爬虫類の目にしか見えません。ヒロイン飲み込んでどうするんだよタイガー・シュロフ!?その他のシーンでも意味も無く余裕綽々で、"地獄のミサワ"状態のマコーレ・カルキンとしか思えないんですよね。アクションもそつなくこなしていますが『Baaghi』や『A Flying Jatt』と比べるとまだまだ未知数といった感じで、筋肉もまだそんなに付いてないからイキがればイキがるほど"単なるクソ生意気なガキ"に見えてイラつかされます。でもこの頃からやっぱり踊りのキレはいい。

お話のほうもなんだかなあ、ってな感じです。娘を連れだした男を探し出す為、男の友人たちを尋問するのはまだ分かるとしても、長く監禁しても意味ないんじゃないかなあ。そして逃げ出したのに「惚れた娘が近所にいる」という理由で再び捕まっちゃうタイガー君、あんたはいいとしてもあんたの友達にとっちゃあいい迷惑じゃないかよ!?さらに「男と娘が潜んでいるアパートが見つかった!」ということで"やから"衆の皆さんはそのアパートに向かうんですが、そこにわざわざ拉致したタイガー君一行を連れてゆくのはなぜ?ところでこのタイガー君の3人の友達、なんだか「3馬鹿トリオ」といった風情で面白いんですが、これはきっとあの名作インド映画『きっと、うまくいく』のオマージュですね(んなわけない)

なんてことをモニター画面に向かってツッコミながら観てたんですが、とはいえこの前半のコメディ要素は結構悪くありません。そして中盤からはちょっと流れが変わってきて段々と面白くなってきます。それは娘を失った父チョウドリーの苦悩が描かれ始めるからなんですね。最初は単なる田舎者の陰険なクソ親父にしか見えなかったのですが、彼が娘を探すのは、単に家長としての顔に泥を塗られたということからではなく、いびつな形であるにせよ、そこには娘を愛し心配する親の心があった、ということが分かってくるんですよ。こんな揺れ動くクソ親父の心理をプラカーシュ・"カエル顔"・ラージは驚く様な幅のある演技で演じ切り、非常に見所です。

そして自分を拉致し暴力を振るわれたのに、主人公バブルーはチョウドリーに次第に同情し、お互いの心も近づいてゆくんですね。それは愛する女性ディンピーの父親であったこと、そしてチョウドリーは駆け落ちした娘同様、もう一人の娘ディンピーも心から愛していることを知ったからなんです。こうして後半はチョウドリーとバブルー、年代を超えた男同士の理解と歩み寄りといった形で物語が進んでゆくんです。そういった部分でこの『広パンティ』、前半のアクションとコメディとロマンス、さらに中盤からインドの名悪役プラカーシュ・ラージの熱演がいい具合に後押しして、なかなか滑り出しの良いタイガー君デビュー作となったんじゃないでしょうか。

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20160906(Tue)

[]最近ダラ観したDVDやらBlu-rayやら 最近ダラ観したDVDやらBlu-rayやらを含むブックマーク 最近ダラ観したDVDやらBlu-rayやらのブックマークコメント

パディントン (監督:ポール・キング 2014年イギリス映画)

パディントン [Blu-ray]

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モフ……モフモフ……。パディントン可愛い。パディントン可愛い。映画『パディントン』は主人公熊パディントンの可愛らしさをひたすら愛で萌え狂う為の物語である。物語の全てはそのパディントンの可愛さを引き立てるためだけに用意されたものである。パディントンが移民のメタファー?いやそれは分かる。しかしそれさえもパディントンという存在の背景に深みを与えるための装置に過ぎない。要するに"ハク付け"だ。だからそこだけクローズアップするのはパディントンの魅力を語っていることには全くならない。あと書くなら出演者もいいな。パパ役のヒュー・ボネヴィルはTVドラマ『ダウントン・アビー』でお馴染みだったから嬉しかった。対するニコール・キッドマンもなかなか狂った役で香ばしかった。イギリス製作なので全体的に紳士な雰囲気もよかったな。それと目をひいたのは本筋と関わりの無い妙にファンタジックな映像展開だ。地理学者協会の無意味にスチームパンクなビジュアルも楽しかったな。「海の向こうからやってきた熊(的なもの)」としてロシアアニメ『チェブラーシカ』もちょっと思いだした。もう兄弟作品ということでいい。だから『パディントン』に魅せられモフの地獄に堕ちた幸せ者は同時に『チェブラーシカ』も観てモフの沼にハマるといいのである。モフはいいよ。もう世界はモフだけでいい。

