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griefcareの日記

2011-04-06

(第六話)子どものグリーフケアで大切にしたいこと


わが国では、子どものグリーフを支援するということの理解や場が十分でないのが現状です。アメリカでは、このような子どもたちへの支援の場として、子どもたちが安心して気持ちを表現できる場を提供することを目的としたグリーフのサポートする場が存在します。その一つが、アメリカオレゴン州ポートランドにあるダギーセンターです。このダギーセンターをモデルとしたサポートセンターが、現在全米に28ヶ所ほどあります。

ダギーセンターは、どのような子どもも、理解ある、安心できる環境の中でグリーフ(悲しみ、癒される過程を過ごす)の機会が与えられるべきと考え、

    • 子どもにとっても、大人にとっても大切な人を失ったときのグリーフの反応は自然な反応のひとつである。
    • 一人ひとりの中に本来自分を癒す力が備わっている
    • グリーフの長さや強さは、人によって異なっている
    • 世話をしたり、されたりするプロセスが、グリーフワークではよいサポートになる


ということを大事に活動している場です。(ダギーセンターの理念からの抜粋)

そのような活動も参考にしながら、子どものグリーフを支援するときに大事にしたことを以下にまとめてみました。

子どもの力を信じる


子どもであれ、大人であれ大切な人との別れは、さまざまな複雑な思いや感情をもたらします。そしてそれに対して人は、それぞれのプロセスで向き合い、これは、子どもであってもちろん同じです。そしてこのことは、誰かが解決してくれたり、ある時が来れば解決するというものではなく、それぞれが、自らのあり方とプロセスで付き合っていくことで癒されていくものです。これは、当然、子どもであってもその子なりのプロセスと受けとめがあるということを理解することがまずは大事です。

そして、子どもであっても人にはその力があることを信じ、本人の力を助けることであると考え関わることがとても大切なことです。

子どものニーズを知る


子どもの疑問・質問

    • 死んだのは、自分のせい?
    • 僕(私)も死ぬの?
    • お母さん(お父さん)も死ぬの?
    • どうして死んだの?
    • 死んだ人はどこに行くの?
    • 死んだらどうなるの?
    • なんで ○○さんは、病気になったの? 死んだの?


子どもは、どんな年齢でも何が起きているのか、どうなったのか、これからどうなるのかということを知りたいと思っていることを忘れないで下さい。何が、起きているのかわからないことは、大人であっても不安や恐怖をもたらしますね。子どもも同じです。子どもの場合は、年齢が幼い場合、大人が考えもつかないようなとらえ方で思い込み、悲しんでいる場合もあります。

子どもだからこそ、子どもの理解にあわせて、何が起きたのかを一緒にお話していくことは、とても大事なことなのです。たとえば、子どもは、親の死も自分が悪い子だったから親は自分を捨てていったと思い込み、悲しみを増大させていることも少なくありません。

子どもは、大人が考えている以上にたくさんのことを考えています。そして、大人の様子もしっかり見ています。大人が話を避けたとき、子どもは、「この話題は、話してはいけないこと」と考え、子どもにとっては気持ちを表現する機会を失ってしまいます。

子どもの質問は、子どもの思い、考えを知る機会になるのです。難しいことや理屈で説明するばかりでなくても、大人が考えていることを率直に正直に話すことを大切にします。

子どもが、感じていること、思っていることを表現できる場を大事にする


子どもが、感じていること、考えていることを率直に伝えてもいい、表現してもいいと感じる場があること(安心できる場があること)が大切になります。そして、一緒に過ごす時間を大切にする、思い出を話す、一緒に遊ぶ、絵を描くなどなどの時間を共有することだけでも十分に大切なことです。

また、子どもが望めばお葬式などの儀式などに参加するということも大事な場面となります。どのような気持ちもあたりまえの気持ちであることを保証しながら、時を過ごすことがとても大切です。

2011-04-05

(第五話)子どもが大切な人の死に出会ったとき


子どもにも大事な人を失ったときには、悲しみ、怒り、戸惑いなどさまざまな思いを感じています。但し、その表現は、年齢によっては大人にとってはわかりにくいことや悲しんでいないような様子だったり、衝撃を受けていないように見えることもあるかもしれません。

