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メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20170731(Mon)

[]極悪女ミイラはハクいチャンネーだったッ!?〜映画『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女極悪女ミイラはハクいチャンネーだったッ!?〜映画『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ を含むブックマーク 極悪女ミイラはハクいチャンネーだったッ!?〜映画『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ のブックマークコメント

ザ・マミー/呪われた砂漠の王女 (監督:アレックス・カーツマン 2017年アメリカ映画)

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映画『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』である。「マミー」というのはミイラの事でお母さんとか乳飲料とは関係ない。1932年に公開されたホラー映画『ミイラ再生』のリブート作であり、同じくこの映画のリブート作である『ハムナプトラ』シリーズの異母妹みたいな作品でもある。お話は古代エジプトのとっても悪い女王のミイラが運ばれてきた現代のイギリスで復活して大パニック、と、そういう映画である。

しかしこの映画、それ以前にトム・クルーズが主演している作品でもある。トムクルとホラー。今まで無かった組み合わせである。無かった、というよりあまりに似つかわしくなくて誰も組み合わせようなどと考えなかったのだろうと思う。あの溌剌としたおっさんをどんよりじっとりしたホラー・ジャンルに抜擢してもホラーのクセに颯爽としてしまう訳の分からないものになってしまうだけではないか。ところがこの作品ではその禁を犯してトムクル主演のホラー映画を作ってしまったのである。

結果はどうかというと、当たり前と言えば当たり前だが、いつものトムクル主演映画になっている。ホラーだろうが何だろうが、とりあえずトムクル映画として完結しているのである。しかも水と油とかそういうこともなく、いわばトムクルがホラーを捻じ伏せた形で完成しているのだ。ミイラ女の呪いガー、復讐ガー、とかいう物語なのにもかかわらず、トムクルが颯爽と溌剌と飛んだり跳ねたり拳にモノを言わせていればそれは紛う事なきトムクル映画でしかないのである。げに恐るべきはトムクルのスター性である。

逆に言うならトムクルがそのスター性でもって牽引していなければ単にしょーもないB級ホラーに成り果てていただろう。いや、実際の所、作品それ自体は古臭いプロットしか持たないホントにしょーもないB級映画であるのは確かなのだ。

実はそんなしょーもないB級ホラー作品を魅力的に見せたのはトムクルだけの尽力ではない。悪い女ミイラ役のソフィア・ブテラ、彼女がいいのだ。かつては『キングスマン』のガゼル役でキャラ萌え男女を大いに沸かせた彼女だが、この『ザ・マミー』でも悪い女ミイラを実に魅力的に演じているのだ。いやーソフィアちゃん可愛かったなー、人間のヒロインとして登場したアナベル・ウォーリスとソフィアちゃんだったらオレ、やっぱりソフィアちゃん取っちゃうなー、呪われてゾンビになってもソフィアちゃんのほうが断然いいよ!というわけでトムクルとソフィア・ブテラ、この二本柱の存在によりしょーもないB級映画でしかないはずの『ザ・マミー』がそこそこに楽しめるエンターティメント作品に仕上がっているのである。

しかしなんだかモニョっちゃう部分がひとつあって、それがこの作品がユニバーサル・ピクチャーズによる「ダーク・ユニバース・シリーズ」の第1作目となる作品だとかなんとかいうことなんだよな。「ダーク・ユニバース・シリーズ」っちゅうのは、この『ザ・マミー』を皮切りに半魚人とかフランケンシュタインとか狼男とか、かつてのハマー・ホラーを復活させようとかいう企画らしいのだ。で、それをどうやら、「マーベル・シネマティック・ユニバース(アベンジャーズ)」や「DCエクステンディド・ユニバース(ジャスティス・リーグ)」みたいなクロスオーバー作品群にしたいらしいんだよな。

この辺でなんでモニョッちゃうかというと、まずこの『ザ・マミー』には「対モンスター組織:プロディジウム」なんてェのが登場して、ラッセル・クロウ演じるその親玉というのが「ジキル博士」という、その名前だけで「あーハイハイ」って人物だったりするのよ。で、「人類の平和ガー」とか言っちゃったりしてんのよ。この辺で「ハァ?」とか思っちゃうわけなのよ。多分「ダーク・ユニバース・シリーズ」は、この「対モンスター組織:プロディジウム」と「ジキル博士」を『アベンジャーズ』でいう所の「シールド」みたいな位置付けにして今後展開してゆくんだろなあと予測できるわけなんだけど、ハマー・フィルムのモンスターに人類の平和結びつけてどうすんの?って気がしないでもないんだよな。

