人生ブレまくり
2010-08-02
■[misc]そのとき僕たちは母と月を見ていた
森や田畑ばかりの寒村。そこに当時僕たち家族が住んでいた社宅はあった。
幼子を抱えた家族がムラに増えることを歓迎する人たちが大多数だったけれど、マチからの若い家族の転入ということで、好奇の目で見る人も居た。深夜、家事を片付ける若い母を窓際に認めて、夜這いまがいの侵入を試みる者すらいた。
そんなこともあり、夏だというのに、母は毎夜雨戸を固く閉ざしていた。
そして父は今日も帰ってこない。生活費も事欠いていた。仕事ではないのは明らかだった。
母は僕と弟を伴って、家を出た。僕たちは何も判らず、僕は母の右手を、弟は母の左手を、そっと握り締めながら社宅の玄関を出た。
終電も終バスもとっくに終わっている。人家の明かりもまばらな中、満月だけが夜空を照らしていた。
ムラの集会場に行く道を途中で折れ、舗装されていない砂利道を進んだ先に溜池があった。
その時の母の顔は覚えていない。ただ、風のない夏の夜、池の水面に映る満月がゆらゆらと動いていたことだけを覚えている。
どれくらい過ぎただろう。やがて母は元きた道を、僕たち二人を伴って帰った。
あれから何年も経ち、母はあの時僕が「もう帰ろうよ」と促したことで、月の光の中で我に帰ったと告白した。
僕はそんな事を母に告げたことなど覚えておらず、ただ覚えているのは寂しい池の畔で
そのとき僕たちは母と月を見ていた
その光景だけ。
僕たち兄弟は今生きている。
そして、生きられなかった彼らの事を思う。
幼い二人は月を母と見ることもなく、母もまた幼い二人と夜空をさ迷うこともなく。
だけど彼らはここにもう居ないのだ。
2010-07-26
■[misc]とくにネット上のやりとりで使うべきでない幾つかの言葉
炎上したり噛み合わない議論はネットの華…とか言っている場合ではなく、無駄なところにエネルギーを注がずにエコに議論をするにあたって気をつけていることの幾つか。
こういうフレーズを使うべきではないし、こういうフレーズを使う相手に反応する場合はより適切な表現で言い返すほうがいい。イラッとくる発言にそのままの表現で返しても良いことなどまったく無い。
「甘え」
例:「それはあなたの甘えですよ」「甘えているわけではないのですが」など
これは「私は他人に依存して生きてはならない」というイラショナル・ビリーフ(論理療法的な表現で「非合理な思い込み」)を持つ人に対しては致命的な爆弾を投下することになる。ある課題事項に関して、まだ何か手を打つことのできる可能性があることを指摘・示唆するのにわざわざネガティブ感情を誘発する表現を使う必要は一切無し。
「偏見」
例:「これは私の偏見なのですが〜」「それはあなたの偏見です」
人は誰しもそれぞれの信条や思い込みによるバイアスを有していて当たり前で、それを明らかにして多くの人に吟味されることでそのバイアスが補正されていく(逆にバイアスが強化されることもありうるが)。前者の使い方では、そのバイアス部分を遮蔽して意見を通す場合、あるいは個人のビリーフに対する追求を回避する場合に使われる。また後者では多くの人が持っている「私は公正な見方をしなければならない」というイラショナル・ビリーフを大いに刺激する。
「大人」
例:「大人なんだからそれくらい自分で考えてください」「子どもじゃないのだから」
先の2例を理解できた方は「大人」に対して「自分で考えることができる」「自立している」などの極端化されたビリーフを求めている姿勢が、理念・理想においてはともかく現実においてはまったく意味がないことはわかると思う。誰しも個人の思考には限界があり、他人と助け合いながらでないと生きていけないわけで、「大人」はむしろ先の例とは真逆の実際を認識してる人である。
「癒し」
実はこれが一番最近では厄介な言葉。端的に言うと、こういう正体不明な言葉に自分の実質的な苦悩の解消を求めてはいけないということなのだけど…これについてはまた別に記事を起こそうと思う。とにかくこの「癒す」という言葉を使ってあまたの似非科学やカルト宗教や実効性のない商品を売っている連中がたくさんいる事実を見れば、使うべきではないのではないかという予感を抱く人は少なくないだろう。
…とまぁ、考えてみれば当たり前なのだけど、上記のような「NGワード」の応酬の元に火種があっという間に大きくなっている様相はあちこちで観察できる。
ちなみにgoogleで検索してみた。
「子どもじゃないんだから」の検索結果 約 78,600,000 件 vs 「大人なんだから」の検索結果 約 8,470,000 件
大人であるないことより子どもであることを指摘される方がイラ度は高いのかな。
「これは私の偏見」の検索結果 約 995,000 件 vs「それはあなたの偏見」の検索結果 約 535,000 件
自虐メソッドの法方が好まれるようです。
まだ他にもNGワードはあるけれどまた思い出したら書こう。
しかし人間ってよくよく懲りないのね。
2010-07-04
■[misc]英語ブームに思う
英語が流行っているが、あえて私はインドネシア語を学ぼうと思った…という考えの前後のtwitterでのつぶやきをここにまとめ書き。
インドネシア語はリンガ・フランカなのね…習得簡単そうだからやってみるかな。知人にインドネシア人も居るし。
リンガフランカとかクレオールとかピジンを母語に定めた国は、旧来の母語の持つ悩ましさをある程度クリアできもするのだろうか?(同時に失われるものも多いが)
考えるとリンガフランカとして「英語」にシフトすることには既存のコミュニケーション手段(=日本語)に存在する悪しき部分を排斥するという目的もあるわけで、「英語ヤダ!」というなら、代替案として日本語をもっとシンプルなものにするか、コミュニケーションを洗練するしか無いのかも知れない。
