2012-02-18
人間の中の獣性と愛の闘い〜いじめはやめよう〜
子供時代を支えてくれた歌をもう一つ思い出しました。
小公女セーラの冒頭歌「花のささやき」。
このアニメは、母も私も大好きで、毎回見ていたのですが、
その時の私は、セーラの苦しみを自分と重ね合わせて、
アニメを見るたびに泣いてしまう程でした。
男尊女卑の世の中で、女の子への扱いが特に厳しかった時代・・・
子供が、しつけの名のもとで暴力にあっても普通だった時代。
今の感覚だと虐待問題になってしまうようなことも、普通にたくさんありました。
そんな時代の中、このアニメはかなりの挑戦であり、話題作でした。
私は、セーラの健気な生き方と、この歌に何度慰められていたか・・・。
大人になった今でも、虐めや不幸にあう度に、
心の底でこの歌を思い出します。
どんな扱いや理不尽な境遇に出会っても、汚い人間にはなるものかと思います。
「花のささやき」 小公女セーラ主題歌
作詞:なかにし礼/作曲:森田公一/編曲:服部克久 歌:下成佐登子
私の胸の 片隅に咲いてる
小さな花に 名前はないけど
悲しい時は 赤い花びら一枚
目がしらに あてるの
すると涙が 消えてゆく
私だって 泣こうと思ったら
声をあげて いつでも泣けるけど
胸の奥に この花あるかぎり
強く生きて みようと思う
明日はきっと 今日よりはいい日と
祈りを込めて 星空を見ると
淋しくたって 一人ぼっちじゃないよと
ささやいて くれるの
胸に咲いてる 赤い花
私だって 幸せほしいけど
ほかにもっと 大事なものがある
それが愛か 優しい心かは
生きてみれば わかると思う
実は私は、今現在も、コンフリクトと対峙中です・・・。
私の悩みのひとつに、外見と中身が合っていないということがあります。
これは、人にも言われますし、精神科医にも言われます。
私は、私自身はそう思っていなくても、頻繁に「美人」と言われてしまうのです。
すっぴんで、年中穴の開いたボロの服を着ていてもです・・・
そのせいか、常に満面の笑顔でいないと、「見下されている」と取られてしまうし、謙虚でいると「自信のない人」と取られてしまったり、色々なことに巻き込まれたり、苦労の連続です。
また、上からの圧力で支配しようとして思うようにならなかったり、どこの派閥にも入らないと、
「変人、危険人物」と指定されてしまったり。(まぁ、間違ってはいませんが 笑)
よく接する人には「優しくて謙虚」と言われますし、不正義に対して消極的なだけなのですが・・・。
はっきり言って、日本の社会は、まだまだ、虐めやハラスメント王国です。
人間て、どこかで獣性を発散させなければやっていけないのでしょう。
でも、だからといって弱い人を虐めていいということにはなりません。
人と人は、常に対等です。
上に立とうとする者には、それだけの資格と尊敬すべき人間性が必要です。
親と子供でも、部下と上司でも、先生と生徒でも、友達同士でも。
〜だから偉い、とは決め付けられません。それは相手が決めるだけのこと。
相手がマリオネットのように思うようにならないからって、怒ってはいけません。
全ての人が、虐めとは何か、ハラスメントとは何か、よく理解しなければならないと思います。
ハラスメントをしている人は、自分が何をしているか、殆どわかっていないことが多い。
そんな人達に教育すること、そしてハラスメントが起こるような状況を管理し、防止する制度が必要です。
世界の平和を願うなら、まずそこからだと、私は思っています。
ところで、人間の中の獣性は、世界中の誰でもが持っています。
その獣性は、文明化、都市化に従い、押さえ込まれるようになってきました。
【参考】
面白いブログを見つけたので、ご紹介させて頂こうと思います。
奴隷と動物の解放@大英帝国
http://d.hatena.ne.jp/derorinman/20070320/p1
虐待の歴史は、生物が生まれてからという、根深いものです。
それが、人間の世界で、どのような意識変革が起こり、タブー視されてきたのか。
実は、人間(子供・奴隷など)への虐待がタブーになる前に、動物への虐待がタブーになったという歴史があります。
それは、19世紀のイギリス。
1824年、動物虐待防止協会というものが世界に先駆けて発足しました。
この動物虐待防止協会が出来てから40年後の1864年、子どもの虐待防止協会が設立されますが、モデルになったのは動物虐待防止協会だそうです。
そして奴隷解放宣言が発布されたのが1862〜3年です。
色々な事情あって、なんと、動物虐待防止のほうが先なんですね。
しかしそれまでは、イギリス貴族の間でも「熊いじめ」「牛いじめ」など、動物を虐待することが余興にされることが当たり前のような世界でした。
実際に、世界中で利権獲得や植民地化の名のもとに、人間に対しても大虐殺を平気で行っていた国です。
その国が、世界でも先駆けてマーティン法などの動物愛護を叫び出したという、とても興味深い歴史です。
こちらのブログでは、「息子同然のアメリカの反発にあったこと」で、イギリスはショックを受けると共に、プライドをかけて自省し始めたということが書いてあります。
確かに、あまり内省的でなく、俗世間に流されて満足するようなタイプの人々は、そのようなショックがないと気づきにくいのかもしれません。
ただ、いつの時代にも、そうではない人、塩野七生さん風に言うと「サイレント・マイノリティ」的な人はいて、常に自分の心に問いかけ、良心(conscience)に従って生きようともがいている人はいるのだと思います。
自分がそうだとはおもいませんが^^;