この展開で思い出す映画が『ヴァン・ヘルシング』と『リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い』なんだけど、オレは嫌いじゃないんだが、結構「あかんヤツや」という評判も高いんだよなー。あと"ごちゃ混ぜな雰囲気"ということでは『47RONIN』あたりもこの辺りの系譜にちょっと引っ掛かるよなー。

多分コレ、「マーベル・シネマティック・ユニバース」や「DCエクステンディド・ユニバース」、さらにはキングコングゴジラの登場する「モンスターバース」と「バース」流行りのハリウッドで「俺らもいっちょかみして儲けようや!」という映画会社の目論見としか思えないんだよなー。アメコミやゴジラは分かるとしても、ハマー・フィルム・モンスターによる「バース」って誰得なんだ…という気がしないでもないんだよなー。

とはいえ、これはこれで盛り上がったら「ハマー・フィルム・モンスターサイコーっしょ!?」と大いに沸き立つキャラ萌え大好きの善男善女映画ファンも増える事だろうし、そうならば誰得どころかみんな幸せになれると思うので、ユニバーサル・ピクチャーズの企画担当の皆さんにはこれからも頑張ってほしいと思いマス(棒読み)。

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20161022(Sat)

[]スター・トレック新作は仲間同士の絆を描くアツい物語だった!〜映画『スター・トレック BEYOND』 スター・トレック新作は仲間同士の絆を描くアツい物語だった!〜映画『スター・トレック BEYOND』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ を含むブックマーク スター・トレック新作は仲間同士の絆を描くアツい物語だった!〜映画『スター・トレック BEYOND』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ のブックマークコメント

スター・トレック BEYOND (監督:ジャスティン・リン 2016年アメリカ映画)

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宇宙大作戦』のリブート作品群「ケルヴィン・タイムライン」シリーズの第3作『スター・トレック BEYOND』が公開されたので早速観てきました。……とはいえ、最初はそれほど期待してなかったんだよねえ。2009年に公開されたJ・J・エイブラムス監督版『スター・トレック』は最新リ・イマジネーション作のお披露目ということでそれなりに力が入っていて結構盛り上がったんだけど、2作目の『スター・トレック イントゥ・ダークネス』(2013)がいまひとつ納得できない仕上がりでさあ。あれはベネディクト・カンバーバッチでなんとかもっていた作品だったような気がするんだよな。

で、監督をJ・J・エイブラムスからジャスティン・リンに替えての第3作なんだけど、実はオレ、ジャスティン・リンって全然思い入れないしそもそも彼の監督作『ワイルド・スピード』シリーズってそれほど好きじゃないのよ。まあ内容が、というよりももともとカー・アクション映画がそれほど好きじゃないっていうのがあったんだけどね。

そんな訳で「まあ『スター・トレック』だしとりあえず観とっか」程度の期待値で劇場に行ったんだけど、これがアナタ、J・J・エイブラムス監督作よりも全然イイもんだからびっくりした。そしてそのイイ部分っていうのがジャスティン・リン監督らしさが出ている部分で、そんなジャスティン・リン監督にグダグダ言っていたオレは監督にも『ワイルド・スピード』シリーズのファンの皆さんにも土下座して謝んなきゃいけないような気さえしてしまった。皆さんナメたこと言ってホントすいません。

ジャスティン・リン監督らしい、というか『ワイルド・スピード』シリーズを彷彿させたのは、カーク船長をはじめとするエンタープライズ号クルーたちの「熱い絆」ってヤツなんだよな。『ワイルド・スピード』シリーズでもそれは「仲間同士の家族同然の絆」として登場するんだけど、少なくとも『ワイルド・スピード』シリーズのそれはたいしたファンじゃないオレですら「ストーリーそのものよりもこの"絆"の在り方が主眼なんだな」と観ていてうなずけるものがあった。要するに、「ここん所は悪くないね」と思っていた。

確かにこれまでも『スター・トレック』シリーズでは一つ船の上(というか宇宙船の中)に集う仲間同士の親密さは描かれていたけれど、『BEYOND』を観た後で振り返ってみるとあれは「そういう組織」だっただけで、『BEYOND』ではもう一歩踏み込んで「腹の内をさらけだせる気の置けない同胞」へとさらに親密度が上がっているんだよね。冒頭のカークとマッコイ(だったよね?)の会話あたりからそれはうかがえたし、その後もどんな行動でも常に「仲間同士」が強調され、さらに「家族の存在」も要所要所で描かれているんだよね。そういった部分でこれまでよりもより「人間臭い」『スター・トレック』になった部分が新鮮だったんだと思う。これまでの『スター・トレック』って、まず「スター・トレックらしさ」を追及するか、SF的シチュエーションを強調するかだったからね。

