Hatena::ブログ(Diary)

藤宮史の日記

2017-09-11

加齢による不調?

21:25

 午後9時ごろ、曇天。気温23度〜30度。わりあい過ごし易い一日であった。併し、このところ、またしても体調不良に見舞われている。今度は、顔が腫れている。始めの頃は、特に左瞼が晴れていたが、今は、それに加えて左頬が腫れ、左目頭も腫れぼったい感じになっている。薬を飲むと、やや小康を保つ塩梅であるが、薬の効き目が切れてくる頃になると、俄かに腫れが増し、疼いてくるようである。

 こう云う体調ではあるが、じっ、としていても仕方がないので、軀がうごく限りは仕事を継続している。

2017-09-02

「無能の人」を彫る

16:09

 午後4時前、曇天。気温24度無いぐらい。涼しい。いや、肌寒いぐらいである。東京は、夏から一転して秋突入の塩梅である。

 昨夜、青林工藝舎の編集長から次号アックスに掲載する特集用のカットを依頼された。つげ義春氏の漫画からパロディ、または模写をとのことであったが、私は、パロディよりも氏へオマージュを込めた模写の版画が良いだろうと「無能の人」のコマ絵から作ることにした。

f:id:gorogure:20030101000006j:image

トレペに写して、それから版木に写して、版木を彫って、刷って、彩色して完成である。

 新潮文庫の「無能の人・日の戯れ」つげ義春著のページをめくって、小さなコマ絵を見ながらコピー用紙デッサンしてゆく。トレースすれば作業は早いが、やはり、オマージュ作品なので、いちいち構図を確認しながら、また絵の濃淡を確認して描いてゆく。

 近頃は、私の仕事にたいして無理解な者たちに囲まれ、また雑事に忙殺されて、いったい自分が何者なのか、また何のために生きているのか実感に乏しく、自分を見失っていたので、ここにきてアックス編集部からの依頼は、まさに天啓の如く、本来の自分を取り戻すのに充分であった。

 これが掲載されるのは、10月の下旬の予定である。

2017-08-30

空襲警報

17:47

 午後5時すぎ、曇天。近頃は、最高気温33度の予想が途中で修正されて、31度になったり、または30度以下になって、実際の体感温度は、風が吹いて、涼しく感じて、もう、すでに晩夏を感じだしている。今日も、これから東京は雨降りになるそうで涼しくなると思われる。

 昨日の早朝6時頃、家人に揺り起こされて、いきなり、●●●●が飛んでくる、と言われた。刹那、何のことかとわからず、併し、急に動悸が激しくなって、死ぬんだな、と周章てた。だしぬけとは、まさに、この事である。これじゃ、拘置所にいる死刑囚の身の上と、たいして変わらない。莫迦莫迦しいな、と思った。ひとの愚かさ、哀れさを実感した。●●●●を飛ばさずに、ひとを殺さずにいればいいものだが、できないものだろうか。

 ●●●は、●●と●●●●と●●にして、●●を回復して、国内の経済を立て直せばいいものを、どうして●●をしなければならないのだろうか。どうして簡単に思えることができないのか。

 日本の各地で空襲警報が鳴ったらしいが、私は聞かなかった。ネットの画面に●●●●にそなえて頑丈な建物の中や地下に移動するように指示があったが、私のアパートに地下はなく、しかも建物は木造である。事前に防空壕を掘っておくべきであったが、あとの祭りである。それに放射能よけにガスマスクをアマゾンの通販で買っておくべきだったが、今では遅い。一日経って、ガスマスクを注文したかと言うと、注文していない。命は惜しいが、何故か注文できていない。ただ単に、お金がもったいないと思うからだが、こんな莫迦莫迦しいことにつきあっていられない。

 もう、自分の周辺のこと以外書かないことにしていたが、どうしても関わりを持とうとしてくる。鬱陶しいが、どうにもならない。はやく●んでくれ、●えてくれと思う。そう日本に住むひとたちは思っていると思うが、どう云うわけか●なない。

2017-08-14

猛暑一段落

11:03

 午前11時前、曇天ときおり雨天。気温摂氏23〜27度。本日の東京は過しやすい。あれだけの連日の猛暑も一段落したようで、これからの日々は雨降りが多い天気の予報である。

 8月11から12日に、また三島に行き、今回は物置小屋の解体撤去をした。もっとも撤去をしたのは業者であるが、3時間あまりで、きれいに小屋がなくなり、一抹の寂しさと、また新たな展開を期する気持ちもあるが、やはり名状しがたい思いがつよい。それは、おもに理不尽であると云う思いであるが、それは拭い去れない。併し、とにかく、小屋はなくなった。ひとつ問題が解決し、山積している問題に、また向かわなくてはならない。

f:id:gorogure:20030101000023j:image

▲物置小屋の跡地には草がはえていない。ここだけ時間がとまり、45年前の姿をとどめている。

 過去を探る心の旅は、自分を確認することである。以下に掲載さいする画像は、40年程まえに、沼津市西武デパートで母親に買ってもらった藩札(寺社札)である。これの購入時は、私が小学4、5年生であったと思われるが、藩札の販売価格の500円は当時としては安いものではなかったと思う。、母は、子供の好奇心に寛容で、よく理解を示してくれた。

f:id:gorogure:20170814111754j:image

大和興福院の寺社札。和紙木版印刷してある。複雑な形象の朱印、黒印も押されている。十市郡新堂村、庄屋年寄總百姓とあり、現在の奈良県あたりであろうか。

2017-08-09

酷暑に右往左往

17:09

 午後5時前、曇天。気温摂氏28度程。本日は、東京も気温が37度を超える所が出たそうで、阿佐ヶ谷も、やはり東京で、外に出した温度計によると日陰でも33度、乃至34度になっていた。今日は、午後3時から歯医者の治療の予約が入っていたが、あまりに暑い暑いと前日からテレビ等で連呼していたので、相当に暑く、きっと外出すると熱中症になって軀具合がわるくなるだろうと思っていたが、午後3時の阿佐ヶ谷は、なんとか短時間の外出は大丈夫であった。幾分、歯がきれいになり、ひさしぶりに気分がいい。兎に角、これだけ永年に亘って歯医者に掛っているのに、いまだに歯医者ぎらいは改善せず、歯医者に行くのも勇気を奮わなくてはならず、毎度のことながら疲れる。併し、このたびは疲労感よりも達成感、喜びのほうが強く、近年にない充実感に浸っている。

 木版漫画「羅生門」の彫版は遅々として進んでいない。併し、わずかではあるが進展したところもある。

f:id:gorogure:20170809165138j:image

▲登場人物の感情表現のコマである。

f:id:gorogure:20170809164952j:image

羅生門の雨の版をかさねてゆく。

 いま八月の上旬で、一年の半分を過ぎたとはいえ、たしかに今年一年の総括をするには早すぎるが、敢えて言いたいことがある。

 今年は、たいへん苦労の多い一年であった。もう、この八月でも充分一年分の苦労はしたと思われる。これ以上の苦労は勘弁願いたいところだ。人生つらいことばかりだと、だんだん楽しい感じが判らなくなり、気がつくと渋面ばかりになってゆく。できれば、残りの年月は、笑って過ごせればと、念じている。