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2007-11-24

[][]WOMEN'S DIARY PROJECT「WOMEN2008」

 私は、去年からWOMEN'S DIARY PROJECT(http://www.womens-diary.com/pc/)が作っているスケジュール手帖を愛用している。今年も、「WOMEN2008」を取り寄せた。この手帖は巻末に、付録で月経周期表、公立女性センターリスト、DV相談支援センターリスト、相談できる施設・団体リストなどがついている。いつも持ち歩いている手帖に、緊急時や困った時に連絡するあて先のリストがあるのは便利だし、心強い。当然だが、毎年、リストが更新されるので、連絡先が変わりやすい当事者グループや新しくできた団体の情報を得ることができる。

 また、今年は、妊娠・避妊についての情報が特集で載っている。もちろん、コンドームの装着法が図入りで書いてあるし、殺精子剤やペッサリーも紹介してある。ピルは言うまでもない。正確な避妊の知識を持ったり、選択肢がたくさんあることを知っておくのは大事だ。

 この手帖を作っているのは、有志の団体である。京都に事務連絡先を置き、1996年から、毎年、発行している。一ページごとに、違うイラストや、一言コラムが載っていたりして、楽しい。ちょっと、バックナンバーも集めてみたい。女性向けで、フェミニズムの要素も満載なんだけど、商品としてもよくできてるなあ、と思う。

2007-11-22

[][][]「<私>の自由をはばむもの」を<私>が生み出すこと

x0000000000さんの「これは真の「生殖の自由」なんだろうか」↓を受けて考えた。

http://d.hatena.ne.jp/gordias/20071117/1195277074

 人が自由になるための社会運動、特に20世紀の解放運動*1は重要だったし、必要だった。*2その極致が多文化主義だろう。お互いの価値の自由を認め合い、共存を目指すものである。しかし、9.11以降、多文化主義は色あせてしまった。

 多文化主義とは、穏和な分離主義である。認めあえる範囲で認めあい、認めあえない範囲は踏み込まない。もっとも踏み込めない部分が宗教である。特に、一神教の精神は、多文化主義と真っ向から対立する。一神教は、神が唯一無二であることが基底にある。他の存在と、比較すらできない存在が一神教における神である。多文化主義では、この神を、個人の内面に閉じこめることを求める。しかし、宗教を個人の内面の問題とすること自体が、既に西欧的な観念であり、他の一神教と対立することになる。多文化主義は、現代社会の多くの問題を解決するだろう。しかし、解決できない部分も残る。

 そこを解決するためには、どうすればよいのか。やっぱり、なんらかの「正しさ」が必要だろうという話になる。では、どうすればよいのかというと、「自由競争」か「討議」で決めようという二案が出てくる。淘汰され残ったものを「正しさ」とするのか、話し合って合意したものを「正しさ」とするのか。議論は続いているが、どっちにも不備点があり、決着はついていない。*3

 では、出産という問題はどうなのか。

 もし、「女性の解放」を書いたJ.S.ミルだったらどう考えるか。彼は、女性と男性の肉体的格差を減らし、与えられる機会が均等であれば、男女は自由に競争する中で地位も対等になっていくという。ならば、アンドロイドが女性の代わりに出産するようになることに賛成するかもしれない。

 しかし、出産という問題は、「人間を生み出す」という点で特殊である。生まれた赤ん坊は、他のどんな生き物/無生物とも異なる、人間である。子どもを生み出すとは、<私>が<他者>を生み出すことである。ここで、「<私>の自由をはばむもの」とは誰かを考えてみる。*4それは言うまでもなく<他者>である。自由が問題になるとき、<私>と同じではないのに、同じ人間として現われる<他者>をどう扱うのかが、最も問題である。<私>が出産において、自由を追求するとき、それは「自由に、自由はばむものを生み出したい」という矛盾を抱える。そもそも<他者>を生み出すこととは、新たに増える<他者>一人分の自由を、<私>が放棄することである。

