Hatena::ブログ(Diary)

藤宮史の日記

2017-07-24

事態好転 !?

10:53

 午前10時半頃、曇天。本日の最高気温は31度の予定である。ようやく暑さも落ち着き、やれやれである。あまり暑いと昼間の外出はならず不自由の極みであった。

 私の身辺も、日々の暑さの落ち着きとおなじく、ようやく落ち着いてきた。もっとも、落ち着いたといっても事態が劇的に改善されたわけではなく、ただ単に心理的に落ち着きを持ち始めただけであるが、それでも負担は随分と軽いものになった。それから、また、8月の始めには三島行きがあるが、父の介護認定や物置小屋の解体撤去の仕事は、今度はすべて業者まかせで済み、実際の負担は軽い。とにかく、どんなに困難なことでも、ある程度道筋が立てば気持ちは楽なものである。

 まるっきり頓挫していた木版漫画「羅生門」の彫版作業を再開している。つくづく創作活動は、やる気の有無の問題であることを知った。ほんとうにやる気の問題だけである。

 ときには気分をかえて、古銭鑑賞をしてみる。埃をかぶっている古銭アルバムをひらくと、こんな物を持っていたんだと驚くことがある。

 沈郎五銖は、古代中国の「新」の時代の貨幣で、西暦8年から23年の鋳造であるから、キリストが在世中である。そう思って眺めると、また一段と感慨をあらたにする。

f:id:gorogure:20170724111402j:image

▲画像は大きいが、古銭の銭径は12个曚匹任△襦手のひらの上にのせると豆粒ほどしかない。

2017-07-17

猛暑日つづく

14:43

 午後2時半頃、晴天。気温摂氏35度。東京も、危険なぐらいの猛暑となり、昼間はほとんど外に出られない状態である。洗濯物を外に出すと、1時間もしないで乾き、それ以上乾すと繊維が傷みそうである。

 今日も屋内作業のつづきで、先日から始めている考古学資料の整理である。三島市には、私も、よく学生時代に表面採集にでかけた奥山遺跡、反畑遺跡があるが、その他にも、大曲遺跡が箱根山中腹にあり、そこで採取した石鏃は、変わった形をしている。

f:id:gorogure:20170717144027j:image

▲石鏃(やじり)は、矢の先につけるもので普通は三角形をしているが、これはブーメランのような形である。横20弌濬13个曚鼻

2017-07-13

人生復活

17:00

 午後5時前、曇天。気温摂氏33度。今は、やや涼しい。とにかく、連日の猛暑で、日中の外出は控えるしかない。陽が落ちだしてから、そろそろと出掛けている。

 ようやく、このところ私は自分を取り戻しつつある。併し、やはり、三島ショックから完全に立ち直ってはいない。東京にいても、断続的に三島絡みの案件がいくつも私の日常を浸食していることにかわりなく、つとめて三島問題を考えないようにしているが、現実がそれを許さないようだ。それに、8月2日には、また三島に行って意に介さない用事を済ませなければならない。そして、さらに困難な問題が山積みしている。

 どうしても、この頃は、口を開けば愚痴になるが、気分をかえて、昔の記憶を辿ってみたい。

f:id:gorogure:20030101000122j:image

▲この縄文時代の打製石器(全長10僂曚)は、三島市の奥山遺跡のある附近の畑からひろったもの。

 私は、中学2年生の頃、たびたび畑の畝のあいだに落ちている土器や石器をひろいに行った。それは毎週の日曜日ごと、夏も冬も約1年間は通ったので、随分と熱心であった。あの情熱は、どこから来て、そして、どこに行ったのか。結局、確かな帰着点を見いだせずに終わったが、今でも縄文時代にたいする関心は灰に埋もれた熾火のように燃え続けている。

f:id:gorogure:20170713171913j:image

▲この磨製石器(全長33)は、私の複製品である。右方向に刃がついている。

 たぶん中学2年生の頃から、高校2年生頃の制作である。記憶が曖昧で、その頃の情熱にくらべて今の自分は少年の自分を裏切っているような気もするが、今では、とても及ばない闇雲な情熱がある。なにか別のものへと、この情熱を振り向かせればよさそうなものである。が、併しそれは、中高年の今になって、分別臭く言っているだけかもしれない。たしかに昔は苦しい青春時代であったが、今よりも更に何事にも打ち込めて幸せであった。併し、その当時は、それが幸せどころか、ただの苦しみ以外になく、ひたすら若い時間をのたうち回っていた。