子どもたちは、大切な人との死別に対して以下のような反応がることを理解しましょう。


行動泣く、退行、攻撃的な行動、乱暴、落ち着きのなさ、親の側を離れない、はしゃぐ、興奮など
感情悲しみ、怒り、恐れ、不安、気分のむら、抑うつ、罪悪感
身体頭痛、腹痛などの痛み、だるさの訴え、めまい、食欲がない、眠れない、活気がない

悲しみ


何が起きたかを十分に理解できない年少幼児では、大事な人を失うなどの状況による悲しみやストレスが、「退行」というこれまでできていたことができなくなった、しようとしないなどの様子が現れることがあります。ご飯を自分で食べようとしない、食べさせてもらいたがるなど甘えのような様子やおしっこを教えなくなったなどの様子として表れたりします。また、眠りが浅い、夜うなされる、夜泣きをするなどの睡眠の変化、大人のそばを離れなくなる、そばを 離れようとすると激しく泣く、不安な様子を示す、いつもより活気がない、表情が乏しい、口数が少なくなるなどです。

また、一方ではいつも以上に元気に振舞う、素直な感じ、さみしい、悲しいなどの様子を示さないなど何事もなかったかのように振舞うこともあります。このようなとき、子どもは、案外平気なんだとは思わず、どのように悲しみを表現していいのかがわからないと考えてみることが大事です。亡くなった人との別れは、信じられない、混乱など別れそのものへの強い悲しみと同時に、場合によっては子どもには受け入れがたい出来事であればあるほど、何事もなかったような行動として日常を過ごしているように見えることもあります。つまり、これも子どもの強い悲しみの表現の一つとして理解すること が大事です。

怒り


悲しみの結果としてそれが怒りとなって、亡くなった本人や他の家族などに矛先を向けることも見られます。たとえば、学校などで乱暴な行動をする、いらいらしているなどの様子がみられることがあります。これは、子どもにとっては見捨てられた、おいていかれた強い思いの結果として表現されていることがあります。これも、自分の思いを攻撃という形でしかうまく表現できないとみることも大事です。

罪悪感・自責


幼児期の子どもは、時には大事な誰かの死は、自分のせいであると思い込んでいるときがあります。これは、自分の体験の中の範囲で状況を理解しよう とする結果、良くないことをして怒られたから、悪いことしたからと短絡的に考えがちです。たとえば、親の言うことを聞かずにいて悪い子だったからとか、けんかをした時に「もういなくなればいいのに」と思ったから亡くなってしまったのではないかと考え罪の意識やとんでもないことをした自分と考えてしまうことも少なくありません。

これまで子どもが、きょうだいなど身近で大切な人を亡くしたときの思いについて、子どもへのインタビューなどからまとめられたものについて以下に紹介します。子どもなりにいろいろなことを考えていることが伺い知ることができます。

きょうだいが死んだときにつらかったこと Grollman.A.A

    • 親の前で涙を見せないようにした
    • みんなが私に気を使って弟の話をしない
    • 楽しいことがあると、自分だけ楽しい思いをしてすまない
    • 感情を外に出さなかったので非難された
    • 子どもはすぐ立ち直ると思っている

死んだきょうだいのことを親と話せない理由 Grollman.A.A

    • 親が取り乱してしまう
    • お母さんが泣いてしまう、泣くのを見たくない
    • 話せる雰囲気でない
    • 親が悲しみ、その姿を見るのがつらい

親からみた子どもの反応  茎津(2008)


著者らが行った身近で大切な人を亡くした子どもを持つ親への調査では、親が感じた子どもの様子については以下のよ
うな結果が出ました。N=363(複数回答)

    • さびしそうだった(39.3%)
    • いつもと変わりがなかった(22.9%)
    • 口数が少なかった(19.6%)
    • いつもより泣いていた(18.7%)
    • しっかりしていた(18.5%)
    • 元気がなかった(18.5%)
    • その他 自由記載
      • 親や周囲の様子を察して面倒をかけないようにしていた
      • 泣いているのを見て元気付けようとしてくれた
      • 学校へ行くのを嫌がった
      • 友達とけんかばかりしていた
      • 一人で寝れなかった

2011-04-04

(第四話)子どもの「死」の理解

子どものもの考え方の特徴と死の理解


子どもは、別れや死についてどのように理解しているのでしょう。

2歳まで


「死」そのものの理解はできないのですが、自分の身近で大事な人が「いなくなる」「自分の前からいなくなった」ということはわかります。身近なこととしては「人見知り」というのはその一つの反応です。1歳近くになると自分にとって大切な人とそうでない人を区別できるようになります。

