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ぐらっぱ亭の遊々素敵2

2010-12-25

「クリスマス・ストーリー」

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左は一族で一番成功した劇作家の長女と、フィールズ賞を取るほどの数学者の亭主。互いにクリスマス・プレゼントを交換し合った後に、妙な静寂が支配する。

101224 恵比寿ガーデンシネマアクセスが悪いため、採算合わず、間もなく閉館。残念!)原題:Conte de Noel

先日見た「シチリア!」と同じ2時間半と長尺。その上、登場人物が多いので、ある程度の予備知識がある方が分かりやすい。

舞台は北フランスベルギー国境に近い田舎町。そこに住むヴュイヤール夫妻のもとへ、クリスマス・イブに久しぶりに子供や孫たちが参集する。前夜祭を挟んで3日間、親子、夫婦、兄弟、その連れ合い間に起こる様々なやりとり、時に激しいバトル、むき出しの感情のぶつかり合い、慰め合い、憤り、諦め、その他、諸々。そして何事もなかったように、また元の居場所へと散っていく「家族」の微妙な間合いを、時折ハンドカメラを使用しながら、克明に丁寧に描き出すヒューマン・ドラマ。

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問題児の次男と、人生を達観したかのように振る舞う母、ジュノン

若き日、長男白血病で6歳で失くしてしまうヴュイヤール夫妻。適合する骨髄を得ようと、次々に子供をもうけるものの、結局手遅れとなる。そして、今、ヴュイヤール夫人ジュノンカトリーヌ・ドヌーヴ」が同じ白血病に冒されている。アル中他の理由で、一族から追放された形の二男(マチュー・アマルリック)が最終的に骨髄移植に応じ、ジュノンへの骨髄注入が開始されたところで、ジ・エンド。よくある家族ドラマであり、展開も凡そ読めてしまうだけに、飽きさせず撮るのは、きっと難しかったろう。それにしても、2008年度作品を何故2年も遅れて上映するのか、意図がよく分からん。

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ドヌーヴの圧倒的な存在感が際立つ。そのドヌーヴが、マルチェッロ・マストロヤンニとの間にもうけたキアーラ・マストロヤンニが亡父と瓜二つの表情を見せる。父と娘で、これほど似るものかと驚きである。あとはマチュー・アマルリックの演技がさすがである。

#62

2010-12-22

「シチリア! シチリア!」

f:id:grappatei:20101222151307j:image:left101222 川崎チネチッタ 原題:Barria 久しぶりに本格的イタリア映画を見た。2時間半と長い。(だれる場面も少なからず)

彼の監督作品で日本公開されたのは僅か9本。勿論、1989年の「ニュー・シネマ・パラダイス」は大ヒットだったが、他にもこれまた

自伝的な「マレーナ」や「海の上のピアニスト」も素晴らしかった。直近では、「題名のない子守唄」(2006)があるが、余りトルナトーレらしくない作品。

その点、本作はシネパラやマレーナの流れを汲むもで、彼の生まれた町が舞台になっている。BarriaはBagheria(バゲリーア)の地元訛りとか。シチリアの主邑、パレルモの隣町であり、シネパラの舞台コルレオーネ村や撮影されたパラッツォ・アドリアーノにも近い。ただ、原題をそのままカタカナに置き換えただけでは、訳が分からないため、邦題は何と観光ポスターの如きタイトルとなった。しかも!!まで入れる凝りよう。シチリア島観光局はさぞ喜んでいるだろう。

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上は町の全貌。下は大聖堂のある中心地。何となく埃っぽい感じだ。

時代も、彼の自伝的叙事詩的作品ゆえ、1940年頃からの半世紀余りを、ある家族三代に亘る、まさに波乱万丈の物語となっている。ただ、トルナトーレ監督作品だからと勝手な期待を持って見ると若干裏切られることになる。どうも見たようなシーンが次から次へと登場し、いささか白けることもある。「副王家の一族」(2007)、「山猫」(ヴィスコンティ、 1963年)、「誘惑されて棄てられて」(ジェルミ、1963年)などからの類似場面の多いこと。まー、シチリアという言わば特殊世界だから、と思えばいいのかも知れないが。

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主役の一族。いずれもなかなかシチリアっぽい面構えだ。

出演者は主役を含め、日本ではほぼ無名。マルガレット・マデカターニア出身のモデルとか。愚亭は余り魅力を感じなかったが。それより、何と「マレーナ」で主役を張ったあのモニカ・ベルッチさんがワンカットだけ登場している。クレジットで知ったのだが、同姓の別人かと思って、調べたら、やはり本人。終盤、工事現場でのキスシーンを授業中の生徒が見つけて騒然となる場面。お見逃しなく。

