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2016-04-06

どこまでいっても岩泉、は、どこまでも岩泉だった、世界に一つだけの岩泉

というキャッチコピーがかつてあったような気がするし、なかった気もする。そんな岩手県下閉伊郡岩泉町龍泉洞が有名。そして「県」くらいでかい町。まじでかい。

田舎laboとコラボレーションさせてもらってるカホンメーカーのササキ研究所の工房が岩泉にありまして、これからの協業や現場感を知りたく、なぜか現地に明るい*1田舎laboのスタッフ一同引き連れお邪魔してまいりまして、ついでに岩泉のうれいら商店街をぶらぶらしてまりました。

花巻から移動時間おおよそ3時間でたどり着いたその町は、さっき「でかい」って書いといてなんなんだが、コンパクトさがすごい。そして人物の濃さ。でかいのは面積だけ、コンテンツはコンパクトで濃い。海も山も全部あるアースウインドアンド岩泉。さらには地形の高低さ、ウレイラ山のシンボリックな佇まい、なぜか直交している道路の少なさ。などなど、なんかもう、おれのような凡庸な人間からしたら既にそこは異界。とても好きになった。これだけコンパクトな場所なのでプレイヤーも顔が見えすぎておそらく地元の人にとってはうざかったりするだろうが、ある意味羨ましいところもあるし、おれは最近自分が今いる地域の狭苦しいエリア感がとても窮屈に思えてきてて少し葛藤や今後のことなど悩みも多少あるんだが、その思考に逆行するようだけども、なんだかいいなあと思いました。また『かっけばっとう』食いに行って癒されたいです。近いうちにね!

*1:なぜか、ではないんです実は。岩泉方面のデザインワーク結構やらせていただいたりしてまして何気にご縁があります。おれだけあんまし知らない場所だった

2008-05-23

譜面と聴音とコラボレーションとか、多分音楽から学んだ事についてWeb制作にも適用出来る気がしたので書いてみる

寝る前に今日ピアノをちょっと弾いてきて思った事を書きます。

譜面きらい

おれはピアノを習った事とかないのですが、という事はやっぱり読譜力も皆無に等しいです自慢でもなんでもないのですが本当にそうなんだよね。なので、隣の芝生はなんとやら現象なのかもだけど、初見でするっと知らない曲を正確に弾けるプレイヤーはすごいなーって思うし憧れる。でも、なんかそういう能力は特に必死こいて身につけたいなーっては思ってなくて、そんな感じなので読譜力つけたいなー、などともそれほど本気で思った事はない。

今までセッションの現場が多く、そこで聴音とかセンスを磨いてきたんだと思うので、逆に譜面うざいくらいに思ったりもしてる部分もある。譜を渡されるよりも一回曲を聞かせてくれるとか、そっちのが全然いいっす。

なので他のクリエイティブをアレする場合例えばWebなどでも、設計図がしっかりしたものをそのままみたいのは苦手かもしれない。この前書いたTwitterをやめた理由云々のでも分かる通り、ほんと直感ドリブンな人なのです。すみません。

Web制作とジャムセッション

Web制作の現場にある例えばワイヤーフレーム的なものは、要するに譜面みたいなものなのだとおもう。で、これって色んな役回りの人たちと協業する場合は必要なものなんだとおもうんだけど、どうなんだろ?思いとか、ゴール(=アウトプットするプロダクション)のイメージを共有できればそういったロジカルな設計図などなくてもきっとうまくいくはず。そんな気がする。プロダクションのオブジェクト指向みたいなかんじ。インプリの部分までお互いに口をだしあわないみたいな感じかな。

まあその共有するイメージをどう共有するかってのが課題なんだろうな。抽象的になるとそれぞれの領域においての自分の性能がすごく必要になるだろうし、プロジェクトに関わるみんながお互いのやっていることを把握していなければいけないしとおもうし。

つまり、音楽に置き換えると譜面に頼らないジャムセッションなんかの場合は、相手の楽器の事や先の予測などを把握していないとやりずらかったりする。つまり耳とセンスを鍛えないといい演奏ができないとか、Webの協業とかもそんな感覚なのかもしれない、という事をふらっと思ったのでした。

まとめ?

ミュージシャンが「じゃ、適当にあわせようぜ」っていう感覚。これがWeb制作現場にもあってもいい気がするんだ。で、この場合の「適当にあわせる」というのは意外に適当じゃなかったりするんですがね。このあたりは自分の持ち場以外の部分をちゃんと把握していないと成立しない、という事なんだとおもう。だからWebやる人はデザイナーロジック方面とか、プログラマーはデザインとかUI方面の事もちゃんと知らないといいセッションは出来ない。そんな事を思った。