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2015-08-22   久しぶりの稽古

[][]久しぶりにお茶稽古をした。

娘の結婚お盆があって、三週間ぶりの稽古だった。

昨日の金曜日居合稽古も三週間ぶりだった。

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母は体調がすぐれないので、従兄弟と二人で稽古した。

従兄弟は流し点前と洗い茶巾、 僕は洗い茶巾を二度したがまだ間違えてばかり、

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茶庭の手入れが必要だ。 このままでは藪になる。

昨日はエッセイ教室


アテナ銀貨                      中村克博


 マンスールは車座での夕食を終えると甲板下に下りて次郎の部屋をたずねた。次郎は眠っていた。二人のアラビアの女がそばに坐っていた。部屋はととのえられて先ほどの荒治療のあとは残っていなかった。小さな小窓から新鮮な潮風と穏やかな波の音が入っていた。一人の女は扇子を次郎に向けゆるやかな風を送っていた。マンスールアラビアの女に何やら話した。女はほほえみながら、それに応えて自分たちの部屋にもどっていった。

 兵衛は次郎をのぞきマンスールに振り返って、

「眠っていますね」と小声で言った。

「モウ、アンシン…」とこたえた。

 それから少しの間、マンスールは座って様子を見ていたが、兵衛を残して船尾楼の自分の部屋に帰っていった。

高麗海賊との小競り合いのさい別行動をとっていた二隻の僚船とふたたび出会ったのは夜が明けてまもない日の出前だった。兵衛が目覚めて甲板に出ると船尾楼の手すりにマンスールが見えた。

船尾楼に上がると聖福寺の二人の僧もいた。

「いい朝ですね、輸送船が見えます」

「都合よく出会えてなによりですね」

「夜明け前から船影は確かめていたようです」

ジロウハ、ドウシテイマスカ」

「まだねむっています」

「次郎殿は部屋に一人ですか」と僧の一人がたずねた。

「いやいや、アラビアのおなごが二人、明け方から詰めております」

 ラッパが鳴った。合流した四隻は一列の縦隊になろうとしていた。船が接近すると水夫たちの動きが見えてきた。双方から大声でアラビア語が行き交った。先頭が大型の戦闘艦、つづいてマンスールの乗る旗艦、それから大型の輸送船二隻が航跡を重ねていった。右舷の海は朝日がまぶしくて、遠くの幾つかの島が黒く見えていた。左舷は水平線まで澄み渡り、うねりもなく波はおだやかだった。風は北よりの西風で二枚の大きな三角帆は右舷に引き込まれていた。

 兵衛が遠くをながめて、

「このまま順調にいけば二日ほどで威海に着きますね」

「風がこれ以上、北に振れなければいいですね」僧の一人がいった。

「それにしても、先に別れた二隻と都合よく出会えましたな」

高麗海賊の頭目が進路の助言をしてくれたようです」

 風にめぐまれマンスールの船団は二日後の朝、威海の入口にある劉公島が見える海域に到達した。金国の軍船、二隻に先導されていた。

 港には桟橋があったが大型船の係留はできないので、案内される場所に四隻のアラビア船はそれぞれ碇を入れた。入り江は西に深くて陸には平地が遠く広がり、北には大きな高い山がせまっていた。入り江の東側には劉公島が波風を防いで浮かび、海はおだやかだった。

 硫黄木材刀剣などの積荷を降ろすのに二日かかった。多くの艀が陸とアラビアの船の間を行き交って、夜明けから日没まで日のあるうちは休むことはなかった。陸では人力の荷車がそれらの貨物を運ぶ長い行列ができていた。

 山すそに大きな建物が建っている。ほかにも木立に隠れて家屋屋根がいくつか見える。軍旗のような旗が時折はためいているので軍が駐留しているようだが姿は見えなかった。荷下ろしの様子を身なりの整った役人が見回っている。

 聖福寺の二人の僧とマンスールの部下が役場に出向いて入港と交易手続を簡単に済ましていた。金の役人が乗船して来るたびに饗応の誘いがあるが、日本扇子などの土産を手渡して丁寧に辞退していた。

 積荷が降ろし終わると、あくる日は休養にあてられた。天気がよく涼しくて、みんな思い思いにすごした。短時間だが少人数ずつの上陸も許された。陸ではイスラムと金の人との身振り手振りのやり取りも見られた。マンスールはその様子を船尾楼の上からながめていた。聖福寺の僧が二人で高麗海賊の頭目を連れ出して上陸しようとしていた。兵衛が気づいて、そわそわしていた。

 マンスールが兵衛に向かって、

「ショウフクジ、ノ、ソウ、キンノ、キャク、ツレテキマス」

「威海に市舶司はないので、金の役人の偉いやつですね」

「ソウデス、ソノマエニ、ジロウ、ミマイマショウ

 二人は次郎の部屋に下りて行った。小さな窓からは日がさして風が通り、部屋は暗くはなかった。二人のアラビアの女が次郎のそばにいた。マンスールは女と何やらアラビア語で話していた。次郎が気配に気づいて目を開けた。

「ヨクネテ、ヨクタベ、ヨクダシタ、モウ、ダイジョウブ」

まことに、かたじけなく思い…」と言って顔を赤らめた。

「そういえば、お二人はトカラの海で共に傷つき、ながいあいだ部屋を同じに治療されておったそうですね」

「ソウデス、ワタシハ、シリ、ジロウハ、カタデス」

「その折には、琉球の老いたおなごが、下の世話をしたのですね。はは、は…」と兵衛が軽口をたたいた。

マンスールと次郎は兵衛の言葉無視した。そう言った兵衛は、はたと我に返ったように遠い眼差しになった。自分自身も同じころ平戸の戦いで瀕死の重傷を負い、敵に捕らわれて治療を受けたときのことを思いだしていた。

あのときは平戸の年老いたおなごが寝ずの看病をしてくれた。それから、体が癒えてから大柄な年若い女将が供の侍を連れて何度も見舞ってくれた。やさしい言葉もかけてくれた。あれが平戸の姫だった。それが、どのような巡りあわせか源八郎為朝様の家来、戸次惟唯殿と夫婦になると言う。

「いかがした」と床に寝ている次郎の声がした。

「いや、戸次惟唯殿の婿入りはそろそろかと」

 マンスールは上甲板を一人で歩いていた。先ほど聖福寺の僧が帰艦して、金の招待客からの返事を知らされていた。先方からは五人がマンスールの船で夕餉をともにすることになった。お付の者が随行するのでその倍の人数になる。料理は金の方から食材提供があり、料理人が三人、鍋や竃まで持ち込むという。マンスールの方でもアラビア料理の包丁や煮炊きがすでに厨房で始まっていた。上甲板に遒天幕が張られて饗応の準備ができていたが人数からすれば、かなり手狭だ。天幕屋根だけにして囲いの幕はなかった。風通しはいいが中の様子は丸見えだった。思いもよらぬ大掛かりな会食になった。

