2006ねん07がつ06にち
『1809―ナポレオン暗殺』佐藤亜紀
久々に小説にのめり込んで、一気読みしちゃった。というくらい、この小説、面白い。佐藤亜紀という人、正直言ってあまり知らない。あるサイトで話題になっていて、それも作品の感想ではなく「SF出身作家の悲哀」みたいな文脈だった。それで、ちょっと気になって一冊買ってみた。これ、大当たり。
舞台は1809年、ウィーン。主人公は、フランス軍の工兵、得意技は架橋。それが、こう、まあ、殺人事件の現場に居合わせることとなり、それからタイトル通りの大きな陰謀に巻き込まれていくわけで。しかし、このわけのわからないところにかかずりあうようになって、目に見えない大きな力と対峙したり、直接的な危害に遭ったり、目の前の人間が敵か味方か……という緊張感、ミステリ、いや、ハードボイルドのにおいを感じる。『マルタの鷹』やジェイムズ・エルロイか、という具合。どことなく「歴史活劇」(カバーの宣伝文句)というには暗く、虚無感漂う雰囲気そう思う。
でも、あなた、舞台は1809年のウィーン。バックにはナポレオン・ボナパルトの戦争。巻末解説によれば、ヨーロッパにおけるナポレオンの戦争は、日本人にとっての三国志、戦国時代、ガンダムのようなものという。そのあたりの知識、俺は当然ない。でも、フランス革命ものの小説なら、わずかながらに読んでいて、これが『九十三年』(ヴィクトル・ユゴー)の十六年後か、とか思ったり、ああ、それにジョゼフ・フーシェも同時代か。フーシェはツヴァイクの伝記で読んだが、そうか同時代。ウィキペディアでフーシェをひけば、「再雇用された後もタレーランと策謀しナポレオン追い落としを狙っている(1808年)」などとあって、そういえばこの小説にもドンピシャで一回名前が出てきた。そうか、その時代、秘密警察も跋扈し、宮廷での権謀術数メッテルニヒというもの。その時代背景もマクロ・ミクロで描いてみせてくれてなおよし。
というわけで、この小説の魅力は架橋や都市、食事、剣術などなどの緻密なディテールに支えられている(もしもこれが想像で書かれたものなら、調べたよりすごいが当然調べたのもすごいのだ)わけ。でも、でもですよ、そういう「よくお勉強しました」という土台的資料的小説で留まらないのがいいのだ。何よりまあ登場人物の魅力がある。
当然、話の核たるウストリツキ公爵、これ。けっこう長回しの台詞で一席ぶったりするわけで、これはサドの小説に出てくる怪人たちのごとき、ぎらついた魅力もある。しかし、そう一筋縄でない、そんなところ。それにその弟君にその妻ときてその妻は公爵の愛人で、と、いろいろと寝取られ話が好きな小生も大満足。
なんかまあ、魅力を伝えられないな、俺じゃ。当たり前か。でもまあ、伝える必要もないだろう。でも、もっと、なんというか、それこそ海外で大金投じて映画化したって悪かねえ、そんな小説。これを、俺、そんなに内外の小説を読んできたわけじゃないが(最近東スポにすっかり鞍替えしたので、内外タイムスも読まなくなったが)、日本で書いている人がいるというあたり、それを今まで知らなかったというあたり、もったいなかった、しかしこれから読む喜びもある、そういうところ。
ワールドカップは終わってしまったのか
俺は俺の贔屓するアルゼンチンが負けて「俺のワールドカップは終わった。」などと書いた(id:goldhead:20060701#p1)ものだが、一方で「せっかくだから最後までミーハー的に食いついてやろう」という思いもあった。もったいないから。が、やっぱりアルゼンチンが消えて、俺の火も消えてしまったのかもしれない。それが証拠に、かんじんの準決勝二試合を見ていないのだ。
準決勝Aは日付を勘違いして見逃した。この確認不足も熱の下がり具合。そして、今朝のフランス×ポルトガル。これについては、きちんと把握して、携帯のアラームもセットして、それでもなおかつ見られなかった。いや、見なかった。
まず、とにかく寝付けなかった。寝付けずにうだうだしていて、さらに悪いことに、上に書いた本を読み始めてしまった。これが失策。フランスつながりでちょうどいい、字を追えば眠くなるだろう、などという浅はかな目論見はくだけ、大満足の読了時は午前二時半。あと一時間ちょい、読書の余韻でなかなか寝られない。気づけばアラーム寸前。俺はそれを解除して、そのまま携帯のワンセグ放送を入れた。もう、両チームの選手が入場している。眠いような、眠くないような。いや、起きてテレビをつけたら、少なくともしばらくは見られた。が、俺はワンセグも切って、睡眠を選んだ。仕事もある。
目が覚めたのが六時。早すぎる。時刻を確かめたついでにワンセグ。ハイライトの放送。小さく小さくフランス勝利の文字が読みとれる。俺は、特に見逃したくやしさもなく、あと一時間半の二度寝に入った。ああ、あまり悔しくなかった。
