人生ブレまくり
2007-05-29
■[misc]あのころのことを今見ると
前記事の反応をこちらに。
ちょっとコメントにするには長いので。別日記にします。
ついでに書きなぐりです(いつもですが)。
反応ありがとうございます。
できれば知りたいですw
純粋な技術史としては、おそらく私より良く御存じの人が多いと思います:)
私の知ってる範囲の事はまたぼちぼち書くかなぁと。20年以上昔の事なので有益なら記憶が風化する前に書いた方がいいかもしれませんね。。。
「あの頃」を語る人も少なくなりましたが、今巷でいわれているブルーオーシャン戦略とかそういうコンセプトを改めて得て、当時の事を見直すと「ははぁ、こういうことだったのかも」と思うことがちょこちょこありました。
それから、id:hamastaさんのブックマークに反応しちゃいますが...
つまり、NECは模倣するだけの技術力はあったのか、、、それを後世まで活かせなかったのは、企業としての政治力ということになる。でも今や、そのIBMがPC事業を手放す時代。
「模倣」はあのころのコンピュータメーカの十八番でしたよね。「プラグコンパチブル」というキーワードで示されるように日本でもそれ以外でもIBMの模倣がたくさん出ていた訳で。
しかしNECがIBM-PCをベストプラクティスとして研究して新しいPCを作ったという表現をするとなんだか結論から仮定を誘導するようで、私としては違う気がします。また企業としての政治力ということなら、日本的政治力ではNECはむしろ競合他社を遥かにしのいでいましたし、それに見合うリソースを投入していたはずです。
いまでこそエバンジェリストなどというとAppleの十八番のように思うのですが、NECだって個人の顔は見えないまでも「PC販推」という強力な部署を擁していましたが、実際には、PC販推はフロント部署であり、マーケ、R&D、製造ラインからQAに至るPC関係の全ての部門を動員できる強力な支援体勢を持っていた訳です。これは日本的な発想のプラクティスだと思うのですが、とにかくサードパーティが優良な製品を開発するため、あるいは販売流通業者が売りやすくするためには惜しみなく労力提供をしていたはずです。市場規模が膨らむに連れ、リソース配分は大手ベンダに傾注はしたものの、国内の情報産業の育成に果たした役割は大きかったはずです。
ただ、これを維持するには多大なコストがかかります。
需要が拡大したといっても、一国のアーキテクチャでは限界があります。高価なハードは実際問題として、販売価格は高くても調達範囲が限られているのでさほど利益は生んでいなかったはずで、こういうロックイン的なやりかたは日本のIT産業の黎明期には有益であったとしても、なにかブレークスルーがないとやがて息切れするのは目に見えていたはずです。
NECの築いた「鎖国」はNEC以外には真似できないものだったと思います。斬新なアイデアではなく、ごくあたりまえの戦略を物量作戦で遂行しただけなのでしょが、他にこれを真似できるものがいなければとにもかくにも「ユニーク」ではあります。その意味では決して競合他社と同様な「模倣」をしていたわけでもなければ、政治力が欠如していた訳でもないと思います。問題はそのリソースやフィールドに対して農耕民族的な維持管理発想しかなかったことで、これこそ「国民性」だったかもしれません。
PC/ATアーキテクチャの開放は大きな事件でした。あのとき既にIBMはPC事業を事実上一旦捨てたと私は解釈しています。ただ、ごみ箱に単に放り投げたわけではありません。
プラグコンパチブル機陣営との競合時代の疲弊、アジア市場に投入したJXなどのローカライズ製品の失敗などから、市場のイノベーションを促さない限り自らが開拓すべき市場は生まれないのだと判断したように思います。
実際、PC/AT互換機が市場に出た後、IBMとMSは共同でOS/2の開発に着手します。ソフトベンダーをパートナーに選んだことは、自社のハードを売るのではなく、ハードは媒体にすぎず、ソフトウェアやサービスを売る器に過ぎないと見きっていたように思います。PC/AT互換機がなかったら、OS/2の開発コストはもっとかかっていたように思います。OS/2の上で動作するアプリケーションを開発するベンダーももっと少なかったでしょう(実際、さほど多くはなかったでしょうが)つまり、PC事業の技術を公開することによって、IBMもそれなりの恩恵を得ることができたわけです。
日本のPC-9800シリーズが強かったのはリソースにものをいわせてのロックイン戦略だったわけですが、残念ながらIBMが過去にやった失敗をわが身として体験する際に賢明に分析しきれていないと思います。EPSONの互換機の登場をめぐるいざこざがそうですね。後に、同じアーキテクチャを推進する「盟友」だというスタンスになったようですが、間近で見ていて苦笑したものです。あれがNECの分岐点でしたね。
IBMならどうしたでしょう、世界の流れを見ていれば、徐々に狭まる自分達の利権を守るためだけの血みどろの争いなどさっさと見切りをつけたのではないでしょうか。ハードウェアのダイアグラムも、BIOSの仕様も、サードパーティには「テクニカルマニュアル」として見せていたわけです。それを使って、どうぞご自由に、としておき、NEC主導のコンソーシアムをより広範な支持者やパートナーから構成するコミュニティとしてさらに強化し、NEC自体はソフトやサービス事業への傾倒をさらに強めればその後の流れは変わっていたでしょう。