自分にとって大事な人が、そばを離れることや不在となることは、子どもにとっては大きな不安となるために見知らぬ人を見ると不安げな表情を見せたり、母親がそばを離れようとすると泣き叫んで抵抗しようとしたりといった様子を示します。これは、子どもにとって身近で大事な人と他者を見分けることができるようになることの成長の表れでもあります。

この時期の子どもにとっては「死」そのものは理解できないかもしれませんが、大事な人、頼りにしている人がそばを離れたということには、気づき、大きな不安と混乱を示すことは理解しておきましょう。

幼児期(就学前まで)


この時期は、「死」を一時的なもの、可逆的なものとしてとらえます。幼児期前半では、一時的な眠りと区別できず、「おじいちゃんは、いつ起きるの?」「いつ帰ってくるの?」などの言葉を発することも少なくありません。そのため、近いうちに戻ってくる、帰ってくると考え待ち続けているということもあります。また、どうすれば戻ってくるのかということを考え、そのための行動を起こしたりします。

また、この時期の思考の特徴としては、自己中心性といわれています。これは、まだ物事をいろいろな側面や見方では考えられないため、自分の物事のとらえ方をすべてとして考え行動することになります。たとえば、自分が悪いことをした結果、お母さんが死んでしまった、いなくなってしまったなどと考えることもあります。「よい子にしていたら帰ってくる?」「悪い子だから、どこかにいちゃったの?」などの表現に見られるものです。

死や別れについて誤解などないように子どものわかる範囲で伝えていくことが大事な時期となります。

学童期


10歳頃には、大人と同じような「死の理解」ができるようになるといわれています。大人と同じような死の理解とは、「生き返らないもの」「誰にでも必ず起こるもの」「誰もが避けられないもの」などの死の持つ特徴についての理解です。

「死」が不可逆的なものであることや誰にでも起こるものであることは理解できるようになります。但し、自分にも起こるものであるということには、学童期前半では十分に考えが及ばず、遠い出来事としてとらえがちであるといわれています。これは、子どもの経験によっての違いはもちろんありますが、具体的な出来事を通して説明することで、死の問題も具体的で論理的に考えられるようになっていきます。死の問題に関心を寄せる時期でもあります。

この時期の別れは、特にその理由などについてどうして、なぜ死んだのか、これから先どうなるのか、死んだらどうなるのかなどを知りたいという思いを強くもっています。出来事を丁寧に伝えることは大事な時期といえます。

思春期


死の理解に関しては、現実に即した形で死について理解できるようになります。死は普遍的で、不可逆的であり、医学的な肉体機能の停止であることが理解できるようになります。自らの死については、恐怖や拒絶を示す時期でもあります。

2011-04-03

(第三話)子どもにとって別れとは


親やきょうだいなどの家族との別れは、子どもにとってさまざまな喪失体験となります。たとえどんなに幼い子どもであっても大切な人との別れは、子どもにさまざまな思いや感情をもたらします。年齢によってはその表現は、泣く、悲しみという表現で表されるとは限らず、何事もなかったように振舞う、いつもより元気なようにさえ見えることもあります。どのような年齢の子どもでも直面した問題には、何らかの形で向き合っているのです。

    • 親・きょうだい・祖父母などの家族との別れ
    • 友だち、学校の先生、近所の人など子どもにとって身近で大好きだった人との別れ
    • 子どもが大事にしていたペットとの別れ


この他にも大事なものが壊れた、失くしたなど人との別れ以外のことも広い意味では子どもにとって大きな喪失の体験となります。

子どもが体験する別れを中心に・・・その原因にはさまざまなものがあります。たとえば・・・

病気


子ども自身が病気になり、時には早い死を迎える場合も少なくありません。亡くなっていく子どもにとっても、それは大きな問題です。一方でその残されるきょうだいが、兄・姉・弟・妹との死による別れを体験するということは、大きな喪失と悲しみを体験する場となります。 残されたきょうだいの年齢によっては、きょうだいの病気、入院に対して複雑な思いを抱えている場合もあります。たとえば、その死が、自分がきょうだいをいじめたせいであるなどのように、自分のせいで相手が死んでしまったととらえることも幼い年齢では少なくありません。このようにきょうだいの死に直面したとき後悔や自責の思いが複雑に絡むこともあります。

