Hatena::ブログ(Diary)

ケンチクノカタリバ

2012-02-20

緊張感のある空間

02:05

つい先日、疑問に思っていたことを同級生にぶつけた。「緊張感のある空間とはなんだろうか?」返ってきた答えは「篠原一男先生の空間。論理と空間が1対1で対応している。」だった。

 正直、僕にはこの答えがよくわからない。あたかも空間を感じることで建築家の論理が分かるとでもいうのだろうかと思い、不可解であった。ましてや、空間を体験したわけでもないから、一つ写真を見たことでそれを感じたのだろうか。ん、写真。。。そうここに一つの答えが見出せた気がした。

 僕は緊張感のある空間とは、その名の通り、その場にいる人を緊張させてしまう空気を持つ空間であると思う。僕の身近な場所でいえば「美術館」や「聖堂」が挙げられる。美術館では、訪れた人は「歩く」「立ち止まる」「観賞する」といった行動のみが可能であり、他の行動は警備員によって監視され、制約されている。「聖堂」では、人は一つの儀式の最中、

行動を制約された空間、それこそが緊張感の背後にある論理であると考える。だとしたら篠原先生が制約の果て、唯一許した行動とは何か。それは「対面する」ことである。美術館における「観賞」、聖堂における「祈祷」である。対面する、相対するということは緊張するものだ。なぜならそれは意識的に集中することが求められているからだ。その一点への集中を捉えられる芸術として「写真」がある。それは「複製技術時代の芸術作品 精読」にも書いてあったことを記憶している。ベンヤミンが何よりも建築に求めたのは、時間をかけ、思考にも媒介され、多次元化した経験に伴う知覚であった。ここには、写真のような時間を切断することも、ましてやその感覚を思考に移すようなことも想定されていない。ここに緊張感のある空間の本性があるのではないだろうか。つまり、建築の特質とは異なる、写真によって切り取られた一瞬の世界、空間ではないだろうか。

2012-02-15

住宅における「土地」の価値

01:28

最近、平屋建ての住宅を建築雑誌で見ることはあまりない。あったとしたらそれは震災に対する仮設住宅か、もしくは郊外におけるだだっ広い敷地にぽつんと建てられたものだろう。つまり言いたいことは、「大都市において」平屋が成立しないということだ。これは何を指すんだろうか。

ほとんどの建築の経済価値は土地とその建築がもつ床面積の広さに応じて決定されている。通常、建築を設計するときに欠かさない条件は間違いなく容積率と建蔽率であり、これは設計者と設計を依頼するオーナーの共通言語になっている。現に、中国の都市開発プロジェクトでは、設計の内容どうのこうのよりも、容積率と建蔽率の達成を目安にした仕事内容が日本の組織設計事務所に依頼されることが多い。しかしながら住宅においてはそれは当てはまらない。容積率、建蔽率を最大で建てたら、莫大な費用がかかる。一般人だけでなく富裕層もこれをつくろうとしない。その理由は集合住宅を例に出せば分かりやすくなる。基本的に集合住宅とは複数の人々が共有するものである。しかしながら、近年ではタワー型マンションのような、景観を餌に富裕層を吊る現象が今も続いている。(大地震によって人々のメンタリティは変わりつつあるが、)コンクリートのベランダより、地上の庭を求めるのだ。土地から離れた住居の価値は下がっていく。そこで人は地面を求めると言えないだろうか。

そういえば、「天空の城ラピュタ」で地上を離れたために発生した人の荒廃が冒頭に描かれていた。案外、人は本当に地面から離れて生活をできないのかもしれない。

2012-02-03

風景とは何ぞや。

07:56

「風景を独り占めする。」という言い方がある。この言葉の中では、「風景とは一人のものではない。みんなのものである。」という前提があるのだろう。もしかしたら、家族と一緒なのかもしれないし、友達と一緒なのかもしれない。でも、東京タワーの夜景を眺めるときは風景とは決して使わない。「景色の良いところ」という言葉に収まってしまう。なぜなら風景という言葉には「時間」が含まれなければならないからだろう。だとしたら、「風景を独り占めする」という人はなんて孤独な人なんだろう。とか思いを巡らせてみる。風景とは何ぞや。