#61(画像はALLCINEMA on lineから)

2010-12-20

今年唯一の第九

101219 ミューザ川崎 名曲全集第62回 指揮:大友直人 東響

1.バッハ ヴァイオリン協奏曲第2番 ソロバイオリン アリョーナ・バーエワ

2.ベートーベン第九 ソプラノ小林沙羅、メッゾ:加納悦子 テノール佐野成宏バリトン三原

第九のソリスト陣の豪華な顔触れにつられて切符を購入。小林さんは以前から注目していて、今回初めて生で聴くことができたが、小顔、細身の美人で、想像以上に伸びやかな声が出てくる。将来楽しみな新星。

合唱団の出来が殊更素晴らしく、今年の掉尾を飾るにふさわしい演奏だった。

#87

2010-12-18

「武士の家計簿」

101216 新宿ピカディリ

一応、これでも時代劇だ。殺陣は一切なく、そもそも刀の刀身すら見えることはない。

たそがれ清兵衛」を始めとする藤原周平原作の作品も、長き平和の時代での海坂藩が舞台だから、ちゃんばら作品とは一線を画するが、それでも概ね終盤には必ず激しい殺陣が登場している。

ところがこの作品には争いごとすらなく、気味の悪いほど淡々と物語が進行する。正直、平板で、盛り上がりには欠けるが、微笑ましくも笑いを誘う場面が随所にあり、それはそれで十分楽しめる異色時代劇。

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幕末の加賀藩、ご算用者(会計係)の猪原家三代に亘る物語。同じご算用者の父と共に毎日規則正しく登城して、日がな一日そろばんに明け暮れる猪原直之(堺 雅人)は、どんな些細な計算ミスも見逃せない性格から「算用バカ」と周囲から陰口をたたかれるほど、融通の効かぬ男。技術者としては超一流だが、城仕えとしては寧ろ愚鈍と思われている。それでも大過なく過ごして、人並みの昇進は続けている。

ある日、ふとしたことから我が家の財務状況をつぶさに点検すると、何と大幅赤字であることが判明。主に父信行(中村雅俊)が江戸詰時代に作った借財である。このままでは破たんを免れないことを悟った直之、傍目も構わず徹底的倹約令を断行。同時に、金目のもので当座不要なものは一切合財売り払うことを家人に宣言。

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これまで曲がりなりにもそこそこ楽しみもある人生を送ってきていた信行や母常(松坂慶子)にとってはまさに降って湧いたような災難で、パニックに。信行の書画骨董から常の和服まで、当座絶対に必要であると認定されないものはすべて仕分け対象。古物商を呼んで見積もらせ、瞬く間に売却。世間体は大いに悪いが、このお陰で乱世を何とか切り抜け、子の成之へ家督を継がせることができたのであった。

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↑息子の成人式の会食に鯛を賄う費用が捻出できず、妻の描いた「鯛」を膳に並べ、一堂アゼン。

主役堺 雅人はいかなる場合も顔の表情に変化が見られないのはやや不自然に感じた。松坂慶子さん、一段とご立派な体格に。(カトリーヌ・ドヌーヴといい勝負だ)、中村雅俊、うまい老け役。草笛光子さん、品のいいおばばさんをきりっと演じていた。仲間由紀恵さん、コメントなし。

#60

2010-12-16

「ロビン・フッド」

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101215 川崎チネチッタ 原題もRobin Hoodグラディエーター」と同じリドリー・スコットラッセル・クロウの組み合わせゆえ、期待して当然。ショーン・コネリーもこの役を演じたことがあるが、骨太で時に野卑で時に優しいロビンにはクロウがぴったりという気がする。同じ豪州出身のケイト・ブランシェットがマリアン役で出演。余り見せ場のない役で、ケイトの演技もやや空回りの感。寧ろ彼女の義父役のマックス・フォン・シドーの存在感が心地よかった。

我々が昔から知っているロビン・フッドと言えばシャーウッド(ノッティンガム北郊)の森で大活躍する弓の達人、と言う程度のイメージしか持っていないし、そもそも実在せず伝説上の人物ゆえ、どう扱うかの自由度が高く、制作側はそこに興味を惹かれるのだろう。

この作品では、12世紀末、獅子王リチャードがフランスでの戦いに敗れるところから話を起こしている。王から王冠をイングランドに持ち帰ることを託されたコックスリーも、闇討ちに会い落命。その際、駆けつけたロビンに自分の剣をノッティンガム領主である自分の父親に持って帰ってくれぬかと懇願、これを聞き入れてノッティンガム急行し、事の次第を盲目の父親に告げる。その後、スッタモンダの挙句、一気にイングランドを叩こうと大群で押し寄せる仏軍と、これを水際で殲滅せんとするロビン率いる英軍との間で激しいバトルが展開される。ここが一番の見どころで、まるでノルマンディー上陸作戦を観るようであった。