不慮の事故


わが国では、1〜19歳まで年齢では、死亡原因の第1位は、交通事故、溺水、溺死などの事故によるものです。この事故が、各年齢で子どもの死亡数全体の 20〜35%を占めています。子ども自身が、事故が原因で命をなくしていると同時に、事故できょうだいを失う子どもたちも、とても多くいるということで す。このような事故による死別は、ある日突然起こることが大きな特徴であり、突然の別れに向き合うことになります。

自殺


日本での2005年の自殺死亡率24.2(人口10万対)、年間3万人余が自殺で亡くなっています。年齢別でみた死亡原因では20〜39歳までの年齢で死亡原因の第1位を占めています。親や兄弟、知り合いを自死自殺)で亡くす子どもたちも決して少なくないです。

離婚


日本では2005年の離婚率2.04(人口千対)、離婚家庭のうち子どもがいる夫婦の割合は58.8%との報告があります。現代社会の中では母親、父親のいずれかと別れて暮らすことになった子どもたちは少なくありません。これらの問題は、死の問題と同様に子どもに多くが伝えられないまま、父親または母親と別れて暮らすことを余儀なくされている場合があります。

これも死別のときと同様に、子どもに説明をされないことが、自分のせいでこうなってしまったのでは考えたり、自分の存在そのものが脅かされる思いを子どもにもたらすことがあります。このような別れもまた、子どもにとっては一つの喪失体験となります。

災害・事件


日本でも地震台風など多くの災害が報じられています。震災では、多くの方の命が失われ、親などの身内を亡くした多くの子どもたちがいます。 災害での喪失、悲嘆は、突然であること、大事な人を失うだけではなく、時には住居、環境など多くのものを同時に失う、また恐怖の体験としても心に刻まれるという非常に複雑な様相を示すため、心が癒されるためには長い時間を要するといわれています。

また、事件などに巻き込まれて突然大切な人を失うということも、同様に複雑な様相を示し受け入れ難い出来事となります。

引越し・転校などによる別れ・・・


子どもにとっては、このような別れも時には大切な人やものとの別れとなり喪失体験として心に刻まれます。

子どもが親しい人や身近な人を失うことには、まだまだ多くの理由や原因がありますが、子どもが生きていく中では、さまざまな出会いと同時に子ども自身が別れを体験することはけっして少ないのです。 このように子どもたちは、日常生活の中ではさまざまな喪失に出会います。特に死別など一生の別れとなる問題には、大人でも大変な悲しみを抱え、癒されるには時には多くの時間とサポートを必要とします。

子どもは、年齢によってはそれらを言語化できないため、その喪失や悲しみの思いを十分に誰かと分かち合えないまま過ぎていくことがあるのです。そのことに気づいて、一緒に過ごす時間が大切になります。

2011-04-02

(第二話) 喪失とグリーフ(悲嘆)

喪失、グリーフとは


人は、生きていく中でさまざまなものを失うという体験を積み重ねています。たとえば、愛する人や家族を失う、仕事を失う、立場を失う、家を失う、お気に入りの物を失う、事故や病気で体の一部を失うなど、心、体、物を問わずさまざまな出来事や体験を通して何かを失うという体験をしています。

このさまざまな何かを失うこと(喪失)は、人の心に悲しみ、傷つき、痛み、怒りなどといったあらゆる感情を生じさせることになります。この喪失による沸き起こる感情や身体的反応といった個人的な体験がグリーフといわれています。

グリーフは悲嘆、悲しみと訳されますが、グリーフがもつ意味には短期的な感情の反応だけではなく、喪失を体験することを通して、喪失そのものを自分の人生に取り込むプロセスをも含むといわれています。死別によるグリーフについてウィリアム・ウォールデン(Worden,J.W)は、現実を受け入れること、死に伴うことによって感じることを体験する(悲しむこと)こと、亡くなった人がいない状況を再構築していくことであり、それが課題であるということを述べています。

子どもの喪失とグリーフへの理解を深める


身近で大切な人との別れによる喪失や悲嘆については、近年ずいぶんと関心が 寄せられ、そのような体験をしている方への理解やサポートの大切さも語られることが多くなってきました。

ところが、子どもの喪失体験や悲嘆についての理解や支援は、まだまだ十分といえないのが現状です。子どもにとっても、大事な人との別れは大きな喪失であり、悲しみの体験なのです。そして、子どもはそのような体験を通して成長している存在であることを理解し、子どもたちにどのようなサポートが必要なのかを考えることが大事となります。そして、それは子どもの成長を助けることつながると考えています。