2011-12-05

生きられた家と現象学

| 01:44

 今日、学校へ行ったら机の上に「建築と日常 No.2」が置かれていた。しばらく風邪で学校へ行っていなかったのだが、同級生の計らいで買わせてもらったものだ。

 その中で一際目についたのは最後に掲載されている「生きられた家再読」・・・タイトルを見ただけでも唸る。正直僕は生きられた家を読んだもののなんとなくでしか内容を捉えきれていなかったので、こういうのは本当にありがたい。ひとまず紹介文と第一章について書かれた部分までは読み終えた。

 昨日書いたブログでも「現象」という概念を取り上げたが、「生きられた家」もそのようなジャンルに属する。

---------------------------------------------------------------

本書は「基本的には人間の住む世界の現象学的な考察」だというが・・・。

篠原一男を憶う」『建築家・篠原一男――幾何学的想像力』青土社、p12-13より抜粋

---------------------------------------------------------------

 僕は何より重要なこの視点を知らなかった。そして今なら大分理解できる。昨日挙げた和辻哲郎の「風土」において書かれた内容を参照する。

 人は空間と向き合ったとき何かしらの関係をもつ。その関係こそが、人がそこに存在していることの根拠となる。だとしたら家の中ではどんなことが起こっているだろうか。ここでは風土とは断絶された空間の中を人は生きている。つまり、ここに風土はない。むしろ「家」がもつ空間のかたちや構成が風土の代わりとなるだろう。その環境と向き合ったとき、風土と同様に何かしらの関係をもつ。風土では不特定多数だった人もここではそこに住む特定の人が対象となる。例えば、タンスを壁に沿って置く。何年か経ち、タンスの上には記念写真がずらっと並んでいる。建築はほんのきっかけだった。しかし、そのきっかけが一つの関係をつくり、また時間の経過とともに何十もの関係(=構造)をつくりだす。そう、現象学的な視点からみれば、家とは最も自分の存在の根拠が詰まっている場所なのだ。しかしながら、この思考において建築家の作品だろうがハウスメーカーの住宅だろうが関係はない。長島明夫さんに書かれた第一章ではそのことを「建築家の作品」と「生きられた家」を対立関係の中に描いているが、この考え方はとても分かりやすい。ここで重要なのは空間が所有者の時間を有しているかいないかの違いであると僕は考えている。

--------------------------------------------------------------

この俗なる家と建築家の作品のあいだには埋めがたい裂け目がある。[・・・]建築家がつくりだす空間は現実に生きられた時間の結果ではないし、一方、生きられた家は現在の行きつく果てをあらかじめ読み取って構成されるわけではないからである。そららはおそらく空間のテキストの二つの極み、詩的言語とコード化された言語という二つの極を示しているにちがいない。その対立と相関のあいだに、われわれの空間についての思考のすべて、空間言語の多様さの一切が生じ、関係しあっている。

「生きられた家」p.6-7

--------------------------------------------------------------


 話は変わるが、こういう風に書いていると自分が建築設計と設計論、2つに分けて考えていることに気付く。いや、これじゃあいけない。たとえ今はこれらが交わらなくても、将来の展望としては両方を同時にやっていかなくちゃいけないのだ。それは今朝、ふと取り上げた菊竹清訓の「代謝建築論 か・かた・かたち」の序文にも記されていた。「設計論のない設計はあるときは成功し、あるときは失敗する。」これは現代の論を持たない建築家たちを痛烈に批判しているように思える。人の命を預かる建築において失敗などは許されない。それはたとえ建築構造の破綻という物理的な話だけでなく、人の心的な領域に影響を与える建築は、やはり人の生死に影響を与える。そんな重いものを背負っているからこそ、設計論を語りその考えを人の目にさらすことが必要なんだと感じている。たとえ批判されても、そこに妥当な論理があれば、甘んじて受け入れ、常に論を転換していかなければならない。それこそが設計論を構築するということである。また設計論は設計のためにあり、これを論じて設計をしないということは支離滅裂になってしまう。今日は自分のやっていることの意義について、菊竹さんから確かな勇気をもらえたと思う。

