どこにも通じていない『国道20号線』


 俺がまだクロスバイクに夢中で、一日に200kmくらい漕いで行って帰ってしていたころの話だ。東京から北へ北へ行く国道を何度か走ったことがあって、その沿道の風景というものは、行けども行けども同じような店の繰り返しで、まったく自分がどこにいるのかもわからなくなるような気にもなって、やがては16号線やなにかともイメージの中で渾然一体となってしまった挙句、なにものかとして心のなかにある。
 映画『国道20号線』の存在を知ったのは、宮台真司の記事だったと思う。

 この記事について、ひとつは映画の見方である次の箇所が目にとまり、ブックマークにメモもした。

「〈世界〉は確かにそうなっている」と思えるかどうか。「この人は俺よりも〈世界〉を知っている」と思えるかどうか。両方の問いにイエスだと答えられれば「いい映画」。どちらかないし両方がノーであれば「大したことのない映画」だ。

 これがそうなのかどうかわからないが、そういうような気もするところもあったのだ。そして、もうひとつはもちろん、映画『国道20号線』自体のこと。俺がなにかひきつけられてしまうような、頭の中のどこかにこびりついている、あの沿道の風景が描かれているのではないか。そういう想像でいっぱいになったのだった。俺は、『冷たい熱帯魚』を観に行ったきっかけも、この監督の前作を知っていたとか、でんでんがすごいとかいう話ではなく、監督が「富士山と工場群」という俺の頭の中にあった光景について語っていたからだったりして、なにかこう、そういう風景が映っているものに惹かれるところがある。俺はとても『国道20号線』が観たくなったのだった。

 が、この作品、DVD化とかされてなくて、観られないのな。

 と、思いきや、すばらしいシネマ・ジャック&ベティが上映してくれるというのだから、日曜の夜、イセザキモールの果てまで行って来たというわけ。映画館へは『恋の罪』『ヒミズ』に続いて三度目。ジャックアンドベティは二度目だ。

 
 ……で、だ。始まってみて、「画面が思ってたよりザラザラした感じだな」とか思うひまもなく、なんというかひどい不安感におそわれて、なにかこう怖くなってしまって、目を逸らしたくなるような、そんな風になった。仕事中だったら、あまり眠くならないマイナートランキライザー飲むくらいの動悸だ。バイクの爆音も腹に響いたが、それ以上になにかこの、身体に影響出るレベルで圧迫されるものがあったのだった。こんな風になったのは……『闇金ウシジマくん』のフリーターくん編とかだ。
 俺自身のこととして、見てしまっている? そうなのかもしれない。しかし、映画に映し出されている彼らと俺との共通点は? 俺は20号線がどこを走っているのかよくわらない(俺が走ったのは4号や6号か?)、どちらかというとR134、鎌倉育ちのおぼっちゃんで、中高一貫私学出だぜ。ヤンキーもヤクザもまったく身近な存在とは言えないのだが……。
 だが、やはりあれだ、実家もなにもなくなって、自身の人生に失敗して先行きがホームレスか刑務所か自殺かの三択みたいになっている今、何度も出てくるサラ金のATM、金のことが映るたびに心臓がおかしくなる。金のこと、というか、先行きのなさ、というか、行き場のなさというか、まあけっきょく俺が明日をも知れぬ零細企業にへばりついて食うや食わずで、それでもそれ以外いまのところなんもねーよっていう、そこのところの絶望。闇金のやつが、昔はよかったが状況がかわったみたいな愚痴ながながと語ってたりとか、なんかこうそれにすら引き込まれてしまう。それでどっかもう、浄土ヶ浜に行きたい(ありもしない終着の地のイメージ)というような、そういうさ。劇中でタイとか、ゴルフ場のコースを吹き抜ける風いいっすね、みたいなさ。
 でもさ、この国道20号線はどっかに通じてる感じがいっさいしない。それがすげえ。たとえば、『サイタマノラッパー』って、あれだってなんというか、閉塞した地方なんだけど、東京への道が描かれていたわけじゃん。でも、これにはいっさいそれがない。どっからどこにつながっているという感じがしない。もっと帰るべき田舎もないし、東京に出るという感じもない。登場人物たちは、横断歩道でもないところを横切るばかり。横切って行く先はドンキであり、サラ金ATMであり、パチスロであり。で、はっきり言って、バイオレンスシーンとか、セックスシーンとかそういうのなくてさ、それがもうさらにどんどん積み重なるところがあって、すごくのしかかってきて、閉じ込められているようでさ。

