Hatena::ブログ(Diary)

メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20170227(Mon)

[][]コッポラ作品『ゴッドファーザー』を原案としたインドの暗黒街物語〜映画『Nayakan』 コッポラ作品『ゴッドファーザー』を原案としたインドの暗黒街物語〜映画『Nayakan』を含むブックマーク コッポラ作品『ゴッドファーザー』を原案としたインドの暗黒街物語〜映画『Nayakan』のブックマークコメント

■Nayakan (監督:マニ・ラトラム 1987年インド映画)

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已むに已まれず警官殺しをしてしまった少年が成長し、暗黒街の顔役にのし上がってゆく。映画『Nayakan』は『ボンベイ』(1995)、『ディル・セ 心から』(1998)で知られるマニ・ラトラム監督により1987年に公開されたテルグ語映画である。

この作品の見所はマリオ・プーヅォ原作、フランシス・フォード・コッポラ監督により製作された映画史に残る名作、『ゴッドファーザー』を原案として製作されているということだろう。また同時に主人公はボンベイに実際に存在したマフィアのドン、Varadarajan Mudaliarの生涯をもモデルにしているという。主演はタミル語映画界ではラジニカーントと並ぶ別格的存在カマラ・ハーサン。作品は公開後評論家に絶賛をもって受け入れられ、1988年にヴィノード・カンナー主演のヒンディー語リメイク『Dayavan』、1999年にヒンディー語吹き替えバージョン『Velu Nayakan』がリリースされている。また、米「タイム」誌による「映画オールタイムベスト100作品」の中に数えらた作品でもある。

《物語》南インド。活動家の父を目の前で警官に殺された少年サクスヴェルは、報復としてその警官を刺し殺し、密輸業者フセインを頼ってムンバイへと逃亡する。成長したサクスヴェル(カマラ・ハーサン)はフセインから密輸業を受け継いでいたが、スラムで横暴を働く警官たちに果敢に抵抗する彼は次第に貧しい人々の信望を集め、「ナヤカン(英雄)」と呼ばれるようになっていった。結婚し、いつしか暗黒街の顔役として君臨していたサクスヴェルだが、ある日敵対する密輸業者の襲撃を受け妻を亡くす。サクスヴェルの娘チャルマティは母の死は父がマフィアであることが原因だと知り、彼の元から去ってしまう。数年後、ムンバイに新しい警視監(ナサール)が赴任し、サクスヴェルらマフィア一掃に乗り出す。だがその警視監の妻は、サクスヴェルの娘チャルマティだった。

インド版『ゴッドファーザー』と呼ばれるこの物語、『ゴッドファーザー』とどう似ていてどう違うのかを気にして観てしまった。似ている部分、というとやはり主人公サクスヴィルを演じるカマラ・ハーサンがマーロン・ブランド演じる『ゴッドファーザー』の主人公、ビトー・コルレオーネになり切っていることだろう。この『Nayakan』では主人公サクスヴィルの少年期・青年期・老年期を描いてゆくが、この老年期のサクスヴィルの容貌が、ビトー・コルレオーネを模したものになっているのだ。

白髪交じりの頭髪は後ろに撫でつけられ、口髭を生やし頬には『ゴッドファーザー』におけるマーロン・ブランドの如く含み綿をし、さらに低いしゃがれ声で喋る。もはや形態模写状態なのだが、これが観ていて妙に楽しい。その出自にしてもビトー・コルレオーネが両親を殺されイタリア移民としてアメリカに渡り犯罪行為に手を染めたように、父親を殺されたサクスヴィルは南インドから遠くムンバイへと渡る。マフィアとなってからは人々の非合法な願いを聞き入れる。そしてもちろん「ゴッドファーザー」らしく子供の名付け親にもなるのだ。

ゴッドファーザー』と違う部分、というのがこの作品の独自性であり、テーマとなるものである。ビトー・コルレオーネは同じイタリア系移民への便宜を図り、そして家族=ファミリーの結束を第一義に考えたが、それは即ち「同朋の血」を重んじてのことだった。それに対し『Nayakan』でサクスヴィルが暗黒街のドンとなれたのは、まず貧しい人々のコミュニティにおいて絶大な支持を得られたからであり、それは権力に対する強烈な不信と怒りを直接的に表明したからであった。いかに彼の稼業が非合法のものであろうと、まず彼は民衆の英雄=ナヤカンだったのだ。『ゴッドファーザー』がアメリカ移民の歴史性についての物語だったとすれば、この『Nayakan』は貧富の差が激しいインドにおける、低下層の民衆たちのその苦しみと願いを描こうとしたものではなかったのだろうか。

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20170224(Fri)

[]大映妖怪3部作を観た。 大映妖怪3部作を観た。を含むブックマーク 大映妖怪3部作を観た。のブックマークコメント

「大映妖怪3部作」とは『妖怪百物語』(1968)、『妖怪大戦争』(1968)、『東海道お化け道中』(1969)の3作を指す映画作品で、タイトル通り"妖怪"が物語の要となって描かれている。なんで今「大映妖怪3部作」なのかというと、これは単なる個人的ノスタルジーである。1968年公開の『妖怪百物語』は実は子供の頃劇場で観ていたりしていたのだ。それと、去年の暮読んだ京極夏彦の長編小説『虚実妖怪百物語』が大変素晴らしい作品だった為、気分的に"妖怪"がキテいたのである。そんなわけで『ガメラ』『大魔神』でお馴染みの大映特撮を駆使した(?)「大映妖怪3部作」をちょっと紹介してみよう。(参考:妖怪シリーズ - Wikipedia

■妖怪百物語 (監督:安田公義 1968年日本映画)

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1968年公開のこの映画を劇場で観たオレは1962年生まれだから6歳ぐらいだったのだろう。当時は妖怪ブロマイドや妖怪プラモデルを買ったことを懐かしく思いだした。そしてこうして50年振りぐらいに観直してみると、なんと物語を全然覚えていない。妖怪が出ているのは流石に覚えていたが、観直して「こんなお話だったのか!」と驚いたぐらいだ。そのお話はと言うと悪徳代官とつるんだ阿漕な大家に長屋の住人たちが無理矢理立ち退かされることになり、そのうち殺人事件まで起こって住民たちの憤懣遣るかたないところに祠を壊された妖怪たちが現れ……というもの。実際妖怪たちはただ現れるだけで悪さや復讐の手助けをするわけではないが、心やましい悪人たちは妖怪の姿に恐怖に駆られ勝手に自滅してゆくのである。いうなれば勧善懲悪の物語なのだが、つまりは悪事を成した者には必ず祟りが起こる、ということなのだ。ただし現実的には正しい人間がきちんと悪事を追及し事を収めることになる。全体的に大人でも楽しめる通俗時代劇の構成を成しており、この頃の大映の志の高さがうかがわれる。妖怪の造形は今見ると稚拙ではあるが、これはこれで味わい深いということにしておこう。そしてクライマックスの"百鬼夜行"の光景がなにより圧巻であり、きちんと「妖怪物語」として〆るのである。(参考:妖怪百物語 - Wikipedia

妖怪大戦争 (監督:黒田義之 1968年日本映画)

