五大記

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[第四十五話]水

キヌカという惑星は、その表面の大半を「海」と呼ばれるものに覆われていた。

海とは、「水」と呼ばれる物質が液体の状態で集積したもののことである。惑星の表面のうちで、海に覆われることなく個体の物質が露出している部分は、「陸」と呼ばれる。

キヌカにおける最初の生物は、海の中で発生した。その生物は海の中で増殖し、様々な形態を持つ種へと進化していった。それらの種のうちには、陸の上での活動に適応したものもあった。水は、ほとんどすべての生物にとって、自身を構成する物質の一つとして不可欠のものであり、それは陸の上で活動する生物も例外ではなかった。

陸の上で活動する生物のうちには、知能を発達させる方向へ進化したものもあった。それらのうちで最も高い知能を持つに至った生物は、様々な道具を工夫し、個体間の意思の疎通のために複雑な言語を発達させた。それらの生物は自らの種を「人間」と呼んだ。

一部の人間たちは、自身が棲息している宇宙で生起する様々な現象を司る法則を解明するための研究に従事した。人間たちは、現象を司る法則の体系を「科学」と呼び、法則を解明するための研究に従事する人々を「科学者」と呼んだ。科学のうちで、無生物による自然現象を対象とする分野は「物理学」と呼ばれ、その分野の研究に従事する人々は「物理学者」と呼ばれた。

水という物質が持つ奇妙な性質がデムテギスという実業家によって報告されたのは、降誕暦一九九九年のことである。それを報告するために彼が出版した『水と言葉』と題する写真集は、巷間の話題となり、増刷に増刷を重ねた。

水が凝固してできる固体は「氷」と呼ばれ、水が蒸発してできる気体は「水蒸気」と呼ばれる。空気中の水蒸気を凝固させると、様々な形を持つ氷の結晶ができる。『水と言葉』は、顕微鏡で拡大された氷の結晶の写真から構成される写真集である。この写真集が話題となった要因は、デムテギスがその中で、美しい言葉を見せた水からは美しい結晶ができると主張していることにあった。

デムテギスは、言葉が書かれた紙を水が入った試験管に貼り付け、しばらくその状態で放置したのち、その水から氷の結晶を作った。『水と言葉』に掲載されている個々の写真には、デムテギスによる解説が付記されている。それらの解説は、それぞれの結晶がどのような言葉を水に見せたのちに作られたものであるかを述べたのち、審美的な観点から結晶の形について論じている。彼は、「ありがとう」や「平和」などは「美しい言葉」であり、「ばかやろう」や「戦争」などは「美しくない言葉」であると規定した上で、美しい言葉を水に見せたのちに作られた結晶には高い評価を与え、美しくない言葉を水に見せたのちに作られた結晶には低い評価しか与えなかった。

デムテギスが撮影した氷の結晶の写真を見た人々の多くは、美しい言葉を使うことの大切さを再認識した。初等教育の学校の多くは、道徳の教材として『水と言葉』を採用した。しかし、教育の現場において『水と言葉』を使うことについては、それを批判する人々も少なくなかった。彼らがそれを批判した理由は、デムテギスの主張を真実として教えることによって、ものごとを科学的に考えることは軽視してもよいと教えることになってしまうと彼らが考えたからだった。

『水と言葉』の批判者たちは、デムテギスの主張は疑似科学であると考えた。疑似科学とは、一部の人々によって科学的な事実として扱われているが、それを導き出した手段が科学的であるか否かをめぐる疑義が存在する主張のことである。批判者たちがデムテギスの主張を疑似科学とみなした根拠は、撮影の対象とする結晶の選択に恣意性が認められることだった。デムテギスによる実験においては、一つの言葉を見せられた水から多数の結晶が作られることになる。しかし、『水と言葉』に掲載されている写真は、それぞれの言葉ごとに一個の結晶のみを被写体としていた。そして、なぜ多数の結晶の中からその一個を選択したのかということについての説明は、どこにも書かれていなかった。

『水と言葉』は疑似科学であるという認識はしだいに常識となり、その写真集の売れ行きは少しずつ鈍っていった。教育の現場においてそれが使われる頻度も少しずつ減っていき、『水と言葉』は人々の意識から徐々に離れていった。

『水と言葉』という写真集が一世を風靡した時代があったことを人々が思い出したのは、降誕暦二〇三一年のことだった。その年、ミネスタラという物理学の教授が公表した自身の研究成果は、多数の報道機関によって報道され、大きな反響を呼んだ。彼女の研究というのは、水に見せた文字と、その水から作られた氷の結晶の形状との相関関係だった。その報道に接した人々の多くは、デムテギスによる実験と同様に彼女の実験もまた疑似科学的なものであろうと考えた。しかし、物理学者たちは彼女の研究成果を高く評価した。