 アンドロイドに出産を代行させれば、出産する肉体をもつ女性は自由になる、と言えるかもしれない。しかし、アンドロイドの出産で、この世界にひとりの<他者>が増えることにより、<私>は<他者>ひとりぶんの自由を、この世界から失うことになる。この問題をも自由を求めることで解決しようとすると、どこまでも<私>と同じ、クローンとしての<私>を出産することを望むことになるだろう。しかし、クローンとしての<私>でも、やはり私の目の前に現われるときには、<他者>として捉えることになるだろう。でなければ、<私>の「ここからここまでが<私>という感覚」が基底から覆される。または、<他者>を増やすことをやめ、出産しないことが人類が自由への道である。

 出産について、自由を追求するという観点から言うとすれば、「産まない」というのが一番簡潔な解決策だ。<他者>を生み出すことをやめるのである。では「産む」ことは自由を放棄することなのか。そういうわけでもないだろう。産むことにより、享受していた自由は、減るかもしれない。しかし、自由という概念の核に触れる経験になる可能性もある。なぜなら、自由をはばむものは<他者>であるが、<他者>は自由という概念を生み出す源でもあるからだ。<他者>が存在しなければ、<私>は自由を問題にしないだろう。ここで、自由を追求することだけが、自由を尊重するわけでない、という仮説が立てられる。ひとは、出産を通して、不自由になることで、自由について考え始める原初に立ち戻るのではないか。それは、「なぜか、ひとは不自由になるのに<他者>の存在を求めてしまう」という謎を含む。

 

 以上をみていくと、私が先に述べた、解放運動の末の多文化主義が、「正しさ」を必要としたのとは別の形で、自由について思考する経路が開ける。

*1:「○○である自由」を求めるアイデンティティ・ポリティクス、と言ってもいい。

*2:まだ、必要ですけど。私もコミットすること多いし。

*3:いまのところ、前者が優勢。

*4:以下の、自由を自他関係から捉えるアプローチは、社会学者・大澤真幸の自由に関する議論からヒントを得た。

2007-11-19

[][][][]性同一性障害不当解雇撤回裁判

 性同一性障害を理由にした解雇に対し、撤回を求める裁判が行われています。雇用者は社会福祉法人大阪自彊館(じきょうかん)で、大阪市野宿生活者巡回相談事業を営んでいます。原告は「『男か女かはっきりしろ』、『野宿者から蔑視される』など差別的な言葉を浴びせかけられたあげく、仕事を取り上げられ、雇い止めに」されたことを訴えています。

 性同一性障害者への、職場での差別については、問題化されることが多いですが、実際の裁判でどのような判決が下されるのかは、いまだ不明確です。また、どうすることがハラスメントにあたるのか、わかりにくい部分もあります。裁判の行方は、注目です。

 それから、この裁判は労働組合が取り組んでいます。1人でも入れる労働組合で、非正規雇用の人も入れるそうです。もちろん、フリーター問題にも取り組んでいます。こちらも、目を引きました。

性同一性障害を理由にした不当解雇に反対する裁判

     「自彊館闘争」第8回口頭弁論のお知らせ

 ■ 日時: 11月27日(火)午後4時〜

 ■ 場所: 大阪地方裁判所第617号法廷

   (御堂筋線・淀屋橋あるいは、京阪・淀屋橋下車、徒歩7

分)   

 ■ 地図: 

http://www.courts.go.jp/osaka-h/about/syozai/osaka_h.html

 ■裁判終了後、街頭宣伝行動を行います。

  ◇場所:阿波座センタービル前(大阪地下鉄駅2番出口)

  ◇日時:11月27日(火)午後5時過ぎからを予定

   裁判の状況により時間帯が変更される可能性があります。

   当日の問合せは『090−9254−9931』です。

 ■ 連絡先: 関西非正規雇用等労働組合ユニオンぼちぼち

   tel/075−681−6904

    e-mail/botiboti@rootless.org

         HP/http://rootless.org/botiboti/main.htm

■ 自彊館裁判とは?

