枯れたイップ・マン〜映画『イップ・マン 最終章』

■イップ・マン 最終章 (監督:ハーマン・ヤウ 2013年香港映画)


この間ドニーさん映画『イップ・マン 継承』を観てたいそう面白かったんですが、ドニーさん版とは違うイップ・マン映画があるというので、丁度Amazon Primeにあったもんですからちょっと観てみました。

ドニーさん版『イップ・マン』シリーズ3作はドニー・イェン主演、ウィルソン・イップ監督により『序章』(2008)、『葉問』(2010)、『継承』(2015)と製作されてきましたが、この『イップ・マン 最終章』はハーマン・ヤウ監督、アンソニー・ウォン主演によるイップ・マン映画なんですな。ちなみにハーマン・ヤウ監督は『イップマン 誕生』(2010)というイップ・マンの若かりし頃を描いた作品があります。イップ・マンを題材とした映画にはウォン・カーウァイ監督の『グランド・マスター』(2013)という作品もあり、イップ・マン人気による乱立とも言えますが、個人的には「ま、いーんじゃないの」という感じです。今回は『イップ・マン 継承』を引き合いに出しつつネタバレ気味に書きますのでご勘弁を。

で、この『最終章』ですが、タイトル通りイップ・マンの晩年近くを描いたものになります。なもんですから、主人公イップ・マンを演じるアンソニー・ウォンも、少々老けた俳優さんです。ドニーさんと比べちゃうと最初は見劣りするし、ちゃんとカンフー使えるの?と失礼なことも思ったりしちゃいましたが、物語が始まってみるとこれが、老境のイップ・マンの雰囲気をグイングイン醸し出していて、とてもいいんですね!ドニーさんも落ち着き払い礼節を重んじるイップ・マンを堂々と演じておりましたが、この「落ち着きと礼節」という点では、加齢も加味されてさらに渋く枯れた味わいのイップ・マンを楽しめるのですよ!いざカンフー・アクションとなっても、スピードこそ落ちますが、逆に重量を感じさせ、決して見劣りするものではありませんでした。

お話はと言いますと、なにしろ老境のイップ・マンを描くものですが、舞台となる香港は例によって雇用情勢も治安も悪く、イップマンの門下生がストを起こして警官隊と衝突したりなんかしているんですね。そんな中、白鶴派宗師ン・チョン(エリック・ツァン)とのイザコザや、九龍城のボス、ドラゴン(ホン・ヤンヤン)一派との争いが描かれてゆき、最後は九龍城での大格闘へとなだれ込んでゆくんです。そんなアクション・パートとは別に、イップ・マンの妻ウィンシン(アニタ・ユン)の死、息子(チャン・ソンウェン)と交流、さらにイップ・マンを慕う歌手ジェニー(チョウ・チュウチュウ)との心温まるやりとりが盛り込まれ、ドラマ・パートも充実しているんですね。

白鶴派宗師ン・チョンとのイザコザが、お互いの対決を経て友情へと実を結ぶシーンなどは、実に平和を愛するイップ・マンを思わせるエピソードでしたが、『イップ・マン 継承』でも描かれた妻の死は、この『最終章』ではちょっと流れが違うのが興味を惹きました。調べると実際には『最終章』でのストーリーのほうが史実に近く、『継承』での描かれ方は映画独自の脚色なのですが、逆に『継承』における哀惜極まりない妻とのやりとりは、史実がどうとかとは関係なく、イップ・マンの心の内を描いたものとして優れていたのだな、と思わせました。そもそも数多あるイップ・マン・ストーリーは脚色が多いのらしいですが、「香港にあったある崇高なる格闘家の逸話(フィクション)」として見るならば、少しも遜色ないのではないでしょうか。

もうひとつ目を引いたのは、イップ・マンと歌手ジェニーとのエピソードでしょう。二人の交流はイップ・マンの妻の死を前後するものですが、ジェニーのイップ・マンへの想いは、それは愛だったのでしょう。史実によると「葉問は1人の女性と暮らし始め、女性との間に息子葉少華が生まれており*1」とありますから、これはそれを脚色したものなのでしょうが、映画におけるイップ・マンは、ジェニーになにかと世話を焼かれあるいは焼きながら、決して恋愛には発展しません。とはいえ、日陰の女として扱われるジェニーを思いやるイップ・マンの姿には、「崇高なる格闘家」だけにはとどまらない一人の男の優しさを感じさせました。映画の終わり近くでは病に冒されるイップ・マンの姿も描かれ、『最終章』ならではの哀感がひしひしと伝わってきました。


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