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メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20170712(Wed)

[]スーパーヒーローどもを地獄に堕とせ〜『THE BOYS』 スーパーヒーローどもを地獄に堕とせ〜『THE BOYS』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ を含むブックマーク スーパーヒーローどもを地獄に堕とせ〜『THE BOYS』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ のブックマークコメント

■THE BOYS (1)(2) / ガース・エニス

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コスチュームを着たヒーローが空を飛び、マスクをつけたヴィジランテ(自警団)たちが夜を徘徊する世界では、彼らがヤリすぎないよう誰かが見張っていなければならない。なぜならスーパーヒーローの中には、必ずしも“正義の味方”とは言えないような、やっかいな連中も存在するからだ。そこで登場したのが「ザ・ボーイズ」だ。ある意味、地上で最も危険な能力を持つスーパーヒーローに対抗するため、CIAが招集したのは、やっぱり危険でクレイジー、一筋縄ではいかないやっかいなヤツらだった。ビリー・ブッチャー、ウィー・ヒューイ、マザーズ・ミルク、フレンチマン、ザ・フィーメール、彼らは今日も“スーパーヒーローどものご乱行”に目を光らせる!

『ヒットマン』(レヴュー)のガース・エニスが放つ問題作、それがこの『The Boys』だ。

舞台となるのは派手なコスチュームをまとったスーパーヒーローが何十人と存在する世界。それだけのスーパーヒーローがいれば世界はすっかり平和になっている筈だろう。だがそうではなかった。"正義の味方"をかさに着た彼らは、時にやり過ぎとも言える破壊と犠牲者を出し、時にその能力を鼻にかけて狼藉の限りを繰り返していたのだ。そしてそんな彼らを監視する組織が結成された。その名は「ザ・ボーイズ」。"毒には毒を"の例え通り、「ザ・ボーイズ」たちのスーパーヒーローたちに対する制裁は熾烈を極め、さらにそれはひたすらアンモラルな道を辿って行った。そしてそこには、「ザ・ボーイズ」チーフであるビリー・ブッチャーの煮えたぎるような私怨が隠されていたのだ。

冒頭から物語は凄惨だ。ヒーローによる活躍のとばっちりを受け、目の前で恋人を潰れた肉塊にされた男が登場する。そして「ザ・ボーイズ」チーフ、ビリーの強姦シーンだ。新たにヒーローチームに抜擢された少女は仲間のヒーローたちにフェラチオを強要される。さらに素っ裸のヒーローたちが女を買い、狂気の笑みを浮かべて乱交に高じる。その後も物語は夥しい量の暴力と破壊、吐瀉物と糞尿、殺戮とアンモラルなセックスが繰り返し描かれ、ひたすら下劣なアンチヒーロードラマが繰り広げられてゆくのだ。

スーパーヒーローと対峙する「ザ・ボーイズ」たちもまた異様な連中だ。メンバーは誰もが皆どこかタガの外れたような狂気を兼ね備え、どこまでも無感動にヒーローや敵対するものたちに暴力を加え、叩き殺す。それはもはやどちらが正義で悪かという問題ですらなく、下司な者同士の潰し合いであり、「スーパーヒーロー対アンチヒーロー」の虚無的な抗争なのである。そんな中、「ザ・ボーイズ」の新規メンバーであり、恋人をヒーローに殺された男ヒューイだけが、この異様な陰謀と殺戮の世界で右往左往し、その良心を痛める、というのがコミック『ザ・ボーイズ』の流れとなる。

ここで描かれるのは、一般的には綺羅星のような存在として愛されているスーパーヒーローたちを、どれだけ地に落とし泥に塗れさせることができるかという悪意である。徹底的なヒーロー憎悪である。スーパーマンやバットマン、アイアンマンやスパイダーマン、そしてX-メンといった、人気あるアメコミヒーローたちを想起させるキャラが次々と登場するが、彼らは皆一様にクソ野郎であり、人間の屑であり、セックス狂いであり、頭の弱いチンピラとして描かれる。

これら虚無的な哄笑に満ちた下劣な物語展開は、作者ガース・エニスの、徹底的なヒーロー否定の発露と言えるのかもしれない。最初にも触れたガース・エニスの『ヒットマン』も、そもそもがヒーロー否定の物語だった。あの作品に登場するセクション8はスーパーヒーローの皮肉めいた戯画化だし、主人公トミーはヒーローとは名ばかりの殺し屋である上に、実の所単なる負け犬でしかなかった。そのヒーロー否定のガース・エニスが、今作ではヒーローを地獄に堕とそうとしている。『The Boys』はその過激に過ぎる展開は正直うんざりさせられることが多いが、ガース・エニスの「憎しみ」だけは存分に伝わってくる、という異様な物語なのである。

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デッドプールパニッシャー・キルズ・マーベルユニバース / カレン・バン、ガース・エニス、ダリバー・タラジッチ、ドギー・ブレイスウェイト

デッドプール/パニシャー・キルズ・マーベルユニバース (MARVEL)

無数の存在する多次元世界。その一つ一つに固有の物語が存在する。数ある世界の中には、無敵のマーベルヒーローが無残な最期を迎えた世界も少なくない。そして、ここにもそんな世界が二つ…。一つは、デッドプールが己が存在の真の意味を見出した世界…。そしてもう一つは、パニシャーがヒーロー達への復讐に駆られた世界…。デッドプールとパニシャー、二人の怒りの前に、マーベルユニバースは崩壊の時を迎える…。マーベルヒーローは皆殺しだ!コミックスの常識を遙かに超えた内容で大反響を呼び起こした二つの問題作が奇跡のカップリング!