それとかとあるレトロな内燃機関が登場したりとか(1作目のアレはもっと未来っぽかったよね)、あれはジャスティン・リン監督が「これやらせてくれ!」なんて思ったんだろうね。それになんといってもあの音楽の使い方!ネタバレになっちゃうからあまり書かないけど、未来世界でああいう音楽の使い方って『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』でもそうだったけど、「未来世界であんなの聴かないでしょ!」と思いつつ、音楽が流れ始めるといきなり映画の世界に親密感が湧いちゃうんだよな!あれも監督が「こんなのやりたい!」って言ったんじゃないのかな!

ストーリーのことに全然触れてないけど、まあ予告編通りみたいなもんです。例によってエンタープライズ号の危機!謎の敵対異星人!ってヤツです。ただ今作がよかったもう一つの点はSF大作映画だからって「地球の危機!」「宇宙の危機!」みたいな大風呂敷を広げなかった部分にもあるんじゃないかな。舞台も宇宙基地ヨークタウンと謎の惑星の二つほどに固定されていて、そこでじっくり見せてゆく形だったのが煩雑さを回避していてよかった。

そしてなにより白塗り隈取り異星人ジェイラー!最初は「アメリカSF映画によく登場するゴテゴテしたキャラだなあ」程度に思ってたんだけど、これが!物語が進むうちにどんどんいいキャラになってきて、しかもあんなメイクなのにかなーり色っぽく見えてくるからアラ不思議!『キングスマン』で殺し屋ガゼルを演じていたソフィア・ブテラが演じているんだけど、あのメイクでも段々美人に見えてくるんだから、そもそも中身の美人度が高いってことなんだろうな!オレは殺し屋ガゼルは冷たすぎてイマイチだったんだが、このジェイラーのキャラは好きだわ!それにこういった新キャラの投入がまた嬉しいよね。4作目もあるというからブテラさん続投お願いします!

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20160427(Wed)

[]アメリカとイギリスを嘲笑うフランス人監督のブラック・コメディ〜映画『ムーン・ウォーカーズ』 アメリカとイギリスを嘲笑うフランス人監督のブラック・コメディ〜映画『ムーン・ウォーカーズ』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ を含むブックマーク アメリカとイギリスを嘲笑うフランス人監督のブラック・コメディ〜映画『ムーン・ウォーカーズ』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ のブックマークコメント

■ムーン・ウォーカーズ (監督:アントワーヌ・バルドー=ジャケ 2015年フランス・ベルギー映画)

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「アポロ11号月着陸映像は捏造だった!?」という陰謀論をコメディ仕立てで描いた作品『ムーン・ウォーカーズ 』、実のところ「いまさら『カプリコン1』の二番煎じ作ってどうするんだ?」としか思えず、とりあえず劇場はパス、レンタルが出たので適当に流し観することにした。するとこれが、予想の斜め上を行く面白さではないか。

時は1969年。アポロ11号月面探査計画に際し、計画失敗による世論の圧力を恐れたCIAが「あたかも計画が成功したように見える捏造映像」を作るため、腕利き諜報員キッドマン(ロン・パールマン)をイギリスに派遣する。『2001年宇宙の旅』を監督したスタンリー・キューブリックに捏造映像を制作させようというのだ。しかし手違いからその計画はダメバンドのマネージャー、ジョニー(ルパート・グリント)の手に渡り、月面着陸も近づき大慌てのキッドマンはそのままジョニーに映像を作らせてしまう。こうしてグダグダの捏造大作戦が始まってしまうが…といったもの。

グダグダの計画を描くこの映画、物語自体も実にしょーもない展開を見せてゆく。なにしろ出てくる連中がみんなバカかカスかクソ野郎ばかりで、観ていて速攻でうんざりさせられる。そんな連中ばかりだから、この物語で最も人の道を外れていると思われる諜報員キッドマンが、一番まともに見えてしまう程だ。物語のグダグダぶりは捏造映像制作を依頼された胡散臭い芸術家と与太者の寄せ集まったコミューンの登場でピークを迎える。60年代スィンギングロンドンとか言ってるが、ただただ野暮ったく悪趣味だ。おまけにCIAとイギリス人マフィアの血塗れ銃撃戦まで描かれる始末。これはいったいなんだ?