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その続編となるこの『妖怪大戦争』、これも実は当時劇場に観に行ったのだが、子供だったオレは冒頭数分で気持ち悪くなり、映画館を出てしまっただけでなくゲロッてしまった思い出がある。だから実のところ観ていないというのが正しい。今観ると別にゲロるほど気持ちの悪い作品でも何でもないんだが、なにしろ当時のオレは大変な怖がりだったということなのだ。お話は古代バビロニアの吸血妖怪ダイモン(原典は無く創作らしい)が甦りなぜだか日本に来て日本を征服せんと企むのである。そこへ日本妖怪集団が登場し、ダイモンを懲らしめようと力を合わせるのだ。前作では殆ど喋らなかった妖怪たちがこの作品では喋くりに喋くりまわり、しかも関西弁や九州弁まで登場するのだからとても楽しい(その妖怪の言い伝えのある土地の方言ということらしい)。また前作ではどちらかというと背景だった妖怪たちがこの作品では主役となって暴れまわり、その分視聴年齢設定は若干下がった作品だということが出来るが、だからこその面白さがこの作品にはある。そして興味深かったのはこの作品とホラー映画のマイルストーン、ウィリアム・フリードキン監督作『エクソシスト』(1973)との夥しい共通点だ。ダイモンの出現地古代バビロニアとは『エクソシスト』の悪霊パズズの発掘された現イラクのことであり、それら悪霊が海を隔てた馴染の無い土地の人間に取り憑く、という流れも一緒だ。そして『エクソシスト』における悪魔憑きリーガンがキリストを冒涜したように、『妖怪大戦争』においてはダイモンの取り憑いた代官が神棚や仏壇を破壊するのである。妖怪の一人がダイモンを成敗するのに「俺に取り憑け!」とやる部分は『エクソシスト』クライマックスと合致する。映画ではダイモン対日本妖怪軍団の熾烈な戦いが描かれ特撮好きはにんまりすること至極だろう。(参考:妖怪大戦争 (1968年の映画) - Wikipedia

■東海道お化け道中 (監督:安田公義 1969年日本映画)

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「大映妖怪3部作」のラスト作品に位置づけられる作品ではあるが、実は今回『妖怪百物語』『妖怪大戦争』をまとめて視聴しようと調べた時に初めて存在を知った作品であり、それまで「3部作」であったことすら知らなかった。タイトルはどことなくコミカルだが、内容自体は『妖怪百物語』を思わせる通俗時代劇に妖怪を絡めてみせたお話になっている。物語の中心となるのはある理由からヤクザに追われる幼女が、まだ見ぬ父を探し様々な人に助けられながら東海道を旅してゆくというものだ。いわゆる股旅ものであり、人情と殺陣がたっぷり盛り込まれた外連味溢れる大衆娯楽時代劇として完成している。この王道の物語展開はあたかも日本の伝統芸のごときであり、逆に全く古さを感じさせない。そしてそこにヤクザに祠を壊された妖怪たちの怒りが絡んでくるという訳だ。妖怪の登場シーンはこれまでで最も少ないようだが、アクセントとして効果的であったように思う。そして全2作がどちらかというとどんよりと湿気の多い暗さのあった作品だったところを、道中の自然や街道町が多く描かれるこの物語はどこか風通しがよく明るい雰囲気がある。物語も明快で歯切れがいい。さらにこの時代の日本俳優の顔がいい。自分は誰が誰と言うほど名前は知らないのだが、ヤクザの面構えも善人の凛とした表情もどれも惚れ惚れする顔付であった。(参考:東海道お化け道中 - Wikipedia

yoyoshi yoyoshi 2017/03/01 21:02 「妖怪百物語」を大昔テレビ放映で見たのですが長屋の浪人が格好良かった。百鬼夜行は細部まで作り込んでありました。CGじゃないんですものね。4月に遂に「ブルーマーズ」が出ますが「レッドマーズ」から20年近く経ってます。全部復刊して欲しい!

globalheadglobalhead 2017/03/01 21:23 え、ブルーマーズ出るんですか?!(呆然

馬の骨馬の骨 2017/07/25 14:54 妖怪百物語、祠を壊される場面なんてありましたっけ?
自分の記憶では、怪談話を(口実に悪事の根回し)した後に締めとしてやらねばならないお祓いを(目的は金儲けだし)しなかったのが、そもそも妖怪の怒りを買ったのが原因かと。
結局のところ、悪者たちと障害者の若旦那を除いては、誰ひとり妖怪を認識してないんですな。
あの隠密にしても、悪代官が一人芝居みたく刀を振り回して狂ったようにしか見えなかった訳で。
だから妖怪なしの、普通の時代劇としても十分完成された作品だと思います。
最後の百鬼夜行のシーンで、ホラー小話と時代劇の二つの話が合流する、何んとも不思議な映画でした。

馬の骨馬の骨 2017/07/25 14:54 妖怪百物語、祠を壊される場面なんてありましたっけ?
自分の記憶では、怪談話を(口実に悪事の根回し)した後に締めとしてやらねばならないお祓いを(目的は金儲けだし)しなかったのが、そもそも妖怪の怒りを買ったのが原因かと。
結局のところ、悪者たちと障害者の若旦那を除いては、誰ひとり妖怪を認識してないんですな。
あの隠密にしても、悪代官が一人芝居みたく刀を振り回して狂ったようにしか見えなかった訳で。
だから妖怪なしの、普通の時代劇としても十分完成された作品だと思います。
最後の百鬼夜行のシーンで、ホラー小話と時代劇の二つの話が合流する、何んとも不思議な映画でした。

20170222(Wed)

[]『クレイジー・ジャーニーVol.4』を観た。 『クレイジー・ジャーニーVol.4』を観た。を含むブックマーク 『クレイジー・ジャーニーVol.4』を観た。のブックマークコメント

クレイジージャーニー Vol.4 [DVD]

独自の視点や強いこだわりを持ち世界を巡る「クレイジージャーニー」が特異な体験を語る伝聞型紀行バラエティ第4巻。佐藤健寿のエチオピア撮影旅や、リヤカーを引いて世界中をひたすら歩く「リヤカーマン」こと永瀬忠志らに密着する。

世界を股に掛けて「イっちゃってる旅」を紹介するTV番組『クレイジー・ジャーニー』のDVD第4弾である。今回もこれまで以上に強力な"クレイジー・ジャーニー"が紹介されていて面白かった。

今回のDVD収録はイベント映像も含めて8編。

◎Disc:1

・"奇界遺産"佐藤健寿が紹介するエチオピアの「地獄の入り口」「ハイエナマン&謎の老人」

・【リヤカーを引いて地球を歩き倒すリヤカーマン】⇒ 永瀬忠志

・DVD発売イベント映像。

◎DISC:2

・丸山ゴンザレスによる「メキシコ麻薬戦争」前・後編

・"北極点無補給単独徒歩"に挑み続ける男・荻田泰永

・「クレイジージャーニー」+「王様のブランチ」による番組裏話

お馴染み"奇界遺産"佐藤健寿が紹介するのはエチオピアにあるエルタ・アレ火山の「地獄の入り口」。煮えたぎる溶岩が5メートルの近くで見られるという火山の光景も凄いが、地面から噴き出した酸や硫黄や鉱塩が黄色や緑の毒々しい原色で地面を覆い尽くすダロル火山地帯の情景は気の狂った超現実主義絵画の様相を呈していて息を吞ませられる。続く「ハイエナマン&謎の老人」は、まあ、おまけみたいな映像。それにしても毎回思ってるが佐藤健寿って細身でひょうひょうとしているし意外とかっこいいしお洒落なのな。あれは女性ファンつくだろ。 

奇界遺産「地獄の入り口」エチオピアに地獄が集中してる NAVERまとめ

もう一人の常連・丸山ゴンザレスの前後編に渡る「メキシコ麻薬戦争」は、まあタイトル通りの内容ではあるがTVバラエティで放送できる程度のお手軽レベルではあるな。ゴンザレスは地元の自警団の案内で麻薬戦争がらみの場所を案内してもらうが、あくまでも自警団サイドの案内であり、諸悪の根源たる麻薬カルテルの関係者と接触したりするわけではないのだ。でもたまに死体が写ったりして盛り上がるし、不穏な空気は十分伝わってくるかな。それにしてもゴンザレスは愛想よさそうに見えて結構目が座ってて、それなりに根性ありそうだよな。 

メキシコ麻薬戦争 - Wikipedia

そして41年もの年月を掛け、リヤカー牽いて世界を旅する男・永瀬忠志!その歩いた総距離は地球一周を既に超える47000キロ以上!もう「飲んだビールが5万本・吸った煙草が5万箱」の「五万節」状態!なんでリヤカーなのか全然分かんないところがまさに「クレイジージャーニー」!なんで旅してるのか本人も分からないとか言ってるところも「クレイジージャーニー」!なにもかもなんだか分かんないのだが、なんだか分かんないけどとりあえずカンドーさせられる!この人は膨大な年月と労力を掛け、とりたてて意味の無いことでとんでもない偉業を打ち立てた、というある種「異能」の人なんだよな。 

永瀬忠志プロフィール!リヤカーマンの実績と職業や家族も紹介!

