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2007-05-13

[][]女性が哲学に惹かれない(らしい)のはなぜ?

これは古典的な問いである。大学進学率が男女半々くらいになってきて、文系諸学科では女性の比率がむしろ高くなってきているが、心理学社会福祉学、言語学などに比べて、哲学は女性から人気がない。その理由としては、以下が考えられる。

(1)概して女性は哲学的思考というものに興味がない。

(2)現存の「哲学」は伝統的に現実の女性を蔑視し、排除しながら構築されてきた。「女性は抽象的思考が苦手であたまが悪い」など。そういう学問に女性が興味をもたないのは当然。(また、女性蔑視してる哲学教師も多いから学生はそれを内面化する)

(3)現存の「哲学」は、学問内容として、「女性の経験」を取り込んでこなかった。女性は哲学に、みずからの経験に響く要素を感じず、興味を持てない。裏返して言えば、現存の「哲学」は過度に男性ジェンダー化されている。

ほかにもあるかもしれない。私は個人的には(1)は無意味、(2)と(3)が大きいかなと思う。

(2)の解決を前提としたうえで、(3)に注目するならば、「女性の経験」というものに立脚した哲学が打ち立てられていったとしたら、それはどのようなものになっていくのかに、大きな興味がある。そういう目で見てみれば、20世紀のフェミニズム思想は、まさに女性が主人公となった「哲学」運動であったと考えることができる。(フェミニストたちは、この言い方を、哲学によるフェミニズムの回収という悪辣な暴挙だと言うかもしれないが)。また、学界でも影響力のある女性哲学者は増えてきているように見える(ただし女性の数は圧倒的に少ない)。

もし、「哲学という知的装置それ自体が男性による女性の搾取の装置でありそれ以外ではあり得ない」というふうに考えないのならば、男性ジェンダー化が解体されたあとの哲学がどんなふうなものになるのかを考えてみることに、意義はあると私は思う。

とりあえず、ざっくりとした問題提起のみ。

実は、日本の職業的哲学者(ほとんどが大学教員と院生)の最大の学会である「日本哲学会」が、一昨年にこのテーマについて学会員のアンケート調査を行なっている。私も答えた。その結果がネットで発表されているのでぜひご覧頂きたい。

http://philosophy.cognitom.com/exec/page/danjo-kyoudou/

とくに「1.1 日本哲学会における女性会員の比率の低さは何を反映していると思いますか」

http://philosophy.cognitom.com/exec/page/questionnaire-1-1/

「4. 男女共同参画推進については賛否両論があるかと存じます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお寄せ下さい」

http://philosophy.cognitom.com/exec/page/questionnaire-4/

が読みごたえがある。また後者にある女性からの意見:「このアンケートに答えるか否か迷いました。というのは、どうせ改善されないだろうというあきらめがあるからです。日本の哲学系の学会では。私は今学会活動の場を海外に探しつつあります。日本ではもう希望がもてないからです。日本はイスラム国よりはるかに男性王国です。そのことを自覚しないのは日本の男性だけです。私が所属する海外(ヨーロッパ)の哲学学会は参加者の半数が女性であり、執行部に助成枠が設けてあります。しかしアンケートに答えたのは0.1%の可能性を求めてです。日本は男性女性の問題はまことに後進国ですよ。それと、男女の問題とは別に、日哲は学会での発表は何故現実社会と密着したもっと広いテーマを採用しないのでしょうか。HIV差別とかテロリズムのような。現状では「日本文献哲学会」と名付けたほうがいいですね。(女)[誤字などママ、一部修正]」には賛同できる部分がある。日本の学術哲学誌の現状は、世界的標準から見て、かなりおかしい。このままでは世界からまったく相手にされないと思う。これについては、いずれまた別エントリーを立てたい。

x0000000000x0000000000 2007/05/13 21:01 ロールズは、女性哲学者を育てた業績をたたえられていましたね。確か追悼の新聞記事で読んだ記憶があります。

