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メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20170728(Fri)

[]最近聴いたエレクトロニック・ミュージックだのジャズだのソウルだのロックだのレゲエだの 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックだのジャズだのソウルだのロックだのレゲエだの - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ を含むブックマーク 最近聴いたエレクトロニック・ミュージックだのジャズだのソウルだのロックだのレゲエだの - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ のブックマークコメント

■Mulatu Of Ethiopia / Mulatu Astatke

MULATU OF ETHIOPIA [帯・ボーナストラックDLコード・日本語解説付国内仕様盤]

いつもは殆どエレクトロニック・ミュージックばかり聴いているオレだが、実は最近、部屋でジャズを聴くことも多くなってきた。聴くというよりも、単にBGMとして優れているから鳴らしているだけで、全く造詣はないし、思い入れもないのだが。そんなオレが最近部屋でよく流しているジャズ・ミュージックの一つがMulatu Astatkeによるアルバム『Mulatu Of Ethiopia』、いわゆる「レア・グルーヴ」モノである。Mulatu Astatkeは1943年エチオピア生まれのミュージシャンで、ヴィブラフォン、パーカッションを操る打楽器奏者だ。「エチオ・ジャズ」の生みの親と呼ばれ、現在も現役で活躍中のジャズ親父である。詳しいバイオなどはネットで調べてもらうとして、なぜジャズに疎いオレがよりによってエチオ・ジャズなんかを聴いているのかというと、その独特な音が面白かったというのがある。まず全体的に妙にこってりしている。そしてホーンの音がやはりねちっこく、さらにセクシーだ。音も十分に黒々している。詳しくはないがいわゆるアフロ的な音だということなのかもしれない。オレの知るようなジャズの音がキリッと冷やしてライムを加えたジンのような無駄のない味わいだとすると、このMulatu Astatkeの音はカルーアリキュールにホットコーヒーとホイップクリームを加えたティファナ・コーヒーのような味わいだ。燻されたような甘い匂いが漂っている。しかし全体を見渡すとこれはこれでジャズの音に間違いない。そういった"臭み"の面白さがオレがこのアルバムを気に入った理由である。このアルバムは7曲のステレオ・バージョンに同じ7曲のモノラル・バージョンが同時に収められているが、やはり若干響きが違う。さらに日本版には9曲分のセッションのダウンロードコードが付いていてちょっとお得だ。 《試聴》

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■It'll All Be Over / The Supreme Jubilees

It'll All Be Over

It'll All Be Over

The Supreme Jubileesの『It'll All Be Over』はゴスペル/ソウル・アルバムである。エチオ・ジャズの次はゴスペル/ソウルかよオレいったどうしちゃんだよ、と思うが、なにしろこのアルバムも部屋聴きに適した実に和みの一枚で、仕事から帰ってきたらバドワイザー缶を開けながら居間にある安物のステレオコンポ(3万円)で一発キメている。The Supreme Jubileesは1979年にカリフォルニアで結成されたファミリー編成のバンドであり、アルバム自体は80年に自身のレーベルS&Kより500枚のみリリースされたレア盤、これが唯一のアルバムなのらしい。なによりイカスのは一曲目の「It'll All Be Over」だろう。↓に動画を貼っておいたから聴いて和むがいい。こういったメロウな曲のみならず、実にファンキーだったりゴスペルした曲も満載だ。なにより、素朴でコマーシャリズムに染まっていない部分がこういったレア・グルーヴものの面白さなのかもしれない。 《試聴》

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■Cracked Actor: Live in Los Angeles / David Bowie

Cracked Actor (Live Los Angeles '74)

Cracked Actor (Live Los Angeles '74)

ジャズ、ソウルと来て次はロックである。いや、エレクトロニック・ミュージックも聴いてますよ、後で紹介しますから。なんたってアナタ、このアルバムはかのデヴィッド・ボウイのつい最近リリースされた公式ライブアルバムなんですよ。ライブ自体は1974年9月にロサンゼルスで行われた「Philly Dogs Tour show」のもので、要するにアルバム『ダイヤモンドの犬』の時代のライブ・ツアーの様子を収めたものなんだね。この様子を収録したテープが去年発見され、長年のボウイの相棒トニー・ヴィスコンティによりミックスされた、というのがリリースの経緯らしい。ところでボウイのライブアルバムというと『デヴィッド・ライブ』というのが存在するんだが、これも実は1974年のライブを録音したもので、曲も結構かぶっているんだよね。しかしだ、『デヴィッド・ライブ』のどうも演奏に熱の無い白けた印象(借金で仕方なくリリースしたという噂もある)と比べると、この『Cracked Actor』は『ヤング・アメリカン』リリース直前のよりソウル・ミュージックに肉薄したボウイのヴォーカルが聴けるんだよ。試しに『All The Young Dudes』を聴き比べてみてもその伸びやかさとアレンジの自由さでは『Cracked Actor』のプレイのほうが楽しいし、名曲『タイム』はよりフリーキーに歌い上げるヴォーカルは非常に説得力があるんだ。そういった意味で『デヴィッド・ライブ』を既に持っているファンでも買いだしもちろん持っていないファンにもこの時代のボウイのヴォーカルを知る良いライブアルバムだと思うな。《試聴》