2011-12-04

風土と現象

| 03:17

 これまで僕が書いてきた中で「現象」についていくつか触れてきた。しかし、それがどういうものかについて具体的に論じたことはない。正直言ってどうまとめたらいいか分からないからという単純な理由なんだけど。今回、その中でも自分で理解した部分だけここに書こうと思う。徐々に理解を積み上げていくことは、このブログを書いている目的でもあるから。

 という訳で具体的な話をすると、和辻哲郎の「風土-人間学的考察-」の一部分を読んだ。和辻哲郎という人については僕もまだ詳しいことについては知らないので言及は避けるが、哲学者でありハイデガーに代表される西洋哲学を日本に持ち込んだ第一人者だと言う。(恥ずかしながらハイデガーについては未読)またこの本は1929年に書かれたもので、以来何度か書き直されてきたものだ。

 前置きが長くなったが、この本の第一章に「風土の現象」という項目が立てられている。今まで僕が行った設計の中で、風土と現象をテーマに挙げた経験があったので反応しない訳にはいかない。

 まず第一に立てられた問いはこんなものだった。

-----------------------------------------------------------------

我々が寒さを感ずる、という事は、何人にも明白な疑いのない事実である。ところでその寒さとは何であろうか。

「風土」10ページ5行目より抜粋

---------------------------------------------------------------

風土の現象の具体例として、明白な気候の現象である「寒さ」を挙げている。ここから論は展開していく。「寒さ」と「我々」、果たしてこれらはそれぞれで存立しているか。もし存立しているのであれば、その根拠はどこにあるか。その答えは「ない」だ。「寒さ」と「我々」、それぞれがあって「我々は寒さを感じる」という関係は成立する。そして、その関係性があるからこそ、我々は我々の存在を了解することができる。

---------------------------------------------------------------

我々は寒さを感ずる。すなわち寒さのうちへ出ている。だから寒さを感ずるということにおいて我々は寒さ自身のうちに自己を見出すのである。

「風土」12ページ12行目より抜粋

---------------------------------------------------------------

ここで、論は「我々」という部分について深く言及される。

---------------------------------------------------------------

我々は寒さを共同に感ずる。だからこそ我々は寒さを言い表わす言葉を日常の挨拶に用い得るのである。(中略)寒気というごとき「もの」の中に出るよりも先に、すでに他の我れの中にでるということにおいてそんしていうる。これは志向的関係でなくして「間柄」である。だから寒さにおいて己れを見出すのは、根源的には間柄としての我々なのである

「風土」13ページ6行目より抜粋

---------------------------------------------------------------

「我々」と「寒さ」の関係において我々は自己を見出すように、「我」という個もまた「我々」という共同体の中でこそ、我を見出す。と同時に「寒さ」は我々がいないと発生しない。つまり自己存在の根拠は、「我々」という共同体にあり、「我々」の存在の根拠もまた、我にある。そして我々は風土の現象と対応して、それぞれの様々な技術や文化を育んできた。時間を認識することも、風土がなくては始まらない。日本でいえば桜が咲き、新緑が芽を出し、それが紅葉し、落葉するということがあるからこそ、時間の存在を確認する。したがってここ第一章で述べられたことというのは、「風土」の違いは人間社会の営みにおける根本構造の違いであるということだ。その後の章では、その風土の類型をモンスーン・砂漠・牧場に分けて、違いの詳細についてまとめられている。要約をすればモンスーンには四季があり、砂漠は特殊であり主にアフリカ文化を作りだし、日本では価値の無い草原はヨーロッパでは家畜を飼うために積極的に造成され、ヨーロッパの風土の特徴であると語られれている、といったところであろうか。序言で、内容が左翼思想であると述べられていたのだが、原因はその後の第三章「モンスーン的風土の特殊形態」であることは大方予想がつく。つまり先に記した三つの類型からモンスーン、ないしは日本における風土とさまざまな手段の事例を取りだし、どれだけその風土と手段が特殊であるのかを語るところにある。がしかし、そこまで読みこめていないのでなんとも言えない。