少しそれますが、ロールズの娘は、社会構築主義の研究をしているようです。たとえば、ガーフィンケルと組んだこれ↓など。
http://www.amazon.co.jp/Ethnomethodologys-Program-Durkheims-Aphorism-Legacies/dp/0742516423/ref=sr_1_6/250-8894038-6621861?ie=UTF8&s=english-books&qid=1179057537&sr=1-6

font-dafont-da 2007/05/13 21:30 上野さんあたりも言っていた気がしますが、フェミニズム以前の多くの哲学者の文献を読むには、尊敬する人の女性蔑視発言を聞き流す忍耐力が必要です。素晴らしい哲学者も女性に関する考え方は…。宗教学も同じ理由で私はしんどいです。指導教官を始め、男研究者の多くは、は哲学者、宗教者の側の肩持つから、辛さは分かち合いにくいし。「いやあ、昔から男はみんなそういうもんだからなあ…ははは」なんて言われて、めんどくさい女だと思われなくて、合わせて笑ってしまって、後で自己嫌悪してみたり。高尚なお考えの前では女性差別なんて小さい問題にされちゃったり。…やだなあー私のルサンチマンが一気にふきあがりそうな話題です(笑)
大体、男ばっかりの研究室に入るのが憂鬱だというのもあると思います。物理的にマイノリティであることのプレッシャーってあるはずです。
あと、「私とは何か」という問題に取り組むことにたどり着くまで、女性はいくつか越えないといけないハードルはあるように感じます。

kanjinaikanjinai 2007/05/13 22:37 大哲学者の女性蔑視発言に耐えないと・・・・というのはそのとおりでしょう。ところで、心理学もこの点では同じことだと思いますが(フロイトを想起)、でも、いまや心理学科の学生・院生は女性が多いというのはなぜだろう。

eireneeirene 2007/05/14 00:13 kanjinai さんの(2)(3)の論点に賛成です。日本の哲学研究に限って言うと、これまで(今も?)「ヨーロッパの(男性)哲学者の文献研究」に特化してきました。現代社会に生きる女性が、独自の問題意識を深め、研究者として育つことができるような環境が、大学の哲学科には用意されていないです。そのことを察知する女子学生は、心理学のような領域に進むのではないかと感じています。font-da さんの「男ばっかりの研究室に入るのが憂鬱だ」という感想は、私も別の女性から伺ったことがあります。

kanjinaikanjinai 2007/05/14 01:06 「男ばっかりの研究室に入るのが憂鬱だ」という点に関して言えば、女子大の哲学科の学部・院は、どういう状況になってるんだろう? それでも哲学は人気ないのかな・・・。

sajisaji 2007/05/14 03:02 哲学は喪男の聖地なんでしょうか?

kanjinaikanjinai 2007/05/14 03:44 いや、哲学科の学生・院生の男はそっち面ではバラエティに富んでいるので、一概には言えないと思います。喪男もいるし、非喪男もいます。

kopkop 2007/05/14 06:02 現実的でかしこいからじゃね

font-dafont-da 2007/05/14 07:23 心理に進んでも、統計か臨床かを選ぶのであって、フロイトを研究する要素は弱いからでは?私の周りの心理学生さんは、男女問わず古典より、実験・実習重視で、文献学は重要視してない(はっきり言ってしまえばフロイトは読まない)人が多いのですが…印象論です。だとしても、それが素晴らしいとは、私は思わないですけど。
むしろ、文献学という意味では国文・英文のほうが大変そうです。女子大にも多いし。そのぶん、女性研究者も多いし、フェミニズムも積極的に参入しているから、やりやすいのかなあ?女子にとっては女性蔑視の代わりに女性礼賛がうっとうしい部分もあると思うんですが。
あと、女子に対して「論理的」というのはポジティブな意味を持ちにくいですね。女子同士でも。私は言われると嬉しいけど、誉められてるわけじゃないみたいです(笑)私に対して「もっと感性を大事に」って…間に合ってますよー(-.-)哲学の中でも分析哲学になるとさらに女子率が下がるのは、女子は論理から遠ざけられがちだからと言うのも…(2)の問題でしょうけど。論理で突っ走るなら理系を選ぶ女子も多いだろうし。

kanjinaikanjinai 2007/05/14 13:39 文系の大学院の院生男女比率は、ほぼ半々くらいになっているようです。東京大学と早稲田大学のデータ(他は推して知るべし)。
________________