最後に紹介するのは今まで観た「クレイジージャーニー」で最強&最狂なんじゃないかと個人的に思った"北極点無補給単独徒歩"に挑み続ける男・荻田泰永!えー、"北極点無補給単独徒歩"ってなんだか呪文みたいな言葉ですが、この荻田さん、カナダ最北端から氷の張った北極海を北極点を目指し徒歩で踏破する、しかも途中一切補給無し、という冒険の旅を続けている人なのだ。順調にいけば最大50日で800キロの行程なのだが、なにしろ海氷なので裂け目があったり山のように立ち上がった乱氷帯があったりで決して直線距離で行くことができない。しかも橇に積んだ荷物は100キロ、気温はマイナス50度、さらにホッキョクグマ襲撃の危険まであるのだ!おまけに前進したと思ったら乗っている氷が流されて北極点から遠ざかっているという、もう「賽の河原で石を積む」ような状態!!実はこれまで何度も挑戦しつつ北極点到達は成されておらず、現在も挑戦中なのだという。いやあ……死と隣り合わせというか、常人なら簡単に死ぬ冒険と言うか、まあ常人は普通やろうとも思わないというか……。そしてこんな過酷な冒険を、荻田さんは「死にそうで大変だからこそやる」のだという。もうこれマゾだよな……。でもリヤカーマン永瀬さんもそうだけど、「何だか分かんないけど、でもやるんだよ!」という「クレイジー」さは最高の強力さだよな!とりあえずオレは感嘆したよ! 

北極冒険家 荻田泰永(N.A.P.所属)遠征ホームページ

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20170220(Mon)

[]最近読んだコミック 最近読んだコミックを含むブックマーク 最近読んだコミックのブックマークコメント

ヘルボーイ:地獄の花嫁 / マイク・ミニョーラ

マイク・ミニョーラの大傑作オカルト・コミック『ヘルボーイ』、この巻で一応のラストであるらしい。正確には前回刊行された『ヘルボーイ:疾風怒濤』がヘルボーイ・サーガの大団円となり、この『地獄の花嫁』は『疾風怒濤』以前のヘルボーイの活躍を辿った短編集の形となっている。6作が収められているがミニョーラがグラフィックを描いたのは1作のみ(『ウィッティア家の遺産』)で、あとは原作に留まりグラフィックは別アーチストが描くことになる。これら別アーチストの手になる作はミニョーラ原作の雰囲気を上手く伝えてはいるが、アーチストにより若干クオリティが低いのがちょっと残念。とはいえミニョーラ自体もどんどん抽象化の進んだグラフィックへと変貌してきているので、この辺は良し悪しだな。その中ではヘルボーイ・ミーツ・ルチャリブレという展開を見せる『ヘルボーイ・イン・メキシコ 酔生夢譚』がなにしろユニーク。そしてタイトル作『地獄の花嫁』は古代イスラエル王ソロモンにまで遡るおぞましい呪いを描いた重厚な作品であり、さらにキリスト教によって邪教として圧殺されたある豊かなコロニーの悲劇を描いている点で読み応えがあった。ただグラフィックがなあ……。なお"ヘルボーイ・シリーズのラスト"とは書いたが、実はヘルボーイが故郷である地獄を巡る『ヘルボーイ・イン・ヘル』という新章が新たに始まるらしい。

■ラストマン(4) / バラック, ヴィヴェス, サンラヴィル

ラストマン 第4巻 (EURO MANGA COLLECTION)

ラストマン 第4巻 (EURO MANGA COLLECTION)

異世界格闘ファンタジーとして始まったバンドデシネ『ラストマン』だが、巻を重ねるごとにその様相は刻々と変化し、その予測の付かない展開の仕方に作者チームの並々ならぬ野心と才能をうかがうことが出来て、そういった部分が非常に楽しめるコミックなんだよな。この4巻では現代社会としか思えない都市を舞台に主人公母子・アドリアンとマリアンヌが、彼らを捨てた男リシャールと対面することになるが、そこからがまた驚く様な展開で、またもやにんまりとさせられるのだ。とはいえ「格闘ファンタジー」という骨子はきっちり守っていて、しかもそれがどんどんと凄みを増していく辺り、いやあホント続巻が楽しみ過ぎるコミックだなあ!

ダンジョン飯(4) / 九井諒子

ダンジョンに潜り魔物を倒しながらそれを料理してゆく、というユニークなファンタジー・コミック『ダンジョン飯』、いよいよ冒険のそもそもの目的だった"ドラゴン討伐"の回に突入。で、これでお終いかな?と思ったらまたまた新たな伏線が飛び出してまたもや面白くなってきそう。前回辺りから「モンスター料理」といったコンセプトは薄れてきているのだが、ファンタジー物語として十分こなれてきていてこれはこれでOK。

■プリニウス(5) / ヤマザキマリ, とり・みき

古代ローマに実在した博物学者プリニウスの足跡を辿るコミック『プリニウス』、十分面白いんだが作者であるヤマザキさんととりさんのストーリーテリングのバランスがどうもまちまちで、お互いちょっと遠慮しながら製作してるんではないかなあ、という気がしないでもない。そういう部分で展開の仕方に時々"むら"を感じるんだが、この5巻ではいい具合に両者ノリながら描いているように感じ、物語も佳境に入ってきたのであった。

■ダーリンは71歳 / 西原理恵子

ダーリンは71歳 (コミックス単行本)

ダーリンは71歳 (コミックス単行本)

『ダーリンは70歳』に続きサイバラ+高須院長カップルの熟年の恋を面白おかしく時には切なく描く『ダーリンは71歳』、今回もとどまる所を知らぬサイバラ節が全開だが、この『71歳』ではサイバラのラブラブデレデレぶりがさらに加速し、いつも怪気炎を上げているあのサイバラがどことなく乙女チックになっている所が実に微笑ましい。同時に高須院長の傑物ぶりを示すエピソードもあれこれ盛り込まれ、まあネットじゃあれこれ言う人もいるけど、なんせ基本は爺さんなんだし、それにしちゃあたいした人だと思うけどなあ。

いぬやしき(8) / 奥浩哉

いぬやしき(8) (イブニングコミックス)

いぬやしき(8) (イブニングコミックス)

宇宙人に肉体を改造され、不死身の超兵器となった爺さん・犬屋敷と、青年・獅子神とが善と悪に分かれて戦うコミック『いぬやしき』、この両者のガチバトルがいよいよ展開する巻となったが、例によって奥浩哉独特の精緻に描かれた都市の情景をばんばん見開きで使い、相変わらずスピード感溢れる展開を観ることが出来る。というかそれだけのコミックでありストーリーは甚だ薄っぺらいのだが、そういうもんだと割り切って読めば楽しめる。

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20170217(Fri)

[]韓国・中国・ベトナム・日本の「怪しい彼女」を観比べてみた 韓国・中国・ベトナム・日本の「怪しい彼女」を観比べてみたを含むブックマーク 韓国・中国・ベトナム・日本の「怪しい彼女」を観比べてみたのブックマークコメント

映画『怪しい彼女』は70歳にならんとする頑固ババアが不思議な写真館に立ち寄ったことにより20歳の娘の姿へと生まれ変わり、様々な騒動を巻き起こす、という物語である。一種のファンタジーではあるが、老いるということ、家族の在り方、女というものの人生、それらが交錯した非常に優れたシナリオを持つ作品として完成している。もともとは2014年に『수상한 그녀(邦題:怪しい彼女)』として韓国で製作され社会現象となるほど大ヒットを飛ばした作品であり、その後中国、ベトナム、日本でもリメイクされるほどであった。その勢いは止まらず、インドネシア、タイ、インド、さらにドイツ、アメリカでもリメイクの話があるらしい(個人的にはインド版が超楽しみ)。