■SPY/スパイ (監督:ポール・フェイグ 2015年アメリカ映画)

リブート版『ゴーストバスターズ』で一躍注目を浴びたポール・フェイグ監督の前作。ありがちな(でも嫌いじゃないのよ)スパイ・アクションを冴えない(でも実は凄腕の)中年女性を主人公にすることで抜群のコメディに変えていた。この発想の転換がリブート版『ゴーストバスターズ』に生かされていたんだろうな。物語に登場する男性が基本的にバカか使えない、というのも『ゴーストバスターズ』と同様。それと同監督の『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』(2011)もやはり冴えない女性が主人公のコメディで、監督は最近流行りのCPがどうとかいう話以前に、こういう手法を好む人なんだな、と思った。それと『ゴーストバスターズ』を含むこの3作は全てメリッサ・マッカーシーの主演で、彼女がポール・フェイグ監督のミューズである、ということもできるのかもしれない。

■リザとキツネと恋する死者たち (監督:ウッイ・メーサーロシュ・カーロイ 2014年ハンガリー映画)

ハンガリーの不思議映画。どう不思議かというと70年代ブダペストが舞台なのに主人公のアラサー女性は日本に憧れていて、日本の昭和歌謡が好きで"トミー谷"なるアイドルに心酔しているのだが、そのトミー谷の亡霊がいつもふわふわその辺にいて歌を歌っている、と書いていてもなんだか訳の分からない作品なのである。しかもこのトミー谷の幻影は実は九尾の狐の変身した姿で、主人公女性の愛した男を次々にとり殺してゆくのだが、かといってホラーではなくファンタジーなのである。なおさらよく分からない。映画はビジュアルは面白いがお話も俳優の演技も淡々とし過ぎていて平板に感じるのだが、なんにしろこの変なセンスが楽しいのでこれでいいのかもしれない。変だ、とは書いたが、この物語の暗喩するものが容易に読み込み難いというだけで、ホントはいろんな意味合いの込められた物語なのかもしれないな。

ピンクパンサー2 (監督:ハラルド・ズワルト 2009年アメリカ映画)

もともとのブレイク・エドワーズ版が少しも面白くないシリーズで、このリブート版も興味が無かったのだが、インドの美人女優アイシュワリヤー・ラーイ(・バッチャン)が出演しているという話を聞き急遽観ることにした。いやー、アイシュ、いいっすねえ。インド女優が出て来るだけで画面が華やぎますねえ。そんな感じでリラックスして観ていると、泥臭く野暮ったいはずのギャグがなんだか「ええやん、ええやん」と許せるようになってゆき、結局これはこれで面白く観られたから不思議なものである。げにインド女優は偉大なり。

■ヴィクター・フランケンシュタイン (監督:ポール・マクギガン 2015年アメリカ映画)

ビデオスルー作品なれど驚くほど充実した英映画・TVファン垂涎の配役、主演J・マカヴォイの惚れ惚れさせる驚嘆の演技、原作を巧みに換骨奪胎したシナリオ、鬱蒼としたスチームパンクの薫り、全編に醸し出される同性愛の匂い、これは傑作ではないか。「モンスターがつまんなくてえ」とかいう声があるらしいがこれはフランケン博士がそもそもモンスターであるということだからこれでいいんじゃないかと思うぞ。

■タンク・ガール (監督:レイチェル・タラレイ 1995年アメリカ映画)

タンク・ガール [Blu-ray]

タンク・ガール [Blu-ray]