 宴が始まろうとしていた。会場の上甲板には人があふれるほど賑わっていた。天幕には金の役人四人と軍人が一人、それにマンスールと副官のイヌブル、聖福寺の二人の僧と兵衛がいた。

 マンスールが立ちあがった。場が静まるのを待って、マンスールは回りを見渡して来賓に挨拶の言葉を述べはじめた。ペルシャ人のほかは何を言っているのか誰にもわからない。聖福寺の僧が適当な想像南宋言葉にして訳したが、金の女真族韃靼かの人たちにそれが通じたのかは定かでなかった。

 金からは軍人が代表して謝辞をのべた。意外にも南宋で使う同じ言葉だった。聖福寺の僧がマンスール大和言葉通訳したがどこまで理解できたかわからない。

先祖北宋に仕えた将軍家系であります。このたびの交易に立ち会うため金王朝から派遣されました。南宋と金は長年争っておりましたが、現在まで友好な関係が四十年も続いており幸いに思います。ところが近ごろ、金ではタタル部族契丹の反乱がたえず、さらに北のモンゴル高原では強大な勢力が脅威になりつつあります」

 ここで、金の軍人は一息入れて、透明な瑠璃の杯に水を注ぎ飲みほした。

 兵衛が横にいた手の空いている僧に、

「金の国に大量な硫黄や刀などの重要な戦略物資を送って、一千万枚もの宋銭を引き換えにするとは誰の知恵でしょうな」

「拙僧にわかりません、博多を出るときには決まっておったようです」

「一千万枚の銅銭の重さはどれほどでしょうな」

「さあ、一万貫ほどか…」

「それほどの銭、金の国には宋銭が埋まっておるのか」

「毎年、南宋は金の国に莫大な歳幣を貢いでおります。その一部でしょう」

 金国の将軍演説はまだ続いていた。黒い天幕にはアラビア料理、金の料理が運ばれていた。甲板にたむろするアラビアの水夫や兵士にはすでに料理を手にしてぱくついている者もいる。金国の随員たちや下級の役人たちも交じって身振り手振りで談笑がおきていた。誰も演説は聞いてはいなかった。

「なぜ、南宋は莫大な歳幣を払うのでしょうな」

「和平を銭で買っているのでしょう」

                          平成二十七年八月二十日

2015-03-21

[][]一週間たつのがはやい。

土曜日はお茶稽古

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従兄弟は茶筅飾りで、由緒のある水差しを使っていた。

僕は今日も筒茶碗の稽古をした。今月までしか使えないらしい。


昨日はエッセイ教室


アテナ銀貨                 中村克博


 騎馬武者の一群が丘の上から芦辺の浦を見下ろしていた。どの馬からも白い息がけわしく吐きだされていた。日は西に傾いていたが空は晴れわたって東の海は遠くまで見通しがよかった。静かな入り江に碇を降ろした大型の外洋船が見える。帆柱が二本、筵帆を降ろして二層になった船尾楼が高くはね上がっていた。伴船はない。数艘の艀が行きかい米の積み込みをしていた。艀の桟橋には米の俵が積まれ人がうごめくように見える。牛の引く荷車がいくつも芦辺の屋形と桟橋のあいだの道をのろのろ進んでいた。

 為朝の馬に轡をならべていた武者が、

「禅師と綱首が着かれたようですね」

「それに宋の医者も一緒だ」

戸次惟唯殿と次郎やマンスルの容態をみてもらうのですね」

「あの二人は、もういいだろう。今日も一緒に行きたいと申していた」

「はは、しかし、まだ遠乗りはむりでしょう。温泉で、ほてった体に馬駆けの風はなんとも言えません。は、はは」

「そうだな、おさななじみの次郎にその話をしてやるがよい」

 騎馬の一行は並足で月読神社に帰ると待ち受ける別当手綱をわたし、為朝は自分の居室で着替えをしていた。女の宮司が手伝いながら、

温泉のあと早掛けなさると狩衣も土埃だらけ、指貫(さしぬき)袴は馬の汗で濡れております。もういちど湯浴みをされますか」

「いや、いや、気分はさっぱり、さわやかだ」

「でも、お体に、土埃とお馬の汗が…」

「馬の汗は、落ちにくい衣服の汚れを洗い落とすそうだな」

「そのようですね。なぜでございますか…」

「なぜかな、わしにはわからぬ。 茶をいれてくれ」

「椿餅がありますが、薄い抹茶を点てましょうか」

「いや、煎じ茶だけでよい。たっぷりとくだされ」

 為朝が茶を飲んでいると巫女摺り足が聞こえてきた。芦辺の屋形から宋医の青山先生がおみえになり、マンスールの容態をみに来たので会わせてもらいたいとの伝言であった。為朝は自ら案内に立った。

 マンスール兵舎の一室にいた。近くには惟唯や次郎など武将の個室があった。大部屋の方から武士たちの話し声や笑い声が聞こえていた。為朝を見てマンスールが体を起こそうとした。

 為朝が手をあげて、

「起きなくてよい」と言った。

それを琉球の女がイスラム言葉で伝えた。

青山先生が自ら名乗って容態をみせてくれるように言った。マンスール通訳なしに宋の言葉理解した。診察がはじまり為朝は部屋を出て惟唯と次郎に見送られ自分の居室に帰って行った。

それから一時(二時間ほど)して治療が終わり青山先生は薬を処方して明日また訪れることになった。馬丁と馬の用意をしていたが青山先生は馬に乗らない。二人の武士が徒歩で芦辺の屋形まで送って行った。風が西にかわり空には雲が広がって暗くなっていた。

夜半からの雨がしずしずと降って寒い朝だった。芦辺の屋形から徒歩の列が月読神社へと続く丘陵を上っている。道のまわりに広がる刈り入れの終わった田んぼには高く積み上げられ藁塚があちこちで雨に濡れていた。

徒歩の列は十五人ほどが一列になって、前と後を二人ずつの編笠をかぶった武士が護衛していた。武士以外は亜麻色の雨笠をさして括り緒の袴に足駄をはいていた。

丁国安の妻が前を歩く夫に、

「風がなくて幸いでしたね」

「長雨になりますが風は吹きません」

「天気のいいうちに新米の船積みができて安堵しました」

今日のうちには対馬に着きますが、荷下ろしがしろしかな」

「ほんとに、濡れないように難儀でしょうね」

 丁国安は太った体に足駄が歩きにくそうだった。傘を持つ手に大きな息を白く吹きかけた。前を見ると雨笠の列が長くのびてゆれている。

 月読神社に着くと惟唯と次郎が出迎えた。西文慶のすぐ後から、ちかが傘をたたみながら、にっこり会釈した。青山先生マンスールの部屋にそのまま出向いた。栄西と二人の若い僧が丁国安夫婦と並んで足に柄杓の水をかけて洗った。桶の水には湯がたしてあった。

 栄西は為朝の居室に女の宮司が案内した。障子が明けられると奥に為朝が座っていて深々とお辞儀をした。栄西はにじりながら入り答礼して為朝の前に座った。丁国安と西文慶が続いて部屋に入った。