そんな『怪しい彼女』のオリジナル+リメイク作4本を見比べようと思ったのは、「アジアの4つの国で一つの物語モチーフを展開するとどういった差異が出るのだろう?それぞれの国の"アジアの情緒"はどのように違いどのように発露するのだろう?」という興味があったからだった。アジア映画と言うと大して見てもいないくせに情緒性だと勝手に思い込んでいるオレはそこに注目したかったのである。

各国版『怪しい彼女』との比較動画公開!映画『あやしい彼女』

■怪しい彼女 (監督:ファン・ドンヒョク 2014年韓国映画)

怪しい彼女 [Blu-ray]

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オリジナル。なにしろ韓国映画というと個人的には鉄板の完成度を誇る作品ばかりのように感じるが、この作品もケチを付ける所がないほどに完成度が高い。その完成度の高さというのは、韓国映画独特のリアリズムにあると思う。時にそのリアリズムは残酷で痛々しい現実の一面を切り出すが、ある種のファンタジー作品である今作ではそのリアリズムがどう発露したのか。20歳に変身した老婆をコメディ・タッチに描きながら、この作品ではその中に老いることの残酷さをスッと差し込む。輝くような20代を描きながらも、その背後にはそれがいつか夢でしかないことを否応なく突きつけられるであろう寂しさがつきまとう。それはコメディでありながらブルーを基調とした画面からもうかがえる。韓国版オリジナルはファンタジーの中にすら現実の悲哀を持ち込み、そのコントラストの在り方がこの作品をさらに印象深いものにしているのだ。

■20歳よ、もう一度 (監督:レスト・チェン 2015年中国映画)

20歳よ、もう一度 [Blu-ray]

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中国版。4作品の中で最も情感に溢れ明るく美しい画面の中で物語を綴ったのがこの『20歳よ、もう一度』だと思う。そしてその情感は決してトゥーマッチなものではなく、心を慰撫する様な優しい眼差しで満ちている。韓国版からリアリズムの重厚さを取り除くとこの作品になる、ということも出来る。さらにリメイクに際し、オリジナルでは若干説明不足だったり唐突だったりするエピソードを、きちんと自然で分かりやすいものに変えている。完璧だと思っていた韓国版をさらにトリートメントして細かいところまで噛み砕いて見せたのがこの中国版なのだ。ストーリーはまるで同じであり、その進行も殆ど変わらないにもかかわらずこれだけ印象の違う作品を生み出すことが出来る中国映画界の底力すら感じた。あと中国っぽいなあ、と思ったのは、婆さん連中が麻雀しているシーンだね。また、現代中国の都市部の生活を垣間見せる部分でも興味深かった。

■ベトナムの怪しい彼女 (監督:ファン・ザー・ニャット・リン 2015年ベトナム映画)

ベトナム版。実は「怪しい彼女」はこの作品を一番最初に観ていた。タイトルに「ベトナムの」と付くと、なんだか楽しそうな映画に思えません?そしてこのベトナム版、4作品の中で比べるなら、最もスラップスティックの度合いが強い。脇役が妙に癖が強く突拍子もないキャラなのだ。主演女優も4作品の中で一番エキゾチックな顔つきをしているかもしれない。そして、この作品には4作品の中で最も突出している部分がある。それは、歌の素晴らしさだ。主人公が歌を歌うことで注目されその後の騒動に繋がるというプロットを持った「怪しい彼女」の中で、このベトナム版の歌声とその歌詞の説得力の凄さは圧倒的である。主演女優がもともとベトナムきっての人気歌手と言うこともあるのだろう。さらにこのベトナム版に凄みを与えているのが、もともとの主人公老婆の過去にベトナム戦争体験があるという描写だ。そしてベトナムの比較的質素に感じる家屋のセットがまたもや新鮮であった。

■あやしい彼女 (監督:水田伸生 2016年日本映画)

あやしい彼女 [Blu-ray]

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日本版。韓国、中国、ベトナムと、同一テーマながらそれぞれに素晴らしい作品として完成していた「怪しい彼女」であり、この日本版もさぞや高い完成度を見せるのだろうと思って観始めたが、これがもうお話にならないような凡作だった。まずオリジナル・プロットを4作の中で一番変更しているのだが、その部分が、どれもこれもハズしているのだ。なにより冒頭、アラフォーがどうだの美魔女がこうだの稚拙な流行り言葉を入れたモノローグで既に鼻白み、主人公老婆が商店街をスキップしつつ歌いながら登場するシーンで「こんなヤツいるかよ」とドッチラケた。その後も妙に恋愛要素を強調しようとするしアスレチック公園でキャッキャウフフするシーンは「誰だよこいつら」と辟易していた。何より拙かったのは歌のつまらなさだろう。懐メロを今風に歌ったら大注目、ということなんだが、そんなの既にやってるアーチストはいるだろうし、だからといって大注目されたわけでもない。さらにクライマックス曲のつまらなさよ。ただしラストのちょっとした違いは個人的には面白かった。主人公女優も日本人だけあって馴染み易いだろう。

20170215(Wed)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック  最近聴いたエレクトロニック・ミュージック を含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージック のブックマークコメント

■The Triad / Pantha Du Prince

Triad

Triad

ドイツのテクノ・プロデューサーHendrik WeberによるプロジェクトPantha Du Princeのニュー・アルバム。ヴォーカルを多数フィーチャーし、ロマンチックでエモーショナルな曲と内省的な曲の並ぶコンテンポラリー・サウンド。 《試聴》

■Gqom Oh! X Crudo Volta Mixtape / Various Artists

Gqom Oh! X Crudo Volta Mixtape

Gqom Oh! X Crudo Volta Mixtape

「なにやらアフリカンなリズムの不思議サウンド…」と思って聴いていたが、これはアフリカの新しいサウンド「Gqom(ゴム)」というものなのらしい。このアルバムはロンドンのゴム系レーベルGqom Oh!とイタリアンDJ・Crudo Voltaがコンビを組んで製作されたコンピレーション。プリミテイヴなアフリカン・チャントとエレクトロニカの融合がとっても新鮮。 《試聴》

■Last Bus to Lake Park / DJ Clent

Last Bus To Lake Park

Last Bus To Lake Park

ジュークのアルバムだというならこれは聴かねばなるまい、ということでシカゴ・ジュークサウンドの重鎮DJ Clentが満を持して送るデビュー・アルバム。ジュークは基本一発芸みたいな所もあるが、ベテランDJの手に掛かるとさすが非常に多彩な技で攻めてくるなかなかに聴かせるジューク・アルバムとして完成している。 《試聴》

■Footwork or Die / DJ Diamond

Footwork Or Die

Footwork Or Die

「フットワークか死か!?」という威勢のいいタイトルを冠したフットワーク・プロデューサーDJ Diamondの新作。これぞフットワークと呼べるような痙攣的なリズムと神経症的なヴォイス・ループ、ひたすら薄っぺらい音で突っ走るシンセサイザー、時としてユーモラスで時としてシリアス、たまにはジャジー、というフットワーク玉手箱的な楽しいフットワーク・アルバム。 《試聴》

■Maniax / DJ Alina

Maniax

Maniax

ヴェイパーウェイヴの代名詞的レーベルDREAM CATALOGのアーチストDJ Alinaのアルバムだが、DREAM CATALOG的高湿度アンビエントでは全くなく、むしろエレクトリック・パンクとも呼ぶべきアグレッシヴで剥き出しな音を響かせている。とはいえその根底にあるのはDREAM CATALOG的ロマンチズムなんだよな。 《試聴》

■End of World Rave / wosX

End of World Rave

End of World Rave

こちらもDREAM CATALOGのアーチスト、wosX。やはりDREAM CATALOGぽくない音で、アナログ感すらあるシンプルな骨子を持った音ながら、どこか侘び寂びを感じさせるようなアンダーグラウンド・サウンドを鳴らしている。 《試聴》