そのガース・エニスによるもう一つの「ヒーロー殺し」の物語がこの『デッドプールパニッシャー・キルズ・マーベルユニバース』である。正確に書くならこの単行本には『デッドプール・キルズ・マーベルユニバース』と『パニッシャー・キルズ・マーベルユニバース』の2作が収められており、ガース・エニスが原作担当したのは『パニッシャー〜』のほうだ。一方『デッドプール〜』はカレン・バンの原作となる。

どちらにしろ物語はデッドプールなりパニッシャーなりが、次々とマーベル・ヒーローたちをぶち殺してゆく、というものだ。アイアンマン、ソー、キャプテン・アメリカ、スパイダーマン、その他その他、映画『アベンジャーズ』シリーズでもお馴染みであり絶大な人気を博するヒーローたちが、惨たらしく殺されてゆくのである。

なんでもマーベルヒーローを擁する多次元宇宙のひとつとして描かれた作品であり、要するになんでもありということらしい。まあマーベルヒーローコミックを読みまくっている方なら変化球の一つとして楽しめるだろうが、よく分からずにこれだけ1冊読んじゃったら、楽しめるかどうかは分からない。とはいえオレは割と楽しめた。最強不死身である筈のヒーローがどのような方法で殺されるのか?というのが面白いのだ。

そんな中ガース・エニス原作の『パニッシャー〜』は、ヒーローの中ではほぼ人間であるパニッシャーが主人公であるといった点でガース・エニスぽいのかもしれない。ここでパニッシャーは狂った怨嗟の中ヒーローたちを血祭りにあげてゆくのだ。この辺のルサンチマンの在り方もやはりガース・エニスらしさなのだろうか(詳しくないから断定しない)。

20170705(Wed)

[]WASP、それは女性だけで編成された航空輸送部隊〜『エンジェル・ウィングス』 WASP、それは女性だけで編成された航空輸送部隊〜『エンジェル・ウィングス』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ を含むブックマーク WASP、それは女性だけで編成された航空輸送部隊〜『エンジェル・ウィングス』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ のブックマークコメント

■エンジェル・ウィングス / ヤン、ロマン・ユゴー

エンジェル・ウィングス

物語の主人公は女性だけの航空輸送部隊WASPに所属するパイロット、アンジェラ・マクラウド。彼女はC‐47輸送機を駆って、ヒマラヤ山脈を越えてビルマから中国へ至る輸送任務「ハンプ越え」に従事した。ビルマの地でアンジェラは、P‐40戦闘機を装備する「ビルマ・バンシーズ」飛行隊のパイロットたちに出会い、彼らに自らの飛行技量と度胸を見せつける。その後、彼女が留まる基地にピンナップ・ガールのジンクス・フアルケンバーグが慰問に来着。物語は二人の女主人公を軸に展開する…!

舞台となるのは第2次世界大戦時のビルマ。ここで連合軍と帝国日本軍が制空権を巡って激しい戦闘を繰り広げていた。物語の主人公は女性だけの航空輸送部隊WASPに所属するパイロット、アンジェラ・マクラウド。男だらけの熾烈な戦場で、その男たちから軽んじられながら、持ち前のタフネスだけを武器に、死を賭して大空を駈る女。男勝り、強い意志を秘めたまなざし、背は低いがなかなかのグラマー。なんと時々ヌード・シーンのサービス・ショットがあるのも嬉しい!

物語は彼女を中心としながら、ビルマ戦線における危険に満ちた任務と、アンジェラの仄かな恋と、悲しい過去が交差しつつ展開してゆく。さらに、戦地に慰問に来たハリウッド女優ジンクスとの、女同士の確執が燃え上がるところなんざ作者分かってらっしゃる、といった感じ!バンドデシネ『エンジェル・ウィングス』は、このアンジェラの持つキャラクターの魅力でグイグイと引っ張ってゆくのだ。

実際に当時の軍部には「女性だけの航空輸送部隊WASP」は存在していた。しかしそれは軍の補佐的な役割でしかなく、「WASPの女性パイロットはすべて民間のボランティアであり、身分としては“軍人”ではなく“公務員”として扱われた*1」。しかし、任地での危険は男たちと一緒なのだ。そんな、ある意味差別的な立場にありながらも、物語の主人公アンジェラは凛として己の任務を遂行してゆく。この作品のような波乱万丈の物語は実際には有り得なかっただろうとしても、戦場に臨む女たちの気概はずしんと胸に響いてくる。スパイ疑惑やジャングルでの逃走劇などエンターティンメントとしての楽しみもたっぷり。これは戦闘機バンドデシネの大傑作かもしれない。

さらにこの『エンジェル・ウィングス』はグラフィックの質が相当に高い。物語で活躍する戦闘機の姿が、圧倒的なまでに美しく描かれているのだ。

オレは宮崎駿のアニメーション映画『風立ちぬ』には、そこで描かれる宮崎の戦闘機への偏愛が今ひとつ理解できず、作品としてどうにもノレなかったクチだ。しかし、ヤン原作、ロマン・ユゴー作画のバンドデシネであるこの『エンジェル・ウィングス』を読んで、宮崎の戦闘機の偏愛が、多少なりとも理解できた思いがある。なにしろ、ここで描かれる戦闘機の数々が、びっくりするほど美しいのだ。それが戦争をするための兵器である、なんていうことは一切関係ない。美しいから、美しいのだ。それは、「空を飛ぶものの独特の美しさ」ということなのだろうか。

