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2008-09-13

「BSマンガ夜話」の前に、自分なりの「よつばと!」試論

| 「BSマンガ夜話」の前に、自分なりの「よつばと!」試論を含むブックマーク 「BSマンガ夜話」の前に、自分なりの「よつばと!」試論のブックマークコメント

【書評十番勝負

http://www.nhk.or.jp/manga/main.html

シリーズ第35弾 (2008年9月16日〜18日放送分)

9月16日(火) ハチワンダイバー (7月5日公開収録分) 柴田ヨクサル

9月17日(水) 蒼天航路 原案・李學仁/漫画王欣太

9月18日(木) よつばと! あずまきよひこ

繰り返しですが、上引用の番組が来週放送されます。

前のシリーズもよかったが、今回もはずれなし、好勝負期待のラインナップ。

で、好きな作品、語りたい作品がここで放送されると「ふーむ気づかなかった!」という指摘に加え、「あ!これは俺も感じていたのに!」と思うこともけっこう多い(笑)。いやマジ。そういう部分もフォローしているから人気番組なんだろうな。というわけで、当日放送を一種の「答え合わせ」とすることを楽しみに、自分なりの「よつばと!試論」を書いてみたいと思います。

むろんよつばと!論は「紙屋研究所」や伊藤剛氏、宇野常寛氏をはじめ、いろんな先行研究があり蛇足もいいところなのですが、まあそのへんとダブってもあまり気にしない方向で。


よつばと!」論を書きたい、というのは2005年からの懸案でしたが、そこから同作も進化発展している。

その発展を追っていけたのは幸せだが、しかし連載誌「電撃大王」の表紙はどうにかならんかね。

あれを「よつばと!」だけをチェックするために立ち読みすると、その際は非常に社会的地位を失うリスクを負うわけだが(笑)

じゃあ買えよ。やだよ。


あらすじ&形式

というほどのあらすじは無い短編集ですが、イチから自分で書くより例によってウィキペリンクを張ったほうがいいか。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%88%E3%81%A4%E3%81%B0%E3%81%A8!

人物紹介などもざっと読んでほしいが(それを前提に自分も書いていきます)特に需要なのはここ。

この作品はオムニバス的な形式をした漫画だが、他の漫画には見られない時間軸の設定がある。第1話の日付は夏休み前日ということになっており、基本的に1日1話の形で物語は進行している(時々、日付が数日間飛んでいたり、話が同じ日の午前と午後に分かれる事もある)。水曜日から始まる平年(連載開始の2003年がこの形式であった)を元にしており、連載開始から5年以上経った第8巻の時点では9月下旬〜10月初旬になっている。しかし日付は細かく設定されているが年代はあくまで「現在」のため特に設定されていない。この様な形式をとっているため、伏線を張り後の話に繋げるパターンが多く、またキャラクター達の何気ない会話や行動も過去の出来事と関係したり伏線になる事が多い。


この形式だからこそ特に面白いんだ、ということではないのだが、映画などで「物語内と現実の経過時間が一致」(「12人の怒れる男」「真昼の決闘」ほか)などと言われるとあーそうか、ほんとだほんとだとちょっと楽しくなるように、気にしつつ読むとちょっと得する。

特に連載前半、さあ夏休みが始まるぞ!→夏だ遊ぼう!わーいわーい→夏ももうすぐ終わりだねえ→新学期だ!を辿っていく展開(※よつば自身は就学前だが、お隣その他と夏休みが関係してくる)は、この作品のカラーを決め、スタートダッシュをきるのに最高の舞台設定となっている。さて、その中で生まれた同作品のカラーは…。


子どもの「バカ」さをどう描く

基本的にこの作品は、トリックスターとしてのよつば(もっとも子どもというのはナチュラルトリックスターなものだが)が、小さな騒動を小さな隣近所やご自宅で引き起こすというものなのだが…ここで似た構造を持つ類似の作品を観てみると、逆によつばと!の特徴が出てくると思う。