『マッドマックス 怒りのデスロード』がらみでポスト・アポカリプス世界のデステックな抗争を描いた『タンク・ガール』がBlu-rayで出るとかいうのでなんにも知らなかったがジャケットのふざけたチャンネーのビジュアルが良かったのでついつい買っちまった。なぜかナオミ・ワッツマルコム・マクダウェルが出ている。確かに怪作ではあるがイギリスのコミック原作だというセンスがよく活きていて面白く観られたな。でも一番面白かったのはBlu-ray封入の解説で、もうボロクソに書いてるのよ。商品解説がボロクソって逆に正直で清々しかったなあ。

クリード チャンプを継ぐ男 (監督:ライアン・クーグラー 2015年アメリカ映画)

映画『ロッキー』にはたいした思い入れも無いし全部観ているわけでもないけれども、なんとなく観た。ロッキーがジジイになってトレーナーやる、というジジイ展開が一人のジジイとして琴線に触れたのかもしれない。しかし途中まで観て「いやあ、スタローン監督上手くなったなあ」と思ったら監督別だったんだね。いやホント映画好きみたいなふりして映画なんにも知らないオレがここにいる。

■ミケランジェロ・プロジェクト (監督:ジョージ・クルーニー 2013年アメリカ映画)

ミケランジェロ・プロジェクト [Blu-ray]

ミケランジェロ・プロジェクト [Blu-ray]

森にハイキングに行った若者がミケランジェロの亡霊に追い回される、という『ブレアウィッチ・プロジェクト』パチモンPOV、ではなくてナチ略奪美術品を救え、という戦記モノだが、なんで観ようと思ったのか思いだせない。ジョージ・クルーニー特に好きでもないんだがな。特に印象に残ったのはケイト・ブランシェットの吹き替えが全然雰囲気が合っていない、というところだった。なんだあの町の果物売り娘みたいな声は。

ブリッジ・オブ・スパイ (監督:スティーヴン・スピルバーグ 2015年アメリカ映画)

冷戦下米ソのスパイ交換を描くスピルバーグ作品だが、スピルバーグの嘘くさいヒューマニズムと民主主義の描き方に半笑いを押さえられなかった話だったな。逮捕したのが例えソ連のスパイであろうと民主主義的に扱いますよ!弁護士もつけますよ!(キリッ)とか言って格好つけときながら、裏ではきっちり汚いことやってるダブスタぶりが愉快で、まあアメリカの見栄っ張りぶりを観察する映画なのだなあと思った。あと主人公の弁護士は自分の仕事をこなしただけで、ヒューマニズムとか関係ないと思うけどな。

■ドラゴン・ブレイド (監督:ダニエル・リー 2014年中国/香港映画)

冒頭いきなり「力を合わせて戦おう!」とかやられて申し訳ないんだが観る気を無くしてしまいDVD返却した。

■COP CAR/コップ・カー (監督:ジョン・ワッツ 2015年アメリカ映画)

COP CAR/コップ・カー [Blu-ray]

COP CAR/コップ・カー [Blu-ray]

マヌケな悪徳警官が頭の悪いクソガキ連中のせいで地獄に落とされるという話。まあなにしろ少しも可愛げのないクソガキ連中に苛立たされて、オレは自然と悪徳警官に感情移入した。クソみたいな仕事して手を汚しながらやっと貯めた小銭で自由に暮らそうとしたら皮も剥けてないバカガキに邪魔されるんだからもう警官哀れでたまんなかったわ。というかこんな題材ならコメディでいいよ。

ガンジー (監督:リチャード・アッテンボロー 1982年イギリス/インド映画)

ガンジー [Blu-ray]

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「インド映画好きとして一応映画『ガンジー』は観ておいたほうがいいのではないか」と思ったのである。この映画『ガンジー』、イギリスとインドの合作映画だから一応インド映画の端くれということにしてもいいのではないかと思う。内容はなにしろあのインドの両手ぶらり戦法byあしたのジョーこと無抵抗主義のガンジーの生涯である。でも調べたら無抵抗主義じゃ無くて非暴力主義が正しいんですよってネットに書いたあった。そもそも無抵抗主義というのは「実は主義ではなく、人類マグロ化計画の一環」なのだという。ネットって便利だなあ。とりあえず映画観てガンジーのことがあれこれ勉強にもなった。ガンジー若き日の南アフリカでの差別が彼の根本にあったことや「塩の行進」が押尾学の出所凱旋行進でないことも初めて知った。リチャード・アッテンボローはヌルい映画撮る人だがこの作品は素晴らしかったと思う。30万人というエキストラの数はギネスに載ったという。しかしこれは映画撮ってたら勝手に30万人ぐらい写っちゃいましたぁインド人大杉ってことなのではないのか。