2017-07-08

休日終了

14:20

 午後2時前、晴天。気温摂氏33度。7日に、東京に2週間ぶりに戻ってきた。いささか三島ぼけの塩梅で、体内リズムが狂っている。三島にいると、どうしても父の介護の関係で、何をするにつけてもテンポを早くしなくては日常生活をこなすことができず、三島に留まれば留まるほどに、こちらの軀は疲弊して蝕まれてゆくようである。もっとも、二人分のことを一人でするので疲れるにきまっている。そして、それに加えて、家の中の片付けと物置小屋の中の不用品の片付け、不用品搬出業者の選定と連絡。また介護認定の手続きのために市役所に出向いたり、また先月まで父が乗っていた車の廃車手続きやら新聞購読の停止手続き、サプリメント購買中止手続き、弁当配達の依頼、また急遽、前歯が抜けそうだと云うことで、歯医者に連絡して診察日の予約を取ったり、まだまだ書ききれないほど細かい雑事は連続して、わたしは自分を失って、右往左往、奔走していた。

 いま阿佐ヶ谷の部屋の中にいて、ゆっくりと自分を取り戻しつつある。まるっきり頓挫していた仕事を再開している。併し、まだ感覚が半分も戻っていない。2週間の休日は、わたしの人生にとって、どう云うことであり、どう云う意味があるのか。これから、考えてゆきたい。

2017-07-01

続・版画家の休日

11:44

 午前11時、曇天。気温27度程。三島の夏も、暑い。父から壊れていると申告のあったエアコンは、普通にリモコン操作をすると、正常に動いた。どうも、父は、リモコン操作ができないようである。歳を取ると、だんだん失われてゆく機能がある。簡単なことでも、できなくなる。耳が遠くなり大音量でテレビを見ている。家の中は、まるで映画館のような臨場感である。とくにコマーシャルは2割増の大音量になり、耳栓をせずにはおられない。

 話はかわり、先日、三島市役所に行った際に、三島大社にも、久しぶりに立ち寄った。平日の大社は閑散としていて気分がいい。広い空間が、屈託を、いっとき払うようである。本殿に参拝して、鹿園で、鹿を見学した。鹿の鼻のまわりが、泥でよごれていて見ていて気持ちわるいが、唇のあいだから一瞥できる歯が、思いのほか、小さく、白く、きれいで、私の歯より余程きれいであった。それから、宝物館へも立寄り、冷房のきいた館内で涼む。長椅子に座る。私のほかに、来館者はいない。国立博物館などに比べれば、あまり広くない館内であるが、それでも博物館であるから、それなりに広い。国宝に指定されている北条政子の梅蒔絵手箱は、よその展覧会に出張していて展示してなかった。源頼朝公が墨書された文書はあった。花押が「藤」の文字の草書のような形をしていて興味深かった。

f:id:gorogure:20030101000233j:image

三島大社にある源頼朝公、北条政子が座ったとされる石。


 実家の片付けをしていて、懐かしい物が出てきた。私が中学生、高校生の時分に、近所の畑で表面採集したものである。

f:id:gorogure:20170701105330j:image

▲3割もない残存の土器片を無理やり補修復元した。白い部分は石膏である。

f:id:gorogure:20170701105644j:image

f:id:gorogure:20170701105449j:image

▲今では失ってしまった私の無暗な情熱が、この器にはある。

KyotoKyoto 2017/07/01 23:23 お元気ですか?
お父さんのリモコンのお話笑いながらよみました。ある!ある!
息子が画集をネットで買い見せてもらいました。
がんばってますね

藤宮史藤宮史 2017/07/02 23:04  日本列島で猛暑を記録したようですが、三島市も摂氏33度という猛烈な暑さに見舞われて、ガス報知器が熱中症警報の赤ランプを点灯させて、まことに不穏な感じです。どうにか稼働しているエアコンの冷房のある部屋に日中は幽閉された形で、なんとか元気で、家の中の片付けをしています。とにかく、不用品の山に呆然としていますが、少しずつ山を切り崩すように片付けをしています。
 父は、段々と記憶障害が出てきて、昨日、喋ったことを忘れて、もう一度おなじ内容を喋ったりしていましたが、近頃では、朝、喋ったことを忘れて、昼にもう一度おなじ内容を喋ったりするようになりました。母は、生前、つきさっき喋ったことを何度も繰り返し訊いてきたりして、些か閉口したものでした。ニュースでは、認知症時代が到来すると言っていましたが、たしかに実感しています。
 拙著をご購入とのご一報に接し、深く感謝致します。この本は刊行されてから、もう一年になりますが、北海道新聞で小さく取り上げられたほかに、さしたる反響もなく、またベストセラーになることもありませんが、このような種類の本を出版してくれる青林工藝舎にはたいへん感謝しております。