Hatena::ブログ(Diary)

藤宮史の日記

2018-05-20

国立天文台へ行く

15:29

 午後3時半ごろ、晴天。気温20度程。幾分風がある。気持ちの良い風である。

 昨日の午後、マキコとふたりで三鷹にある国立天文台へ見学に行った。武蔵境駅からバスに乗って、約15分行くと到着。今回は、わりあい順調にコマが進んでいた。

f:id:gorogure:20030101000031j:image

▲石造りの立派な門が出迎えてくれる。

 バスの停留所から急な坂を登ると、国立天文台の門が見える。守衛所で入場の記帳をして、入館証のワッペンを貰って上着に貼る。入場料は無料である。貰った場内パンフレットを見ながら足を進めると、

f:id:gorogure:20030101000033j:image

▲この場内では、一番古い建物である。

 イメージ通りのクラッシックなスタイルの天体観測所が見えてきた。ここには口径20cmの屈折望遠鏡が備えつけられている。パンフレットによると第一赤道儀室とある。室内に入ると、

f:id:gorogure:20030101000154j:image

 狭い室内に大きな観測機があり、圧倒される。そして、建物の扉に「蜂注意」の貼紙があり、早々に退散する。建物から出て、振り返ると、

f:id:gorogure:20030101000102j:image

▲戦前に造られた窓が懐かしい。

 雰囲気のある外観で、やはり素晴らしい。それから、天文台歴史館と銘うった、この場内で一番大きな観測ドームで、口径65cmの屈折望遠鏡を見学する。そこには明治9年製の望遠鏡が展示してあり、明治初年の器械にしては精巧な造りに感心したり、また、文明開化で西洋から技術が導入されてきたので、当りまえと言えば当たり前だろうと思いなおす。

f:id:gorogure:20180520150922j:image

 ひとりで屋外の休憩所のベンチに座って、一服する。併し、禁煙して早20年であるので、一服といっても、ただ坐っているだけである。併し、飲み物ぐらいは飲む。眼前の景色は、春の陽に照らされて美しい。

f:id:gorogure:20180520150739j:image

 なんと云うこともない樹木の下に生えている草々に、一時心が癒される。青い葉は、命の息吹そのものである。

 暫くして、ひとりで、あちらこちらと散策していたマキコがベンチに来て、私に来いと言う。仕方なく、連れられて歩きだすと、

f:id:gorogure:20030101000034j:image

 樹木が茂る薄暗い遊歩道の先は、思いがけず視界がひらけた。

f:id:gorogure:20180520150527j:image

そして、またすこし歩いてゆくと、今度はさらに不思議な光景に出逢った。

f:id:gorogure:20030101000036j:image

2018-05-15

遠望不着

16:15

 午後4時、晴天。気温26度らしい。暑い、と思う。部屋の中で肌着一枚でうろうろしている。体調は、思わしくない。連日の座職のために、腰、肩がひどく凝っているようで、併し、あまり凝っている自覚がなくて、血行、リンパの流れがわるく、時折、吐き気のようになったりしている。尤も、吐き気はすぐに治まるが、兎に角、気持ちはよくない。季節の変わり目は、毎年体調を崩しがちになる。この頃は、木版漫画の制作は停滞している。併し、ぜんぜん仕事をしていないわけではない。

f:id:gorogure:20180515160510j:image

▲「羅生門」版木4枚をまとめてある。

f:id:gorogure:20180515160320j:image

▲「羅生門」版木6枚をまとめてある。

 木版漫画「羅生門」の版木10枚である。彫るたびに印刷していたが、このところ刷らずに溜まっていた。一枚の版木を彫るのに、3日から1週間ぐらいは掛っている。以前なら1日あたり1枚は彫っていたが、今は彫り急いでいない。実際、軀が思うように動かずに早く彫ることができないのではある。仕事は若いうちにやったほうがいい、とはここのところだろう。私の場合は、木版漫画をはじめるのが遅くて、40すこし前からであったが、20年早くやっておれば、なにかしら、しっかりした仕事になったかもしれない。

2018-05-02

デカルコマニー的思考

15:43

 午後3時半頃、曇天。気温27度ほど。いよいよ春本番である。併し、どうかすると夏日のような日がつづく。

 私は、木版漫画とは、ちょっと違った編集作業をはじめてから2年以上が経っているが、まだまだ発表できる段階ではない。木版漫画の作業をしていないときは、だいたいこの作業をしている。そして、このたび、またちがった事もしてみた。以前に「二番煎じのアート」なるものを、せっせとやっていたが、今度のは、美術的な作業の初歩の初歩といったところをやってみた。つまり、このところ、なにを見ても、なにをしても、あまり感動しなくなっていて、これでは、いかん。これでは、つまらん。と思って、あれこれ思案してみたが、やはり、自分が気になること、好きな方向性は美術的なものに限定されているようである。

f:id:gorogure:20180502152441j:image

 これは、デカルコマニーという美術技法のひとつである。美術家マックス・エルンストの作品が有名であるが、私は、瀧口修造の小さなデカルコマニー作品が好きである。その瀧口の作品群に刺激されて作ってみたが、絵具の水分量の多少によって、随分印象のちがうものが出来上がってくるようである。

f:id:gorogure:20180503141055j:image

▲絵具の塗り方により四角もできるし、丸くもできるが中身はおなじ様子である。

 デカルコマニー的形象は、用紙、絵具、水分という地球での生成関係で、結果、どこかで見たことがある様子になるらしい。たとえば画面にある水脈のような血管のような形は、やはり、地球上の物質ならではの形象だろう。