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20160905(Mon)

[]ある日森を歩いていたら持っていたゴーストバスターズを湖に落としてしまったのである ある日森を歩いていたら持っていたゴーストバスターズを湖に落としてしまったのであるを含むブックマーク ある日森を歩いていたら持っていたゴーストバスターズを湖に落としてしまったのであるのブックマークコメント

ゴーストバスターズ (監督:ポール・フェイグ 2016年アメリカ映画)

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■ある日森を歩いていたら

ある日森を歩いていたら持っていたゴーストバスターズを湖に落としてしまったのである。「ああ、明日のブログネタにしようと思っていたあのゴーストバスターズが無いとブログが書けない……」オレが困っていると、なんと湖の精が現れ、オレにこう告げたのだ。

「あなたが落としたのはこのゴーストバスターズ?」

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「それともミニスカがセクシーなゴーストバスターズ?それともホットパンツがダイナマイツなゴーストバスターズ?」

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「うおおおおミニスカとホットパンツのチャンネーですオレの落としたのはミニスカとホットパンツのチャンネーです落としてなかったとしてもミニスカとホットパンツです早くミニスカとホットパンツください」

「……不正直者め!そんなお前にはこっちのむさ苦しいゴーストバスターズが履いていた使用済みパンツを毎日5トントラック山盛りで配達するから覚悟しなさい」

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「いやだあああああああ!!」

■リブート版『ゴーストバスターズ

というわけでリブート版『ゴーストバスターズ』をやっと観てきました。それにしても映画が始まって初めて自分が吹き替え版を観ていることに気付きました。まあ、どっちでもいいんですけどね。オレの映画への思い入れなんてこの程度です。吹き替え版だったせいなのか、エンドロールでは何故だか日本語のテーマソングが流れていました。あとで調べたらこんな人たちが歌ってたんですね。

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「今度は4人の女性が活躍する!」ということで話題になっていましたが、確かに性別を変えるだけでこんなに違った面白さになるんだ、と感心しました。監督ポール・フェイグの前作『SPY/スパイ』(2015)でもありがちなスパイ・アクションを冴えない(でも実は凄腕の)中年女性を主人公にすることで抜群のコメディに変えていたし、同監督の『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』(2011)もやはり冴えない女性が主人公のコメディで、監督は最近流行りのCPがどうとかいう話以前に、こういう手法を好む人なんだな、と思いましたね。それと『ゴーストバスターズ』を含むこの3作は全てメリッサ・マッカーシーの主演で、彼女がポール・フェイグ監督のミューズである、ということもできるのかもしれません。

映画それ自体も最新VFXがとても映えるテーマの作品で、ぬめぬめと妖しく光るゴーストやら奇怪なゴースト捕獲機械やらのビジュアルが目を楽しませてくれましたね。シナリオとセリフはちょっともたついていたかもしれませんが、もともとが大味な娯楽作品なのでこんなものでしょう。それよりも思ったのはこの映画、「女性が活躍する」だけではなく「男が全く使えない」というのがさらに面白いんですね。出て来る男出て来る男、みんな剣呑で陰湿で頭が悪くて性格の暗いヤツばかりでしたね。いや実際、男なんて剣呑で陰湿で頭が悪くて性格の暗いヤツばかりですよ。自分がそうだからよく分かるもん!