奇妙に思い調べてみたところ、なんとこの作品、フランス人監督によるフランス・ベルギー製作映画ではないか。ああなるほど、これでこの作品の意味が分かった。どういうことかというと、この映画はフランス人監督がアメリカの世紀の偉業をコキ下ろし、返す刀でイギリス人を嘲笑し、クライマックスでアメリカ人とイギリス人に殺し合わせてゲラゲラ笑い、最後にアメリカ人の文化って下品っすよねえ〜で〆るという、とんでもない作品だったのである。そもそもフランス人がアメリカの月面探査計画に関する陰謀を、しかもイギリスを舞台にして制作する、ということ自体が奇異ではないか。

イギリスとフランスには歴史上様々な確執があり、各々の国民感情もそれに比すものがあるという。イギリス人のフランス人嫌いはよく聞くが、その逆も当然あるだろう。さらにイギリス・フランス両国民にとってアメリカは歴史の浅い野蛮で下品な新興国家だというのは共通認識だろう。イギリス映画『キングスマン』において、イギリス人で固められた正義の側に対し、敵役が下品なアメリカ人と異形の姿をしたフランス人であった、というのにはそういう皮肉があった。これはイギリス人独特のシニシズムではあるが、フランス人はそれより多少ソフィスティケートされているから、同じ皮肉でもこの『ムーン・ウォーカーズ』はパッと見気付かないような皮肉になっている。一見イギリス人が洒落ていたり、アメリカ人が質実剛健に描かれていたりしても、実は微妙に嫌らしく茶化しているのだ。それがこの『ムーン・ウォーカーズ』だったのではないか。

ラストにおいても、アポロ月着陸成功を祝うアメリカの華々しく大々的なパレードが描かれはするが、そのセレモニーのあからさまな仰々しさとけばけばしさは、フランス人的な美意識からするなら田舎臭いものであったに違いない。そんなフランス人的な視点に立って、イギリス人のしみったれぶりと野暮ったさ、アメリカ人の野蛮さと下品さに注視してみるなら、映画『ムーン・ウォーカーズ』はまた違った見方ができて楽しいのではないかと思うのだ。

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20151228(Mon)

[]2015年オレ的映画ベストテン!! 2015年オレ的映画ベストテン!! - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ を含むブックマーク 2015年オレ的映画ベストテン!! - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ のブックマークコメント

さて今年観たインド映画以外の映画ベストテンをお送りします。実のところ、例によって家でインド映画DVD観るのに忙しくて、今年もそんなに劇場で映画観てないんですよ。あと最近劇場に行くのが億劫になってきてねえ…。年取るとどんどん気力体力衰えてくるんですわ…。そんななので「ベスト10」なんていうのもおこがましくて、むしろ「つまんなかった映画を省いたら10本ぐらいになっちゃった」程度のものです。しかも並べてみたら殆ど大作ばかりでそれほど面白味のないベストテンなんですが、どうかご勘弁を!では行ってみよう!

第1位:マッドマックス 怒りのデス・ロード (監督:ジョージ・ミラー 2015年オーストラリア/アメリカ映画)

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もう今年はこれ1本だけで十分なぐらい超弩級の大傑作でしたね。今年No.1どころかオールタイムでベストテンに入れておきたい名作でしょう。この作品自体が今後現れる映画作品の試金石ですらあり、そしてマイルストーンであると言えるでしょう。こんな作品の誕生に出会えたことは本当に喜びです。非常に素晴らしい作品でした。

『怒りのデス・ロード』においてマックスたちは、人智を超えた恐るべき暴虐と不可能にすら思える試練を乗り越えギリギリの生死の境から生還を果たそうとする。そして神話は、その英雄譚は、困難の中に旅立ち、幾多の苦難に出遭いながら、それに勝利して生還する英雄の姿を描く物語である。その姿を通し、不条理な生と死の狭間に生きねばならない人の運命に、道筋を与え、その意味するものを掘り下げてゆくのがこの寓話の本質にあるものなのだ。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』はその神話に新たな章を刻み付けた作品であり、我々はそこで展開する原初の物語に、太古から無意識の血の中に存在している英雄たちの姿に、生の本質と、乗り越えるべき運命を見出す。だからこそ我々は魂をも揺さぶる大いなる感銘を受け、そして歓喜するのだ。

マッドマックス、スター・ウォーズ、そして新たなる神話の物語〜映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

第2位:スターウォーズ / フォースの覚醒 (監督:J・J・エイブラムス 2015年アメリカ映画)