(ちなみに、ディズニーの映画は、「ピノキオ」にしろ「ポカホンタス」にしろ、そういう良心や優しさを知る人であれ、というメッセージを感じ、世界の至宝とも言うべき素晴らしい作品ばかりだと思います。)
社会が極限まで堕落してしまうと、今度はそういった人達(良心の叫びを聞く人々)の激しい怒りを受けます。
時には、そういった人達は、自らの命をかけて行動に移します。マイノリティであるから、殺されてしまう人も多い。
上手に、芸術で昇華し、啓蒙される偉大な方々もいます。
そして、その勇気ある行動が成功すれば、社会を何段階も上に引き上げるのです。
そこで困ってしまうことですが、人間の獣性は、依然としてそこにあること。
人間は、もともと動物であり、野獣なのです。
自己中心的で、強欲で、血と肉を求め、虐殺を求めている。
そんな部分が人間にはある。
忘れてはいけないことですが、それは、「どんな人間にも」ある。
だから、人間を見くびってはいけない。
互いに尊重しなければ、社会が成り立ちません・・・。
でも、結局、そんな獣性をどうやって解消したら良いのでしょうか。
私がひとつの答えだと思うのが、
「行動すること・動くこと」
「自分の夢にすべての力を注ぐこと」
「自分にとっての完璧な人間を追及すること」
「人に心を込め、親切にすることによってエネルギーを放出してしまうこと」
「身近な人やカウンセラーに話して吐き出すこと」
「笑うこと・すべてを笑ってしまうこと」
「スポーツをするなり、無心に遊ぶこと」
まぁ、血があまって仕方ないなら献血を・・・というのは冗談ですが^^
獣性が強い人というのは、それだけ有り余るエネルギーを持っている人なのだと思います。
私もそれが原因で、たまに変人になってしまうタイプですが・・・
だから強いと言われますが、反対。弱いけど、強くあろうとしているだけです。
まず、自分の獣性を認識し、肯定しましょう。
そうしたなら、あとはそれを自分をなるべく良い方向へ導くエネルギーにすればいいのだと思います。
ぜんぶ完璧にできなくってもいい。
だって、人間は、不器用な動物なのだから。
でも、「弱いもの、立場が下の者、虐めても攻撃してこなそうな者」を虐めることは、
人間として生まれた資格者(権力者)として、
「最低な」「劣等な」獣性の方向づけだという認識くらいは、共通認識として持っていたいですね。
そんなことさえわからない人間の方が残念がられる、
人類の世界は、もうそのくらいの意識を持ってもよいと思います。
物質文明だけが進化して、人間の心は進化せず、というのでは悲しいことだから。
日本中にはびこっている、中世の「熊虐め」みたいなことは、もうやめましょう。
それは自分の心の弱さを虐めている、哀れな精神構造です。
本当に強いならば、自分の弱さ・獣性をコントロールして、自らを高められるはず。
「ストレス」もひとつの力です。
その力を弱いもの虐めなんかに使わないで、自分のために使おう。
早くそんなところから抜け出して、もっと良い社会にしよう。
これからの子供達のために。
次の世代に、「いじめ」は残さない。
ここで食い止めよう。
そんな世界を、子供達はもう望んでいる。
私は、できると思う。
だって、虐める人達は、「人より優れていたい」気持ちを持っているのだから。
虐めることが、何よりも人間として愚かで可哀相な事だと知ったら。
できるわけが無い。
周りの大人たちを含め、みんながそうやって理解ができたなら。
身をもって実践することができるなら。
明日は、笑顔になる。
Ya-Ya-yah
「世界がひとつになるまで」
まぶしい陽ざしが 君の名前を呼ぶ
おんなじ気持ちで 空が見えるよ
つらいとき ひとりきりで
涙をこらえないで
世界がひとつになるまで
ずっと手をつないでいよう
あたたかいほほえみでもうすぐ
夢がほんとうになるから
はじめて出逢った
あの日 あの場所から
いろんな未来が歩きはじめた
なぜみんな
この地球に生まれてきたのだろう
世界がひとつになるまで
ずっと手をつないでいよう
あたたかいほほえみでもうすぐ
愛がほんとうになるから
世界がひとつになるまで
ずっと手をつないでいよう
思い出のまぶしさに負けない
とても素敵な夢がある
世界がひとつになるまで
ずっと手をつないでいよう
ときめきは宝物 いつでも
愛が明日を守るから
愛が明日を守るから
P.S.
なんとなく、今日はこの曲に出会いましたw
いい歌詞ですね。
「世界がひとつになるまで、ずっと手をつないでいよう」
こんな風に、言われたいっww
もちろん、マイケルに♥♡
ただ!!
たまにお見かけする方々のように、私の頭はお花畑♪♪になりたい訳ではありません。
世界にひとつになって欲しいとは心から切望するけど、
「国境がなくなればいい」とは全く思いません。
マイケルファンたるもの、現実的で、大真面目でなければ!!
平和など実現できるわけがないのですから。
「夢想・自己満足」よりも、「実践・現実と闘う」。
それがマイケルファンの真髄。(勝手にw)
真面目な話、国境がなくなるということは、国旗もなくなるということ。
その国々で、積み上げられてきた憲法、法律からなにから何までが統一化されてしまうということ。
私は、そんな世界嫌だなぁ。国がひとつしかないなんて・・・
文化的損失の方が大き過ぎる。
世界中が、どこかの国の植民地にならない限り、ありえないと思う。
その国の文化、言語、歴史、努力・・・
そういったものをしっかり残しながら、
そんな個性あるお互いを刺激しあい、学びあうことができる
「多様性」のある世の中を目指したいですね。