■オリジナルの『ゴーストバスターズ』の思い出

そういえば自分は結構な歳なもんですから、オリジナルの『ゴーストバスターズ』(1984)も劇場で観たクチなんですよ。ただ当時はTVの特番で見所と称して映画のストーリーや映像を殆ど全て垂れ流していたもんですから、そんなのを観てしまっていたばかりに実際映画館で観ても、最初から知っているお話を見せられるだけだからたいした面白く無かったんですよ。

昔はネットやそのクチコミなんて無かったですから話題作の宣伝はなにしろTV、あと雑誌、てな感じでしたね。で、どれもストーリーダダ漏れの内容で、下手したらラストの映像まで使ってネタバレしていましたね。でもあまり映画観ない一般の人の脳に「面白い!面白い!」と徹底的に擦り込まないとお客さんなんて来てくれなかったんでしょうかね。『ゴーストバスターズ』の時も一緒に観に行った友人が「最初はこんなで途中でこうなって最後なんかこうなっちゃうんだってね!とっても楽しみだなあ!」なんて感じでワクワクしてるんですよ。

これって今で言うと例えば『スターウォーズ フォースの覚醒』が「〇〇がXXで実は〇〇はXXだったりするし、なんと〇〇なんかXXするんだよ!いやこれは観なきゃ!」ってことと一緒ですよ。いや凄い時代でしたね。今こんなネタバレTVでやったらファンが暴動起こしますよね。でもこれが『マッドマックス 怒りのデスロード』だったら「いや、行って帰ってくるんだよ!これは観なきゃだね!」ということになりあまり被害は少なそうですね。

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20160902(Fri)

[][]弾よりも速く、力は機関車よりも強く!インドのスーパーヒーロー、フライング・ジャット登場!?〜映画 『A Flying Jatt』 弾よりも速く、力は機関車よりも強く!インドのスーパーヒーロー、フライング・ジャット登場!?〜映画 『A Flying Jatt』を含むブックマーク 弾よりも速く、力は機関車よりも強く!インドのスーパーヒーロー、フライング・ジャット登場!?〜映画 『A Flying Jatt』のブックマークコメント

■A Flying Jatt (監督:レモ・デスーザ 2016年インド映画)

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■インドのスーパーヒーローなんだ!?

バットマン、スーパーマンを擁するDCコミック。アイアンマン、キャプテン・アメリカを擁するマーベルコミック。その他その他、アメリカン・コミックのスーパーヒーローは枚挙にいとまがないが、わが愛するインド映画の世界にもスーパーヒーローは存在する。それは……

シャー・ルク・カーンの『ラ・ワン』!

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リティク・ローシャンの『クリッシュ』!

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ムケーシュ・カンナの『シャクティマーン』!

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アニル・カプールの『ミスター・インディア』!

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そんなボリウッド・スーパーヒーロー界に新たな名前が追加された。

その名は『フライング・ジャット』!!(やんややんや!)

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■鳥だ!?ヒコーキだ!?いやフライング・ジャットだ!?

というわけでインドのスーパーヒーロー映画『A Flying Jatt』を観てきました。ところでオレは英語力が相当に乏しい人間なんですがこのタイトル、なぜ冠詞が"A"なんでしょうか。タイトルは「空飛ぶシク教徒」みたいな意味だと思うんですが。誰かこっそり教えてください。

物語はなにしろスーパーなヒーローが悪を倒す!というもの。分かり易いですね。もうちょっと書くと、シク教徒たちの神木として崇められている木を切り倒そうとする悪徳企業に、神木のパワーを授かった青年が立ち向かうという訳です。インドだからでしょうか、ちょっと神懸かりなんですね。そしてこの物語の特徴的なところは、スーパーヒーローものなんですが相当笑える要素が持ち込まれている、という部分です。

では出演者を紹介。主人公の青年アマン、そしてフライング・ジャットに『Baaghi』(2016)、『Heropanti』(2014)のタイガーシュルロフ。ヒロイン・キルティに『Housefull 3』(2016)、『Brothers』(2015)のジャクリーン・フェルナンデス。アマンの母にアムリター・シン。悪徳化学企業社長マルホトラにケイ・ケイ・メノン。そしてフライング・ジャットの刺客として送られた凶悪なヴィラン・ラカを、なんと『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)のネイサン・ジョーンズが演じております!こりゃあ『MMFR』のファンも観なきゃだね!監督はコレオグラファーとして知られ『ABCD: Any Body Can Dance』(2013)、『ABCD 2』(2015)も監督しているレモ・デスーザ。