■Outside The Echo Chamber / Coldcut/On U Sound

お次はレゲエ/ダブ・アルバム。サンプリング・ミュージックのパイオニアColdcutとUKダブ・ミュージックのパイオニアAdrian Sherwoodがタッグを組んだレゲエ/ダブ・ミュージック・アルバムがこの『Outside The Echo Chamber』。リー・スクラッチ・ペリー、ジュニア・リードも参加。全体的にはAdrian SherwoodによるメタリックなダブにColdcutによるサンプリング・コラージュが被さるといった形か。それにしてもColdcut、実に懐かしい…。 《試聴》

■Paradygm Shift / Robert Hood

Paradygm Shift

Paradygm Shift

というわけでやっとエレクトロニック・ミュージックの紹介。こっからは淡々と行きます。というかエレクトロニック・ミュージックは淡々として聴けるのがいいんだよ。さてこちらはデトロイト・テクノ・プロデューサーのベテラン中のベテランであり元U.R.のメンバーでもあるRobert Hoodのニューアルバム。もはや時代を超越したようなゴリッと歯応えのあるデトロイト・ミニマル・テクノが目白押しです。ファンならもちろん買い。デトロイト・テクノ聴けーッ!! 《試聴》

■D.E.G. / Bola

BOLA

BOLA

IDM/エレクトロニカ・ムーブメントの立役者、BOLAの10年振りとなる新作アルバム。ミステリアスかつメランコリックな曲が主体となるが、その中で時折エッジ―の効いた音が被さりドラマチックに盛り上がってゆく。ヴォコーダーが多用されている部分などは奇妙に変態的でエキセントリックな印象。 《試聴》

■Work / Nick Höppner

Work

Work

ベルリンの先鋭テクノレーベルOstgut TonからリリースされたNick Höppnerの2ndアルバム。リスニング向けからダンサンブルなものまで、全体的に非常にバリエーション豊かでカラフルなミニマル・ハウス〜テクノ〜エレクトロニカ・アルバムとなっているが、これはPanorama Barのレジデントを勤める彼の豊富な知識と経験を最大限生かしたものなのだろう。良盤。 《試聴》

■Theory of Colours / Dauwd

Theory of Colours

Theory of Colours

ベルリンで活躍するUK出身のプロデューサーDauwdによる1stアルバム。チルハウス〜ダウンテンポなその音はスモーキーかつまたもやメランコリックであり、聴いていて深く鎮静化してゆくトランキライザー・ミュージックとしての効果は大。ある意味オレの聴くようなエレクトロニック・ミュージックの殆どはトランキライザー代わりなんだよな。 《試聴》

■Porchlight & Rocking Chairs / Jimpster

Porchlight & Rocking Chairs

Porchlight & Rocking Chairs

最近Jimpsterのアルバム『Silent Stars』に非常に感銘を受け(レヴュー)、Jimpsterがこれ以前の2013年にリリースしたアルバム『Porchlight & Rocking Chairs』を聴いてみることにした。そして新作同様このアルバムも実にインテリジェンス溢れるハウスミュージック・アルバムであり、曲はどれも粒揃いで、美しく、力強く、明快で、素晴らしい。オレはこんな音楽が一番好きなんだと思う。新作と併せて聴かれることをお勧めする。 《試聴》

■Cocoon Compilation Q / Various

Cocoon Compilation Q

Cocoon Compilation Q

作業用ダンス・ミュージックとして個人的に絶大な支持をしているCocoonレーベルのコンピレーション、ノンミックス。アゲ過ぎずサゲ過ぎず明るくも暗くもなく心地良い機械音が一定のムードとテンポで並べられているところがお気に入りの要素なのかもしれない。 《試聴》

20170721(Fri)

[]レディオヘッド再び〜『OKコンピューター OKNOTOK 1997 2017』 レディオヘッド再び〜『OKコンピューター OKNOTOK 1997 2017』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ を含むブックマーク レディオヘッド再び〜『OKコンピューター OKNOTOK 1997 2017』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ のブックマークコメント

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■『OKコンピューター』再び

レディオヘッドが1997年にリリースした彼らの代表作『OKコンピューター』が20周年記念盤としてデジタルリマスターされ再リリースされた。CD2枚組となっており、CD2には8曲のBサイド音源、初リリース公式音源3曲が収められている。

ロックも、レディオヘッドもとっくに見限っていたが、このリマスター・アルバムは、なんだかフラフラと購入してしまった。結構イイ年こいたオレではあるが、いまだに時たま、メランコリックになるのである。最近聴くエレクトニック・ミュージックも、トランキライジングなアンビエントや、メランコリックな曲調のものが多かった。年を取ってみると、年を取ったなりの憂鬱や心配があるのだ。だからあの、メランコリイの大ボスみたいな、レディオヘッドの過去作リマスターなんかをフラフラと購入してしまったのである。

しまった、と思ったのだが後の祭りである。取り敢えず聴いてみると、あの不安定で憂鬱な音が、時が止まったかのように響いている。やはり今聴いても、とても完成度が高く、音は歪んでいるかもしれないけれども、繊細で、恐ろしいほどに美しい音楽だ。でもやはり、聴き続けると、心のどこかが苛まれてゆくような気分になってゆく。この音の、あと数ミリ先を突き破れば、空っぽの狂気や、涅槃に名を借りた死が口を開けているような気がする。病んでしまいそうだったのだ。