 障子が閉められて部屋は暗かったが、すぐに目が慣れた。巫女揚げ菓子を運んできた。小さな木の盆がまわって、それぞれが懐紙でうけた。丁国安は懐紙の用意がなくもじもじしていた。

「お使いください」と隣の為朝が懐紙の束を差し出した。

「これはおいしい、博多のと味がちがいますね」と栄西が言った。

丁国安が二個目をつまんで、

博多のは南宋の味にちかい。丸いくぼみがへそのようですな」

 西文慶が、

「この甘味は、甘葛(あまかずら)とはちがいますな」

 部屋のすみで抹茶を点てていた女の宮司が、

甘味はいただいた琉球からの黒糖をつかいました。小麦粉をこねて丸め、くぼみをつけます。こうすれば油で揚げたとき熱の通りがよいので…」

 栄西が居住まいを正すようにして、

「このたびの琉球への航海は多大なご成果で恐悦至極にございました」

 為朝は手にしていた懐紙を懐にしまいながら、

「いやいや、禅師のご教示にしたがったまで、おかげで身も心も生き返った気分です。まことに、ありがたく思っております」

 為朝は軽く両手をついて目線を落として頭を下げた。

 少しのあいだ座が静まった。

 栄西が膝の上で印を結ぶように手を組んで、

「落ち延びた大勢平家武者が琉球に安住の場所をもとめることができ、それが琉球王朝の混乱を鎮めることにもなりました。鎌倉からすれば戦をせずに不穏な勢力を取り除いて、鎮西九ヶ国を頼朝御家人大友、武藤、島津でまとめる大掛かりなはかりごとでございましょう」

 丁国安が神妙な顔で、

「さらに南宋への硫黄の安定供給が保たれるようになりました」

 西文慶が恐る恐る、

「それを、鎌倉が最も恐れておる為朝様がなさったことが、正直、解釈できずにおります」

「いや、わしは鎌倉敵対する気はもとよりない。国が平安で天朝の安寧が願いだ。それに武をもって報いるのがつとめと思うておる」

 茶が点てられ女宮司栄西の前に天目茶碗を運んだ。

「ほう、これはめずらしい、油滴のでた天目茶碗ですね」

「先日、平戸松浦からのお使いが芦辺の屋形にまいられたおり、月読神社にもお立ち寄りになり奉納されたものです」

「ほう、このようなもの松浦がな、窯変の色が宇宙をみるような…。奉納には思いや願いが込められるのでしょうかな。そういえば、松浦の二の姫を戸次惟唯どのにめあわせるようにと豊後から願いがでております」

平成二七年年三月十九日

2015-03-14 筒茶碗

[]筒茶碗のお点前を稽古をした。

近くの陶芸家、青空間で買った器を使った。

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従兄弟の所作がいいので、なぜかと思ったら

これまでに何度も稽古したはずだと言われた。

記憶がない。ふしぎだ。

2015-02-28    表裏一体とは、いかないのか

[]午前中はお茶稽古

従兄弟と二人だったが、母の思い出話が長くなって、終わると一時をすぎていた。

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従兄弟は、流し立てとかいうのをやっていた。ぼくは基本の薄茶を二度やった。

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気に入った棚があったので買ったら、これは裏では使わないそうだ。

どうしようかと思う。こっそり自分だけで裏表融合でやってみたらと思う。

千葉の熊さん千葉の熊さん 2015/03/05 19:19 今日メールしましたが、送信できませんでした。小生墓参りと母親の生活状況を把握するため16日(月)から19日(目)まで、飯塚に帰省します。17日か18日のお昼ご飯でも食べませんか?一度連絡ください。

glucklichglucklich 2015/03/07 09:01 了解です。電話のとおりです。
flutter@castle.ocn.ne.jp

2015-02-07    もうすぐ古希に

[][]午前中はお茶稽古

今年になって長女も稽古をはじめた。

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雪が残っているが天気は良かった。

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娘はあらためて盆立てから、従兄弟は濃茶の稽古

母は両方を同時に指導していた。たいへんだろうと思った。

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母から習い始めて従兄弟と僕は五年目に、

二人とも、もうすぐ古希。


昨日はエッセイ教室だった。

為朝は琉球をそして鬼界ヶ島をあとに壱岐へ向かう

       アテナ銀貨                 中村克博


 鬼界ヶ島を奪還する討伐戦で投降していた琉球の反乱軍将兵五百のうち四百は帰参して許され、すでに王朝軍に再編されていた。

残りの百人ほどは鬼界ヶ島に残留して硫黄の採掘と運搬に従事していた。ほかに最後まで山にこもっていた幹部の部将たち十人は後に島津の守備隊に投降していた。この残留組の将兵から為朝は配下として徴募に応じるものを聖福寺船で連れていくことにした。

希望者は部将八人と兵四十ほどだった。この中から部将三人と兵十二人を選んだ。心身頑健な者、身寄りのない者、琉球に帰ると罪に問われる者を優先した。戦傷の治療をしていた平家の武者たちは島に残り時期をみて琉球で作戦中の本隊に合流することになった。

博多に行くことを希望するイスラムの海商マンスールは単身での同行を許され、二人の許嫁は革袋の宝玉をもって乗ってきた船で帰ることになった。重たい箱いっぱいの金貨も返却されたが、いくつもの籠に盛られた珍しい果物は聖福寺船の乗組員がとっくに賞味して跡形もなかった。

夕日が西の海を染めていた。聖福寺船に続いて硫黄を満載した外洋船が鬼界ヶ島を離れると進路を北北西に変針した。それを護衛する南宋の軍船が後を追った。まだ白波が立つほどではないが西の風がしだいに強くなっていた。

三隻のイスラムの船が帆の風を抜いて漂っていた。漂いながら聖福寺船を見送っていた。見送る帆影が夕日の照り返す海へ遠く、しだいに小さくなった。日が沈むと、それまでの赤く黄色い夕焼けは消え、ぬけるように透明な空の青と吸い込まれるような深い海の色に変わった。

鬼界ヶ島を出て一昼夜過ぎた夜だった。強い風が北西から吹いていた。聖福寺船は北に進んでいた。下甑島(しもこしきじま)が右舷後方に過ぎるころだったが細い月明かりでは島影はさだかでなかった。聖福寺船と続く二隻が進路を別にする地点にさしかかっていた。暗い海だった。南宋の戦船から軍鼓が高らかに響きはじめた。聖福寺船がそれに応えて法螺貝を鳴らした。聖福寺船はそのまま北を保持し、続く後ろの二隻は西に進路を変えた。

為朝と船長が上甲板を歩いていた。

南宋の軍鼓の響きが寂しく聞こえます」

「戦のときに聞こえる響きと違うのかな」

「戦のときは鼓舞しますが、今は名残を惜しみます」

 水夫や為朝配下の武士たちも左舷の船端の欄干に鈴なりになって、届いてくる軍鼓の音の方を静かに見ていた。船尾楼の物見甲板から時おり二羽の法螺貝が長い尾を引いて吹かれていた。

