哀歌

    中野逍遙をいたむ
秀才香骨幾人憐、秋入長安夢愴然、琴台旧譜【】前柳、風流銷尽二千年、これ中野逍遙が秋怨十絶の一なり。逍遙字は威卿、小字重太郎、予州宇和島の人なりといふ。文科大学の異材なりしが年僅かに二十七にしてうせぬ。逍遙遺稿正外二篇、みな紅心の余唾にあらざるはなし。左に掲ぐるはかれの清怨を写せしもの、寄語残月休長嘆、我輩亦是艶生涯、合せかゝげてこの秀才を追慕するのこゝろをとゞむ。

  思君九首    逍 遙

思君我心傷  思君我容瘁
中夜坐松蔭  露華多似涙

思君我心悄  思君我腸裂
昨夜涕涙流  今朝尽成血

示君錦字詩  寄君鴻文冊
忽覚筆端香  窓外梅花白

為君調綺羅  為君築金屋
中有鴛鴦図  長春夢百禄

贈君名香篋  応記韓寿恩
休将秋扇掩  明月照眉痕

贈君双臂環  宝玉価千金
一鐫不乖約  一題勿変心

訪君過台下  清宵琴響揺
佇門不敢入  恐乱月前調

千里囀金鶯  春風吹緑野
忽発頭屋桃  似君三両朶

嬌影三分月  芳花一朶梅
渾把花月秀  作君玉膚堆

かなしいかなや流れ行く
水になき名をしるすとて
今はた残る歌反古《うたほご》の
ながき愁《うれ》ひをいかにせむ

かなしいかなやする墨の
いろに染めてし花の木の
君がしらべの歌の音に
薄き命のひゞきあり

かなしいかなや前《さき》の世は
みそらにかゝる星の身の
人の命のあさぼらけ
光も見せでうせにしよ

かなしいかなや同じ世に
生れいでたる身を持ちて
友の契りも結ばずに
君は早くもゆけるかな

すゞしき眼《まなこ》つゆを帯び
葡萄のたまとまがふまで
その面影をつたへては
あまりに妬《ねた》き姿かな

同じ時世《ときよ》に生れきて
同じいのちのあさぼらけ
君からくれなゐの花は散り
われ命あり八重葎《やへむぐら》

かなしいかなやうるはしく
さきそめにける花を見よ
いかなればかくとゞまらで
待たで散るらんさける間《ま》も

かなしいかなやうるはしき
なさけもこひの花を見よ
いといと清きそのこひは
消ゆとこそ聞けいと早く

君し花とにあらねども
いな花よりもさらに花
君しこひとにあらねども
いなこひよりもさらにこひ

かなしいかなや人の世に
あまりに惜しき才《さえ》なれば
病《やまひ》に塵《ちり》に悲《かなしみ》に
死にまでそしりねたまるゝ

かなしいかなやはたとせの
ことばの海のみなれ棹《ざを》
磯にくだくる高潮《たかじほ》の
うれひの花とちりにけり

かなしいかなや人の世の
きづなも捨てゝ嘶《いなな》けば
つきせぬ草に秋は来て
声も悲しき天の馬

かなしいかなや音《ね》を遠み
流るゝ水の岸にさく
ひとつの花に照らされて
飄《ひるがへ》り行く一葉舟《ひとはぶね》

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