10期・76冊目 『残穢』

残穢(ざんえ) (新潮文庫)

残穢(ざんえ) (新潮文庫)

内容紹介

怨みを伴う死は「穢れ」となり、あらたな怪異の火種となるのか──。畳を擦る音が聞こえる、いるはずのない赤ん坊の泣き声がする、何かが床下を這い廻る気配がする。だからあの家には人が居着かない──何の変哲もないマンションで起きる怪奇現象を調べるうち、浮き上がってきたある「土地」を巡る意外な真実。著者九年ぶりの五〇〇枚書き下ろし、戦慄のドキュメンタリー・ホラー長編。

ホラー小説家の「私」がかつて作品のあとがきで呼びかけた怖い話募集で寄せられた葉書が発端。
久保という女性読者の経験談とは、自宅で仕事をしていると寝室から「畳を掃くような音」がするのだという。
そしてある日振り返ってみると、着物の帯のような平たい布が目に入って、それが擦る音に聞こえるらしい。
それを読んだ「私」は既視感を覚え、荷物の整理時に過去に受け取った手紙の中から、同じマンションの別の部屋の住人からも似たような話が書かれてあったことが判明。
首を吊って上からぶら下がっている着物姿の女性の存在であった。
不動産や図書館で調べた限りでは過去にそのマンションで自殺があったわけではないらしい。
しかしマンションの特定の部屋や隣接する団地には短期間で住人が入れ替わり、居つきにくい住居があり、聞くと赤ん坊の泣き声のような音が聞こえていたという。
ではマンションが建てられる以前にその土地で何かあったのではないだろうか・・・?


単なる虚妄(心理的要因による空耳や見間違い)と言えないほどの証言の数により、その土地に何かがあったのではないかと、地元の人々、古老や元教師、住職などの聞き取りによって過去へと遡っていくのです。その過程で浮き彫りとなるので時代と共に変化していく土地と人の関わりでしょうか。
例えば戦後の混乱やバブル時期の土地買占めなどにより住人の世代断絶があったこと。
そして住宅地図に関しても現代あるような詳しいものが作成されているは意外と近年(1980年代)であり、それ以前は雑なものしかないらしい。
そういうわけで個人が調べていくのは難しいのですが、「私」と久保さんは時間と伝手を使って継続して調べていき、遂に着物姿で首を吊って自殺したという女性を特定します。
しかしそれは一連の怪奇の始まりではなく、更に奥深い闇が存在していたのでした。


読んでいてわかる通り「私」は著者自身で、そのうちホラー関係の繋がりで実在の作家が登場して協力するという手のこんだドキュメンタリータッチで綴られています。
私は知らなかったのですが、ちゃんと著者の実際の私生活や連載ともリンクしているそうで、ファンであるほど現実にあったことのように思えるそうな。
ドキュメンタリー風に実在(とされる)人物の体験談と事実を積み重ねていく手法は単純な創作のようにすいすいと読めるものではないものの、また違った怖さを感じられますね。
怨みを伴う死によって穢れが次にそこに住んだ人間に影響を及ぼし、そして引っ越しや移築によって伝染していき、別の地で新たな怪談を生む。
気になるのは著者や久保さんのようにあえて自身から関わっていこうとする人間に対して穢れはどのように影響を及ぼすのか?
当然良くない結末が見えるし、ホラーものではクライマックスとなる場面でしょうが、そこが尻すぼみというか、淡々としたまま終わってしまった感がありますね。
まぁある意味現実的な結末なのでしょうが、読み物としては評価しづらいところです。

10期・77冊目 『疾風ロンド』

内容(「BOOK」データベースより)

強力な生物兵器を雪山に埋めた。雪が解け、気温が上昇すれば散乱する仕組みだ。場所を知りたければ3億円を支払え―そう脅迫してきた犯人が事故死してしまった。上司から生物兵器の回収を命じられた研究員は、息子と共に、とあるスキー場に向かった。頼みの綱は目印のテディベア。だが予想外の出来事が、次々と彼等を襲う。ラスト1頁まで気が抜けない娯楽快作。

泰鵬大学医科学研究所にて既存のものを遥かに強力にした炭疽菌「K-55」が開発されてしまいます。
一つ間違えたら強力な生物兵器となるため、「K-55」は厳重に保管され、独断で開発した研究者は解雇されるのですが、彼は己の功績を認めさせるために密かにそれを持ち出しスキー場のブナ林に埋め(目印の木にテディベアのぬいぐるみ)、上司に三億円を要求するという脅迫事件に発展するのですが、帰りに高速道路にて事故に遭って死んでしまうというアクシデント。
ほっとしたのもつかの間、埋められた容器は10℃以下になると割れる仕組みとなっているという。さらに事が露見した場合、責任問題となって関係者の進退に関わるのは明らか。
というわけで関係者の一人である主任研究員の栗林和幸はスノーボードが趣味の息子・秀人に協力を依頼。残された写真を手掛かりにスキー場を突き止め、回収するために赴きます。
しかし約二十年ぶりのスキーということで素人同然の技術では広いスキー場のしかもコース外と思われるブナ林を周ることは難しく、雪に埋もれて身動きが取れなくなったり、足を痛めてしまったり。
そこでパトロール員の根津に問い詰められた際に人命に関わるワクチンと偽り、捜索を依頼するのでした。


『白銀ジャック』で活躍した根津と瀬利のスノボコンビが再登場。
再びスキー場を舞台とした軽快なスリルアクションであり、今じゃスキーと全く縁の無い私のような読者でも違和感なく入り込めます。
いきなり脅迫犯が死亡するというアクシデントに始まり、残されたわずかな所持品から炭疽菌「K-55」が埋められた場所を探す。
中身が炭疽菌という生物兵器であるため、警察は無論のこと、極力人に知られずに済ませたいのが難しいところ。
なかなか興味を引く出だしであったと思います。
手掛かりとなるテディベアのぬいぐるみに発信機が取り付けてあって(受信機は栗林が所持→根津に託す)、それを見つけるのが鍵となっているのですが、すんなりといかないわけで様々な思惑によって転々とします。
ストーリー展開自体はさすがに巧いというか、難しく考えずにすいすい読める娯楽作品なのは確か。
ある程度進むと先が読めてしまうので、「ラスト1頁まで気が抜けない」というのは大袈裟ですが。


それにしても気になったのが、炭疽菌というセーフティレベル最高の4で管理すべき重篤生物兵器を扱っている割には一貫して軽すぎるんですよね。
何万、何十万人の命が関わるであろうことがわかっているはずの栗林やその上司である東郷がコミカルなキャラと化していてシリアスな雰囲気など望むべくもありません。
悪役として登場する折口姉弟にしても、冴えているんだが抜けているんだか。*1
あらすじと冒頭からして同じ著者で言えば『天空の蜂』のような緊迫感溢れるストーリーを期待していたのですが、中途半端な内容で物足りなかったですね。

*1:オチには笑ってしまったが