「法螺貝を一羽、二羽と数えるのはなぜでしょうか」

「なぜだろうな、鳥に似ておるのかな、戦場では陣貝といったな」

 二人は船尾楼に上がって行った。

惟唯と次郎それに二人の僧が甲板の手すりから、遠くに離れていく南宋の船を見ていた。風の音が聞こえる。為朝は手すりに近づいて皆と同じ暗い海に目をやった。南宋の戦船から届く太鼓の音はかすかに風の音にまじって聞こえていた。

思い出したように船尾楼の見張り甲板から二羽の法螺が鳴りだした。静寂を破ってだんだんに大きく長く、そして高い裏声のような音に変わった。ひとたび鳴りやんでまた鳴りはじめた。

「もうよい、法螺をふくな。止めよ」と惟唯が上に向かって叫んだ。

 惟唯の声は法螺をふく者には聞こえないようだった。

為朝が惟唯に笑いをこらえて、

「そう叫ぶな、傷にさわるぞ」とたしなめた。

「法螺は吹くことを立てると言いますが、なぜでしょう」と船長が言った。

「なぜかな、茶も点てると言うが、わしには分からぬ」

「ホラを吹く、はウソをつく意味にもなり、それで、立てるでしょうか」

 横で聞いていた聖福寺の僧が、

「元は、ほうら、でありますが無量寿経に法鼓を扣き、法螺を吹く、とあります。法華経にも大法螺を吹き、大法鼓を撃ち、とあります。心地観経には大法螺を吹いて衆生を覚悟して仏道を成ぜしむ、とあります」と記憶をのべた。

「では、法螺を吹くとは元はと言えば仏の説法のことですな」と船長が感心したように言った。

「我ら若僧が、出来もしない知識だけを言うと、理屈ばかりのホラになり、ウソになったのでありましょうか」と恥ずかしそうに言った。

 風がさらに強く吹いて冷たくなっていた。上甲板には人影はなく見張り番の動きがあるだけになっていた。

寒いな、部屋に入ろうか」と為朝が言った。

「体を冷やすと傷に良くありません」と僧が惟唯と次郎を見た。

「それでは、私は下に居ります。夜半には風が北にふれると思います。そうなれば進路を北東に変更します」船長は為朝に告げて皆に挨拶した。

「ま、茶だけでも飲んで行け」と為朝が言った。

 部屋には蝋燭が壁の左右に、卓の上には天井から吊るされていた。

琉球の女が待っていたように煎じ茶を注ぎ分けてくれた。奥の椅子に為朝が座った。二人の僧と惟唯と次郎がその左右に座った。入口の椅子に船長が腰をおろした。

マンスール殿の様子はいかがですか」と次郎が言った。

「先ほどお休みになり今は眠っておいでです」と女がこたえた。

博多に行きたいなどと言わずとも…、自分の船で帰れたものを」

「許嫁の手も握らず、ろくに顔も見ておらんようでした」

「女は顔を布で隠しておりましたから」

「わからんな」

「一人になられた後、泣いておられましたよ」と女が言った。

「尻の傷が痛かったのだろう」

 琉球の女が茶を注ぎ足してまわった。

「丁国安殿の船は今ごろ、どのあたりでしょうね」

「鬼界ヶ島の沖までイスラムの船と一緒でしたから」

「我らより半日速い。北に向かうに都合よい西が吹いていた」

「右手に平戸、左手に宇久の島のあたりでしょうか」

「うむ、いや、それは明日の今ごろでしょう」

「風が北に振れれば、もっと遅くなりますね」

「しかし、心はすでにカカ殿のもとでしょう」

「いやいや、船長(ふなおさ)はまだまだ気は抜けません」と船長はお茶を一口で飲んで、みなに挨拶して席を立った。

 僧の一人がマンスールの部屋の戸を開けた。マンスールは身を起そうとしたが僧がとどめた。傷の治療をはじめた。琉球の女がお湯を運び込んで戸を閉めた。もう一人の僧が惟唯と次郎の治療をはじめた。

 惟唯の額の傷は経過がよく化膿もなく乾いていた。左の眼が少し小さくなって眉毛が半分ほど抜け落ちていた。傷の瘡蓋がまばらに取れた跡に赤みをおびた新しい肉が盛り上がってつやつやしていた。

「美丈夫が台無しになったな」と為朝が言った。

「傷は頭の中には届いておりません」と僧が言った。

「目にも支障はありません」と惟唯が言った。

 次郎の治療に移った。矢傷の跡は塞がっていたが腕は動かさないように注意していた。傷口に血がにじんで固まっていた。

「腕は動かせませんが、五本の指は動かしてくださいよ。指先まで血液がめぐります。傷の血流が滞るといけません」

「いつも、いつも聞いており、心しております」

                        平成二七年二月五

2013-10-19    エッセイ、居合、お茶

[]今日の午前中はお茶稽古

寒かったのでガスストーブをつけた。

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空気を入れ替えようと障子を開けると大きな蚊が入ってきた。

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稽古に使った花をもらって帰り、生け替えた。

2013-04-20    藤の花を活けた

[]土曜日、午前中はお茶稽古だった。

雨が降りだして寒かった。稽古はストーブをつけていた。

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従兄弟は濃茶の難しそうなのを習っている。何をしているのか僕にはわからない。

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鷹の羽を撮っていたら、見学するように言われた。

「インデアン、嘘いわない」、そんなフレーズがうかんでいた。

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去年、友人がくれたカエデが新芽を出してきれいだった。雨が降っていた。藤の花が咲き始めた。

2013-02-16     二疊台目

[]2畳台目のお茶の点て方を考えている。

正式な決まりを備えていない三疊の屋根裏部屋だ。

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午前中は、お茶室でいつものように従兄弟と稽古した。お昼からは離れの二疊台目もどきで妻と稽古した。

茶室では今日は炉を使っているが三疊の部屋には炉がないので風炉を使う。

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どうも、この配置が具合がいいようだ。先日、母に教わったのとは違うが・・・

今日は四回も薄茶を稽古した。足がおかしくなった。茶室では着物を着るがここでは綿パンだ。

2013-02-09    冬の花

[]空に晴れ間は出たが気温は今日もマイナスだろう。

昨日はお昼すぎでもでも八木山はマイナス3度ほどだった。

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グリュックは朝の日差しに溶け込むように眠っていた。二三日水が凍ってこれでは飲めない。

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午前中はお茶稽古だった。従兄弟は覚えが早い。僕は今だに薄茶がおぼつかない。

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稽古に使った花をもらってきた。鍋焼きうどんに用意してあった鉄鍋がお誂えだ。

夕方になって少し手直しした。なるほど、花の向きを同じようにしたほうが自然なようだ。

2012-12-01    お茶の稽古

[]十二月最初のお茶稽古だった。

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従兄弟はおぼえが早くて長緒の稽古をしていた。 僕は今日も薄茶を稽古した。