 2004年9月から約1年半、大阪市野宿生活者巡回相談事業で

働いていたKさんに、06年3月、突然の雇い止め通告。雇い止め

は、Kさんの性同一性障害を差別した不当なものです。「男か女か

はっきりしろ」、「野宿者から蔑視される」など差別的な言葉を浴

びせかけられたあげく、仕事を取り上げられ、雇い止めにされまし

た。

 雇用主の社会福祉法人大阪自彊館(じきょうかん)側は、団体交

渉の席上、雇い止めには正当な理由がないことを認めていますが、

セクハラを認めず、雇い止め撤回もしません。Kさんは、このまま

泣き寝入りはしたくないと、性同一性障害に対するセクハラへの謝

罪と雇い止め撤回を求める、裁判闘争に立ち上がりました。

 2006年10月11日に大阪地裁に提訴しました。裁判はいま

第8回口頭弁論を迎えようとしています。

 どうぞ、ご支援ください。

ご支援とカンパのお願い

 裁判には、多大な費用がかかっております。皆様からのカンパ

で、

この裁判闘争は成り立っています。いままでも多くの方からご支援

をいただいてきました。裁判は続きます。勝訴に向けて、裁判とK

さんの生活を支えるために、さらなるご支援をよろしくお願いしま

す。

 自彊館闘争支援カンパ 1口1,000円(何口でも)

 郵便振替の場合(自彊館闘争支援と明記ください)

 加入者名 ユニオンぼちぼち

 振替番号 00900−8−263985

 *お名前の公表可否もお知らせください。

2007-11-15

[][][][]「性同一性障害 × 患者の権利――現代医療の責任の範域」

12月8日に、立命館大学で、性同一性障害医療の問題に関するシンポジウムが開かれます。基調講演の講師である田中玲さんの著作は読みました。トランスジェンダーであることを理由*1に、病院に受け入れ拒否をされた経験を綴られています。

 また、現在、裁判を進行中のヨシノユギさん*2もパネラーで出ています。ヨシノさんは、性同一性障害と認定され、大阪医大で乳房切除手術を受けました。しかし、手術が失敗し患部が壊死しました。その後の、医療関係者の対応も含めて、性同一性障害をめぐる医療を問題化するため、医療過誤裁判として提訴しました。ヨシノさん自身は、こう書きます。

「大阪医大に対して、一連の対応についての質問状を提出したところ、一ヶ月後に『過失は一切ない』という回答が返ってきました。また、その後の診察では、形成主治医から『この回答を出すことで決別するかもしれないと考えた』という言葉を聞きました。大阪医大は、わたしという患者を見捨てても良いと判断したのでしょう。一体GID医療は誰のためのものなのでしょうか。真実を知るために、満身創痍の患者が更に戦わなくてはいけないことにも強い憤りと理不尽さを感じています。

 わたしは医療の礎として『犠牲』になりたくはありません。希望を抱いて手術を受けた患者が、逆に絶望に追い込まれるということも、二度とあってはならないと考えています。

 ひとりの人間の尊厳すら守られないこの状況を、決して許容しないと示すためにも、私はこの闘いをやり遂げたいと思います。どうか皆様のご支援とご協力をよろしくお願い致します。」

http://www.geocities.jp/suku_domo/yoshino/yoshino.htm

この裁判には、当事者も含めて、さまざまな意見が飛び交っています。注目すべき裁判だと、私も考えています。

性同一性障害 × 患者の権利――現代医療の責任の範域」


  日時 2007年12月8日(土) 

  開場 13:00〜 (14:00開始)

  場所 立命館大学衣笠キャンパス

     存心館703号(法廷教室)

                 *参加費無料


◆ 第一部/基調講演

 「医療被害と裁判」 勝村 久司 氏

       (医療情報の公開・開示を求める市民の会)

勝村さんホームページ:http://homepage1.nifty.com/hkr/

 「GID医療」 田中 玲 氏

              (フリーランス・ライター)


◆ 第二部/パネルディスカッション

 「医療の責任とは何か」

  勝村氏×田中氏×上瀧浩子氏(弁護士)×ヨシノユギ(原

告)