さてその配役たちのビジュアルを申しますと、マコーレ・カルキンをさらにヒネさせたようなスーパーヒーロー平野レミ似のカノジョを守るため、

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ちょっと色黒の近藤正臣率いる悪の軍団の最終兵器、ストロング金剛さんと一騎打ちをする、ということになっているんですね。

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……すいませんちょっと違います。(でもなんかみんな似てたんだよなあ)

■痛快無比かつインドテイスト溢れるヒーロー映画

脱線ばかりでお許しを。いや、あんまり面白かったもんですから、ついつい悪乗りしてしまいました。こんな愉快適悦!痛快無比!爽快至極!なインド映画も久方ぶりじゃないでしょうか。いやなんか今年のインド映画ってドキュメンタリーとかリアリズム路線とかどうもすっきりしない作品が多かったもんですから。そんな中、この『A Flying Jatt』は格別の面白さを誇っていました。それは、大人も子供も楽しめるシンプルなスーパーヒーローものだったからというのもあります。それも、ハリウッドのスーパーヒーロー映画とはまた違う、インド映画ならではの要素と楽しさを兼ね備えているんですよ。

この作品の大きな魅力はまずそのコメディ・センスにあります。それも言葉のギャグや泥臭いドタバタやお下劣さによるものではなく、「スーパーヒーローとかいうみょうちきりんなもの」それ自体の可笑しさです。そもそもスーパーヒーローなんてよく考えたら妙な存在です。人智を超えたパワーを持ってるけれど神でも悪魔でも無く人間なんです。だからフライング・ジャットは正義を行ったりもしますがとっても人間臭くで、ドジ踏んだり、忙しくでゲンナリしたり、「なんかオレ、けったいやわぁ」と神妙な顔をしたりもします。最初なんて空を飛べても地上1.5mぐらいを時速3、40キロでしか進まなかったりするスーパーヒーローですよ?家族が不死身なのを面白がってナイフでブスブス刺してくるんですよ?おまけにその家族がコスチュームにああでもないこうでもないとうるさく注文つけまくるんですよ?

そうそう、このフライング・ジャット、家族にスーパーヒーローだって顔バレしてるのもユニークなところですね。アメコミのヒーローは孤高だったり孤独だったりしますが、フライング・ジャットは母親から「あんた頑張んなさい!」とドヤされたり、弟から「コスチュームかっこいいから貸してよ!」とねだられたりとか、和気あいあいです。この辺インドの家族主義とかいうヤツなんでしょうが、逆に欧米の個人主義が介入していないからということもできます。アメリカのスーパーヒーローというのは西部開拓時代の根底に存在した自警団思想の変形であり、新訳聖書的な神の鉄槌の代弁者であるとも言えますが、インドはそんなの関係ありませんからスーパーヒーローの解釈も自ずと違ってくるわけです。そしてこの映画ではそれが、シク教徒の歴史性とそこに存在するアイデンティティであることが後に明らかにされ、ここで物語は一挙にただのお子様向け映画ではない凄みを増してくるのです。

■主演のタイガー・シュロフの魅力

そしてなんといってもこの作品を素晴らしいものにしているのは主演であるタイガー・シュロフの魅力でしょう。いや、ルックスはなにしろマコーレ・カルキンに筋肉増強剤を20リットルぐらい投与したらこんなになりましたあ、ってな風情なんですけどね、身体能力がハンパないんですよ。タイガー君の前作『Baaghi』(2016)でもまるで香港アクションやタイ・アクションを見せられているような凄まじくキレのいいアクションを見せてくれて惚れ惚れしましたが、今作ではなんとブルース・リーのマーシャル・アーツで勝負するんですよ!まあ実際どこまでモノホンのマーシャル・アーツなのかオレは分からんのですが、主人公アマンは学校で武術教えてるし部屋にはデカデカとブルース・リーのペインティングしているし、すっかり成り切っているのは確かですね。ものその動きの素早さ体のしなやかさ、今インドでこれだけのアクションを繰り出せるのはひょっとしたらタイガー君が一番かもしれません。