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ルーカスの手を離れた新生SW第1作は、結局のところ従来的なSWという概念から一歩も出ることのない新鮮味に乏しい作品でしたが、にもかかわらずこういう形にしか作れなかっであろうことも容易に想像でき、一つの巨大な文化現象となったSW自体の抱える「業」のようなものすら感じてしまいました。そんな作品を第2位にしたのは、SWという作品大系が既にして映画の範疇を凌駕した「何か」と化していることをまざまざと見せつけられた、という部分があったからです。

さてそれではこの新たなる3部作の1作目である「フォースの覚醒」は何なのか、1〜6作に対して何であるのか、というと、これはもう「再会の物語」である、と言い切っていいでしょう。誰もが知るようにこの『フォースの覚醒』には「ルークの物語」で登場した主要人物たちが総出演しています。彼らが今どこでなにをしているのか?そしてそんな彼らが今回はどのように関わるのか?が今作の焦点です。当然新たなキャラも登場し、物語自体はそんな彼らが中心となって動きますが、彼らの今後の活躍はまだまだ未知数であり、とりあえずはお披露目の形となっています。これらの新キャラにどのように旧キャラがバトンタッチするのかも今後の展開でしょう。そしてこの作品は、多くのSWファンとの、10年ぶりともなる「再会の物語」としても構成されています。物語のそこここに、SWとはこういう物語だったよね?というキーワードがあらん限り詰め込まれ、ある意味これまでの6作のおさらいのような体裁ですらあります。

再会の物語〜映画『スターウォーズ / フォースの覚醒』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

第3位:カリフォルニア・ダウン (監督ブラッド・ペイトン 2015年アメリカ映画)

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大地震でぐっちゃぐちゃになった街と逃げ惑う人間たちの阿鼻叫喚の様子を見てとことん楽しもうぜヒーハー!というパニック映画なんですが、適当なB級映画かなと思ってナメてかかってたら実は相当に良く出来た作品だったのでびっくらこきました。これ、ロック様こと主演のドウェイン・ジョンソンの存在感が物語にぴったりはまっていたからなんですね。やっぱあの筋肉なら大地震とタイマン張ったって勝てそうだもんなやっぱし!

というわけで「グヂャグヂャに崩壊してゆく現代建築(「アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン」ってことな)」の様子を堪能しに劇場に足を運んだオレであるが、いやこれが、破壊だけにとどまらない面白さを兼ね備えた作品で正直感心した。まあなにしろ、最新VFXでこれでもかこれでもかと描写される破壊映像はホントに最高でね、「スッゲエ!スッゲエ!コエエ!コエエ!」と小学生みたいな感想漏らしながら手に汗握って観ておりましたが、まあ実際、物語がちゃんとしてないと、「まあでもそこだけだったよね」てな感想で終わっちゃうんだよね。しかしこの作品、意外とシナリオが誠実に作ってあって、また、飽きさせないような様々な見せ場を作っていて、そういった堅実さも印象良かったんだよな。

大地震のひとつやふたつ、ロック様の力こぶでイチコロだ!?〜映画『カルフォルニア・ダウン』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

第4位:ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション (監督:クリストファー・マッカリー 2015年アメリカ映画)

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「ミッション:インポッシブル」シリーズは新作が出るたびに「最高傑作!」と喚いてるような気のするオレですが、今作もまごうことなき最高傑作でいいのだと思います。というか完全無欠のトム君の作品は「M:I」シリーズに限らずどれも嫌味の無い傑作に仕上がっているという点が凄いですね。観終わった後もあんなシーンやこんなシーンを思い浮かべて「いやーよかったわー」としみじみ感嘆しておりましたよ。

アクションの良さについては言及するまでもないし、ひとつひとつ取り上げて書き出すことも避けるが、今作では一箇所だけ目立ったりということもなく、どの見せ場も流れるように均等に配されることにより、常に驚きの連続で画面に注視することができるのだ。それぞれのロケーションも実に効果的に使っていて目を楽しませた。だいたいポスターでお馴染みの飛び立つ飛行機に掴まったイーサン・ホークが!という絶対の危機の場面しろ、あんな箇所であっさり演じられて次に進む、という大盤振る舞いにびっくりさせられた。これは構成と編集の巧さの賜物だろう。

『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』はとても面白かったぞ - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

第5位:コードネーム U.N.C.L.E. (監督:ガイ・リッチー 2015年アメリカ映画)

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60年代レトロ・テイストがたまらなくそそられる映画でしたね。主演の二人もなかなかに色男なうえに妙なキャラ付けされていて、オレは男なんですがなんだか見惚れてしまいましたよ。そういった「雰囲気」のよく出たアクション作品でした。