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茶庭にシイタケがでていた。 

秋月無頼秋月無頼 2012/12/01 21:15 名刀鞘、判読不能。

glucklichglucklich 2012/12/03 11:53 備前国長船七兵衛尉祐定作 元和三年八月吉日 とあります。
Webで元和の頃を調べてみました。
元和(げんな)は慶長の後、寛永の前。1615年から1624年までの期間を指す。
この時代の天皇は後水尾天皇。江戸幕府将軍は徳川秀忠、徳川家光。
1615年 (元和元年) は大阪夏の陣
1617年 (元和三年) は日光東照宮社殿竣工
柳生 宗矩 1571年〜1646年(元亀二年〜正保三年)
沢庵 宗彭 1573年〜1645年(天正元年〜正保二年)
改元の直前に発生した大坂夏の陣によって豊臣氏は滅亡した(5月8日)。
元和は長く続いた戦国時代の終わりと平和の始まりを意味する。
おかげで、この際この刀の時代を知ることができました。

woodwood 2012/12/03 19:32 ありがとうございました。勉強になりました。
幸運を呼ぶ刀かも知れませね。再来週は竹田城を旅します。

glucklichglucklich 2012/12/08 18:21 元和の改元は家康の命で行われたそうですね。
元号は本来朝廷の権限によるところのものであったのが、
この時だけ江戸幕府が行ったようですね。
この元和の改元の翌年に家康は亡くなりますね。
そう考えるとこの刀の意味を感じます。
これ以降に我が国での内乱と言えるような動乱は明治維新までないですね。
明治維新も王政復古で、ヨーロッパのような革命ではないですよね。
日本は和の国なんですよね。これからもそう願いたいね。ありがたいですね。

2012-10-21    名残のお茶

[]昨日はお茶稽古だた。

十月は名残のお茶とかいうらしい。

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花も庭にあるのをたくさん挿すようだ。

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茶室で使った花をもらってきた。茶室の時と感じが変わった。

少々くたびれた感じがいい。 しおれた、とはどんな花だろう。見てみたい。


薄霧の籬(まがき)の花の朝じめり

秋は夕べと誰かいいけん


色見えで移ろうものは世の中の

人の心の花にぞありける


こんな風情の活けられたはならしい。

2012-09-30 今日は中秋の名月だが

[]昨日の土曜日は第五週目のお茶稽古だった。

今日は15夜だが小雨模様で月は見れないだろう。

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カエデが色づき始めている。

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少し早いが中置のお点前だった。

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ムラサキシキブという木らしい。実が紫色だった。

woodwood 2012/09/30 19:19 確か納骨堂のそばを流れていた、清水の流れにありましたね。残していて
良かった。
箱嶋さんの、駐在所のカレーライス、感動しました。戦争を生き抜いた人でないと
描けない小説ですね。名作ですよ。ラストが実に良い!

glucklichglucklich 2012/10/01 13:08 夏がすぎて秋が深まって今年の冬はどんなでしょうね。
イノシシの活動が活発なようです。寒くなるのかもしれませんね。
駐在所のカレーライス、社会が貧しかった時代ですが
人の心はずっと豊かだった。
ありがたい、という気持ちがあちこちにあった社会だったのですね。
また、そろそろ、あったかい心の通った社会を僕らが望んでいるようですね。

2012-09-22    蓋置

[]土曜日、午前中はお茶稽古だった。

曇り空で寒いほどだった。蚊に額の右を刺された。蚊取り線香を点けていなかった。

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掛け軸に書いてある言葉は聞いたが、忘れてしまった。

Webで調べた。

http://www.rinnou.net/cont_04/zengo/080501.html

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江戸時代の弐拾両の分銅、律令時代の駅鈴の複製。

「両」は金貨の貨幣単位ではなく中世以来の重さの単位らしい。

「駅鈴」は官吏が公務出張の際に朝廷から支給された鈴らしい。

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蟹さんも、分銅も駅鈴もお茶の蓋置に見立てられないのかと思う。

2012-08-18    お盆のなごり

[]午前中はお茶稽古だった。

母が休みで、従兄弟と二人で、彼が先生役だった。

分からないことはすぐに聞けるし、やり直しもできる。

雑談もできて気楽でいい。

「お菓子をどうぞ」と言われて、

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いくつか懐紙にとって、落雁を口に入れるとまずい。

おまけに変な臭までする。よく見ると形も良くない。

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そのことを言うと

「俺が作ったったい」と笑っている。

何とも、えも言われぬアノにおいは、と問えば、

「盆の間、お仏壇で線香にいぶされたのだろう」という。

お盆明けだが、勘弁してくれと言いたかった。

薄茶がたっぷり点てられて、おいしかったが、

線香で燻されたにおいは口に残って取れなかった。

LAKILAKI 2012/08/18 23:17 世が世なら切腹ものじゃないですか〜!従兄弟さんは。

glucklichglucklich 2012/08/19 20:53 いつか、仕返しをしてやろうかと、
いや、悪気があってではないし、ま、いいですか。
LAKI さん、そのうち僕のお点前で薄茶を飲んでください。

2012-04-07     八木山も桜が見ごろだ。

[]土曜日の午前中、お茶稽古があった。

天気がいいが風は冷たい。気持ちのいい一日だった。

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四月からは茶釜の形が変わった。なんとかいう名前の釜だった。

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昨日まで三分咲きの桜が、今日は七分位咲いていた。

白いのはモッコクかコブシ、黄色いのは忘れた。

LAKILAKI 2012/04/08 19:17 八木山は今から満開をむかえるんですね。福岡市内は散り始めて桜吹雪が綺麗です。

glucklichglucklich 2012/04/14 09:39 今日は14日土曜日ですが、満開ですね。でもかなり散っていますよ。
昨日今日は寒いですね。昼まで15度まで気温は上がらないようです。

2012-02-18    雪だった。

[]お茶稽古は雪だった。

朝起きると雪が降っていた。お昼から大きな雪がたくさん降った。

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茶室の床の壁に花が架かっていた。白い花だった。牡丹だったか、聞き忘れた。

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池は氷でおおわれて中のヒゴイは動かない。

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まだまだ冬なのだ。

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梅がつぼみを色づかせている。もうすぐ春なのだ。

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予報では明日は降らないようだ。重たい雪であすの昼にはとける。

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冬の名残り、のような雪だ。

YokoYoko 2012/02/18 22:59 この花入れはヒサゴですか?
ヒョウタンの下半分のように見えますが、とても磨き込まれた良い色と艶ですね。
春が近いって感じられます。

glucklichglucklich 2012/02/19 11:43 ヒサゴ、とは何だろうと広辞苑で調べると、
ユウガオ、ヒョウタン、トウガンなどの総称とありました。
そうです、ヒョウタンの花いけです。 ヒサゴというのですね。
瓢箪の酒とっくり、いいね。 欲しくなったよ。
サカズキもヒサゴの小さいので作ったのがいいですね。