◇ 主催 「性同一性障害×患者の権利」シンポジウム実行委

員会 

◇ 共催 立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」

HP:http://www.arsvi.com/

    ヨシノ支援プロジェクト

HP:http://www.geocities.jp/suku_domo/

□ 地図(アクセスマップ+キャンパスマップ)

http://www.ritsumei.jp/accessmap/accessmap_kinugasa_j.html

http://www.ritsumei.jp/campusmap/index_j.html#KINUGASA

□ お問い合わせ

e-mail:sukudomo@yahoo.co.jp

■ 開催趣旨

このシンポジウムは、性同一性障害医療における患者の人権

に関して、私たちの思考と技術を鍛える場である。なぜ、患者

が不満を述べてはいけないというのか。もちろん、患者は怒っ

てもよいはずである。しかし、患者の怒りは巧く伝わ

らない。誰が、なぜ、患者の話を聞かないのか。そこには、ど

のような構造があるのか。

 2007年春、立命館大学院生のヨシノユギが原告となり、性同

一性障害医療過誤裁判を提訴した。自らのニーズを語る患者に

対して、医師の過酷な労働環境が述べられ、裁判戦術が医師を

マイノリティ医療の領域から撤退させると言われる。

性同一性障害というマイノリティ医療には構造的な問題がある

 だとしたら、この医療の患者たちはその訴えの中で、何を届

けているのか。医療過誤裁判×患者の権利×性同一性障害医療

が交わる場所で、上述の裁判の原告及び弁護人、さらに医療

誤訴訟と性同一性障害医療の各識者を招いて、議論を

深めていきたい。


■ 講演者紹介

◇ 勝村久司(カツムラヒサシ)氏

大阪府立高校・理科教員1990年、長女(星子[せいこ])を出産時

の陣痛促進剤による被害で亡くし、以降、医療裁判や市民運動

に取り組む。「医療情報の公開・開示を求める市民の会」世話

人、「陣痛促進剤による被害を考える会」世話人、「全国薬害

被害者団体連絡協議会」副代表世話人などを務める。著書に、

『ぼくの「星の王子さま」へ〜医療裁判10年の記録〜』(幻冬

舎文庫、2004)『レセプト開示で不正医療を見破ろう!』(小

学館文庫、2002)『患者と医療者のためのカルテ開示Q&A』

岩波ブックレット、2002)


◇ 田中玲(タナカレイ)氏

フリーランス・ライター、自由診療でトランスしているFTMTX

ジェンダークィア。正規ルートで診療するつもりはなく、戸籍

を変えるつもりもない。何よりも個人への保障を充実させ、支

配的な戸籍制度が廃止となることを望んでいる。現在、QWRC(

クィア&ウーマンズ・リソース・センター)運営スタッフ、

FTMの自助グループ・T-junction創設、性は人権ネットワーク

Esto Organization役員。4年前、元恋人のドメスティック・バ

イオレンスで頭を殴られ続けた事が原因で旅先でクモ膜下出血

脳梗塞、水痘症で倒れる。大阪市内に転院したいと友だちが

電話をかけてくれた所、トランスジェンダーである事を理由に

多数の病院に受け入れ拒否された。その体験を元に著書『トラ

ンスジェンダーフェミニズム』(インパクト出版会、2006)

