2006ねん02がつ28にち
硫化水銀大仏
http://www.tv-asahi.co.jp/earth/midokoro/2006/20060226/index.html
こないだの日曜日、普段はまったく興味がない『素敵な宇宙船地球号』みたいな番組(というかそのもの)を見ました。お題が水銀で、平城京遷都の話が出てきたからです。このあたりの時代で水銀というと、私が思わず食いつくのは弘法大師のせいでしょう。
なんでも、奈良の大仏に金メッキを施した際に出た硫化水銀のせいで、平城京を放棄せざるをえなかったのではないかという説があるというのです。小さな仏像にアマルガムを塗りつけて、当時の技法を再現していました。もし本当なら、いにしえの大公害とでも言えましょうか。しかし、仏のせいで人々が苦しんだとあっては皮肉な話ではありませんか。
一方で、水銀は消毒作用があるという。なんと、あの赤チンがそうだったのですね。赤チンの原材料マーキュロクロムは有機水銀化合物(http://zokugo-dict.com/01a/akachin.htm)。私がまだ子どものころ、赤チンはまだ現役だったものです。私は痛さに弱い泣き虫小僧だったのですが、はじめのころ赤チンが大の苦手でした。擦り傷にあの真っ赤な液体を塗布すると、さらに血が出てきたように思い、その空想の痛みにもっと泣きわめいたものです。しかし、しばらく経つとどういうわけか、赤チン大好き小僧になったのも不思議な話。あの毒々しい赤さが、逆にものすごい効果があるように思えて、膝小僧やそこらに塗りまくるようになったのです。が、そうなった途端に薬箱から赤チンの姿が消えるのも不思議な話。子ども心に理解したのは「赤チンは毒らしい。これからはマキロンを使わなくてはならない」というもの。実際には製造過程の問題で、それ自体は毒ではないようですが、私の中で赤チンは痛みの象徴から秘薬、秘薬から毒へと転じた、やはり不思議な薬だったと言えます。
さて、空海の話。これは松岡正剛の『空海の夢』の「18.和光同塵」(id:goldhead:20050816#p3)に出てきた話。
丹生川に含まれている鉱物は硫化水銀であった。「ウ(丹・丹生)」とはその硫化水銀の朱色のことを言う。空海が紀伊国の境の大河の岸辺で一泊したおりに出現した山人の名が「丹生明神」であると知った瞬間に、空海はこの山に流れる水の性質を了解できたに違いない。
古代中国においては、ニウは少量を整えてこれを服用すればかえって不老長寿を保証するものと考えられていた。それが神仙タオイズムの錬丹術というものである。
(中略)
「丹」はまた今日なお“仁丹”などの名称としてひそかに錬丹術時代の効力を伝えてくれている。
丹生川は高野山を流れる川です。空海がいかにして高野を押さえたか。そして、空海における神仙タオイズム。あるいは、空海が影響を受けたという、山岳修行僧、雑密の影響。そういえば、そういった修験者は、山相水脈に通じた古代の地質学者あるいは科学者だったというような話も出てきましたね。そして、空海の没後にその威名を広めるのに一役買ったというのちの修験者たち。彼らも水銀の要所を押さえていたとかいう話があったように思われます。
とまあ、そんな感じで平城京遷都とは直接関わりないのですが(空海入唐前の若き日に平城京→長岡京の遷都が行われているので、時代的に無縁ではないですが)、化学物質から歴史を眺めてみるというのも興味深いことのように思われます。そこからさらに伝奇要素を加えちゃったりしたら、それはもうつまらないはずがないよな、とか思う次第なのでありました。
拳闘士大殺界
人が二人出てきてそれがお互い殴りあったりしなければいけないような見せ物を見るのは案外嫌いな方ではないので、昨夜も徳山昌守対ホセ・ナバーロの一戦にチャンネルを合わせました。しかし、私が見たいのは暴力によるカタルシスでありますので、高度なスウェイやダッキングのテクニックと言われましてもあまり胸騒ぎしない。気づいてみたら手元の週ベを読み耽っておりました。やはりボクシングはミーハー格闘技好きには敷居が高いのです(別の意味でプロレスも敷居が高いのですがそれは別の話)。この敷居の高さ、ミーハー総合格闘技好きよりもさらにリングから遠い、人が二人出てきてそれがお互い殴りあったりしなければいけないような見せ物が好きでも嫌いでもない、という人にアピールするのは難しいのかな、とか門外漢ながら想像する次第です。