2012-01-21    系統は同じなのに

[]いつもの散歩道に枝垂れ桜の並木がある。

数年前に老人会の人たちのボランティア活動で植えられた桜だ。

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順調に育っている。十年もすれば八木山の風物詩がまたふえる。よく見ると育ちがまちまちだ。

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見れば曲がって、素直でないのもあるが、かえって力強くもある。写真で比べてみようと思った。

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一段と豊かに育っている桜がある。それらは植えられた時期がもっと早かったのだ。

これまで気に留めなかったのだが、写真を撮っていて気づいた。

中には発育が悪く苗木のままのような小さな桜の木もある。

始めは同じ苗木だったはずなのに、なぜ、こんな格差ができただろうと思った。

苗木そのものに原因があるのか、植えられた場所に関係するのか、わからない。

はじめは同じ親の木から生まれたのだろうに、ま、しかし先のことも解りはしない。

2012-01-14   お茶の初稽古だった

[]お茶の初稽古があった。

今年の冬は小雪がちらりと降ったがまだ積もらない。

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茶室の床に正月の飾り付けがしてあった。

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控えの間には趣向の違う飾りがあった。

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久しぶりだったので作法を忘れていた。母に何度も同じことを言わせて疲れさせた。

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ロウバイは蝋梅と書くらしい。匂いがつよい。

YokoYoko 2012/01/16 00:20 ロウバイの香りはとても好きです。
この茶室のしつらえの写真を見ていると、お香の香りと、お湯の沸く松風のような音が聞こえて来るようです。
お初釜、良いですね〜。
いつか、中村さんがご亭主になって、招待してくださいませ。

glucklichglucklich 2012/01/16 11:51 そうですか、ありがとうございます。
いつか、そうですね。僕が亭主にね〜〜〜、、
そうか… そんなことが、できればいいですね。
それでは、もっと身を入れてお手前の稽古をしなければ、ですね。

2011-12-04     歩歩是道場

[]昨日の土曜日はお茶稽古

雨が降っていた。きれいな虹が出た。

炭手前の稽古があった。軸をそっとスマートフォンで撮った。

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歩歩是道場(ほぼこれどうじょう)と書いてあるらしい。

茶室では詳しい意味が聞きにくかったので後でWebで調べた。

http://www17.ocn.ne.jp/~verdure/zengo/ha.html

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軸以外の写真は今朝グリュックと散歩しながら撮った。

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今日はいい天気だ。ドウダンツツジの紅葉がうつくしい。

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少しばかりお茶を習ってわかった。

茶庭にこんなにたくさんの椎茸のホダ木を持ち込んで申し訳ないことをした。

サンマサンマ 2011/12/04 14:35 『歩歩是道場』も『仙骨のはなし』も興味深くためになる話でした。
グリュック元気そうでなによりです。

glucklichglucklich 2011/12/04 20:33 そうですか、嬉しいです。
それにしても「歩歩是道場」はじめて見る文字でした。
そうですよね、謙虚で素直になればいつでもどこでも稽古場なんですね。
今さら僕はこんなことに頷くのは、なぜですかね。

angusmamaangusmama 2011/12/04 23:32 おひさしぶりです。紅葉も見たいし、八木山のりんごもまだあれば ほしいし、来週でも車走らせていこうか、とおもってるんですけど。寄ってみて いらしたらミルクティの1杯でもごちそうしてください。今週の金曜日か 来週の月曜日らへん。

glucklichglucklich 2011/12/05 20:35 おひさしぶりです。
リンゴ園は今年はおしまいですがミルクティの1杯は大丈夫ですよ。
了解えました。了解です。

寅 2011/12/08 10:34 仙骨をヨーロッパで聖なる骨と読んでたと言う事はヨーロッパの人達も昔からこの骨の大事さを分かってたと言う事ですね。良い勉強になりました。仙骨の写真が一枚付いてたらもっと良かったと思います。

glucklichglucklich 2011/12/12 10:44 そうなんですよね。
ヨーロッパの人もギリシャ時代から、いやもっと昔から
人の体のことは良く分かっていたのでしょうね。
心や精神についてはもっと分かっていたのかもしれませんよね。
我々は古代人を誤解していますね。それに犬のこともね。。。

2011-11-20   手を合わせる心か、

[]十一月はお茶のお正月だそうだ。

昨日はお茶稽古日、今月から炉の点前になっている。

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稽古が終わって写真を撮りに誰もいない茶室に戻ってきた。

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炭手前を習った。炭の置き方にも決まりがあるらしい。

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炉の中から香の匂いが漂っていた。

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お自服どうぞと言われて、お菓子を出されても見るだけ、食べない…

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きまり事の意味が少し分かれば日常の起居に思いやりが出るかもしれない。

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床の間の軸や花にも両手を付いてお辞儀をする。お菓子を食べる器にも挨拶する。

そういえば、子供の頃はご飯を食べる前に手を合わせてお辞儀していた。

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珍しい初めて見る虫がいた。なんだかおじぎをしているようだ。寒そうだった。

ふみこふみこ 2011/11/20 12:49 素敵な写真!(^o^)
グルックはお茶室入らずお利口です(^_^)
バッタは苦手でゾーッとなります!!キリギリスみたい、
おじちゃんのお点前も見てみたいです(^o^)/

ハナママハナママ 2011/11/20 21:43 新茶を蔵に入れて熟した葉をいよいよ口を切って最高に美味しく成った処を楽しむんですよね。
>床の間の軸や花にも両手を付いてお辞儀をする。お菓子を食べる器にも挨拶する。
床の間の軸や花にお辞儀をするのは拝見させて頂き、お菓子の器に挨拶って訳では無くてお菓子を拝見してお菓子をご用意下さった方にありがとう。お隣の方にお先に頂きますってご挨拶するんですヨ〜
>子供の頃はご飯を食べる前に手を合わせてお辞儀
作って下さったお百姓さん、家族の方、神様に感謝のお礼ですヨ。
此の虫、秋の終わり頃に見た事が在った様な...

glucklichglucklich 2011/11/21 11:07 おじちゃんの手前は見ても参考にならんけど、笑いはでるね。
この日は、茶杓の「何かご名でも…」と言われたけど、思い浮かばず、
もじもじしていたら、おばあちゃんが、「初こおり」にしなさい」と言った。
それで、僕は「初コオリには早かろう」と名をいったら、おばあちゃん、怒り出したよ。
こんど、ふみこちゃんも参加したらいい。おばあちゃん、喜ぶよ。

立方歩き方、おじぎの仕方、ふすまの開け閉め、床の拝見など
すべてに作法があるのですね。
>お菓子の器に挨拶って訳では無く…
そうなんですか、そうでしょうね。その人の行為にですね。
なるほど、その人の思いやりを器に見立ててお辞儀をするのですか、
モノに想いが宿る、面白いですね。

