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○内○外日記ブログ このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2008ねん11がつ19にち

『天使』佐藤亜紀

天使 (文春文庫)

 散らかり始めて止まらぬ自分の部屋。ひっくり返した文庫本の山から出てきて、ちょっと読み始めたら止まらず、一気に読んでしまった。佐藤亜紀小説はこれで二作品目になる。ほかには『澁澤龍彦初期小説集 (河出文庫)』の解説文を読んだくらいだ。

 さて、これが以前に書いた感想文。この感想文を読み返すに、どれだけ激賞しているんだというくらい激賞している。そうだ、たしかに面白かった。しかし、正直言ってどのような内容であったか思い出せない。

 だが、それでいいのだ。自分の中でどう線引きされているかわからないのだけれど、最高に面白い体験をさせてくれた本の中の半分くらいは、その後に内容がスコーンと抜けてしまうものなのだ。もう一度読むべきだと脳が判断して、勝手キャッシュを捨ててしまっているのかもしれない。

 さて、『天使』である。今度は1908年ごろ、帝政末期のウィーン、サラエヴォ事件、第一次世界大戦……、そこで繰り広げられる、「感覚」者たちの話。そうだ、「感覚」だ。これをまたサイキック超能力と言い換えてもいいだろう。しかしながら、この描かれ方、設定がすばらしい。描写がいい。解説文でも取りあげられていたが、主人公が感覚をおし拡げて小鳥をつかむシーンなど、明恵上人が家の裏の鳥の巣の雛の蛇に狙われるのを遠くから察知したという故事を思わせるかのごとくである。こんな本を読んでいても抹香臭い俺の病は膏肓に入るかのごとくである。ともかく、ありきたりな「超能力バトル」には陥っていない、しかしSFとしてスリリング、この細い一線をひいてみせた。それがすごい。

 で、面白かったの? 面白かった。ただ、『1809』の方が面白かった、とはいえる。そぎ落とされたカリカリにチューンされた文体、だが、それゆえにノッキングしているように感じる、そんなところがあった。どんな感じかは、俺の頭を開いて攫ってくれればわかる。また、その時代の空気が文体の隅々まで、出てくる人間の隅々まで染み渡って、これは逃げおおせられねえなっていう、そこまでの重みはなかった。そこが『1809』ほどではない、そう思った。覚えていないのに、俺は何と比べているんだろう?

 とはいえ、すごく高いところにある『1809』と比べているだけのことであって、『天使』、読んでよかった。でも、終盤にいたって、ここからどう着地させるのだろうか、破裂させるのだろうか、どうするのだろうかと思ったら、「続編へ」的に感じる終わりかたでもあって、これは続編的なものも読まねばならん、そういうところであった。

 あと、ちょっと出てくる社会主義者たちのコミュニティ、人物、そのあたりがよかった。主人公がそのまま革命に身を投じてくれるような展開があってもよかったと思った。それと、撃たれたときは、乗っ取るのかと思った。以上。

さらばヒシアケボノ

東大付属牧場種牡馬として供用されていたヒシアケボノ号は本日病気のためJRA競走馬総合研究所において死亡しましたのでお知らせいたします。

http://www.jra.go.jp/news/200811/111906.html

 あのヒシアケボノがもう16歳になっていたのだから驚いたのだった。それを訃報で知ったのだった。ヒシアケボノはなんと大きな馬だったろうか。ヒシアケボノは大きく、ビコーペガサスは小さかった。ニホンピロスタディのテンは速く、キステナはコーナーをうまく回れなかった。そんな時代の話だった。ヒシアケボノ冗談みたいに大きくて、インターアックスほどじゃないけれど、サラブレッドというにはどうかというレベルだった。それでもG1を勝ち、重賞戦線を戦い抜いたのだからたいしたものだった。よしだみほ漫画でもよく取りあげられていたのだった。死んだときお前は何キロだったんだ。願はくは、病気でやせ細っていてほしくないぜ。それで、天国では好きなだけ食って、太ってくれ。さらば巨漢の名スプリンター

“マネーボール”と“マネー”ボール

ヤンキースの“マネーボールに注目 (1/2)

サバシアを本命FA投手獲得に乗り出す

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/mlb/text/200811190003-spnavi_1.html

 タイトルを見て、「ヤンキースもついにビリー・ビーンやセオ・エプスタインのようなGMを招き入れ、完全なセイバーメトリクス戦略を推し進めるのか」と思った。が、実際は金満球団札束補強話であった。