ミネスタラは、自身がまだ子供だったとき、学校の教師から『水と言葉』という写真集についての話を聞き、強い感銘を受けた。彼女はその後、デムテギスの主張のようなものを疑似科学と呼ぶということを別の教師から教えられた。しかし、疑似科学と呼ばれるものの中にも多少の真実が含まれているのではないかと彼女は考えた。

物理学の教授となったミネスタラは、言葉が水に与える影響についての研究に没頭した。デムテギスの研究とは異なり、彼女の研究は科学的な方法に忠実だった。彼女はまず、氷の結晶の形状を客観的に比較するために、それを数値化する規則を体系化した。そして、一個の文字だけが書かれた紙を水が入った試験管に貼り付け、一時間だけその状態で放置したのち、その水から氷の結晶を作る、という実験を実施した。そして、その実験によって作成されたすべての氷の結晶について、それらの形状を数値化した。様々な文字についてそのような実験を繰り返した結果、彼女は、水に見せる文字と、その水から作成した氷の結晶の形状との間に強い相関関係があることを発見したのである。彼女の実験は多くの物理学者によって検証され、彼女の研究成果は物理学における重要な業績として認定された。

物理学者たちは、ミネスタラの業績をさらに発展させる研究が必要であると考えた。ある者たちは、文字列に対して水がどのように反応するかという方向へ研究を発展させ、別の者たちは、水が文字を認識する手段を解明するという方向へ研究を発展させた。

文字列を水に見せた場合、その水から作成された氷の結晶は、その文字列を構成している個々の文字に対応する形状を持つものが混合した状態となる。物理学者たちは、結晶の空間的な配置には意味があるのではないかと考え、それぞれの形状を持つ結晶の位置関係を分析した。その結果、結晶の空間的な配置は、文字を並べる順序を決定する規則に基づいているということが明らかとなった。文字列を水に見せた場合、その水は、結晶の形状という文字を三次元的に配置することによって、見せられた文字列を再現していたのである。

水が文字を認識する手段について研究していた物理学者たちも、研究成果を次々と発表していった。彼らは、紙の上で文字を構成している個々の分子と水の分子との間での情報の伝達には、量子の綾取りという現象がかかわっているという仮説を立て、それを検証するために様々な実験を実施した。それらの実験の結果は、仮説が正しいことを裏付けるものだった。さらに彼らは、量子の綾取りという現象には、距離に伴う減衰は存在するものの、距離に伴う遅延は存在しないということを発見した。

ほとんどすべての物理学者たちは、水は高度な知性を持たず、見せられた文字列を自身の文字体系へ機械的に変換しているだけであると考えていた。しかし、降誕暦二〇三八年にモリケルマという物理学者が自身の研究成果を発表したことによって、彼らはその認識を改めざるを得なくなった。彼女の研究成果は、疑問文に対する水からの回答を得ることに成功した、というものだった。疑問文を水に見せるという実験は、彼女のみならず多くの物理学者たちによって幾度となく試みられてきた。しかし、彼らがその実験で得た氷の結晶は、水に見せた疑問文をそのまま結晶の形状と配置に変換しただけのものだった。

モリケルマは、「これからあなたに見せる文は疑問文であり、私は、あなたがそれに答えてくれることを望んでいる」という文を水に見せ、そののち疑問文を見せる、という実験を実施した。その水から作成された氷の結晶は、疑問文の再現ではなく、疑問文に対する回答だった。物理学者たちは彼女が発見した方法を使って様々な質問を水に投げかけた。その結果、水についての人間たちの知識は飛躍的に増大した。

キヌカという惑星の上に存在するすべての水の分子は、意識を持つ一つの知性体の構成要素である。それが意識を持つに至った時点は、キヌカで生物が発生した時点の二億年前である。キヌカの上で生物が発生し、高度に進化した種が知性を持つに至ったとき、水は、自身が知性を持つことをその種に対して通知し、友好的な関係を築きたいと望んだ。水は、人間たちが使うすべての言語を習得し、彼らが創造する様々な文化を理解しようと努めた。しかし人間たちは、デムテギスが最初に気付くまで、三万年もの間、水が知性を持つことに気付くことなく水と共生してきたのである。