2011-10-29    うす茶

[]山茶花の花が咲いている。

秋が深まるとこの花が咲く、来年の春の頃まで咲き続ける。

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庭の木が伸びすぎて日が届かない。花の位置が年々高くなる。

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南天の実が赤くなり始めた。

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お茶稽古に出かけた。居合稽古着の袴姿で出かけた。

お茶の前に居合稽古をしようと思ったがモタモタして時間がなくなった。

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従兄弟の息子夫婦が母に報告していた。

「先日、妻の実家に参りまして、祖母に箱手前でお茶を差し上げました。

 茶箱は祖母にいただいていたものなので、とても喜んんでくれました。」

「そうね、それは良かった。箱手前は稽古の手順から言えば早すぎるけど、

 事情を聞いたので、教えたのやけど、それはよかったね。」

「祖母とのいい時間が過ごせました。ありがとうございました。」

そう言って若い夫婦は並んで母に手をついてお辞儀していた。

その横の方で二人の親父さんが憮然と見える表情で嬉しそうだった。

その様子を見ていた僕は、未だにお手前は納得悪くて未熟だが、

お茶事の意味が少し分かりかけたような気分がしていた。

今日は濃茶2時間のあと更に御薄があって足は痛いし気まで薄れていた。

この夫婦は若いけど家族との心のかかわり合を大切にするのだなと思った。

LAKILAKI 2011/10/29 23:03 茶道はまったく無知ですが綺麗な写真ですねぇ。真っ赤な敷物に真っ黒な茶碗。その中に綺麗な緑の濃茶。いい写真を見せて頂きました。撮影許可はおりたんですか?

ハナママハナママ 2011/10/30 07:13 茶道もそうして実践で使われるのが良いですヨネ。V
お友達のお家に行ってもハナママ一人でもお抹茶、頂いています。
お稽古はもう、止めた侭ですが...
目の前で立てて差し上げるとお話が弾んだ事でしょうから...

higehige 2011/10/31 10:55 お久しぶりです。
神奈川に引っ越してひと月が経ちました。
少し落ち着いたのでメールしました。
相変わらずの花と自然の中で、悠々自適感が伝わってきます。
日曜のヨガの皆さんにもよろしくお伝え下さい。

glucklichglucklich 2011/10/31 11:34 お茶の稽古は撮影禁止です。
こっそり撮ります。スマートホンなら目に付きにくい
と、思っていたら音が出るのですね。止められない。
それで、愛用の単焦点デジカメでサイレントに素早くやります。
稽古には身が入りませんよね。

お茶の稽古も大切だと思いますが、
退屈で、足が痛いし、それでもやらねばと思います。
それとは別に、少し覚えた簡単なお手前で
自分の部屋で時々自分でたててみようと思います。

神奈川か、いい所でしょうね。
太平洋側だから案外に暖かいようですね。
僕の長男夫婦も神奈川の横浜です。
ヨガはそちらででも続けてやるといいよ。
帰省したときには八木山においでくださいね。

2011-09-18   携帯が水に浸かって・・・

[]きのう土曜日はお茶稽古だった。

稽古中の茶室の様子は撮らせてもらえない。

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作法は種類も多いようで、所作はこまやかで僕にはむつかしい。

それでも、少しは自分なりに解って来たような・・・

物ではないよ心ですよ。作法で心を表していますよ。

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稽古の後、従兄の息子の嫁が僕の母から冬瓜料理の話を聞いていた。

こうして親族は料理や、いろんなものを受け継ぐのだろうと思った。

先人から伝えられるものは家々の特徴、文化の伝承なのだろう。

そうか、家とは生活の様式などを共にすることかもしれない。


昨日の夕方携帯電話が故障した。

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水に浸かったら壊れてしまった。防水だと思っていたのだが・・・

新らしいのは指をスライドするのにしよう。

寅 2011/09/18 17:45 先週iphoneをなくしてandroid smartphoneを買いました。とても安くて性能も劣らないですね。

ハナママハナママ 2011/09/18 22:03 保険には入られていましたか?
ソレにしても日常生活、ふとした失敗って有りますねぇ〜><

glucklichglucklich 2011/09/18 22:16 寅さんがいつも使っていたiphoneをみてほしいなぁ、と思っていました。
いい機会です。android smartphoneに買い替えます。
ドコモでないと八木山では通じない時があります。

保険には入っていましたが、
スマートフォンにこの際しようと思います。
使えれば良いですがね。保険が、
たしか、防水だと思ったのですがね・・・

big moon桜big moon桜 2011/09/19 21:44 私も最近、娘にそそのかされ スマホに変えましたが、
後悔してます 本当にたいへんです!

LAKILAKI 2011/09/21 22:42 3日前にドコモのスマートホンにしました。
男なのに女子スマホ・・・
なかなか面白いオモチャです。

glucklichglucklich 2011/09/22 17:53 初めは戸惑いますよね。だんだんに使い慣れてきますね。
23日経った今もわくわくして扱い回しています。

3日前に、ですか。僕と同じころですね。
ホントに面白いオモチャのようです。
今度はスマートホンの楽しみ方の伝授をお願いします。
ホントに写真が撮りやすい、小型のデジカメと遜色ないですね。

2010-12-04    お茶の稽古・・

[]お茶稽古の日だった。

寒いが天気はいい。昨日は風が強かったが、今日は風も良さそうだ。

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お茶室にカメラを持ち込んではダメだと、ましてブログに載せるなどとんでもないようだ。

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稽古に集中できないのは確かだ・・

2010-10-23    お茶の稽古

[]お茶稽古の日だった。

今日から稽古の内容が替わった。点前の呼び名は忘れた。

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従兄は親子で、習得がはやい・・ 僕は写真撮影をいつも母にたしなめられる。

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稽古の初歩で写真などにする段階ではないという、

しかし、今だから面白い。 だが稽古には身が入らないようだ。

LAKILAKI 2010/10/23 22:19 困った性分ですがglucklichさんらしいですね。
いつも自由奔放、型にとらわれないように見えます。
羨ましいですが・・・茶道の時は・・・お母様の・・・・・。

YokoYoko 2010/10/24 11:45 風炉と、炉との間の季節に習うお手前なのでしょうか?
このお手前は、私は習ったことがありません。
鉄瓶が良い感じですね。
ちゃんと、床のお花を写して載せていらっしゃるところに
glucklichさんの感性が現れていますね。
お母様の、姿勢の良さと佇まいに凛としたものを感じます。

glucklichglucklich 2010/10/25 09:39 形を覚えるのが修行のはじめだと思います。
だだひたすらに身につける事が稽古だと思います。
長年やっていて、その過程でいろんな事に気づいて分かって来るのだろうと、
そうは思っても、困った性分で、一事に集中できない、だから身に付かない。
決まり事を守る、その練習にとこの年になって挑戦しているのですがね・・

茶道はいいですね。
もっと早くから、そう思っていたら、もっと違った事があったのだと思いますよ。
もっと素直に母のする事を見ていたら良かったと、ま、それでも・・
母が元気なうちに気づいて良かった。間にあったようです。

