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関内関外日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2015ねん03がつ02にち

高橋源一郎『さよならクリストファー・ロビン』を読む

さよならクリストファー・ロビン

さよならクリストファー・ロビン

さよならクリストファー・ロビン

さよならクリストファー・ロビン

 ぼくは、今晩、最後お話を書くよ。そして、すべてを終わらせるんだ。それが正しいことなのか、ぼくにはわからない。でも、ただのクマとしては、頑張ったと誉めてほしいな。

 ぼくが、最後に書くお話は、ぼくたちがいつも行った一〇〇エーカーの森のお話だ。一度、なくなったものは、戻っては来ないというから、もしかしたら、ぼくたちは、あの森には行けないかもしれない。だったら、ごめんね、クリストファー・ロビン

「さよならクリストファー・ロビン

 「クリストファー・ロビンって『プーさん』よね」と女。

 「え、そうなの?」とおれ。

 おれは『くまのプーさん』を知らない。キャラクターは知っているけれど、おれは作品として『プーさん』をしらない。中川いさみの『クマのプー太郎』はよく知っている。

 おれがネットに書き散らしている文章が、もしも、ときどき優雅で感傷的に感じられるとしたら、それは高橋源一郎が原因だろうと思う。おれがフィクションというものを読まなかったとき、唯一手にとっていた小説、それは高橋源一郎作品だった。『さようなら、ギャングたち』、『虹の彼方に』……。

 そしておれが小説というものを読み始めたとき、なかなか高橋源一郎に手が伸びなかった。おれは宮沢賢治をよくしらないからだ。宮沢賢治を読んだ上で、高橋源一郎宮沢賢治ものに手を出すべきだろう。おれは順番にこだわることがある。まあ、ミルンを見ずに本書を手にとってしまったのだけれど。というか、おれは西洋文学の盛衰史も知らないし、日本文学の盛衰史も知りはしない。それを網羅したうえで高橋源一郎に手を出そうという時間も残されちゃいない。あるいは、おれが『さよならクリストファー・ロビン』を読むのにもってこいの日、というのがこないだの日曜日だった可能性もある。

 あなたもミルンを知らずに本書を手にとってもいいかもしれない。本書は6つの断片によって成り立っている。「さよならクリストファー・ロビン」、「峠の我が家」、「星降る夜に」、「お伽草子」、「ダウンタウンへ繰り出そう」、「アトム」。なにか世界破滅させるようなことがあって、世界破滅させるような、ひょっとしたら悪のようなものがあって、でも、それに抗うような話だ。ひょっとしたら違うかもしれないし、おれは小説をそのように読むのが苦手でならない。書いてある文字を読む、単語意味を読む、背景にあるもの想像しない。おれに悪は想像できない。けれど、なにか書けとおれがいうので、こう書いている。誤っている感じがする。それでも書かなきゃいけないような気がする。

 あなたはどう思うだろうか。まあべつにおれに興味はない。ただ、べつにこの本からすべてをはじめてもいいんじゃないのか、という気もする。それは高橋源一郎という作家作品かもしれないし、文学かもしれないし、世界かもしれない。ここには『にんじん』のような目線で描かれたフレッシュ世界があって、ヒップホップ的な引用が躍動していて、そこはかとない悲しさがある。そんな本に興味があるなら、読んでみるといいと思うぜ。おしまい

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さようなら、ギャングたち (講談社文芸文庫)

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『ガタカ』観たが

ガタカ [Blu-ray]

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 『ガタカ』観たか? 観とらんか。観るか、『ガタカ』。見るよな『ガタカ』、ベストSF映画リストとかで。『ガタカ』やってたころ、おれSF読んどらんか、映画観る余裕なかったか。ともかく『ガタカ』観てなかった。

 で、『ガタカ』観たが、手堅いな、堅牢だな、地道だな、けれん味がないな、地に足ついてるな、って思ったが。決して悪口じゃないが、さりとておれの中で特別地位を占める作品ではないな、という印象。もっとハッタリがあってもいいし、キメがあってもいいし、おっぱいが六つあってもいいし、二つで十分だと忠告するスシマスターがいてもいい。そうところがある。PKD的なところに落ち込んでいってもいいし、ちょっとは派手なアクションがあってもいいかもしれない。サイエンス・フィクションダブル・フィーチャー。

 でも、ないのがいいところなんだ。せいぜい中身が近未来的であろうクラシック・カーとかそのあたりがあるくらいで抑えている。その抑えっぷりがいい。その抑制の効いたところが、SF映画のなんらかのベストリストに入ってくる理由なんだろう。そうだ、悪くない。昨年映画館で観たいくつかのSF映画に比べりゃずっといい。よく噛み締めて食え。そういう映画かもしれない。

 噛み締めてみると……そう遠くない近未来の味がする、かもしれない。人間のどれだけが遺伝によって決まるのか。社会の中でどれだけ遺伝によってその立場が決定されれるのか。その社会ユートピアディストピアか。アニメサイコパス』がやや抑制を欠いて描きすぎている社会に通じるものがある。いや、SFはずっとそんなことを考えてきた。もちろん、学者だって考えているだろうけれども。

 おれはどう思う。おれは遺伝によって出産前の選別が行われるべきだと思うし、生まれ持った適性は解読されるべきだし、統計かなにかに従って社会の居場所に振り分けられるべきだと思う。おれのように、重すぎもなく、かといって生きづらさを十分に感じる程度の精神疾患を持ってしまった人間中年になっていまだに自分のいるべき場所にいると感じられない人間、敗北者、失敗者、そういうところから見ると、この世はもっと機械的に振り分けられるべきだとしか思えない。不幸をこれ以上増やしてはいけない。……さて、『ガタカ』で不幸だったのはだれだったのかな?

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