2005-04-27
■[DISCO]ジンギスカンとは

ディスコネタを見ると、ついつい後のりしたくなる。
「めざせモスクワ」はしっかりロシアだった。:[mi]みたいもん!
ジンギスカンといえばギミックの塊みたいな、ディスコ・グループ。
中でも一番のギミックは、ジンギスカンには景気予測や経済分析の専門家が本職であるベルント・マイヌンガー博士という仕掛け人がいて、独自のマーケティング理論に基づいてメンバーをオーディションで集め結成した、というもの*1。
実際は、当時売れていた同じミュンヘンのディスコ・グループ“ボニーM”の『怪僧ラスプーチン』のヒットの柳の下を狙って、歴史上の人物をディスコソングに仕立て上げたというだけのこと。「ディスコとはなんだったのか」という問いへの答えのひとつに、自ら売り出してきたスターのギャラと、スタジオ費が高騰したレコード会社がそれを反省し、“アンチ・スターシステム”、“レコーディング予算の削減”の二つの戦略を画策した自己キャンペーンという側面があったわけで、名も無いスタジオ・ミュージシャンたちにあらゆる装飾を付け加えて“謎の集団”としてお手軽に売り込む手法は多々みられた。このジンギスカンはまさにその典型。
ディスコグラフィはこちら
http://www6.plala.or.jp/arabesque/candy_pop/dk_discography1.htm
「インカ帝国」だ「サムライ」だと一貫してノベルティをやってるのがわかる。イロモノ度はホット・ブラッド(『ソウル・ドラキュラ』)ボニーMやバンザイ(『チャイニーズ・カンフー』)よりも上。
ジンギスカンのプロフィールなどはこちら。
http://homepage1.nifty.com/igex/genghiskhan.htm
マルコ・ポーロというディスコバンドが同時期に同じ『ジンギスカン』でデビューしている謎や、川崎麻世が『ジンギスカン』を歌ってる話などに触れられている。
ちなみに1980年のモスクワオリンピックに便乗して発売したのがセカンドシングルの『めざせモスクワ』なんだけど、どーでもいい薀蓄を加えておくと、ジンギスカンのメンバーであったレスリー・マンドキは、この大ヒットの実績を見込まれたのか1988年のソウルオリンピックでも便乗ソングを手がけることになる。ディスコと韓国民謡を意識したもので、日本ではダーックダックスでは無く、少女隊が英語と日本語でカバーしてる。これは僕も覚えてるや。『KOREA』っていう曲。たしか全然売れなかったはず。
詳細はこちら
http://www6.plala.or.jp/arabesque/candy_pop/dk_discography3.htm
【関連】
君もジンギスカンの動画を見てファンになれ!
ジンギスカン、めざせモスクワ再燃の兆し(笑)
*1:まあt.A.T.uが、プロデューサー(イワン・シャポヴァーロフ)が元児童心理学者だっていう触れ込みで売り出したり←ただのロリコン趣味じゃん! とか、インリン・オブ・ジョイトイのなんとかチェンコみたいなギミックと同じ。ロシアつながりだ。
- 255 http://www.excite.co.jp/News/blog/
- 139 http://search.yahoo.co.jp/search?p=ジンギスカン レスリー・マンドキ&ei=UTF-8&fr=top&fl=0&x=wrt&meta=vc=
- 78 http://search.yahoo.co.jp/bin/query?p=ジンギスカン+めざせモスクワ&fr=top
- 74 http://d.hatena.ne.jp/otokinoki/20050427
- 64 http://aeug.blogspot.com/
- 59 http://d.hatena.ne.jp/otokinoki/
- 47 http://d.hatena.ne.jp/sakimi/20050428
- 41 http://www.excite.co.jp/News/blog/ranking/
- 40 http://d.hatena.ne.jp/keyword/ゲーム脳
- 39 http://search.yahoo.co.jp/search?p=ジンギスカンブーム終焉予測&fr=top&src=top










当時(くらいまで)の洋楽ヒットというのには、安い「日本語カバー」が同様の「馬の骨以下」が連発されるというのも特徴の一つでしたね。
”若者なら今♪ワハハ。チャンスは今♪ワハハ”
少女隊は妙に高い音楽のクォリティがアダだったのではないでしょうか。