2018-04-21

江戸東京たてもの園へゆく

20:21

 午後8時、晴天。日中の気温は27度ぐらいまでいったそうだ。暖かい一日であった。今日は、マキコとふたりで、江戸東京たてもの園へ行った。出掛けたのは午後2時半ごろで、園内に着いたのは午後3時をまわっていた。閉園時間は午後5時半である。併し、これだけの時間でも充分で、第一私の足腰がそれだけの長時間には耐えられない。近頃は、1時間歩くだけでも精一杯である。

 園内では、もともと万世橋脇に在った小さな交番の建物を見学。

f:id:gorogure:20030101000020j:image

 そして、交番内にある机に目を瞠った。

f:id:gorogure:20030101000130j:image

 建物のデザインにあわせて机が三角形になっているのが面白い。それから、田園調布から移築した邸宅を見学した。

f:id:gorogure:20180422112154j:image

瀟洒な建物で、大正14年(1925年)に建てられた。

f:id:gorogure:20030101000007j:image

▲室内は、全室洋間になっていて、おしゃれな書斎もある。

f:id:gorogure:20030101000009j:image

▲たてもの園には、擬似的な商店街の通りもある。

 丸二商店は、昭和10年代の店内のようすを再現してあり、実際は目にしたことはない景色だが、知っている部分もあり、懐かしいような気分になる。

f:id:gorogure:20030101000027j:image

▲店内に陳列されてある商品にねずみ取りがあり、それは私が所有している物(未使用品)とおなじで、おどろいた。

 木製の塵取りなどは今では見かけないが、たわし、竹ザルなどは今でもおなじものを使っていて、あまり生活の質に変化はないと思った。

f:id:gorogure:20030101000046j:image

▲村上精華堂は、上野不忍通り沿いにあった小間物屋(化粧品屋)。

f:id:gorogure:20030101000029j:image

▲店舗の奥が長屋のつくりになっている。

 長屋の部屋のまえには植木などが置かれていて、当時の景色が再現されている。また、手押しポンプの井戸もあり、今にもここの住民が部屋から出て来そうな気がする。長屋の部屋は、六畳ひと間に奥に流しがある。また、2階に上がる急角度の階段も狭い三和土のよこに付いている。

 他にも、日本風建築高橋是清邸を見学した。こちらは建物の内部を見学でき、二階の和風の畳敷き座敷に坐って、窓ガラスから外を眺めると、うねうねした昔のガラス板から緑の林の景色が見えて、気分は一層よくなった。

 帰路、玉川上水沿いのバス停で、バスを待つも、定刻になってもバスは来ず、仕方なく武蔵小金井駅まで歩いていった。途中、1kmほど歩いたところで、バスが通り掛ったので、それに乗り、駅に行った。バスの延着は18分ほどであった。たてもの園へ、向うときは駅からタクシーに乗ったが、帰りはバスをと思い、それがまちがいの元であった。こちらに行くときは、行きも帰りもタクシーで行ったほうがよい。タクシー代、片道910円であったが、バスを待ったり、歩いたりすることを思えば、それのほうがスマートな旅程となる。園内を歩くよりも、外で歩くほうが存外多かった。

2018-04-18

不動産登記

11:19

 午前11時、雨天。昨日から、ぱらぱらと雨が降り続いている。この頃は、木版漫画の制作は停滞ぎみで、そのかわり別の作業に掛っている。おもに自分の仕事ではない部分が多く、ふと、手をとめて、長嘆息になることが多い。父親の遺した猫の額ほどの山の土地は、今では誰も行かずに草木の茂るにまかせている。

f:id:gorogure:20030101000026j:image

▲この山道の右側に、山の斜面に小さな家一軒分の狭い土地がある。

 中野の不動産登記所に出向いて、不動産名義変更をしなくてはならない。併し、この山の土地には、まるで価値がなく、生前、父親も40年前の不動産屋と、それを斡旋していた某地方代議士に騙されたと嘆いていた。併し、それも、すべて昔話である。騙した方も、騙された方も、今ではすべて鬼籍に入っている。昔話はさておき、どのような物件であっても固定資産税が掛るそうで、放ってもおけない。私には、土地の問題、資産関係の話は無縁だと思っていたが、また、そのように生きてきたが、宿縁なのか、このような事が私の人生にも絡みついてくる。