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この作品、9月、フランスからの帰路、エアフランス機内で見たのだが、小さな画面での鑑賞を断念。今回、やっと大画面、大音響でたっぷり楽しむことが出来た。こういう作品は映画館で見てナンボじゃないかしらん。

#59

ロビー・コンサート

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101215 川崎市役所ロビーでのコンサートに江口二美さんが出演したので、例によって最前列で鑑賞。当然ながら聴衆の9割以上は高齢者。ロビーゆえ、人の出入りがあり、落ち着かない雰囲気での演奏はチト気の毒だが、慣れるしかないだろう。客席側からは見えないから気にならないが、舞台側から見れば、始終人が動いていて、気が散るだろう。勿論音響的にも厳しい状況だが、こうした機会を与えられることに意義があると思うべきかな。

カッチーニ アヴェマリア

越谷達之助 初恋

武満 徹  小さな空

小林秀雄  落葉松

プッチーニ トスカから「歌に生き、恋に生き」

プッチーニ ジャンニ・スキッキから「私のお父さん」

パーリン  ホワイト・クリスマス

丁度40分が持ち時間。舞台下のよく見える位置に演奏者用に大きな時計が。

そして、その時間になると、歌唱中にも関わらずブザーが鳴るというのは、無粋過ぎる。

ピアノ伴奏古瀬安子さん。

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#86

2010-12-15

コレド室町でイタリアン

101213 モロッコ旅行仲間と忘年会。三越前に出来たコレド室町内のイタリアンケ・ヴォッリア」へ。

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お洒落でスタイリッシュな内装で、スタッフも気持ちの良いサービスを心がけているようで、感じ、すこぶる良し。

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f:id:grappatei:20101215190445j:image:left↑愚亭が大好きな生ハムの乗ったピッツァ

前菜、スパゲッティスパゲッティそれぞれ2種、コーヒー飲み放題コースで、@\5000はお手頃価格。次は桜の咲く頃かな。

2010-12-14

「没後120年 ゴッホ展 ーこうして私はゴッホになったー」

f:id:grappatei:20101214100601j:image:left101213 これまで繰り返し見ているので、今回はパスしようかと考えたが、結局氷雨の中、国立新美術館へ。例によって閉館1時間半前の入館で、平日、気象条件を考えればもう少し空いていてもおかしくなかったのだが、会期が迫っていることもあり、そこそこの賑わい。下の説明文にもあるように、ゴッホ自身の油彩は35点のみ。でも、←「アイリス」など、結構な力作が多数含まれていて、やはり来た甲斐があった。それにしても1980年に自殺するが、その前年からの作品数の多さよ。自らの死期を覚悟し、憑かれたように描きまくった印象だ。


f:id:grappatei:20101214100602j:image:leftまた、アルルのゴッホの部屋を会場の一隅に再現してあったのが面白かった。科学的根拠に基づいてかなり正確に再現したとある。かなり狭いというのが正直な感想。絵では、床は明らかにいわゆるフローリングの筈なのに、再現ではタイルにされていたことに違和感あり。オーベール・シュル・オアーズの教会も、実物が小さいことに驚いた覚えがある。

美術館のサイトから以下抜粋。

[本展は、ゴッホの代表作に加え、ゴッホに影響を与えた画家たちの作品、ゴッホ自身が収集した浮世絵などを展示し、「ゴッホがいかにして『ゴッホ』になったか」を明らかにする。

ファン・ゴッホ美術館とクレラー=ミュラー美術館の全面的協力のもと、日本初公開作品を含め、選び抜かれたゴッホの油彩35点、版画・素描約30点と、オランダ時代のゴッホに絵画表現技法の基礎を手ほどきしたハーグ派のモーヴや、芸術の都パリ時代に出会ったモネロートレックゴーギャン、スーラなどの油彩画約30点、その他関連資料約20点を一堂に展示。また、ゴッホのアルル時代の寝室を会場内に再現し、出品作《アルルの寝室》と見比べながら、ゴッホが空間をどのように捉えて絵画で表現したかを探る画期的な試みや、科学的な視点によるゴッホの技法の分析の成果も交えて、多方面からゴッホ芸術の秘密に迫る。]

f:id:grappatei:20101214100600j:image:left←これはアルルのサンレミで入院中に制作されたもの。亡くなる3年前の作品だが、とりわけ瑞々しい筆致が強く印象に残る。

