G★RDIAS このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-04-14

[][]モテとはひとりの女を大切にすることである

モテ/非モテということが、男子のあいだで話題になっているようだ。これについては、人生の先輩として言いたいことがいろいろあるので、少しだけ書く。

モテは、「ちょいモテおやじ」みたいに、いろんな女にちやほやされて、性的な視線を送られることというふうに理解されることが多いと思うが、そこをコペルニクス的転回しないといけないように思うのである。

そもそも、「いろんな女からちやほやされたい、あわよくば、いろんな女とエッチしたい」という願望は、「権力欲」にほかならない。このような権力欲に裏付けられたモテにこだわっているかぎり、光明はさしてこないだろう。(沼崎一郎はこれを「男力」として批判している)。

そのような観念に絡め取られたうえで発せられる「モテ/非モテ」のパラダイムを、脱出しないといけないのではないのか。

では、コペルニクス的転回後のモテとは、いったい何なのか? 私が思うに、モテる男とは(とりあえずいまは男性の側に立った異性愛のみを考える。クィア論的次元についてはおいおいのちほど)、次のような男のことである。

モテる男とは、「自分の好きなひとりの女を恋人として大切にすることができる」男のことである。

そういう男になることができたら、その結果として、「ただそこにいるだけで、まわりの女たちに、異性としての快い刺激を与え、かつ、安心させることのできる男」に、長い時間をかけて徐々に近づいていくことができる。

これが、私の考えるモテる男である。

そんなのはモテる男とは言わないだろう!と思った男子諸君、では、きみたちのそばにいる女子諸君に、↑のような男がいたらどう思うか?と聞いてみてほしい。それで、↑のような男がモテる男だと言っているやつがいるが、どう思うかと聞いてみてほしい。(私もその結果を知りたいのでよろしく)

もちろんこれを読んだ諸君からすぐに反論があるだろう。

・そもそも「恋人」ができないのに、大切にすることなどできない。

→でも、モテの概念を変更して、上記のような能力を磨いていったら、恋人ができるようになるかもしれない、とは思えませんか?

・どうやってそういう能力を磨くのか?

→それは今後、徐々に述べていきます。

・モテは「顔」である。キモメンは、何をしてもモテない。

→モテの概念を変更しましょう。そしたら、ブサイクなキモ顔でも、きれいな女子を恋人にできている男が実在することを発見することでしょう。(事実を隠蔽してはいけない)

・俺はいろんな女とやりたい、ハーレムを作りたいんだ。

→権力欲丸出しでは、きっとモテないでしょう。

・どうせモテないんですよ、ほっといて。

→はい。

・非モテで団結して恋愛至上主義社会を解体しよう。

→はい、面白そうですね。

・どうせ、「きみひとりだけが好きなんだ」とかを、いろんな女に囁いて、やりまくっているだけだろう。

→山脈は、いちばん高いところを越えましょう。そういうふうにひがむあなたの権力欲が、女子を警戒させているのかもしれませんよ。

・問題は、そんな権力欲とかではなくて、「劣等感」なんですよ。

→その点は、よく分かります。でも劣等感をくぐり抜けて、モテるようになる道筋はきっとありますよ。権力欲とひがみとに絡め取られるのを慎重に避けながら。

_____________________________________________

追記:14日午後

非モテについては、hatenaキーワードにまとめがある模様:

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%F3%A5%E2%A5%C6

革命的非モテ同盟に、「喪男の倫理と非モテの精神 −非モテの残された道− 」という文章がある模様:

http://d.hatena.ne.jp/furukatsu/20070326/1174845264

ともに「モテ」の定義があいまい。これについてはまた書きます。

追記:14日午後2

モテの定義は、hatenaキーワードにありました:

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%E2%A5%C6

このエントリ「非モテ界隈における「モテる」の定義」も有益:

http://d.hatena.ne.jp/maroyakasa/20050906#p1

モテ概念の2種類は、非常に興味深い。また書きます。

追記:5月1日

続編を書きました。

http://d.hatena.ne.jp/gordias/20070501/1177947000

ajisunajisun 2007/04/14 07:50 kanjinaiさん、おはよー!こちらでは初めてデス。
「↑のような男がいたらどう思うか?」とお尋ねなので、女子というのも躊躇われる熟女の私見ですが、
そのような人は女にとっての「安心できるオトコ」でも「モテるオトコ」とは違う気がします。自分の恋人にそのように愛されるのは女として当然のことだし。だから誰か他の女のオトコだと思い、ひたすら一人の女を愛しているという風に見えると、女はそのオトコは愛情の対象から外して警戒を解くのです。そして身内のように感じて何でも話すようになったりしますが、それを女に「モテ」ると呼べるかというと、どうかなあと思われます。

もちょっと意地悪な感想を言えば、kajinaiさんの考えるモテる男は、「モテたい」がために「ひとりのオンナを愛する」という風に努力しているとも読め、その心性の根底には、実は「穏やかなハーレム」を作りたいという欲望があるのではないでしょうか。性的な欲望は表立ってみえませんが、でもそういう展開もありうるというソコハカトナイ期待というか、薄い関係性でも、たくさんの女性とつながっていたいという淡いモテ願望が感じられますが、それはそれでよいと思う。

kanjinaikanjinai 2007/04/14 11:34 ajisunさんコメントありがとうございます。なるほどと思って読みました。感謝です。

そのうえで言うと、ajisunさんはまだ旧来の「モテ」、つまり「モテ=いろんな女に性的興味を示されたい(たとえ淡いものであっても)」という概念で「モテ」を考えてはいないでしょうか? おっしゃる「「モテたい」がために「ひとりのオンナを愛する」という風に努力しているとも読め」という文章から、そう判断しました。

私がいま思っているのは、そういう「モテ」の概念ではなくて、「ひとりの女を恋人として大切にする」ということを「モテ」と考えるというパラダイムシフトをすることで、男は「(穏やかな)ハーレムを作りたいという欲望」から脱することができるかもしれないし、「非モテ」状態から脱することができるかもしれない、ということなのです。

自分が「男子」だったときのことを思うと、「非モテ」状態も、「(旧来概念の)モテ」の妄想に振り回される状態も、ともにつらいものがあったので・・・。

いかがなものでしょうか?

kanjinaikanjinai 2007/04/14 11:50 ajisunさん、追加です。

おっしゃるように、

>自分の恋人にそのように愛されるのは女として
>当然のことだし。だから誰か他の女のオトコだ
>と思い、ひたすら一人の女を愛しているという
>風に見えると、女はそのオトコは愛情の対象か
>ら外して警戒を解くのです。そして身内のよう
>に感じて何でも話すようになったりしますが

という、ここがポイントのような気がします。もし、「この人はひとりの恋人を大切にするような男だろうなあ」という男が、実はいま彼女がいなくて(本当に)恋人募集中だったらどうですか? その男は、「女として当然の仕方で愛してくれ」そうな男として浮上してはきませんか? 私は「非モテ」からの脱出口はここに開いているように思えるのですが・・。

(顔が悪い男はそんなことではモテない、と頑固に主張する人に対してはまた別に対応しますね)

ajisunajisun 2007/04/14 15:07 なるほどねえ。kanjinaiさんは「モテ」のパラダイムシフトを狙ってるんですね^^。「モテ」の定義について追加でリンクしてくださっているようなので、後で読んでみます。従来の「モテ」の概念には複数の女性を漠然と性的な、ではなくとも「自分の群れ」の対象にしたいというオトコの願望が潜んでいると私などには思われてしまうのですけど、そこのところ、kanjinaiさんはあくまで一人の女を愛している、ということを漂わせるオトコが女の気を惹くことができる、とおっしゃる。それは大正解なのですが、でもまず、第一にそういうオトコはすでに誰か特別な人がいるだろうと女は詮索するものですし、第二にkanjinaiさんのいう「モテ」が成立してしまうと、一人のオンナで留まれますか?従来の「モテ」オトコに戻ってしまうということになり、シフト転換もけっこうしいのでは?

