2005-03-21 今日は格闘技系の話はないよ(と思ったらちょっと出てきた)
「となり町戦争」
- 作者: 三崎亜記
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2005/01/05
- メディア: 単行本
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http://book.asahi.com/category/s_book.html?code=4087747409&flg=0
ある日届いた「となり町」との戦争の知らせ。僕は町役場から敵地偵察を任ぜられた。だが音も光も気配も感じられず、戦時下の実感を持てないまま。それでも戦争は着実に進んでいた―。シュールかつ繊細に、「私たち」が本当に戦争を否定できるかを問う衝撃作。
(「BOOK」データベースより)
まだ読んではいないまま、あちこちの書評を見ただけだけど、かなり面白そう。
ただし、自分の受け取り方としては・・・これってもう一昔前の感覚だろうネエ、
「最盛期の筒井康隆の作品っぽいから、面白そうだ」というかたちの評価です。
「僕たちは、戦争というような大ごと、重要なことも結局実感もなにもなく、メディアや日常の些事を通してしか感じられないんじゃないのか?」という問題意識は、別に湾岸戦争やイラク戦争で始まったわけではなく、ベトナム戦争などを通じて発生していた。
そして筒井康隆は
「48億の妄想」「ベトナム観光公社」「東海道戦争」などなど、「擬似イベントもの」というジャンルを日本SFに定着させることに成功し、いまだにその系譜は漫画界などにも息づく。
この新人の作品のあらすじだけきいて、最初に思ったのは筒井の「通いの軍隊」って作品だ。(なにに収録されているかな?)
「軍だ戦争だといっても、当事者じゃないとリアリティがないよね」という問題意識は、「新世紀エヴァンゲリオン」の中にも漂っているかも。あの作品には、大災害ややや強権的な危機管理体制の割には「物資欠乏」は存在していない、という指摘をだれかしていた。
「となり町戦争」の書評や紹介はもっといいのがあったと記憶しているので、あとで探してみます。はてなの中でも、探していけば結構あるでしょうけど。
映画化されそうだな、これ・・・・。
金平茂紀、ダン・ラザーに殉死す(笑)・・・論座より
前にも書いたように、TBSの金平茂紀氏が最新号の雑誌「論座」に、ダン・ラザーの辞任の一件を書いた文章を寄稿している。
http://www.smn.co.jp/kanehira/
にて、自分のHPを持つことを「正直言って、僕は、インターネット空間での情報流通自体にも、大いに疑問を持っているような旧世代の人間だ。にもかかわらず・・・」といってるぐらいの方ですから、今回の寄稿文も、要は自分が愛するダン・ラザーさんが、悪辣なる保守メディアとブロガーどもの不当な攻撃を受けてやられてしまった、という被害者意識がとっても強くにじみ出た文章です。
CBSは報道(註:ブッシュ軍歴疑惑)の主要な根拠として、独自に入手したテキサス修平当時の上官ジェリー・キリアン大佐(故人)の4通の補完文書を番組内で提示した。
手元にコピーがあるが、ちょっと見ただけでは真贋は全く判別できない
その1ページ後に
放映直後から、問題の独自入手文書の信憑性に疑義が提出された。CBSの調査報告書によると、放映直後からブログとよばれるインターネット上のサイトから「信憑性」について疑問が申し立てられたという。・・・放映後、わずか4時間で報道内容に疑問を呈する声が7000件以上殺到したという。疑問の声は短時間のうちに幾何級数的に増幅した。
・・・どうも「ちょっと見た」だけでも判断できてるような気が(笑)。はいここで、金平さんが「信憑性」とわざわざ「 」をつけていることに皆さん注目。
ちなみに、それぞれの態度への用語の選択を見てみましょう。
CBSは・・・”真っ向から反論”し
ダンラザーは「報道は十分な裏づけがあり正確なもの」と”一蹴した”。
これを報じるダン・ラザーの”表情がいつになく怒気をはらんでいた”ことを私はよく覚えている
ダン・ラザーの”強気の反論”
批判側は
インターネット・メディアの”暴発的ともいえる”情報の増幅作用
保守系メディア(例えばFOXテレビ)は一斉にCBS=ダン・ラザー”攻撃”を展開
”反CBSキャンペーン”
共和党系のブログ(FreeRepublic.com)が文書の信憑性を”攻撃”した
これらのブログの主張に反論を唱えたブロガーはブログ内で”徹底的に脅迫”され
いやはや、どっちが正しかったのかわかりませんね(笑)
ちなみに、調査報告書は、ダン・ラザーが現在でも『文書の内容は正しい』との姿勢を崩していないことを記している
