2008/07/12 (土) 面白ければ何でもいいよ その代わり構えて見るよ
('A)<昨日のゲド戦記、酷かったね。
とにかく辻褄を合わせないダイジェストを150分近く見せられた感じ。さらにハイタカ以外の声優の声がとにかく聞き取りづらい。映画館で見たときは大音量のおかげでそういう不満を持つ事は無かったが、テレビになるとここまで聞きづらいとは思わなかった。
とにかくストーリーが細切れ。どうしてこうなったのか。そういう部分を全て後付してしまっているから、キャラクターの重みが生まれない。そしてこの辻褄がないから、当然話の連動性が生まれない。何故あのキャラクターはそうなのか、全てを解き明かす事は出来なくても、前提とした部分の解説は入れるべきだった。
ウィキペディアで見ると、粉ってしまった結果をありありと書いている。鈴木プロデューサーの先走りが遠因となったのは間違いないだろうし、同時に未経験の監督が乗り気だったというのも不思議な話しだ。ジブリのトップに当たる宮崎駿と高畑勲両氏の高齢化を頭に入れていたそうだが、それでもこれは暴挙だ。
こういった制作側の人間関係など、出来がどれだけ悪くなろうと見ている人間には評価の同情点となるところでは無い。そんな事よりもラスボスが現れない未完のRPGにとってつけたうちきりコミックのような終わり方。親父さんは偉大すぎたということだけが150分間の拷問後に伝わってきた。絵は可愛いんだけどウィキを見ないと完結しない物語というのは完成度の低さを見事に立証している。
特にあの完成度でもテルーは可愛いんだけど心変わりの風景が無さ過ぎる。もっと手軽な素材を使うか、吾郎さんの好きな物語りないし、自分で物語を書かせてそれをアニメーションにするべきだった。
多分ゴンゾや他の日本のアニメ会社が作ればそれなりに評価の高いものだった。でもジブリだった。バルセロナのサッカーヨロシク、ただの作品では観客は満足しない。他のアニメ制作会社とは違い、感動の押し売りだけではなく、感動を沸きあがらせる作品で無いといけない。監督を同情するのなら鈴木さんや親父さんの影ではなく、最強のアニメ瀬策軍団の中で作らないといけなかったことか。
そんな事見ている側にはやっぱり関係ないんだけどね。やっぱり面白くなかったよ。
■[ニュース][社会]3D-CGを使いこなす男 漫画家 赤松健先生
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20080702/1016322/?ST=as_npcism&P=2
でも、こういった作業をパソコンによって省力化するのはよいことですよね。例えば前景に主人公を描いて、背景にそれを見つめる大勢の観衆がいるようなコマでは、普通だったら背景を省略することが多いんですよ。人物を大きめに描いて、背景は描かずにごまかしてしまう。でも3Dポリゴン背景を使えば、その辺を省略せずにきっちり描き込むことができる。週刊連載をしている漫画家でこれほど3D-CGを駆使しているのは、うちぐらいではないでしょうか。
背景なんかを見ると思いっきりCGを使っている事は素人目にもよくわかる赤松作品。労力を削減し、ある程度の背景と全体の面白みに労力が回されるのなら一向に構わないと考えている。実際漫画の面白さを見てみても、背景が全てではない事は立証済みであって、これが正解では無い。売り上げ的には正解の様にも見えるがw
背景って言うやつは銀魂の作者が言うとおり『白いと浮いてしまう』というもので、キャラクターを紙に定着させるためにはやはり必要なものである。それでも銀魂は若干浮いているし、CLAMPのようにモノクロームを意識した強い二色刷りで、余り細かな背景後世をしないのもある。最近の背景というのは、定着以外にも世界観をキャラクターと共有する重要なものに変わった。
最近の村枝賢一作品藻背景に若干のCG集がするようになったけど、基本としてはどこにいるのかを表現する程度でいいと思う。後はキャラクターの新条背景として、集中船などのクラシックな使い方が一番好き。いつも同じ背景では無い、人間的な背景使いが、世界観重視の中で消えている。
そういう意味では幸村誠の作品の背景が一番伝わる背景。ネギまにかぎらず、デジタル過ぎると表し方の限界がやっぱりあるようで非常にその状況を伝える事が出来ない。ただある背景になってしまう。そうなるともう記号状態になる。そうなるともう白で構わない。白を白と思わせないことと、静と動の区別。それが行われていればデジタル技術だろうとなんだって構わないよ。
449 名前:ラステル(コネチカット州) [sage] 投稿日:2008/07/12(土) 08:00:11.42 ID:
赤松先生は足跡程度だけど、木田先生の場合は臭いがきつく残っている感じ。時間的な制約やら色々あるんだろうけど、やっぱり使いこなさないと強めの嫌悪感というものが残ったりする。面白さや皮肉があってストーリー自体は中々良いものでも、その興奮を冷めさせてしまう存在でもある。このあたりの使い勝手の限界を悟らないといけない。
■[ニュース][スポーツ]川淵キャプテン引退で涙目
