『ハリウッド・ノクターン』ジェイムズ・エルロイ/田村義進訳

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 いまふと気づいたのだが、わたしがこんな話をするのは、ハワードとミッキーが懐かしくてたまらないからであり、できることなら、もう一度あの頃に戻りたいからだ。そう。わたしはあのふたりが好きだったのだ。どちらも極めつきの下種野郎だったとしても。
―「おまえを失ってから」

 俺はノワールやハードボイルドというジャンル自体について詳しくないが、エルロイは大好きだ。『ブラック・ダリア』、『L.A.コンフィデンシャル』、『ビッグ・ノーウェア』、『ホワイト・ジャズ』の四部作と来て、『我が母なる暗黒』。遡ってロイド・ホプキンズシリーズに、『アメリカン・タブロイド』(タイトルは思わず列挙してしまうほどかっこいい)。そして、今回初めて中短篇に触れてみた。やはりエルロイはしびれる。さすが‘アメリカ文学界の狂犬’、いや、文学史に残る狂犬かもしれない。
 上の引用部分の語り手はターナー・‘バズ’・ミークスで、ハワードはハワード・ヒューズにミッキー・コーエン。言うまでもなく長編からの登場人物で(後者二人は実在人物だが)、他の作品にはエリス・ロウやリー・ブランチャードなんて名前も出てくる。もちろん、内容は「鮮烈な暴力、切迫した疾走感、とち狂ったグルーヴ」(紹介文)。……なのだけれど、短篇だけあってあの長編に見られる逃げ場のない閉塞感、ドロドロした闇は控えめになっている。「甘い汁」なんかはネコ好きの俺ですらほろり(!)とするような犬の話。それに、これも実在のアコーディオン奏者を主人公にした「ディック・コンティーノ・ブルース」なんてのは、まるでコーエン兄弟の映画のホラ話みたいだ。だから、いきなりエルロイ長編にめげてしまうような人には、とりあえず空気を読むために最適の入口かもしれない。もちろん、畳みかけるような、まるで詩のような文体だって味わえる。
 ところで、俺の中でエルロイ、ディック、ブコウスキーが同じ箱に入ってる。SF作家のフィリップ・K・ディックに、詩人のチャールズ・ブコウスキー。どいつも一筋縄ではいかないオッサンだ。暗い空のロス、どこかの競馬場、場末のバーでこんな連中が飲んだくれている。アメリカってのは、本当にもう……。