 もっとも、セイバーメトリクスを駆使することと、その戦術に見合う選手を金でかき集めることは矛盾しない。つーか、レッドソックスはもちろん、ヤンキースもそのようなチームになっているのかもしれない。冒頭に出てくるニック・スウィシャーだって、たしか『マネーボール』の中に出てきた新人選手(当時)だったはず。

 それはそうとして、これは、誤用だろうか? 誤用ではないと思う。わざわざ“マネー”としているからだ。いわゆるマネーボールとは別の話ですよ、という意思表示だ。だが、ちょっと待ってほしい。こういう使い方をしていると、あまり野球に詳しくない人が、「マネーボールってのあれだろ、金に物を言わせていい選手かき集めることだろ?」などと言いかねない。実際、私はそのような例を知っている。

自前で育てた選手で、「マネーボール」をしている球団に挑んでいく。それがセ・リーグでの広島存在感であり、役割だと思っている。その信念、伝統を貫いてつかむ栄光だからこそ、本当の価値がある。

http://d.hatena.ne.jp/goldhead/20071015#p1

 はい、広島東洋カープ松田元現オーナーのお言葉です。ん? これも「」がイクスキューズになっているのか? なっていないと思うな、さすがにこれは。もちろん、マネーボール金野球であって、金による野球世界全体、あるいは、金融工学アプローチによる野球などいろいろの意味があると思う(このあたりがはっきりしないから、こんなの書くのに迷っている)が、現状、向こうでもこちらでもビッグボールやスモールボールの同列として、扱うべきだろう、と。

 というわけで、なんとなくこういう言葉の使われ方は面白くない。たとえば、前に流行った「老人力」。これも本来の、老いのマイナスさかしまに見て肯定的に解釈するという面白さが、いつしか「若者に負けない元気おじいちゃん」的な使われ方をするようになって失われてしまったように思う。なんでも「」や“”すりゃいいってもんじゃあない。俺はそう思う。

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6枚切りのパンの何が違うって厚さが違う

 ここのところ俺は内なる反革命に負けて(最近リアル俺の流行映画『光の雨』における裕木奈江の口調です)の6枚切りのトーストを食べているのよ。永遠に繰り返される朝、ずっと8枚切りの食パン2枚という生活をしていて、一時はシリアル食に走っていたのだけれど、シリアルもうこれ以上食うの限界という飽きに負けた秋、なぜか帰ってきたら6枚切りになっていたのよ。ずっとずっと8枚切りだったのに6枚切りになったのよ。

 それで、6枚切りなんだけど、もう目から鱗が落ちるというか、口からパンかすが落ちるというか、それは単に食い方がきたないだけだったりするんだけれども、それはともかくもうぜんぜん違うわ。8枚切りとは別の食べ物。まさに革命的だわ。外はさくさく、中はふわふわ、その上ボリュームがある。量的変化というより質的変化だわ。まさか6枚切りがこれほどのものとは思わなかったことを自己批判するわ。全身の毛という毛が抜けるかと思った。たった6/8のコスト上昇を嫌って、8枚切りに拘泥してきたのは敗北主義なのよ。労働者は6枚切りのパンを食べる権利があるの。

 いや、もう変な口調はやめるけど、これだけは本当。まさかパンが6/8厚くなるだけで(これって算数的に正しいのかな?)、これほど差があるとは思わなかった。しかし、考えてみれば、オーブントースターはそれほど悪くないもののはずなのだ。

 そうだ、定価で6,500円級というのは、案外高いんじゃないのだろうか。いや、わからんが、自分感覚的には。だって、単にパンその他を熱するだけだし。それでまあ、その本領が、この6枚切りによって発揮されたと。今まで血統から短距離ばかり走らされて下級条件で入着を繰り返していたけれど、権利獲りのための投票でうっかりゲートインした11F戦で6馬身差圧勝、以後5連勝で重賞まで勝ったとか、そんな感じだ。ともかく、自分の収入が6/8になろうとも(これは算数的に正しくないような気がする)、パンを食う限りは6枚切りにする。太っても構わない。パンは6枚だ。しかし、だからといってこれ以上の厚さは神に逆らう行為だと思う。そこまでは踏み出さない。もうバベルの塔は建てないと決めたんだ。

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 そんな俺がたまたま<「外はサクサク、中はフワフワ」なトーストの焼き方>などというタイトルを見ればクリックする。その中に、すばらしい情報があった。

皿に水蒸気付けたくないなら
パンを焼く前にトースターを暖めながら皿をトースターの上で暖めておく
十分トースターが温まってからパンを焼く。

 これは予想外。いつか本格的に取り組まねばならないと思っていた、皿水蒸気問題に希望の光を差しこんでくれたではないか。多少の電気代と時間には目をつぶる。俺はこれを実行する。というか、している。