『ファイアーウォール』 ヘニング・マンケル 創元推理文庫

相変わらずジェンダー観が素晴しい!

30年間の警察生活で取調べ室で一度も容疑者に暴行加えたことのない主人公が、初めて犯人を殴打するエピソードに拍手喝采した。
イカツイ怖い警官というよりも、気の良いおっちゃんの風貌を持つ、心優しき紳士の主人公が、怒りを我慢できず、ぶっ飛ばして床に倒れさせた残虐非道極悪非情の犯人は、14歳の美少女!!

普通の小説なら可哀想な被害者、容疑者にされても、悲しい理由があるヒロインに祀り立てられるところだが、さすがマンケルである。

人口2万人のスウェーデンの田舎町で発生したタクシー強盗殺人事件が、五大陸全てに絡む国際的陰謀に発展していく面白さ!
マンケルの本領発揮の傑作である。
敵の国際秘密結社のスケールは今までで一番凄い!!
敵組織の目的は世界の破壊である。

謎の組織の正体を探る過程で、悪の敵組織候補として、マフィア、テロリスト、カルト宗教団体、国家諜報機関のみにとどまらず、動物愛護団体環境保護団体まで候補になるのが、さすがマンケルである。

過去の美少女強姦事件も出て来るが、その犯人と主人公は対決しないのも素晴しいジェンダー観である。

ファイアーウォール 上 (創元推理文庫)

ファイアーウォール 上 (創元推理文庫)

ファイアーウォール 下 (創元推理文庫)

ファイアーウォール 下 (創元推理文庫)

『親子で学ぶ数学図鑑:基礎からわかるビジュアルガイド』 キャロル・ヴォーダマン 創元社

人間の頭の中にしか存在しない数学世界を、ビジュアルに図鑑として図説する天才的発想の本。2P見開きカラーで立体的に数学の概念が具象化され見てるだけで楽しい。リアルに役立つ数学コラムは大人にも参考になる。

基本的に算数ネタだが、一部高校教科書ネタにまで踏み込んでます。

私が一番参考になったのは、nの0乗が1になる理由です。
数列的解釈で、
10の3乗=1000、10の2乗=100、10の1乗=10、10の0乗=1、10の-1乗=0.1、10の-2乗=0.01
そうするしかないと説明するのではなくて、
小学生でも理解出来る見事な計算で証明してます。

三角数が最初にネタになってるページでは、
1が三角数か否か解り辛い文だが、
最後のまとめで再び話題になってる時は、
ちゃんと1も図説され、はっきり解る巧いフォローの構成になっております。

確率ネタで確率100%の絶対確実な事象の例として、
「明日も地球は回る」
という例が出て来るが、
これは各人の科学の素養とスタンスを推し測れる素晴しい命題です。

慣性の法則があるから、明日いきなり地球の自転が停止する事はありません。
他の天体と衝突して地球が消滅する可能性があるから100%ではないと思うのは甘いです。

56億7千万年後の地球は消滅してる確率が高いですが、
明日の地球は必ず存在します。
24時間で地球を破壊する高質量の天体を工面することは不可能。
24時間以内の衝突コースに急加速すれば、
その天体自体がバラバラに砕けて無害になります。

昔、月を24時間で地球に落下させ、地球を破壊できるか計算したことがあるのだ。
月の弾性や粘性のデータは大雑把で計算したが、
私以外の二人も不可能と判断したので大丈夫。

お子様の知的好奇心を擽る魅力的なネタ満載の御本です。 

親子で学ぶ数学図鑑:基礎からわかるビジュアルガイド

親子で学ぶ数学図鑑:基礎からわかるビジュアルガイド

『創るセンス 工作の思考』 森博嗣 集英社新書

本書のベストセリフ
「何もかもがつまらない」
「それは君がつまらない人間だから」

正確には悩みを相談してくる若者に答えられなかった言葉であるが、相談者が傷ついて自殺しないようにと言わない森先生の配慮は素晴しい!

本で書いてしまっては遠回しに自殺しろと仄めかしているようにも取れるが、馬鹿者じゃなかった、若者の皆さんは気安く森先生に相談しないように(笑)。

工学者、技術者としてのセンスをテーマにした本だが、汎用性のある教育論(つーか、教育不要論教育有害論)が傑作。子供に教えたい事は大人がそれを学ぶ姿勢を見せるのみ!

多種多様な既製品を買って楽しみを選択することに追われ、
自分で創る喜びを忘れた人々への工作マンセーの書である。

デジタルにマニュアル化出来ない職人のコツを見つけるセンスが、
生きるセンスに繋がると訴え、
机上の学問だけで設計して、現物の不都合に対応出来ない、
頭デッカチの身体感覚の欠如したエリートをあざ笑ってるのも痛快である。