東京大学大学院 女性比率
人文社会系 40.12%
教育学 53.57%

早稲田大学大学院 女性比率
文学研究科 修士 50.1% 博士後期 46.9%
教育学研究科 修士 49.3% 博士後期 45.5%

(http://kyodo-sankaku.u-tokyo.ac.jp/confirmation/grasp.html
http://www.waseda.jp/prj-giwr/chosa/appendix_3.pdf)
______________

これに比して、大学院の哲学科の院生の女性比率は実際どうなっているのだろう? ネットではなかなか出てこないので、ここを見ている哲学科院生のみなさん、みなさんのところの男女比率をよろしければ教えてください。(うちの大学院は哲学科という分類がないので数えられない。文系全体では女性数が男性数をはるかに凌駕しています)

kanjinaikanjinai 2007/05/14 13:46 ちなみに現代思想というくくりでよければ、院生中、男性8名、女性3名。よって女性比率27%。文系院生で女性が圧倒的多数を占める大学院においても、現代思想となると、このようになります。

さだまさとさだまさと 2007/05/14 18:30 初めまして。自分の大学の哲学科は、

修士女9名
修士男9名
博士後期女2名
博士後期男11名

です。ただ、博士後期の女性は、三人が今年に大学や研究所の職を得て退学されたので、ダラダラ残っている男連中よりも余程優秀かもしれません。

後期まで進む女性が少ないのは研究室の体質や教員の男女観が影響しているかも知れません。実際教員の、
「女の人にポストを紹介するのはちょっとね」とか、
「まともな女性研究者なんて見たいことない」といった発言を聞いたことあります。

個人的には、研究者としての資質の差を男女間に感じたことはないし、今年就職出来たのが女性ばかりという現状からも、「女は哲学に向いていない」というのは正しくないと思います。

ただ、これも個人的意見ですが、哲学そのものも男性的思考に支配されてきたのは確かですし、ジェンダーの視点による哲学の解体的構築は重要な仕事と思いますが、むしろ学科や研究室内のジェンダー意識が一番大きい問題点のような気がします。

madanomadano 2007/05/14 19:01 通りすがりの者で申し訳ありませんが…。
単純に、「哲学に興味を持つ女」に向けられる視線がどういうものなのかを考えれば、哲学における女性人口の少なさも納得のいくものになると思います。高校時代、「倫理」を選択することは、「女子力の急降下」「男子に嫌われる」という事態に直結してましたね。いや、男子に虐げられているような女子が倫理を選択していたのか。

kanjinaikanjinai 2007/05/14 19:45 >さださん ご報告ありがとうございます。修士が同数というのは、新風を感じます。時代は変わってきているのでしょうか。でも博士後期になると一転、従来のままなのですね。職業的哲学研究者となるには博士後期を出て博士号を取らないといまは不可能ですし。(2)がいちばん大きな点というご意見も頷けます。ひとつ思うのは、この壁をクリアーして業績をたくさん出すようになった女性の職業哲学研究者も、また、従来の男性がやってきたと同じような研究を再生産することになるのでしょうか? 個人的にはそれは非常につまらないことのように思います。が、私よりも先輩の女性学者は、哲学の内容に性別はないとおっしゃる方がいましたね。