を出版。


◇ 上瀧浩子(コウタキヒロコ)氏

弁護士、生活に密着した事件を、依頼者に寄り添った解決をめ

ざしている。2005年司法修習修了、弁護士登録。けやき法律事

務所入所。本裁判の担当弁護士。


◇ ヨシノユギ

立命館大学院生、2002年よりジェンダーセクシュアリティ

まつわる学生運動に携わり、生と性をテーマとした学習会・講

演会活動、パレード等を開催する。2006年、「性同一性障害GID

)」治療の一環として、大阪医科大学付属病院にて乳房切除手

術を受けるが失敗、患部の壊死が起こる。2007年3月、医療

スの真相究明と、GID医療の前進を目指して大阪医科大を提訴

、係争中である。性別二元論およびジェンダー批判の観点から

、「GID」や「女性/男性」のカテゴリーに所属しないことを

望み、逸脱を実践する活動家

*1:最初に「性同一性障害であることを理由に」という文章で書いていたのですが、コメント欄でご指摘いただき、訂正しました。すいません。

*2:どうでもいい話ですが、実は、ヨシノさんと私は同い年です。このあいだ、小さな会で同席しました。落ち着きのある、とてもしっかりした方で、「あたしとエライ違いだよ」と思ったのでした。

2007-11-06

[][][][]DPI女性障害者ネットワーク集会

DPI(障害者インターナショナル)は、女性障害者の問題を考えるために、「女性障害者ネットワーク」というものを作っている。12月に、以下のような集会が開かれる模様。私は行けるかどうかわからないが、女性障害者のリプロダクティブヘルス/ライツ、「性と生殖について」の分科会は気になる。

詳しくはDPI日本会議のブログで。

http://dpi.cocolog-nifty.com/vooo/2007/11/dpi1223_9f54.html

___________________

DPI女性障害者ネットワークによる「DPI世界会議韓国大会」報告集会

わたしたちが見てきた・聞いてきた・感じてきた世界の声


 今年の9月4〜8日まで、韓国で、DPI(障害者インターナショナル)世界会議が行われました。

 この大会では障害者に関する様々なテーマが掲げられていましたが、その中でも特に、障害女性に関する分科会の多さに驚きを感じました。さまざまな抑圧や差別にさらされながらも、自分の性や生き方を否定される事にあきらめるのではなく、自分の生き方を主張していこうとする世界の障害女性たちの姿には、とても勇気づけられました。

 今回の報告集会では、DPI世界会議韓国大会で感じた事を広く伝え、ネットワークをつなげていきたいと思います。

 みなさまの参加をお待ちしています!

■日時 2007年12月23日(日)12時半開場

全体会・分科会 13時〜17時半

交流会     18時〜

■会場

全体会と交流会 戸山サンライズ(新宿区戸山1−22−1)

分科会 新宿区障害者福祉センター(戸山サンライズの隣)

交通アクセス

 地下鉄東西線「早稲田」・大江戸線「若松河田」

 どちらからも徒歩約10分  大江戸線はエレベーター完備

 地図URL http://www.normanet.ne.jp/~ww100006/tizu.htm

■参加費(資料代込み)1000円

交流会費 500円

■参加申込み方法

・参加申込書に、参加ご希望の分科会などをご記入の上、なるべく早めにお申込みください。

・手話通訳、要約筆記(PC文字通訳)、テキストデータ、点字などの情報保障、および、保育を準備調整中です。これらを申し込む方は12月14日(金)までにお申込み下さい。ご連絡をお待ちしています。

■プログラム

13時〜15時 全体会 世界会議報告[会場:戸山サンライズ]

 「主催者からのメッセージ」

      南雲君江  DPI女性障害者ネットワーク代表

 「女性障害者と権利条約」

      平野みどりさん(DPI日本会議副議長,熊本県会議員)

 「世界会議に参加してきて」

      米津知子さん(SOSHIREN 女(わたし)のからだから)

15時30分〜17時30分 分科会[会場:新宿区障害者福祉センター]

ワークショップ形式です。みんなでいろんな話をしましょう!

分科会1 権利条約について 平野みどりさん他

分科会2 性と生殖について 米津知子さん他

分科会3 働くことについて 堤愛子さん(町田ヒューマンネットワーク)他

18時〜 交流会[会場:戸山サンライズ]

■主催 DPI女性障害者ネットワーク

■共催 DPI日本会議  自立生活センターHANDS世田谷

■協賛 日本カトリック司教協議会カリタスジャパン

■連絡先 「DPI女性障害者ネットワーク

なるべくメールまたはFAXでご連絡ください。

メールの標題は「世界大会報告会参加申込み」でお願いします。

メールアドレス:dpiwomen_net@infoseek.jp

FAXと電話はDPI日本会議気付(担当:佐藤)