その中で一番の特徴というか、おもしろいコンセプトは…「子どもは、基本的にバカである」というということを、実は正面から描いてみたというところだ。

お笑いをする時に、間が抜けた登場人物が出てくるのは基本だ。

だが例えば「ちびまる子ちゃん」や「クレヨンしんちゃん」などは、「おませな子どもが大人を振り回す」というのと、「子ども子どもらしい悪知恵を働かせようとするが、子どもらしい短慮であら失敗」というような枠組みをよく見ることがある。落語の「与太郎噺」もそれに近い。

だが、実はこのへんの滑稽譚というのは、実際の子どもの言行と比べると、「よくでき過ぎている」気がするのだ。


落語的な与太郎話というのは、実はストーリーや対話の中でけっこう一貫性がある。だから読みやすい、分かりやすいのだが実は小さなお子様の言行というのはもうひとまわりシュールで、意味不明で、何よりも唐突であることが多い。

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よつばと!」はその、「子どもの唐突さ、シュールさ」という点・・・前述の「こどもとは基本的にバカである」ということを、マンガなりに表現しているように思える。

これはけっこう、描こうと思うとむずかしい。

もちろん、子どもの言行をそのまま写せばじゃあ面白いのかというとそうでもない。(実録子育てエッセイマンガだって取捨選択というものがある)だから今までと違った形でデフォルメをした上で、子ども的なシュールさを描いている。

格闘技を扱うこのブログ的に比喩表現をさせてもらうと、「子どもの言動描写を『UWF的』に進化させた」ということだろうか(笑)

あ、一部世代にはすっげーわかりやすいかも(笑)



オトナ?たちを巻き込んで

そのシュールで唐突なるコドモ世界に、オトナはどう対応するのか。

実はここも、以前の人気コドモマンガ子ども向け、ではなくコドモの子供らしさがテーママンガ、という作品)と「よつばと!」が大きくことなる点だ。

f:id:gryphon:20080914025744j:image:leftというのは、大抵のコドモマンガでは、子供が常識外れ、ぴんと外れの言動をしたら大人はしかったりたしなめたりする側。

ところがよつばと!ではもちろんツッコミもするのだが、そのよつばの言動にワルノリして自分たちが遊んだり、あるいはよつばの勘違いをさらに助長させつつ、自分の都合のいいように(もしくはよつばの夢を壊さないように)丸め込む、まさに言葉の正しい意味での「子供だまし」を展開することが多い。この作品のギャグの主な供給源は、ここにあるという点でも「ちびまる子ちゃん」その他と違っている。

ここも「こどもは基本的にバカ」というコンセプトをうまく生かしたといえるだろう。




三女えなの地球温暖化論を聞いて、「くーらーはちきゅうのてき!」と停止をもとめるよつばに、長女あさぎが回答。「だから、クーラーで地球を冷やしているのよ」

大人向けのスポーツ自転車を欲しがるよつばに自転車屋が曰く。「これは免許が無いと乗れない」、

よつばにスイッチを入れさせ、目を光らせて「ニンゲンは目が光らないから、中にひとは入ってナイヨ」と強弁する、おなじみ「ダンボー」など枚挙に暇が無い。

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コドモを包む、包容力ある地域社会+働くみなさん

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この漫画に漂う”幸せ感”−−「ユートピア感」と言ってもいいのだが、それをつくる大きな要素がこのギャグ部分。それは笑いだけでなく、よつばの目線に立って、暖かくやさしく包んでくれるオトナ?たちの奮闘ぶりにある。

とくにとーちゃん、とーちゃんの友人たるジャンボ・やんだたちが、よつばのフリに乗ってくれたりワルノリしたりするのはまあ納得がいくのだが、まだ引越し後、お付き合いも実は1、2ヶ月しかしていないお隣さん・綾瀬一家(美少女三姉妹ふくむ)と、またその時々のエピソードで登場する、ふつうのお店の店員さんや道ですれ違うまったくの無関係の人たちがよつばに見せるやさしさは涙が出そうになるほど幸せ感を漂わせてくれる。