ただし具体的に言うなら、現実の戦闘機が美しいかどうかということではなく、戦闘機に魅せられた者だけが描ける、官能に満ちた描線の美しさ、ということでもある。最も美しく見えるアングル、スピード感と雄々しさ、角度によって違う光線の照り方、そういったものを知り尽した者だけが描くことのできる描線なのだ。ミリタリーマニアでもなんでもない、そもそも描かれている戦闘機が何かすら知らないし分からないオレが、これはただただ美しいものだ、と感じ入ることができるのだから、ロマン・ユゴーの描画がどれだけ頭抜けて優れているのか理解できるだろう。

20170629(Thu)

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■ベルセルク(39) / 三浦健太郎

ベルセルク 39 (ヤングアニマルコミックス)

おー『ベルセルク』39巻やっと出たぞー嬉しいぞー楽しみだぞー、という訳で読み始めたオレである。お話はガッツさん一行がエルフヘルムに辿り着くところから始まる。ここならキャスカの精神を回復させることができると知ったからだ。で、このエルフヘルム、いわゆる「妖精の島」で、鬱蒼とした森の中にあっちにもこっちにも妖精と、それから魔法使いがいる。最初こそ上陸を阻む戦いこそあったけれども、受け入れられてからは歓迎モードだ。そして、このエルフヘルムを隅々まで描くその描写が、なにしろ凄い。そして、強力にファンタジックだ。三浦健太郎の画力はそもそも凄まじいものがあるが、このエルフヘルムにおける描き込みは、これまで以上に鬼気迫るものがある。正直よくここまで描き込んだものだなあ、と呆然とさせられる。PCの導入もあったようだが、それにしたってハンパない。それはもちろん、三浦の頭の中に「描くべきもの」がパンパンに詰まっていて、それを全て描かなければ気が済まないからなのだろう三浦健太郎は、絶妙に精緻なグラフィックで定評のあるバンドデシネが3年掛けてやっていることを、たった一人で1年でやってしまっていないか。ただでさえ命削って描いている三浦はこのエルフヘルムの描写だけで10年ぐらい寿命縮めていないか。グラフィックだけではなく物語展開もいい。お祭り気分に沸くエルフヘルムで、キャスカの精神にファルネーゼとシールケがダイブする。それはエルフヘルムの百花揺籃の美しさとは真逆の暗くどこまでも続く荒涼とした大地だ。このコントラストがまたいい。ファルネーゼとシールケは、この寒々とした荒野を、一歩一歩、全ての絶望の中心、「蝕」の記憶の核心へと迫ってゆくのだ。もともとクオリティの高さは一貫している『ベルセルク』だが、この38巻はまたしても一つ上の高みに辿り着いた気さえする。

ベルセルク 39 (ヤングアニマルコミックス)

ベルセルク 39 (ヤングアニマルコミックス)

■竜の学校は山の上、竜のかわいい七つの子、ひきだしにテラリウム / 九井 諒子

竜の学校は山の上 九井諒子作品集

竜の学校は山の上 九井諒子作品集

九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子 (ビームコミックス)

九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子 (ビームコミックス)

ひきだしにテラリウム

ひきだしにテラリウム

『ダンジョン飯』の九井諒子がそれ以前に書いていたファンタジー・ジャンルの短編集3冊。雑誌掲載ものもあるが同人誌や書き下ろし作品も含まれ、九井のこれまでの足跡を辿ることが出来た。そして分かったのが、九井諒子、『ダンジョン飯』以前から並々ならぬ才能を持った漫画家だったということだった(ファンの方からしてみたら「何をいまさら」ということだろうが)。なにしろ絵が上手い。ただ上手いだけの漫画家なら掃いて捨てるほどいるが、流行りに迎合せず、老若男女のそれぞれの顔付きや世界観にあった風景をきちんと描き分け、さらに描線は美しく簡略化も絶妙なのだ。そしてそのストーリーテリングだ。現実世界にほんのちょっと入り混じるファンタジー世界、といった作品はありがちなのだが、九井の作品においては現実世界のシビアさがより強固に描かれ、ファンタジーの幻想世界に逃避した甘ったるい物語では決して無いのである。むしろ世相を巧みに取り入れることにより、ファンタジー要素が寓意化され、物語が孕む要素をより豊かなものにしているのだ。九井の物語は、結局現実が勝ってしまうものが多いのだけれども、しかしファンタジーはそれに負けたのではなく、逆に生き難い現実にささやかな温かみと希望をもたらそうとするのだ。そこがいい。九井の物語の楽しさはひとえに、彼女のそういった部分にあるのかもしれない。また、『ひきだしにテラリウム』などは2〜8ページ程度のショートショートを集めたものだが、物語のクオリティの高さと併せ、作品の内容によってそれぞれ絵柄を変えているところなど芸が細かくて感嘆する。いやホント、才能あるわこの人。

■みずほ草紙 (4) / 花輪和一

みずほ草紙 4 (ビッグコミックススペシャル)

みずほ草紙 4 (ビッグコミックススペシャル)