Open Your Eyes (with 0PN) / DJ Earl

Open Your Eyes [12 inch Analog]

Open Your Eyes [12 inch Analog]

そしてそしてまたもや懲りずにシカゴ・ジューク/フットワーク!というDJ Earlのニュー・アルバム「Open Your Eyes」。ONEOHTRIX POINT NEVERやTASOとのコラボ曲も注目だが、ジューク/フットワークとして十分尖がった音を鳴らしており、エレクトリック音の使い方も洗練されている。やはりジューク/フットワーク作品はどれも粒ぞろいだ。 《試聴》

■New Start / Taso

New Start

New Start

こちらはLAのベース・ミュージックDJ、TasoのニューEP。DJ Spinn、DJ Earl、DJ Tayeを始め、DJ Rashadとのコラボ曲が並ぶが、メンツが示すようによりジューク/フットワークに接近しつつ、独自のベース・ミュージック・ワールドを展開している。今この辺の音がとても面白い。 《試聴》

■Presents the RaggaPreservation Society EP / Seekersinternational

Presents the RaggaPreservation Society EP

Presents the RaggaPreservation Society EP

カナダの変態エレクトロニック・プロデューサーSeekersinternationalの新作はサンプリングコラージュ・ドラムンベースとも呼ぶべき眩暈のするようなカオスでサイケデリックな音の奔流。中盤からもコラージュされループするダブ/ダンスホール・サウンドが縦横無尽に鳴り響き、まさに変幻自在なサウンドワークを堪能することが出来る。 《試聴》

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20170213(Mon)

[]最近読んだSF小説〜『宇宙探偵マグナス・リドルフ』『伊藤典夫翻訳SF傑作選 ボロゴーヴはミムジイ』 最近読んだSF小説〜『宇宙探偵マグナス・リドルフ』『伊藤典夫翻訳SF傑作選 ボロゴーヴはミムジイ』を含むブックマーク 最近読んだSF小説〜『宇宙探偵マグナス・リドルフ』『伊藤典夫翻訳SF傑作選 ボロゴーヴはミムジイ』のブックマークコメント

■宇宙探偵マグナス・リドルフ / ジャック・ヴァンス

ある時は沈毅なる老哲学者、ある時は知謀に長けた数学者、しかしてその実体は宙を駆けるトラブルシューター、その名もマグナス・リドルフ! 魑魅魍魎の異星人たちを相手に、白髪白鬚の老紳士マグナスの超思考が炸裂する痛快無比な宇宙ミステリシリーズがついに登場。奇習に彩られた惑星ココドでの合戦賭博を中止させるよう依頼を受けたマグナスが講じたアクロバティックな手段とは?代表作「ココドの戦士」の他、歓楽惑星のカジノ経営者の犯罪アリバイトリックを暴くために己の数学センスを駆使する「数学を少々」、閉鎖された空間〈ハブ〉で起きた殺人事件をめぐるフーダニットもの「とどめの一撃」など、ミステリからファンタジー、秘境探検に海洋冒険、さらにはハードSFまで、ヴァンスのヴァラエティに富んだ世界が堪能できる連作全10篇収録。

ジャック・ヴァンス、個人的にはそれほど馴染のあるSF作家ではなかったが、以前国書から出ていた『奇跡なす者たち』を読んでその独特の筆致に感嘆し、また読んでみようかと思っていた作家である。ヴァンスの独特の筆致とは異世界描写におけるエキゾチズムと色彩感覚にある。そしてそれらがSF小説における異郷感を大いに醸し出しているのだ。ヴァンスは世界一周旅行をしたこともある旅行好きだったということだが、そういった経験と生来ある異邦への憧れがこれらのエキゾチズムと色彩感覚を生み出していたのではないか。

そんなヴァンスの連作短編集がまたもや国書から出されるというのでとりあえず読んでみることにした。タイトルは『宇宙探偵マグナス・リドルフ』、白髪白髭の矍鑠たる老紳士マグナス・リドルフが、暗黒宇宙に起こる奇想天外な事件の謎を優れた理力で快刀乱麻に解決してゆくといったストーリーだ。特徴的なのは一癖も二癖もある食えない連中が依頼主、あるいは敵役として登場し、隙あらばマグナスの身ぐるみを剥ごうと虎視眈々と狙っており、これらをマグナスがどう出し抜くのかといった「腹の読み合い・騙し合い」の様相が物語を楽しくしている。主人公マグナスの鷹揚として振る舞う知的なキャラクターもまた魅力的である。

この短編集には10編の物語が収められているが、それぞれに異なる惑星の事なる情景が、ヴァンスの面目躍如たる格別なエキゾチズムを湛えており、事件究明の物語と併せSF小説ならではの異郷感を堪能することが出来るのも醍醐味の一つだろう。ヴァンス連作短編集はこの他に『天界の眼』『スペース・オペラ』の2冊が刊行されているが、また気が向いたら手に取ってみようかと思っている。

伊藤典夫翻訳SF傑作選 ボロゴーヴはミムジイ / ルイス・バジェット他

未来人がタイム・マシンのテスト用に過去へと送った、いらなくなったおもちゃ箱。それを偶然手にした兄妹の身に起こったこととは…ルイス・パジェットの幻の名作である表題作をはじめ、SF界の大御所ポールの初期の代表作「虚影の街」、異星からの恐るべき侵略を描くブラナーの「思考の谺」など、SF界きっての目利き伊藤典夫が惚れこみ翻訳した傑作の中から、SF評論の第一人者高橋良平が厳選した7中短篇を収録。

SF翻訳家伊藤典夫といえばヴォネガットやクラークやオールディスなどの超名作を手掛けた翻訳家だ。ただし個人的に言うなら自分は翻訳家それ自体に深い思い入れのあるような人間ではない。だから「伊藤典夫翻訳SF傑作選」と聞いてすぐさま飛びついたわけではないが、氏の訳したSF短編だというならSF黎明期の埋もれた作品が多数収められていのではないかと思い手に取った。するとなるほど、収録された7編は1943年から1959年に発表されたもので、さらに「名前こそ知ってはいるが意識して読み込んだ事がない」ようなシブイSF作家の名前が目白押しだった。そして最初の想像通りどこか懐かしくもまた甘酸っぱい味わいのSF作品が並んでいる。一人のロートルSFファンとしてはこの辺の作品を読んでいると紅顔でも美少年でもなかった饐えた臭いの10代の頃をついつい思い起こしてしまう。面白いのは、この年代の作品は深読みしようとすると第2次世界大戦前後、さらに冷戦時代の英米の世相と住民心理が微妙にうかがえるということだ。そういった部分でSF史と並行してある現代史を念頭に置いて読むと面白いかもしれない。

yoyoshi yoyoshi 2017/02/13 14:04 「スペース・オペラ」はこれから刊行予定だったと思います。マグナス・リドルフもキューゲルも、抱腹絶倒の面白さと底意地の悪さで大満足でした。ジョン・ブラナーの「ザンジバーに立つ」も今年の出版予定に入っていて嬉しい!ナイトランド叢書も第3期ラインナップが素晴らしいし、「魔術師の帝国」全部買うぞ!

yoyoshi yoyoshi 2017/02/13 14:06 すみません、また連投してしまって。フリックするだけで送信されるんですね。

globalheadglobalhead 2017/02/13 14:13 だぶったコメントは削除しておきました。積読本が溜まっているのでSF新刊は手を出さないことにしていたんですが、書店に寄るとついつい買っちゃてそして読んじゃうんですよねえ…ああ悩ましい…今『破壊された男』読み始めてます。

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20170210(Fri)

[]クリス・パイン主演による爽やかな人間ドラマ〜映画『People Like Us』 クリス・パイン主演による爽やかな人間ドラマ〜映画『People Like Us』を含むブックマーク クリス・パイン主演による爽やかな人間ドラマ〜映画『People Like Us』のブックマークコメント