よつばと!でも個人的に好きな屈指のコマが、引用している「みずなくなったー いれてー」の場面なのだが、よつばはこの水鉄砲でお隣に乱入、当事者のかーちゃんをふくめ隣人一家のみなごろしをもくろんだのだ(笑。結末は単行本参照)。

そのうたれたお母さんが、笑顔でテロリストの弾薬補給にひと役買うこの場面は、レーニンが「資本家は自らを吊るす絞首ロープまで我々に売ってくれる」と嘲笑したあの言葉を思い出させるではないか(註:ふつーは思い出させません)。


家族以外の、よつばのしらないお店や街の人もしかり。

今現在、日本地方都市やちょっと首都郊外の中規模の街(ちかくの神社や田んぼの描写をみるとそういう舞台だろう)で、実際に「近所の小さい子」や「道端やお店で出合った知らない子」にみんなこのように親切にしてくれるだろうか。

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案外、これぐらいのことはありそうだし、

かつては有ったが、今は消えたかもしれない。

あるいは昔から無かったかもしれない。

そもそも論で言うと、あの年齢の子を勝手に外で遊ばせて、どこにいったか保護者が把握していないというのはポリティカルにコレクトでない…と怒られるのが、現代社会の正論なのかもしれない。

でも、それがひとつのユートピアあったらいいなという世界であることはみな納得してくれるだろう。


f:id:gryphon:20080914084705j:image:leftコドモとはナチュラルボーントリックスターであるという話をさっきしたけど、よその人とうちの人を区別せず、物怖じしないでどんどん話しかけてくるコドモ(これももちろん、そんな子もいればそうでない子もいる)がお店や地域に一人いたら、その日のユカイな、温かいハプニングとして大人もけっこう楽しむことができる。いや、できればそうありたい。この作品でも、まったく脈絡なく唐突に、一輪の花をよつばからもらった婦警さんが小さく「がんばろう」と自分に気合を入れる場面が出てくる。


また、余談だが、このよつばの「たいやき」に関する街頭アンケートにこたえた人、間違いなく何度も「神聖モテモテ王国」でファーザーを殺したあのやくざはんでしょう(爆笑)。ギャワー。

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さりげなく「オトナもコドモ」。

とはいえ、この作品を重層的に楽しませるのは、その、よつばと大人のやり取りは決して一方的な「よつばを保護するためだけに、大人がコドモの目線に降りる」…というものではない点だ。実は彼らは、そういう大義名分ある「コドモごっこ」をしているようでいて、その中で思いっきり、自分らの内なるコドモっぽさが全開になる、という仕組み。

http://blog.livedoor.jp/hardcore_heaven/archives/51675604.html

にて、プロレス的な比喩として「よつばの自由奔放さに対して、オトナたちがバンプを取る」としている。ここで一般人のために「バンプ」を説明しなきゃならないのが二度手間だが(笑)バンプとは「受け身」の意味で、プロレスの特徴である「あえて相手の技を受ける」という部分が、よつばに対する大人のノリに似ているということですね。

たしかにそうなのだが、プロレス的にいうとそこにだいぶシュートが混じっていると(笑)

だいたい、とーちゃんとその友人は処置無しとしても(笑)、お隣の綾瀬家の人たちだって実際にはそーとー変人である(笑)

その実例を提示しましょう。

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とーちゃん、いいおとながこんなんことで争うな。


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父親をテロリストに襲わせる長女。


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いくらでかくても「どーしたの」って。しかも初対面(笑)


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セミプロってそーいうことか?