花輪和一の『みずほ草紙』がこの巻で完結だという。連作短編集『みずほ草紙』は、おそらく昭和初期あたりの日本の農村を舞台に、そこで起こる幻想と怪異、それにまつわる人間の業と地方共同体の暗部、さらには緑濃く水豊かな自然のもたらす神秘を描いた作品だ。このブログで何度も書いているがこと花輪和一に関しては日本漫画界においてオンリーワンの貴重な才能であり、諸星大二郎と並ぶ圧倒的な幻視者であると確信している。花輪はもともと怨念と土俗信仰の合体したどろどろとした怪異譚を多く描いてきたが、同時にそこからの救済をも描いてきた漫画家であった。そしてこの『みずほ草紙』最終巻では、これまで通りの怪異こそ描かれはするが、どこか悟りに似た涅槃の平穏を感じるのだ。中心となるのはいつもの丸顔少女と、かつて仙人に師事したという奇妙な老婆である。少女は老婆を通し現実の背後に存在する見えない世界とその世界がもたらす真理を体験するのだ。そしてその真理を担うのが実は猫なのである。ある意味花輪の猫愛の発露とも取れるが、それは愛玩獣の猫であると同時に世界の真理を司る者の使役獣としての猫でもあるのだ。神秘への案内役として猫が描かれるこの作品は猫好きには堪らないものでもあるだろう。

■幻想ギネコクラシー(1)(2) / 沙村広明

幻想ギネコクラシー 1

幻想ギネコクラシー 1

幻想ギネコクラシー 2

幻想ギネコクラシー 2

『幻想ギネコクラシー』、1巻目は2014年に出ていたらしいが存在を知らず、2巻目がこの間発売されたので併せて読んでみた。内容は沙村広明の透徹した画力で描かれたひたすらしょーもない短編作品集である。SFやファンタジーチックな物語が多いが、殆どが思い付きとダジャレみたいなオチばかりである。もう、才能の無駄使いとしか思えないような脱力的な作品ばかりでありさらに下品この上ないので人にはとてもお勧めできないのである。とはいえ、このしょーもなさもまた沙村広明であり、沙村の本質の一つであることも否めないのである。才能の無駄使いとはいえ、着想の段階で一個抜きんでてるものがあるのも確かなんだよな。

■アオイホノオ(17) / 島本和彦

ホノオ君遂にメジャーデビューである。ヤッタ!とはいえメジャーにはメジャーの「あなたの知らない世界」が広がっていたのである。まあしかしここからは果敢に未来に突き進んでゆくんだろうなー。頼もしくなったもんだなー。

■監獄学園(25) / 平本アキラ

やっと!「監獄学園体育祭極限騎馬戦編」が終了!長かった!そしてなにやら新キャラが!?まあ25巻目ともなるとダラダラですが、こっちもダラダラ読むから構わんです。巻末の「巨悪学園」コラボはちょっとつまらんかったです……。

■いぬやしき(9) / 奥浩哉

いぬやしき(9) (イブニングKC)

いぬやしき(9) (イブニングKC)

大殺戮と大破壊が終わってその後始末ってことですか。しかし次の10巻で完結ですか。ダラダラやるよりしっかりまとまっていいかも。しかもアニメ化で実写映画化ですか。

20170609(Fri)

[]負け犬たちの墓標〜『ヒットマン5』 負け犬たちの墓標〜『ヒットマン5』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ を含むブックマーク 負け犬たちの墓標〜『ヒットマン5』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ のブックマークコメント

■ヒットマン5 / ガース・エニス

ヒットマン5

■セクション8の最期

非情と無情が交錯するタフでマッチョなハードボイルド・ストーリー『ヒットマン』の最終巻、第5巻である。この巻は以下の章により構成される。それは「スーパーヒーローになろう!」「スーパーガイ」「終わりの時」「月の裏の闇にて」の4章だ。この巻でいよいよ主人公トミーの命運が決定付けられる。

「スーパーヒーローになろう!」「スーパーガイ」はヌーナンの酒場にたむろするあるスーパーヒーローの物語である。その男の名はシックスパック、またの名を「酔って酒瓶で頭を殴るマン」。そう、コミック『ヒットマン』の名を知らしめることになったゴッサム・シティの3流ヒーロー軍団、セクション8の一人である。とはいえこのセクション8、ヒーローとは名ばかりの単なる変人奇人負け犬集団でしかない。このシックスパックにしたって「俺はヒーローだ!」と酒場でくだを巻くだけのアル中親父である。妄想だけでなんとか自分を保っている哀れな敗北者なのだ。そんな彼の前に、異次元からやってきたモンスター軍団が襲い掛かる。

すわ一大事とばかりシックスパックはセクション8の招集をかけ、ここにセクション8vs異次元モンスターの熾烈な戦いが繰り広げられる……筈だった。いや、確かに『ヒットマン』第2巻ではこのセクション8の面々の、奇態を凝らしたとんでもない戦いぶりが敵を撃退していた。それは、負け犬たちの痛快極まりない一発逆転だった。だがしかし、二度目は無いのだ。この章では、3流ヒーロー軍団セクション8が、結局は単なる負け犬に過ぎないことが冷徹に描かれてゆく。作者ガース・エニスは、ここで遂に『ヒットマン』世界の解体へと乗り出してゆくのだ。

■終わりの時

そして物語は『ヒットマン』のある意味最終章ともなる「終わりの時」へと向かってゆく。ある邪悪な実験を目撃してしまった一人の女。トミーは、彼女を守るために立ち上がることになる。しかしその邪悪な実験は、CIAによってなされたものだった。ここでトミーは、アメリカの誇る巨大諜報組織を相手に戦うことを余儀なくされてしまうのである。確かに『ヒットマン』2巻までの、調子よくお気楽なトミーであったら、奇想天外な戦法を繰り広げ、例えそれがCIAであろうとも、こともなく撃退していたかもしれない。しかし、今のトミーは、戦いに次ぐ戦いの果てに、虚無と、無力と、悲嘆の味を知ってしまった男なのだ。彼は今たかが一介の殺し屋でしかなく、己の限界をも十分理解しているのだ。能天気な無敵のヒーローではなく、死すべき運命を背負った生身の男、殺し屋の腕と、タフな虚勢だけが頼りの男、それが今のトミーなのだ、そして物語は、"ヒットマン"トミーの、最後の戦いへとなだれ込んでゆくのである。