物事をより深く理解するには、
自分がすぐに理解するだけでは駄目、
理解出来ない人間が何故理解出来ないのかと、
他人の思考回路も理解する必要があるというのも納得。

理解力不足のトンデモ人間のトンデモ事例も紹介されているので、
笑いながら楽しく読めると思う。

人を笑い者にするとは何事か!
という論旨も有り得るが、
森先生は対人関係の楽しみを必要としない孤高の趣味人なので、
森先生への非難は無駄ざんす。

小説家になったのは、工作する為の旋盤スライス盤を買う金を捻出する為だったとは傑作。

プラモ少年、無線少年、ラジコン少年の心のまま大人になったのが森先生。

小説より工作の方が好きだそうです。

純な工作少年の魂の持ち主の森先生がますます好きになりました。(:.;゚;Д;゚;.:)ハァハァ

創るセンス 工作の思考 (集英社新書)

創るセンス 工作の思考 (集英社新書)

『盗まれた貴婦人』 ロバート・B・パーカー ハヤカワ・ミステリ文庫

スペンサーシリーズ38作目。

17世紀オランダ絵画黄金時代のヘルメルゾーンの『貴婦人と小鳥』が盗まれた。身代金引渡し役の美術史家に依頼されて彼の護衛についたスペンサーだが、取り返した筈の絵は爆弾、美術史家はスペンサーの目前で爆殺されてしまう。

美術史家を雇った美術館に依頼料を返却し、例によって依頼人なしで、己の正義を貫くスペンサーの捜査が始まる。美術にも詳しいパーカーなので、これまでにも美術ネタは沢山あったが、今回はついに本格美術ミステリと思わせて、ありきたりの芸術マンセーにはならない、パーカーの絶妙の捻りが素晴しい。

普通の小説家なら、可哀想な被害者として描写する美術史家が、
捜査の進展につれて、薄汚いロリコン野郎だったと暴かれていく過程が素晴しい。

研究者美術史家として一流の彼は、
教授としては二流大学でゼミも担当していたが、
可能であったのに一流大学で研究に専念しなかったのは、
二流大学のゼミ生の方が軟派しやすかったからである。

彼には教え子全てとセクロスコンプを目指す趣味もあった(笑)
芸術を語る者に猥褻目的の者が多いという見事な真理をついています。

こうくると実は絵画盗難事件はダミーで、
猥褻美術教授を殺すのが真犯人の目的だったとなりそうだが、
もちろん、そんな単純な捻りではありません。

事件はナチスドイツのホロコースト事件にまで遡る、
ヘニング・マンケルの大作のような展開にもなる。

でも、単純なナチス批判はしないのもさすがパーカー。

絶対悪とは何か?絶対善とは何か?
のような哲学的主題を読み取る事も可能だが、
無意味な難解な哲学世界に遊ばずに、
読み易いエンタメとして一流なのがパーカー。

巨匠の実績があるから書けるはずし方で、
新人には絶対書けない(書くのが許されない)傑作。

ちなみにヘルメルゾーンは架空の人物です。
シモン・デ・フリーヘルとフェルメールメンデルスゾーン辺りから
テキトーに名付けたのだろう。

『進化しすぎた脳』 池谷裕二 講談社ブルーバックス

ブルーバックスにしては厚めだが、高校生相手の講演録なので、平易な話し言葉で書かれているので、サクサクと一気読み出来る。

著者が自画自賛してるが、厭味にならずに本当にグルーヴ感が素晴しい。

☆5付けたいくらいだが、量子力学ポストモダン思想に汚染されている箇所があり、ポパーの哲学も著者は知らないみたいなので、減点して☆4.97と評価します。

固い決定論者の私だが、自意識は脳の副産物という論点はとても参考になった。脳の中の自意識が、外部情報を解析し、体を動かしているというケースは少ないという事実には感動。

自意識が気付かない無意識で判断して人間は行動していることが多いのだ。

脳が無意識で判断して体に指令与えた後に、
自意識に行動の原因となった外部情報を見せるのは痛快。

車を運転していて子供が飛び出してくるとブレーキを踏みますが、
自意識では子供を見たからブレーキを踏んだと理解しているが、
実は足は自意識が見る前にブレーキを踏んでいるw

本人の自意識には認識されないが、
脳は無意識で色々やってるナイスな奴w

自意識が見てる景色の97%は脳が編集した風景だそうですよ。
眼の解像度は100万画素。
編集せずにそのまま見えたら、直線もギザギサの荒い画像にしか見えないそうです。

自意識の中に感情は含まれない立場を取ってるのもナイス。

感情は無意識です。

美しい絵画を見て感動して涙を流すのも、
殴られて痛くて泣くのも、同じような条件反射みたいなものだそうですww

感覚の反射に過ぎない芸術より、
抽象的な言語による感動がやはり、知的レベルが高いざんす。

抽象的というと哲学的と誤解する人もいるかもしれないが、
汎化性が重要なキーワードである。

音楽や絵画よりは文学の方が知的レベルが高いが、
文学より数学の方が更に知的レベルが高いざんす。

科学は再現性が必要だが、
シナプスのネットワークを常に作り変えていく脳は、
科学の対象に出来ないのではないかと、
脳科学者でありながら真摯に考察する著者は偉い。

科学も信仰ではないのかと真面目な科学者が陥る罠に著者は嵌りかけているが、
ポパー先生が科学が科学教だとしても宗教よりはベターと言ってるので、
堂々と科学マンセー主義を貫いて欲しい。

非科学的な自意識、自由意志、心はイラネと納得出来る良書。