まず主人公である二人がそれぞれに癖の強いキャラ分けがされていて面白いんです。二人ともスパイとしては一級の腕前を持っているんですが、ナポレオン・ソロは女好きで手癖の悪いインチキ野郎、一方イリヤ・クリヤキンはメンヘラでブチ切れ易い、といった具合なんです。この二人の持つキャラクターが物語を盛り上げる役割を果たしているんですね。まあ殆どコミカルな展開でですが!そして主演を演じるヘンリー・カヴィルとアーミー・ハマー、この二人が男のオレでも見惚れてしまうぐらいいい男に描かれていて、なかなか目の保養になります。ヘンリー・カヴィルは『マン・オブ・スティール』で愁いのこもったスーパーマンを演じていたし、アーミー・ハマーは『ローン・レンジャー』が有名かもしれませんが、むしろ『白雪姫と鏡の女王』のおバカな王子様役が印象に強くて、「お馬鹿な色男させたら抜群だなあ」と一緒に観ていた相方さんが申しておりました。

アメリカとソ連の腕利き諜報部員が手を組んだ!?〜映画『コードネーム U.N.C.L.E.』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

第6位:イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密 (監督:モルテン・ティルドゥム 2014年イギリス・アメリカ映画)

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第2次大戦!突破不可能な暗号装置!その解読に挑む天才数学者!というだけでわくわくさせられますが、それだけではなく様々なドラマが錯綜しながら描かれている部分でとても楽しめた作品ですね。

この作品にはあらゆる要素が詰まっている。不世出の天才のその煌びやかな知性の奔出を垣間見る物語であると同時に、この作品は諜報戦をクローズアップさせた戦争映画であり、その中心となる暗号機エニグマの物語であり、それを打破するために制作された人類最初期のコンピューター誕生の物語であり、それと同時に、一人の男の愛と孤独の物語であり、もう一人の天才数学者ジョーン・クラークを通して描かれる女性民権問題であり、さらにはこの物語のもう一つのキーワードである同性愛への、当時の法律が下した愚劣な無理解と差別の問題である。こうして一つの物語の中に、これらあらん限りの要素がひしめき、それらは相互に化学反応を引き起こしながら、結果的に非常に芳醇で、そして知的な物語として完成することに成功しているのだ。まさに今年を代表する堂々たる傑作のひとつと言っていいだろう。

アラン・チューリングは電子頭脳の夢を見るか?〜映画『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

第7位:キングスマン (監督:マシュー・ヴォーン 2015年イギリス映画)

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コミック原作ということもあってか、中盤から繰り広げられるハチャメチャな展開が大いに盛り上げてくれました。全体を通して「大英帝国」の匂いをプンプンさせた雰囲気もいかしてましたね。

だが、この作品は、後半において突如【乱調】する。どういったものかは書かないが、なにしろ、突然、【狂う】のである。これを「度が過ぎている」と取るか「ギャハハおもしれえもっとやれ」と取るかでこの作品の評価が分かれるのだと思うが、少なくともオレはこの「狂いっぷり」で一気にこの作品の評価を上げた。そしてこの「狂いっぷり」こそが、監督が「紋切り型」を廃するためにこの作品に持ち込みたかったカラーなのだろうと思う。そもそもこの狂気の在り方は、物語冒頭の著しく馬鹿馬鹿しい肉体破損の描写で予兆があったではないか。監督はこの「馬鹿馬鹿しさ」を早く画面の中に表出させたくてウズウズしていたことだろう。この【乱調】と【狂気】に通底するのは、徹底したシニシズムである。そしてエスタブリッシュメントを地獄の底に叩き落そうとする階級闘争の表出である。これはもう、「モンティ・パイソン」を引き合いに出したくなるような、見事に【イギリス的な狂気】を具現化したものではないか。

メイド・イン・イングランドの狂気〜映画『キングスマン』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

第8位:007 スペクター (監督:サム・メンデス 2015年イギリス映画)

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なんだか開き直ったような展開はこれまでのクレイグ・ボンド作品のなかでも一番好きな部類に入ります。007はこうじゃなくちゃ。それにしても今年はこの作品も含めスパイ映画の当たり年だった、というのも面白い現象でしたね。

ストーリーとかあえて紹介しませんが、今回の007、なんとなく馬鹿馬鹿しいんですよ。クレイグ・ボンドの「辛気臭い上に世知辛いリアル路線」が、旧007の「飲む打つ買うの三拍子揃った親父スーパーヒーロー」に結構接近しているんですね。まずアクションが、「手に汗握る熾烈な戦いから生まれる緊迫感」というよりも「オッサン無茶しなはってますなあ」という有り得ないものと化しているんですね。冒頭のヘリコプター・シーンなんて「007が操縦士ボコってるもんだからヘリコプターが宙返りしてるわ」と半分笑って観てましたよ。極めつけは翼もげた飛行機で地べた滑走するって、あんたなにやってんだよ007!