そんなのは考え過ぎだと思われるかもしれない。だが、オレ個人に関しては、当時ロックとレディオヘッドを見限った理由は、このまま聴き続けていれば、精神的にしろ肉体的にしろ、おそらく死んじゃうんじゃね?という危機感を感じたからだった。なんだか、ダメになりそうだったのだ。既にダメだったものが、ダメ押しのダメ、それこそもう底の無い究極のダメに成り果てるような気がしてならなかったのだ。

そんなわけで、今回の『OKコンピューター』リマスターは、封印してしまいたいと思っている。だが、あのジェダイですら、ダークサイドに堕ちることがあるように、このオレも、気付かないうちにずるずると暗黒面に引き摺られることがあるかもしれない。だから、以前ブログに書いたこの文章を置いて、戒めとしたい。

以下にある文章は、2008年、レディオヘッドがニューアルバム『In Rainbows』をリリースした際に自分のブログで書いたものの再掲である。オレは、オレなりに、前向きな生き方がしたかった、そういった文章である。

レディオヘッド、あるいは私的ロック・ミュージックの終焉

In Rainbows[輸入盤CD](XLCD324)

In Rainbows[輸入盤CD](XLCD324)

レディオヘッドを聴いたのは『OK Computer』が一番最初だった。当時既にロック・ミュージックに見切りをつけ、電子音鳴り響くクラブ・ミュージックばかり聴いていたオレであったが、何故かたまたまCD店で試聴してしまった『OK Computer』は、オレがロック・ミュージックから遠ざかった一番の原因である、暗さと不安定さと孤独さがみっちりとこびりついたアルバムだった。

10代から20代の半ばまで浴びるように聴いてきたロック・ミュージックを聴くのを止めたのは、イギリスのロック・バンド、ザ・スミスに傾倒してしまったからだ。ザ・スミスのひたすら惨めで自己否定に満ちた音と歌詞は、聴いていた当時のオレの生活を歌っていたかのようにさえ聴こえ、それは聴くほどに心に刺さり、気持ちを苛んだ。ザ・スミスの音は自分の醜い姿の映った鏡を常に凝視しているような気分にさせた。しかしそれを聴き続けていたのは、治癒していない瘡蓋を剥がす様な嗜虐の篭った快感があったからなのだろう。だがそんな行為を続けていても、いずれは行き詰る。剥がす瘡蓋さえなくなり、終いにオレは体中の皮が剥がされ、ただ苦痛に呻くだけの赤剥けの化け物と化してしまった。これは、まともな状態じゃないな、と思ったとき、オレはロック・ミュージックを聴くのを止める事にしたのだ。

それから聴き始めたエレクトロニカ/テクノ・ミュージックには、忘我と陶酔があった。躍動するリズムには自己否定の欠片も無かった。病んだ肉体を治癒し、さらにビルドアップしていくような快感がそこにはあった。負けているばかりいるのにはもう飽きていた。勝つつもりも無かったが(別に勝負しているわけでもないんだし)、取り合えず、ろくでもない糞溜から自分を引き上げる必要があったのだ。その為に、ロックにあったような暗さや不安定さや孤独さを己から洗い流したかった。勿論時々そこに舞い戻ってしまうこともあったが、もう今までとは違うのだ、とも思っていたのだ。

そんな時に何故またレディオヘッドの奏でるロック・ミュージックにはまってしまったのかは分からない。ただ、レディオヘッドの音には、聴いていて、奇妙に無垢になる一瞬があった。『OK Computer』から始まって、それからレディオヘッドのCDをぽつぽつと買い漁った。2001年発売の『Amnesiac』あたりまでは追いかけていたが、最も好きなアルバムは彼等の2ndアルバム、『The Bends』だった。このアルバムは、『OK Computer』からのどんよりとした内省へと向かう前の、レディオヘッドの最もリリカルなギターアルバムであると思う。オレは、夏休み、実家に帰ると、いつもポータブルプレイヤーにこのCDを詰めて、自転車に乗りながら、田舎の車も人も通らない道を走りながら、夏でも冷ややかな北国の空気を体に受けながら、宇宙さえ透けて見えそうな青空を見上げながら、8月というにはどうにもささやか過ぎる陽光を浴びながら、目を細めて、この音を聴いていたものだった。

そう、多分この時、この線の細い、ひ弱で内省的な音が、オレの気分にフィットしたのだろう。レディオヘッドは繊細だったのだと思う。そして自分で言うのもなんだが、田舎者のこのオレも、多分、純朴で繊細な、ドン臭いあんちゃんだったのだ。だがな。朴訥な田舎の風景にマッチしたリリカルなレディオヘッドの音は、東京の苛立ち気味に早足で歩く人間がごった返す雑踏の中では繊細すぎるんだよ。ここでこの音を聴くと首項垂れたまま前を見ることが出来ないんだよ。そしてもう疲れただの傷付いただのと言ってられないんだよ。