つうかもともと、キャラクターに少しずつの「へん」を持たせて、その相互の関係の中で出てくるズレや間を楽しむのが、作者が描いた前作(あずまんが大王)の決め球だったんだよな。つまりこっちのほうがかつてのあずまきよひこの持ち味に近い。

そもそも「よつばと!」が始まったとき、大人気作品だった前作の路線と大幅に違うことがひとつの驚きのニュースだった。

よつばと!」は「あずまんが大王」のどこを継承し、どこを継承していないのか。

これはもう少し研究・考察してみる必要があると思う。俺では力足らずなので、どこかの誰かがね。


半径800mの冒険。

そして、これらすべての要素を材料にして、この漫画が描いていること、テーマというのは「冒険」です、やっぱり。

ジャンル的には「海賊王に、俺はなる!」とかの親戚とも言える。

いやほんと。


これを補強するために持ち出すのが、前に何度も名前を出した「ちびまる子ちゃん」。これも前述のように、むしろ相違点を見比べるほうが両者の本質がわかると思っているが、実はちびまる子ちゃんにも一作、「よつばと!」の味に極めて類似したエピソードがある。

・・・といいながら、何巻だか忘れちゃったので、記憶だよりに書いてみよう。

(※ちなみに、このへんを調べずに記憶任せで書くのがシロウトブログ評論の限界というもので、本当に一段高いレベルで評論を書くのなら、こういうところで資料をそろえ、きっちり書くべきですな。記憶違いだったらアサッテのほうに行っちゃうし)


この話だけ、小学生のまる子がさらに幼い時代を回想するという話で、ストーリー内の実年齢もよつばに近い頃だったはずだ。

まる子は三輪車?にのって「ぼうけんに出るよ」と宣言、おかあさんにお弁当をつくってもらって、三輪車でいけるところまで、自分のまだ行った事が無い遠いところを目標に出かけていく(ちなみに、このころのまる子の母さんはやさしかったようだ(笑))。


その、知らない街(じゃないな、すぐ近く)では、見知らぬこどもたちが河原か何かで秘密基地を作っていた。まる子は、基地の秘密結社メンバーに入会、そして基地と彼らの家?をつなぐ「秘密の通路」作りに加わり、完成させ(※って、雑草を取り除いただけだったような)意気揚々と家路に着く−−という話だ…った、ような、気がする。

書きながら自信がなくなってきているのは、余りにも自分の実体験に似ているような気がして、それをちびまる子ちゃんに投影しただけと違うか?と思ってしまったからだ(笑)


まあ、このエピソードが実際にあってもなくても、論旨自体はかわらん。

要は、こういう、客観的にみたらなんでもない、小さく、くだらなく、ささいな活動・発見・体験・見学……それらすべてが、コドモの中にあっては、海賊王になるのと同じくらい大きな大きな冒険を形作っている、ということ。それを照れずに描いている点こそ「よつばと!」最大の魅力なのだといいたいのだ。


私が何度と無く紹介し、はてなキーワードも作った「ダンボー」だが、こういう高性能ロボットと「会って遊んだ」という記憶をもてるのは王侯貴族が望んでもかなわない、バカなコドモの特権である。


f:id:gryphon:20080501064125g:image:left以前、SF作家広瀬正が頭を打って短期間記憶喪失になり、本人は戦時中のつもりで戦後の世界を観て「なぜ灯火管制が無いんだ?」と不思議がった話、そして本人がその後「戦時中の意識で戦後の風景を見たのだから、私はあの時未来旅行をしたのだよ。得がたい経験だった」と回想した・・・・という話を紹介したことがあると思う。

本人が「いまは戦争中だ」という意識で昭和二十年代を見たら、たしかに未来旅行だ。

同様に、恵那のがんばりと三浦の名演技?で「空を飛んで海の向こうからやってきた、超つよい味方のろぼっと・ダンボー(おかねで動く)」を信じ切り、見送ったのなら、彼女にとって超強いろぼっとダンボーは存在している。どんな軍需産業研究者アシモ開発者も、その感覚を持ちたくても持てない。

