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ベンチャー役員三界に家なし

2014-11-14

スタートアップに人を誘うということ

会社の経営をしていると人を採用するということは最も重要な仕事となります。
しかしながら責任も重大です。
当然、会社の成長にとってプラスにならない(平たく言えば給料に似合った仕事をしてもらえない)人を採用するわけにはいきませんし、なによりも、来てもらえる方にこの会社に来てよかったと思ってもらえることが重要です。

やっぱり、、責任は重大なわけです。

でも責任が重大だと思ってばかりいたら正直、スタートアップに人なんか誘えません。
大企業公務員と違いスタートアップの先行きなんてまったくわかんないからです。

今日は、スタートアップに人を誘うということについて昔話を一つ。

僕が起業に参画する前、サラリーマン時代の最後の年に人事に言われて採用活動に携わり、僕が推して入社させた男の子が居ました。その子の件で昔の上司から連絡があり「かなり厳しいプロジェクトでまいっているようなのであいつの話を聞いてやってほしい」と言われました。

僕の会社も立ち上げて2年目になるかならないかで、まだまだ余裕がない中でしたが世話になった上司の頼みでしたし、僕が採用した責任も少し感じて夜、前職の会社の近くの居酒屋で話を聞きました。

僕の昔の上司はその男の子の直接のボスではないのですが、最近の彼の様子を見て心配になったようで、「ともすれば井の中の蛙で自分が世界一辛いという風になってしまっているのなら、もっとひどい目にあってるお前と話をさせることで少しでも前向きになれば」と意味の解らないことを事前に言われました。

彼は会ってみると、細かい内容は失念してしまいましたが、とにかく状況が悪いプロジェクトにもう1人の先輩メンバーとたった2名でアサインされているそうで心身共に疲れきっていました。

僕は元上司の期待に応えるつもりで
「まだまだ今いる会社で学べることがあること。自分もその修行が役立っていること。」
「自分たちが乗り越えてきた修羅場はこんなものではなかったということ」
「例えば自分たちのちっぽけな会社より今の会社の方が環境的には全然恵まれていること」

など、いかにも視野の広い先輩ビジネスパーソン風にいい気になって語ったような気がします。
彼はうつろな目で頷いていました。

ですが、言わなかったことがあります。
「本当にもうダメだと思ったときはうちに来いよ」という言葉です。

前述のようなフラットな視点で彼のためを思って、とは言いながら、、実際、そういえない台所事情もありました。

そのころは自分の会社はまだ数人の規模で、優秀だとは思っていても業界未経験の若者を、しかも大手企業と遜色のない報酬で教育しながら育てるなんて余裕はまったくなかったのです。

彼の疲れた顔を見ながら、相談というか説得は終わりその日はお開きとなりました。

でも、なんだか引っかかるというか、ふがいないというか、情けない気持ちが心の中に残りました。

その翌月のことでした。
前職の麻雀仲間からメールがあり、よく卓を囲んでいた先輩の一人がクモ膜下出血で倒れ亡くなったという連絡でした。
とても驚き、慌てて通夜に参列したところ、昨月居酒屋で仕事の相談を受けた彼も参列者に居ました。

聞くと、なんと亡くなった先輩は彼がしんどいと言っていたプロジェクトにアサインされていたもう一人のメンバーでした。

先輩はまだ40代の若さでした。もちろん過労や心労が原因か遠因かなど安易なことは言えませんしわかりません。

出社してこないので不審に思った直属の上司が独身寮に見に行ったところパソコンに向かったまま倒れこんで亡くなっていた先輩を見つけたそうで、パソコンの画面は病院を検索した状態のままだったそうです。

先輩が亡くなったことももちろんショックだったのですが、同じくらい自分にとって考えさせられたことがありました。

もし、今回の不幸が相談してきた彼の方だったら、、僕の相談を受けたあの時の対応の情けないことといったらないじゃないかということです。

別に自分のせいでもないし、自分ならだれかを救えたとかそういう大それたこと考えたわけではありませんでしたが、
「彼の為」をとか言いながらなにやら見栄を張っていたことに気づかされたこと。
そして、自分が見込みがあると思って前職の会社に入社させたはずが、今にも死にそうな顔をした彼に、それっぽい説教なんかすっ飛ばして「どうしようもなければうちに来い」とすんなり言えない自分の経営者としてのちっぽけさに気づかされました。

僕は以前、大阪の取引先の還暦を超えた社長さんに「仕事がなかなか大変だ」と思わず酔っぱらってこぼした時に新地のクラブでこう声をかけられたことがあります。
「失敗もするやろ。そやけど思いっきりやったらええ。もうどうしようもなくなったらうちに来い。企画でも広報でもなんでもやらせたる。その代り給料は安いで!」

僕は、他のエントリを読んでもらったら分かる通り相当性格がねじ曲がってますが、その時のその社長の言葉は本当に嬉しかった。
そして、絶対に自分の会社でがんばろうと思ったのを思い出しました。

もちろん、経営には数字を読み情に流されずジャッジする冷徹さは必須です。
如何なる時でも会社を成長させる責務を負っています。

ただ、採用に関しては相手に失礼のない完全な待遇で迎えねばならないというのは奢りでもあり、むしろ、返って危険なのかもしれないと思うようになりました。
会社のありのままを話し、可能な範囲で精一杯の報酬を話し、許容できるリミットと期待するアウトプットを正直に話したうえで「うちに来いよ」と言うことは、ご立派な戦略を他人に語る前に、経営者としてなんとしても到達しなければならない地点なんだと思うようになりました。

僕は先輩の通夜の帰りに彼に勇気をもって言いました。
「この間は沢山くだらないことを言ってすまなかった。もし本当に今の会社でダメだと思ったらうちに来い。」

彼は、この先のことを考えると不安からか少し硬い表情でしたが、こころなしか少し緩み、「・・・ありがとうございます。もう少しがんばってみます。」と言ってくれました。

あれから、8年ほど経ちましたが、彼は既に前職での僕の最終ポジションを抜き(笑)、会社を辞めることもなく立派なマネージャーになっています。

最近、またたまたま会う機会があったのですが、その時に「あの時に誘ってくれたことは今でも心の支えにしてます。このプロジェクト終わったら、相談しよう、転職しようと思ってるうちにマネージャになっちゃいました。」
と言ってくれました。

もううちなんかには来てくれそうもありません(笑)

さて、僕の方は一念発起してから10年以上。予定ではもう今頃はカリブ海の上のクルーザーでのんびりしているはずだったのですが、予定が狂ってしまったようです。
自分が誘った人たちにばんばん振り出した約束手形不渡りにならないように今日も持ち場でがんばることにしますよ。

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