■People Like Us (監督:アレックス・カーツマン 2012年アメリカ映画)

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父の死により明らかになった義理の姉の存在。しかし主人公はある理由からその姉に血の繋がりがあることを知らせられないでいた。2012年にアメリカで公開された日本未公開作『People Like Us』は揺れ動く人の心の綾を情感豊かに描く人間ドラマだ。主演に『スター・トレック』シリーズでお馴染みのクリス・パイン、『ピッチ・パーフェクト』『ハンガー・ゲーム』シリーズのエリザベス・バンクス。共演としてオリビア・ワイルド、ミシェル・ファイファー。監督は『スター・トレック』『アメイジング・スパイダーマン2』などで製作・脚本を務めたアレックス・カーツマン。この作品は彼の実体験に基づいて脚本が書かれたという。

《物語》N.Y.に住むサム(クリス・パイン)は仕事のトラブルにより大金を工面しなければならなくなっていた。そんな折、父の訃報が届く。葬式のため恋人のハンナ(オリビア・ワイルド)と共に実家のあるL.A.に赴くサム。そこで会った父の弁護士は父から託されたという小さな鞄をサムに渡す。その中にはなんと15万ドルもの現金が入っており、さらに驚くべきことにサムに腹違いの姉がおり、この現金はその一人息子に渡してほしいという遺言があった。サムはウェイトレスをしているその姉フランキー(エリザベス・バンクス)を見つけ、徐々に近付いてゆくが、自分が義理の弟であり、大金を託されていることを全く言い出せずにいた。サムは仕事のトラブルで必要だった金を、父が残した金で補充しようと考えていたのだ。だがシングルマザーであるフランキーの暮らしは苦しく、サムはそれを見捨てるわけにもいかなかった。サムはフランキーの一人息子ジョシュ(マイケル・ホール・ダダリオ)とも親密になってゆくが、自分の抱える秘密に次第に苦悩を深めてゆく。

煮え切らない登場人物の出てくる物語は時として苛立たされるが、この作品は逆に主人公の煮え切らなさこそに感情移入して観てしまう物語だった。15万ドル、日本円だと1700万円という大金がいきなり転がり込み、実際のところその金は父の遺言にある相手に渡すべきものではあるが、黙っていれば誰も分かりはしないのだ。しかもそれはただのあぶく銭ではなく、仕事上のトラブルでどうしても必要だった金の穴埋めになるのだ。もちろんこれは正しいこととは言えない。だが、もしも自分が同じ状況に置かれていたとしたら、金を本来の譲渡先に渡していただろうか?最終的に渡したとしても、そこに一切の迷いも生じなかっただろうか?自分はこの物語の主人公とは全く違う、真正な人間であると胸を張って言えるだろうか?

さらに話を難しくしているのがいきなり明らかになった「義理の姉」の存在だ。それも父が死のその時まで秘密にしていた、妻とは別の女性に生ませた娘なのだ。父の遺産を着服しようとしていたサムが、義理の姉フランキーを探し、姉弟であることを秘密にしながら近付いたのは、単に好奇心だったのだろう。しかしサムは、次第にフランキーとその息子ジョシュに頻繁に接触を持とうとし、困り事の手助けをしてゆくようになる。それは、サムの罪悪感からだったのだろう。彼は間違ったことをやろうとしつつ、それへの罪悪感もやはり持ち合わせていたのだ。結局サムはどうしたかったのだろう。遺産を着服するのかしないのか。血の繋がりがあることを告白するのかしないのか。サムはずっと迷い続けている、そして告白を引き延ばせば引き延ばすほど、真実を話す機会をどんどん失ってゆくのだ。この迷い続けるサムの姿が実にいい。なぜならとてもいじらしく、人間臭いからだ。

こういった物語と併せ、作品を素晴らしいものにしているのは主人公サムを感情豊かに演じるクリス・パインの存在だろう。自分はクリス・パイン主演作と言うとなにしろ『スター・トレック』と幾つかの作品しか知らないのだが、実のところ優男なルックスぐらいしか頭になかった。しかしこの作品では、クリス・パインの持つ独特の爽やかさが、心の弱さを持った主人公を嫌味無く見せることに成功しているのだ。弱さと優しさとを併せ持ち、いつも思い惑う主人公の姿に、観る者は自然と自らを重ね合わせることだろう。そしてサムの姉役であるエリザベス・バンクスがまたいい。これまで金髪の美人女優以上の印象がなかったけれども、この作品では人生に疲れ苛立つシングルマザーの姿を非常にリアルに演じ切っていた。他の出演陣にしても、実に人間味溢れる役どころだったと思う。決して派手な作品ではないが、心温まる逸品として長く記憶に残ることだろう。

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PEOPLE LIKE US

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20170208(Wed)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージック 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックを含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックのブックマークコメント

■Folding Time / Sepalcure

Folding Time

Folding Time

UKのHotflush RecordingsレーベルからリリースされたSepalcureの2nd。ベース・ミュージックを根底としながらもR&Bやガラージを取りこみ、ソウルフルなヴォーカルがフィーチャーされたその作品は実にしなやかでエモーショナルな音世界を展開している。 《試聴》

■Fabric 91 / Nina Kraviz/Various

FABRIC 91

FABRIC 91

Fabricの91番はレーベルтрип(トリップ)主宰の女性DJ、Nina Kraviz。テクノを中心に様々なジャンルを網羅した全41曲に渡るMix。ミディアム・テンポで淡々と繋いでゆくが、強烈なブレイクを設けない寸止め感が逆にクール。いつ始まっていつ終わるのか、これが延々に続くのか奇妙に時間感覚を無くすところが面白い。実は最近こればかり聴いている。 《試聴》

■In The Mix: The Sound Of The 17th Season / Sven Vath/Various

SVEN VAETH IN THE MIX

SVEN VAETH IN THE MIX

CocoonのMIXシリーズ「SOUND OF THE ・・・SEASON」の最新作はもちろんSven Vathによるミニマル/テックハウス系フロア・サウンド。 《試聴》

■Two Vines / Empire OF The Sun

Two Vines

Two Vines

「ルックスが変過ぎる」と気になっていたオーストラリアのエレクトロ・ポップ・デュオ、エンパイア・オブ・ザ・サンのニュー・アルバム。ミディアム・テンポ主体の天国サウンドで、新時代のペット・ショップ・ボーイズといった趣がある。これは気に入ったぞ。 《試聴》

■Dead Light / Dead Light

DEAD LIGHT

DEAD LIGHT

Anna Rose CarterとEd HamiltonによるユニットDead Lightのアンビエントなデビュー・アルバム。ピアノを主体に実験的なアプローチを加えたモダン・クラシカル・サウンド。 《試聴》

■Balance 19 / Alex Niggemann/Various

Balance Presents Alex Niggeman

Balance Presents Alex Niggeman

MixシリーズBalanceの新作はデュッセルドルフ出身のテック・ハウス・プロデューサーAlex Niggemannが担当。 《試聴》

■Ellis / Woodkid & Nils Frahm

Ellis

Ellis

フランスの映像作家JRが制作したショートフィルム、『The Ghost of Ellis Island』のサウンドトラック。静かなピアノの調べを2曲収めたものだが、2曲目では映画に主演しているロバート・デ・ニーロの語りが曲に被せられている。 《試聴》

■Redemption / Dawn Richard

Redemption [Explicit]

Redemption [Explicit]

リアリティ番組で結成された女性グループの一員、というユニークな経歴を持つDawn Richardのニュー・アルバム。エレクトロニカ、R&B、ハウス、果てはロックまであらゆるジャンルを飲み込みながら独特の憂いに満ちたヴォーカルで統一されたアルバムは器用さを通り越した優れたプロデュース力を感じる。 《試聴》

Big Black Coat / Junior Boys

Big Black Coat

Big Black Coat

カナダ拠点のエレクトロニックポップ・グループJunior Boysの新作。シンセ・ポップ/ディスコ・サウンド主体のヤンチャなエレクトロニック・ミュージック。ちょっぴり「a-ha」っぽいかも?  《試聴》

