13期・1冊目 『満月ケチャップライス』

内容(「BOOK」データベースより)

―あれ以上においしくて元気の出る食べ物は、きっと、この世に存在しない。ある朝、中学一年生の進也は、妹の亜由美に起こされた。台所を見に行くと、知らない男の人が体育坐りで眠っている。夜の仕事をしている母が連れて帰ってきた人らしい。進也はあまり気にせず、いつものように目玉焼きを作りはじめると…「あ、そろそろ水を入れた方が、いいんじゃないですか?」3人家族と謎の男チキさんの、忘れられない物語が始まる。

主人公・進也が小学3年の時、目を離した隙に幼い妹が遊具に昇ってバランスを崩して落ちかけた際に足を変に捻ってしまい、歩行に支障が出るほどの障害が残ってしまう。
追い打ちをかけるように厳しく責める父と庇う母の仲もぎくしゃくして、結局離婚。
飲み屋で昼から夜遅くまで働き始めた母の代わりに家事の一切を請け負い、妹が帰宅してから一人きりでは寂しいだろうかと部活さえ辞めてしまう。
不注意とは言ってもまだ小学3年の子供ならば仕方ない程度のこと。
むしろ、それを過剰に責め立てる父親の方がクズとしか思えない。
とはいえ、自分の不注意が原因で家族が不幸になったと思い込んでいる進也は何よりも妹のために気遣っていて、中学一年生とは思えないくらい冷めているというか、自分を追い詰めている様子が痛々しいです。


ある朝、母親が連れてきた男が台所で体育座りのまま寝ていることに気づきました。
母親が酔いつぶれてしまった客(中には男女の仲に発展する場合もある)を連れてくるのはたまにあることで、たいして驚きはしないのですが、そこにいられては朝食が作れない。
起きて帰ってもらおうとしたのですが、どういうわけか一緒に朝食を食べる流れになって…。
モヒカン頭のその男は見た目とは裏腹にとても柔らかな物腰であり、進也はどうも調子が狂ってしまう。
妹・亜由美のために警戒しているのに、むしろ当の亜由美の方が彼(通称チキさん)に懐いてしまったのです。
母とは恋人というわけではないけれど、悪の秘密組織に追われている(?)というチキさんを居候として一緒に暮らすことに。
チキさんは意外と料理上手で、居候させてもらう代わりに数々の名物料理を披露します。
中でも亜由美が特に気に入ったのが満月ケチャップライスでした。


そんなわけで前半は過去にいわくありそうなチキさんと不幸があったせいで逆に仲の良い兄妹のほのぼのとした雰囲気で進行していきます。
雲行きが怪しくなってきたのは後半に入ってから。
そもそも母の前の恋人で再婚寸前だったが、亜由美に対して性的虐待をしていたという後藤が登場した時点で暗い影を落としていきます。
また、実はチキさんが本物の超能力者で、その能力を兄妹におすそわけしたことで良い流れになったかと思いきや、それが元で変な人物を引き寄せてしまうんですよね。
というのも、一定年代以上の人なら忘れようがない、地下鉄サリン事件を巻き起こした宗教団体が登場(この時点では凶悪事件は起こしていないが、おかしな恰好をした踊りで選挙に出ていたことは認知されていた)。
その末端グループの男女が集うマンションに亜由美が通っているという話を進也は聞かされ、さらに彼らはチキさんを探し求めているという。その共通するキーワードは超能力。
はっきりわかるほどに実在のカルト宗教団体が登場したことと、後から振り返るような思わせぶりにセリフからしてハッピーエンドは無いのだろうなぁとは思いました。
当時の時代背景からして、あの団体が関わってくること自体、不穏すぎます。
読む方としては兄妹にはぜひ幸せになって欲しいなぁと思いつつも、先行きが不安で気になって、そんな複雑な思いを抱きながら読んでいましたね。
いっときの疑似家族として暮らすも、母と再婚して本当の家族になることは叶わない。
そして唐突に訪れる別れ。
仕方ないとはいえ、思春期の兄妹には悲し過ぎる出来事であったことが伝わってきます。
ただし、ラストで大人になった進也と亜由美が音楽を続けていることが明らかにされて、チキさんの影響を確実に受けているんだなぁとほっこりさせられましたね。