2010-12-12

初めてパルコ劇場へ

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友人に誘われて、急に渋谷パルコ劇場の芝居を見ることに。芝居と言っても朗読劇。二人の男女が舞台上の椅子で朗読するというスタイル。多少の振りはあるが、基本的に椅子から移動することはない。↑にあるように、日替わりの出演者陣。今日は野村萬斎若村麻由美の番。

昨夜の不眠がたたって、前半はともかく眠い。ストーリーも淡々と進むので、睡魔と戦いに必死。先が思いやられたが、休憩をはさんだ後半はにわかに動きがでて、結構引き込まれた。

最後の感動的な場面では照明がどんどん暗くなり、文字が見えるぎりぎりの光量まで落として、やがて真っ暗に。感極まったのか、萬斎も若村さんも涙。そして、照明が戻ると、二人とも照れくさそうに立ち上がって挨拶。若村さんはまだハンカチを目に押し当てたまま。萬斎が差し出す手に何秒か気付かず、やっと気付いたら、何を勘違いしたか、持っていたハンカチを彼に手渡すと言う一幕で場内、笑いの渦。

終演後、友人に誘われるままに、楽屋へ。88年のテレビドラマ「飢餓海峡」の杉戸ヤエ役以来のファンだが、生で見るのは初めて。上背があり(162cm)小顔で、眼ヂカラが凄いのが印象的。

概要を案内書から抜粋すると;


舞台にはテーブルと二脚の椅子。

並んで座った男優と女優が、手にした台本を読み上げるだけの2時間。

大掛かりな仕掛けも、目をひく照明や音響もない、このシンプルな舞台が、これほど見るものをとらえてはなさないと、誰が想像できただろうか?…。

ラヴ・レターズ」は1989ニューヨークで初演されるやいなや、全世界で上演され、静かなブームを巻き起こした。パルコ劇場でも1990年8月19日に幕を開け、それ以来、この一つの台本を年齢も個性も異なった様々なカップル(約200組)が読み続けている。初回は役所広司大竹しのぶ。因みに大竹は最多出演。


STORY

幼馴染みのアンディとメリッサ。自由奔放で感覚人間のメリッサ

真面目でいつも何かを書いているアンディ。思春期を迎えて彼らは一番近い異性としてお互い十分相手を意識しはじめる。しかし、ついに決定的に結ばれるチャンスを迎えた夜、二人は友だち以上にはなれない自分たちを発見する。大学を出た二人はそれぞれ結婚し、まったく別の道を歩き始める。海軍を経て法曹界に入り上院議員まで登りつめるアンディ。アートの道に進んだものの行き詰まって精神的破綻をきたすメリッサ。久しぶりに再会した二人は別々に過ごした日々を取り戻すかのように、お互いを激しく求めあう。

しかし結ばれるには、それは余りにも遅すぎた。


作者 A.R.ガーニー プロフィール

アメリカバッファロー生まれ。20年以上に渡りMIT(マサチューセッツ工科大学)にて文学を教える。主な作品は『ダイニング・ルーム』、ミュージカル『レッツ・ドゥ・イット』(コール・ポーター音楽)等多数。『ラヴ・レターズ』は88年、ニューヘイブンで世界初演。89年にはブロードウェイに登場。さまざまなアンディーとメリッサに出会いながらロンドン、パリ、オーストラリアデンマークオランダアルゼンチンドイツ、そして日本と、世界各地で上演されている。


訳・演出家:青井陽治 プロフィール

翻訳家・演出家。69年、劇団四季演劇研究所入所。76年よりフリー。以降、海外戯曲の上演、ミュージカルの創作に独自の世界を築く。主な作品に『真夜中のパーティ』『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』など。『LOVE LETTERS』では1990年8月19日の第一回公演より訳・演出をつとめる。

2010-12-10

「プライド」(シアター・クリエ)

f:id:grappatei:20101210141603j:image:left101209 日比谷シアター・クリエ

オペラ歌手を目指すソプラノ二人の確執というテーマに、多少の興味が。2年ほど前に映画化(ステファニー、満島ひかる主演)されたが、見るチャンスなし。今回舞台化されたので覗いてきた。

舞台となると、思い切って枝葉を切り落とし、出演者は4人のみ。オペラ歌手志望の史緒と萌、若きピアニスト、蘭丸、カリスマ音楽プロデューサー神野が入り乱れて場面が忙しく展開していく。舞台も東京ウィーンミラノニューヨークとめまぐるしい。