こうした大筋の合間に、トミーを巡るあらゆる物語もまた展開してゆく。それはトミーの少年時代の物語であり、盟友ナットと出会った軍隊時代の物語であり、殺し屋であるトミーを嫌った元カノ、ティーゲルとの最終的な決着である。これらがあたかも走馬灯のように物語を駆け巡り、鮮烈なクライマックスへと疾走してゆくのだ。また、この章ではFBI女性捜査官キャサリン・マカリスターが再登場し、トミーとの共闘を約束するが、トミー同様クールな殺し屋であるキャサリンの戦いぶりはこの最終章を華々しく染め上げている。ところでこのキャサリン、『Xファイル』のダナ・スカリーにそっくりで、ダナ・スカリー・ファンのオレは大いに盛り上がったことも付記しておく。

■エピローグ:月の裏の闇にて

こうしてトミーの最後の戦いに決着がついた後に物語られる「月も裏の闇にて」はいわゆるエピローグといったところだろう。これまで陰鬱に展開し続けてきた『ヒットマン』の物語だが、この章ではスーパーマン、バットマン、ワンダーウーマン、フラッシュなどDCコミックお馴染みのスーパーヒーローが勢ぞろいとなって活躍を見せ、お得感満載の章として楽しめる。その中には我らがトミーもいるのだが、スーパーパワーを兼ね備えたスーパーヒーローの中でボンクラ野郎トミーがいったいどんな戦いを見せるのか?というのがこの章の面白さだ。漫画担当(ペンシラー)はこれまでと同じジョン・マクリアなのだが、カラーリストが違うせいかこれまでの『ヒットマン』のグラフィックと一線を画し、スーパーヒーロー勢揃いに似つかわしいカラフルなグラフィックを見せてくれるのも楽しみの一つだろう。どちらにしろ、この「月の裏の闇にて」で、"ヒットマン"トーマス・モナハンの物語は大団円を迎えるのだ。

■『ヒットマン』とはなんだったのか

こうして全5巻を振り返ってみると、『ヒットマン』とは、DCコミックを始めとするスーパーヒーローコミックへのアンチテーゼであったことがよくわかる。『ヒットマン』の世界では、正義というものの姿がどこまでもグレーだ。殺し屋トミーはスーパーヒーローを名乗りながら決してスーパーでもヒーローでもなかった。タフでマッチョでハードボイルドだったトミーは、実際の所とことん負け犬だった。そんな負け犬の彼が、己の信ずるものと、己の愛する仲間のためだけに、体を張って戦いに乗り込んでゆく。そこには正義も大義もないけれども、しかし、彼の心には決して嘘はない。それがトミーの魅力であり、コミック『ヒットマン』の魅力だったのだ。

そして『ヒットマン』においてスーパーヒーローコミックへのアンチテーゼを描いた原作者ガース・エニスは、それをさらに深化させた途方もない暗黒作、『ザ・ボーイズ』を世に送り出すことになるのだ。この『ザ・ボーイズ』についてもいつか書こうと思う。

■『ヒットマン』レビュー一覧

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殺し屋たちの挽歌〜『ヒットマン4』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

負け犬たちの墓標〜『ヒットマン5』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

ヒットマン1 ヒットマン2 ヒットマン3 ヒットマン4 ヒットマン5

20170608(Thu)

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■ヒットマン4 / ガース・エニス

ヒットマン4

■殺し屋たちの挽歌

非情と無情が交錯するタフでマッチョなハードボイルド・ストーリー『ヒットマン』の第4巻は以下の章により構成される。それは「死者の国」「殺し屋たちの挽歌」「その夜の翌朝」「新鮮な肉」「老犬―オールド・ドッグ」の5章である。

まず最初の「死者の国」ではトミーとその仲間とがゴッサム・シティに巣食う吸血鬼の軍団と一戦交える様が描かれる。まずは軽くウォーミングといったところか。しかし荒唐無稽な題材ながら、冒頭では前巻において心に深い傷を負ったトミーの空虚な日々が描かれもする。そう、全ての物語は引き継がれているのだ。

続く「殺し屋たちの挽歌」ではトミーの仲間であり、同じ殺し屋である中国系アメリカ人リンゴ・チェンの物語が中心に描かれる。リンゴはこれまでの物語にも登場していたが、ここではトミーと対立しお互い銃を向け合うようになってしまう。それもこれも単純な行き違いからなのだが、仲間をファミリーの如く扱うトミーは心が重い。そんな折、復讐に燃えるマフィアが二人を拉致監禁し、惨たらしい拷問を繰り返してゆくのだ。死を悟ったリンゴは自らの過酷な生い立ちをトミーに語り始める。そして物語は、壮絶極まりない戦いへと否応なく繋げられてゆくのだ。この章はジョン・ウーとチョウ・ユンファに捧げられており、彼らの映画作品を彷彿させるような男たちの非情の挽歌が語られてゆく。監禁され拷問を受けるトミーにスーパーヒーローの面影は既にない。ここにあるのは、常に死と隣り合わせであり、今生きているのはたまたま運が良かったからに過ぎない非力な男の影なのだ。