という一節は、結局ラザー氏が長いこと番組アンカーマンとして君臨することで、自己無謬化による「裸の王様」となったことを象徴しているようだ。
しかしこれもすごい部分。
「活字メディアの中でもっともCBS問題を精力的に報じ続けたのは、ワシントン・ポスト紙のハワード・カーツ記者である。」と紹介した、このカーツ記者がCBSに手心を加えてあげなかったことを「このカーツのCBS追及はすさまじかった。」とし
カーツの記事を読んでいて私は、正直この情熱はどこから来るのだろうかといぶかった
とおっしゃる。
しかし、そのわずか1ページ後に、CBSが報告書で誤報の原因を特ダネへの「近視眼的な熱意(Myophic Zeal)」と結論付けたことに対し
熱意のないところに特ダネなど生まれるはずはないことも事実である
とラザーを擁護するのって・・・
単に書いた文章を見直してないのではないか、と思わせるものがある。
まあ、なぜここまでダン・ラザーを擁護するかというと、自分のボス(筑紫哲也)が同じように長年ひとつの番組でアンカーマンをし続け、言論と主張の硬直が著しいという共通点がある。
また、CBSのラザーゲートとその後の迷走が、TBSのオウムビデオ事件に酷似しているということもあるでしょうな。ラザーの弁護は、そのまま自己正当化につながるわけですから必死なことも無理はない。
あえて言えば、組織の自己防衛と無謬性神話の結合である。
それは私自身、経験則として知っていることがらだ。
ふむ。できればもうちょっと具体的に書いてほしいよね。
ついでにいえば、それは「今、そこ(「筑紫哲也のニュース23」)にある話じゃないのか?それに対して異議を唱えたりはしてないの?」とも言いたくなるけど。
いやいやそれ以上に重要というか、直接的な話もある。
当時、米国大統領選がらみの膨大な情報の中で、情報・ニュースの取捨選択権をもつ金平氏はこのCBS報道に飛びつき、大きく報道し続けたのである。(半面、放映後4時間で7000件に達したほどの疑問点は、少なくとも軽視した)
だからラザーと一蓮托生なのも判るのだが、それ(自分の報道)についての言及が無かったのは残念でした。どういう経緯であったのかも、大変知りたいのに。
当時のラザーゲートと金平氏の言説に関しては、旧「むなぐるま」ブログを参照
http://munaguruma.air-nifty.com/blog/2004/09/index.html
むかし、私がラザー問題について書いた文章は
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20040923#p1
だが、ここのリンクはちょっと古い
「ネットの中での報道」についていくつか
その金平氏の、最近のコラム。
数日前から気になっていることがある。CNNが午後の定時番組のなかで、Inside the Blogというコーナーを毎日設けはじめたことだ。2人のBlog Watcher(女性)が、ブログを刻々とチェックして、どんな項目がブロガーたちの話題になっているかを伝えるコーナー。とうとうこういうことになってきたか、という静かな衝撃。
肯定的なのか否定的なのかは不明。
「従来メディアとブログ」関連では他にも・・・あっつ、先に上で紹介した「むなぐるま」ブログに書かれちゃったな。毎日新聞の「記者の目」でこんな話があった。
むなぐるま経由
http://munaguruma.air-nifty.com/blog/2005/03/post_3.html
記者の目:
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20050317ddm004070141000c.html
筆者が交代したばかりの「産経抄」にも、このテーマがあった。当事者だしな(笑)
http://www.sankei.co.jp/news/050318/morning/column.htm
【補遺】なんだ、こっちも先にむなぐるま氏のところで紹介されてら。なんかふたつも先を越されると悔しいな。読んですぐに紹介しときゃよかった
その後、これを受けた展開はあとで。けっこう早めに書きます。
おっと、その前に重要なニュースがあった
http://www.cnn.co.jp/business/CNN200503200008.html
2005.03.20 Web posted at: 16:11 JST- CNN/REUTERS
これらのニュースが消えちゃうのは勿体無いので(あまり言うのは憚られるが)資料室を造って保管した。今は直接行って貰うとして、のちに来た人で直リンクにいけない場合は