2010-09-18    曼珠沙華(マンジュシャゲ)は赤い花

[]茶道稽古があった。

一週間が早い、今日稽古日だと失念していた。

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あわててお茶室に行くと床に黄色の花が活けてあった。

彼岸花らしい。

曼珠沙華(マンジュシャゲ)は赤い花だと子供のころから思っていた。

たまに、白いのがある事を数年前に知ったが、

黄色いのがあるとは、今日まで知らなかった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%8A

それでも、やはり曼珠沙華は赤い花に決まっている。と頑迷に思う。

ハナママ」ハナママ」 2010/09/19 15:03 お忘れに成っていましたか?!? 師匠はお忘れに成らないのに... 
曼珠沙華ってヤッパリ真紅のお花が其れらしい! 他の色はリコリスって言いたいなぁ〜

glucklichglucklich 2010/09/22 16:03 やっぱり、そうですよね。
マンジュシャゲ、夕日に映える赤い花・・
畑のあぜにトンボが飛んで、

2010-09-04    ほととぎす・・

[]お茶稽古を始めて3カ月が過ぎた。

毎週土曜日、10時から2時間ほど、習った事は次回までに8割忘れる。

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珍しい花が活けてあった。・・が・・

庭のあちこちに咲いているそうだ。ホトトギスというらしい。

http://research.kahaku.go.jp/botany/hoto/HOTOTO.HTM

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一緒に始めた従兄は習得が早い、少し格好が付いてきたようだ。

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稽古のあと自室にもどって、従兄から本をプレゼントされた。

なるほど、これを見て復習と自習をすればいいようだ。

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本をながめていて、茶道居合道は作法が何となく似ている、と思った。

ハナママ」ハナママ」 2010/09/05 07:51 大分たった様ですのに、未だ3ヶ月ですか...
精神が落ち着きますねぇ〜
道具、しつらえも覚えて季節、季節で何が違うか観察されて下さい。

glucklichglucklich 2010/09/05 21:58 若いころ、お茶を出すのに面倒な事をする、と思っていました。
人様にお茶たてる、とは水分を補給するのとは違うようですね。
ふるまう、ちそうする、もてなす、こころづくし、のようですね。
その為の最も無駄のない所作事、身のこなし、なのですね。
無駄がない、合理性を突き詰めると造形でも動きでも美しいのですね。
そうか、、居合道の形が美しいのは無駄がないのですかね。

2010-07-17    梅雨が明ける

[]お茶稽古の日だった。

いい天気だった。

峠は飯塚からは通行止めだが福岡からはここまで来れる。

従兄と僕は風炉での稽古、従兄の息子夫婦お盆で・・・

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親から子供へ伝承される文化や庭訓は大切な遺産なのだろう。

先代たちが体験した代々受け継ぐ僕の物語なのだと思った。

国であれば歴史、成り立ち、基盤であるのかもしれない。

しかも、この遺産はいくら分かち合っても減らない。

短期間には受け継げないようだが、だんだん身に付くようだ。

物とは別な価値が、ありがたいものが在るようだと思った。

もっと早く気が付けば良かった。

国とは何だろうと思う。伝統は個人の物語の集成だろうか・・

「庭訓」に、こんな意味がある事が解った。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%AD%E8%A8%93%E5%BE%80%E6%9D%A5

ハナママハナママ 2010/07/18 07:10 >もっと早く気が付けば良かった。
ハナママもそう思って居ました。
でも始める事が出来たのだから...
今度は娘さんや息子さん夫妻にすすめてみられたら...

glucklichglucklich 2010/07/18 22:52 息子たちは遠くにいますので娘に進めています。
嫁がお盆に帰省したら集中講義、いや、集中稽古をしてもらおうと思います。

2010-07-05    梅雨のさなか・・

[]先週の土曜日、茶道稽古の日、

梅雨のさなか、雨の降らない日はない。

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この日から風炉と茶釜を使う準備にはいった。

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一緒に稽古する従兄は覚えが早い。母が僕に気遣うのが伝わる。

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午後からChaさんのCapriceで海に出た。途中から大雨になった。

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ずぶ濡れのまま娘と、友人夫婦との会食に出掛けた。

娘はキャビンで寝てたので濡れていない。

ハナママハナママ 2010/07/05 11:28 もしもし、支度は師匠ですか? 
アッそうか! マダマダさせて貰えないか?!?
此の度のクルージングは嬢ちゃまとでしたか? 良いですねぇ〜

LAKILAKI 2010/07/06 20:34 茶道続いてますね!

バイパスが無料になって国道近辺は静かになったのでは?
とは言っても散歩は今まで通り注意してくださいね。
特にグリュックはノー○ードが多いみたいですのでちょっと心配・・・

glucklichglucklich 2010/07/06 21:37 茶道はお盆を使うお手前から、風炉と茶釜を使う様になりそうです。
水屋の作法は茶巾を絞るくらいはやっています。
我が娘は時たまに、少しだけ乗ってくれます。

茶道は続きそうです。
もう少し若い時からやっておけば良かったと思います。
先人達が修錬して数百年かかって出来た形を習得する事は心身にいいようです。
ただただ鍛練する。なかなか身に付かないですが稽古は楽しいです。
理屈なしに何度も何度も同じことを繰り返すのはいいですね。
体が習得していくのはいいですね。言葉でなく感じるのはいいです。
口伝、秘伝の意味が何となく理解出来るようです。
言葉では伝えられないのでしょうね。

2010-06-19    伝わる事

[]お茶稽古の日だった。

人の御手前を見ていると簡単そうだが・・

自分の番になると中々うまくできない。理屈と実践との違いを味わえる。

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親族がこんな形で時間を過ごすのはいいもんだ。これも、歴史の先達が残した

巷間に伝わる伝統の文化を一つ継承している事になるのだろう。

2010-06-12   午後から海に行った・・

[]カエデの花だろうか・・

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新芽ではないようだ。 花なのだろう。

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田んぼの稲は順調に生育しているようだ。 

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史跡の案内板が壊れていた。 

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今日お茶稽古日、

母に師事する生徒が二人増えた。 従兄の長男夫婦今日から加わった。

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この頃から稽古すればいいだろうと思う。 

僕は若いころ、お茶などただ飲めばいいのに、と思っていた。

この年になって、こんな作法が、いいなぁ、と思うようになった。

居合道にもヨガにも、なにか通じる様な気がする。

ハナママハナママ 2010/06/13 07:15 お仲間が増えるとお茶を頂いて下さるし点てたのを頂けるし良いですねぇ〜
先生は嬉しいお弟子さんでお喜びでしょうヨ!

glucklichglucklich 2010/06/13 13:50 母は高齢で指導はしていませんでしたが、
僕の頼みを聞いてくれて、始めました。
人数が増えて時間が長くなりますが、丁寧に繰り返し教えてくれます。
ありがたいです。僕も今回は真剣に続けようと思います。
母も、うれしいのだろう、と思います。