俺は俺の部屋に入れなかった

goldhead2006-04-14

 俺は暗い夜道で一人ジャンプした。
 一人で何回かジャンプした。それはなぜか。
 俺の昨日は最悪だった。仕事のミスもあった。それでも俺は、俺のカープを応援するために帰ったんだ。アパートが近づく。ポケットから鍵を出す。俺はかなり前もって鍵を用意する癖がある。果たして俺のポケットに俺の鍵は無かった。
 俺はすぐに思い当たる節があった。俺は昨日、俺の職場で一番早く職場に到達したのが俺だった。俺が一番早く出たということは、二つの鍵を開けたのが俺ということだ。鍵を手にしたままタイム・カードを押して、俺は俺の机に来る。俺は、職場の二つの鍵と俺のアパートの鍵を束ねたキーホルダーを、俺の机の上に置く。机の上には書類やポジフィルムのシートが積み重ねられる。俺の鍵は俺に忘れられて俺は嫌な一日からおさらばしたいと思い、俺は急いで帰ろうとする。
 「お前、本当は鍵を隠してるんだろ、わかってンだよ? そこでジャンプしろ」と俺の脳内不良が言った。俺の脳内不良は一見怖そうだけれど、本当は俺が俺のアパートに入れるよう俺のことを考えてくれているのだ。俺はジャンプした。ジャンプして職場の二つの鍵と俺のアパートの鍵が音を鳴らしてくれると信じた。俺はジャンプして、ジャンプした。しかし、俺が期待した金属の響きはついに鳴らなかった。
 俺は職場に電話した。「……ちょっと僕の机のあたりを……、ああ、それです。それで……」。俺は帰りがけの人にちょっと寄り道してもらって、俺のアパートの近くまで来てもらうことにした。俺は閉店したっきりのコンビニの前で車を待った。俺はその人の車を待つ間、携帯電話で野球を見た。電波の状態が悪いのか、時折映像が乱れてとても怖い桑田真澄の顔などになる。ネットで幾らでも死体画像を見てきた俺が「うっ」となるような顔だった。俺は怖くなって携帯を閉じ、MP3プレーヤーを聞きながら車を待った。