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20050313
を(こっそり)見よ。
ここから追加ね。
ネットに対する既存メディアの優位性、あるいは弱点という話は、実は「ガチ!MAGAZINE」第二号で、私たちブロガーらが記者たちと座談するという企画のとき、自分は多少意識的に話題にしていました。
グリフォン (略)U系のワーク云々に関しても、ネットは紙媒体より先に真実を伝えた。私の考えでは、「紙のプロレス」も大体それに合わせるような形で変えていったところがあるんじゃないかと。それと私のように下手糞な英語でもネットを使えば海外とのコミュニケーションが容易くなる。やっぱり昔だったら海外取材なんて、記者さんの特権だったわけですよ。そういうことが、今は素人がクリックするだけで出来るようになった。翻訳ソフトなんかもありますし。
紙メディアのみなさんが本当に選手と信頼関係があるから書けること、調べられることもあるんですが、もう記者の表面的な部分での“特権“というのは、徐々になくなりつつあると思うんです。
高島 要はインターネットの特徴、良さっていうのがイコール紙メディアの弱さだと。
グリフォン そうですね。その一方で、たとえば高島さんのような人は内部に密着しているから、その時に佐藤ルミナはこう呟いた、マッハはこんなことを言ったということは書けるわけですが……。
高島 でも、それは紙メディアとインターネットの違いではなく、ネットを媒体とする記者の方も存在するのだから、紙メディアとネットの差ではないですよね。
グリフォン ただ、紙メディアっていうのは、ある種、伝統があって大きな資本があって、それでやっぱりそれなりの信用もありパワーもあるから、やれるわけですよね。ただし、そこでしがらみっていうのは当然出てくるわけで。紙メディアのみなさんは逆にジレンマで苦しんでらっしゃると思うんですが。
けっこう、いい事を言ってるような気がする(笑)。
いや、冗談を抜きでいうと、わたしは別に卓見を言っているわけではなく、ごく初歩というか基本的な話しか、このときは出来なかったんですが、その分この問題を最初から考えるには適しているような気がします。
例に出てくる固有名詞に一般性がないのは、まあ我慢してくれ。
ガチマガの話に戻る前に、例の多くの記者氏らの「新聞はブログにできないことがある」というのは、単純な話で実際にあります。
だからというかしかしというか、それは毎日の方が
事実が社会にどのような影響を与えるのかを考慮して
なければできない
と言うのは、たしかに一面では正しいのであるけど、この「プロのジャーナリスト」という定義がクセモノ。ぶっちゃけた話、この”プロ”ってのは使命感や技術というよりは「書くことで、日々の糧を得られる」という即物的な話なんだ、というのが着地点だと思うわけです。
グリフォン (略)プロライターとは、書いて生活の糧を得ていることなんですけど、元々書くということ、表現欲っていうのは、金銭とは結び付かないところもありますから、ネットのみなさんは誰も一銭にもならないのに、書きますからね。
某っち だからボロクソ書くんだよね。金もらってないから好きに書いていいんだから。
(中略)
高島 少しひっかかっていることがあるんですが。先ほど、プロが自分の名前では書けないからネットで書くという話がでましたよね。それって僕からしたら考えられないことなんですよ。僕はこれで食っているから、タダで書くつもりは絶対にない。
最初の引用で高島学氏が述べているように、ネットが媒体の記者もいる以上、紙とネットの差というのはそこではない。要は「書くことで食う」というシステムが新聞やテレビ、雑誌にはあるが、もともと無料で情報に接することが出来るネットを基盤としている以上、今のところブログや掲示板ではそういうシステムが出来ないし、作るのが難しいというだけであるのだろう。
凡庸なる結論だが、この基本を抑えないと何も議論が始まらん。
【参考】2004年10月16日 ブログを書くことは商売になるのか?
http://netafull.net/archives/005760.html。
しかし、記者、新聞、既存メディアが優れているところはあと一点あるわけですが。


http://munaguruma.air-nifty.com/blog/2004/09/index.html
それから、
>【補遺】なんだ、こっちも先にむなぐるま氏のところで紹介されてら。なんかふたつも先を越されると悔しいな。読んですぐに紹介しときゃよかった
自分だけでなく、最近ブログの記事の流れが早いですよね。
ブログは数的に増えれば、やはり速報争いなんて面も増えますね。
きちんと自分のスタンスがあれば、あまり気にすることでもないんでしょうけど。