 ああ、でも通じてるのか、シンナー吸ってあっちの世界にさ。俺も合法薬で脳をどうにかしたいと思ってるし、正直、もしもシャブで社会に適応できんならそれでもいいよくらいに思ってるし。あ、それってなんか目的違わないか? わかんねえや、それこそ狂ってるのは俺か日常かどっちだよってさ。あと、どうでもいいけど、西原理恵子の漫画から、シンナーやめられないのはクズの中でも再下辺のクズみたいな、そういうのは知識として持ってる。知識として。
 つーか、やっぱりなんかこう、この『国道20号線』はリアルだし、少なくともどこかで俺のリアルとつながってるところがあってさ、今の日本とかいう国の、まったく、これこれこういう一面みてえな、そういう、うまく言えねえけど、それなんだろうよ。Ζガンダムとか飾ってあってさ。もちろん、これをもっと客観的に、なんか異物みたいにしか観られないやつもたくさんたくさんいるだろうし、まったく真実味を感じない人間もいるかもしれない。でも、俺なんかより、はるかに、完璧に「俺そのものだ」っていうやつらもいるだろうし、そう思いそうなやつは、帰り道の伊勢佐木町にもたくさんいてさ、ケータイで、あの闇金のやつが駐車場でさ、「まず、なんとかさんに話通してさ!」とか話してるような、そのまんまみてえなおっさんとかさ。
 そうだ、それで俺はもうなにかやけに腹が減って、イセザキモールの中の郊外にもありそうなチェーン店群の中からリンガーハットに入って適当になにか麺類流しこんで、やけに暑くなって、コンビニで甘くて冷たいもの買って帰ったのだった。頭の中では「女がラリったときに持ってたスポニチの見出しはヴァーミリアンだったが、競馬中継音声でペガサスとかトミケンドリームとかマリンパシフィックとかいってて、いつのレースだ?」とか考えようとつとめたのだけれども(たぶん1993年の福島記念。スタートあたりだったので、通過順からも辻褄があう。でも、どっからそんな音源を?)、どうにもまだ心臓のあたりを絞めつけられているようだ。
 こんな映画、めったに無いし、今のところ観る手段はほんとうに限られているので、できたら観に行ったらいいと思うって、上映前に紹介してくれって映画館の人が観客に呼びかけていたのでステマしておしまい。つーか、次は『サウダーヂ』行くけどね、ぜったい。あと、見沢知廉のと若松孝二三島由紀夫のやつと、行く予定は目白押し。すばらしい。

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 ……正直、『国道20号線』も想像以北、いや、以西だった。

「……まっすぐな4号線の先にね、雲が見えたんだ。真っ青な空のね、まっすぐな道の向こうにね、真っ白な雲が。それで、なにかこう、山があるような気がしたんだ、雲の方に。はるかな関東平野の行き止まりというのかな。僕にとってそれはね、もう、この世ではないんだ。世界の果て、ワールドエンドみたいな気がして……、こう、チベットというか、天上の世界というか、須弥山というか、そんな山があるように思った。そこでは、日常をはなれた、それでもやはり、なにか街のようなものがあって、いろいろの人が集まっているんだろうって。この道を一直線に行く、足立の、春日部の、大宮の車も、みなあそこを目指しているんだろうって、そう思えてきたんだ。もう、僕は、そこに向かって、くるくるペダルを漕ぐことに、なんというのかな、法悦といったら大げさだけれども、よろこびを感じていたんだろうね」
 そう、goldheadさんは、異様な恍惚に取りつかれて、ただ北を目指していたのである。彼の目的地、世界の果て、べつの言葉で表現すればこうなるだろう、浄土ヶ浜、と。

 最近買ってないな。
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 『国道20号線』にアンダーワールドは流れない。カラオケで安室奈美恵小室哲哉)を熱唱する。いや、それもいいし、最後の音楽もよかったな。