kanjinaikanjinai 2007/04/14 15:26 ajisunさん、ありがとうございます。重要な点ですよね。まず第1点目ですが、「非モテ」の男が、女から、「誰か特別な人がいるだろうと詮索」されるようになったら、それはもう大躍進なわけです。ここにこそ、非モテからの脱出の道が開いているだろうと思うわけなのです。第2点ですが、この新しいモテを身につけると、一人の女を恋人として大切にしながら、ほかの女性とは女友達として身内のように関われるということになるはずですよね(理論的には)。まあこの場合、「女友達として」というところにどのくらい異性的ニュアンスが入り込むかは、いろいろでしょうが。それで、ajisunさんの問いですが、そういう状態になったら、もっともっとほかの女と恋人になりたい、エッチしたい、と思うようになっていくのでは、ということですよね。まず言えるのは、それはもう「モテ」ではない、ということでしょう。それはまさに性的な権力欲であって、その結果、多くの場合、自分の身をほろぼすことになるのではと私は思います。が、人間は往々にしてそうやって身を滅ぼすもので、それは仕方ない。だが、そういう状態はけっしてモテではない、という論陣は張れないものでしょうかね。このへん、まだ考え中です。

それと、いろんな異性の視線を浴び続けていたいというのは、むしろ女の欲望でもあるように思います。でも女の場合、それはかならずしも、いろんな異性とエッチしたいという欲望ではないですよね。私の言うモテとは、それの男版なのかもしれないですね。

ajisunajisun 2007/04/14 18:49 ははあ確かに。では、ちょっと方向を変えて。モテを別の観点から考察はしないのですか?たとえば若い頃は「非モテ」でも年齢と共に自然に「モテ」にシフトしていく男性ってケッコウいるねっていう話を、同年代の友人としたばかりなのですが、それは女の私の「オトコの品定め」の観点が、年齢と共に変わってきたためで、昔は「非モテ」だった男の変貌が良く見えるのです。つまり、男がそのような熟女の眼差しに気がつかずに、いつまでも若い女性を目を通した自分を見続けている限りは、「非モテ」からの脱出の道も開かれないといもいえるのデス(笑)。
女はたいてい年齢と共にオトコの外見への評価は甘くなり、男のお腹が多少出てようが、禿げていようがこだわらなくなりますが、その反面、この人はどういう生き方をしてきた/何を志している人だろう?とか、自分の価値観に沿った得点率がアップし、多様な評価ができるようになります。そうすれば、「モテ」とは、実は自分が何を異性に期待しているかという主観にこそ秘訣がありましょうから、今は「非モテ」だからといって、「不可逆的」に「不治」の「非モテ」が続くというわけではないでしょう。(どこかで聞いた、あるいは欠いたフレーズ)

kanjinaikanjinai 2007/04/14 19:09 はい、実はその点も考察するのですよ。で、おっしゃるとおりのことがあると思います。若いときは典型的非モテで、年齢が長じていくにつれて、非モテから脱出できる男がいるのですね(地位や金や名声の助けを借りなくてもね)。ただし、男子にとっては、これは慰めにはなりません。なぜなら男子は、「いま自分がモテない」ということが大問題だからです。将来モテるようになるかもしれないよ、ではなんの慰めにもならないでしょう。だけど、ほんとうはそう言ってあげるしかないのですけどね。でもね、いますぐモテるようにはならないけど、1年くらいしたらモテるようになる、という可能性はあると思うんですけど。「いま、ここ」しか眼中に入り得ない男子にとっては、とりあえずは「劣等感」と「ひがみ」の克服が課題なのかなあと思ったりします。ほんとうは人間的成熟を待つ、というのが王道なのでしょうけど。

あと非モテ男子にとっては、とりあえず熟女にモテてみるというのもひとつの方法なのでしょうけど(笑)。

ajisunajisun 2007/04/14 20:05 「非モテよ。時節を待つのじゃーー」ではダメなのですね。困ったもんだなあ。
熟女が非モテ男子を成熟させる方法?ちと考えてみます・・・。でも、非モテはフェロモン系は嫌なんじゃないのかしらん。

ajisunajisun 2007/04/14 20:08 今日はいっぱい遊んでもらったので本当に癒されました。kanjinaiさん、どうもありがとう。非モテの人は、こういう大人になってください。では、また。

