13期・33冊目 『殺人症候群』

内容(「BOOK」データベースより)

警視庁内には、捜査課が表立って動けない事件を処理する特殊チームが存在した。そのリーダーである環敬吾は、部下の原田柾一郎、武藤隆、倉持真栄に、一見無関係と見える複数の殺人事件の繋がりを探るように命じる。「大切な人を殺した相手に復讐するのは悪か?」「この世の正義とは何か?」という大きなテーマと抜群のエンターテインメント性を融合させた怒涛のノンストップ1100枚。

人の命を奪うのは非常に重い犯罪であり、場合によっては極刑が適用されるほどです。
しかし、それを犯した者が未成年であったり、精神障害を患っていて正常な判断ができないと診断された場合は非常に軽微な処置(前者であれば一年以上の少年院収監、後者であれば無罪の上に措置入院程度)しか適用されない。
まだ加害者が罪を悔いて心を入れ替えているならともかく、何の反省もなく過ごしていたら?
愛する者を殺害された遺族にとっては、たまったものじゃありません。
いったいなぜ殺されなきゃいけなかったのか?
残虐なイジメの末に息子を殺された梶原は加害者の少年たちが短い期間で少年院を出所しただけでなく、謝罪に来るわけでもなく反省の欠片も見えないことから民事裁判を起こします。
多額の裁判費用と時間をかけた末に和解して慰謝料を勝ち取りますが、今度は支払いしなくなる始末。
子がしでかした不始末の責任を取ることを放棄した相手親の態度に常識を疑い、ただ愕然とするしかありませんでした。
裁判のために家庭も仕事もたちゆかなくなり、世の中に絶望を覚えた父親が巡り合ったのは少年犯罪被害者の会。
ようやく同じ立場の人たちと会って痛みを共有することで心から救われた梶原でした。
やがて親しくなった代表の牧田から、今でものうのうと生きている加害者少年たちに復讐をしたくはないかと持ち掛けられて・・・。


デート中に不良グループに目を付けられて、目の前で彼氏を殺された上に輪姦された響子。
もともと響子に想いを寄せていたが、結ばれた親友との仲を祝福した過去があり、事件後も彼女を支えている渉。
その二人は少年犯罪被害者の会の代表者を通じ、被害者遺族の依頼を受けて復讐を代行していました。
ただし、響子は依頼の仲介や下調べだけで、手を下すのは渉のみ。そこには辛い過去を持つ響子のためにも人殺しなどという悪行に手を染めさせたくないという渉の想いがあったのでした。
一方、重篤な心臓疾患を患い、心臓移植を待つ息子を抱える看護婦の小島和子。
彼女はドナー登録をしている若い男性を見つけては、密かに手をかけて命を奪っていました。*1
何の罪のない青年の命を奪うことに良心の呵責を覚えつつ、全ては愛する息子のためにと自身を納得させていました。




【以降ネタバレあり】




本作は警察組織が表立って動けない事件を捜査し真相を追い求めるチーム『特殊任務』の活躍を描いた『症候群』シリーズの三作目であったことは読了後に知りました。
リーダーである環がなんども名前が出るのにイメージがわかないのはそういうことであったと納得。
そういう意味ではチームの実行メンバーである原田や武藤が主人公であるはずですが、いわば群像劇のようになっていますね。特に殺人事件を追う鏑木刑事、それに互いを大事に思いつつもどこかアンバランスな渉と響子の二人が印象強かったのですが、それぞれ姓と名しか書かれていない鏑木刑事と渉が同一人物であったことがわかって、軽い驚きと共に妙に人物が結びついたことで得心がいきました。


果たして、愛する者を無残にも殺されてしまった遺族が正当な報いを受けていない加害者に復讐することが正義なのか?
それは単に復讐の連鎖を呼ぶだけではないのか?
法治国家である以上、定められた法の裁きに任せるべきではないのか?
そういった重い命題を登場人物のみならず、読者にまで突き付けながら物語が進んでいきます。
読んでいて思ったのが、いざその立場になったら、理性よりも感情に身を任せそうになるかもしれないということ。
しかし、実際に復讐相手を目にして本当に手が下せるかどうかはわかりません。


すでに殺人者として手を汚しててしまった渉*2としては響子はもちろんのこと、後に再会した倉持には自分のような罪を背負いさせたくない。
しかし、正義のために殺人という名の鉄槌を下す覚悟を決めた響子や倉持との温度差が大きくて、それがさらなる悲劇を巻き起こすことになると予感をしつつ、ページをめくる手が止まりません。
どのような理由であれ、殺人を犯してしまった者には相応の報いを受けなければならない。全体的にそういったメッセージで貫かれているように感じました。
だとしたら、息子を助けるためとはいえ、何の罪のない小島和子が標的からの逆襲に遭い、無残な死を迎えたのは仕方ないとは言えるでしょう。
彼女の死後に待ち望んでいた息子の心臓移植の順番が来たのが運命の皮肉です。
渉が最愛の女性を死を看取った末に進んで警察の事情聴取を受けようとしたのも自然のなりゆき。
倉持に関してははっきりとその後が描かれていないので、多少もやもやが残りました。
そういった中で響子だけが悲惨すぎる最後を遂げるのです。
もともと性暴力の被害者でもあるのに、一度ならず二度までも。
確かに牧田と渉の間を仲介していたので共犯という罪はありますが、どうしてあそこまでいたぶられなければならなかったかという鬱な気分にさせられました。

*1:中年女性にできる範囲は限られているので、入念に下調べした上でいつも通っている道路で背中を押して事故死させる等

*2:きっかけは交番勤務の巡査時代に発砲した犯人が結果的に死亡したこと