FAX:03−5282−0017

TEL:03−5282−3730

[][]イスラエル:売春目的の人身売買

英国では、東欧やアジアから女性を誘拐してきて管理売春させることが大問題になっている。少女も含まれていて、出身国からの移民も手を汚していたりして根は深いらしい。BBCによると、イスラエルでも、外国から誘拐してきて管理売春させるケースが問題になっているとのことらしい。もっとも多かった年では、年に3000人が連れてこられたとのこと。これはウクライナから騙されて連れてこられた女性の証言。

"When I was in the Ukraine, I had a difficult life," said Marina, who came to Israel in 1999 at the age of 33 after answering a newspaper advertisement offering the opportunity to study abroad.

"I was taken to an apartment in Ashkelon, and other women there told me I was now in prostitution. I became hysterical, but a guy starting hitting me and then others there raped me.

http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/7070929.stm

最近ではようやく取り締まりの効果が出てきたと政府はいうが、支援団体はそう楽観的にはなれないと言う。世界的に見れば、このような性取引目的の女性や子どもの誘拐はあちこちで頻発している。日本もその例外ではない。

2007-11-03

[][]余計なお世話を言いたくなる

 tummygirlさんから、kanjinaiさんへの問いかけの記事が出されている。それに対しては、コメント欄で、kanjinaiさん自らが答えているので、終結ということだと思う。しかし、私はなんだか引っかかりを感じてしまった。

 これはルサンチマンなのだろうかと思うが、どうも大学人フェミニスト(特に、大学に教えに来るジェンダー論の先生たち)に、いいイメージを持てていない。そして、そのイメージを持っていることを、大学人フェミニストが問題視しているのかもわからない。

 というのは、私は以下のような文章を目にする機会があるからだ。大学で、ジェンダー/女性文学論を担当していることについての、文章である。学生たちを観察して、次のように述べる。

 少しまえに漫画の『NANA』を読んだときに、もっとも必要で、もっとも欠けているのはフェミニズムだと思ったけれど(妊娠や中絶をめぐる登場人物の苦悩や疑問は例えば『2年目の報告』が一冊ナナのテーブルの上にあるだけでずいぶんちがったものになっただろう)、学生たちの反応をみているとやはり大事なフェミニズムに関する知識がかの女/かれらから遠ざけられていると感じる。

(山田サキ「リブを『語り継ぐ』」日本女性学研究会ニュースVOICE OF WOMEN No.282)

これは、日本女性学研究会に入会すると送られてくる、ニュースペーパーに載っている文章である。*1日本女性学研究会は、年報を毎年出しており、大学人フェミニストの論文も多数載っている。また、会員にも大学人フェミニストの名前が連なっている。*2この文章は、多くの大学人フェミニストも思われる。

 私がこの文章を読んで、あまりいい気がしなかった。*3私は『NANA』を愛読する学生だった*4。そして妊娠や中絶をめぐる登場人物の苦悩や疑問に、自分を重ねてきた。そこに「フェミニズムの本があれば解決するのに」というようなことを言われると、非常に不愉快だ。人ひとりの命を孕んだ若い女の葛藤を、知識さえあれば解決すると切り捨てるやり方に疑問を感じる。

 山田さんは、フェミニズムが若い学生に浸透していないのを憂いて、田中美津を読ませたり、フェミニズムの知識を教えることに、気概を燃やしてこの文章を書かれたのだろう。私は、その姿を、啓蒙大好きフェミニズムとしてしか、見ることができない。山田さんは文章をこう結ぶ。

 「ウーマンリブの激しさに感動した」とコメントを書いた学生は、これから生きていくなかで抱えるであろう困難をはねかえしていくようなアイデアをリブのメッセージのなかに見つけることはできるだろうか。「美しくなることは楽しみでもある」と書いた学生は、美しくないと見なされることへの恐怖をうまいことやり過ごす手がかりを見つけることができるだろうか。そうやってひとりひとりのフェミニズムを見つけていく手伝いができるなら、授業準備で夜更かしが続くこんな初夏の日々も悪くないと思う。