同様に、「夏を終わらせるつくつくぼーし」も「ぎゅうにゅう配達人・よつば」も「よつばしんぶん」もすべてが彼女にとってはまねやごっこではなく、実在なのだ。

そして、とーちゃんが時々、重大発表ののちにつれていってくれる海、どうぶつえん、ぼくじょうなどなどは、よつばにとっては海底二万里月世界旅行か、はたまたロストワールドか。そんなSF的なセンス・オブ・ワンダーすら感じさせる、未知の世界への大冒険。この春、映画に登場!なかんじだ。どんな感じだよ。


D

http://www.ceres.dti.ne.jp/~rosen/anison/hide/funanori.html

子供の頃は 空を飛べたよ

草に寝ころび 心の翼ひろげ

どこへだって 行けたぼくだった

今年亡くなった野田昌宏・宇宙大元帥閣下が関わった「キャプテンフューチャー」の主題歌の一節だ。

これに対応し、また上の「ちびまる子ちゃん・幼児篇」にも対応するような話がよつばと!にもある。よつばは三輪車から一歩進み、補助輪つき自転車を買ってもらい、乗りこなせるようになった時、ペダルをこぎながらこう宣言するのだ。


「どこでもいける! どこまででもいけるーー!」f:id:gryphon:20080914220802j:image:right

きょうびドラえもんだって、「どこでもドア」の能力に制限があることぐらい分かっている(なんだこのムチャな比喩は)。

だが、コドモが自分の自転車をはじめて手に入れたとき、その万能感、ペダルをこぐ先の、無限ともいえる広がりへの夢想は、たしかにどこでもドア以上だったのではないか。

今、自分が乗っている自転車は、たぶんその当時のものより高く、より頑丈で、より軽く、よりスピードが出るだろう。だが、あの前方に広がる道の、無限の広がりはもう無いし、今の職業を捨てて自転車日本一周の旅に突然旅立ちでもしないかぎり、二度と戻らないだろう。

上の引用コマも、懐かしく、ほほえましい中に、なぜか一抹の寂しさを個人的には見るたびにかき立てられる。



締めの前に、もうひとつだけ好きなコマを。

f:id:gryphon:20080914221836j:image:left とーちゃんと手をつないであるくよつばが、全く意味もなくそのままくるん!と回ってご満悦、とーちゃんが「ちゃんとあるけ」と言う・・・・という、本編のストーリーとはなーんのつながりも無い、伏線にもなっていない、ある意味無駄の極地ともいいえる3コマです。(補足:コメント欄より。coconutsfine 『後ろ向きに歩くシーンはこの話のテーマが「あべこべ」だったからでは無いでしょうか?)

しかし、これを見るたびにだ。、私の大嫌いな某バンドの某ロングシリーズ曲のフレーズ


「何でもないような事が しあわせだったと思う」

という、あのおぞましき(笑)一文がよみがえってくるのですよ。手をつないだこどもが「くるん」と一回転する幸せ…。ある、かもしれないですね。このへんは実際に体験した人のほうが重みがあるんだろうけど、まあ実はこのへん、けっこうテキトーに「泣かせ」の文章を書いています(笑)



最後に、蛇足としての絵・コマ割り・アングルについて。

こういうとき勝手に、ロクに話したことも無い師匠のせいにするのだが、私の漫画評ってのは呉智英からの流れを組むこともあって、絵の評論や構図、コマ割り技術の評論はハナからできない。だからこの「よつばと!」の技術についてはお任せするしかない。

つうか、「伊藤剛氏がすでにあちこちで指摘しているから、それを読めばいい」と言うだけですむと分かっているから、ハナから放り投げているのである。

例えば http://d.hatena.ne.jp/goito-mineral/20041128/p1

だ・・・・・・。

あれ?俺はこのレビューとかをうろ覚えしていて、よつばの視点が「多用されている」と勘違いしていた。

あわてて読み返してみると、うむむたしかによつばの目から見た視点だ、と断定できるようなものは殆ど無い。

そうなのか、そうだったのか。

実は私は上記の、正反対のうろ覚えにそったコマ割りやアングルの話を一席ぶとうとしていた(笑)。あぶないあぶない。ではもう一度、イチからよつばと!の画面構成、カメラの置かれた視点を見直さないと。