■その夜の翌朝

「その夜の翌朝」ではトミーと彼の元カノ、ティーゲルとの復縁を巡る物語だ。ティーゲルはトミーを愛しつつも、彼が殺し屋稼業を営んでいることをまるで快く思っていない。併せてトミーの女たらしぶりが彼女の怒りに拍車をかける。そんな二人の諍いの様子はこれまでの物語でも度々差し挟まれていた。トミーはなんとかしてティーゲルと復縁をしたいが、不器用な彼にはそれがうまく行かない。コミカルな章ではあるが、まともな愛すらも得ることが出来ない殺し屋の悲しみが漂う章でもある。

「新鮮な肉」はタイムマシンで恐竜時代に旅してしまい、そこでティラノザウルスに追い掛け回されるトミーと彼の盟友ナットとのドタバタを描いた1作。おまけにその恐竜を現代に連れてきてしまうものだから大騒動である。しかも主人公トミーが肉食恐竜とはっしとばかりに戦うのかというというとそうでもなく、タフな事をほざきながら情けなく逃げ回るだけだ。さすがのトミーも肉食恐竜相手では分が悪い。とはいえ、ここでも描かれるのはスーパーヒーローでもなんでもないトミーの無力さなのだ。

■老犬―オールド・ドッグ

そしてラスト、「老犬―オールド・ドッグ」で物語はまたしても非情の世界に逆戻りする。トミーたち仲間が集う酒場、ヌーナン。ここにはトミーの養父でもある男、ショーンが店主を務めていた。百戦錬磨の男たちですら一目置く男、ショーンには数奇な運命で彩られた過去があった。一方、血に飢えたマフィアの武装集団がトミーの首を取るためにヌーナンを包囲していた。ヌーナンに立て籠もったトミーとその仲間たちは、あたかもアラモ砦のようにマフィアたちとの熾烈な戦いを繰り広げてゆくのだ。ここで描かれる激しい銃撃戦は硝煙の匂いさえ漂ってきそうな緊張感に満ち、その中でトミーとその仲間たちとの固い結束が描かれる。そして、彼らに父のように慕われる"老犬"ショーンの人生が重ね合わされ、哀切極まりないクライマックスへとなだれ込んでゆくのだ。「殺し屋たちの挽歌」でもそうだったが、この「老犬―オールド・ドッグ」でも、登場人物の過去を掘り下げ、彼らのキャラクターに非常に生々しい肉付けをしてゆく手法がとられる。そこから浮かび上がるのは裏社会に生きる者の悲しみや、そんな男の持つプライド、そして、気の置けない仲間たちのささやかな交歓の様子なのだ。こうして、物語は最終巻第5巻へと続いてゆく。

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20170607(Wed)

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■ヒットマン3 / ガース・エニス

ヒットマン3

■果てしなくタフでハードで、そしてあまりに凄惨

オレが今最高にハマっているアメコミ・ヒーロー作品、それは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』でも『ワンダーウーマン』でもなくこの『ヒットマン』である。

ヒットマン。本名トーマス・モナハン、通称トミー。アイルランド系アメリカ人で現在ゴッサム・シティに住む。トミーは殺し屋だ。一応悪人しか殺さない、というルールを持っている。女に優しく友情に篤く、タフでマッチョ、ハードボイルドで"ずぼら"。ちょっとした超能力を持つが、作中でたいした役に立つことは無い。いわゆるDCユニバースの作品であり、だから作品によってスーパーマンやバットマンが登場することがある。そしてこの作品の最大の魅力は、主人公トミーを含め登場人物誰もが、「負け犬」であるといった点だ。この『ヒットマン』の1巻と2巻については以前このブログでこんな感想を書いたことがある。

凸凹タフガイが大活躍する『ヒットマン』にはちょっとだけ「犬溶接マン」が出ていた! - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

ダメダメヒーロー軍団「セクションエイト」が揃い踏み!〜『ヒットマン2』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

その『ヒットマン』の3巻と4巻、最終巻である5巻が同時発売されるという。1冊3500円もするからこれは悩んだ。それと、そもそも『ヒットマン』はB級オチャラケキャラが登場するという興味から読み始めていて、その辺はもう確認したから、もういいかな、とも思っていた。だが、『ヒットマン』原作者であるガース・エニスの『ザ・ボーイズ』を読み、その凄まじさに感嘆し、「このガース・エニスという奴はなにか途方もないものを秘めているのではないか」と思い、とりあえず3巻だけを買って読んだ。

するとこれが、これまでの"B級オチャラケキャラ作品"といった内容とは180度異なる、果てしなくタフでハードで、そしてあまりに凄惨な物語が展開していたのだ。これには度肝を抜かれた。オレはすぐさま4巻と5巻を買い揃え、『ヒットマン』ワールドを堪能し尽くした。読み終えて、「これはアメコミ作品の超名作なのではないか」と確信した。出版社が3〜5巻同時発売などというトチ狂ったことをなぜ行ったのかも理解できた。この素晴らしすぎる作品の全てを、早く世に知らしめたいと判断したのだ。文字通り英断である。

■非情と無情の交差するとてつもない物語

さて、1巻2巻とはまるで趣の異なるこの3巻はどういった物語なのか。この3巻は幾つかの章に分かれている。それは「勝利は危険の先に」「トミーの大作戦」「君に捧げる歌」「クソッタレな未来」「ケイティ」の5編。

