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2006-08-16

A級戦犯東京裁判、戦争責任

靖国問題、焦点はA級戦犯の合祀なんだろうと思うわけです。というか、靖国神社が戦争に肯定的な歴史観をもっていること、わかりやすく言えば「日本は悪くなかった」という認識をもっていて、そして戦争に責任があると考えられているA級戦犯も合祀していると。

A級戦犯、というのは、戦争責任について使える枠組みが他にないから、恣意的に「誰と誰…」とやらずに何か根拠のあるものを、と考えるとこれしか使えないわけですよね。だから、東京裁判史観うんぬんはさておくと、本質は戦争責任なわけでしょう。責任があるはずの人が神様あつかいってのは…ということでしょ?だとすると、東京裁判が不当だとしつつ、しかし戦争に責任を負う人を合祀するのはおかしい、という主張はもっと出てくると思ってた。


ところが、これは僕にとってはちょっと驚くべきことなんだが、小泉首相の靖国参拝を支持するブログのエントリでは、かなりの割合で東京裁判は不当→A級戦犯などいない→従って合祀は問題ない」という認識であるらしい。ここで、A級戦犯という「センショー国ガ、ジゴホーデ云々」という枠組みではなく、戦争責任者というふうに考えるならば、3段目は自動的には出てこれないはず。つまり、戦争責任者が存在するのであれば、その人達は祀らないという選択肢は当然あるはずです。東京裁判とは独立に考えることが可能なはずです。にもかかわらず、この件に絡んで東京裁判の不当性を訴える人々の多くは、そういう話にならない。それってつまり、東京裁判を否定して、ついでに戦争責任も否定しているということになりますよね。


しかしですよ、日中戦争から太平洋戦争にかけて、あの一連の戦争に対して誰にも責任がない?そんなバカな!と自分は思うわけです。それとも何か?一億総懺悔なわけか?「あの裁判が不当だった」という主張には一理あるところもあると思うんだけど、そこから「誰にも責任はない」までは限りなく遠いぞ。なんなんだこれ…。