■HK / HKE

HK

HK

Dream Catalogueレーベルで活躍する謎の東洋系アンビエント・ユニットHong Kong Expressの新作は雨にけぶる夜の香港、あるいは上海をイメージして作られたのだろう。湿度が高く、悲哀に満ち、そしてドリーミン。 《試聴》

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20170206(Mon)

[]最近読んだSF小説〜『ヒュレーの海』『ゴッド・ガン』 最近読んだSF小説〜『ヒュレーの海』『ゴッド・ガン』を含むブックマーク 最近読んだSF小説〜『ヒュレーの海』『ゴッド・ガン』のブックマークコメント

■ヒュレーの海 / 黒石迩守

“混沌”が地表を覆って世界が崩壊し、地球が巨大な記録媒体“地球の記録”と化した未来。身体を生体コンピュータ化した人類は、地球の記憶から技術を発掘し文明を延明させていた。序列第三位国家イラの下層民が住む地下都市で育った天才発掘屋の少年ヴェイと少女フィは、偶然発見した昔の映像に惹かれ本物の海を探す約束をする。それは二人の幼年期の終りへの第一歩だった―第4回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作。

日本のSF作家作品はまるで読まないのだが、この作品は表紙がやけにカッコよかったので、SFコンテスト受賞作とか関係なくつい購入してしまった。物語はザックリ言うと「ポスト・シンギュラリティ後に"情報"へと変容した世界を描くサイバーパンク小説」といった所か。読んで先ず目を引くのはルビふりまくり用語とテクニカルタームの氾濫する晦渋な文章だろう。ただし最初は面食らうがこの晦渋さが幻惑的なペダントを醸し出し、さらに面倒臭ければ読み飛ばしても筋は追えるので、すぐ気にならなくなった。そもそもオレは老眼なのでルビなんざ読めないんだよ!

こういった書き方は新人作家が陥りやすい型ではあるが、むしろ若さゆえの野心がうかがえて好意的に思えるようにすらなった。そしてもう一つはこのような一見ハードな世界観にあるにもかかわらず、どうにも砕けすぎた会話文だろう。これをしてアニメ的な、ないしラノベ的な感性だという向きもあるようだが、むしろ、テクニカルタームの氾濫するハードな世界観との対比、ないしそれを緩和する役割としてのこれら砕けた会話文だったのではないか。それが成功しているかどうかは別としても、ここにも作者の野心がうかがえるではないか。新人作家としてこのぐらいの野心や実験はあって然るべきだ。

こうして物語は後半、熾烈なロボットバトルへとなだれ込むが、こういった外連味もまた嬉しいではないか。なによりロボット描写に関してはこの間読んだ『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』など子供騙しにすら思えるユニークな設定と展開を擁し、これがアニメ的オマージュだとしても「だからなんなんだよ!面白いからいいじゃないか!」とすら思ったほどだ。確かに人を選び賛否両論となるだろう作品ではあるが、とりあえずこうした活きの良さが心地よい作品だった。

■ゴッド・ガン / バリントン・J・ベイリー

設計技師にして発明家のわが友人ロドリックはある夜、自分は神を殺すことができると語った…。マッド・サイエンティストのあるまじき発明を描いた表題作、死んだ友人の蘇生を奇妙な異星人に託した男たちが目の当たりにした悪夢「ブレイン・レース」、不死の異星人とその秘密を追い求める男との長きにわたる追跡劇「邪悪の種子」など、英国SF界の奇才ベイリーの作品群から、単行本初収録の名品全10篇を収録した傑作選。

バリントン・J・ベイリーの日本独自編集短編集。「バリントン・J・ベイリーかあ、遠い遠い大昔読んで結構面白かったなあ」というオッサンのノスタルジーもあって手に取った。作者デビュー間もない1962年から1996年にかけて発表された10編が収められているが、流石に最初の幾つかの作品は「SFだけが大好きで人間関係とか何も無さそうな青年が書いてるなあ」という印象を持ってしまった。登場人物が二人だけでSFアイディアはその会話と行動の中だけで展開する。アイディアはユニークかもしれないが物語には膨らみが無い。中盤の作品からバリエーションが出て来るがこの辺で商業作家としてなんとかしなくちゃと思ったに違いない。これが後半から「ああ、ベイリーらしいバカやってんなあ」と思えてくる。そしてラストではきちんとしたストーリーテリングで読ませるようになった、という塩梅だ。そんな訳でベイリーの作家としての成長の様子を眺めるにはそれなりに編集された短編集だが、「英SF界最高の鬼才ベイリーの幻の名作」と呼ぶには玉石混交過ぎるんじゃないか。

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20170203(Fri)

[]大学クイズ部に賭ける青春〜ジェームズ・マカヴォイベネディクト・カンバーバッチ主演映画『Starter for 10』 大学クイズ部に賭ける青春〜ジェームズ・マカヴォイ、ベネディクト・カンバーバッチ主演映画『Starter for 10』を含むブックマーク 大学クイズ部に賭ける青春〜ジェームズ・マカヴォイ、ベネディクト・カンバーバッチ主演映画『Starter for 10』のブックマークコメント

■Starter for 10 (監督:トム・ヴォーン 2006年イギリス映画)

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日本未公開の良作を気まぐれでボチボチと漁っているんですが、今回観たのはイギリス製作による2006年公開作『Starter for 10』。キャンパスを舞台とした青春映画なんですが、なんといっても見所はブレイク寸前だった頃の英国俳優ジェームズ・マカヴォイベネディクト・カンバーバッチの若々しい演技を観ることが出来るという所でしょう。それと舞台となる80年代イギリスを彩るブリティッシュ・ニューウェーヴ・ソングの数々なんです!

物語は地方の労働者階級に生まれた主人公ブライアン(ジェームズ・マカヴォイ)が名門ブリストル大に進学する所から始まります。さて大学に行きまず彼の目を引いたのは大学対抗クイズ番組「ユニバーシティ・チャレンジ」参加者募集のチラシ。子供の頃から「知は力なり」を座右の銘としクイズ好きだったブライアンは早速クイズ部に入部します。そこにいたのは目が点になってしまうほどの変人お坊ちゃま君であるクイズ部部長パトリック(ベネディクト・カンバーバッチ)、そして金髪美人のアリス(アリス・イヴ)。ブライアンはアリスに惹かれてゆきいつしか家族にも紹介されますが、同時に気さくなユダヤ系女子のレベッカ(レベッカ・ホール)とも接近してゆきます。二股掛けるなブライアン!ブライアンの恋の行方は、そしてクイズ大会の結果は!?さらに変人パトリックのイタい行動の結末は!?

この作品の魅力はなにしろジェームズ・マカヴォイの瑞々しい演技と、ベネディクト・カンバーバッチの今と変わらぬ怪奇なアホアホ演技にあるでしょう。ジェームズ・マカヴォイ、自分などはハリウッド作『ウォンテッド』(2008)からしか知らないんですが、それ以前にもイギリスの様々な作品で活躍しており、これはその中の一作となるのでしょう。それもあってかなにしろ若い!地方から都会に出てきた純朴な青年を非常に繊細に演じていましたね。そしてベネディクト・カンバーバッチ!2010年から続くTVシリーズ『SHERLOCK(シャーロック)』で大ブレイクした彼ですが、シャーロック・ホームズ役自体相当の変人演技でしたけれども、この『Starter for 10』ではそれに輪をかけてダサくてアホアホでイタい役を大熱演してるんですね!こんな役を大熱演するのがあいつの良さなんだよなあ!『ズーランダーNo.2』(2016)でも変態モデル役でカメオ出演し大いに笑わせてもらったが、あいつ実はこういう狂った役大好きなんだろ!?