あのときNECはレッドオーシャンの血の海でもがく選択をすでにしてしまったのですよ。
一方ビッグブルー(IBMの愛称)は広く青い海にすでに漕ぎ出していました。
たぶん、これからは何を捨て(開放し)、何を拾う(模倣するあるいは恩恵として受ける)か、ということが鍵になるでしょう。恩恵を受けることは無条件ではありえないと私は思うので、解放したものがもたらす恩恵がどのように自分達にもたらされるかをよく見極めないといけないとは思います。
乱暴な予測をすると、コミュニティまでを含めたFOSSをうまく活用できない企業はヘマをこれからもさらに打ち続けるようにおもいます。本質的な特許の性格から逸脱したソフトウェア特許やビジネスモデル特許、その他の開発手法の秘密などを知財として何もかも自社に囲い込むような指向性、それは市場をさらに硬直化させることにしかならないでしょう。IBMがPC/AT機のアーキテクチャを解放したことによってどういう革新がもたらされたかを考えるとヒントが出てくるのではないでしょうか。
Ubuntu Linuxの創始者Cannonical社のShuttleworthがMSの知財ビジネスへの姿勢は大きな失敗を招くだろうという主旨の発言をしていますが、私には彼の主張をリアリティをもって吟味すべきだろうと思っています。
米Microsoftそのものは,数年以内に間違いなくソフトウエア特許反対陣営の強力な支持者になると思う。新しいソフトウエアを毎年リリースするというMicrosoftの計画は,後戻りできない状態にある。Microsoftにとって,ソフトウエア特許はこれから進んでいくロードマップ上の“地雷”となる。その傾向は,いや応なしに高まっていく
ここで話を「PG時給651円の件」に戻したいのですが、つまり私は「PG(というか、IT技術者)の生き残り」という問題意識設定自体がそもそもダメだと思ってます。生き残れる場所を守っているようではダメで、生きる場所を自分で開拓創造するしかないんでしょう。また、自分の領域に過保護すぎるのも考え物です。にまさにPC-9800シリーズのNECとPC/AT機のIBMの違いはそこにあったわけで、保守的な農耕民族的志向性がPC-9800シリーズを凋落させたわけですから。
「終わった」のはこれまでの私たちがこの国でやってきた「仕事」なのであって、私たちは次の仕事を創造することを求められているんですよ。これまでのIT産業の従事者が財産としてかたくなに抱えこんでいた大切な何かを中国やインドやロシアの彼らに喜んで明け渡してしまえばいいじゃないですか。あるいは、日本の後進者たちに伝えつづければいいじゃないですか。そうしないと、いつまでも血の池地獄でもがくだけなんじゃないでしょうか。
彼らがよい仕事をするように、私たちはきっちりとお手伝いしてやればいいじゃないですか。もちろん、それによる恩恵が自分達に帰ってくるような道筋はみておかないと単なる自殺にしかなりません。難しいとは思いますが、不可能では無いと思います(どうするか?それはまだわかりません。私も古い技術者ですのでまだ頭が切り替わっていないと思います:D)。
今のPGの仕事は日本ではいつまでもしがみついていることができない賞味期限切れ間近の仕事かもしれませんが、一方で技術が国境を越える可能性を持つことだって私は見ています。技術を核にしたコスモポリタンとして、技術を彼らに明け渡すまでの過渡期では私たちに一定のビジネスチャンスは短期的かもしれませんがあるでしょう。その間に私たち現役の世代の技術者に続く人達が新しいビジネスを開拓できるように、自分達がうまく引導を渡してやるしかないのですよ。その橋渡しがうまくできたら、時給651円の仕事に落ち込む心配など要らないでしょう。いまの現役PGの世代は橋渡しの仕事を通じてその後に恩恵を受け、日本では今のPGに相当する仕事はなくなり、新しい職種や業種できっと今と同じくらい豊かな生活(と同じくらいの貧しさ:-P)の中に生きていることでしょう。ただ、それは私たち次第です。が、それは別に現代のIT産業に限ったことじゃない。閉塞とその打破のタイミングで常に起こってきたことです。
だから「PGオワタ!」なんていわないでください。
多分PGの仕事は仕上げの段階に入ったということなんです。
さて、次の海に漕ぎ出すために私は何をしよう。
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- 12 http://hamasta.g.hatena.ne.jp/hamasta/20070526/p1
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- 4 http://ubuntu.ring.hatena.ne.jp/
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