そしてその身体能力の高さに裏打ちされたキレッキレ踊りですね。踊りの上手さ、というよりも格闘家ならではの筋肉の俊敏さが踊りを際立たせているんですね。しかも今回はコレオグラファーでもあるレモ・デスーザが監督しているわけですから、画面に登場する踊りが楽しくない訳がないではありませんか。踊ってよしアクションよし、さらに今作ではコメディまでキッチリこなし、これはもうインド映画界の新たなスターの誕生と言わざるを得ません。ウィークポイントだったマコーレ・カルキン似のルックスも、出演作を重ねるごとにどんどん男臭くなり、そんな男臭さの中から時折見せる笑顔がまた可愛いんですよ!ただまあ甘いマスクってわけではありませんのでロマンスものには向かないとは思いますが、そんなのは他のインド男優に任せて、ここは徹底的にアクション・スター(とたまにコメディ)としてインド映画界で頑張って欲しいですね!

■(余談)ところでムケーシュ・カンナの『シャクティマーン』ってナニ?

ところで冒頭にインド映画界のスーパーヒーローを並べましたが、その中の"ムケーシュ・カンナの『シャクティマーン』"に「これナニ?」と思われた方もいらっしゃったんじゃないでしょうか。この『シャクティマーン』、実は1997年から2005年にかけてインドの全国ネットTVで放送された、インドでは知らない者がいないという超人気スーパーヒーロー番組なんですね。どうですか?興味が湧きませんか?この『シャクティマーン』、そしてインドのスター・ウォーズと呼ばれる『アーリャマーン』についてオレが解説しまくった同人誌が発売されています!いや実は暗黒皇帝は同人誌でインド(TV)映画の文章を発表していた!?

掲載されているのは「映画評同人誌 Bootleg」の「あなたの知らない映画カタログ」号、その中で「インドTVのスーパーヒーロー」というタイトルでオレが書いています。その他2本のインド映画コラムも書いてるよ!興味の湧いた方、読んでみたいと思われた方は新宿ビデオマーケットで絶賛発売中ですので是非ご購入の程を!

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『A Flying Jatt』トレイラー

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このプロモビデオも可愛いです。

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20160901(Thu)

[][]インドに蔓延する麻薬禍を描く問題作〜映画『Udta Punjab』 インドに蔓延する麻薬禍を描く問題作〜映画『Udta Punjab』を含むブックマーク インドに蔓延する麻薬禍を描く問題作〜映画『Udta Punjab』のブックマークコメント

■Udta Punjab (監督:アビシェーク・チョーベイ 2016年インド映画)

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映画『Udta Punjab』はインドのパンジャーブ州に蔓延する麻薬禍をテーマにした社会派娯楽作品だ。主演は『Haider』(2014)、『R... Rajkumar』(2013)のシャーヒド・カプール、『Bajrangi Bhaijaan』(2015)、『きっと、うまくいく』(2009)のカリーナー・カプール、『Kapoor & Sons』(2016)、『スチューデント・オブ・ザ・イヤー 狙え!No.1!!』(2012)のアーリヤー・バット、パンジャビー映画出身でシンガーでもあるディルジート・ドーサンジ。監督は『Ishqiya』(2010)、『Dedh Ishqiya』(2014)のアビシェーク・チョーベイ。また、プロデューサーには『Raman Raghav 2.0』(2016)、『Gangs of Wasseypur Part1,2』(2012)のアヌラーグ・カシュヤプが名を連ねている。この作品はそのテーマから物議を醸し、インド映画検定中央委員会との間で裁判沙汰が起こったということが話題になった。

薬物乱用描いたインド映画と「言論の自由」:日本経済新聞

麻薬問題を扱った映画の公開を許可 ボンベイ高裁:日刊インド経済

詳しいわけではないがインドとドラッグはそれほど無縁なものではなく、特に大麻はおよそ紀元前2000年から宗教的意義やその薬効から一般的に用いられてきたというし*1、バングラッシーと呼ばれる大麻入りラッシーが一般的に売られ、それを飲んだという旅行記を読んだこともある。映画では外人旅行客の多いゴアでのドラッグ・パーティーを舞台にした『インド・オブ・ザ・デッド』(2013)という作品があるが、都市部の麻薬の実体は『Dev.D』(2009)あたりでもその一部が描かれていたりする。以前読んだ『インド人の謎』では、北インドの観光地クッルー〜マナーリーが世界でも指折りの麻薬の生産・流通地であり、イスラエル人旅行者たちがここで麻薬に溺れ地元の文化を破壊しつつある様が言及されていた。インドと麻薬で一番好きな話はジャンキー作家ウィリアム・S・バロウズがインドの宿屋でモルヒネを打ち続け、ベッドに横になったまま1年だか1ヶ月だか靴の爪先だけ見ていたという話だな。