それと併せイギリスのキャンパスライフの雰囲気がまたいいんですよ。キャンパスライフを描いたイギリス映画というとなんだか思いつきませんが、ハリウッドがアメリカのキャンパスライフを描こうとするとどこかギラギラとしてしまう部分を、ここで描かれるイギリスのキャンパスライフはどこかつましくていじらしくてこじんまりしていて、身の丈を知っているなあ、という気がしてくるんですよ。そんな中でもイギリスらしい階級格差はチラリと描かれてはいます。そしてその大学のクイズ部というのが、実にナード臭くてにんまりさせられるんですね。日本で言うと落語研究会とかSF研究会みたいな雰囲気なんでしょうか。そもそも4、5人しか部員がいない、というのがまたもやナード臭い。そんな彼らが出場する大学対抗クイズ番組「ユニバーシティ・チャレンジ」というのは実際にある番組なんだそうですよ。

そしてこの作品をさらに独特のものにしているのは、あちこちのシーンに80年代ブリティッシュ・ニューウェーヴ・ソングが散りばめられているということです。80年代ブリティッシュ・ニューウェーヴ!おお、オレの青春ど真ん中じゃないですか!!これは懐かしさ120%!サントラをちょっと紹介しますが、映画ではこのサントラに無い曲も沢山掛かっていて、ニュー・オーダーの『ブルー・マンデー』まで流れていましたよ!

◎Starter For 10: Original Motion Picture Soundtrack

1. In Between Days - The Cure

2. Love My Way - Psychedelic Furs

3. Wonderful Life - Black

4. Ever Fallen In Love (With Someone You Shouldn't'Ve?) - Buzzcocks

5. Six Different Ways - The Cure

6. Situations - Yaz

7. Ace Of Spaces - Motorhead

8. Love Song - The Cure

9. The Man With The Child In His Eyes - Kate Bush

10. Pictures Of Yo - The Cure

11. Do It Clean - Echo & The Bunnymen

12. The Hurting - Tears For Fears

13. Boys Don't Cry - The Cure

14. Long Hot Summer - The Style Council

15. Please, Please, Please, Let Me Get What I Want - The Smiths

物語は様々な人たちと出会い、美人な女子二人の狭間で迷いながら(だから二股すんなとあれほど)、あっちへヨタヨタ、こっちへヨタヨタと大学生活を送る主人公の姿が描かれてゆきます。時には酒を飲んで大騒ぎ、友人とも大喧嘩、彼女とウキウキデートしたりフラれたり、落ち込んだりいじけたり、実に青春映画そのものの展開です。しかしこの物語は同時に、自分は誰で、何を目指し、どう生きたいか、という生きる目的を、確固として追及してゆこうとする青年の物語でもあります。子供の頃からクイズ番組が好きだった主人公は、ワーキングクラス生まれということもあって生きる為に「知」が必要である、ということを念頭に置いて成長してきました。だからこそ大学進学は彼にとって夢であり、そこでクイズ部に入部するのも知識への憧れがあったからなのでしょう。その大学で彼は多くの失敗を体験してしまいますが、その失敗もまた彼の血肉となって将来へと繋がってゆくのでしょう。映画『Starter for 10』は、そんなひたむきな希望が溢れている部分で、大変素晴らしい感慨を残す作品でした。

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Starter for 10 [Blu-ray] [Import]

Starter for 10 [Blu-ray] [Import]

Starter For 10: Original Motion Picture Soundtrack [International]

Starter For 10: Original Motion Picture Soundtrack [International]

20170201(Wed)

[][]密通の代償〜映画『Arth』【シャバーナー・アーズミー小特集】 密通の代償〜映画『Arth』【シャバーナー・アーズミー小特集】を含むブックマーク 密通の代償〜映画『Arth』【シャバーナー・アーズミー小特集】のブックマークコメント

■Arth (監督:マヘーシュ・バット 1982年インド映画)

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1982年に公開されたマヘーシュ・バット監督作品『Arth』は夫の不倫による結婚生活の破綻とその顛末を描いた作品である。だがこの作品はこういったありがちなテーマを独特の展開で描き出したところが特徴的な作品となっている。主演はシャバーナー・アーズミー、最近では『Brothers』(2015)、『Haider』(2014)の出演があるクルブーシャン・カールバンダー、『Bhumika』(1977)、『Chakra』(1980)などで活躍したが1986年に31歳の若さで死去したスミータ・パテル。また、監督マヘーシュ・バットは若手女優アーリア・バットの父としても知られている。

《物語》結婚7年目のプージャ(シャバーナー・アーズミー)は、夫インダー(クルブーシャン・カールバンダー)が念願の新居を購入したことに喜びを隠しきれなかった。夫は才能を認められ映画監督へと抜擢されたのだ。しかしロケ先に滞在しているインダーは、そこで主演女優のカヴィータ(スミータ・パテル)と肉体関係を持っていた。インダーの浮気は遂にプージャの知るところとなり、カヴィータを挟み泥沼の展開を迎える。心傷ついたプージャは新進歌手ラジ(ラジ・キラン)の後押しもあり離婚を決めるが、女一人で社会に出てゆくことは決して楽な道ではなかった。

夫の浮気と泥沼の離婚劇、苦しい自立生活と新たなる恋。映画『Arth』はこういった粗筋だけから観るならありがちなメロドラマであり、掃いて捨てるほどあるソープオペラの焼き直しでしかない。だがこの物語を独特なものにしているのは、この時代のインド映画では考えられないようなシビアな現実主義にある。浮気を知ったプージャの心を過剰に悲劇的に描くわけでもなく、遣る背の無い怒りと悲哀がべったりと画面を塗り尽すだけだ。一方インダーとカヴィータの浮気も開き直るどころか異様に後ろめたいものとして描かれ、二人の心理を暗く追いつめてゆく。それだけでなくカヴィータは良心の呵責に耐え切れず精神疾患となり、インダーは酒に溺れ破滅への道を辿ることになる。ここだけインド映画的な因果応報を感じるが、観ていて後味の良い演出ではない。離婚調停中も離婚後もプージャとインダーは度々会うことになるが、ここには未練や係争があるわけでもなく、元夫婦としてきっちり話を詰めたいという実にリアルな流れなのだ。

プージャとラジと恋はどうか。これもありがちなインド映画のように「新たな恋・新たな希望」といったロマンチックさで盛り上げることがなされない。確かにラジはプージャに恋をしているが、プージャにとってラジは強い心の支えとはなっても、離婚の心の傷は容易く新しい相手とのロマンスとは結びつかないのだ。つまり一見新しい恋を描いているように見えつつも、この物語は決してロマンス映画として結実しようとしないのである。ではこの映画が何を描いているのかというと、女がたった一人社会に放り出された時の不安と辛苦である。ここではプージャと同じ境遇の女が多数登場し、独り身の女が直面せざるを得ない厳しい現実を突き付けてゆくのだ。そしてそんな厳しい現実の中で、主人公は決して恋による成就を頼らない。その労苦を噛み締めながながら、孤独な人生を歩もうと足を踏み出すのである。このインド映画の定石を大胆なまでに徹底的に外してゆく現実主義的な物語がこの作品の凄みだ。

この作品は監督マヘーシュ・バットの半自伝的な作品だという。かつてマヘーシュは妻帯者でありながら、タイム誌の表紙を飾ったこともある人気インド女優パーヴェン・バーブと不倫関係となった。しかしその間、彼女は鬱病と妄想型統合失調症を患い、電気ショック療法を受けることになるまで悪化した。マヘーシュは苦しい恋の未に妻の元に戻ることになったが、その時の失意と自責の念が、この『Arth』を製作させたのだという。パーヴェン・バーブはその後も精神疾患が快復することなく、55歳となった2005年、孤独死の状態で発見された。そういった背景を持つ作品であることから、この作品の映画監督インダーはマヘーシュであると容易に想像つくが、しかしラストにおいて孤独な人生を選ぶプージャもまた、マヘーシュのもう一つの分身であるとも言えるだろう。そしてこのプージャを演じるシャバーナー・アーズミーが、またしても素晴らしい。生々しくリアルな感情を胸に秘めた女を演じさせたなら、シャバーナー・アーズミーの右に出る者はいないのではないかと思わせた。