「勝利は危険の先に」はその冒頭から重く暗い。それはSAS(イギリス陸軍特殊空挺部隊)によるIRA(アイルランド共和軍)の処刑シーンだ。そしてここで登場したSAS隊員たちが、ある理由からトミーとその仲間たちの抹殺に動き出したのである。その様相は既に戦争である。だが、名うての殺し屋であり、一応スーパーヒーローものの片割れであるはずのトミーは、世界最強の特殊部隊SASが相手ではまるで歯が立たない。そう、ここで描かれるのは現実的な武力に対する架空のヒーローである者の徹底的な無力だ。さらに、SAS隊員たちの「なぜ、何のために戦うのか」と繰り返される自問が、単なるアクション・ストーリーの枠を超え、「戦うことの虚無」を浮き彫りにしてゆく。そしてそのニヒリズムを極めたラストがあまりに衝撃的なのだ。

「トミーの大作戦」 では前回の戦いで己の無力と戦うことの恐怖に取り付かれたトミーが、アフリカの架空の国に傭兵として出向く様が描かれる。ここでトミーは国を悩ます反政府ゲリラの掃討を行うことになるが、そこで目にしたのは、人民に対する国家の蹂躙と虐殺だった。真実を知ったトミーは反旗を翻しゲリラと共闘することになるが、政府は恐るべき超能力を秘めたヴィランを派遣するのだ。ここでは善悪の構図が逆転し、さらに善悪の定義が無効化する様が描かれる。アフリカ国家は非道であるが、反政府ゲリラは麻薬をアメリカに流し軍資金としている。どちらも大義名分を掲げながら同時に薄汚いことに手を染めている。トミーはいくらかましなゲリラに未来を託し協力するが、ここで「正義」とは決して清廉潔白なものではないことも明らかにされる。

「君に捧げる歌」はスーパーマンとトミーとの対話が描かれる短編作だが、ここで描かれるのも「正義」というものの不確かさであり、短いながら非常に印象深い作品だ。続く「クソッタレな未来」はタイムマシンが登場するオチャラケ作品だが、重い問題提起の続くこの3巻ではある種の息抜きになっていてちょっと安心させられる。しかし、ラスト作「ケイティ」で、『ヒットマン』の物語はまたもや暗く寒々しい世界へと逆戻りする。ここで描かれるのはトミーの出生の秘密だが、あまりに遣る瀬無いラストには魂が凍り付くような思いだった。

こうして全編に渡り非情と無情の交差するとてつもない物語を描き切ったのが『ヒットマン』第3巻だったのである。そして物語はさらに壮絶となってゆく4巻へと引き継がれるのだ。以降、明日から4巻5巻と順次紹介してゆく。いや、ホント、物凄い作品ですよ。

ヒットマン1 ヒットマン2 ヒットマン3 ヒットマン4 ヒットマン5

20170519(Fri)

[]ジェフ・ダロウの超絶描き込みアメコミ作品3作〜『ザ・ビッグガイ』『少林カウボーイ』『ハードボイルド』 ジェフ・ダロウの超絶描き込みアメコミ作品3作〜『ザ・ビッグガイ』『少林カウボーイ』『ハードボイルド』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ を含むブックマーク ジェフ・ダロウの超絶描き込みアメコミ作品3作〜『ザ・ビッグガイ』『少林カウボーイ』『ハードボイルド』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ のブックマークコメント

■ジェフ・ダロウというアーチスト

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アメコミ・アーチスト、ジェフ・ダロウのコミック2冊が日本でも立て続けに発売されることになり、ここでザックリと紹介してみたいと思う。彼のプロフィールについてはこちらこちらのリンクを参考にしてもらうとして、このジェフ・ダロウ、なにしろ物凄いアーチストなのである。何が凄いって、それはグラフィックのとんでもない描き込みの量なのである。

それはフォトリアルな緻密な描き込みというのではない。ジェフ・ダロウの本領はまずモブ・シーンで発揮する。ページ4分の1ぐらいの大きさのコマに40人ぐらい平気で描き込むし、これが見開きページともなると100人200人は優に超える人間を描き込む。この辺、コピペもあるのかもしれないが、この人だったら実際に全部描いてるんじゃないのかと思わせるような膨大な人物量なのだ。

そしてもう一つは破壊描写の際の、空中を舞いさらに地面にばら撒かれる、破砕した物体の細々とした描き込みだ。爆風や煙で誤魔化すのではなく、微速度カメラで撮影された映像のように、飛び散るそれらを一つ一つちまちまと描き混んでいるのだ。破壊描写に限らず、地面には常にゴミやらなにやらのオブジェが散らかっており、血糊や血飛沫さえポチポチチマチマと克明に描写され、「それは別に省略しても構わないしあえて描く必要もないんじゃないか」と思えるにもかかわらず、でもやっぱり描き込んであるのだ。

そうして生み出されるのは、眺めているだけで目が回り気が遠くなりそうな幻惑性と、有無をも言わさぬ圧倒的な迫力である。ページを繰る度、コマを見る度、「なんでここまで描き込まなければならないんだ?」と呆然としてしまう。そしてそんなページなり一コマ一コマを、何がどう描き込まれているのかじっくり舐めるように眺めてしまう。そんなとんでもない吸引力を秘めたグラフィックがジェフ・ダロウの魅力なのだ。

今回発売となる作品は『少林カウボーイ』と『ザ・ビッグガイ&ラスティ・ザ・ボーイロボット』。さらに日本では1994年に発売された『ハードボイルド』をここで紹介する。

■ザ・ビッグガイ&ラスティ・ザ・ボーイロボット

ザ・ビッグガイ&ラスティ・ザ・ボーイロボット (G-NOVELS)