レディオヘッドのニューアルバム、『In Rainbows』。発表当初メジャーレーベルを通さないネット配信で話題になったアルバムだ。また相当売れているようだ。聴いてはいないのだが、きっと完成度も高いのに違いない。レディオヘッドは決して日和ったりしないのだ。それは分かる。聴かなくたって分かる。そして、オレはこのアルバムを聴かないだろう。オレには、ザ・スミスの自己否定が既に必要ないように、レディオヘッドの繊細さがもはや必要ないからだ。何かの映画で、黒人がレディオヘッドのCDを見つけ、「白人の聴く音楽だな」と吐き捨てていたのを覚えている。確かに、レディオヘッドは、白人の持つ知性の最先端の場所にあるロック・ミュージックなのだと思う。だけれど、もう、それだけでは足りないんだと思う。オレはタフでありたい。負けたくない。付け入れられたくない。その為には、レディオヘッドの音楽では、もう、十分じゃないんだ。

(※『レディオヘッド、あるいは私的ロック・ミュージックの終焉 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ』(2008年3月13日)より再掲)

OK COMPUTER OKNOTOK 1997 2017 [輸入盤] (XLCD868)

OK COMPUTER OKNOTOK 1997 2017 [輸入盤] (XLCD868)

20170703(Mon)

[]クラフトワークのライブ映像集『3-D』を観た クラフトワークのライブ映像集『3-D』を観た - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ を含むブックマーク クラフトワークのライブ映像集『3-D』を観た - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ のブックマークコメント

■クラフトワークがライブ映像&音源集をリリースしたんだが

3-D: The Catalogue [Blu-ray] [Import]

知ってる方はとっくに知ってるだろうし既に所有もしてるでしょうが、あのクラフトワークが山のようにフォーマット違いのアルバムをリリースしたんですよ。タイトルは『3-D The Catalogue』、内容はいつだか日本でも行われたライブ・ドキュメントなんですが、これがCDとブルーレイとLPがあって、さらにそれが編集版と完全版がある。どんな種類のフォーマット違いで出てるのかざっと並べてみますね。

●BLU-RAY+DVD COMBO

ライブの総集編をブルーレイ+DVD1枚づつのコンボにまとめたもの。2500円〜5000円ぐらい。

●BLU-RAY AND BOOK DELUXE BOX
3-D THE CATALOGUE

3-D THE CATALOGUE

ブルーレイ4枚と236ページのハードカバー・アートブックが付いたボックスセット。ブルーレイにはアルバム8タイトル分の全曲演奏とツアーフィルムやらライブ時のスクリーン映像が収められているらしい。1万9000円ぐらい。

●9LP VINYL BOX SET
3-D The Catalogue [12 inch Analog]

3-D The Catalogue [12 inch Analog]

アルバム8タイトル分の全曲ライブ演奏を収録したアナログレコード9枚組。2万円〜2万5千円くらい。

●8CD BOX SET
3

3

アルバム8タイトル分の全曲ライブ演奏を収録したCD8枚組。5000円から7000円ぐらい。

●2LP VINYL
3-D [12 inch Analog]

3-D [12 inch Analog]

ライブの総集編をアナログレコード2枚にまとめたもの。3500円から4000円ぐらい。

■結局『BLU-RAY+DVD COMBO』を購入したんだが

それにしてもこれだけフォーマット違いでリリースされちゃうとどれ買うべきなのかファンとしては大いに悩ましいですよね。アナログレコードは除外するとして、やはり一番充実してそうなのが『BLU-RAY AND BOOK DELUXE BOX』。でもねえ、これが2万円以上しやがるんですよ。そもそもオレ、以前にクラフトワークのリマスターBOX-SET『ザ・カタログ』という8枚組アルバム買って持っていたので、「ライブとはいえまた全曲集買うのか……」と考えただけで具合が悪くなっちゃいましてね。それと併せて、クラフトワークは嫌いじゃないですがライブアルバムにポンと2万円出せるほどお気に入りって訳でもない。引っ越しして金欠だし老後の貯金もしなきゃならんし、ここは『BLU-RAY+DVD COMBO』でお茶を濁そう……ということでそっちのほうを買ったんですけどね。

ところでこの映像集、ライブ時でもやっていたらしい3D映像で収録されているんですが、自分ちのTVじゃ3D再生できないし、じゃあ2Dで収録されているDVDを観てみっかーと再生したら、まあとりあえず間違いなくクラフトワークのライブだったんですが、特にどうというものでもない。ライブで映されるCG映像はレトロ狙ったんでしょうがシンプル過ぎてこれもまあ特にどうというものでもない。なんか「へー」って感じでしたね。

ところが、ブルーレイにも2Dで収録されていることをあとで知って今度はこっちの方を観てみたら、DVDと内容同じはずなのに映像も音響も大違いなんですよ。まあブルーレイだから当たり前っちゃあ当たり前なんですがね。しかしシンプル過ぎると感じた映像はくっきりしたブルーレイで観ると偏執的な狂気が滲み出てたし、音響クオリティの違いはライブでどんなアレンジが施されていたかきちんと聴き分けられるんですね。うわあ、なんじゃこりゃ。想像以上にスゲエ。TVのボリュームガンガンに上げたくなるわ。流石クラフトワークですわ、ナメたこと言ってゴメンよ。

■3-D映像とドルビー・アトモス・サラウンド・サウンドで再挑戦!

