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関内関外日記(跡地) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2016ねん06がつ05にち

『あゝ決戦航空隊』を観る

あゝ決戦航空隊 [DVD]

あゝ決戦航空隊 [DVD]

 冒頭、戦死とされていた一式陸攻の乗組員たちが捕虜となっていて、それを奪還した、という話から始まる。普通捕虜を奪還すれば喜びそうなものだが、大日本帝国にとっては困ったことなである。死して虜囚の辱めを受けず、の国なのである。もう戦死と発表していた乗組員たちの存在迷惑ですらあったのだ。結局、その乗組員たちは直掩機もなしに一式陸攻一機で敵襲をかけることになり、最後自爆して果てる。否、果てさせられる。組織的特攻」以前の特攻である

 この案件に対して、たしか組織的特攻の発案者とされ、本作品主人公とも言える大西瀧治郎は反対していた、のだっけ。なにせ長い映画なので忘れてしまった。とはいえ、大西特攻にこそ道はある、日本民族の意地だという方向に進む。捷一号作戦のみの命令から組織的で恒常的な作戦となってしまう。それに大西は苦しむが、戦争というものは暴れる牛のように進みだしたら止まらない(って今しがた見た『真田丸』の台詞か)。このあたり、どうだったのだろうか、そうだったのだろうか、よくわからない。

 よくわからないといえば、この作品の題字を書いたのは、児玉誉士夫である児玉機関児玉さんとして作中にも出てくる。そして、一方でこの作品脚本笠原和夫である右翼の大物、フィクサーが深く関わる一方で、天皇戦争責任を問うような感じのある笠原(たしかそうだったよな?)、このあたりは妙にねじれていて面白い特攻絶対反対の三〇ニ空の小園安名を菅原文太が演じていて、金子信雄演じる上官に食ってかかるシーンも面白い面白いといっていい題材の映画はいえないが、スケールの大きさ、長さ、出てくる俳優陣の多さに圧倒されるというところはある。「軍神」関行男のエピソードから厚木基地事件、そして大西切腹であるていど細かく描かれている。全部盛り込んでやれ、という感じすらする。あ、けど宇垣纏の「私兵特攻」は描かれなかったか。まあ、太平洋戦争全部、というのは無理がある。航空隊の全部というのも無理がある。

 とはいえ、アメリカ軍は損耗率で物事を考えるから、二千万人特攻引き分けに持ち込めるとか、最後九十九戦負けても最後の一戦に勝てばいいとか、狂ってるものが狂っていない世界イタリアドイツが先に負けて、全世界を敵に回すことになった異常事態(いまの北朝鮮みたいなものか)、そいつは伝わってくる。その中で、理不尽に死を命じられる男たち。描かれはしないが、空襲で死んでいく銃後の人々。時折入ってくる菊の御紋に宣戦布告玉音放送。見応えは、ある。とくに後半の菅原文太にしびれる。そんなところ。以上。

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中島義道『ぐれる!』を読む

ぐれる! (新潮新書)

ぐれる! (新潮新書)

 社会を変えれば改善解決できる問題も、たしかにあります。しかし、個人にとって最も重たい問題社会いくら変革してもいささかも解決されることはありません。著者いわく「盲人が目が見えるようになるわけでもなく、鈍才が秀才になるわけでもなく、ブスが美人になるわけでもない」のです。とりわけ、「死すべきあなたが死なないようになるわけでもない」のです。

出版社からコメント

 図書館でスイスイ読んだ一冊。なので引用などはない。そして相変わらずの中島義道節といったところだろうか。理不尽な条件で生まれ、育ち、それでもなお理不尽平等競争を強いられる。だったらもう、ぐれちまいなよ、というお話。病むべくして創られながら、健やかにと命ぜられ、とはどこのだれの台詞だったかしらん。まあ、世の中の競争や上昇志向から負けたり、そもそもそんな争いの土俵に立ちたくない人間はどうすべきか。己の弱さを、甘えを認めながら直視して、ぐれろよ、と。「ぐれてるとおっしゃられているが、上手く生きて立ちまわっているじゃないですか」と言われるくらいにうまいことぐれろよ、と。それはそれで難しいことのように思えるが、そんぐらい気合をいれなきゃぐれるものもぐれられない。

 さて、おれはぐれているのでしょうか? 二十歳を過ぎて、最初に働き始めたころ耳たぶにピアスを開け、三十を過ぎてからさらに軟骨に二個ピアスを開け、髪もいい加減に染めた適当な色(今は黒がブームなのだけど)。へんな話だが、働き始めておれは「もう普通サラリーマンのようにはなれないな」と思ってピアスを開けた覚えがある。二発目、三発目にとくに意味はないが、なんとなく一個じゃ中途半端という気がしたのだ。これでおれはもう、なんというかどうしようもなく戻れないぜ、戻る気なんてないぜ、という思いを強くした。おれはおっさんになって、ぐれた。そういっていいかもしれない。

 たかピアス? されどピアス。べつになにか縁があれば刺青でも入れただろう(痛そうだし、温泉入れなさそうだし、怖そうだから入れてないけど)。おれはもう中島義道にいわれるまでもなく、人生理不尽さ(たとえば背の低さなんてもんだってそうだ)を味わってきたし、引きこもりもしたし、もう降りてしまっているところが少なくない。それでいて、この先の人生も同じように生きていける保証はないし、それを思うと不安になるから、今日のところは寝るしかないし、いや、この弱々しさはぐれる、からは程遠いとも思えるし。まあ、そんなところ。