(同上)

リブに感動したからといって、リブを教典に生きていく必要はないだろう。美しくなることの楽しみを見出している人に、なぜ、勝手に「美しくないと見なされることへの恐怖」 というラベリングをする必要があるのか。

 私は、自分をフェミニズムにかなり親和性が高いほうだと思っている。だけれども、このような文章を読むと、フェミニズムと距離を置きたくなる。私はここに、完成されたフェミニズムがあり、それをみつけさせるように仕向ける、いわゆる管理教育の姿を見てしまう。要するに、私は、『NANA』に共感したことを、「フェミニズム的に正しくないですよ」と言われた気分になったのだ。

 一方で、山田さんが、悪徳フェミニストだとも思えない。とても誠意があって、熱心な大学人フェミニストなのだろう。これ以降のニュースペーパーに、これを読んでいると思われる同業者から、山田さんへの批判が出されることもない。大学人フェミニストにとっては、この文章は、特に問題ではないということだろう。

 なんか私は、そういう雰囲気に、疎外感を持った。この研究会の人たち的には、この文章はOKなのか…それこそ、ここで、(現在、大学人フェミニストとは言われないであろう)私が、何か突っ込むのは「余計なお世話」なのだろう、と。せっかく会員なんだから、私もこの気持ちを書いて投稿して、疑問を挟むべきかとも思ったが、ずるずる書けていなかった。

 もちろん、みんながみんな、山田さんみたいなことを言ってるとは思わないし、そうじゃない大学人フェミニストも多いだろう。だけど、こういう人、たくさんいる気がする。そして、もうすでに何人か目撃した。そして、私の中で、大学人フェミニストのよろしくないイメージ像が膨らんでいく。

 もちろん、単にイメージの問題でしかない。だけれど、イメージ戦略が、あまり上手く行ってないし、そのことへの危機感は、大学人フェミニスト内にあるのか疑問だ。

 そして、こんなこと言ったら大学人フェミニストから、ハブにされるのではないかという、私の不安感。これは被害妄想…に終わるように祈っています。

*1:つまり、私も会員です。

*2:ただし、学会ではない。ので、大学人じゃないフェミニストもたくさんいる。

*3:ていうか、テーブルの上に『2年目の報告』がある、ってどんな漫画だよ?少なくとも商業誌では載るまい。

*4:今はあまり読んでない。

2007-10-31

[][][]「働かなくていいよ」って言われてみたい

 kanjinaiさんの記事を読みながら、私の周りの女子は「働かなくていいよ」って、言われてみたい子が多いなあ、と思った。私たちの世代は、フェミ以降なので、女性が働いてもよい、という社会環境で育った。だから、結婚するまでは、腰掛だろうがなんだろうが、働くもんだと思ってきた。そして、不景気で厳しい就職戦線をくぐりぬけ、就職したものの、過重労働で心と体に絶大な負担をおっている。

 小さいときから、いい学校にいって、いい会社に行ったら「一生働ける職場に勤められるのよ」という呪文は、少なくとも私の耳には届いていた。一流企業なら、産休も育児のサポートも万全。総合職だったら、ちゃんと出世もできて、差別なく活躍できる。だから頑張ってきた。

 けれど、実際に働いていると、なかなかそういかず、転職し、派遣の職員になり、ボーナスも福利厚生もない。本当によくできる女性は、働きながら結婚も育児もできるけれど、私は無理。あれって、漫画やドラマの世界のできごとで、現実ってこんなもんよね。

 そういうぼやきを、よく聞く。結婚すれば、一生働かなくていい、なんて幻想はもう壊れているが、せめて2、3年でも専業主婦をして、休みたいという。「女はいいよな。結婚っていう逃げ道があってさ」と、よく男子に言われてきた。私も、最近よくわからなくなってきた。

 働くって、こんな辛いことなんでしたっけ?