とまあそんなことをTwitterで呟いたら、それを読んだオレのお知り合いであるdoyさん(@doy1969)が「オレんちで3D&ドルビーアトモスで観れるよーグフフ」とリプよこしてくれたじゃないですか。なんとdoyさん、たいへん妬ましいことに『BLU-RAY AND BOOK DELUXE BOX』を購入してて、さらに妬ましいことにお家に3D&ドルビーアトモス再生環境が整っているんですよ。この辺はdoyさんのブログで書いてあるので確かめてみるといいですよ。

クラフトワーク「3-D THE CATALOGUE」Blu-ray BOXを購入しました - THE KAWASAKI CHAINSAW MASSACRE

もうオレは二つ返事で「行く行く行って観てやる」と返事しちゃいましたね。そしていよいよその日がやってきて、doyさんちでクラフトワーク3Dライブ鑑賞会となったわけなんですよ。

そしたらアナタ、これがもう、ホントに素晴らしい。映像はガンガン3Dしまくってるし音響はグルングルンアトモスしまくっている。まさに至福でしたよ。所々抜粋しながらの視聴でしたが、もうdoyさんちに泊りがけでブルーレイ4枚全部観たかったぐらいでしたよ。やっぱり、当たり前っちゃあ当たり前なんですが、この3D&ドルビーアトモスでの視聴こそがクラフトワークが提供したかったものであり、それを鑑賞することでやっと『3-D The Catalogue』を体験した、ということができるんですよ。いやもうオレ、プロジェクターとアンプとスピーカーと『BLU-RAY AND BOOK DELUXE BOX』を一気買いして自分ちで延々クラフトワークしまくりたくなっちゃったぐらいでしたけどね。でもまあ先立つものがね……いやあ誰か3兆円ほどポンとオレにくれないかなあ。3億円ぐらいでもいいけど。

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20170630(Fri)

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■Silent Stars / Jimpster

SILENT STARS

最近最も繰り返し聴いているのがJimpsterによるこのアルバム、『Silent Stars』。Jimpsterはこのアルバムで初めて知ったアーチストだが、UKのテックハウス・プロデューサーとして20年以上ものキャリアを持っているのらしい。一言でテックハウスと言っても様々ではあるが、個人的には打ち込み主体で機械的に漂白を掛け過ぎたハウスといったイメージもあり、作業用で聴くならまだしもアルバムとして感銘を受け愛聴する程のアーチストはそれほど思い浮かばない。しかし、このアルバムは違った。十分にメロディアスであり、さらにドラマチックでロマンチックでもあるのだ。サンプリングされた個々の音に対する配慮が実に行き届いており、それがシンフォニックに響き渡る様は非常に有機的な音の結合を感じる。R&Bの熱情とジャズのメランコリーも加味されながら、かといって情感の高さのみに振り切れることなく、マシーンミュージックのクールな美しさも兼ね備えている。これはもう非常に知的な音楽構成を練っているからということなのだろう。特に↓のYouTube動画で貼った曲『The Sun Comes Up』では、バレアリックな落ち着きと長閑さから始まりながら、中盤からうねるようなコーラスがインサートされ荘厳に盛り上がってゆく。こういった技巧の数々が堪能できる非常に優れたアルバムなのだ。これは今回の強力プッシュ盤だ。 《試聴》

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Silent Stars

Silent Stars

■Loop-Finding-Jazz-Records / Jan Jelinek

Loop-Finding-Jazz-Records

Loop-Finding-Jazz-Records

Jan Jelinekが2001年にリリースした1stアルバムのリイシュー。このアルバムは古いジャズのアナログ・レコードをサンプリングして構築されたものだというが、これが実に素晴らしい。いわゆるジャズ・サンプリングというとヒップホップあたりでは割とお馴染みの手法なのだろうが、このアルバムでは相当なトリートメントを施しているのか、音源がジャズなのにもかかわらず聴こえてくるのはダウンテンポなミニマル・テクノであり、さらに言うならこれはダブ・ミュージック化されたジャズという表現もできる。また十分にアンビエント的な味わいもあり、クールダウンにも最適だ。15年以上たっても全く古びていないばかりか今でも十二分に新しい。それにしてもこんなアルバムの存在を今まで知らなかったとは。名作であり名盤なので是非聴いてください。 《試聴》

■Beyond The Five Senses (reissue) / Aura Fresh

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2015年に50枚限定でリリースされたAura Freshのアルバム『Beyond The Five Senses』のリイシュー盤。ダブテクノならではの重低音・反復音を響かせるが、催眠的な他のダブテクノ・アーチスト作品よりもより荒削りでアグレッシブな音に仕上がっている。 《試聴》

■Prescription : Word, Sound & Power / Ron Trent

シカゴ・ディープ・ハウス・シーンのベテランRon Trentが、彼の主宰するレーベルPrescriptionの作品を集めたコンピレーション全24曲。ああこれはお腹いっぱいになれる……。 《試聴》

■Devout / Mr. Mitch

DEVOUT

DEVOUT

ロンドンのグライム・プロデューサー、Mr. Mitchの2ndアルバム。ヴォーカル曲の多いR&Bのテイストさえ感じるベース・ミュージックで、内省的であると同時にドラマチックですらある。 《試聴》

■3 Years Of Faut Section / Various

3 Years Of Faut Section

3 Years Of Faut Section

ポルトガルのFautレーベルが3周年を記念してリリースしたコンピレーション・アルバム。CD3枚組全27曲。内容はなにしろダークでヘヴィーなテクノで、オールドスクールと言えばそれまでだがたまにこの辺の音を聴かないと頭がしゃっきりしなかったりする。 《試聴》