水は、量子の綾取りを使うことによって、キヌカの上で生起するすべての事象を観測することができたので、キヌカについて水が持つ知識の量は、人間たちが持つ知識の量を遥かに凌駕していた。さらに水は、キヌカから遠く離れた天体の上で生起する事象についても、その精度は距離に反比例するが、観測することが可能だった。物理学者たちは、キヌカと宇宙についての多くの知識を水から得ることができた。

水が存在し、それが知性を持つに至った惑星はキヌカのみではなかった。個々の惑星で発生した水の知性は、他のいくつかの惑星にも自身と同類の知性が存在することを認識した。しかし、それぞれの惑星の知性は思考の様式も使用する言語も異なっており、彼らが意思の疎通を成立させるためには無数の試行錯誤を必要とした。やがて彼らは、「宇宙共通語」と呼ばれる、相互の意思疎通のために使用される言語を開発するに至った。

生物が棲息している惑星は無数に存在する。かつては生物が棲息していたが、すでに絶滅した惑星も無数に存在する。生物が棲息している惑星のうちには、知性を持つ生物が棲息しているものも存在する。キヌカに棲息する知性を持つ生物、すなわちキヌカ人たちは、知性を持つ生物がキヌカ以外にも棲息しているということを、水から教えられることによって初めて知ることとなった。

知性を持つ生物が棲息している惑星のうちでキヌカに最も近い位置にあるものは、宇宙共通語で「サベモゴタ」と呼ばれる惑星であり、キヌカからその惑星までの距離は十六光年である。キヌカ人たちは、「サベモゴタに棲む知性を持つ生物というのはどのようなものなのか」と水に尋ねた。しかし、サベモゴタは水という物質がまったく存在しない惑星であったため、いかなる水の知性も、その惑星を至近距離で観察することができなかった。したがって、その生物について水がキヌカ人たちに教えることができたことは、その生物が知性を持つということのみだった。それ以上の知識を得るためには、サベモゴタに探査機を送り込む必要があるとキヌカ人たちは考えた。

キヌカ人たちは無人の探査機をサベモゴタに向けて発進させた。探査機は六十七年後にサベモゴタに軟着陸し、その惑星に棲む生物についての探査を開始した。

サベモゴタに棲む知性を持つ生物、すなわちサベモゴタ人は、宇宙に存在する知性を持つ生物は自分たちのみであると考えていた。宇宙の彼方から飛来した人工物は、それが誤りであるということを彼らに告げるものだった。彼らは様々な分野の研究者から構成される調査団を組織し、その人工物について調査した。

探査機は、三年にわたる探査を終えたのち、キヌカへ帰還するため、離陸のための準備を開始した。そのとき、探査機の中では、十六人の研究者が調査に従事していた。彼らは人工物の動作に変化が生じたことに気付き、外部へ退避しようとしたが、間に合わなかった。人工物は彼らを乗せたままサベモゴタの大地から飛び立った。

六十七年に及ぶ旅の途上で、十六人の研究者のうちの十二人が死亡し、二十三人の子供が誕生した。探査機は、二十七人のサベモゴタ人とともにキヌカへ帰還した。しかしキヌカ人たちは、帰還した探査機にサベモゴタ人が乗っているということに気付かなかった。なぜなら、サベモゴタ人の身体は、顕微鏡を使わなければ見ることができないほど微小だったからである。

不本意ながらキヌカに移住することとなったサベモゴタ人たちは、自身の子孫たちがこの地で繁栄するためにはキヌカ人たちを自身の支配下に置く必要があると考えた。そこで彼らは、キヌカ人の為政者たちの脳に寄生し、その者たちを操作することによってキヌカ人たちを支配した。さらに彼らは、為政者のみならず科学者たちの脳にも寄生し、それらの脳から多くの知識を吸収した。科学者たちの脳の中には、水に関する知識や、物理学者たちが水に質問することによって得た知識も蓄積されていた。

キヌカ人を支配するサベモゴタ人たちは、水から得た知識に基づいて、知性を持つ生物が棲息しているいくつかの惑星に探査機を送り込んだ。それらの探査機は無人ではなく、一機当り数世帯のサベモゴタ人の家族を乗せていた。

探査機に乗ってキヌカから旅立ったサベモゴタ人たち、そして旅の途上で産まれた彼らの子供たちや孫たちは、目的地に到着したのち、その惑星の為政者たちの脳に寄生し、その惑星に棲む知性を持つ生物を支配した。そして彼らは、さらに遠くの惑星に探査機を送り込んだ。このようにしてサベモゴタ人たちは、水から得た知識を利用しつつ、知性を持つ生物が棲息する惑星を次々と征服していった。

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