山の中を行く汽車に乗って、この世に別れを告げる


 人生には岐路らしい岐路のあらわれることもある。いつか誰も俺を知らない美しい朝がくる。そう思って俺は少女と連れ立って逃げることにした。

 俺と少女は西湘のある町で落ちあう。
 「今しかないし、これしかないんだ」

 古めかしいバスは山を登る。西日射し込んできて無言の車内。エンジンの唸り声だけさみしく響き渡る。

 山の入口で山岳鉄道に乗り換える。汽車に乗って遠くに行く。俺を知らない、俺の知らないところへと行く。

 警笛を鳴らす、汽車は走り出す。

 乗り合わせた見知らぬ人々とともに、見知らぬ人々の街に別れを告げる。

 振動が俺と女を揺らす。煙のかおりを感じながら、無言と無音、ときどき警笛が鳴り響く。

 山間の寂しい街を抜ける、少女の冷たい目は虚空を見つめる。俺は線路沿いに咲く花などを見る、別れを告げる。

 後悔を残し、後悔を乗せて汽車は走る、山中をしっかりとした足で駆け登っていく。

 警笛が鳴る、汽車が止まる、スイッチバックしてまた走り出す。

 今日から明日へ明日から今日へ今日から昨日へ遡っていく、だが山登っていく、人々はみな押し黙っている。

 いよいよ空気も薄くなっていく、線路の先にトンネルが見える。警笛が鳴る、汽車は闇に包まれる。

 いつからいつまで闇の中か、ふいに光が差す、光が広がる、光が包む。

 そして汽車は下る、山中の隘路。

 なにもかも加速させて振り落としてく。加速はやがてさらに加速して、事象の地平面すら突き破って。

 目を覚ませば関東平野

 いつか来た道をたどって、俺は一人汽車の中にいた。


 「おまえは自由になれない」

 「おまえたちは自由になれない」
  なぜならば、
  おまえたちは、
  蒸気機関車のように力強くなく、
  蒸気機関車のように速くもないから。
  おまえたちは自分の足で歩けるところにいなさい。
  身の丈にあった生き方をしなさい。
  身の丈にあった死に方をしなさい」

 少女はそう言うのだ。
 じゃあ俺は、歩けるところだけ歩いてみよう、
 歩けるところまで歩いてみよう。
 そしたらまたいつか君にも会えるのかもしれない、
 そこはたぶん、きっと銀河の西の方。

   <おしまい>