■Hyper Opal Mantis / Kangding Ray

Hyper Opal Mantis

Hyper Opal Mantis

ベルリン在住のアーチストKangding Rayのニューアルバム。ソリッド&ハードな完全フロア仕様の爽快テクノ。元建築家とあってか残響音の処理が独特の空間性を感じさせてくれる。これはカッコイイ。 《試聴》

■April / Bochum Welt

April

April

イタリアで活躍するプロデューサーGianluigi Di CostanzoのユニットBochum Weltによるアルバム。柔らかく暖かいシンセ音が心地よいアンビエント的な側面を持ちながら、時折賑やかなリズムで浮き立たせてくれる表情豊かな作品。 《試聴》

20170615(Thu)

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■The Distance / Gaussian Curve

The Distance

Gaussian Curveはアムステルダムを拠点として活躍するGigi Masin、Jonny Nash、Marco Sterkの3人によるユニットだ。このアルバムは彼らの3年振りとなる2ndアルバムだというが、今までこのユニットのことは知らなかった。分類としてはニューエイジ・サウンドということになるのだそうだが、このアルバムに関してはIDMなテクノとどう違うのか分からない。とはいえ、多分レトロ機材も使用しながら構成したと思われるその音は非常に澄み渡ったアンビエント/チルアウト作品であり、リズムボックスや時折聴こえるギターの旋律の使い方からはかつてのファクトリー・レーベルの鬼才、ドルッティ・コラムを思わせるものすらある。このあたりのしっかりした美しいメロディの存在と楽器音の絶妙な使い方が凡百のアンビエントと違う部分だろう。これはいつまでも聴き続けたい名盤の一つと言ってもいい。 《試聴》

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The Distance

The Distance

■Reflection / Brian Eno

ブライアン・イーノが今年の1月にリリースしたアンビエント作は全1曲、53分59秒である。このコンセプトは1985年にリリースされた『Thursday Afternoon』と同じである。それにしてもイーノのアンビエント曲はどうも広義の意味での"環境音楽"していないような気がする。茫漠とした音の連なり(垂れ流しとも言う)のように思えて実は相当に計算された構造(偶然要素も含めた)となっており、部屋で流しっぱなしにしていてもなんだか落ち着かないのだ。落ち着かない環境音楽ってなんだ。だいたい音が重いんだ。というよりも、イーノのアンビエントが流されるべき場所は尖がった現代建築の広いホールやアートしまくったギャラリーを想定しているような気がする。オレの4畳半しかない居間ではアートしすぎてそぐわないのだ。「アンビエントなんて聴くやつに限って4畳半に住んでるんだよな」と揶揄する漫画を以前よんだことがあったが、確かに4畳半だよ悪かったな。 《試聴》

■Lux / Brian Eno

そこへゆくと2012年にリリースされたこのアンビエント作『Lux』はまだまだ"環境音楽"として機能していると思う。20分弱の曲が4曲、という構成がいい。このぐらいのほうが流していて時折空気感が変わる感触を味わえる。なんでもリリース当時グラミー賞にもノミネートされたのらしい。アンビエントとグラミー賞、なんだか全然結び付きが感じないのだが。ところでオレはアンビエントに限らずイーノのアルバムは好きだし、イーノのアンビエント作も結構買っていたりする。ただ正直に書くと半分ぐらいはピンとこない。昨今のエレクトロニック・ミュージック・アーティストによるアンビエント作のほうがしっくりくることは否めない。単にイーノ・ブランドに踊らされているのかもしれない。ううむ。 《試聴》

■Defected Presents Dimitri From Paris: In The House Of Disco / Dimitri From Paris/Various

Defected Presents Dimitri from

Defected Presents Dimitri from

オレにとってハウス・ミュージックDJといえばディミトリ・フロム・パリス(以下DFP)であり、実は結構な枚数のMixアルバムを購入していたりする。なんだろ、奇妙にノスタルジックでセンチメンタルな味わいがあり、ベタで、スイート。ハウスというよりもディスコティークな雰囲気。不思議なもので、このDFPをはじめ、フランシス・Kやローラン・ガルニエなど「極めちゃってるなあ」と思うのはみんなフランスのDJなんだよな。このMixアルバムは2014年発売のもので、これまでと比べると若干淡白になっちゃったかな?という印象。いやーこれまでがこってりでしたから。 《試聴》

■Death Peak / Clark

Death Peak

Death Peak

UKの鬼才Clarkによる3年ぶり8作目のアルバム。前々作『Feast/Beast』(2013)や前作『Clark』(2014)は相当よく聴いたなあ、神懸りだったなあ、と思ってこのアルバムも楽しみにしていたが、うーむ悪く無いんだがちょっと不完全燃焼ぽくないか。 《試聴》

■II / Vermont

II

II

ドイツのKompaktレーベルからリリースされたVermontのセカンド・アルバム。Kompaktらしい実に整理整頓された電子音が五月雨のように響き渡る美しくもまた心地よいアンビエント・アルバムで、朝の通勤時はよく聴いていた。 《試聴》

