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放射能ごみ問題 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2012-01-03

震災からの復興へ 環境省に課せられた課題

| 15:17


 福島県東日本大震災からの復興を妨げている、放射性物質による土地の汚染。本格的な除染作業が待たれるが、除染で生じる新たな放射性廃棄物の処理など多くの課題が残されている。

 11年12月24日に閣議決定された12年度の政府予算案では、歳出の削減が求められる中、環境省の予算規模はこれまでの約5倍の1兆712億円となった。そのほとんどが除染に関する費用だ。

 12年1月から放射性物質汚染対処特別措置法が施行され、本格的な除染活動がスタートする。福島第一原発周辺の警戒区域や計画的避難区域では国直轄の事業として除染が進められ、東日本では8県102市町村が汚染状況重点調査地域に指定され、状況を詳しく調査する。その上で、実際に除染する区域を定めた除染実施計画を作成し、国が費用を負担して除染が進められていく。

 また、12年初頭には福島県内の除染の拠点となる福島環境再生事務所が福島市に設置され、環境省をはじめ、他省庁からの応援を含め、職員が常駐することになる。12年4月には200人規模となり、政府一丸となって除染に取り組む体制が構築される。環境省は「除染なくして、福島の復興なし」として、除染に最大限努力していく方針を示している。

 一方で、除染作業で新たに生じる汚染土などを保管する仮置き場の確保の問題も出てくる。細野環境相は11年12月28日、福島県や県内の市町村に対し、福島第一原発のある双葉郡放射性廃棄物を中間貯蔵する施設を設置したいと要請した。細野環境相は「放射性廃棄物が大量に発生する地域になるべく近い場所」ということを選定の理由としている。

 しかし、原発事故直後に双葉郡を追われて避難を余儀なくされている住民にとっては複雑な思いだ。環境省の行程表では中間貯蔵を最大で30年間としているが、その後の最終処分場候補地の見通しもなく、なし崩し的に最終処分場にされてしまうのではないかと危惧する福島県民の反発が予想される。環境省は中間貯蔵期間に、新たな技術開発などで放射線量を下げたり、容量そのものを減らしたりする方法が出てくることを期待しているが、現時点で具体的な方法は見つかっていない。

 国は、福島県民の生活再建のために除染を着実に進めるとともに、住民に不信感を抱かれないよう、除染による放射性廃棄物の最終的な処分方法を真剣に議論する必要がある。

< 2011年12月31日 21:20 >日テレ NEWS24
http://www.news24.jp/articles/2011/12/31/07197358.html

〈ニュース圏外〉がれき処分場は「番外地」

| 15:17


東京都、受け入れの秘密は?

 なぜ、東京都が最初に被災地がれきを受け入れられたのか。処分場に秘密があるらしい。

 羽田空港に向けて着陸態勢に入った旅客機が、轟音(ごうおん)を響かせて上空を通り過ぎる。東京銀座から直線で10キロ弱。東京港の中央防波堤近くの埋め立て処分場は、荒涼とした風景が広がる。

 ここで、11月初めから岩手県宮古市のがれきを受け入れ始めた。来年2月からは宮城県女川町のがれきも引き受ける。両県分で計50万トン。「本格的な広域処理ができているのは東京都だけ」(環境省)だ。

■住所なく都が「直轄」

 「海に隔てられ、最も近い住宅でも5キロは離れている。中間処理施設も埋め立て地の一角にある」(都の担当者)という立地条件に加え、「地元自治体」がないという特殊事情がある。

 中央防波堤の周囲にあるのは「内側」「外側」「新海面」と呼ばれる各埋め立て地。まず内側が1970年代半ばからゴミや建設残土で埋め立てられ、現在は外側と新海面に移っている。すでに東京ディズニーランドの10倍以上の約550ヘクタールを埋め立てた。

 でも、ここは住所がない「番外地」。かつては近隣の5区で帰属争いが繰り広げられた。3区が降りた後も、江東区大田区で綱引きが続き、いまだに決着していない。いわば都の「直轄地」というわけだ。廃棄物の搬入路となる両区には事前説明が必要だが、最終決定権は都にある。

 その都の最高権力者はトップダウンの石原慎太郎知事。受け入れの際、放射能の影響を心配するメールや電話が3500件を超えたが、石原知事は「『黙れ』って言えばいい」と突っぱねた。

 浄水場で生じた沈殿物、下水汚泥、一般のゴミ焼却灰……。東日本大震災以後、都内で発生する放射性物質を含んだ廃棄物も、被災地のがれき同様にここで処分されている。

■都心には戦災がれき

 「東京湾の埋め立て地は江戸以来のゴミや建設残土のほか、大火や震災、戦災で生じたがれきも詰まっています」。東京湾の埋め立ての歴史に詳しい元都職員の遠藤毅さん(74)は語る。埋め立て地には、災厄からの復興の歴史が刻まれている。

 東京駅八重洲口や有楽町マリオン前の旧江戸城外堀など、今では高速道路が通り、ビルが立ち並ぶ都心の一等地も、川や堀を戦災のがれきで埋めた場所だ。「今回は活用よりも処理が前面に出ているが、かつては関東大震災のがれきを使って低地の高潮対策にも生かした」という。

 恵まれた処分場にも懸念はある。羽田沖の埋め立てが終わった91年以後、ここが東京23区最後の処分場とされているからだ。

 下水汚泥などの廃棄物は、震災以前はセメント原料などに再利用されていた。放射性セシウムの濃度は下がったものの、今も大半はリサイクル再開のめどが立っていない。埋め立てられた浄水場の沈殿物や下水汚泥は、10月末までの半年で計8万トン。4万2千トンだった昨年の倍の量だ。

 今後50年は埋め立て可能とされてきたが、このままリサイクルができないと、処分場の耐用年数が短くなる恐れがある。(菅野雄介)

     ◇

〈がれきの広域処理〉環境省によると、東日本大震災により岩手県で476万トン、宮城県で1569万トンのがれき処理が必要になった。岩手県で11年分、宮城県で19年分のごみに相当する。地元の処理能力では間に合わず、国は広域処理の方針を打ち出した。2014年3月までの処理完了を目標にしている。すでに受け入れているのは東京都山形県の一部自治体。青森県八戸市秋田県埼玉県静岡県島田市神奈川県などが受け入れる意向を示している。

2011年12月29日03時00分 朝日新聞
http://digital.asahi.com/articles/TKY201112280809.html