2009-01-04
卒論提出まで後3日(そしてまだ原稿に手をつけていない)
学生生活 | |
大学って、もっとこう、門外不出の秘伝を教えるところだと思っていたよ。
あらゆることが系統的に、かつ大学に行かなきゃ絶対に学べないようなのがあるんだと。
大学ってもっとすごいところだと思ってた。
質問して教授の知を吸い取ろうとするけど専門外はただのオッサン、底が見える。
これなら本を乱読したほうがマシなんじゃないだろうか。
大学ってもっとすごいところだと思ってた。
いや、そう思うんだったら、それでいいんじゃないの。
大学ってのは「何かを強制されて勉強する場所」じゃなくて「自分が勉強したいことを見つける場所」なんだし。
所詮学生なんて大したこと知ってるわけじゃなく、パースペクティブを広げるために大学が強制することは仕方が無いと思う。
ただ、従う義理は無いんだからいらないと思ったら本でも読んでりゃいいだけの話。
実際、授業ってのは緊張感があって集中できるから、本を読むには凄く良い環境だった。
(そのせいでまだ単位足りない+必修とれてないわけですが)
それに大学は教養科目じゃなくて、やっぱ専門科目だよ。
僕もゼミ入る前は、大学なんてチョロいって舐めてた。
けれどゼミは違う。とにかく違う。
例えば「本を読む」なんてのもそう。
こういう視点もありだと思う。
けど、そうは言っても大学教授が「本を読む」ことと、そん所そこらの若者が「本を読む」ことは、深さが違う。
僕なんかが気軽にテキストだけ眺めて「読んだ」って言ってる間に、向こうはコンテキストを読み取ろうと、文献あさったり考えたりしてる。
単純に考えても向こうのがはるかに長い時間、問題に取り組んでるわけだし。
「無知の知」じゃないけど、大学は「自分がいかに至らないか」を認識させてくれて、その上改善するための場所と道具まで与えてくれる、まさに至れり尽くせりなわけで。
それを活かせるかどうかは、詰まる所自分しだい、ってことですな。
我々が将来、「知」を運用していくためには、書籍では圧倒的に情報量が足りません。講義に参加し、彼の全てを吸い取ろうとする態度、これこそが「学問」であり、大学は明らかに「学問」を目的とした場所なのです。
Thirのノート
※それにつけても卒論が進みません。
っつーか、自分の演習は「政治思想史」が専門らしいですが、自分が書いてるのが政治なのか思想なのか歴史なのか、それとも全然関係無いのかすら分からない。
まぁ、書いちゃえば幾らでも小細工できるしー。
(実際のところ大学で学んだことで、一番役に立ってるのが小細工じゃ無いかと思う今日この頃)

見つけられなかった3年の半ばまでは、俺にとって大学は退屈な場所だったし、ノルマをこなすだけの無味乾燥な日常を送っていたよ。逆に見つかってからはやる気が全然変わると思う。講義を吸収しようとする集中の度合いも段違いに上がって、専門の知識も身についてくるし、さらに興味も持てるようになるし。そして専門の重要性を再認識して、もっと勉強しなきゃなぁ、と感じ始めるという。。。
> ゼミは違う
俺の研究室では英語の専門書を読まされたけど、教授相手の緊張感はあったかな。適当が許されないというか、細部まで読まないと突っ込まれるというか……。毎日顔を合わせるしね。
……とりあえず、卒論をササっと終わらせてパーっとやろうぜ!
こんな教授はだめな教授ですね。うちのある教官は工学専門ですが自然科目の教官と同じくらい文学作品に精通しています。
専門外でも教養、またはそれ以上の知識を持っている人じゃないと味がない人間だと思われちゃいますね。
何に大しても意欲的な人ほど良い。たぶんこの教授はだめだったんでしょう。
あと教官からよく言われるんですが、特に理系文献についての「読む」は
筆を走らせながら流れを全て把握しないと読んだことにはならない、とのことですwww
まさにgorioshiさんがいうとおり、教授たちはそん所そこらの奴とは違うんですよね(ノ∀`)
卒論終わったよ!! パーッとやろうぜ!!
>Rさん
詰まる所、学生は学生であってそのレベルっつーのは低いわけで、
そんな連中に底が見えるほど教授のレベルは浅くないってことですね。