リンガフランカとしての「英語」が求められているなら、今あちこちで喧伝されている英語力だけではダメで、日本的な話法に影響されない(またそれらを積極的に必要としない)コミュニケーション能力を養わない事には話にならないのでは。
全く同意です。 RT @Dairanju: あと、発音の正確性ではなく、中身が最重要であるいう意識が共有される必要がある。QT: @gmax_jp: リンガフランカとしての「英語」が求められているなら…コミュニケーション能力を養わない事には話にならないのでは。
そんなわけで狭義の英語力とか英語教育に傾倒して語る人たちと「○○(という手段)は議論には向かない」と主張する人たちとの間に、共通の志向性を見たのでありました。
TOEIC**点以上なきゃダメだとか、幼児期からネイティブの発音になじませないとダメ*1だとか、そう言う話もよく聞かれます。が…
聞き取りと読み取り主体のテストで会話や筆記はわからないし指標としては不足ですよね。それからとてもではないが「ネイティブ発音」とは思えないアジア圏の人々も立派にコミュニケーションは取れているはずです。実際過去に、アメリカ人(これも東部西部で違うし)、イギリス人、フランス人、ドイツ人、台湾人、日本人…という混成チームでのミーティングにでたこともありますが発音や聞き取りの能力にばらつきがあったにも拘らずコミュニケーションにはほとんど支障は感じられませんでした。なぜなら英語を母語とする人たちに合わせた「公用語」を彼らは話していたわけです。英語を母語とする人たちはもちろん語彙を選ぶし、理解しやすい文脈、補助的な説明手段、明快な論理、などなど…英語はコミュニケーションの土台の一要素であるに過ぎず、今の英語をめぐる日本での議論にあるようなレベルなんぞ実際は大部分必要ないように思います(もちろん、ローカライズされた製品を扱うような部署でカスタマ窓口などをやるなら話は別)。
確実な伝達・理解のための手段を獲得することが必要なのであって、「英語の習得」を母語レベルで目指すのは必要十分条件でもないのは当然としても、第一優先順位にくる項目でもない。整然と語り、他者の意見を傾聴しつつも自らの視座で吟味して論を重ねられるスキルが第一優先順位にくるはずで、そこを間違うと英語が使えるだけに却って厄介な人材にしかならないでしょう。
2010-07-01
■[ubuntu][twitter]TweetDeckの問題いくつかと対処方法
UbuntuデスクトップにいれていたTweetDeckがかれこれ2ヶ月位調子が悪かった。問題は結局2点あって、ようやくさっき解決したので記録。
- TweetDeckのアップデートに失敗する
現象としては「エラー番号 #1」が出てAIRインストーラが中断する。根本の原因やエラーコードの示すところは不詳。AIR 2.x のリリースメモには ”Linux のネイティブパッケージのインストール後のバッジインストールに関する問題”として、”FlashPlayer10.1で直した” と書かれていたがこれは大嘘かもしれない*1。
ともあれAIRインストーラが内部でdebパケージを動的に生成してインストールしているのだが、その削除になぜか失敗しているらしい。
対処方法は次の通り。
tweetdeckのdebパケージをさがしてpurgeする。
$ dpkg --list | grep tweetdeck ii tweetdeckfast.<build idと思われる長い文字列> … $ sudo dpkg --purge tweetdeckfast.〜
このあと、再度TweetDeckのホームページからインストーラを起動する。
- TweetDeckが設定を保存しない
ようやくTweetDeckがインストールできたと思ったらこの現象に出くわした。初回起動でTwitterのアカウントを設定したにもかかわらず、次回起動時に再度初回起動のようにアカウントを尋ねてくる。
原因は、ELS(Encrypted Local Stoarge:ユーザのアカウント情報を暗号化して格納)が破損していたためで、先の障害の派生障害かもしれない。
対処方法は次の通り。
TweetDeckの管理しているELSを削除して再起動する。
$ rm ~/.appdata/Adobe/AIR/ELS/TweetDeckFast.<build idと思われる長い文字列>/*
再起動するとまた設定を尋ねてくるが、Twitterアカウントは一覧に表示されているので選択し、パスワードだけを再度設定する。その後、アカウントのアップグレードに失敗した、というメッセージが出てくるが、再設定させてやり過ごす。これで保存される。
ちなみに、この現象はWindows版でもディスククラッシュや熱暴走で起こりそうだが、
C:\Documents And Settings\<ユーザ名>\Application Data\Adobe\AIR\ELS
以下のフォルダに同様にELSがはいっているのでこれを消すなりどこかに移せば復旧できると思う。
- おまけ
今回挙動解析のために、TweetDeckのログを参照した。場所は
~/.appdata/TweetDeckFast.<build idっぽい文字列>/Local Store
の中にある、tweetdeck-app.log ファイルがログである。ここは通常エラー程度しか出力されないが、同じディレクトリにある debug.xmlの中身にある <debug>要素の中身を"false"から"true"にして起動すればデバッグレベルの出力が得られる。
- 2010/7/2 補足:ELSの扱いに関しては、Adobeのサイトにもトラブルシュートが載っている。
Troubleshooting AIR’s Encrypted Local Storage (ELS) on Linux
この例ではgnome-keyringの再起動が必要とあるけれど、私のようにKDEを使っている場合、kwalletが代わりに使われるみたいなので、注意。