《悪の秘密組織》ってことでメシ3杯は行ける映画『007 スペクター』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

第9位:マップ・トゥ・ザ・スターズ (監督:デヴィッド・クローネンバーグ 2014年カナダ・アメリカ・ドイツ・フランス映画)

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ここの所ずっと、どんよりと暗い作品、シチュエーションのきっつい作品を避けて観るようにしているんですが、クローネンバーグ作品となれば別です。この作品もクローネンバーグ一流の暗くいやらしい世界が口を開けていました。

ではクローネンバーグは映画を通して「現代人の持つ不安」を描こうとしたのか、というとそうではない。クローネンバーグがその程度の文学趣味で満足するわけがない。奴はインテリだが変態、【インテリ変態】なのだ。クローネンバーグはかつて多くの初期作品で「観念の肉体化」、平たく言えば「情念がグヂョグヂョのバケモノの形になって体中の腔という腔から滴り落ちてくる様」を描いた。「観念の肉体化」ならまだ思索的なのに、それが「グヂョグヂョのバケモノ」になってしまうところがクローネンバーグの変態の所以なのだ。この『マップ・トゥ・ザ・スターズ』ではラテックス製のバケモノは確かに登場しない、しかし、この映画に登場する者たち全てが、己の情念の果てに自らがバケモノと化しているではないか。そしてクローネンバーグ映画に登場するバケモノたちが皆おぞましい破滅を迎えるように、この作品の登場人物たちもまたおぞましい破滅へとひた走ってゆくのだ。

ハリウッド大通りの亡霊〜映画『マップ・トゥ・ザ・スターズ』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

『マップ・トゥ・ザ・スターズ』 [Blu-ray]

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第10位:ジェームス・ブラウン〜最高の魂(ソウル)を持つ男〜 (監督:テイト・テイラー 2014年アメリカ/イギリス映画)

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ファンクの帝王ジェームス・ブラウンの生涯を描いた作品となると音楽ファンとしては見逃せません。再現されるステージもよかったし、JBを演じたチャドウィック・ボーズマンのなり切りぶりも素晴らしかった。

ここで驚かされるのはJBを演じるチャドウィック・ボーズマンの完コピといってもいいほどのJBへの成り切りぶりだ。顔つきこそは違うけれども、仕草や表情、ポーズのとり方はもとより、その声はJBそのものとすら思わせる。さらに目を見張るのがパフォーマンス・シーンだ。ここではチャドウィック・ボーズマンのみならずステージに登場するミュージシャンの動きまでもがJBのステージを完璧にコピーしてみせる。予告編を観た後にYouTubeでJBのオリジナル・パフォーマンスを探して観てみるといい。そしてこれにより、再現とはいえ、映画の中でJBの白熱のパフォーマンスの一端を体験できるというわけなのだ。確かにこれは映画というまがい物かもしれない。しかし、そこにはJBのソウルがしっかりと宿っていることに気付かされるはずだ。

ゴッドファーザー・オブ・ソウル、JBのファンクに酔い痴れろ!〜映画『ジェームス・ブラウン〜最高の魂(ソウル)を持つ男〜』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

20150922(Tue)

[]メイド・イン・イングランドの狂気〜映画『キングスマンメイド・イン・イングランドの狂気〜映画『キングスマン』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ を含むブックマーク メイド・イン・イングランドの狂気〜映画『キングスマン』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ のブックマークコメント

キングスマン (監督:マシュー・ヴォーン 2015年イギリス映画)

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どの国にもその国なりの狂気の在り方があると思うが、こと映像媒体で観るならやはりアメリカとイギリスの狂気の在り方は抜きん出ていて目を見張らせるものがある。そしてこの両者を比べるなら、アメリカはエクストリームな狂気、対してイギリスはシニシズムな狂気ということができるだろう。もう少し判り易く言うならアメリカは肉体派のキチガイであり、イギリスは頭脳派のキチガイであるということである。そしてそれぞれの狂気の根っこにあるのは、アメリカなら未熟で新しい国の【野蛮さ】に根ざしたものであり、イギリスなら近世から近代にかけて歴史の上で散々行ってきた残虐を極める蛮行の末の【こじらせまくった結果】であるんじゃないかとオレなんかは思う。