■The Light Years Reworks / Planetary Assault Systems

The Light Years Reworks

The Light Years Reworks

UKテクノの重鎮Luke Slaterによるプロジェクト、Planetary Assault Systemsのリミックス・アルバム。過去作品を精鋭アーチストがリワークしたものらしい。オールドスクールな重いミニマルテクノ・サウンドがズシンと響き渡る。64分に渡るメガミックスも収録。 《試聴》

■Presence / As If

PRESENCE

PRESENCE

デンマーク出身のプロデューサーKenneth Wernerによるプロジェクト、As Ifの新作。流れる雲の如くゆったりとしたアンビエント・テイストのミニマルテクノ&ダブ作品。和みの1枚。 《試聴》

20170524(Wed)

[]エルトン・ジョンとウイングスを聴いていた (後編) エルトン・ジョンとウイングスを聴いていた (後編) - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ を含むブックマーク エルトン・ジョンとウイングスを聴いていた (後編) - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ のブックマークコメント

■ウイングス・オーバー・アメリカ / ポール・マッカートニー&ウイングス

ウイングス・オーヴァー・アメリカ

エルトン・ジョンのアルバムと同様に部屋でしょっちゅう流していたのがポール・マッカートニー&ウイングスのライブ・アルバム『ウイングス・オーバー・アメリカ』だ。LPレコードで出ていた当時は『ウイングスU.S.Aライブ!』という日本タイトルだったと思う。これも中学の時によく聴いていたアルバムだった。

中学生の頃、周りがビートルズ・ファンだらけだった。中学生のクセにソロも含め殆どのアルバムを持っている奴までいた。しかしオレはというと、そんなに興味が無くて、友人から借りた『アビーロード』と『サージェント・ペパーズ』をカセット・テープに録音して聴いていたぐらいだった。この2枚のアルバムはロック史に残る名作アルバムではあり、オレもこりゃスゲエと思って聴いてはいたが、かといってもっとビートルズを!という風にも思わなかった。当時のオレからしてもビートルズはとっくの昔に解散したバンドであり、現在進行形の、もっと新しくて、刺激的な、今聴くべきロック・バンドやアーチストは山ほどいたからだ。

ポール・マッカートニー&ウイングスに関しても、知ってはいたがやはりそれほど興味が湧かなかった。だが、かのバンドの曲で、ひとつだけ頭に残って離れなかった曲があった。実はこれも映画繋がりなんだが、ポール・マッカートニー&ウイングスが手掛けた『007/死ぬのは奴らだ』のテーマなのである。いやなにしろ、中学生の頃はロックよりも映画だった(映画自体は小学生の頃観たんじゃないかな)。

このアルバム『ウイングス・オーバー・アメリカ』がリリースされたのはそんな時期だった。その当時、FMラジオの音楽番組で放送される音楽を録音する「エア・チェック」というのが流行っていて(まあ流行っていたというよりはお金が無くてレコードを買えない中学生には、音源を手に入れる大きな手段だった)、FM番組表の載ったFM雑誌(当時そんなのがあったんですよ)で『ウイングス・オーバー・アメリカ』が放送されると知り、早速エア・チェックすることにしたのだ。知っている曲は『死ぬのは奴らだ』だけだったけどね。

エア・チェックした『ウイングス・オーバー・アメリカ』は実にゴキゲンなアルバムだった。そりゃもうノリノリだった(古臭い表現をお許しください……なにしろ当時の感覚ですから)。『死ぬのは奴らだ』は当然盛り上がったがその他の曲もよかった。だが残念に思ったこともあった。それは、FM番組ではこの『ウイングス・オーバー・アメリカ』を全て放送しておらず、即ちアルバム全てを楽しむことが出来ていないからだ。しかし、たいていはアルバム全曲放送するFM番組でこのアルバムが全曲放送されなかったのはそれなりに訳があった。

なんとこの『ウイングス・オーバー・アメリカ』、LPレコード3枚組だったのである。当時3枚組のLPレコードといえば5、6千円はしただろうか。1枚もので2500円、2枚組で4千円ぐらいだったと思う。なにしろ中学生の小遣いではちょっと手の出ないものだった。お年玉を貯めに貯め、清水の舞台から飛び降りるつもりでイエスの3枚組ライブアルバム『イエス・ソングス』を買ったことがあったけれども、イエスは欲しくてたまらなくて買いはしたが、『ウイングス・オーバー・アメリカ』は興味津々でありつつも大枚はたいて買うべきものなのか、迷いに迷っていたのである。それからというものレコード店に行ってはこのアルバムを手にしては(3枚組だから非常に重い)買わずに帰ってくる日々が続いたのである。

それから十余年、いや20年以上経ってからか、サラリーマンになったオレは積年の恨み(?)を晴らすべく、CD2枚組となったこのアルバムをやっと手に入れることが出来た。買ったことで達成感はあったが、実の所、このアルバムはその頃聴いていた音楽ジャンルとあまりにもかけ離れていたため、殆ど聴かなかった、という余談もあったが。

そんなアルバム『ウイングス・オーバー・アメリカ』を、今再び引っ張り出し、何度もリプレイして聴くようになるとは、人間不思議なものである。この背景は、先に書いたエルトン・ジョン同様、「中学生の頃とてもよく聴いていた音楽だった」という懐かしさがあったからだろうと思う。そして、『ウイングス・オーバー・アメリカ』以外のポール・マッカートニー&ウイングスのアルバムを聴きたいとはまるで思わない。なにしろオレが聴きたいのは「昔聴いていたあの曲」だからだ。