この作品は日本が舞台となる。遺伝子操作実験の暴走により生まれた"トカゲ状の"巨大怪獣が、(多分)東京の街をなぎ倒してゆくのである。まあ、要するに『ゴジラ』である。それに対抗するため日本政府が送り出したのは、巨大ロボ「ザ・ビッグガイ」と、小型少年ロボ「ラスティ・ボーイ」であった、というのが本作である。まあ、要するに『鉄人28号』と『鉄腕アトム』である。つまりこの『ザ・ビッグガイ』、日本を舞台に『ゴジラ』『鉄人28号』『アトム』が暴れまわるという、とても安直なジャパニーズ・ポップ・カルチャーへのオマージュで成り立っている作品なのだ。しかし原作が『シン・シティ』『300』のフランク・ミラーであり、それをジェフ・ダロウのグラフィックでもって描かれているものだから、一筋縄の「ロボットVS怪獣バトル」という訳にはいかないのである。ここでもジェフ・ダロウの超絶描き込みが炸裂するのだ。破壊されるビルの細かな砕片の一つ一つ、吹き飛ばされる車両のディティール、逃げ惑い右往左往する人々の一つとして同じものの無いポーズ、そして東京のみっちりと密でごみごみした街並みが、これでもかこれでもかと微に入り細に渡り描き込まれているのだ。おまけに怪獣の毒液でモンスターに姿を変えられた人々が通りを埋め尽くして暴れまわり、しかもそれがそれぞれに姿が違うものだから、画面の情報量が過飽和に達しているのである。「ロボットVS怪獣バトル」であるにもかかわらず、もっと異様なものを見せられているのである。日本の閣僚や自衛隊の皆さんも登場するので、『シン・ゴジラ』でヤラレタ人も読むといいのである。ただ『ゴジラ』というよりはどっちかっていると『クローバー・フィールド』に近いもんがあるが。

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■少林カウボーイ

少林カウボーイ SHEMP BUFFET (G-NOVELS)

この『少林カウボーイ』は何故かカウボーイ・ルックの拳法使いのおっさんが、ゾンビの群れを延々倒してゆく、という"だけ"のコミックである。主人公のおっさんは"少林"から連想されるような精悍な肉体をしているわけではなく、割と緩い体型をしている。作者は「勝新太郎の座頭市からインスピレーションを得た」そうだから、このルックスはそのせいなのだろう。だからこのコミックでも座頭市が百人斬りをするかの如くゾンビを斬り倒してゆくのだろう。しかし少林カウボーイの武器は仕込み杖ではなく、長い棒の両端にチェーンソウが取り付けられたものだ。まあ、素直に、バカな武器だな、としみじみと感嘆する。で、このダブルチェーンソウをぶんぶん振り回しながらゾンビの群れを切り刻んでゆくのだが、なぜゾンビなのかは、実はよく分からない。しかしとりあえずゾンビだから倒さねばならない。で、このコミックの狂った所は、殆どのページが、異様に描き込まれた無数のゾンビを、少林カウボーイがただただ切り刻んでゆく、鉄拳を打ち込んでゆく、というそれだけのシチュエーションを、数10ページ、数10コマに渡って、ひたすら延々と描き込まれてある部分である。正直、物語もカタルシスもないのである。読んだ人は例外なく「なんだこれは」と唖然とするだろう。「まだ続くの?全部これなの?」と呆れ返るだろう。そして、描かれる殆どのゾンビは、よく見るとそれぞれ刺青がしてあり、さらにセミの幼虫が無数にたかっている。なぜこんなものをいちいち描き加えるのだ?と思う。訳が分からない。とはいえ、実はこれ、コミック1冊丸々使ったコンセプチュアル・アートということもできはしないだろうか。

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■ハードボイルド

ハードボイルド

この作品は『ザ・ビッグガイ&ラスティ・ザ・ボーイロボット』に先駆け、フランク・ミラー原作・ジェフ・ダロウ画により1990年に発表されたものだ。日本語翻訳版は1994年に発売され、オレが最初にジェフ・ダロウを知りその作品に衝撃を受けたのもこの作品からだった。日本語翻訳版は現在廃刊となっているが、それほどややこしいお話ではないし、ジェフ・ダロウのグラフィックをとことん楽しみたいだけなら、現在も発売されている洋書を入手すればよいのではないかと思う。で、この『ハードボイルド』、タイトルから渋い探偵物語を連想させるけれども、実はSF作品なのだ。舞台となるのは未来の(多分)アメリカの都市、主人公は収税官吏ニクソン。収税官吏とはいえそこは混沌とした汚濁の未来都市、ニクソンはブラスターガン片手に暴れまわることになるのだ。しかもこのニクソン、実はアンドロイドなのだが自分ではそれを知らず、その隠された来歴により自らのアイデンティティを崩壊させてゆく。その崩壊する自我の中でニクソンは暴走してゆき、さらなる破壊と殺戮を生み出してゆくのである。いってみれば『ブレードランナー』を『ダイ・ハード』のタッチで描いたのがこの作品だということもできる。そして例によって、この作品でもジェフ・ダロウは狂気の如き描き込み量を見せつける。おまけに全編に渡り凄まじいバイオレンスとアクションが展開してゆくので、どのページにおいても大量破壊と大量殺戮がつるべ打ちとなって描かれており、そのいちいちに事細かな描き込みが成されているため、読んでいて目を見張ること必至だろう。それによりこの作品は、非常にショッキングな、そして美味しいものとして仕上がっている。今回紹介した3作品の中でもダントツの問題作であり名作だろう。SF、バイオレンスの好きな方は是非入手して読んでもらいたい。

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ハードボイルド

ハードボイルド

Hard Boiled

Hard Boiled