キングスマン』はコミック原作のスパイ・アクション映画である。「キングスマン」なるイギリスの秘密諜報部があって、そのエキスパートが若者をリクルートし、その若者は過酷な訓練の末に栄えある諜報員となる。それと同時進行して世界規模の破滅を願う悪の首領というのが登場し、「キングスマン」たちはその陰謀を阻止するべく行動を開始する、というのがざっくりしたプロットだ。『007』や『ミッション・インポッシブル』あたりを髣髴させる派手で見栄えのするエンターティンメントを主軸としたスパイ・アクションであり、同時に『ジョニー・イングリッシュ』や『ゲット・スマート』を髣髴させるコミカルなスパイ映画の要素も加味されている。当然だが『裏切りのサーカス』に代表されるル・カレ作品的なシリアスなエスピオナージュ物では決してない。

物語はこれら過去のエンターティンメント・スパイ作品を踏襲し、それらの作品の小ネタなどを交えながら、定番のスパイ・ドラマとして展開してゆく。過去作品と比べて新機軸であろうと思われるのは若者の成長を描くビルドゥングス・ロマン的な側面であり、その展開に多くの時間が割かれているといった部分であろうか。それと同時に「キングスマン」本拠地であるイギリスの、その大英帝国的なスタイリッシュさが、半ば戯画的に描かれている部分も楽しませる要素となっている。観ていてそれなりに飽きさせず、面白く出来た作品ではあるが、世界を破滅に導く巨大な陰謀、スパイ秘密兵器、超人的なアクション、滑稽で凶悪な悪役など、そのどれもがスパイ・ドラマとして「紋切り型」であり、前述のビルドゥングス・ロマン的な側面を抜かせばドラマとしての新鮮味に乏しいかもしれない。

だが、この作品は、後半において突如【乱調】する。どういったものかは書かないが、なにしろ、突然、【狂う】のである。これを「度が過ぎている」と取るか「ギャハハおもしれえもっとやれ」と取るかでこの作品の評価が分かれるのだと思うが、少なくともオレはこの「狂いっぷり」で一気にこの作品の評価を上げた。そしてこの「狂いっぷり」こそが、監督が「紋切り型」を廃するためにこの作品に持ち込みたかったカラーなのだろうと思う。そもそもこの狂気の在り方は、物語冒頭の著しく馬鹿馬鹿しい肉体破損の描写で予兆があったではないか。監督はこの「馬鹿馬鹿しさ」を早く画面の中に表出させたくてウズウズしていたことだろう。

この【乱調】と【狂気】に通底するのは、徹底したシニシズムである。そしてエスタブリッシュメントを地獄の底に叩き落そうとする階級闘争の表出である。これはもう、「モンティ・パイソン」を引き合いに出したくなるような、見事に【イギリス的な狂気】を具現化したものではないか。観るまでは意識していなかったが、調べると製作国はイギリス、監督マシュー・ボーンはイギリス生まれ、原作者マーク・ミラーはスコットランド生まれ、出演者もコリン・ファース、マイケル・ケイン、タロン・エガートン、マーク・ストロング、ソフィ・クックソンと「キングスマン」一派は見事にイギリス人で固められており、対する敵役ヴァレンタインを演じるサミュエル・L・ジャクソンはアフロ・アメリカン、「ガゼル」ことソフィア・ブテラはフランス人と、これもイギリス流の皮肉なのかと思わせる配役で成り立っているのである(イギリス人にとってアメリカ人は「単純な成り上がり者」。一方フランス人は「いけすかない気取り屋」)。

イギリス製作でイギリス諜報部を主人公とした物語であるからそれは当然と思われるかもしれない。だがしかし、かつてイギリス人作家キリル・ボンフィリオリ原作である『チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密』がアメリカ人監督とアメリカ人配役で製作された際に、原作が持っていたであろうイギリスらしい湿り気の多いシニカルさやブラックな風合いを持つ物語テイストがアメリカ人製作者により見事に無味乾燥で薄っぺらいものに様変わりさせられていたことを考えると、イギリス人の【狂気】は、やはりイギリス人でなければ描ききれないことが判るし、またイギリス人であるからこそ、黙っていても【こじらせまくった結果】としての【狂気】が否応なくじわじわと染み出してくるといえるのではないか。

そういった意味で、この『キングスマン』はスパイ・アクションを楽しむ作品であると同時に、「メイド・イン・イングランドの狂気」をしみじみと味わう作品として観るならば、別の楽しみ方が生まれるのではないかと思う。

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Kingsman: The Secret Service

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