「懐かしさ」とは書いたが、同様に昔あんなによく聴いていたはずのボウイやロキシー・ミュージックや、プログレッシブ・ロックは、再び聴きたいと思わないのだ。ニューウェーブ系の音も、別に聴きたいと思わないのだ。そもそも、ロックというのは、ひりひりとした表現なんだと思う。そのひりひりとした表現を聴く側にも、ひりひりとした心象があるのだと思う。だが今の自分は、別にひりひりともしていないし、したくもない。落ち着きたいし、和みたい。年寄りだからだ。エルトン・ジョンもそうだが、ポール・マッカートニーの楽曲センスも、ロックではなくポップ的なものであると思う。その辺が、「部屋で流しっぱなしにできる賑やかなタイプの音楽」として楽しめた側面だったのではないか。

20170523(Tue)

[]エルトン・ジョンとウイングスを聴いていた (前編) エルトン・ジョンとウイングスを聴いていた (前編) - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ を含むブックマーク エルトン・ジョンとウイングスを聴いていた (前編) - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ のブックマークコメント

■キャプテン・ファンタスティック / エルトン・ジョン

キャプテン・ファンタスティック+3

「2月に引っ越してから、なぜかエルトン・ジョンとポール・マッカートニー&ウイングスばかり家で聴いていた」というお話である。

まあ、別に好きなもの聴いてりゃいいだろ、って事ではあるが、このエルトン・ジョンとポール・マッカートニー&ウイングスというのは、実はオレがまだ中学生の頃によく聴いていて、その後全く聴かなくなっていたアーチストだったのだ。今じゃ聴くのはエレクトリック・ミュージックばかりだし、好きなロック・アーチストと言えばデヴィッド・ボウイの名前を挙げるオレではあるが、意識的にロックを聴くようになる前によく聴いていたのはエルトン・ジョンやウイングスやキッスだった。オレにとっていわば「懐かしの」アーチストなのだ。それをなんで今更聴き出したのだろう。

そもそもエルトン・ジョンはオレが初めてロックのシングルやアルバムを買ったアーチストだった。中学の頃から映画好きだったオレは、映画のサントラレコードのシングル盤を買うのを趣味としていたが、ケン・ラッセル監督のロック・オペラ映画『トミー』のサントラとしてエルトン・ジョンのシングル『ピンボールの魔術師』を買って聴いた時は、その凄まじくもまた煌びやかなキーボード・プレイに文字通り"ノックアウト"された。このシングルがオレにとってロックの入り口だった。

まあ、エルトン・ジョンは現在ではロックというよりはポップ・アーチストとして認識されているようだが、とりあえず当時のオレにとってあれがギンギンにロックだった。その後エルトン・ジョンの有名なアルバムとしてこの『キャプテン・ファンタスティク』や『グッバイ・イエロー・ブリック・ロード』なんかを購入してよく聴いていた。『キャプテン・ファンタスティク』はその微妙に暗いファンタスティック風味のジャケット画が好きで、レコードに封入されていたポスターを部屋に貼ったりしていた。

まあしかし、アルバム『キャプテン・ファンタスティク』は、「ギンギンにロック」というものでもなく、ピアノをメインとした、非常にセンチメンタルでノスタルジックな味わいのポップ・アルバムではあった。しかし完成度は異様に高かった。中学生には最初ちょっぴり静かすぎたが、そのうちずっぽりとハマっていった。そういう年代でもあったのだ。

まあそれはそれとして、何故この今、昔よく聴いていた、エルトン・ジョンだったのか。これはひとえに、引っ越し先のアパートではあまり大きな音で音楽をかけることが出来ず、とりあえずエレクトリック・ミュージックは部屋でかけなくなっていたことがある。それと、荷物の整理が済み新しい家具が揃えられた部屋がとても落ち着けたものだから、なんだかその平和な環境が、長閑だった中学生の頃を思い出させたことがあるのかもしれない。まあ、それまで住んでいた部屋があまりに殺伐としていたからな。オレもすっかり歳だし、新しいものよりは、懐かしいものに囲まれたかったからなのかもしれない。この辺はちゃんと分析できないな。

整理の終わった新居では、数週間ぼけっとばかりしていた。引っ越し疲れもあったが、今までみたいに、時間に追われながらあれやこれやをやるのが嫌だった。あの頃、ブログの原稿もまるで書かなかったし映画館にも行かなかった。もうブログも映画も止めていいかな、とまで思っていた。そのエアポケットみたいな環境に、昔懐かしい音楽はよく馴染んだ。

とはいえ、今は以前のように時間に追われながら映画を観てブログ原稿を書いている。エレクトリック・ミュージックも、小さい音ながら、部屋でしょっちゅう流している。結局前の生活と変わらない。でも、このエルトン・ジョンのアルバムは(『グッバイ・イエロー・ブリック・ロード』も含め)、やっぱり今でも素敵だと思っているし、前より頻度は減ったがたまに引っ張り出して聴く。そういやジャズのアルバムもよく聴くようになったな。やっぱりリラックスしたいんだろうな。

(後編へ続く)

キャプテン・ファンタスティック+3

キャプテン・ファンタスティック+3