kanjinaikanjinai 2007/04/14 20:12 私も非モテ男子だったので、彼らのつらさはけっこう分かるんですよね・・・。ajisunさん、ではまた。

furukatsufurukatsu 2007/04/15 01:36 確かに、努力すればどうにかなるかもしれませんが、皆が努力したら過当競争になるだけですよ。いずれにせよ一定数の非モテは生まれるでしょう。
その意味では、個人的努力は何も解決しません。

kanjinaikanjinai 2007/04/15 02:09 furukatsuさんこんにちわ。いえいえ、一定数の非モテは残るでしょうが、非モテから脱出する人数もありますので、個人的努力で<解決する部分(あるいは人たち)>もある、というのが論理的帰結だと思います。したがって「個人的努力は<何も>解決しない」という命題は偽だと思いますが、如何?

x0000000000x0000000000 2007/04/15 20:57 こういうのもあるようですね。
「モテる恋愛塾」
http://msn1.sunmarie.com/magazine/renaijuku/backnumber.html

最新号を本当にちらっと見ただけですが、「好きな人には7割以上相手がいる」という統計はあるらしいです。どんな統計なのかは、いまいちよくわかりませんが……。

kanjinaikanjinai 2007/04/15 23:07 x000000000さん、いえ、あのアンケートは、「つらいシチュエーション」をあげよ、という問いに対する答えの7割が、「好きな人に相手がいたとき」という回答であった、ということです。「好きな人には7割以上相手がいる」というデータではないみたいですよ。

しかし、こういうモテ講座的なもの、ほんとうに多いですね。上記のページも読んでみましたが、まあ、よくある話をまとめたものかな。しかし自分が若かったころを思い出すねえ・・。相手の心理を読むとか、ファーストタッチいつするとか。非モテだった私にはつらい想い出しかありません。いまの私が背後霊のようについていて昔の自分に耳元でアドヴァイスしてあげたいよね。一般的に言って、男子にとっては、同年代の女子の愛情を計算通り勝ち取るのは至難の技だと思いますよ。つらいよね、みんな。

furukatsufurukatsu 2007/04/15 23:43 たしかに個人的な救済が成される可能性がある以上「何も」ではないですね。そこは訂正します。

ただ、しかし反面モテから非モテに転落する人も居るでしょうからプラスマイナスを考えればそう大きく非モテが減るとは思えません。そもそも、現在の恋愛についての競争が行われている自由恋愛の社会においては一定数の負け組は「自由」であるが故に出てくるものです。よって、その体制を変革していくことこそが求められるのであり、いたずらに競争を煽るというのは個人的な解決を出来るに過ぎないでしょう。
もっと言えば、そのような競争を煽ることにより利益を得る連中、つまり日帝独占資本や一部のモテ階級という存在があるわけであり、まさに階級的な問題という事実から目を背けていたずらに恋愛のテクニックを論じるというのは真実から遠ざかっていると私は考えるのです。

kanjinaikanjinai 2007/04/16 00:21 furukatsuさんこんにちわ。3行目、「モテから非モテに転落する」という箇所ですが、「非モテ」とは第一義的には「非モテ〈意識〉」のことではなかったでしょうか? しかしながら3行目では「非モテ」は〈状態〉として語られていませんか? この点に混同があるのならば、それは些末なように見えて実は致命的なことのように思われます。

あと、kanjinaiは、恋愛至上主義、恋愛資本主義批判には、むしろ好意的です。べつに恋愛せんでもよろしい。一生独身でも童貞でもよろしい。

ただ、好きな女を恋人にしたいと悩んでいる男子がいれば、アドヴァイスしてさしあげたいと思っているわけです。

「いたずらに競争を煽る」人は、ほかにいます。誤った敵を撃たないようにご注意あそばせ。

kanjinaikanjinai 2007/04/29 01:25 fant-daさんのエントリ、予想外の視点から迫ってきてますね・・・。「オッサン力」かあ・・。
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20070428

kanjinaikanjinai 2007/05/01 16:07 続きをここに書きました。
http://d.hatena.ne.jp/gordias/20070501/1177947000

はてなユーザーのみコメントできます。はてなへログインもしくは新規登録をおこなってください。