というわけで、この試合に関しては、ワイドショーでジダンとフィーゴという、この大会の二大濃ゆい人(失敬)同士のユニフォーム交換のシーンくらいしか知らない。うーん、もったいない、とは思う。思うけれど、モチベーションがあがってこない。不思議なものだな。アルゼンチンへの肩入れといっても、俺は別にブエノスアイレスで生まれたわけじゃない。ただ、何となくの肩入れに、どう説明していいかわからないが、俺にとっての素晴らしいサッカースタイル。それに強く思い入れたゆえの燃え尽きか。ただ、しかし、やはり大会の終わりは見届けなければいけない。三位決定戦と決勝戦はぜったいに見てやる。見てやるとも。
日本競馬はどうなるのか
http://daily.jp/horse/2006/07/06/0000065759.shtml
キャッシュコールマイルを制したダンスインザムードは、検疫終了後に宮城県山元トレセンへ移動予定。秋の最大目標に天皇賞を挙げた藤沢和師だが、その後は米ハリウッドパーク競馬場で行われる米牝馬限定G1・メートリアークS(11月25日、芝千六)に挑戦するプランがあることも明かした。
http://www.sanspo.com/keiba/top/ke200607/ke2006070609.html
UAE(アラブ首長国連邦)ドバイのモハメド殿下が率いる競走馬グループの日本の統括機関であるダーレージャパン(代表・高橋力氏)がJRAに馬主登録を申請している件で、このほど都内で行われた馬主登録審査委員会では反対多数となった。
清水成駿が先週の馬単三國志で書いてたっけ、「こちらから攻めれば、攻め返されるのが世の常」、「今、JRAは船橋の黒船との交渉で忙しい」とかなんとか(だからブロンコーネのハンデをつけまちがえたのだ、と続いたが、ハンデキャッパーは交渉で忙しいわけではなかったようだ)。そして、清水によれば、昇級制度の変更(‘勝って同条件’の廃止)も、馬のレベルの底上げを目指したものだという。なるほど、昇級して頭打ちになった馬は、とっとと退場願おうという仕組み。馬主の「くりげ君」は、大馬主優遇のシステムと怒っていたっけ。
まあ、確かに、一競馬ファンとしてもちょっと不思議には思う状況だった。日本の馬は世界の大レースにほいほい挑戦できる(挑戦の難しさではなく、枠の確保という意味で)のに、その逆はかなり限られる。また、日本の馬主は海外でばんばん走らせているのに、その逆は不可能。「エリザベス女王も日本の馬主審査には通らない」というのは、かなり前から言われてきた表現だったかな。
というわけで、日本馬の海外挑戦が、ユメロマンからより実利的なところにシフトしつつある中で、やはり鎖国は難しいように思える。北米の芝のレベルなど考えたら、地方交流重賞的にぶつけていって、案外面白い結果になりそうだもの。いや、ダンスインザムードもシーザリオもアサヒライジングも強いけどね。そう考えると、クロフネミステリーこそ、日本が送り込んだクロフネだったか。
で、競馬ファン、馬券ファンの俺としては何がどうなればいいのか。これは正直よくわからない。たとえば、日本馬のレベルが対世界で落ちたところで、それほど俺は気にならない。馬券を買って楽しむぶんには、中央も地方も一緒だ。海外遠征されても馬券は買えないし、世界に夢や幻想を抱ける楽しみすらある。では、日本競馬が外国人馬主だらけになったら。いや、馬主欄にダーレーとかニアルカス・ファミリーとか並ぶのも面白いんじゃないのか、三面川特別とかで。けど、絶対に譲れないのはやはり馬産か。正直、香港からやってくる馬たちに魅力は感じるけれど、サイレントウィットネスのような、ブリッシュラックのような馬の子どもが絶対に走らない競馬というのは想像できない。俺にとってはそこだな。そこさえ保たれるのならば、日本ダービーにどこの国の馬が出たっていいぜ(馬券難しそうだけど)。
……って、内国産保護と開放のところで矛盾があるんだよな。ああ。まあ、そのために日本馬強くしなきゃいかんのか。あるいは、簡単に来させないくらい力を見せると。そうか、それがディープインパクトの使命か。日本競馬の救世主だね。とりあえず、今年のジャパンカップは日本馬買いじゃないだろうか。
※専門家の意見となると、たとえば日経の野元賢一記者のこのへんとかか。
http://www.nikkei.co.jp/keiba/column/20050731e1h3101731.html
……馬産地に金落としてくれるんなら、外国人でもいいわな。
http://www.nikkei.co.jp/keiba/column/20060702e1h0201402.html
……金がないので縁のない話だが、クラブ法人への課税問題。また、そこには旧来の馬主の既得権益がからみ、当然、外国人馬主資格についてもからんでこよう。
小さな憂鬱について
今度の土曜か日曜に法事があるのだが、弟が来ないという。これは困った。俺は親戚づきあいなど大の苦手の上、不義理と不肖のない交ぜになったような存在なので、首低くして時過ぎ去るの待つよりない。しかし、弟がおれば、弟も似たようなものなので、くだらない話などしてどうにかやり過ごせるもの。ところが俺単身となると相当に厳しい。「喪服にカビが生えた」などといってやり過ごしてしまおうか。あるいは、酒など飲み、飲み、飲んで、とっとと退散しようか。人間社会はウンコでごわす。