 とはいえ、おそらく第一章の内容を細かく理解したいのであれば、ハイデガーが必須であろう。全体的に理解していないので推測だらけになってしまったが、ひとまずまとめを終えたいと思う。続きはまたハイデガーを読んでからにしようと思う。

複製技術時代の芸術作品、そして空間

| 00:04

 

 多木浩二さんが書かれたベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読の前篇部分を読み終える。注釈になるが、この本の前半では多木浩二の解釈が書いてありであり、後篇ではベンヤミンが書いた当時の論文が掲載されている。

 建築が映画や写真と肩を並べたとき、固有のものとは何だろうか。例えば、人間は世界遺産や観光地に足を運ぶ。その時に必ず自分の身体ごとその場所へ持っていく。それは映画や写真とは違った空間固有の知覚があり、それを経験したいからに他ならない。映画と建築空間の違いについては「空間としての建築」において1948年ブルーノ・ゼーヴィが触れている。

-----------------------------------------------------------------

シネマは、空間の観察にたいして数多くのアプローチの方法を提供するが、しかし、無限の途によってのみ初めて理解され得るのである。しかしさらに長椅子に腰を下ろして映画を見ることは、たしかに一つのやり方だとしても、生きること、そして行為することは全く別のことである。(一部省略)映画的再現においてさえ、完全なる参加という感覚、すなわちわれわれが空間の肉体的体験として経験する、あの積極的意欲と自由なる解放感を欠いている。

「空間としての建築(上)」68ページ4行目より抜粋

-----------------------------------------------------------------

 ここには、身体がいまここに在るということ、それによって経験を自由に、また能動的に得られるということ、それが映画との決定的な違いであると述べられている。こうした意味において、映画と建築空間の違いは明確化される。

 がしかし、これらはすでにベンヤミンによって語られていた。それが1936年に書かれた「複製技術時代の芸術作品」である。この本の優れたところは複製技術時代の芸術作品として写真・映画・建築の違いを的確に述べ、またこれらの芸術の行く末を予見しているところにあると僕は思う。そして、写真・映画・建築の見方として重要な知覚は3つある。一つは視覚、二つ目は聴覚、そして三つ目に触覚を挙げている。主に写真は視覚的なものであり、映画は視覚的かつ聴覚的なものを対象とした芸術である。そして建築は触覚的なものであると述べられている。しかし、ここでの触覚とは一般的に意味することと少し異なる。

-----------------------------------------------------------------

 こうした建築経験の全体が、いわば触覚的というべき受容を形成している。触覚的重要とは手で撫でるとか、指先で接する場合の知覚をいうのではない。すでに述べたことであるが、時間をかけ、思考にも媒介され、多次元化した経験に伴う知覚を「触覚的」と呼ぶのである。

「複製技術時代の芸術作品」精読122ページ9行目より抜粋

-----------------------------------------------------------------

 写真や映画には独自の知覚がある。それには何か対面することによって生じる緊迫感がある。しかし人が建築を知覚するとき何かと対面するものではない。むしろ当たり前のように人はその中で活動し、それを意識せずに知覚しているのである。それを触覚的受容であるとベンヤミンは述べているのだろう。

 現代では建築を語る際、当たり前のように「空間」という言葉が用いられている。しかしながら、語られている「空間」はそれぞれの建築家の間で共有されているのだろうか。少なくとも僕自身は今まで「空間」についての具体を知らずに口にしてきた。だからこそ、今回この本を読んで、その具体の一端を明確化できたのは大きい。

 やはり歴史上で語られている言葉から学ぶものは多くある。そう実感した。