http://www.nikkansports.com/soccer/news/f-sc-tp0-20080711-382502.html
日本サッカー協会の川淵三郎キャプテン(71)が11日、東京・文京区のJFAハウスで12日の退任を前に同協会職員約100人にあいさつを行った。3期6年の在任期間を支えてくれた職員に感謝するとともに「キャプテンを辞めてもサッカーの発展に携わっていきたい」と発言。名誉会長として、日本サッカーのさらなる発展へ尽力していく意向を示した。職員から花束を受け「今日は泣かないつもりが、最後で(涙が)出ちゃってね」と目を赤くした。
色々いわれてきた人間であったけれど、その政治力と実行力というものは他のスポーツの幹部とは比べ物にならなかった。発想力であったり立ち上げる力はなかったかもしれない。現実としてJリーグも木之元さんたちの活躍を掠め取った形でもあったが、ここまでの拡大化や、各々の問題解決はこの人間でしか出来ないものだった。死んでもいないのに歴史上の人物のように功罪両面を語れる良いサンプルでもある。
Jリーグ自体にも当初は賛成ではなかった。明石屋さんまなどがプロリーグを作ってほしいと嘆願したときも、突っぱねたほどだった。しかし蓋を開けて開幕してみると一番目立つポジションに居続けた。あの時ガキだった俺はまるでこの人が、プロリーグを作るために苦心したおっさんかと思い続けていた。しかし構想にその努力は別人だった。この辺りが彼の最大の罪の部分だった。
どうせこの後も名誉職としてサッカー協会に片足を突っ込む事になるけど、どうか日本サッカーのことは助言程度にとどめていただきたい。出来ればその政治力をアジアで存分に発揮していただきたい。別に日本のための改革なんてしなくていいから、ACLの賞金を上げるなど、よりサッカーを高いレベルで魅力的に見せるために頑張ってほしい。日本サッカーはまだ弱いと言える立場だけど、川淵さんの居場所はもう無いよ。
142 名前:名無しさん@恐縮です [] 投稿日:2008/07/12(土) 01:23:39 ID:
まあ行動力や政治力は凄かったんだから
犬飼も相当頑張らないと
川淵のがマシだった、なんてならないようにして欲しい
まったくだよ。
悪い面もあったけど、アマサッカーからプロサッカーの切り替えにはこういう豪腕なやつが表れないとどうしようもなかった・・・とも見ることが出来る。俺はプロが始まる前からサッカーが大好きだったけど、プロリーグが出来てからサッカーを始めたヤツがいて、今ではプロ参加のチームに入るヤツだっている。そういう流れを見るとやっぱり凄い人間だったんだなあと。
■[ニュース][スポーツ]バレー女子の中田姐さん セリエAコーチに就任
http://sankei.jp.msn.com/sports/other/080711/oth0807112111005-n1.htm
http://jp.youtube.com/watch?v=QLj4I8dKZns
バレーボールの全日本女子主将だった中田久美さん(42)がイタリア1部リーグ、ビチェンツァのコーチに就任する見込みであることが11日、分かった。関係者によると、ビチェンツァからプロコーチのオファーを受けた中田さんは就任に前向きで最終交渉中。早ければ今秋からチームに合流する。
中田さんは10代で全日本入りし「天才少女セッター」として注目を集めた。五輪は1984年ロサンゼルス大会から3大会連続出場。旧日本リーグ時代も日立の主力選手として活躍した。
のちの日本女子の鬼監督である。
選手時代の活躍は全く知らないんだけど、バレー番組では代表経験者の中で唯一辛らつな事をいっている。セルジオ越後チックというよりは的確な事をいっているのはこの人だけという印象。その分怖い。セルジオは怖いというイメージはないけど、この人は怖い。その人がイタリアで経験を積んでくる。少なくともマイナスでは無いだろう。
イタリアにナカータの衝撃が10年ぶりにやってくるのか。一度目は天才プレイヤー。二度目は鬼軍曹。正直なところ代表監督の後釜と考えるのが妥当そうだ。柳本監督も色々奮闘し五輪本大会には出ているが、その後の結果が思わしく無い。そうなると元代表の女子選手が出てくる必要がある。他の大林さんあたりは完全にタレント状態だから、中田さんがどうにかしないといけないだろう。他に適当な人が居ない。
ついでに五輪ぐらいじゃないとアウェイを体験できない女子のために、ヨーロッパ遠征を組んでくれるとうれしいんだけどねえ。アウェイを感じる事に意味があるんじゃなくて、あの日本のために用意された舞台で試合をしないことに意味がある。普通の現場で普通に勝つ。そういう経験と厳しいファンの目線がバレー代表には必要。
今の代表に限界があるのか、日本人的な限界があるのかは判らないけれど、大型セッターを育成したり、よりどこからでも攻撃を仕掛けられるメンバー構成が必要なのは確定事項なんじゃないの。誰もやらないけど、イタリアで学んできてそうする事が世界へ挑む最低限の条件である事をご教授して欲しい。怒鳴りながら。
この人が居る限りジャニーズも現地で気の抜けた原稿読みができないだろうしね。