>madanoさん なるほど。でもなんで「倫理」の選択が女子力の急降下に? 歴史や現代社会なら急降下しない? 教育とジェンダーという問題系ですね。

terutellterutell 2007/05/14 20:32 すみません、お邪魔します。池田理代子は東京教育大学文学部哲学科在籍中に「ベルサイユのばら」を描きました。そして、中退しました。もしも「ベルサイユのばら」を描かなかったら、卒業していたかもしれません。以上です。

farce_2106farce_2106 2007/05/14 21:45 「女性全体が」哲学に向いているor向いていない、惹かれるor惹かれない等の問いについてはよくわかりません(というか無理に結論を出そうとしたところで、(2)(3)において「現存の哲学」の内に予め畳み込まれた陥穽として指摘されているような、多分に妄想めいた物言いに陥るか、良くて「みんながそうとはかぎらないじゃんねー」「ねー」てなところに落ち着くのが目に見えているのでそもそも考察する気にならないのです)が、少なくとも毎度赤文字系を欠かさずチェックして自身の女子力向上に努める類のトライブが、彼等の学ぶ処世術とは真逆の営みとも言える哲学に「自らの経験に響く要素」なんてものを見出さないだろうことは容易に推察されます。そもそも現状の社会において支配的に流通している観念(「確率論的に考えて男性はモテ髪モテ服を好む」のような。そんな妄想がベタに受け容れられているとは到底思えないのですが)をキャッチし、自らをその共同体に適応させるスキルを持ち合わせる者が、あえて総ての観念共同体からの決別を志向する哲学を志すという事態が想像できませんし。
幼少から「抽象的な思考が苦手で頭が悪い」「女は仕事に向いていない」etc.のフザケタ言説に曝され続け、そのような「女性」像に主体化した女性は。との限定においてのみ、「女は哲学に向いていない」なる決め付けは有効かもしれないな、とは思います。なんだろ?ライオンとして育てられた人間は、たとえ人間の言葉を使うことが出来ても人間とわかりあうことが出来ない、というような。例え方が悪ければライオンと人間の比喩は逆でも構わないのですが。
それか、そもそも哲学するという行為自体が「余分な深さ、偽の深さ、偽の智恵と動物性」を持つ男子に特有のものであって、故に女子にとっては全く無用の行為なのかもしれませんが(笑)、まあこれはつまらない逆差別ですね。
ただ、font-da さんに「もっと感性を大事に」とか言ってしまえる人々、つまり感性などという観念共同体内部における生成物を無批判に特権化してしまえる無自覚さが、(本来の意味における)哲学から程遠いものであるということだけは、凡そ間違いの無いことのように思われます。

kanjinaikanjinai 2007/05/14 22:51 >farce_2106さん なるほど。

いま、ふと思ったのは、大学院後期課程で、女性哲学教員を指導教員にしている院生の男女比率というのを調べてみる必要があるのではないか、ということ。もし有意に差があるとしたら、(2)のファクターはかなり大きいということが示唆できるかも。(でも、差がなければ(2)のファクターがない、とは言えない。女性教員が男性価値を内面化して偉くなったということは充分あり得る話)。

あと、言語学や英文学もまた、かなり抽象的な論理操作が命なのではないの?と門外漢は思うのだが。女性学者によるフェミニズム批評など、わけがわからんくらい観念的な議論をしているように思うのだが。

細部を見ていくと、とても難しくなってきますね。

font-dafont-da 2007/05/14 23:19 >kanjinaiさん
イメージが…。英文学に進む女子が私の周りは多かったのですけれどやっぱり津田梅子の影響?中学の歴史の教科書に津田梅子が出ていて「へー」と思ったことが、今も記憶に残っています。そういうイメージ戦略が哲学は失敗しているのかも。国文学には、紫式部と清少納言が待っててくれるし、日記文学という興味の持ちようもあります。
女性の哲学者というと…ハンナ・アーレント?微妙…。(←イメージがですよ、イメージが。)

>farce_2106さん
>そもそも現状の社会において支配的に流通している観念(「確率論的に考えて男性はモテ髪モテ服を好む」のような。そんな妄想がベタに受け容れられているとは到底思えないのですが)をキャッチし、自らをその共同体に適応させるスキルを持ち合わせる者が、あえて総ての観念共同体からの決別を志向する哲学を志すという事態が想像できませんし。

