伊藤剛のトカトントニズム

(04/04/16-)

  マンガ評論家/鉱物愛好家・伊藤剛 *プロフィル* によるはてなダイアリー/マンガ/音楽/鉱物/日々の雑記
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2004-02-14 Sat

またまた石田理論 またまた石田理論を含むブックマーク

hesoが石田理論を批判している。http://d.hatena.ne.jp/heso/20040213#p2

「理論」を提唱している石田昭氏はまあおよそ、ティピカルなトンデモの御仁なのだが(『神々の指紋』なんかを参照しているあたり、およそお里が知れる。ヴェリコフスキーの『衝突する宇宙』はすでにお読みですか?>石田先生)、別に笑えはしないので狭義のトンデモ本には当たらないし、奇想としてもとくに個性があるわけでも、魅力的なわけでもない。もっとも、こうした揶揄的な語り口での批判はよくない。「と学会」的なシニシズムと独善性にこっちが陥っていく危険があるからね。このように、疑似科学に対処する際には、自分の側の態度や姿勢が鋭く問われる。「と学会」は所詮、オウム真理教のコインの裏面にすぎない*1

ぼくが石田理論を問題にする理由については、以前に書いた(http://d.hatena.ne.jp/goito-mineral/20040202#p1)ので繰り返さないが、そもそもはプレートテクトニクスは間違っているという主張自体が比較的に珍しく、またかねてより触れている、日本におけるプレートテクトニクス受容の遅れの問題とも通じるところがあると考えたことに端を発している。その問題とは、一般化すると抽象度の高い、直接の検証が難しい、だが強力で大きなモデルの導入に対する心理的な抵抗と、それに基づく奇妙な態度ということなのだ。ぼくは、このところ一貫してその問題に強く関心を持っている。これらの心理を「否認」の身振りとするのならば、それは逆説的にそのモデルが正しい(控えめにいって、妥当性がある)ことを指し示している。

とりあえず、この話題、今日はここまでにしておく。

  • 追記。
    ヴェリコフスキー『衝突する宇宙』について検索をかけてみたら、たいへん面白いページを発見した。 
    http://bosei.cc.u-tokai.ac.jp/~haruta/kyokou/keisin.html
    である。同書の日本語訳がまた途方もない誤訳・珍訳に満ちていることを逐一、検証している。
  • 追記の追記。
    「と学会」のメーリングリストよりアクセスあり。ああ、話題にしてんのね。http://groups.yahoo.co.jp/group/togakkai/message/4254
    なに気にしてんだかという感じなのだが、「と学会」といってもマトモなひととそうでないひとがいる。しかしダメな方のひとが「と学会」「トンデモ」の名前を使って散々商売してしまったので、そちらが「本体」のように見えてしまうのは致し方がないことだろう。

*1:この例えでいえば、ぼくはさしずめ「脱会信者」といったところだろう