さて、この物語では4つの軸で展開しながらそれぞれが次第に合流しインドの麻薬問題を明らかにしてゆく。

・コカインに溺れるロックスター、トミー・シン(シャーヒド・カプール)の物語。麻薬服用により彼の行動は次第に常軌を逸してゆく。

・パキスタンから持ち込まれた3kgものヘロインを偶然拾った農家の娘(アーリヤー・バット)の物語。彼女は麻薬を売りさばこうと街へと出掛ける。

・弟が麻薬の過剰摂取で病院に病院に担ぎ込まれた2級警官サルタージ(ディルジート・ドーサンジ)の物語。この事件により彼は麻薬組織の捜査を始める。

・麻薬リハビリセンターに勤め活動家でもある医師プリート(カリーナー・カプール)の物語。彼女は診療所で警官サルタージに捜査協力を依頼される。

つまりそれぞれが「麻薬常用者」、「麻薬売買に手を染めた者」、「麻薬捜査」もしくは「家族が麻薬被害に遭った者」、「麻薬患者を治療する者」となっており、"麻薬"を中心としてそれに関わった者たちの様々なドラマを見せてゆくことになる。そしてクライマックスに「麻薬売買の中心的な元締め」に肉薄しつつ、彼らがその果てに何を見出したか・あるいは失ったかを描いてゆく、という構成になっている。こういった構成であるために、上映時間は2時間28分と大変に長い。インド映画の長いのは心得てはいるが、このテーマでこの尺は少々欲張り過ぎたのではないか、と少々思う。

しかも、「インドの麻薬問題」という重々しいテーマを2時間半見せられるのかと思っていたら、前半は意外と緩い展開で、時折笑いを醸す滑稽なシーンまである。ロックスターのトミーは単なるお道化者にしか見えないし、アーリヤー演じる農家の娘も軽はずみな少女だし、サルタージのオーバードーズした弟もやはり迂闊な少年だし、サルタージとプリートのロマンス展開に至っては「なんじゃこりゃ」と思わされてしまう(実はこのロマンス展開が後半に生きる)。物語にバラエティの幅を持たせたかったのだろうが、この前半は緊張感に満ちた部分とそうではない部分の差がありすぎて、作品のカラーにどうにもちぐはぐさを感じさせてしまう。

しかしこれが後半に入り4つの軸がひとつに収束してゆくにつれ、やっと物語の目指すところが見えてくる。製作者はこれを狙ったのだろうが、それにしても前半がバラケ過ぎのように感じる。この辺、インド映画お得意の「なんでもアリ」を廃してもっとストイックな演出を心掛けたほうが全体が締まった筈ではないだろうか。最近のシネコンを主軸としたタイトなインド映画作品を多く見るようになっているとどこか歯痒いものを覚えてしまう。これは情念重視の監督アビシェーク・チョーベイの資質がリアリズム重視の製作者アヌラーグ・カシュヤプの意図する所とどこか乖離していたせいでもあるのではないだろうか。

それと巨悪の根源である筈の麻薬の大元締めがその辺の田舎ヤクザにしか見えないところがなんだか拍子抜けだった。パンジャーブとメキシコを並び比すぐらいならメキシコ麻薬カルテルのマフィアぐらいに凶悪な存在を期待していたのだが。映画『Udta Punjab』は話題作であり問題作であり、インドの社会問題に切り込んだ野心作ではあるが、今一つ詰め方に甘いものを感じた。やっぱここはアクシャイ・"軍人顔"・クマールを主人公にして、『Baby』(2015)みたいな血で血を洗う抗争を描いた物語にしてくれたほうが溜飲が下がったような気がするのだが。アヌラーグさんそういうの好きそうだから作りゃあいいのに。

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