ブログを体験してみる

はてなダイアリーの創設時期からブログを体験してみようと書きはじめてながい年月が経過した。

昨日、小石原に焼き物を買いに行った。

里帰りした金沢の友人夫婦と一緒に出掛けた。
福岡のホテルに迎えに行って、高速道路で60分以内で着く予定が道を間違えて、
鳥栖をすぎ熊本の近くまで行った。山道を日田まで戻った。道を誤れば新しい発見があるもんだ。

いろいろ窯元をまわって、ここに来た。来るたびに斬新な発掘をしたような作品をつくっている。

窯開きをしたばかりの登り窯を見せてくれた。 なぜか、巨大なスピーカの部屋に案内された。

道路をはさんで前にある銘木店にいった。黒柿の床柱が並んでいた。びっくりした。一本、400万円とか言っていた。
ここにも、巨大なスピーカーが下がっていた。静かな曲がゆっくり小さく流れていた。大きければいいもんと違うだろうが・・・


きょうは午前中、エッセイ教室だった。


あまざけ作り                中村克博


あまざけを作ることが僕の役割になってひと月になる。二合ほどのもち米を寸胴鍋で炊いてお粥を作る。炊き上がると、ほどよい温度になるまで冷ます。この場合、フライパンに水をはってその中に寸胴鍋を漬け、熱々のお粥をしゃもじでゆっくりかき混ぜる。スティック温度計が六五℃になったら寸動鍋を取り出して麹をくわえる。一キロの麹をお粥とよく混じり合うように満遍なく攪拌するが、あらかじめ麹をよく揉みほぐしておいた方がうまくいく。麹をくわえた後には鍋の温度が下がっているので再び火にかけて六五℃になるまで温め直さなければならない。そうして仕込み終えたあまざけの素を発泡スチロールの箱に入れて一晩ねかすと、朝になるのが楽しみになる。
朝になると、発泡スチロールの箱から鍋を取り出して出来上がったあまざけを適量、手鍋に移す。粉末にして乾燥させた生姜の粉をくわえる。それから手鍋を温めるが、我が家ではその前に豆乳を少量注ぎ足すことになる。
まず、母のところにコップ一杯のあまざけをお盆にのせていく、
「そうね、いただこうかね」
 母は炊事の手を休めて椅子に座る。腰の萎えた老猫が母によろよろ近づいてミャー、いや、ミギャ〜と皺がれた声を出す。
コップはテーブルに置かず、お盆から僕が手渡すと、母は、おいしそうに一口飲む。それを見とどけて離れの自分たちの部屋にもどる。

なぜ我が家で、あまざけを作るようになったか思い出せない。僕が自分から作る気になったとは思えないので、たぶん妻が提案したはずだが、そういえば、ちかごろ、あまざけ作りがブームらしい。どうも妻は世間のはやりごとに同調する気風があるようだ。
そういえば、僕の友人にあまざけ作りの名人がいて、彼に我が家まで御足労いただいて妻が教わっていた。そのときに発泡スチロールの箱と麹と小瓶につめた生姜の粉末を提供してくれた。僕はあまり興味がなかったので、ときどき台所に顔を出したが、ほとんど自分の部屋で本を読んでいたのを思いだした。
麹は必要な量を前もって注文して毎週月曜日の二時すぎに飯塚市内の麴屋に買いに行く。一週間に一日だけしか販売しないようだ。妻の車を僕が運転して野菜や肉やコーヒーの買い物のあとに麹屋に着くが麹屋の前の狭い道路は交通量が多い。僕は車の中で待っている。愛想のいい麹屋の奥さんが妻に麹を渡しているのが見える。
三回目かのとき妻にたのまれて一人で麹屋に行った。
愛想のいい奥さんはいなかった。麹屋の主人が、
「どれくらいの量ですか」と聞いてきた。
「これくらいです」と両手の指を近づけて大きさを示した。
 主人は了解して麹をビニール袋に入れてくれた。
 家に帰って五〇〇グラムだとわかった。注文していたのは一キロだった。僕もいい加減だが麹屋のおやじにも、こまったもんだ。

 このエッセイを書いているいま、僕が小学生のころ、母があまざけを作っていたのを思いだした。飲ませてもらった味は思い出せないが、あまざけを発酵させるのに、布に包んだ容器を炬燵の中に入れていたのは鮮明に覚えている。それは一辺に二人は座れそうな大きな掘り炬燵だった。僕の前に御嫁入りが近い、きれいなお姉さん座っていた。お店の事務員さんで帳面や伝票を広げ算盤をはじいて仕事をしていた。
部屋の外から母がドアを半分開け顔をのぞかして、僕に炬燵の火を小さくするように言い付けた。僕は炬燵掛けをめくって暗い炬燵の中に息を止めて入った。練炭の赤い穴がいくつも見えて、ムッとする熱さと練炭の燃える臭いがした。七輪の空気調節金具は焼けて触れないほどだった。目が慣れると僕の鼻の前にお姉さんの足があった。かるく閉じられたストッキングの足が燃える明りで色づいて見えた。ひざっ小僧が見える。顔がほてって頭がくらくらして来た。息を吸いに炬燵から出た。お姉さんは先ほどと変わらず鉛筆を指で挟んで算盤をはじいている。

二キロのもち米で作ったあまざけは、かなりの量だが毎朝コップ一杯ずつ飲んで一週間はもたない。ぼくは、妻から教わった通りに、あまざけ仕込みを楽しんでいる。作るのが面白いし、出来上がりが楽しみだし、飲めばおいしいし、体にも良さそうだ。これからも欠かさず僕の役割を続けようと思っている。

この書き終えた原稿を笑いながら読んでいた妻が、私は、はやりごとに同調したりしませんよ。と何度も抗議していた。そうだろう。
麹屋のおやじが、
「麹をいくら作っても足りません」と言っていたのを思いだした。

平成二十九年三月十五日