映画と違い、舞台の場合転換の妙というか技も楽しみの一つ。一瞬の暗転中に、見事に作りかえる。舞台後方にピアノ、ベース、パーカッションが陣取り、その前に紗のカーテン、大理石風の壁がスライドして、巧みに舞台を作りかえる。

有名オペラ歌手を母に持ち何不自由なく育った史緒と、貧困な環境から苦学して這い上がってきた萌は宿命のライバル。技量は萌が上だが、史緒は何と言っても環境に恵まれているのと、神野にも気に入られて、とんとん拍子。誰の目にも勝負あった、だが、運命はそう簡単な展開は許さない。スッタモンダがあって、史緒は神野との婚約も整い、後は婚礼を迎えるばかり。ところが、あろうことか、萌は神野の子供を宿し、娘の誕生と引き換えかのように癌を発症、いくばくもない。最後は恩讐の彼方に、で、まぁめでたしめでたし。

萌役の新妻聖子という役者、歌は巧い。二人ともノルマのカスタ・ディーヴァを歌ったが、器量のよい笹本玲奈は、まー普通の歌唱なれど、新妻の方はオペラ歌手並みの歌いっぷりで、堂に入っていた。蘭丸を演じた佐々木喜英(チラシのような美男ではないが)、ピアノを実際に弾いていたのか、手元を見る限りではそのように見えたのだが・・・そうだとすれば、かなりのものだ。

当然ながら客席は女性ばかり。男性は数えるほど。従って幕間のトイレ前の列の長いこと、3回ぐらい折り返してまだ足らないほど。毎度おなじみの光景だが、女性トイレの数を圧倒的に増やしてやらないと、余りに気の毒だ。

2010-12-09

「最後の忠臣蔵」

f:id:grappatei:20101209184534j:image:left101208 ヤクルトホール

腹は古式にのっとり真一文字に深々と深々と切り裂いた。あとは切っ先を左頸動脈に当てて引けばいい。

今まさに長くもない人生の幕引きを迎え、武士としての矜持を厳然と守り抜こうとする。その強い一念で、何とかこの瞬間を迎えることができた。失いかける気力を振り絞り・・・・脳裏に去来するのは、今日まで16年間、殿(大石内蔵助)との固い密約で、自分の命を賭けて育て上げた殿の隠し子可音(かね)の、乳飲み子から成人するまでの、あらゆる場面の一こま一こま。今はただその達成感・充実感と、今日無事彼女を豪商へ嫁がせた安堵感が、徐々に冷たくなっていく身体を満たしているのだった。


めでたき婚礼の席をひそかに抜け出た瀬尾孫左衛門を不審に思ってぎりぎりで駆けつけた寺坂吉右衛門介錯を振り切って・・・。

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まー、しかし忠臣蔵を扱った映画って、一体どれほどあるのだろう。愚亭も結構見ている。まずは平均的日本人ということか。これまでの作品と異なり、いきなり討ち入りシーンが冒頭に来る。四十七士討ち入り後、更には切腹後の話だ。泉岳寺にある墓は46人分。討ち入り後に抜け出したのは寺坂吉右衛門。殿の厳命により、遺族を一軒ずつ訪ねて、金銭面を含め彼らの面倒を見よとのことで、今やっと46軒目を探し当てたところから始まる。

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実は、もう一人、殿から密命を受けた者が。瀬尾孫左衛門と言う。彼の場合は討ち入り前に逐電し、京都近郊の隠れ家に住む内蔵助の側女とその娘の元へ急ぐ。世間のとりわけ、浅野家家臣一党から糾弾され続けるのは同じだが、瀬尾の場合は討ち入りに参加すらしていないことから、一段と辛辣に見られ、16年間味わった悲哀と詳しさは言語を絶するものであっただけに、今この大任を無事果たした喜びもまたひとしおであった。

役所広司が巧い。元々、役者になるつもりもなく、仕事がなく、たまたま無名塾に入ることになったと言う。それがどうだ、今や間違いなく日本を代表する男優の一人。

寺坂役の佐藤浩市も勿論悪くない。他に伊武雅刀片岡仁左衛門、笈田ヨシなど、芸達者が脇を固めている。

可音役の桜庭ななみ、それなりに出演作品も多いようだが、まったく愚亭は知らなかった。初々しい感じがよく出ている。安田成美、少し老けたが、品がよい。可音に対して、礼儀作法一般から歌舞音曲まで教え込む、元島原の芸妓という役を見事に演じている。

寺坂の存在はよく知られているところだが、瀬尾孫左衛門も実在の人物で、討ち入り2日前に逐電しているのも事実らしいが、理由については明らかにされていない。

#58