そりゃー、あたしみたいなヤツのことですね(笑)キャッチできてないからいいのか。そして、哲学専攻選ばなかったし、、全然いいんですけど。(←怒る人は別にたくさんいると思いますけどね☆)

kanjinaikanjinai 2007/05/14 23:24 >font-daさん 

本文では書きませんでしたが、これからの哲学は田中美津というイメージで攻めてもいいと思っているのですよ実は。(3)書いたときに脳裏にあったのはそのようなこと。

font-dafont-da 2007/05/14 23:40 >kanjinaiさん
えーそれって、イメージ戦略としてどうなんだろう…。支持する人多いかなあ?どうでしょう?>女子かつ哲学愛好な方がいればどうぞ。
しかし、田中美津に憧れた女子が大学院に進学するだろうか?私みたいな、藻が繁殖する感じになりそう。池は埋まったが、酸素がなくて、魚が死ぬ、みたいな。

kanjinaikanjinai 2007/05/15 00:11 そういうときは、藻池へとパラダイムシフトすればいいんですよ。「どうしてそれが哲学なの?哲学なわけないじゃん、どう考えても」という非難を受けながら。そのかわり、いい藻に成長してもらわないと困るんだけどね。

font-dafont-da 2007/05/15 00:31 >kanjinaiさん
そうですね、赤潮になっちゃったら、大変ですから。藻のためだけの池でなく、藻も暮らせる池が重要ですもんね。

antonianantonian 2007/05/15 14:29 面白いエントリですね。
私は個人的に哲学というか、神学、思想も含めた世界が好きなんですが、芸術家故の根性か、直感が先にたち、哲学的なあの複雑な手順のお作法に苛々するので、どうも本質を理解出来ないところがあります。同じように史学の第一資料ををつぶさに検証していく手法もすごいと思いつつも自分にはできないし、文学論的な、或いは美学のあの芸術を解体していく作業にも、「いや〜げいじつかはそんなこと考えてませんよ」とか思ってしまいます。
それは男性女性に関わらず、「向き、不向き」が一定数いるというだけだと思っておりましたが、哲学など形而上的なジェンダーを越える世界でそのような実情があるというのは目から鱗でした。ま、未だ本屋に「女流作家」などというふざけた分類がある日本社会ですから。それこそ美術のこの世界に於いても同じ話は山のようにありますね。
芸大の受験の際、「女は不利だ」「同じ点数なら男子生徒を入れる」と言われ、高得点をとらないとまずいと危機感を煽られたのを思い出します。
個人的にもし哲学というか、思想世界を目指したとしても、「女性ならではの〜〜」などと言われた日にはうんざりしそうですし、フェミ論なりジェンダーなりに言及しないといけないような風潮があったらやだろうなとは思いますが、それは流石に現状では既に杞憂なことでございましょうか。

kanjinaikanjinai 2007/05/15 15:13 >antonianさん そうですね。私が代弁するのはよくないことですが、この領域の女性院生・研究者には、「フェミ論に触れたら生き残れるかもしれない」「フェミ論に触れることを期待されているのかもしれない」「しかしフェミ論専門と評価されるのはいやだ」「フェミ・ジェンダーに無関係のテーマ・方法でも互角以上にやっていけることを示したい」・・・・という葛藤にいちどは落ち込むのかも知れません。男性はこういう葛藤の世界には無縁だろうし、その分、研究に打ち込めたりするかもしれない。

tasoitasoi 2007/05/16 01:19 「哲学なんかゴニョゴニョやってるような女はろくなもんじゃない」のようなイメージはあると感じるし、
それに左右されちゃうところも大きそうですー。

そして・・・、antonianさんの
>「女性ならではの〜〜」などと言われた日にはうんざりしそう

これがメチャメチャそのとおりすぎて、スゴいと思った(笑


教育学部 女がかなり多い。 ←教育系は女の進出が昔からいい感じ。
法学部 女が少なめ。
農学部 男女同じぐらい。
工学部 男子が圧倒的に多い。ただしその中で、化学系だけは女比率が高め。 ←これは謎・・・

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