が、それでも世にアピールしてやまない人たちだっている。
http://www.nikkansports.com/ns/battle/p-bt-tp0-060228-0004.html
先にプロデビューした亀田興毅と、その弟亀田大毅。残念ながらその高視聴率を記録したというデビュー戦の映像をいっさい見ていないのですが、漏れ伝わるところによると、リングで歌まで披露したのだとか。TBSがプッシュしているのでしょうか、そのメディア露出の多さは現役ボクシング王者以上のものがあるようです。
しかし、こうなると広く興味を集めることのマイナスも出てくる。例えば、世間から見れば狭いネット上のこととはいえ、彼ら親子・兄弟の、いわゆるドキュン的言動に対する嫌悪感をあらわにする人も少なくありません。このようなネット利用者のみなさんは、どちらかといえば教育の行き届いたインテリ富裕層が多いように見受けられますので、当然の反応と言えるかもしれない。
では、高卒無職、下流真っ直中のドン・キホーテと夕刊タブロイド大好きな私がどう思うかといえば、あまりどうも思わないというのが正直なところ。あまりリング外の言動などで、誰か選手を毛嫌いするようなことがないのです。むしろ、リング内の戦い方で嫌いになることはある。例えば、いつかの秋山成勲(id:goldhead:20051013#p1)。あの試合内容に加え、対戦相手に失礼な表現かもしれませんが、やはり総合不向きな選手相手のマッチメークが続くことにも好感が持てません(これは選手の責任とは言い難いのですが)。
と、ここで亀田兄弟の話に戻りますが、いわゆるアンチ亀田的な主張によく見られるのが、「噛ませ犬のタイ人としかやらない」というもの。どうも、たしかに対戦相手の戦績を見るにその誹りは免れない。しかし、プロボクシングのことはよくわからないけれど、漫画のように初戦から宿命のライバルやくせ者たちと戦っていく、というわけにはいかないのではないでしょうか。ことこの亀田兄弟のように尋常ならざるネームヴァリューを持つ新人の場合、とにかく数字を重ね続けて、期待や非難を集めに集めた上でタイトルマッチ、みたいなのが、興行としては正しいあり方なのかな、などと。これはむしろプロレスの文脈を読むのに近いかもしれませんが、ここらあたりはプロボクシングに詳しくないのでよくわかりません。しかし、デビュー戦で高視聴率獲れる選手の底は、できるだけ見せない方がいい。それだけは確かでしょう。
ということは、いつまでもかませとやっていると、私もアンチ(無論、ボクシング門外漢としてのミーハー以前の興味で)になる可能性が高いのでしょうか。その可能性はあるようにも思えるし、あるいは私は競馬でも何でもそうですが、無敗の魅力にはできるだけ肯定的になろうとする性質がありますので、むしろそちらかもしれない。そういえば、以前、何か別の試合がメーンでしたが、地上波のボクシングに全戦1R K.O.継続中で、「1Rしのげば懸賞金」という漫画みたいな試合を見た覚えがあります。あの外人ボクサーはミーハー以前の私の心を掴んだものです。
自分の日記を振り返ってみると……この日(id:goldhead:20050925#p2)ですね。いつもボクシングに関しては同じようなことをメモしている。それを手がかりに、検索してみると出てきたぞエドウィン・バレロ。なんとまあ、その後も記録続行中なのですね。もちろん、最初の方の相手のレベル云々というのはあるのでしょうが、どうもそろそろ上の方とやるようなので、これはそれなりに注目の選手なのでしょうか。2chにスレもありました(http://sports9.2ch.net/test/read.cgi/boxing/1127778409/l50)。へえ、帝拳所属ですか。なるほど、検索すると日本での写真なども出てくる。そして、来月長谷川の前座でバレロ云々とあるのですが、これは長谷川穂積選手のことでしょうか。となると、地上波にまたバレロが乗るかもしれない。これはなんだか楽しみです。あるいは、亀田兄弟が活躍すればボクシングの地上波が増えるかも知れない。とすると、バレロを見る機会があるかもしれない。まあ、バレロ、バレロって試合一回見ただけでなんですけど、ディープインパクト然り、門外漢が何かに興味を持つってのはこんなものじゃないかとか思うわけなのでありました(全然徳山とも亀田とも違うところに落ち着いたけど、まあいいや)。