ああ、このへんはBSマンガ夜話でだれかが指摘するかもしれんな。じゃあ、そのへんに注目してくださいとだけ言っておくか。


あと、これもどこだっけかなア。忘れちゃってスマンが、

『「よつばと!」は単行本になる際、すごく追加修正されている。特に、背景の描き込みが詳しくなっている』

というのを比較検証するブログを最近見ました。

(補足;メールで教えてもらった。ここか? http://d.hatena.ne.jp/sangencyaya/20080913/1221264936 ほかにもコマ引用していたどこかがあった。)

(補足2:あっ、たぶんここだ。コメント欄より)

acekiller 2008/09/16 01:33 通りすがりです。ここですね、よつばと修正点比較。

http://eisenwolf.blog49.fc2.com/blog-category-20.html

わたしは最初に書いたように、社会的地位の失うことを気にしながら急いで毎号の連載を読んでいることもあり(笑)単行本との比較差なんか全然わからんかった。また、それが意味するところは?このへんもよその方の考察探してね。指摘紹介のみ。


それでは9月18日深夜、BSマンガ夜話にての、プロの「よつばと!」談義の前座としての床屋よつばと論でございました。

おあとがよろしいようで

(とりあえずの「了」)

※「書評十番勝負」とは

そういいつつ厳密に数えているわけではないのですが(笑)、本ブログ内のレーベルです。

興味を持たれた方がもしいたらどうぞ。

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/searchdiary?of=0&word=%a1%da%bd%f1%c9%be%bd%bd%c8%d6%be%a1%c9%e9%a1%db%20

マルマル 2008/09/13 08:02 まぁ秋山は本来の姿に戻っただけな気もしますね。

gryphongryphon 2008/09/13 08:53 CM出演中の、キムチ専用冷蔵庫の売り上げにも関わってきますしね(笑)

geometricgeometric 2008/09/13 15:36 かませ>外岡さん殺られてしまうん?
「DREAM EXPRESS」がタイのウルトラマン新正規代理店らしいっす。夢つながりで。
http://animeanime.jp/biz/archives/2008/09/post_441.html
■「ウルトラマン」タイで再出発 円谷プロが正規代理店契約を締結

son-jirooson-jiroo 2008/09/13 21:15 いや、むしろ
自分のヒール人気を
着実な物にしたい高等戦術。

gryphongryphon 2008/09/14 02:28 ウルトラ・タイ問題では、不毛に戦うよりは、どこかで和解というか妥協するしか無いですよね。ハヌマーンのためにも(笑)

coconutsfinecoconutsfine 2008/09/15 22:03 後ろ向きに歩くシーンはこの話のテーマが「あべこべ」だったからでは無いでしょうか?

gryphongryphon 2008/09/15 22:38 ふむ、なるほど。どうなんだろう。

acekilleracekiller 2008/09/16 01:33 通りすがりです。ここですね、よつばと修正点比較。
http://eisenwolf.blog49.fc2.com/blog-category-20.html

私が調べてみた限り、一見わからないような修正も含めると、このサイトの比較でも漏れが結構あるんですよね。
ほんと、すごい量です。

gryphongryphon 2008/09/16 01:45 情報やご意見ありがとうございます。補足として本文の中に入れさせてもらっています。

kitkit 2008/09/16 13:23 こんにちは。
「よつばと!」の視点ですが、よつばを「小さくてカワイイもの」として見せるためにやや俯瞰、大人を「(よつばから見て)大きいもの」として見せるようアオリにするため、アイレベル(視点の位置)を中学生ぐらいの目の高さに置いて描いているように思われます。
まあ、もうどなたかが指摘済みなのかもしれませんが(^^;)、「夏目の目」ではどんな切り口で語るかも楽しみです。